22.五月四日 朝 起伏
こんなにも人を軽蔑することができるとは、八早月は驚くと同時に自分を褒めてあげたかった。これほど怒りが込み上げているのに、真剣はおろか木刀すら取りに走らなかったのだから。きっと中学生になって少しは大人になり、自分を律することができるようになってきたのだろう。
だがしかしそれはそれ、これはこれ、間男には斬首と言うのが(八早月が家督を継いでから定めた)この家のしきたりである。
「申し訳ございません! 八早月様、ごめんなさい!
ほんの出来心だったんです! 二度と致しませんからお許しください!」
「許すとは何をですか? なにか許しを請うような真似をしていたとでも?
今更命が惜しいと言い出すなどおかしな話、今日こそ地獄の窯へと放り込んでやります!」
この様子を見ながらも乗り気ではない真宵だったが、八早月の命は絶対である。八早月の本気度が高ければ高いほど真宵は逆らうことが出来なくなり体が勝手に動いてしまう。その証拠に、まだ斬れと言われてもいないのに右手が刀の柄へとかかっている。
自ら仕えると決めた主が命ずるということは、文字通り命に代えてもやり遂げなければならない。すなわち命に背くなどと言う言葉すら存在しない。そのことをわざわざ八早月に伝えたことはなく当人もすっかりに忘れているが、八岐贄の力を持つ当主なら誰でも知っていることである。
そしてこの日の八早月がかなり本気なのは間違いなく、先ほどまでの上機嫌からの落差が余計そうさせているように感じられる。やがて言葉による命を待たずして己の身体が意思と無関係に動きはじめ、目の前の男を斬り捨てるべく抜刀していた。愛用の小太刀が薄暗い部屋に鈍い光を放ち準備が整ったことを示す。
真宵の姿は八早月にしか見えていない。母である手繰は村の外から嫁にやって来たので特別な力はなく、目の前でなにが起きているのか想像すらついていない。だが今まさに斬られようとしている男は、これから自分の身になにが起きるかに当てがあるようだ。
「真宵さん、無意味でくだらないと思うかもしれませんね。
こんな私を許してください…… ですが、さあ、お斬り下さい!」
「おやめください八早月様! お願いします!
お願い! 頼むから! 手繰さんも何とか言って! 助けて!」
「あらあら、八早月ちゃんだって許してくれていますよ?
本気で怒っているときは木刀くらい持ちだして来ますでしょ?」
「ちが、ちが、あああ、お願い、許して! 後生だから!」
「しからばごめん、お覚悟!」
そして泣きながら命乞いをしていた先代は、真宵に一刀両断の一撃を受けて(気分だけ)首が転げ落ち気を失った。
◇◇◇
間男を成敗した八早月は悔しくて悔しくて肩を震わせていた。せっかくあんなに上機嫌だったのにすっかり台無しにされたこと、母があの男を陰で甘やかしていたこと、そしてそのことに激高してしまったことだ。なにより悔しかったのは、自分の感情を抑えきれず真宵の剣を穢したことだった。
「さあ八早月様、すっかりと気が晴れたとは行かないでしょうがそろそろ。
きっとお友達が首を長くしてお待ちです。
気が急いて玄関を出たり入ったりしているかもしれませんよ?」
「そんなことあるかしら……
ドレスだって涙をこぼしたから染みになってしまうかもしれない。
もう遊びになんて行かれないわ、行く資格がないのよ」
八早月が部屋へ戻って真宵相手にうじうじと反省していると、母が慰めにやって来た。振り返り考えてみれば手繰もたいがい被害者で、八早月が怒りをぶつけていい相手ではない。
「八早月ちゃん、遊びに行くのでしょう?
お友達のところかしら?
街まで行くならママも一緒に行こうかしらね。
さ、機嫌直して出ていらっしゃい」
「お母さま…… もう行かれないのです。
ドレスを汚してしまった私にはそんな資格なんて……
今日はもうこのまま瞑想して過ごそうと思います」
「まあまあおおげさねぇ、ドレスというかワンピースは洗えばいいのよ?
それにもう一着替えがあるでしょう?
別のお洋服だっていいし、普段着でも問題ないんだからね?
まずは染みになる前に洗ってしまいましょうね」
優しい言葉に気持ちが和らいだ八早月がふすまを開けると、母はゆっくりとしゃがんで八早月を強く抱きしめ優しく言葉をかけた。




