21.五月四日 朝 上げ下げ
五月に入ってからは夜に織贄の儀が行われていることもあり、八早月は三日連続で夜更かしをしていたため、すっかり昼夜逆転の生活になっていた。もちろん母も学校がないことをいいことにゆっくり寝ているので起こしてくれる人は誰もいない。
そのため朝の日課をこなした後軽く体を拭くだけにして、敷いたままにしておいた布団へ再びもぐりこんだ。だが驚くことに、ゴールデンウィークの連休四日目にして朝起こそうとする人が現れた。
『パラッパッパッパ~ パラッパッパッパ~! パラッパッパッパ~! パラッ
ポピッ』
「もしもし……」
『あれ? 八早月ちゃん寝てたの?
毎日五時起きって聞いてたから起きてると思って電話しちゃった』
「はい…… 二度寝です……
えっと、どちらさまでしょうか……」
『ごめんごめん、アタシ、アタシだよ、美晴だよ。
連休暇だから遊べるかなって思ったんだけど無理っぽいね』
それを聞いた八早月は飛び起きた。なんと言っても友達に遊びに行こうと誘われるのは初めてだった。分校時代の休日は、誰かと約束していなくても毎日のように学校と言うか神社へ行き、虫取りや縄跳びをしたり水遊びをしたりの毎日だった。
だが同い年の友達が出来た今年は、すまほも持っているから家が近くなくても誘ってもらえるのだ。これは大きな誤算で、まさかこんな素敵な出来事が起こるなんて考えてもみなかった。
「美晴さん!? たった今目が覚めたわ!
お友達からお誘いがあるなんて本当に夢みたい!」
『やっぱり八早月ちゃんは大げさでおもしろいね。
今日じゃなくてもいいけど、夕方くらいまで遊べたらいいなって。
遠いけどお休みの日でも車で送ってもらえる?』
「お願いしたことはないけど大丈夫でしょう。
今はえっと―― まだ八時なら今日これから用意して向かうわね。
夢路さんも一緒なのかしら?」
『夢はまだ寝てるけどきっと平気、いつも暇してるからね。
来る前に連絡くれたらおやつを用意しておくね!』
「おやつ! お友達の家でおやつ食べるなんて初めて!
絶対に行くわね、あとでまた連絡するわ!」
八早月は久しぶりに大興奮で最高に上機嫌になった。昨晩の仕合でもこんなに高揚しなかったというのにこの気分はなんだろう。それもそのはず、実際に戦ったのは真宵であって八早月ではないのだから本気で喜べるわけがない。
実際には八早月の力があってこそ呼士を従え強さを引き出すことができるのだが、年端もいかぬ少女にとって年長者に見える真宵の働きが全てと思うのは自然の摂理であった。
そんなことを頭に浮かべるとすぐに真宵が顔を出す。他の当主たちは呼び出すために精神を集中し自身の力を引き出さなければ呼士を顕現できないと聞いていた。しかし真宵は、八早月が想うだけですぐに近くへ来てくれる姉のような存在だと感じているほど近しい存在である。
「八早月様、こんな時間からお出かけですか?
寺子屋へ行くには少々遅めですね。
遅れてしまったのならお送りしますよ?」
「違うの、お友達に遊ぼうってお誘い受けたのよ。
こんなこと初めてだもの、素晴らしいでしょ?」
「仲の良いご学友が出来て本当に良かったです。
でも街は危険ですから十分ご注意くださいませ」
「そうね、また殿方に絡まれたら怖いものね。
そのときは真宵さんに助けてもらうから心配はないけれど」
そう言いながら八早月はお気に入りの一張羅へと着替えた。これは表で着たことがなく家の中でテーブルマナーや作法の練習をする時だけ着ていた、真っ白で上等な、まるでシンデレラが着ていてもおかしくない(と思い込んでいる)ドレスである。
元は母の嫁入り道具の一つだったらしい白無垢と言う着物を、八早月が跡を継ぐことが決まった七歳の時に洋服へ仕立て直してくれたものだ。一つの着物からドレスが二着とスカート一枚が出来上がったと渡された時はとても嬉しかった。
土にまみれて汚れるのが嫌だったから結局家の中でしか着ていないが、今日は街へ出かけるのだから大丈夫だろう。こうして八早月はウキウキしながら母の部屋へと向かった。
するとそこには母の胸に抱かれている見慣れた男性がいた。八早月は自分では抑えきれない怒りと悔しさがこみあげてくるのを感じてどうしていいかわからなくなる。もし真宵のように真剣を持っていたなら即斬り捨てていたことだろう。
「あ、あの、八早月ちゃん、違うの、これは違うのよ?
ね? 大丈夫だからそんなに怒らないんで、ね? 落ち着いて?」
「はあああ、ふうう、お、お母さま、なにをしていらっしゃるのですか?
お母さまに甘えていいのは私だけのはずなのに……
そのような間男を部屋へ引き込むなんて…… ゆる、許せませんよ……」
「八早月ちゃん? ワンピースとても似合っているわね。
もしかしてお出かけかしら? えっと、ママも一緒に行っちゃおうかなぁ。
帰りになにか甘いものでも買って帰ったら、きっといい一日になるわよ?」
「ふうう、すはああ、ふうううううう、そうですね、それはいい案です。
その前にまずはそのけがらわしい間男を成敗しなければなりません……
さあ、そこに直りなさい! よもや逃げるなどとは言わせませんよ」
八早月が興奮を隠せないままにじり寄ると、その男はおでこを畳へ擦りつけながら命乞いを始めた。まったくみっともなく情けなく恥ずかしい姿だと、八早月はその男を今にも踏みつけそうな侮蔑の眼差しで見下ろすのだった。




