225.十二月二十二日 丑三つ時 生誕日
その夜八早月は八岐大蛇を思い浮かべながら寝てしまった。それはすなわち夢枕へ八岐大蛇を呼び出したのと同意である。
「これ櫛田の娘、今宵はいかなる要件なり?
なにかをかしき、いやこうぜしためしにもあらば聞かすべし」
「これは八岐大蛇様、願いはございませんが想いを馳せてしまったのでしょう。
わざわざご足労頂くことになってしまい申し訳ございません。
ただせっかくなので一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「うむ、我との間にはばかりはいらぬ、何なりと申すべし」
「八岐大蛇様のお誕生日はいつなのかお聞かせくださいませんか?
八岐神社に定められた祭事が多く無いためなのか、生誕祭がございません。
そんな失礼なことに今まで気が付かぬとは未熟ゆえの至らなさ反省しきり」
「なに? 生誕日と? これまたをかしきことを言ひそむるものかな。
我がこの世にうちいでいでたりより|遥かなるほど経られより暦ぞえける《遥かな時間を経てから暦が出来たのだぞ》?
ならば人世に我が生誕日記すべけれど無かろうて。
祝ひせまほしくば数寄な日に数寄なだけ祝ふべけれど特段望みはせぬ」
「それは盲点、当然のことでございました。
と言うことは誕生を祝われている神がいたら偽物と言うことなのでしょうか」
「さもあらぬ、神とはこの珠産みいだしし我らのごとき祖神ばかりならず。
誰かの願ひ産みいだす後天的なる人知神も、自然産みいだす自然神もおるなり。
また対にてうちいづる妖や魔と呼ばるる色も同じことよ」
「ああ、我が無知と思慮の浅さを恥じるのみでございます。
お言葉を伺うまでそんな簡単なことにも気づかぬとは申し訳ございません。
人の願いの揺り返しが妖を産み世を乱す、忘れてはいないはずなのですが……」
「な案じそ、心に留めめど忘れめどまことも出来事もうつろはぬ。
お主はなすべきことすべきなり、今もすべきことのあるならむ?
友どもと楽しきほどふり、いづれ我が元へ参りしほどの土産物語にすべし」
「ははっ、これからも精進し八岐大蛇様をお慕い続けることを誓います。
なにとぞ我が村我が地域、一族へのご加護をお願い申し上げます。
それと先日巳女に頂きました肉体、当人非常に喜んでおりました。
お礼をついで同然で申し上げるご無礼お許しくださいませ」
「うむ、喜びたらば我も甲斐ありきと言ふものなり、それに――」
「それに? なんでございましょう」
「いや、ことなし。さ言はば我もたよりに主へ尋ぬべしや?」
「それはもちろんでございます、何なりとお尋ねください!」
珍しく八岐大蛇からの申し出に八早月は驚きと喜びを感じていた。しかし八岐大蛇は一呼吸おいてもまだ何も言わず黙ったままである。
「八岐大蛇様? 如何なされたのでしょうか?」
「いや、ことなき、なほよしおかむ。
とかく皆と睦まじくすべきぞ、ではさらばなり」
何も言わず去って行く八岐大蛇を見送りながら、八早月は戸惑いつつ再び眠りについた。
◇◇◇
「大蛇? などしかと聞かずや?
あの鳶の若者をいかが想へるや気になりて|せむかたなからずや《仕方ないではありませんか》。
はあ、恋に恋ひ焦がるるなどげに愛しな」
「たえてそなたは下品ぞ過ぐる? しか他人の色恋が気になるや?
我には到底心得られぬ趣向なりよ」
「|他人にさうらはぬよ《他人ではではございませんよ》? かの娘は我が黄泉返り同前なればぞ。
さすれば心地こはく入り込むともたてまつり方の無きかな」
「たえて、物は言ひ様になありそ」
八岐大蛇はそう言いながらも地上の様子をうかがうことをやめようとはせず、お櫛もまた一緒になって八早月たちの生き様を楽しんで眺めるのだった。
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