222.十二月二十日 昼 異国神生誕祭
今日は朝から結構な数の生徒が浮ついた様子で過ごしていた。なぜならば、ここ九遠学園では毎年クリスマス給食との名目で豪華なメニューが振舞われるからだ。そして今年は本日十二月二十日が実施日なのである。
「きっと八早月ちゃんはまったく馴染みがないと思うんだけどさ。
ほとんどの子供にとってのクリスマスは宗教的な意味合いってないと思うよ?
もちろんアタシもだけど、チキンとケーキが出てプレゼントが貰える日だもん」
「そうだね、私もそんな感じだし金井小でもクリスマス給食はあったんだよ?
でも毎年から揚げとプリンが出るだけでかなり微妙だったよね。
それが九遠ではそんなもんじゃないんだって、四宮先輩に聞いたから間違いないよ!」
「直臣ったらなんで私には教えてくれなかったのかしら、納得いかないわ。
昨日の晩に夢路さんからメッセージが来なかったら知らなかったわよ。
それでくりすますと言うのは異国の神の誕生日ってことなのよね?」
「なんか厳密には違うらしいよ、神様じゃなくて巫的な? 伝道師みたいな?
それがキリスト教では神の子って言うことになってるんだってさ」
「色々難しい事情があると言うこと? 一神教って習ったのに矛盾してるわ。
神と神の子がいてどちらも信仰の対象ってことなわけでしょう?
いっそのこと清く多神教だと認めれば済む話だと思うわ」
「八早月ちゃん的にはどうなの? そっち神様も本物の神様なわけ?
偽物って扱いじゃないって言ってたじゃない? 信じるかどうかは別にしてさ」
「そうね、偽物でないのは間違いないわ、人を創造した神の一柱だもの。
零愛さんの高校へ行ったときに会った方いたでしょう? ええっと――
ルーファスさん、彼はそのキリスト教の巫、ではなくて信徒と言ったわね。
けれどその中に宗派のようなものがあってかなり複雑らしいわね」
「じゃあやっぱりチキンとケーキが食べられる日ってだけでいいや。
それとプレゼントも貰えるってことで、宗教色は別にいらないかな」
「夢ったらホント現金だよねえ、でもどんな給食なのかは楽しみだね。
ちゃんとしたケーキが出るんでしょ? さすが私立は違うって感じ」
「でもそれって給食費で払ってるわけじゃない? だから得はしていないわね。
私としてはパンに洋食なのは間違いないらしいからそれで十分だわ。
それにしてもなんで鶏肉とケーキなのかしら」
「ケーキが出るのは神の子の誕生日だからじゃないの?
あと本当は七面鳥だけど日本で馴染みがないから鶏だってママが言ってたよ。
本当かどうかは知らないけどね」
結局のところ少女たちが気にしているのはクリスマス給食がどれだけ豪華なのかと言うところだけで、そのバックボーンに興味がある者はいない。八早月は宗教的意味合いくらいは知っておいた方がいいかなと思いつつも、それほど興味があるわけではなかった。
ただ八家に伝わっている伝承と八岐大蛇本柱からの情報では、日本に住んでいる人間種の中にもゼウスとか言う神が作った種も混在混血しているらしい。
その人間種と交換に八岐大蛇が渡したのが蛇であり、その蛇が原因で人間が神の国、いわゆるエデンの園から追放されたことを八早月は史実と断定している。そのことを信じるかどうかは聞いた人が判断することだとも考えており、別に押し付けるつもりはない。
ただし八岐大蛇を下げる発言や態度には全力で仕置きを行うことを厭わないため、先日のようなルーファスとの件のようになってしまうこともあるのだ。恐らくは同じようなことがあったら相手が一般人でも似たような目には合わせてしまいそうである。
とは言っても八早月が今まで出会ったことのあるキリスト教信者はルーファスだけであり、他に関わりのある西洋人もドロシー一家のみ。そのドロシーは八家末席の七草家なのだから当然八岐大蛇を信仰していることは間違いない。
そんな環境で育ったのだから当然クリスマスを祝うつもりなどないが、その恩恵としての給食は楽しみにしている。なんと言っても分校にあったサンタの絵本と、この時期になり浮ついてきた美晴たちに聞いた知識しかないのだから期待も一入である。
「来た来た来た来たー! 給食当番が戻ってきたぞー!」
廊下に近い生徒が大声を上げて期待感を煽る。ガラガラとワゴンを押してくる音が徐々に大きくなってくると、教室で待っていた生徒たちはいっそう落ち着きを失っていった。
「ほら、みんな席に付けよー、ちゃんと人数分はあるんだから焦る必要はない。
いつものようにならんで配膳するのも変わらないんだぞ?」
「そんなこと言っても楽しみなんだから仕方ないですよー
そう言う先生だって本当はめっちゃ楽しみなんじゃないですか?」
「うんうん、いかにもそんな感じだもん、それとも夜は彼女とクリスマスディナー?」
「うわーなんか大人って感じだねー」
「こらこら大人を冷やかすんじゃない、うるさいやつは配膳後回しにするぞ?
それが嫌ならいつものように行儀よくするんだぞ?」
と、担任の松平は、まさか彼女のいない寂しい独り身クリスマスとは言えず誤魔化すように脅し文句を言っている。中一にもなると女子生徒の中にはかなりませた子も出てくるものだから男性教師は冷やかしを受け流すのも大変なのだ。
松平の脅し文句が効いたのか、その後は皆大人しく盛り付けに並び、全員の配膳が終わったところでいよいよ給食開始となった。献立はハムチーズのホットサンドにフライドチキンとクリームシチューに付け合せ温野菜、そして小さなショートケーキが付いてきている。
だが悲しいかな、誰もが楽しみにしていて食事中も気が気ではないこのケーキを、自分のトレーから他人のトレーへと移そうとしている者がいるのだ。そう、それは夢路との賭けに負けて今年いっぱいのデザートを差し出す羽目になっている郡上大勢である。
「くっ、ちくしょう…… ほら、今日の分だ……」
「本当にいいの? 今年の給食も今日明日で終わりだし、ケーキ取り上げるのもかわいそうだから勘弁してあげてもいいよ?」
「お前なんかに情けをかけられてたまるかよ…… いいから持って行け!
で、でも、いらないって言うなら持って帰るんだけどな……」
「無理しなくてもいいのに。私は明日もご馳走とケーキ食べるから十分だもん。
これに懲りたら他人にやたらとケンカ売ったり大口叩かないことね。
特に、八早月ちゃんには絶対敵わないんだから諦めなってば」
「そうそう、二年の新庄先輩だって八早月ちゃんに弟子入りしてるくらいだよ?
郡上君程度で敵うわけないじゃない、次はせめて先輩に勝ってから挑みなよ」
こうして再びプライドを傷つけられた郡上は、悔しさ半分怒り二割、そして嬉しさ三割のような複雑な顔をしながら自席へと戻って行った。もちろん手にはケーキを持ってだ。
その後ろ姿を見ながらしたり顔の夢路は、満足そうに鼻の穴を大きくするのだった。




