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限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです  作者: 釈 余白(しやく)
第二章 皐月(五月)

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15.五月二日 八早月の回想

 昨晩の仕合(しあい)、四宮直臣と六田楓の一戦は、意外と言うか予想通りと言うかどちらとも言えない結果に終わっていた。ひとつ言えるのは、八岐贄(やまたにえ)呼士(よびし)の関係性がしっかり築けていないと無残な結果になることもあると言うことだ。


 ちなみにこの日、楓は学校を休んでいた。八早月が心配して連絡を取ってみると、意識はしっかりしているが、無様すぎる負け方に心が折れて起きることが出来なかったと櫻に聞かされた。なぜあんな未熟な姿をさらしたのかはわかりきっていて、楓が普段から遊びほうけているからなのは明らかだった。


 同じ神刃(かみやいば)を使う櫻の呼士に聞けば確実にわかることだが、朝起きて山を散歩したり井戸の水で顔を洗ったり、八岐神社へお参りをしたりと言う、自然や土着信仰との触れ合いが呼士との絆を(はぐく)む。


 最低限の礼節をおざなりにしたまま武術の鍛錬だけに精を出しても結果はついてこない。八早月はそんなことは当然だと思っていたこともあるが、実際はそうではないのだと成長していくうちに知った。


 産まれてから中学に入るまで一度も八畑山から出たことが無かった八早月は自然にだけ囲まれて育った。元々本家の産まれと言うことで素質はあったにせよ、まるで現世(うつしよ)から隔離され常世(とこよ)で暮らしているかのごとく、現代文明や文化、情報や社会と切り離されていた。


 八早月が社会から隔離され続けたのは、父である道八(みちや)が変人であったことが最大の要因だが、母である手繰(たぐり)もやはり一風変わった女性だったため、幸か不幸か父親の方針に疑念は抱かなかった。


 八畑村にはテレビ放送も届かず、携帯電話の電波も微弱な場所だ。情報源は村で育った下女の話と宮司がたまにしてくれる昔話くらい。父は鍛冶師で家から出ることが少なく、街生まれの母はお飾りの社長でほぼ専業主婦と言う、情報を遮断するには絶好の環境だったのだ。


 なにより八早月自身が野山を走り回り、神社へ顔を出し、山で採れたものを食べて暮らすことに喜びを感じていた。そのころはまだ良好な関係だった父が炉の前で鉄を鍛えているところを見るのも好きだったし、母は今と同じでいつも笑顔を絶やさなかった。


 そんなある日、三歳か四歳か忘れてしまったが、いつしか父の傍らに一人の女性が立っていることがたまにあると気付いた。母と似ている別の女性がなぜこんなところにいるのかわからなかったが、いくら話しかけても返事はない。父も母もそんな人はいないと笑うだけだったが、それからもその女性をたびたび目にしながら育った。


 同じような毎日に退屈もせず月日は流れ、七歳が半分くらい過ぎた頃に事件は起こった。父が病でもう長くないと聞かされたのだ。この時に初めて母が泣くところを見ることになり、八早月も物心ついてから初めて泣くかもしれないと感じたものだ。


 しかし、父から神刃のことや八岐神社と八家のこと等を聞かされ、本当であれば十年二十年かそれ以上かけて身に着けることを教えられないこと、今からできる限り詰め込んでいくこと、そして大蛇舞祭(おろちまいまつり)での儀式が終われば八家当主全員から一人前として扱われてしまうことを教えられた。


 幼い八早月でも、これは泣いている場合ではないし笑い転げている場合でもないと理解し、それからは必死に学んでいった。言葉遣いや所作など日常的なことから始まって、神事についてとその歴史や神話のこと、そしてたたらと鍛冶のこと等々。


 そして最後に妖とその退治について教わるころには怖いものは何もなく、感情を露わにしたり泣いたりわめいたりする気配すらなくなっていた。まもなく命を失うであろう父もそんな八早月に満足している様子だった。


 そしていよいよやってきた八歳になって初めての夏、八月八日の大蛇舞祭で八早月は儀式を受けることになる。当日は八岐贄の儀と家督継承を同時に行うため父娘で臨んだ。


 この八岐贄になる儀式と言うのは、八家に伝わる神器で贄となる八歳の子の全身に傷を刻む、現代では許されるはずのない奇祭の一つである。しかしこれをやらないことには妖から地域を守れないのだから仕方がない。八畑村では外部に知られないようひっそりと行っているつもりと聞いた。


 家督継承を伴わない通常の八岐贄の儀は、当主の呼士が贄の対象である後継者の両手両足と背に紋様を刻んでいく。しかし継承を行う場合には当主の呼士が自害することで、現当主がその資格を神刃へ返納するところから始まる。


 そうすることによって前当主の体内より神刃が取り出されるため、その実剣を使って後継者へと紋様を施していくのだ。もちろんどちらにしても体中が痛いわ血は流れるわで大騒ぎになる儀式なのだが、八早月は表情一つ変えずに乗り切って、周囲をぞっとさせたらしい。


 こうして八歳にして八家本家である櫛田家の正当な後継者、つまり当主となった八早月は、初めて自らの呼士と対面した、はずだった。あの時のことは一生忘れられないといつも思っている。


御前(おんまえ)真宵(まよい)にございます。

 この日を長く、本に長きに渡りお待ち申しておりました。

 我が(あるじ)におわす八早月様、何なりとお申し付けくださいませ』


 真宵と名乗った呼士は、ずっと父のそばにいた誰にも姿が見えない女性だった。いつの間にか八早月が行っていた無意識な呼びかけに応え姿を現していたのだが、当主どころか八岐贄にすらなっていない八早月には制御できず、現世(うつしよ)に出てくることが出来なかったのだ。


 だがこの日までに野山を駆け回り土にまみれ、炉を覗いて火の粉を浴び、山の幸を食したところを見ていてくれた。そしてこの邂逅(かいこう)を待ち望んでくれていたのだ。


 八岐贄になった八家の子供は呼士と自由に会えるわけではなく、その存在感すら希薄で自信が持てないことだろう。しかしそれは呼士にとっても同じことで、その少なく乏しい接点の一つが自然との調和である。八早月はそのことを誰にも聞かされることなく体験していた。それは期せずして行われた父の功績と言える。


 だが事件は再び起こった。驚いたことに父の病は全く重いものではなく、担当医から聞かされたのは、生活習慣を改めるための例として別の患者の話を聞かせたものだと一年以上後になってから判明したのだ。


 一連の騒動はそれを早とちりし勘違いしたまま勝手に死期を悟って起こした行動ということで、当時は周囲からも随分責められていた。そしてそれだけではなく、八早月は怒り狂い父を追い回し付け狙い、最後は真宵の剣によって滅された。


 当然ではあるが当主を戻す儀式なんてものは無く、贄としての人生を全うした父が再び神通力を得る方法もない。八畑村に伝わる長い伝承の中でも初めての出来事らしく、宮司は嬉々として書にしたためたと聞く。


 これ以降、父は自分が(あや)めたのだと考え、八早月の中で父は死んだものと扱うことが決定した。


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