8.四月二十日 放課後 待ち伏せ
学校が終わり校門を出ていつものように板倉が待っている場所へ行こうとした八早月の前に、別の学校の制服を着てはいるが、見覚えのある男子生徒が立ちふさがった。とは言えトキメキを感じさせてはくれる相手ではないようだ。
「よお、ちょっとツラ貸せよ、用件はわかるよなぁ?
朝の礼をしてやるぜ」
「私はこれから帰宅するところなのです。
お断りして申し訳ないですが、お誘いをお受けすることは出来ません」
「ふざけんじゃねえ! オメェに選択権はねえんだよ!
いいからこっちへ来いって言ってんだ!」
「あら? おめえとてめえの区別がつくようになったのですね?
思っていたよりも賢いようですが、お断りしているのを理解できないとは嘆かわしい」
校門からすぐのところで騒動が起きているので、他の生徒が足を止めて遠巻きに様子を伺い始めている。八早月にとっては歓迎すべき状況ではないので早くけりをつけてしまおうと目の前の小者に一撃喰らわせてみた。
厳密には真宵を呼び出して三度痛い目にあってもらったのだ。自分が何をされたかわからず、しかし打撃を受けた痛みを感じている不良生徒は地面に尻を付いて震えている。
「いい加減に理解できませんか?
あなたでは太刀打ちできません、私を傷つけるのは非常に困難でしょう?
諦めてもうお帰りなさい、そして二度とあのような真似をしないように」
不良生徒は立ち上がりながら首を縦にも横にも振り、どういうつもりなのか伝わらない態度のままその場を去って行った。少し離れた道路の向こう側では板倉がタバコ型のお菓子を咥えて待っているのが見える。
ちょっとした騒ぎになってしまったが、小者中の小者がいくら騒ごうがどうということはない。八早月は汗一滴すらかかずに周囲を一瞥し会釈すると、何事も無かったかのように板倉の待つ車へと向かおうとした。
しかしそこへ一人の上級生、いや高等部の女生徒が立ちふさがった。
「ちょっとアンタ? いったいなにをやってたの!?
こんな目立つ場所で他校生、しかも男子と何をしていたのよ。
いったいご両親はどんな教育しているのかねぇ」
「あなた見覚えがあるわ…… 私よりも年上の高校生ね。
当代次代で当てはまるのは、確か――
そう、六田家のご息女、名は楓でしたわね」
「なんでウチを知ってるんだ?
だいたい年上だって言いながら呼び捨てにするわけ!?
さっきの立ち回りもそうだけど、随分舐めたまねしてくれるじゃないの。
校内の風紀を乱す奴は許さないからね!」
「それならばどうしようと言うの?
しかもここは学園の敷地外ですよ?
六田楓、あなたへ警告します、不合理に食って掛かるのは無礼ですよ」
「アンタねぇ…… 中等部一年の癖に生意気すぎんでしょ!
きちんと指導してあげるから大人しくついてきなさ――」
「チョト、お待ちなサイ! ケンカはイケマセンよ?
楓サンは引いてクダサイ、仲良ク、ね?」
八早月に食って掛かっている六田楓との間に割って入ったのは、派手な金髪に似つかわしくない地味なスーツの女性だ。見るからに生徒では無いその姿はこんな田舎では良くも悪くも目立ちすぎて、すでに人だかりができているこの場にはふさわしくないように見えた。
「横から口挟んで何なのよ、って……
あなたは確か…… 英会話講師の――」
「ハイ、セッシャはドロシー・七草・セブランスですよ?
楓サン、その辺で止めておきませんでしょ?」
「な、なんでウチが咎められなきゃいけないの!?
いくら学園の講師だからって七番分家のくせに……」
「そうですネー、セッシャは七番、楓サンは六番ですネー
なのでトラブル大きいならないうちに止めてマース」
微妙にかみ合わない二人のやり取りを見てしびれを切らしたのか、苦笑いを浮かべた八早月が助け舟を出した。
「ドロシー・七草、六田楓、お二人ともおやめなさい。
周囲の生徒たちや街の方々が驚いておりますよ?」
「イエス、かしこまりでゴザイマス、筆頭様。
ごぶたさしてマイリマス。
セッシャのことはドリーとお呼びくださいマセ」
「本当に久しぶりですね、正月以来かもしれませんね。
それにしてもドリーは相変わらず日本語が苦手のようですね。
学園で講師をされているのは存じませんでした。
なにを担当しているのですか?」
「セッシャの受け持ちはイングリッシュカンバセーション!
高等部エイカイワ授業のゴザイマス」
「英会話を教えていらっしゃるのですか。
それでも日本語はもう少し頑張った方が良さそうですね」
「かしこまりのゴザイマス。
精進鍛錬ナサイマス」
そのやり取りを見ていた六田楓は、わなわなと肩を震わせ頭を下げていた。上級生と英会話講師を従えた中等部一年生女生徒の態度に、周囲で見ていた者たちはこいつは一体何者なのかと思ったに違いない。しかしそれが八家絶対の序列なのだ。
その様子を大分離れた教室の中から眺めていた四宮直臣は、改めて八早月が書道部へ入ってこなくて良かったと安堵していた。




