102.八月二十三日 午前 往路
今週は朝の鍛錬は休みと言っておきながら、当然のように自分だけでいつもと同じ分量をこなした八早月は、井戸で汗を流してからよそ行きへと着替えた。その後迎えに来た板倉に乗せられて美晴の家についたのが八時頃である。
いくらなんでも早すぎると文句を言いながらも、すでに準備万全で待っていた美晴と一緒に夢路の家まで歩いて向かう。すぐ近所にある二階建ての住宅まで来て三人が合流すると夢路の父は車を出発させた。
「早すぎると思ったけどこれでもきっとつくのは昼過ぎなんだね。
夢のお父さん、今日はよろしくです!」
「遠くまで乗せて行って下さりありがとうございます。
先日は村まで来ていただいて、何から何までお世話になり感謝しております」
「いやいや、あんな高級品を購入してもらえて大歓迎ですよ。
やはり神社というのは儲かるんですかねぇ」
「ちょっとパパ、そういう下品な勘ぐりしないでよ、恥ずかしい……
配達料サービスとか言いながらお昼ご馳走になってさ。
どっちがサービスしたんだかって感じだよ、まったくもう」
やり取りを見ている限り、夢路と父親の関係は良好な様子だ。美晴も家族の悪口を言ったことが無いし、綾乃だってそうだ。八早月だけが父を邪険にしているのがなんだか恥ずかしかったが、やらかしたことを思い出すと血がたぎる思いである。
「そう言えば八早月ちゃんって誕生日いつなの?
名前からは三月か八月のどちらかっぽいけどさ」
「それが産まれたのは一月なのよ
陣痛が始まったのが午後間もなくで月の入り時間だったらしいの。
産まれたのは夕方から夜にかけてだったと聞いているわ」
「へえ、それで月にちなんだ名前になったのね。
でも数字の八と早はどこから出てきたの?」
「うちは代々子供の名に八を含める習わしがあるのよ。
父は道八、お爺さまは八雲でその前はひいお婆さまで八重だったかな。
産まれた時間が宵の口だから父はその字を使いたかったらしいわ。
でも母が月を使いたいと引かなくて、宵なら月が早く出てるって言ってね。
それなら当て字で八早月にしようって決めたんだって」
「なんだか名前までカワイイなんてズルいよ!
夢だって夢の路なんてステキじゃない?
アタシだって美晴なんて平凡なのじゃない方が良かったな」
「美しく晴れやかだなんて素晴らしいお名前だと思うわよ?
名前負けしないよう産んでくれたご両親に感謝ね」
「そうそう、ハルはいつも贅沢言いすぎなんだってば。
私なんて両親の新婚旅行先で通った道がドリームロードだったからだよ?
ちょっとあり得ないでしょ」
「あー、それはちょっと知らなかった方が良かったやつだ。
アタシは美晴で満足、うんうん」
「こら夢路、そんなことばらすんじゃない。
パパが恥ずかしいじゃないか」
「だったら恥ずかしくなるようなことしなければ良かったでしょ!
まったくもう、響きがいいからまだ救われてるけどさ……」
そんな話をしているうちに綾乃の家につき合流すると車の中はそれはもう大騒ぎとなり、夢路の父はさぞかし運転し辛かったことだろう。学校行事ではバスで四時間かかった道のりだったが、自家用車だとあっという間の道のりだった。
なんと言っても四人が揃って間もなく、車内で大騒ぎしながら話し疲れたのか全員寝てしまい、目を覚ましたのは白波町へ入って夢路が父親に起こされてからである。夢路の父は長旅を堪能させられ疲れている様子だったが、眠れる少女たちにとってはあっという間の到着と言うわけだ。
「あ、もしもし、零愛さん? 夢路でっす。
ついさっき白波町へ入りました、お昼過ぎくらいにはつくと思います。
あ、はい、はい、ナビではえっと、あと二十分って出てますね」
『お昼ご飯は外食でもいい? 良ければいいとこ連れてくからさ。
まずはうち来て荷物降ろしてから歩いていこうか』
「了解です、それじゃ後でー、ってゴメン、勝手に外食OKって言っちゃった。
でも全部零愛さんちで食べるわけにもいかないからいいよね? パパ?」
「あ、ああ、構わないよ、地元のおいしいところを教えてもらえるなんていいなあ。やっぱり旅はいいもんだよ、ちなみに――」
もったい付けた夢路の父親の発した次の言葉に全員あっけにとられ、夢路は一人憤慨したのだった。
「白波駅前から海岸まで伸びてる道が『ドリームロード』なんだぞ?」




