魔法を使えない少女の恋
「くそ! あんまり調子乗んなよ!」
余裕の笑みで私を取り囲んでいた男三人は、急に脅えた顔をして背を向けて走っていく。
いつも通りだ。魔法を使えない私は少しでも一人になって町を歩いているとギリギリ聞こえるくらいの声で蔑まれたり馬鹿にされる。ひどい人達は今みたいに囲まれて金を取ろうとしてくる。
「大丈夫か? エーレ」
座り込んでしまった私に手を差し伸べる男の子。
これもいつも通りだ。
彼の名前はルード。私の家の横に住む男の子で同い年だ。
長めの前髪に少し隠れている大きい目。鼻も高く輪郭もハッキリしている。
「う、うん。大丈夫だよ」
彼とは生まれた時から家が隣ということもあり家族ぐるみの仲だ。
彼はとても強い。
この世界は魔法で優劣が決まる。
高位の魔法を使えるか、魔力量の多さ、どれだけの魔法を使えるか、とにかく魔法ばかりだ。
彼はそんな中、魔法を使わずに魔法を使うものに勝つ。
魔法も使えるのに……。
先程の三人衆はこの町の序列一位から三位の家の子供たちだ。
魔力量などは親の血の影響が深く関係してくる。
親が強い魔法師であれば子も強くなるのが普通だ。
そしてルードは親が魔法学園の先生をやっていてルードも非常に強い魔法師なの。
それなのに彼は魔法を使わずにその腰に提げている剣一本で、魔法師に勝ってしまう。
「いつも言ってるだろ? 一人で出歩くなって」
彼は座り込んでいた私の手をゆっくりと引いて起き上がらせてくれる。
いつも私が買い物に来たりすると、こうなることを見越して駆けつけてくれる。
わかってるなら人で外に出るなと思うかもしれないけど私の家はおばあちゃんと二人暮らし。
私が何とかしないといけない。
「でも……」
「買い物なら俺に言えって言ってるだろ」
私の言おうとしていることを察して先回りしてくるルード。
しかし……。
「それはルードに迷惑だよ」
自分の家のことまで手伝ってもらうわけには行かない。
彼にだって自分の生活があるのだから。
「もう家族みたいなもんだろ。そんなこと迷惑だとも思わない」
「でも……」
「でもじゃない。俺が買い物に行くよりもお前に何かある方が嫌だぞ俺は」
彼は真剣な目でそう訴えかけてくる。
そんなことを言われてしまえば彼を拒む理由がなくなってしまう。
今までも何回も買い物についてきてもらったのにこれ以上やってくれるルードは本当に優しい。
「わかったらこれからは一人で出歩くなよ。じゃあ帰るぞ」
彼はそう言い家の方向へ歩いていく。
私は彼の大きな背中を見ながら思ってしまう。
彼のことが好きだ、と。
でも、この気持ちを彼に伝えることは出来ない。
この世界は魔法を使えない人と、魔法を使える人が付き合うことは禁止されているから――
◆◆◆◆
『なんであんたなんか産まれてきたのよ!』
『早くどっかに行け!』
『あんたさえ産まなければ……』
『お前は人じゃない』
『消えろ!』
『死ね!』
「ハァハァ」
私はどっぷりと汗をかきながらベットから起き上がる。
またあの頃の夢だ。
まだお父さんとお母さんが家にいた頃、六年前のことだ。
この国、マールス王国は十歳になればマールス魔法学園というところに入学するのが半強制的に決まっている。
それまでは魔法の勉強をすることが禁止されていて魔法学園に入学して初めて魔法を使えるようになる。
魔法学園の入学試験で自分の魔力量等を知ることが出来るという仕組みになっている。
そして魔法学園に入学する十歳の頃、私は浮ついた気持ちで入学試験を受けた。
私の魔力はどのくらいあるのか、どんな魔法を使えるようになるのか、そんな期待をこめて学園に足を運んだ。
入学試験と言っても魔力量やこの国の基本的な知識があるかどうかを調べるもので入学出来るかどうかを調べるものでは無い。
その試験で私は魔力がないことを知った。
この国ではごく稀に魔力がない人が産まれるようだ。
血に左右される魔力量だが、親の魔力量関係なしに稀に魔力ゼロの人がいるらしい。
それが私だ。
魔力が無ければ魔法が使えない為、入学を許されなかった私は来た時は真逆の気分で家に帰り親に恐る恐ると事実を告げた。
すると……。
「そう。でも魔法がなくたって生きていけるんだからこれからみんなとは違う事を頑張りましょう」
怒られると思っていた私は、お母さんの声を聞いて思わず涙が流れた。
この国は魔法が全て。魔法が使えることが当たり前なのにそれも出来ないということは人とは違うということだ。
「ほらほら、そんなに泣かないで。エーレは可愛いんだからいい旦那さん見つけて幸せになるんだぞ」
お父さんもそう言って私の頭を撫でてくれる。
私はさらに涙が流れた。
お父さんもお母さんも魔法が使えるのにそれを使えない私を責めることなく認めてくれた。
改めてこの家に生まれて良かったと思った。
この時は。
入学試験の日から暫く経ったある日、町を歩いているとすれ違う人の目が今までと違うことがわかった。
何が違うのかわからないけど、いつもと違うということだけがわかる。
私は胸の奥に違和感を感じながら、家に帰ると家の外からでも聞こえるくらいの声で両親がこう言っていた。
「なんで私達がこんな目にあわなきゃいけないのよ! 」
「くそ!!!!」
私はなんのことか分からずにいつも通りに家の扉を開ける。
リビングに入ると涙目になりながら顔を真っ赤にしているお母さんとそれをなだめるお父さんがいた。
「お母さん? 何かあったの?」
何も分からない私は素直にそう聞く。
するとお母さんはキリッと目を鋭くしてこちらに歩いてきた。
「あれを見なさい! あなたのせいでこうなったのよ!」
お母さんは私の前まで歩いてきて窓の方を指さしながらそう言う。
突然の怒鳴り声に驚きながらも窓の方を見ると、大きな窓が割れていて部屋の中に破片が散らばっていた。
「え……?」
なぜこうなっているのかわからない私は窓を見つめて呆然としてしまう。
そんな私を気にすることもなくお母さんは続ける。
「あなたが魔法を使えないから! みんなに馬鹿にされるのよ! あなたがダメだから家の窓が割られるのよ! あなたのせいで……! なんでルードくんはあんなに優秀なのにあなたはこうなのよ!」
お母さんは息切れをしながら私に怒鳴りつける。
一ヶ月前のお母さんからは考えられない言動だった。
あの時は私を認めてくれて違う生き方をしなさいと言ってくれたはずのお母さんが今は私を怒鳴っている。
確かに隣のルードはこの頃から魔法の才があって町の中でも優秀だと有名だった。
そんなルードと比べれば私は出来の悪い子。そもそも比べることすら出来ない。
そんなことはわかっているけど、お母さんにこんな言葉をかけられるとは思ってなかった。
何も言えない私はそのまま立ち尽くしているとお母さんが腕を振り上げた。
その日から両親の暴力が始まった。
両親の暴力はただ殴るとかそんな生ぬるいものではなかった。
魔法で体を固定され逃げることは許されず声も出せない。
そしておそらく精神系の魔法で体が焼けるような痛みを感じる。時には凍えるような寒さを感じ、時には身体中が締め付けられるような痛みを感じることもあった。
そんな日々が数週間続いたあと、おばあちゃんが私の家にやってきた。
家の中の惨状を見たおばあちゃんは両親を逆に魔法で黙らせた。
「あんたらこんなことやって恥ずかしくないのかい!」
「魔法を使えないあいつが悪いのよ!」
「あんたらが産んだんだろ!? 最期まで面倒見るのが当たり前だろう?」
反抗するお母さんにおばあちゃんは怒鳴りつける。
この時の私はもう感情がなく何も感じることがなかった。
お母さんが怒鳴るのは当たり前だし、お父さんが魔法を使うのも当たり前。
もう何が普通なのかもわからなかった。
だからおばあちゃんが怒ってくれることに嬉しいとも感じなかった。
「だったらお義母さんが面倒見ればいいでしょ!? 私たちは出ていく!」
そう言って両親は出ていった。
このボロボロになった家と私を残して。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「おい! 大丈夫か!」
「なんで私なんか……」
「しっかりしろ!」
「はやく死にたい……」
「エーレ!」
「え……?」
いつもの聞き慣れた声がしたような気がして私は落ち着くことが出来た。
でも、ここは私の家だ。
周りを見渡しても茶色い扉、白いカーテン、白い毛布、いつもの部屋の光景……。
「ひゃっ!」
「本当に大丈夫か、エーレ」
周りを見渡し終えた私の視界に人影が入ってきた。
ルードだ。
「な、なんでいるの……?」
「今日は買い物に行くって言ってたから外で待ってたんだけど全然来ないから様子を見に来たらすごい声上げてたから急いできたんだよ。勝手に上がってごめんな」
少し申し訳なさそうな顔をするルード。
そうか、今日は買い物行く日だったから待っててくれたのか。
「ごめん。すぐに準備する」
「いいって」
ベットから起き上がり準備を始めようとした私の腕を掴むルード。
「そんな顔で町に歩かせたくない。また明日にしよう」
真面目な顔でそう言うルード。
「そんな顔って……?」
近くに鏡がないため今どんな顔なのかがわからない。
「……に、……ない」
彼は急に小声になって俯いている。
何を言っているか分からないから私は彼に耳を向けながら近づく。
「なんて言ったの?」
「いつもみたいに、かわいくない」
「ばか!」
ドンッ!
直後に彼はドアを突破って廊下に吹っ飛んでしまった。
というか吹っ飛ばしてしまった……。
なんで彼はいつもぶっきらぼうな感じなのにたまにこういうことをスラッと言ってしまうのか……。
好きな人にそんなことを言われてしまったら勘違いするじゃん。気はないって分かってても。
「……痛い」
ルードは頭を抑えながら部屋に戻ってきた。
「ごめん……つい」
「どうしたんだよ急に、そんな顔赤くして」
「うるさい!」
ドンッ!と鈍い音と共にルードはまた廊下に吹っ飛んだ。
「もう知らない! また明日! 今日はごめんね!」
バタンっ! とドアを閉めた私は大きく息を吐く。
なんであんなに強くて優しいのに、馬鹿なんだろうか……。
大体なんなんだ。いつもみたいにって。まるで普段の私が可愛いって言ってるみたいじゃん。
勘違いするじゃん。
あの人を好きな気持ちは隠さなきゃ行けないのに。
翌日、昨日のような夢を見ることのなかった私は待ち合わせ時間にしっかり余裕を持って支度することが出来た。
家の前で待っていた私は待ち合わせ時間丁度に来たルードを見て思わず頬を緩ませてしまう。
彼は服装に気を使う人では無いためいつもあまり変わらない。
いつも変わらないってことはいつもかっこいいってことだ。
「何ニヤニヤしてるんだ? 行くぞ」
彼は一方的に告げて前を歩く。
いつも通りの日常にいつも通りの彼。
こんな日常がいつまでも続けばいなと思いながら私は彼の一歩後ろを歩いていく。
町に着くとすごい視線を感じるようになる。
しかし彼らの視線はいつものように敵意を感じるものではなく、また別のもの。
それは多分私の前を歩く彼の影響だろう。
彼は魔法学園に通っていてとても優秀だと聞く。
彼は私に気を使って魔法学園の話はしないので直接聞いた訳では無いがこんな疎まれている私でさえ噂が聞こえてくる程の優秀さなのだ。
ルードは魔法もトップクラスの成績なのに魔法を使わないで剣で戦うと。
実際に彼はいつも腰に剣を提げていて私を助けてくれる時もいつもその剣を抜いて戦ってくれる。
そんな彼が私の前を歩いているからこそ直接的な敵意は感じられないということだと思う。
「今日は何を買うんだ?」
彼はこちらに顔を向けながらそう聞いてくる。
「うーんと、食材かな。ちょっと足りなくなってきてて……」
「そうか」
彼は返事をしながらまた前を向く。
多分私がこう言っただけでどこの店に行くのかわかるのだろう。
彼は迷うことなくいつものお店に足を運んだ。
「いらっしゃい。この前ぶりだね嬢ちゃん」
私を迎えてくれたのはいつも行くお店の店長。
髪の毛は一つもなく初めて見た印象は怖い人だった。
この店に初めて来た時ここもまた外れだと思った。
手当り次第近くのお店に入っては追い出されを繰り返していた私はまた追い出されるのだろうと覚悟した。
でも彼は普通に受け入れてくれた。私がどんな人であるのかを知っているはずなのに。
「はい。ここしか行く宛てがないもので」
そんな心優しい彼にそう告げて欲しいものを手に取る。
ルードは外で待っていると言って店の前で立ち尽くしている。
「あれが噂のルード君かい」
「え? あ、はい」
買い物を済ませ店を出ようとした時に店長はそう聞いてきた。
「初めて見るがいい男じゃないか。早く自分のものにしろよ」
「余計なお世話です!」
ニヤリとしながらそんなことを言う店長に向かって、大きな声で反論した私は逃げ出すように店を出ていく。
自分でも顔が赤くなっているのが分かるくらいに熱い。
「どうしたんだそんな顔を赤くして」
「うるさい! かえろ!」
どこかで最近聞いたようなセリフをサラッと流した私は彼を置いていくように前を歩く。
彼の天然さにはいつも困ってしまう。そんな悩みを頭に抱えながらいつもより歩きやすい町中を歩く。
そろそろ町を出るというところで私は一つのお店に目が止まった。
店の看板には魔石店と書いている。
魔石というのはあらかじめ石の中に魔法が組み込まれていて魔力を流せば使えるというものだ。
この石があれば自分が使えない魔法でも魔力を流せるだけで使えるらしい。
私みたいな魔法が使えない人は少しの魔力しか無いため使おうと思えば使えるらしいけど使ってしまうと体が危険って聞いたことがある。
この国では結婚の時にこの魔石入りの指輪をお互いはめるらしい。
「うわぁ。綺麗」
私の目が止まったのは店の中にある紫の宝石のような石がとても綺麗で輝いていたからだ。
思わず店の窓まで近づいて中を見てしまった。
「あんたに売る魔石はないよ」
立ち止まって中を見つめていた私にお店の人がわざわざ外に出てきてまでそう言ってきた。
白髪の老人だ。
そうだ、私に魔石なんて物を売ってくれる人なんていない。
「おい、あんた今なんて言った?」
「いいよ。行こうルード」
いつものルードからは想像も出来ないよな顔で店長を睨むルード。
しかし無駄な争いもお互いのためにならないので私はルードの手を引いて店の前から去る。
私のために怒ってくれてることはわかるけどルードにこんな顔をさせたくはない。
「本当にいいのか言われっぱなしで」
町を出て暫くしてから今までの沈黙を突破ってルードはそう聞いてきた。
「悔しいよ。だけど、何をしたって私は疎まれるだけだからルードもそうなる前に私に関わらない方がいいよ。私はルードみたいに強くないから」
実際そうなのだ。いくら間違ってないことを言ったって、私のことを九割以上の人が嫌っているのだからどうにもならない。
全部私が悪いことになる。
それだったら今のままの方がいい。
「そうか。ここまで来たら一人で帰れるな?」
私はそう聞かれて思わず立ち止まった。
確かにここまで来たら誰かに襲われるなんてことはない。
もう家は目の前だ。
「うん。大丈夫だけど……なんで?」
「なら今日はここまでだ。町に忘れ物をしてきた」
彼はそう言って私に背を向けて来た道を戻っていく。
私が何かを言う前にさっさと歩いていってしまった。
けど忘れ物ってなんだろう? 彼がいつも身につけているのはあの腰に提げている剣と首に掛けている綺麗な石くらいだ。
今日はどちらもしていたから特に忘れ物なんて無いはずだけど。
でも、もし私が彼を追って町に行ってまた襲われたら迷惑をかけてしまう。
それに彼はとても強い、この町では敵が居ないくらいに。
そう思って心配な気持ちを胸にしつつ私は家の扉を開けた。
この時の私はあんなことになっているなんて思いもしなかった。
翌朝、目を覚ました私はやけに外が騒がしいことに気づいた。
外を見るとルードの家の人が外を歩き回っている。
何かあったのかと思いすぐに外に出ると、ルードのお母さんが駆け寄ってきた。
「おはよう、エーレ。ルードがどこに行ったか知らないかしら?」
開口一番、ルードのお母さんはそう聞いてきた。
「おはようございます。ルードだったら昨日私と町に買い物に行って帰ってくる途中に忘れ物をしたって町に戻りましたけど……。どうかしたんですか?」
私は嫌な予感がしながらもそう聞く。
「それがルードが昨日帰ってきてないのよ。何も聞いてないからどうしたのかと思って」
ルードが帰ってきてない? 昨日から?
なんで帰ってこないのだろうか? あのルードが誰かに襲われることは無いはず、だったら家出? でもそんなことする理由ないはずだし……。
もしかして私のせい?
「昨日からですか!? 探しに行かないと!」
私は焦る気持ちを抑えきれずに町へ駆け出す。
「待ちなさい、エーレ」
ルードのお母さんは私の腕を掴んで離さない。
「なんで止めるんですか!? ルードがいなくなっちゃったのに!」
「あなたが行って何ができるの?」
私は聞いた言葉に黙り込んでしまった。
私に何が出来る? 魔法も使えない、町に入れば避けられる、確かに何が出来るのだろうか。
「あなたが行っても町の人は避けるだけ。なんにも出来ないでしょ。ルードのことは私達が何とかするからあなたは家にいなさい」
ルードのお母さんは的確に事実だけを私に話す。
そこには嫌味はない。だからこそ素直に受け入れられた。
「わかりました……。でも、見つかったら教えてください」
「わかったわ。それじゃあね」
そう言い残してルードのお母さんは走っていった。
私には何も出来ない。そう自分に言い聞かせてどうにかしたい気持ちを抑える。
でも、ルードの事だ何かあっても自分で何とかするはずだ。ルードが負けてるとこは見たことがない。
そうして私は家に戻った。
その日の夜。
今日一日外を見ていたがルードが見つかった感じはしなかった。
ルードがここまで居なくなることは無かったからどんどん心配が大きくなっていく。
朝はルードならなんとかするって思ってたけどなんとかなってないから帰ってきてないんじゃん?
私は焦る気持ちを抑えることが出来ずに立ち上がる。
おばあちゃんはもう寝てしまったし、少しくらい家を留守にしても大丈夫だろう。
足音を立てないようにゆっくりと廊下を歩いて玄関まで来た。
扉を開けてなるべく音が鳴らないように閉める。
もうルードのお母さん達は家に帰ったのか周りにはいなかった。
そう判断した私は一直線に駆ける。
もしルードが誰かに襲われたりしているなら絶対にあの町しかない。
そしてルードの言葉を信じるなら昨日通った道か行った店のどこかにいるはずだ。
焦っているのに頭がクリアになって考えがまとまっていく。
途中転びそうになりながらも懸命に走った私は遂に街にたどり着いた。
町はすっかり暗くなっていて街灯が薄暗い光を出していて、店の光は消えていた。
まずここから一番近いのは昨日目が止まってしまった魔石店。
ゆっくりと足を忍ばせて店の外から昨日、中の魔石を見たように覗く。
店の中は暗くなっていて所々にキラキラと輝く魔石が見えた。
何もおかしいところはないみたい。
「次の店は……」
「行かせないよ」
「ん……ん!」
次の店に行こうと思った瞬間、後ろから口を押えられた。
この声、このお店の店員……?
必死に抗うけどとても拘束を解ける気がしない。
「あいつを監禁しとけばお前も来るかと思ってたけどまさか本当にノコノコやってくるとはねぇ。魔法も使えないくせに」
あいつとはルードのこと?
一瞬頭の中で考える時間があったけどそんなのは束の間。口を押えられた私はすぐに店に引きずり込まれた。
店はさっき見た通り真っ暗な為などうなっているのかわからない。
しかし店長には見えているのか迷いの無い足取りで私を連れていく。
「そんなにあたふたしなくていいよ。あなたには周りが見えないけど私には見えてるからね」
ということは魔法の一種だろうか?
そんなことを考えているうちに椅子に座らされて腕を縛られた。
「はい、ご対面~」
店長がそう言った瞬間部屋にあかりが灯った。
急に明るくなっため目をすぼめながらゆっくりと開く。
すると自分の真正面に同じように座らされたルードがいた。
「ルード!」
「なんで来たんだよ。馬鹿」
ルードは真面目な顔でそう言う。
「そんなの心配だからに」
「お前が来てもどうにも出来ないだろ!」
「それは……」
今朝ルードのお母さんにも同じことを言われた。
そんなこと頭でもわかってる。でもわかってても黙っていられなかった。
「あらあら。助けに来てくれた女の子にそんなこと言うなんて酷いわねぇ」
店長は、ニコニコしながらこちらのやり取りを聞いている。
何がそんなに楽しいのだろうか。
店長にそんな煽りを入れられたルードは黙ってしまった。
「まぁいいや。じゃあ殺す」
「おい! 殺すなら俺でいいだろ! こいつは関係ねえ!」
「いや、私は魔法使えない奴が嫌いだからね。お前らどっちも殺すわよ」
「え、どうゆうこと……?」
私は今の会話で感じた違和感に咄嗟に声が出た。
「なにがだい。もう一度言ってやる。私は魔法を使えないやつが嫌いなんだよ、だからお前ら二人とも殺すって言ってんだよ」
「なんで!? ルードは魔法使えるじゃん! 殺すなら私だけでしょ!?」
このおばさんは何を言ってるんだ?
ルードは魔法が使える。じゃないと魔法学園には絶対に入学できない。
なのになんでこのおばさんはルードを魔法が使えないって言ってるんだろうか?
「はぁ……? 何かおかしいと思ったらそうゆうことかい」
店長は一人で勝手に納得してまたニヤニヤしている。
この瞬間を楽しんでいるような顔で店長はまた口を開いた。
「ルードだったかい? お前格好悪いねぇ」
「……」
そう言われたルードは深く俯いて何も言葉を発さなくなった。
「ルードはかっこいいもん! ねぇ、ルード早く魔法使ってこんな人倒しちゃおうよ!」
「おいそこの娘こいつは」
もう店長に剣を向けられていることすら忘れて私は次々に口から言葉が溢れた。
「こんな人の言葉に耳傾けなくていいから! 早く見返そうよ!」
「……いい」
「なに……? 早く一発痛い目に合わせようよ」
「もういい!」
いつもの静かで無表情なルードからは考えられない声量と形相で言われてしまって私は固まってしまった。
いつものルードらしくない……。
「どうしたのルード? こんな人ルードならすぐにやっつけれるでしょ……?」
ルードが魔法を使っている所は一回しか見た事がない。それでもあの時の魔法は凄かった。
あんな魔法を使えるなら何も遠慮することは無いはず。
「……、…………だ」
ルードはまたさっきのように俯きながら小さい声で何かを言っている。
こんなにハッキリ言わないルードも初めて見た。
「どうしたの? ルード」
「俺は、魔法が使えないんだ!」
「……え?」
ちょっと何を言われているのかよく分からなかった。
どうゆうこと……? ルードが魔法を使えない? そんなことは無い。
だってこの目で見たことがあるし。
魔法学園じゃ成績優秀で有名になるほどだ。
ルードが魔法を使うと強すぎるから剣を使ってるっていうことでも有名だ。
そんなルードが魔法を使えないなんてありえない。
「何言ってるの? 前、ルードが魔法使ってるの見たことあるよ……? それに成績だって良いじゃん! 魔法使えないわけないじゃん!!!!」
「あれ、全部嘘なんだよ」
「え……?」
意味がわからない。だって魔法学園に通ってて成績優秀で……って言い出したらキリがないくらい魔法がすごいって有名なのに……。
「あひゃひゃ!!!! お前魔法が使えないってずっと嘘ついてたのかい!!!! そりゃ格好悪い所の話じゃないな! あひゃひゃひゃ!!!!」
店長はそう言った後それからずっと笑っている。
でもまだ決まったわけじゃない……のかな?
よく考えたらちょっとおかしいところは何個かある。
あれだけ強いはずのルードがこんな老人に負けるのはおかしい。それにさっきからのルードの態度……。なぜあんなに自信なさそうにしてるんだろうか。
「おかしいとは思ってたんだよ。あれだけ有名なお前がこの店に入ってきた時魔力量が極端に少なかったからね。入ってきた時にあの入口にある魔石が光らない奴は魔法が使えないってことだからね。あひゃひゃ!!!!」
そう言って入口の方を指さす店長。
実際に緑の魔石が入口の扉の上にあった。あれで魔法を使えるかを判断してるのか。
よっぽど魔法を使えない人が嫌いだってことだろう。
もう店長は私に向けていた剣を捨てお腹を抱えて笑っていた。
「どうゆうことなの……? ルード」
私はもう意味がわからなくてそうルードに聞くしかない。
ルードはしばらく何も言わないでこちらを見つめていた。
そうして短いようで長い沈黙の後、ルードは口を開いた。
「俺の親父魔法学園の教師だろ? だから入学試験の時俺が魔法使えないってわかった時にすぐに隠蔽したんだよ」
「それって……」
「そう。先生としての立場が危うくなるからだ。それで隠蔽したはいいんだけど俺が魔法を使えなかったら意味が無いだろ? だから俺には魔法が掛けられてるんだよ」
つまり先生だから子供が魔法使えないなんて知られたら先生としてやっていけなくなるってこと?
この世界は魔法で優劣が決まるから。
「魔法?」
「あぁ。俺に魔法が効かない魔法をかけてもらったんだよ。だからエーレを助ける時は毎回勝てるんだよ」
魔法が効かないということは負けることは絶対にない。
そんなルードが剣を使うのが上手かったらいくら魔法が上手くても勝てないということ?
「だから俺は魔法を使えないんだ。今まで嘘ついててすまん……」
そう言ってルードは私の目を見ることも出来ずに黙り込んでしまった。
「あひゃひゃ!!!! そうゆうことかい! こりゃ面白いこと聞かせてもらったな! 魔法も使えないくせに今じゃお前は剣すら持ってない。剣を持ってないお前は何にもできないってことだ! じっくり苦しんでもらおうか」
そう言って感情が高ぶっている店長は落としていた剣を広い再び私に向けてきた。
「魔法を使えないことを恨むんだね。すぐにこの男も逝かせてあげるから安心しな」
そう言って店長が剣を振り上げた。
もうダメ……!
「魔法は使えないけどお前には勝つ」
「それは……!」
ルードはそう言って胸の石を光らせた。
その光が部屋全体を照らして私は思わず目を瞑った。
この瞬間に剣が落ちる音と店長の唸り声だけが聞こえた。
再び目を開けるとそこには床にうつ伏せで倒れている店長と……。
「ルード!」
仰向けで倒れているルードがいた。
「ルードどうしたの? 今何したの!?」
「久しぶりに魔法使ったけどやっぱりダメだな……。体が持たん」
「……え?」
ルードはそう言って目を閉じてしまった。
どうすればいいの……? ルードが倒れちゃった。
「早く助けを……」
そんな考えが頭をよぎったけど、私の身分を考えたら誰も手を貸してくれる人なんていない。
そう思った私は直ぐにルードを背に背負い店を出た。
真夜中だろうか? 辺りは真っ暗であかりが灯っている家なんかない。
そんな中歩いていると向こうから歩いてくる人影があった。
私たちの家の方からだ。
「エーレ……?」
その人影が私の名前を読んでこちらに駆け寄ってくる。
「エーレ! ルード!」
人影の正体はルードのお母さんだった。
お母さんは泣きながらこちらに走ってきてすぐに私たちのことを見た。
「エーレ、怪我はない? ルードはどうしたの?」
「私は大丈夫です! それよりルードを……」
ルードのお母さんは私に代わってルードを背負い歩いた。
その間私は今までの経緯をこと細かく話した。
昨日寄った店で何かあったのかと思い行ったらルードが監禁されていたこと。
私たちが殺されそうだったこと。
ルードの嘘。
そしてルードがやったこと。
全てを話し終えた私は深い自責の念に駆られていた。
「本当にごめんなさい。勝手に外に出て、私のせいで……」
何も出来ないのに町に出てしまったこと。結果的にも助けることが出来たか分からない。もしかしたら逆効果だったかもしれない。
そしてもう一つの反省はルードに対して。
簡単に言えばルードはお父さんの事情で魔法師だと偽ってきてた。
それなのに私は……。
「そうね。エーレが勝手に出たことはあまり良い事だとは思わないわ。だけどそのおかげでルードは帰ってこられた。ありがとう」
「え……?」
殴られることも覚悟していた私は拍子抜けしてしまった。
「怒ると思った?」
「はい……」
私は正直に答えた。いつものルードのお母さんの印象は怖い、だ。
中身はちゃんと良い人でダメなことには怒って良いことはちゃんと褒めてくれる人。
だけど今回私がしたことは良い事とは言えないと思ったから怒ると思った。
「でも、ルードの為にやってくれたんでしょ?」
「それは……はい」
もちろんルードが大好きだからやったことだ。
「だったら怒るなんて出来ないわよ。それにルードがなんで町に1人で行ったのかもなんとなくわかるから」
「え、わかるんですか?」
今まで精一杯だったからそんな疑問は浮かばなかったけど確かに考えてみればあの時、ルードはなんで一人で町に行ったのだろう。
私にはさっぱりわからない。
「ふふふ。それはそのうち分かるわよ。今日は帰りなさい、ルードの調子が分かったら知らせにいくから」
そう言って紫色の指輪を私に見せてくるルードのお母さん。
どういうこと……?
気づけばいつの間にか家の前にいた。
私は頭の中のモヤモヤが消えないまま家に帰ることになってしまった。
「はい……」
◆◆◆◆
次の日、私はとても落ち着いていられなかった。
昨日ルードのお母さんには知らせに行くと言われたけどそんなのいつになるかわからない。
もし本当に酷い状態だったら知らせにくることすらできないかもしれない。
ルードの家は隣だから行こうと思ったらすぐに行ける。行けるけど今度こそ邪魔になってしまうかもしれない。
そう思ったら家の中で歩き回ることしか出来なかった。
「少しは落ち着いたらどうだい。エーレ」
「わかってるけど……」
そう。こんなことしたってどうにかなるわけが無いことは分かっているけど黙っていられないのだ。
コンコン。
「え?」
リビングで歩き回る私をおばあちゃんに見守られていた私は突然の扉を叩く音に足を止めた。
音の方向は玄関の扉だ。
「来た!」
そもそも家の扉を叩く人なんてあまりいない。
夜にならたまに嫌がらせで扉を叩かれたりするけど今は昼間。考えられるのはルードのお母さんが来たという可能性だけ。
私はすぐに玄関へと足を向けてなんの躊躇も無く扉を開けた。
「お母さん! ……え?」
私は口を開いたまま固まってしまった。
目の前にいたのはルードだったから。
「その……昨日は本当にすまなかった。怪我はないか?」
ルードは珍しく深く落ち込んだ様子で謝罪をいれた後、私を心配してきた。
「私の事なんてどうでもいいでしょ!? それより大丈夫なの!?」
「あぁ。昨日たまたま親父が家にいてな、すぐ治して貰えたよ。運が良かった」
そうだったの。じゃあもしルードのお父さんがいなかったら……。
そう思うと目から涙が溢れてきた。
「もう……バカ! なんで一人で町に行ったの! それにルード魔法使えないんじゃ……」
いつも魔法を使われて嫌がらせをされる私から見たらあれは確実に魔法だった。
「おい、泣くなよ。それは俺がいつも胸にぶら下げてるやつあるだろ? あれ魔石なんだよ」
「え……じゃあ魔石使ったの!?」
「………………あぁ」
ルードはしばらく答えづらそうにしてからそう答えた。
ルードは実は魔法が使えなくて、魔石を使ったってことは……。
「ほんとにバカじゃないの!? なんでそこまでしたの!? ルードが死んじゃうかもしれなかったんだよ!?」
魔法が使えない人が少ない魔力を使って魔石を使えば死の可能性があるほど危険だと言う。
そんな可能性があるほど危険なことをルードはしたのだ。
「それはお前を助けるために決まってるだろ」
「……」
いつものルードからは聞けないような言葉が聞こえたような気がしてまた固まってしまった。
しばらくしてそれが聞き間違いじゃないことがわかると溢れる涙がさらに多くなった。
気がつくと私はルードに抱きついていた。
「もうバカ! ……でもありがと」
ルードが助かっていなければとてもじゃないけど感謝は出来なかった。
でも今、ルードはここにいる。
私の為にやってくれたことだと思うと、複雑な気持ちになったけど嬉しいのも確かだった。
「おい、抱きつかなくても……」
いつものルードなら「やめろ」ってぶっきらぼうに言ってすぐに引き剥がされると思うけど今日のルードはそんなことしなかった。
「本当に怪我は無いのか?」
泣きじゃくる私の頭をポンポンと撫でてからルードはそう聞いてきた。
「うん、本当に大丈夫だよ。ルードのおかげで」
「そうか。それならいい」
しばらく泣いていた私はだんだん落ち着いてきた。
落ち着いて来ると今の状態がとんでもないことに気づいた。
私、好きな人に抱きついてる!?
冷静になった私はすぐにルードから離れた。
「ご、ごめん! 私、勝手に抱きついて……」
「それは大丈夫だ……」
そう答えるルードはどこが顔が赤い気がするけど気のせいかな?
もしかしたらまだ無理してるかもしれないからそうかもしれない。
「それよりなんであのお店に一人で行ったの?」
私はもう一度落ち着くために違う話をルードにした。
「それは……これを渡したくてな」
そう言ってルードはズボンのポケットから布に覆われている何かを出した。
「これはなに?」
「まぁ開けてみろ」
聞いてもルードは答えてくれないので受け取って布をめくってみる。
するとそこには紫に輝く魔石があった。
「これって……」
一昨日、わたしが思わず見とれてしまったあのお店の魔石だ。
「それ、欲しそうにしてただろ? だからエーレにあげたくて……」
ルードはいつもの大人っぽい態度から一転して恥ずかしそうにそう答えた。
顔を赤くしているルードを見ていると笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ、もしかしてこのために……?」
「……………………あぁ」
「ほんっとにバカ!」
さっき止まったばかりの涙がまた流れてきた。
今日は泣いたり、泣き止んだりの繰り返しだ。
「ありがとう……」
「あぁ。それじゃあ」
再び感謝の気持ちを伝えるとルードは目を逸らしてしまった。
相当恥ずかしいんだ。
まだ話したかった私はすぐに帰ろうとするルードを引き止めて無理やり言葉を繋いだ。
「ねぇ、そういえばなんであの店長に捕まったの? 魔法は効かないんじゃ……」
ルードはお父さんに魔法が効かない魔法をかけられていると言っていた。
それならあの店長に負けるはずがないのだ。
「それは……、普通に魔石買うために店に言ったからまさか殴られるとは思わないだろ? 油断してたんだよ」
つまり魔法ではなくて直接攻撃されたってことか。
それならかけられている魔法も意味も成さないってことか。
「そうなんだ。じゃあさなんで魔石買いに行ってくれたの? 今までそんなことしてくれなかったでしょ?」
一昨日魔石に見とれてしまったけど、他にも可愛い服だったり色々なものに目を奪われてきた。
それでもルードは何もしてくれたことは無かった。
もちろん何かを求めていたわけじゃないけど、今まで何もしてもらってなかったのになぜ今回に限って町に戻ってまで買いに行ってくれたんだろうか。
「それは……秘密だ」
「なんで!?」
「言いたくないことだってあるんだ!」
ルードは顔を赤くしたまま少し大きな声でそう言った後背を向けて家に帰ろうとする。
そんないつもと違う光景に戸惑いながらも気になった私はいつの間にかルードの腕を掴んでいた。
「だめ! 教えて!」
「嫌なものは嫌なんだ!」
「私に悪いことしたって思ってる?」
「それは……思ってる」
「じゃあ教えてくれたら許す」
元々少しも怒ってはいないけどこう言えばルードは白状してくれるはずだ。
少しずるいと思うけど……。
「わかった」
「それで理由は何?」
ルードが恥ずかしがっているからよっぽどのことなんだろうと期待をしながら次の言葉を待つ。
「…………………だ。」
「え?」
恥ずかしがっているルードは声が小さすぎて何を言っているか全く分からない。
「ごめんもういっ」
「お前のことが好きだからだ!」
「へ……?」
私の言葉を遮るようにして伝えられたことは頭の中で整理するには少しどころかだいぶ時間が必要な言葉だった。
「もうわかっただろ! 俺は帰る」
何が起こったのか分からない私はルードの腕を離して呆然としてしまった。
そのうちにルードはどんどん離れていく。
遂にルードが私の家の門から出ようとするところでようやく何を言われたのか理解した。
ルードが私をすき……?
ということは両想いってことで……。
それにルードも魔法を使えないんだから気持ちを隠す必要もなくて……。
そう思うと自分でも顔が真っ赤になっていることが分かるくらい熱くなっていた。
そのうちにルード門を出ていた。
このままでいいの?
自分にそう言い聞かせた私はその答えを出した途端駆け出した。
まだ家には入ってないかもしれない。それに今伝えなければもう恥ずかしくて言えそうにない。
そう思い、門を出て隣のルードの家に向かうとルードはギリギリ扉の前にいた。
「ルード!」
私がそう呼びかけるとルードはピクっと体を動かして固まった。
しかし返事はない。
ルードはこっちを向いてくれないが言うしかない。
「私も! ルードのこと大好きだからね!」
意を決して放った言葉はルードどころか私の家の中にまで響きそうな大きな声になってしまった。
「え……?」
そんな私の声を聞いたルードはポカンとした表情でこちらを向いた。
「だから! これからもずっと一緒にいようね!」
一度大きな声を出してしまった私は恥なんか捨てて、言うつもりの無い言葉まで次々と出てきてしまった。
それを聞いたルードはとことことこちらに歩いてきて私の目の前で止まった。
相変わらず目は合わせてくれない。
「当たり前だ。俺が……」
ルードはいつもの落ち着いたような声でそう言うと少し黙ってしまった。
当たり前、という言葉にドキッとしながら私はどうしていいか分からず次の言葉を待つ。
「俺が幸せにしてやる」
次にルードから言われた言葉を聞いた私はすぐにルードに飛びついていた。
「大好きだよ」
そう言って飛びついた私を今度はルードが抱き寄せてくれた。
そこから私たちは何も言うことなくしばらくの間そうしていた。
私はこの瞬間にとてつもない幸せを感じながらも初めて良かったと思えた。
魔法が使えなくて良かったと――