5.うじ茶のように渋く甘くすっきりと
5-17
僕が地獄の研修をクリアしたことの証である焼印が、古傷のように、そこにうっすらと付いている。
僕がその傷を眺めていると、それに気がついた母は、小さく首を傾げた。
「あら? あなた、そんな所に傷なんてあった?」
「うん、まぁ……」
僕は、曖昧に、言葉を濁す。
「もう、いつそんな傷作ったのよ。お母さん全然気がつかなかったわ」
そんなことを言いながら、母は、ベッドを起こした時に乱れた布団を直し、布団をポフポフと軽く叩く。心なしか母の表情が明るくなっていた。
「まぁ、でも、にいちゃんって意外と、運いいんだな」
「えっ?」
布団を直す母を横目に、ベッドの横に腰掛けた弟は、どこか気の抜けた声を室内に響かせた。その言葉の意図するところが分からず、思わず弟の顔をマジマジと見る。
そんな僕の目をしっかりと捉えて、弟は、言葉を続けた。
「だって、店のガラス突き破るような車に轢かれて、骨折だけで済んでるなんて、超ラッキーじゃん! もし、運が悪ければ、誕生日に葬式だったんだぜ」
弟の言葉を、母は瞬時に咎める。
「保! なんて事言うの!」
「なんだよ〜。にいちゃんが強運だって言ってるだけだろ」
母に叱られ、弟は、鬱陶しそうに顔を顰めた。
「ぷっ」
そんな二人のやりとりに、僕は、不覚にも吹き出してしまう。
「もう、衛も! 何笑ってるの!! お母さんたちが、どれだけ心配したと思ってるの? 保の言う通り、怪我で済んで良かったけれど、笑い事じゃないのよ!」
母は、目に涙を溜めながら、僕のことも叱る。僕は、それがなんだか嬉しかった。
「うん。心配かけてごめん」
僕は、嬉しさが抑えられず、ニヤニヤとしながら、母を宥めるための謝罪の言葉を口にする。
「にいちゃん、何ニヤニヤしてるんだよ。やっぱり、頭の打ち所が……」
「保! いい加減にしなさい!」
またしても、母のカミナリ。それを僕はまた笑ってしまう。
「もう。なんなの衛も……」
ニヤニヤが止まらない僕を見て、怒っているはずの母の顔は、呆れ顔に変わる。
「母さんと保の顔が、また見られて嬉しいんだ」
僕の心の底からの答えは、どうやら、母の涙腺を崩壊させたようだった。
「うぅ……もう……何言ってるのよ」
僕に背を向け、鼻をグズグズと鳴らしながら、それを隠すように、母は窓をガラリと開けた。途端に、爽やかな風が、甘い香りを纏って、室内へと流れ込んでくる。近くで金木犀が咲いていそうだ。
僕は、馴染みのある匂いを、思いっきり吸い込む。




