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なにものかの気配

 懐中電灯を手に本館を歩いている最中、いちいち物音にびくりと肩を揺らす。


 私が懐中電灯を持ち、後ろにメジロちゃんだ。なんで怖がりの私が前なんだと文句を言いたいところだけれど、メジロちゃんは重いオノを持ち歩いているからどうしても遅くなってしまう。


 いくら小さめのオノであるとはいえ、先端は鉄の塊だ。普通に重い。私では多分持ち歩くなんて無理だ。それに落として足が悲惨なことになりそう。足に落とさないにしても床に傷をつけて壊したり、床が抜けたりしてしまいそうだし……。


「ね、ねえメジロちゃん。いますよね?」

「いるいる。大丈夫だよ」

「なんか……蒸し暑い気がするんです」

「そうだね、別館のほうがいくらか涼しかったような気がするよ。雨と土砂が入り込んでいたからかな? いや、それなら普通は湿気が増えてあちらのほうが暑くなるか?」


 なんか、生暖かいっていうか……すごく嫌だ。

 ギシギシと音を立てる床板に、音を立てるなと怒鳴りつけてしまいたくなるほどに、嫌だ。


 懐中電灯の頼りない光だけで、いちいち前後左右を確認しながら慎重に歩を進めているこの状況自体が、じりじりと神経を焼き切っていくように思考を焦らせる。嫌な予感、第六感、なにも分からない手探りの恐怖。そういうものが全て合わさって、勝手に心が不安を増幅させていく。嫌な虚像を作りあげるみたいに、勝手に想像する。


 足を進めるたびに床が抜けてしまったような浮遊感が襲ってくる気がするし、後ろを確認するたびにそこにいたはずのメジロちゃんがゾンビや殺人鬼に変わって私を殺す姿が思い浮かぶし、その辺に落ちている瓦礫が突然大きな化け物になって私を襲う想像だってした。突然屋根が落ちてきて私達もろともに死ぬところも見える気がするし、先程本館に来る前に窓から見えた黒い影が私の影から手を伸ばして、影の中に引きずり込んで来ようとするんじゃないかと気が気でない。


 たくさんの想像をして、じわじわと、じりじりと削れ摩耗していく心のせいで冷や汗が酷い。心なしか雨の音が近くなり、私を呼ぶ声が遠ざかったような気もする。声が聞こえづらくなっているのは良かったはずなんだけど……なんでだろう。あんなに聞こえていた声が聞こえづらくなると、さらに不安が加速する。


 手が震える。あれ、どうやって歩いてるんだっけ。どうやって足を動かしているんだっけ。どうやって、私は息をして――。


「清香、清香、ボクのほうを向きなさい」

「……」

「ここにいるよ、大丈夫。なんにも怖いことはない。ボクがいるから大丈夫」

「だ、い……」

「大丈夫。ほら、大丈夫」

「だいじょうぶ……」

「よしよしいい子だね。困ったな、精神的にまいってしまっているみたい。少し休もうか?」

「わ、わたしなら大丈夫ですから」


 メジロちゃんが肩をすくめる。


「ほら、やっぱり手を繋ごう。さっきはどうしてもオノを持ち歩こうとして悪かったよ。そこに……立てかけて置いていくからさ」

「ありがと、ぅ、ございま……す」


 手を繋いで、廃別荘の中を歩き出す。迷惑、かけっぱなしだ。


「私、メジロちゃんがいないと迷子になってしまいそう、です」

「まったく清香はしょうがないなあ。いつまで経っても臆病なままなんだから。あれだけオカルトスポット巡りをしてるのに、全然慣れないよね」

「メジロちゃんが連れ回すからじゃないですか……」


 泣き言をいいながら、私は深呼吸をする。大丈夫、息の仕方は思い出した。


 勝手に脳が怖い化け物を想像することもない。

 だから、大丈――。


「しっ、清香」


 咄嗟に懐中電灯を持ったまま口を塞いだ。その拍子に懐中電灯のスイッチに触れてしまい、部屋の中にあった唯一の光が消える。


「物陰に隠れて」

「え、なんで」


 疑問を口にする前にメジロちゃんの手でさらにしっかりと口を塞がれる。

 腰に腕を回され、強制的にその場に座らされた私はなにがなんだか分からないうちにその『音』を捉える。


 なにかがゴリゴリと削れているような音だ。

 心臓がばくばくとして、確実にナニカがいるというのに、心臓のこの音が聞こえてバレたらどうしようだなんて内心で焦る。


 ゴリゴリ。ゴリゴリ……音が十分に遠ざかり、なにも聞こえなくなったところで、ようやくメジロちゃんは口を離してくれた。


「クマかな……にしては妙か。匂いでバレる覚悟もしていたんだけど。なんの音だったのか見に行ってみよう」

「見にいくんですか……!?」


 それより、やっぱりずっと隠れて救助を待ったほうがいいのでは? 

 そんな風に思ったものの、「崩れるかもしれないって言ったでしょ」とたしなめられて渋々移動する。


「な、なにこれ……」


 私達が音のしていたほうの廊下に出ると、そこには天井に一番近い、高い高い位置につけられた爪痕のようなものがあった。

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