後編
とあるファミレス。
カナメは少し離れた席に座ったカップルをちらちらと観察しながらアイスコーヒーをすすっていた。
ちなみに奏介はその様子を、頬杖をつきながら見ている
「……確かに楽しそうだけど、特に意味のない話をしているわね」
昨日のバラエティー番組の感想、コンビニスイーツの食レポ、次の休みの予定など、付き合いたてなのか話しているだけで楽しいのだろう。特に女子は『恋する乙女』といった感じである。
「意味とかじゃなくて、話をするのが楽しいんですよ」
「……男子と話して何を楽しめというの?」
「あれとか言わないで下さい」
しばらく見ていたカナメはため息をついた。
「わたしには無理だわ。男子と二人であんな風に出かけて楽しく話をするなんて」
「好きじゃなくても、よく話をする男子とかいないんですか? 生徒会メンバーとか」
「……男子の生徒会役員には女子に伝えてもらうようにしてるから」
「生徒会室で伝言ゲームですか?」
奏介は呆れたように言って、
「クラスでは?」
「名前を知らない男子もいるわ」
「いや、なんか重症だったんですね。なんで生徒会長になれたんですか? 俺と普通に話せてるからそこまでとは思いませんでした」
すると、カナメはきょとんと奏介を見る。
何やら我に帰ったように自分のアイスコーヒーと奏介のホットコーヒーに視線を向け、辺りを見回し、
「!」
驚愕に目を見開いた。
「何故あなたとお茶してるの!?」
周りに注目されるくらい大声だった。
「気づくのが遅いんですよ。先輩が付き合えって言ったんでしょ」
「う……そう、だったわね」
と、今の大声でカップルが気づいたらしい。
ひそひそと声が聞こえ始める。
「あれって生徒会長? もしかして彼氏かな?」
「あ、校則撤廃したのってそういうことかよ。へぇ」
「彼氏に説得された的な? だったら彼氏さん、めっちゃファインプレーだねー」
カナメの顔がみるみる赤くなり、ぷるぷると震え出す。
「か、かか、彼氏?」
「人によってはそう見えるかも知れませんね」
「か、帰るわよ。もうバレたみたいだし」
「はいはい」
奏介とカナメはそろってファミレスを出た。
翌々日、放課後。
一人、奏介が帰ろうとすると声をかけられた。
「ちょっと、良い?」
カナメがなんとも言えない複雑な表情で立っていたのだ。
「どうしたんですか?」
彼女に連れていかれたのは人気のない三階の非常階段だった。踊場から裏庭が見える。
「……昨日、この前のカップルに声をかけられて」
カナメの頬が赤くなる。
「あぁ、ばっちり見られてましたね」
「あなたのこと、彼氏? って聞かれたから否定したんだけど、わたしが男子といるところを見たって噂を流されたみたいで。直接関係あるかは分からないけど、今日の朝に入ってたの」
見せられたのは白い封筒だった。
「手紙?」
「差出人は隣のクラスの男子なんだけど、内容はその、わたしのことをずっと気になってた……みたいな感じで」
「ラブレターって奴ですか。今時古風ですね」
「やっぱりこれ、そうなの?」
「でしょうね。先輩、普通に美人系ですし、男嫌いが治ったならそういう男子は出てきますよ」
カナメはしばし、固まって、
「どうしたらいいのかしら?」
「断るか受けるかの二択でしょ」
「どっちが良いの?」
奏介は肩を落とした。
「それは自分で決めて下さい。ていうか、決められないなら友達に相談した方が良いんじゃないですか?」
「と、友達に相談なんかしたらからかわれるじゃない。散々男子が嫌いって言っといて、迷ってるなんて言えないわ」
カナメ自身驚いているところだ。まさか断る一択ではなく、迷うだなんて。
「とりあえずお付き合い……はハードル高いですね。相手を傷つけないように丁寧にお断りするってことでどうですか?」
「……やってみるわ」
自信なさげなカナメに、仕方なく奏介はアドバイスをすることになったのだった。
一週間後の放課後。
「菅谷ー、なんか会長が呼んでるぞ」
真崎の声に奏介は教室の戸の方へ視線を向ける。
カナメが申し訳なさそうになっていた。当たり前だが視線が集まって居心地が悪そうだ。
「また揉め事か?」
「いや、もうあの時のことは和解してる。あ、じゃあね針ケ谷」
「おー、喧嘩するなよ」
真崎と分かれ、廊下へ出るとカナメに引っ張られて非常階段へ。
「合コンに誘われたの」
「……はぁ、そうなんですか」
真剣な表情で階段の手すりを握る。
「どうしたら良いかしら? 男子がたくさん来るらしいのよ」
「嫌なら断れば良いじゃないですか」
「……男子から逃げて良いのかしら……」
「あの、何故俺に相談するんです?」
「こんなこと話せるの、あなたしかいないのよ」
奏介は深いため息を吐いた。
こんな状態に追いやったのは奏介のせいでもあるのだ。とことん付き合うことにした。
数日後。
カナメは以前奏介と来たファミレスにいた。
ぼんやりと窓の外を眺める。
「男子、か」
男子との関わりは増えた気がするが、自分が成長しているのかどうか不安になる。いずれきちんと向き合わなくてはならないだろう。
と、後ろの席に同じ高校の女子グループが座ったようだ。
「だよねー」
「うんうん。そういえば会長サン、ちょっとだけ緩くなった?」
「あー、思った。あの校則撤廃は良かったよね。あたし彼氏出来たからほんと、ほっとしたんだ」
いきなり自分の話をされ、固まる。逃げたいところだが、どう頑張っても移動中に見つかる。
「今は良いけど、男子と話すなとか言われた時はほんっとうにムカついたんだよね。何様みたいな?」
「話すな! はないよね。一生独身がいいなら一人でどうぞって感じ」
「あはは、やばっ。あれでしょ? 少子こーれー化を後押ししてるの」
この辺りまでは言われて当然だと思っていたが、話が乗ってきたのか徐々に悪口が加速していく。
「男子とはコミュ障レベルでさぁ。目も合わせられないんだって」
「何それ、よく共学通ってられるよね。バカなんじゃないの?」
「あはははっ」
カナメは息を吐いた。やはり、女子のためと思ってしてきたことは間違いだったのだろう。ここまで言われるくらいに嫌われてしまったのだ。自分のせいだとは分かっている。
「泉会長」
はっとした。横を見ると奏介が立っていた。
「お待たせしました。見回りでしたよね。行きましょうか」
「あ……えと……」
手を引かれ、強引に引っ張られる。
後ろの女子達が固まっているのが見えた。
奏介は無表情で彼女達を見る。
「周りよく見て、本人のいないとこで言っとけよ」
そう吐き捨てカナメを連れてファミレスを出たのだった。
「菅谷君、なんで」
「いや、通りかかったら窓から見えたんですよ。それに何か悩んでるみたいだったので」
「そう」
「まぁ、あの人達が言ってたことは全部当たってますけど、気にしない方が良いですよ」
「……ありがとう」
いつまでも引かれる手が暖かく、カナメは少しだけ潤んだ視界を手の甲で拭った。
数ヶ月後。
カナメは放課後の生徒会室にいた。
会長の机に座り、室内を見回す。
「今日で最後なのね」
明日から新生徒会が発足するため、カナメは生徒会長という役職からおりることになる。その後は受験に卒業と恐らくあっという間だろう。
「……」
と、生徒会室が開いた。
「!」
「どうも」
奏介だった。風紀委員の書類は提出済みのため、その件が目的ではないだろう。
「どうしたの?」
「いえ、ただ……会長、お疲れ様でした」
「ありがとう。それを言うために来てくれたのかしら?」
「そうですよ」
カナメは立ち上がって奏介と向かい合った。
「わたしこそ。色々あったけど良い経験になったわ」
奏介は頷いて、
「それじゃ。またお茶くらいなら付き合いますよ」
奏介が背を向けたところで彼の手を掴んだ。
「菅谷君」
振り返った彼は驚いたような表情をしていた。
「あ、あのね。やっぱりわたし、男子と関わるのは無理そうなの」
奏介、呆れ顔。
「いや、もうなんていうか、数えきれないほど相談に乗ったのにそういうこと言います?」
カナメは頬をほんのり赤らめて、
「でも、あなたのこと、菅谷君のことは無理じゃないわ」
「え?」
カナメは奏介の手を強く握る。
「好きな男子が出来たの。ずっと嫌がらずに下らない相談にも乗ってくれて、なんだかんだ優しくて、助けてくれて……わたしはあなたが、菅谷君が好き」
奏介は目を瞬かせる。
「……わたしじゃダメ?」
握る手が震えている。奏介はしばし無言の後、ふっと笑った。
「俺も、先輩とあーだこーだ言ってるの、楽しかったですよ。でも、俺なんかで良いんですか?」
「ええ、わたしは菅谷君が好きなんだもの」
そこで初めて、奏介は照れたように視線をそらした。
「……先輩にそんなことを言われたら……」
と、カナメは後ろからそっと抱きついた。
「お願い」
奏介は頷いて、前に回されたカナメの手に自分のそれを重ねた。
一応完結にしましたが、ネタが見つかったら連載中に戻して新しい話を上げるかもです。未定!!
リクエストありがとうございました!