1.自殺配信とミルクティー色の髪の毛の少女
初めまして。
自分なりに、皆さんを楽しませられるような作品が作れたらいいな、と思っています。
よろしくお願いします。
まただ。また、この夢。
「アルくん、アルくーん……。」
小さな女の子が自分を呼んでいる。ただ、その少女が誰なのか分からない。ずっとそうだ。ここが夢だというのだけは分かる。明晰夢というやつなのだろう、しかし、自分はそこにあるだけだ。この摩訶不思議な空間において、自分という存在はただの添え物のようなものだ。何か声をかけたい。悲痛な声で自分を呼ぶその少女に、何か一言だけでも……。
目が覚める。たまに見るこの夢は、1日のスタートをひどく憂鬱な気分にさせる。いつもよりゆっくりと服を着替え、まだ寝ている母を起こさないようにして家を出た。
誹謗中傷が深刻化しており――――ネットの匿名性についてまた議論がーーーーVRの進化が目覚ましくーーーー今の日本は高度情報化社会と言えるだろうーーーー
様々なニュースが街中に流れている。興味がないわけではないが、調べれば調べるほど時間が湯水のように流れていく。自分のことすら満足にできていない自分には、向いていない時間の使い方だと思った。ぼんやりと道を歩いていると、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえた。
「アル、おはよっ。今日はいつもより遅いな?」
彼の名前は神崎流衣、学校で一番仲がいい友達だ。
「おはよ、ちょっと寝坊したんだ。」
不思議な夢のことは敢えて言っていなかった。自分でさえよく分かっていない夢の話をしたところで、困らせてしまうだけだろうと思ったからだ。たわいもない話をしながら歩いていると、若い男がぶつかってきた。
「おっと、すいません。」
「……チッ」
男は舌打ちをして去っていった。イヤホンをしながら、スマホの画面を見て歩いている。ぶつかった瞬間、男の見ている画面が目に入ったが、映っていたのは見たことのない少女だった。
「大丈夫か?何だよあいつ、感じ悪いなあ。ぶつかってきたのはそっちの癖に。」
「大したことないよ、あの調子だとまたすぐ違う人にぶつかりそうだな。」
男はフラフラと歩いていたが、次の瞬間、カクン、と膝から崩れ落ちた。
「!?大丈夫ですか!」
すぐに駆け寄り、声をかけたが、返事がない。意識を失っているようだ。すぐに救急車を呼び、諸々手続きを終えてから高校へ向かったが、彼が無事なのかが気になって授業が頭に入らなかった。感じがいい人間だったとは言えないが、目の前で倒れられては心配だ。
そう考えを巡らせていると、ルイが話しかけてきた。
「アル、考え事か?あの人のことなら、そんな重く考えなくて大丈夫だろ。案外ただの睡眠不足とかかもよ。」
「そうかもな。ただ、あんな直前まで元気そうだったのが気になってさ。若かったし、持病とかも無さそうだし。」
「だとしても、お前が気にすることじゃないでしょ。」
楽観的なルイの言葉で、自分の考えこみすぎるところを反省した。自分がどれだけ考えても、事態が変わるわけでもないのだ。
「てか、これ見てよ。すごいの見つけた。」
ルイが俺に見せてきたのは、『視聴者が10000人超えたら死にます』というタイトルの生配信だった。
「こんにちは、私カンナって言います。」
ふわふわのミルクティー色の髪の毛をなびかせながら、涼しい顔で笑うその子は、同い年くらいに見えた。何だか見覚えがあるような気がしたが、全く思い出せないので、勘違いなんだろう。
「おい……、ルイ。なにこれ、悪趣味。これ所謂自殺配信だろ?」
「怒んなって。ちょっと前に有名になりたい馬鹿たちに流行ってたじゃん。誰も本当には死ななくてちょー炎上してたけどさ。どうせこの子もそうでしょ。」
ルイがそう吐き捨てた次の瞬間、まるでこっちの話が聞こえているかのように、女の子は言った。
「あ、皆さんどうせ嘘だと思ってるでしょ?本気ですからね。ここから飛び降りて死にます。まだ500人くらいしか来てないけど、始めたばっかりなんで、むしろいいペースです。そうですね、13時半までを期限とします、みんなお昼休み終わっちゃうだろうし。」
時刻は今ちょうど13時。確かに視聴者は1秒ごとに増えていっている。メーターがカタカタと人数の増加を教えてくれる。俺はそのカタカタカタカタ動くメーターに恐怖を覚えた。人が生で死ぬのを見たい奴が、こんなにいるんだ。少女が指さした場所は、かなりの高さだった。この高さから飛び降りたら、きっと本当に死んでしまうか、とりあえず無事ではすまないだろう。なぜだか確信を持ってそう感じた。自分でも不思議なくらいに、感情移入している。
「ルイ、もし本当だったら、俺たちが殺人の片棒を担ぐことになるんだよ。1人でも視聴者は減らした方がいいだろ。見るのやめようぜ。」
俺がそう嗜めると、ルイは何か面白いことを思いついたかのような顔で言った。
「いやあ……、でもさ、もしだよ?もし本当に死ぬ気だったら、それはそれですごいもの見れるじゃん。こんな時代でも、さすがにガチで人が死ぬ瞬間とかなかなか見れないしさあ。」
嫌な笑いを浮かべながら、じっとこっちを見てそう言うルイに、俺は眉をひそめ、ハッキリ不快だ、と態度で示す。こいつは悪い奴じゃないが、こういう、物事を軽く考えすぎているところだけは治した方がいいと思う。
さすがに俺が本気で怒っているというのを察したらしく、ルイはポチっと退出ボタンを押した。
「ごめんて。冗談だよ、からかっただけ。本気で死ぬところ見たいなんて思ってないよ。アルはこういうの嫌いだもんな。久しぶりにこんな生配信見つけたから、興味出ちゃっただけ。だから、そんな怖い顔すんなって、怒んないでよ。」
ヘラリ、と笑いながら謝るルイを見て、呆れつつも、こういう素直なところはいいところだよな、と思う。
「怒ってないよ。ただ、何にでも面白半分で首突っ込んでたら、いつか痛い目見るぞ。」
はいはーい、と適当に返事をするルイに、何かもうひとこと言ってやりたいと思ったが、すんででやめた。しつこく言っても逆効果だろうし、クラスメートが近寄ってきたからだ。
「成瀬、神崎、今日遅刻してきたけどどうしたん?何か先生にも言ってたし、事件にでも出くわしたの?」
「黒田。まあ、ちょっとね。倒れた人がいたから救急車呼んだだけ。」
「へーっ、そりゃすげえな!」
黒田は、野球部に入っており運動神経がよく、爽やかな好青年、といった印象の男だ。仲も良い方ではあるが、この時間はいつも部活の友達と一緒にいたはずである。なぜ一人なのだろう。
「黒田、いつもの友達はどうしたんだ?」
「あー……。」
何か言いにくそうに、黒田は声を淀ませた。そして声を潜めながら苦笑いで言った。
「実はさ、あいつらが自殺配信とかいうの見てて、俺そういうの無理だから離れちゃった。」
思ったよりもあの配信は有名になっているみたいだ。さすがに違う人間がやっているわけではないと思うし。本当に10000人集めてしまうのかもしれない。
何だか頭が痛くなってきた。人の死を娯楽として扱う人間は至る所にいる。グラグラと頭が揺れているような、すごく高いところに一人取り残されているような、そんな酩酊しているような感覚に襲われる。
「えーっ、自殺配信?こわ、そんなん見る奴の気が知れないな。」
ルイの軽口に、ハッとその酔っているような感覚から呼び戻される。すかさずどの口が言うんだ、という視線を向けると、ルイはニヤリと笑う。
「こいつさ、マジで頭固いから、そういう話やめた方がいいよ。ほんとに、チョーキレるから!あっ、ほら、もうキレかけてるもん。」
「キレてねーよ。」
「えっ、ごめんな成瀬。いやでもわかるよ。俺もああいうの好きじゃねーし。だから怒るなよな。」
「怒ってないっつの!」
この話題自体に確かな嫌悪を感じていたから、ルイは多かれ少なかれ俺のことを考えて言ってくれたのだろう。感謝のような不服のような複雑な気持ちを感じながら、時計をちらりと見る。今、13時11分。黒田の友達たちは大きな声で盛り上がっていた。
「この子ふつーにかわいいよなー。どうせ死なないだろうし、いっそ俺と付き合ってほしいわ~♡」
「ギャハ、お前きもっ!な、キモイよな。」
「うん、マジヤバイ、ウケる。てかやめといた方がいいよお、この子絶対メンヘラのかまってちゃんだって。ほら、顔がそうじゃん。」
「てか、みんなちゃんと見ろよっ、10000人行くって、ほら!」
時刻は、13時13分。その瞬間だった。
その自殺配信を見ていたとされる14072人が、全員同じタイミングで昏睡状態に陥った。
歴史に残る大規模テロは、今、この時から始まったのだった。
ああ、なんて荒唐無稽な出来事なんだろう!でも、事実なんだよなあ。
見てくださってありがとうございました。
展開は考えているので、ペースを落とさないで次話投稿出来たら。と思っています。