表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

景色は綺麗

 暖かい日差しが降る気持ちの良い日には昼寝がしたくなるのは人間の性だ。特に川沿いの、鳥の声や水の流れる音を聴くと、


 「どうも眠くなる……」

 「ダメですよ。仕事中です」


 リュウは相棒の馬の立て髪に顔を埋めるようにしがみついた。


 「そうは言っても、今日はずっと歩きっぱなしだよ? 君も疲れてると思うんだけど」

 「そりゃ疲れてますよ。こんな重たい荷物と文句の多い人間を乗せてれば……」

 「あーはいはい。すみませんでした」


 馬はぶふんと鼻を鳴らした。

 リュウは馬に向けていた視線を川に向けた。

 綺麗な川だ。透明すぎて泳ぐ魚は上から丸見えである。鳥たちにとっては良い餌場になるのだろう。近場で大きな鳥が羽を休めたり、ピクリとも動かず水面を凝視し続けたりと辺りを見渡すだけで十数匹はいる。

 しかし、この景色もかつては失われたものだった。

 川は黒く濁り、時々人の死体が流れてくるのだ。鼻の曲がるような臭いを放ち、生物などどこにも存在しない、地獄のようだった。

 それが今はここまで綺麗になっているのだ。この地面だってそうだ。何度も血を吸っただろう。バラットへ続く主要の道なのだ。魔物の襲撃と戦いは毎日のように繰り返された。

 目を閉じれば昨日のように思い出せる地獄の日々は、今目の前には無い。


 「僕ももう少し称賛されても良いと思うんだよね」

 「……運が悪かったんですよ」

 「それは君もだね」

 「そうですよ」


 否定してくれない相棒の背中を小さく叩き、大きく息を吐いた。


 「本当に平和だな」

 「……」

 「これでみんなは幸せなのかな」


 そんなことはリュウにも分かる。幸せに決まっている。何度も見てきた嫌な記憶。夫を亡くした若い女性、同僚が目の前で殺されていく状況に発狂して自害した男、貧困に喘ぐ者、戦地に駆り出される若者、圧迫する生活。どれも二度と体験したくはない。が、リュウにとっての幸せは、今この現状では無かった。


 「僕は幸せじゃないんだ」

 「なぜです?」

 「僕はさ」


 村から初めて兵士に抜擢されたリュウ。当時王国軍に入隊するのは非常に名誉なことだった。そんな彼を村人は応援し、鼓舞し、褒め称えた。それが快感だった。

 そして時は流れて初の実戦に投入された時。リュウはがむしゃらに剣を振るった。何も考えず、ただ目の前の敵の命を刈り取ることだけを考えて、まともに魔法も使えない青二才は、その日戦地で華を飾った。話題にこそ上がらなかったが、同僚や上司からは褒められた。それが快感だった。

 そしていつしか兵士ではなく特務部隊の大隊長にまでのし上がった。この事は王国中に大々的に広まった。その頃には魔法の腕も上達し、剣技も冴えた。人は彼を勇者と呼んだ。それが快感だった。

 そして勇者は戦地に取り憑かれた。汗と涙と血飛沫が飛び散り、弱き者は肉片と化し、腐敗臭が蔓延する戦場を、勇者は堪らなく気に入っていた。肉を削ぎ落とし、骨を砕き、命を刈り取る。それが快感だった。

 そうして勇者は魔物の脅威を退けたのち、悪役になった。

 強大すぎる力を有する勇者を、王国は恐れたのだ。

 そして王国は国民に吹き込んだ。


 「勇者は、第二王子の隊を背後から襲撃したと。それから僕は……僕と君は追われる身になったわけだけど、それでようやく僕は幸せだよ」

 「私は不幸ですよ。今頃東部の山の中で静かに過ごしていると思うと、悲しくなります」

 「そんなこと言うなよー」


 そんな無駄話をしていると、隊商が突然ストップした。

 どうやら前方でトラブルがあったらしいのだ。


 「見に行きましょう」


 相棒の馬は主人の停止の合図を無視して軽やかなステップで歩き出した。


 「面倒ごとはやめようって君が」

 「絞れるところは絞りましょう」

 「……君は本当に馬か?」


 リュウは相棒の言葉に渋々従い、前方に駆け寄った。


 「何かあったんですか?」


 リュウが隊商を束ねるリーダーのジャンガのところへ行くと、彼は頭を抱えていた。


 「ケイか。見てくれ。橋が壊されてやがる」


 リュウは少し前に行った。確かに川に掛かっているはずの橋が見事に落ちている。


 「迂回路は無いのか」

 「あるにはある、が……あまり良い道では……」


 ジャンガは苦い顔をした。リュウは道こそ知らないが、彼の反応を見ればおおよそどんな道なのかは予想がつく。

 ただし、悩んでいいのは問題が1つの時だけだ。


 「ジャンガさん、今すぐ隊商を迂回路に向かわせてくれ」

 「どうしてだ? お前に指図される筋合いは」

 「早く」

 「!?」


 リュウは右手に握った長剣をジャンガの首に当てた。ジャンガは身動きが取れなくなり、目だけを上に向けた。


 「てめぇ……」

 「はめられたんだよ」

 「……まさか」


 リュウは右手の剣を消し、相棒の手綱を握った。


 「悪いことは言わねえ。早くしろ」


 ジャンガは唾を飲み込んで無言で頷いた。そしてすぐに先導する騎馬が動き始めた。


 「行きますよ」

 「頼む」


 相棒の馬は飛ぶように駆け出した。地面を蹴り、ぐんぐんと速度を上げていく。流れる景色のその先に待つのは。


 「山賊か。このご時世に……」

 「他の護衛兵もいるようですね」

 「……あぁ」


 リュウと相棒は隊商の最後の荷車まで帰ってきた。山賊は横を流れる川を駆け抜け、積荷に迫っている。


 「創造(クリエイション)!」


 そう短い詠唱を唱えると、リュウの手には液体の剣が握られた。

 そしてリュウはその剣をその場で振った。すると剣先が蛇のように伸びたのだ。


 「……っ!」


 反応しきれなかった山賊の1人に命中、片腕がくるくると回りながら後方へ飛んでいき、叫びながらその場に倒れた。それを見た山賊は武器を構えてその場で止まった。

 リュウも相手の動きに合わせて水の剣を手元に戻した。手を出さなければ見逃す、と言ったところ。余計な争いは避けるべきだ。

 こうして、山賊と護衛兵は川と陸で睨み合った。その間に隊商が逃げ切る時間を作りたかった。


 「……今なら手を出さない。早く消えろ」


 リュウはそう叫んだ。しかし、山賊は応じるどころか首の骨を鳴らして戦う気だ。


 「命知らずが!」


 リュウは両手の水の剣を長く伸ばし、地面に叩きつけて威嚇した。しかし、山賊はニヤリと笑うのだ。

 すると突然川の後ろにある藪が赤く光った。


 「遠距離魔法! まずい」


 赤い光は線を引くように高速で飛び、正確に荷馬車や荷車を狙ってきた。

 リュウは咄嗟に隊商の前に出た。

 直後、大きな爆発音と砂埃を舞い上げて、荒々しく川に波が立った。山賊は砂埃が晴れる前に立て続けにその遠距離魔法を連発する。そして畳み掛けるように川に居た山賊が荷車に飛びかかった。護衛兵が対応するも、相手の数的有利な状況には敵わない。そして山賊は目的の荷馬車に……たどり着く前に足を止めた。

 なぜなら、砂埃の中から人が出てきたからだ。

 フードを深く被り、小さな身体でその全ての魔法攻撃を防ぎきった。

 仲間の護衛兵達も絶句した。

 傷一つ付けず立っている。顔は見えないが、その下の表情は、嗤っているのか。


 「()()()()()()()()()


 リュウは人差し指の先端から、先ほど飛んできた魔法と同じ魔法を奥の藪に向けて乱発した。

 山賊は、仲間が撃たれても後ろを向く勇気も時間も無いことを悟った。

 そして、足の動きづらい水の中を山賊は背を向けず後退りしていく。

 リュウはその姿を睨み続け、藪の上の丘の方を見た。こちらの視線に気が付いて慌てて逃げていく姿が見えた。


 「す、すげぇ……」


 仲間の護衛兵は、退いていく山賊と1人で決着を付けたフードの男を交互に見てそう呟いた。

 当のリュウは早々に相棒の元に戻っていた。


 「あれでいいんです? 今ここで仕留めておいた方が今後のために……」

 「それは僕の役割じゃない。僕はあくまでも隊商を守る護衛兵だよ」


 相棒の馬はなんとも納得いかない様子で、鼻息を荒くした。


 「特に、あの数潰すのにゃ流石の僕も魔法を多用しなきゃいけない、正体をバラしてるものさ」

 「まぁ、そうですけど。でもそれならさっきの魔法でバレたのでは?」

 「大丈夫だよ。僕が同じ魔法が使えたとしか思わないよ」

 「そうですかねぇ」


 相棒は不安そうに耳を忙しなく動かした。

 リュウはそんな相棒の頭を撫でたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ