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私は馬

 リュウはヴァンディの店を出た後、適当に街を散策した。運河を行き来する船や道端で大道芸を披露する道化師、市場で声を張り上げるおじさんと対抗する向かいの店の店主、街の安全を守る兵士は欠伸を誤魔化し、子供たちが元気な声と共に足元を駆け抜けていった。


 「……穏やかだ」


 リュウはそう思った。3年前まで、魔物と戦う王国の前線基地とは思えない。苔のついた壁もそうだが、誰も手入れをしていない砦も象徴の一つなのだろう。

 リュウもかつてはここで雇われ兵だった。

 地位も名声も無い、辺鄙な村のガキだったリュウはここから戦地を駆け抜け、世の中にその名を轟かせた。また、その名を地に落とす元凶でもある街なのだが。

 そしてリュウは街を回るついでに護衛兵を雇う店へ足を向けた。

 旅をするにも金銭問題は発生する。毎回野宿でも良いが、食べ物は流石に現地調達とはいかない。そこで、リュウは度々隊商の護衛兵として多少のお金を稼いでいるのだ。


 「いらっしゃい」


 扉が開け放たれた木造の建物の暖簾をくぐると、受付のようなところに座る髪の薄い男が煙草をふかせて座っていた。

 リュウは一礼してからその男の前に立った。


 「近い日で出発する隊商はあるか?」

 「……ある。ただ……」


 男が何か言おうとした時、入ってきた1人の若者が突然リュウの肩に手を置いた。

 その若者はリュウの頭に手を置いた。


 「悪りぃな兄ちゃん。それは俺のなんだわ〜。ま、今回はついてなかったってことで」

 「誰だお前」


 リュウは頭に置かれた手を両手で掴んで、そのまま受付に投げ飛ばした。流れ弾を食らった男と投げられた若者は驚いた顔を見せた。


 「この話はこっちのだ。予約制なんざ聞いちゃいねぇよ」

 「て、めぇ! くそガキが!」


 投げられた若者は、立ち上がるなり腰の長剣を抜いて、飛び込んできた。

 リュウは冷静にその一撃を弾いた。左手には今までどこにも無かった銀の盾があった。


 「チッ……死ねやくそガキぁ!」


 若者は弾かれた剣をリュウの頭の上に落とすように振り下ろした。リュウはそれも盾で受け止めると、


 「創造(クリエイション)


 短く詠唱して、右手に金属の棒を創り、その棒で相手の腹を突いた。

 鋭く食い込んだ棒の痛みに若者は顔を歪ませてその場にうずくまった。切られなかっただけ命拾いした若者はリュウを1度睨むと、痛む腹を抱えて這うように逃げていった。


 「……それで契約の件が」

 「ちょっと待て! それどころではなかろう?」


 リュウは男の席を見た。無残に破壊された机とヒビの入った壁。

 リュウは男から目を逸らせた。







 翌日朝日が昇る、少し前。


 「なぁ聞いてくれよ」


 リュウの姿は街の入り口、入ってきた方とは反対側の入り口にあった。

 そして、ゆっくり歩みを進めるのは相棒の馬だ。それ以外に人気はない。敢えて言うならば門の守衛ぐらいだろう。


 「あの雇い屋のオヤジ、俺が物壊したから無料で働けって言うんだぜ。そもそもあれは変な男が……」

 「分かりましたよ。その話何回するんですか?」

 「良いよな、お前はその辺の草で生きてけるもんな」

 「私も選り好みはしますけどね」


 そんな会話をしながら、リュウと彼の相棒の馬は大きな門を出た。すぐ外には大きな隊商が出発の準備を整えていた。

 リュウはその隊商の主人と思われる男に挨拶をしに行った。


 「おはようございます。タダ働きの護衛兵のケイです」

 「おぉ! 待っていた! 腕の立つ男と聞いたが……」


 男はリュウの姿をまじまじと見た。

 リュウも微動だにせず、その視線を受けた。


 「まぁ、最近は山賊も少ないし川沿いを行くだけの安全な旅路だ。よろしく頼むよ。あ、俺はジャンガだ。もちろん偽名……お前もだろう?」

 「……」

 「ま、人それぞれ事情はあるわな。あとちょっと出発するから、適当に過ごしといてくれや。お前の持ち場は一番後ろだ。他にも護衛兵が居るから顔は合わせておけよ」


 そう言って、ジャンガは積荷の手伝いをするために走って去った。

 リュウは顔合わせなどする予定も無く、適当に木の側に座って、昨日買った果実をかじった。

 そうやって無駄な時間を過ごしていると、リュウの近くに大柄な男とその仲間と思われる男たちが数人やってきた。


 「おいおい、あんなチビが俺たちを護るってか? ふざけてんなぁ?」


 大柄の男がそう言うと、仲間たちが一斉に笑い出した。周りで積荷をしていた人達もこちらを窺うように視線を向けた。

 この手の職業ではよくある事なのだ。隊商とて無力ではない。誰かに護衛されると言うことが気に食わない人間もいるらしいのだ。


 「なぁ、ケイって言ったか? まだちょっと時間かかるみてぇだから、ちょっと手合わせしようや」


 大柄な男がそう不敵な笑みを見せると、仲間たちがゾロゾロとやってきて、リュウの着ている鎧や剣を奪うように剥がした。


 「得物は無しだぜ?」


 そう言うと大柄の男は上半身裸になり、その鍛え上げられた裸体を惜しげもなく見せつけて威圧してくる。

 しかし、リュウが全く動じないのが面白くないのか、男は突然襲い掛かった。

 右、左と飛んでくる拳をリュウは易々とかわした。そして続け様の回し蹴りを片手で受け止めると、軸足を蹴り上げた。バランスを失った男の身体は地面に叩きつけられた。


 「うぐ……チッ」


 男はすぐに起き上がると、隠していたナイフを手に持った。


 「得物は」

 「俺はいいんだよ! らあぁぁぁ!」


 男はナイフを構えて突っ込んできた。狙いは腹だ。致命傷でなければ時間をかけて殺せるからだろう。リュウは飛び込んでくる男に向けて自身も走り出した。


 「狂ったか! 死ねぇ!」


 男はナイフを突き出した。しかしそこにリュウの姿は無い。しかしそれに気が付いた時にはもう遅い。

 リュウは突き出された腕を踏み台にし、踏み込んだ足とは逆の足で顔面に渾身の膝蹴りを食い込ませた。

 男は鼻を押さえてその場でのたうち回った。辺りに大量の血が散った。


 「ボス!」

 「ボス、ボス!」


 そう言って男に駆け寄ってくるのは先程リュウの身包みを剥がした男の仲間だ。心配そうに男の顔を覗き込む。


 「ボス! くそ! このガキさえ」

 「来いよ。まだ時間はあるんだろ。次は誰だ」


 そう言ってリュウは右手に長剣を創造して、群がる男たちの顔を見回した。


 「……っ! コイツ魔法まで使えんのかよ……ひ、引くぞ!」


 仲間のリーダーだろう男が声をかけて、倒れて動かない大柄の男を引っ張りながら急ぎ足で消えていった。


 「リュウ。あまり争いごとは」

 「分かってる。ごめん」

 「……はぁ、さすがに私も冷や冷やしましたよ」

 「そうか? 見た目から弱そうだった」

 「リュウには何が見えてるんですか?」

 「はは、君と一緒だよ」


 リュウは相棒の馬の頭を撫でた。

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