草が微妙
市場を発ってから早二日。先の見えない鬱蒼とした森の中で、ひと時の休憩を取っていた。
リュウは火打ち石で組んだ枯れ木に火をつけた。美しい緑が広がる森の中は、高い木々に邪魔をされて地面では陽が差さず、少し寒いのだ。
愛馬は変わらず好みの草を探しては食べるを繰り返している。
「良いなぁお前は。どこにでも飯があって」
愛馬はブフンと鼻を鳴らして適当な返事を返す。
「こっちは干し肉もなくなりそうだってのに……」
リュウは拾った木を干し肉い突き刺し、火の上で炙った。
いい匂いだ。正直牛の脂は苦手だが、この味には敵わない。噛めば噛むほど溢れ出る旨味が最高なのだ。
しかし、もうすぐ焼き上がる頃になって、奥の草むらに気配を感じた。
音を立てないよう上手に歩いている。落ち葉や枯れ木が積もる森の中をこれほど静かに歩くのは並の人間ではないことはすぐに分かる。
リュウは側に置いていた剣には触らず、右手で空間を掴んだ。否、掴んだのは空気ではない。
「創造……」
銀色に光る何かが掌から徐々に構成されて剣の形を造った。
その瞬間、草むらを低い姿勢を保ったまま高速で突っ込んでくる音がする。生茂る草の隙間から光る鋭利なものが飛び出てきた。リュウは焦ることなく右手で掴んでいる剣で相手の剣先を弾いて、飛び出た頭目掛けて一振り……する直前で寸止めした。
現れたのは小汚い少女だった。
薄汚れたフードと、最低限の防具を身につけていたが、その目の奥の闇は深く見えなくなっていて、顔は傷だらけだった。
とても普通ではない少女の姿にリュウは一瞬固まった。それを見逃さなかった少女は逆手で隠していたナイフを振るい、目の前の命を刈り取ろうと猛然と突っ込んでくる。
しかしリュウは咄嗟に身を引いて回避し、振り切られた腕を持って優しくナイフを奪った。
しかし、それで折れるような少女では無かった。
腕が使えないなら歯がある。もう一度踏み込んできたのだ。リュウは思考を止め、飛び込んでくる頭を地面に叩きつけた。
「なんなんだ……この獣みたいな娘は……」
リュウは動かなくなった少女の顔を確認した。およそ10歳ぐらいだろうか。細い腕と脚。似合わないナイフと短剣は刃がボロボロだった。
「酷すぎる……キミ、一体誰――」
薄く目が開いたと思うと、再び手に噛み付いて来ようとする。まるで獣だ。
リュウは脳内で謝り、
「クリエイション」
手と脚、そして首と胴体を銀色の棒で地面に縛り付けた。
「キミは」
質問しようとすると、少女は大きな声で叫んだ。
「お前を! お前を殺せば家族が助かるんだ! 災厄の勇者を! この手で殺す! 殺す殺す殺す!」
リュウは目を疑った。さっき見た目の闇がさらに深く濃くなっていくのだ。
「家族が助かる? どういうことだい?」
「うるさい! 自分に懸賞金が掛けられているのは知ってんだろ! この極悪勇者もどき!」
手製の檻の中をガチャガチャと暴れる少女はどんどん憎悪を増し、殺意を燃やし、もはや自分を忘れていた。
だが彼女の言うことは分かる。
極悪勇者。何度も聞いた濡れ衣だ。
「すまない。キミの家族の命が助かるなら僕の命はあげても構わないんだが……」
それを聞いて、ピタッと少女が止まった。
「本当か」
「本当だ。だけどそうはいかない」
一呼吸おいて、
「俺は極悪勇者だ」
ニヤリと笑みを浮かべて、リュウは焚いていた火のついた木を森へどんどんと投げ捨てた。
「や、やめろ! やめろよ!」
火は地面に落ちていた枯れ木や枯れ葉に引火し、一気に業火に変わった。静かな森が、轟音を立てて燃える火の山に変わったのだ。
「て、めぇ……」
「悪いな。まぁいずれ助けが来るさ」
「これ外せよ! おい!」
リュウは馬にまたがった。一度、炎の勢いを確認して、
「また会えるといいね」
そう呟いて、森の奥へ消えたのだった。
*
「あれでよかったのです?」
「良いんだ。あの娘の言うのは流行病さ。あの特徴的な顔は北の方の人間だろう。あそこは今流行病が猛威を振るってる。罹れば一晩で死ぬ病さ」
「でもあれじゃ帰れませんよ」
「帰らなくて良いんだよ。帰っても家族もう居ないさ。残酷だろう」
「どうでしょうね」
「それにあそこは王国の管轄だから王国兵に救助されるだろう」
「安全だと言うんです?」
「少なくとも家に帰るよりは安全だろうね。彼女が人の命を奪うような事をしなくて良かった」
「彼女にとっては絶望だったんじゃないですか?」
「勇者を殺した娘を蛮族は放っておくかな。家族が消えた少女には勇者殺しの名がつく。それはそれは価値のある名だ。引き取ると言う名目で暗殺者にでも仕立て上げられてみろ。僕は死んでも死に切れない。あの子は家に戻るべきじゃないんだ」
「リュウの考えはよく分かりませんね」
「ははは」
一人の男と馬の通った後には、ボロボロのナイフと短剣が捨ててあった。