崩れた日常
思いつきの行き当たりばったりで書いていきます
お付き合い頂けますと幸いです
「父上!母上!」
街が燃えている
建物の焦げる匂いが鼻を突き抜ける
道なき道を進んでいると崩れた家から飛び散った火の粉が肌を焦がす
「リリア!どこなんだ!」
人が燃えている
形容し難い悪臭が鉄サビの匂いに混じって辺りを埋めつくしている
ほんの数時間前までこの道は人で埋め尽くされていた
大通りの左右にはいくつもの出店が並び
活気の良い商人の声が飛び交い
子供たちは大通りを抜けた広場で走り回っていた
なのに
記憶にある街と目の前に広がる残骸がどうしても結びつかなかった
どうしてこんなことになってしまったのか
ことの発端は魔物の襲来を告げる鐘だった
この街、スターティアは広い大陸の中でも内陸に位置しており周囲には実り豊かな山々が聳え
整備された街道のおかげで王都まではやく2週間ほどの距離
この街の領主であるエルヒム・リーンウッドは元金二級の傭兵だった
金・銀・銅と分けられる傭兵の等級の中でも上から二番目の実力を持っていた彼は
故郷に戻った際に前領主の娘であるカトレアに一目惚れし後に結婚
その後前領主からその座を引き継ぎこの地を納めてきた
カトレアとの間にもうけた子は2人
長男のルシア、長女のリリア
幸せな一家であった
その日、妹のリリアと街へ出かけていた僕は人生で初めて魔物の鐘を聞いた
かつて要塞であったスターティアは高い城壁で囲まれており並の魔物では侵入など出来ず
城壁の上から衛兵に迎撃されて森へと帰って行くのだ
しかし今日は魔物の鐘が鳴る
それはつまり、街の中に侵入されたということになる。
街全体に緊張が走り、周囲の人達は慌てふためき逃げ惑う
人混みに揉まれた僕とリリアははぐれてしまい
路地の隅で隠れていた僕は辺りの喧騒が収まったのを察して家族を探しに出ていた
顔を知っている人達がそこら中にゴミのように転がっている
崩れずに残った家々が鮮血に塗れ
千切れた胴体から溢れた臓物が道端に溢れる
「ぅ、うぉおぇぇぇっ」
吐き出した朝食がその中に加わる
「ぢ、父上!母上!リリア!」
やがて広場に出ると噴水の周りで子供たちが駆け回って遊んでいたはずのそこは
そこかしこに死体が転がり、噴水は血と臓物とで真っ赤に染まっていた
我が目を疑う光景の連続に思わず膝を付きその場に倒れそうになった身体を両手で支えた
「ハッハッハッっっ」
呼吸もまともに出来ずどうにかなれと胸を殴りつけていると
ギィと広場の協会の扉が開いた
「っ?」
もしや、誰かがいるのかもしれない
僕と同じように隠れていた誰かがいたのかもしれない
淡い期待を抱いた僕は絶望にうち据えられた足を引きずり協会の扉を開いた
「だ、誰かいませんか?」
夜の帳が降り始めた頃
教会の中は暗闇に支配されていた
しかし、教卓の手前でもぞりと動く影があった
「あ、あの!よかった、生き残っていた人がいたんですね!」
一歩、また一歩と膨らむ期待を抑えながら近づいていく
「僕はこの街の領主、エルヒムの息子ルシアといいます。僕の父上と母上、妹を見ませんでしたか?」
砕けた長椅子に手を掛けて身体を支えながら近づいていくと
血の匂いが強くなった
「あの、もしかして怪我をされているのですか?ここは協会です、なにか手当出来るものを探して...」
その影に触れようとした瞬間
所々割れたステンドグラスから差し込む月明かりに照らされたその影は
およそ人間とは似ても似つかない凶悪な体躯をしており
その目は赤く腫れ上がりニタと笑う口元から見える牙からはワインのような血が滴っていた
少し前まで人間であったであろう肉を掴むその手には研いだ刃のような爪が伸びている
「あ、あぁ、あああ、」
思わず後ずさりをしながら僕の目に映ったのはその化け物ではなく
化け物の手にある衣服だった
食事をするのに邪魔だと思い破いたその服には
ひとつの刺繍があった
『だいすきなお母さんへ』
僕とリリアが、母の誕生日に贈ったものだった
最後までお読み頂いてありがとうございます