8話 不正?
「一体なんの騒ぎだ?」
サブギルドマスターと呼ばれる男が騒ぎの中心である俺に向かってコツコツと歩いてくる。
「あっ、すみません。別室でお話を聞かせていただけますか?」
俺を物理的に揺さぶり騒ぎ立てたミラさんは恥じるように頭を下げる。
そしてサブギルドマスターも合わせて別室へと案内された。
「さて、自己紹介がまだだったね。私はこのギルドのサブギルドマスターのギルバートだよろしく頼む」
「ジャックです。こちらこそよろしくお願いします」
「それで一体何があったのかな?」
「そうです。聞いてくださいよギルバートさん。ジャック様は今日冒険者登録をされたばかりなのにイルミナスを倒してきたんですよ。解体場に預けてあったので確認も済んでます。早めにランクアップを考えた方が絶対いいですよ」
ミラさんは興奮した様子でサブギルドマスター改めギルバートさんに捲し立てる。
それを聞いたギルバートさんは何やら考え込んでしまった。
「ふむ……確かに新人がイルミナスを倒したとなるとギルドとしては喜ばしいことだ。ギルドは実力ある者を求めている。そしてその実力者を低ランクで燻らせるのは勿体ない」
「そうですよね。ギルドマスターに話を通せば権限で何とかしてくれるかもしれません」
「まあ待て。焦る必要は無い。それより続きだ」
ギルバートさんはミラさんを落ち着かせる。
「ジャック君と言ったかな?君はどんなずるをしたのかな?」
「は?」
「え?」
ミラさんと俺の声が重なった。
一体何を言っているんだこいつは?
俺がずるをしただと?
ふざけんじゃねぇ!
「普通に倒しただけだ。ずるなんかしてない」
「そうですよ。依頼にも関係ない魔物なのにどうしてジャック様がずるする必要があるのですか?」
ミラさんもギルバートさん改めギルバートに反論してくれている。
「今日登録したばかりの君にそんなことが出来るわけがない。不正をしたに違いない」
はあ。
こいつもあの……やべえ名前忘れた。
あのカツアゲのオッサンと同じで登録したばかりは雑魚だと思ってる勘違い野郎か。
「話にならないな。ミラさん帰ってもいいですか?」
「え、あの……」
ミラさんはオロオロしている。
そんなところもかわいいな。
「君が持ってきた魔物の素材は没収、ギルドカードも剥奪処分だ」
「は?」
こいつ、頭に蛆でも湧いてんのか?
こんなのがギルドの権力握ってるなんて呆れるな。
「別にギルドカード処分でも除名でもしたけりゃ勝手にしろよ。別に俺は困らねえ。だが、素材は持っていく。俺が取ってきた物をどうしようと俺の勝手だ。てめえにあれこれ言われる筋合いはねえ」
もしそんなことが罷り通るならこのギルドはもう終わりだ。
やってることは規模が違えど、あのカツアゲのオッサンと一緒なんだよな。
「じゃあミラさん、短い間でしたがお世話になりました」
「えっ、ちょっと待って」
「なんですか?」
「ジャック様もギルバートさんも本気ですか?」
「無論だ」
「本気ですよ」
「ギルバートさん! もし、ジャック様の言っていることが本当だったらどう責任取るつもりなんですか?」
「そんなことは絶対にありえない。信じて欲しいのなら証拠を出してみろ。出せないだろ?」
こいつ、狂ってるな。
倒した証拠がないのが不正をした事に繋がるとか、このギルドは不正する輩で溢れてるじゃねえか。
「てめえこそ俺が不正した証拠を出せよ。どこに証拠があるんだ、ああ!?」
「イルミナスの素材が解体場に出ているのが何よりの証拠じゃないか」
こいつは馬鹿なのか?
それのどこが証拠になるんだよ。
話が通じなくて頭が痛くなってくるな。
「君たち、さっきからうるさいよ。一体何をしているんだ?」
突然扉が開かれ、声が聞こえた。
「ギルバート、これは一体なんだ?」
「はっ、このガキが不正をしていたので問い詰めていたところであります」
「ミラ、それは本当か?」
「……いえ。ギルバートさんの言いがかりです」
「なっ、ミラ、貴様、このガキを庇うのか?」
「だってそうじゃないですか。ジャック様の言い分を聞かずに一方的に決めつけて。そんなの許されるはずがありません」
「君はジャック君と言うのか。自己紹介が遅れたね。私はギルドマスターのハロルドだ。すまないが何があったのか詳しく聞かせてくれないか?」
「はい。俺は今日冒険者登録をしたばかりで、依頼を受けるのも初めてでした。ウルフ討伐の依頼を受けたのですがその途中でイルミナスという魔物の幻覚に嵌ってしまいました。俺には鑑定があるので自分の状態異常に気付きイルミナスの存在も感知出来たので倒してきたのですが、ギルバートさんは冒険者登録をしたばかりのガキがそんなこと出来るはずがない、不正をしたと言って信じてくれないのです」
「ミラ、それは本当か?」
「……はい」
「俺はギルドカード剥奪で除名処分されることになりました。しかも持ってきた素材は全部没収すると言われて。ギルドは冒険者の持ち物を没収する権利を持っているのですか?」
「何? どういうことだギルバート?」
「い、いえ。そんなことは一言も言っておりません」
この期に及んで言い逃れをしようとはどこまでも腐ってるな。
こんなのがサブギルドマスターでよく今までやってこれたな。
素直に関心するよ。
「とりあえず解体場に行ってきていいですか? こいつに手を回されて素材を取り上げられたりしたら堪らないんで」
「待ってくれ。そんなことは絶対にさせないと約束する。だからもう少しだけ話を聞かせてくれないか?」
えー、もう話すことなんてないけど。
除名処分でいいからさっさと帰りてえな。
まだ今日の宿も取ってないし。
「除名処分でいいんでさっさと帰らせて貰えませんか? こっちはイルミナスの幻覚で散々歩き回って疲れてるんですよ」
足がしんどいんだよ。
帰らせろ。
「もう少し待ってもらえないだろうか。今すぐこいつに尋問する。悪いようにはしない。頼む」
「え、ギルマス? なぜ私を? 尋問するならそこのガキでしょう?」
「まだ言うかお前は。ミラ、ジャック君を丁寧にもてなしてやってくれ」
ギルドマスター改めハロルドさんはギルバートを引きずって部屋を出ていった。
◇
「ごめんね。私があんなことしなければあなたがこんな目に合うことはなかったのに」
「ミラさんは悪くないでしょ。悪いのは全部あのクソ野郎だ」
「ふふ、ジャック様、意外と口が悪いのですね」
おっと、しまった。
クソ野郎への怒りが湧きすぎて敬語を忘れていた。
「すみません。つい素が出てしまいました」
「私にも敬語を使う必要はありませんよ。ジャック様の楽なように話して頂いて構いません」
「じゃあ遠慮なく。ミラさんもそのジャック様って言うのやめてくれない? 俺、様付けされるほど偉くないし、それ、ギルドの決まりってわけでもないよな」
「はい、そうですが……分かりました。今後はジャックさんと呼ばせて頂きます」
今後……か。
ハロルドさんは悪いようにはしないと言っていたが俺は一体どうなるのか?
「ハロルドさんは何をしてるんだ?」
「恐らく魔道具を使った尋問ではないかと」
「魔道具?」
「はい、真実の瞳と呼ばれる水晶型の魔道具で、嘘に反応する尋問用の魔道具です。それを用いた尋問をギルバートさんにしているはずです」
「へえ、そんな便利なものがあるのか」
「確かに便利ではありますが全てを信用することはできません。嘘は言っていないけど、本当のことも全部は言っていないみたいなことも出来てしまうので」
なるほど、抜け道か。
言葉を濁したり、相手の認識をずらしたりすれば嘘を言わなくても乗り切れたりしそうだもんな。
「遅れてすまない!」
そうこうしているとハロルドさんが戻ってきた。
すると突然テーブルに手と頭をついて謝り出した。
「真実の瞳を使ってギルバートに確認したところ、ジャック君に一切の非がないことが分かった。この度はうちのギルド職員がとんでもない迷惑をかけた。お詫び申し上げる」
「そうですか。あのクソ野郎はなんと?」
「イルミナスの素材をギルドとしてではなく個人的に手に入れ高値で売り捌く算段だったようだ。ジャック君を脅して素材を奪い取るつもりではあったが、ギルドカード剥奪や除名処分はするつもりはなかったらしい。本当のことかは分からんが」
へえ、やっぱ高く売れるのか。
くそ強かったもんな、イルミナス。
「お詫びとしてイルミナスの素材、その他ジャック君が持ち込んだものを適正価格の三倍で買い取らせてくれ」
「売らないと言ったらどうしますか?」
「な、何? さすがにこれ以上は出せないぞ」
「金の話じゃないんですよ。信用です、信用。サブギルドマスターという組織の上の人間があんなんだったんです。はっきり言いますと俺はこのギルドが信用出来ません」
あれが上にいたのだ。
適正価格とか言いながらもちょろまかしてくる輩もいるかもしれない。
「そう言われてしまっては何も言えん。私としてもギルバートがこんなことをするとは思いもしなかった。ギルド職員の監査をいっそう強めることを約束するとしか言えない」
「分かりました。他でもないギルドマスターであるハロルドさんが言うのならその言葉を信じましょう」
「助かる」
「それで俺の処分はどうなりますか? 別に冒険者にこだわりもないし、除名なら除名でさっさと処理してもらって構わないですよ」
魔物を狩るのも旅をするのも冒険者である必要は無い。
「除名なんてとんでもない。むしろランクアップを考えたいくらいだ。ジャック君がこのままギルドに在籍してくれると言うならひとまずCランクまであげたいと思っている」
「試験は?」
「もちろん受けてもらう。だがイルミナスを倒したんだ。間違いなく合格するだろう」
まあ確かに。
あれに勝てたのは相当な自信につながるよな。
「ひとまず今日のところはお開きにしよう。昇級試験に関してはまた後日連絡する」
結局そのままギルドに在籍することになりそうだな。
メリットも多いし、ハロルドさんがギルド職員の監査を強めるとも言っていたからまあいいか。
「とにかく今日はすまなかった。このようなことは二度と起こらないように徹底しよう」
ハロルドさん……めっちゃいい人なのにギルバートのとばっちり食らってなんか可哀想だな。
「分かりました。とりあえず宿を取らないといけないので依頼の報酬だけ貰っていいですか? 買取のお金は後日で構わないので」
「分かった。すぐに用意をさせよう」
それからすぐに報酬が用意された。
それを受け取った俺はさっさとギルドを後にした。
ハロルドさんとミラさんが何度も頭を下げてたのが心苦しかったな。悪いのはギルバートなのに。
何はともあれとても疲れた。
早く宿をとって休むことにしよう。