7話 初依頼
ウルフかぁ。
お手頃そうだったから受けちゃったけど以外に怖いんだよな。
いや、回避があるから大丈夫なのは分かるけどさ、あのギラつく牙が見えるとちょっと……。
そんなことを考えながら俺はウルフを探していた。
未だに恐怖は感じるが、ウルフはもう既に俺の敵ではない。
いつも通りに避ければいいだけなのだ。
そう考えるとどうってことないな。
「来たな、犬っころ」
目の前にはウルフが五匹。
その瞳は俺を捉えている。
俺は警戒するでもなく、まるで散歩をしているかのようにウルフへと歩き出す。
無防備に近づく俺にウルフはチャンスと思ったのか飛びかかる。
だがそれは罠だ。
俺の回避、そして反射からは逃れられない。
攻撃を仕掛けたウルフから命を刈り取られていく。
残された一匹は突然死を遂げた仲間を見て、俺に向かって唸り声を上げる。
吠えながら突っ込んでくるウルフからは、仲間の敵討ちをしてやるという強い意志を感じた。
だが、無情にも回避は発動してしまった。
固定ダメージも上がり、弱い魔物程度ならば一回避で葬ることの出来る反射が最後のウルフの命を奪い取る。
「ふう」
ナイス回避、俺。
といってもスキルによるものだが。
おっと、今更だが俺、ナイフとか持ってないな。
まあ、ギルドに解体場あるって言ってたし、アイテムボックスに入れて持っていけばいいか。
「しかし、たったこれだけだと物足りないな」
カヅラの町でスキルの強化を図った時は、毎日もっとたくさんの攻撃を避けていた。
今となっては反射のダメージも上がり、避ける回数も減りつつあるが、それでもたったこれっぽっちでは避け足りない。
「こういう時、千里眼スキルとか索敵スキルとかあると便利だよな」
何か他に今日の糧となってくれる魔物を探して歩く俺はそんなことを考えていた。
だって中々魔物見つからないし。
「俺のスキルは恵まれてるし、贅沢は言えないか」
元々授かることが出来た反射と回避、お詫びで貰った三つのスキル。
充分に恵まれている。
グチグチ言っても仕方がない。
俺はとにかく魔物との遭遇を求めて走り回るように移動した。
◇
◇
◇
「ほいっと」
俺は回避でゴブリンを倒す。
ゴブリンに限らずこれで何体目だろうか?
まあ、とにかく沢山倒した。
ウルフも追加で避けたし、ゴブリンも避け、スライムも避けた。
しかし困ったことになったな。
一体ここはどこなんだ?
俺の周りには見渡す限りの木々。
森だから当然か。
だがさっきから同じような景色をずっと眺めてる気がする。
いきなり迷子か。
困ったな。
こういう時は動かずに助けを待った方がいいんだったか?
でも俺この町に来たばかりで心配してくれる知り合いもいないし、ギルドの性質上捜索なんかもあるわけないしな。
はぁあああ。
歩くか。
「それにしても何かに誘い込まれてるみたいだな」
率直な感想だ。
見渡す限り景色が変わる様子はないが、歩を進めるにつれて嫌な予感が強まってきた。
てか疲れたな。
いい加減歩き疲れた。
もうどれくらい歩いたのか分からないが、足もパンパンだ。
もしかしてこれは夢か?
実は俺、カヅラの町の両親が残した家の自室でぐっすり眠っているというオチなのだろうか?
もし、そうなら俺のかかった状態異常は夢か?
…………ん?
自分に鑑定を使用して状態異常を確認する。
そこで俺の目を飛び込んできたのは幻覚の2文字だった。
「は?」
思わず声が出てしまった。
幻覚だと? いつの間に?
そのまま鑑定を使用したまま辺りをぐるりと見渡すと、ある一点に反応を示した。
「イルミナス? 魔物か?」
視界の右端に名前が表示された。
木に擬態した魔物なのか他の木々とさっぱり見分けがつかない。
「しかし、幻覚か……」
ゼロノス様と試したように、直接的な害がなければ回避は出来ない。
つまり俺はイルミナスの幻覚を破る手段がない。
「手っ取り早く攻撃してくれればいいんだが」
俺はそれを望む。
この幻覚から抜け出せない以上、イルミナスを叩くしかない。
だが俺の攻撃手段は回避。
必ず後手になる。
相手が動いてくれないと困るのだ。
「おいこら」
痺れを切らした俺はイルミナスに無造作に近づいた。
こうして近づいてみてもただの木にしか見えない。
すると地面から根がボコボコと出てきて俺に絡みついてきた。
俺は巻き付くように体を這うそれに一瞬で捕まってしまった。
「くそっ、離せ!」
拘束には回避は発動しないのに、なんてことを。
このままだったらやばいぞ。早く攻撃してくれ!
期待に応えるかのようにイルミナスはギシギシと根を器用に使って俺を締め上げようとする。
そこで俺の回避が発動した。
「残念だったな」
魔物といっても木の姿だ。
感情などは分かりずらい。
だがそこには確かな驚きと怒りがあった。
なりふり構わず根を鞭のように振るう。
当たればひとたまりもないそれを全て回避する。
反射は機能しているがまだイルミナスは死なない。
「結構強いな」
今まで戦ってきたスライムやゴブリンなんかの雑魚とは違う。
普通に戦闘してもこれだけの力があるのに、幻覚まで扱うとか化け物だろ。
だが俺の勝ちだ。
お前が俺に勝つなら大人しく俺が餓死するのを待つべきだったな。
焦って殺そうとしたのが運の尽きだ。
「じゃあな」
イルミナスの最後の攻撃を避ける。
それをトリガーに発動した反射の固定ダメージがイルミナスの残りのHPを削り取った。
そして糸が切れた人形のように動かなくなった。
一見ただの木材にしか見えないイルミナスの死体をアイテムボックスに放り込む。
気付くと幻覚は解けており、そこは見覚えのある道だった。
そこにある足跡は同じところをグルグル回るようについている。
幻覚で同じところを歩かされていたのだろう。
「あー、くそっ。疲れた」
なんにせよ無駄な体力を使った。
さっさと帰って休むとしよう。
◇
◇
◇
ギルドについてまず向かったのは解体場だ。
そこでドサドサとアイテムボックスからウルフやゴブリンの死体を出す。
「……おう。なんだ。すごい量だな」
解体場のおじさんも呆気に取られている。
俺としては避けてただけだし、なんならいつもこれくらいは倒してたぞ?
「少し時間を貰うがいいか? どこか残す部位の希望はあるか?」
「いや、ゴブリンとウルフの討伐を証明する部分以外は全部買取で頼む。魔石も含めてな」
「分かった。終わったら受付から呼び出されるからあっちで待ってな」
「おお、ありがとう」
中々厳つい顔をしてるのに、仕事は丁寧だったな。
適当に時間を潰して待っているとミラさんに話しかけられた。
「戻られていたのですね。初めての依頼はどうでしたか?」
「災難でした。イルミナスとかいう化け物の幻覚に嵌って大変でしたよ」
軽い出来事のように話す。
だがミラさんの表情は一気に優れなくなる。
「え? 幻覚を見せて人間を誘い込み疲れさせたところを捕まえて養分にしてしまうというあのイルミナスに遭遇したのですか?」
「えっと、はい。それで合ってます」
すると突然ミラさんは俺の手を両の手で包み込み瞳を潤わせながら言う。
「イルミナスはBランクの方ががっちり対策をしてようやく倒せるような魔物ですよ? 無事で何よりです。ジャック様が逃げ切れてよかった」
そんなにか。
道理で強い。
それにBランクの実力者も幻覚対策をしないとぽっくり殺られるらしい。
「えーと、逃げたんじゃなくて倒してきましたよ?」
「……今なんとおっしゃいましたか?」
「倒してきました。素材もそこの解体場に預けてますよ」
「うそ……」
ミラさんは解体場に走って行ってしまった。
そして息を切らせて戻ってきて俺の肩を揺らす。
「どうやったんですか? 何をしたんですか?」
グワングワンと揺らされ、首が痛い。
回避するとミラさんにダメージがいっちゃうから俺は甘んじて受け入れる。
ちょっ、ミラさんの細い腕のどこからこんなパワーが!? ガッツリ攻撃判定になってますよ!?
「あ、あの、お、落ち着いて、ください」
「はっ、すみません。大丈夫ですか?」
ミラさんはようやく離してくれた。
何だか目立っており、周りの冒険者達の注目を集めている。
「一体なんの騒ぎだ?」
「サブギルドマスター!」
そこにサブギルドマスターと呼ばれる男が現れた。