十二年前の真実
心を落ち着かせた俺は扉の戸を叩く。
「入ってくれ」
室内から声が聞こえた。わずかな間しか会話をしていないが、間違いなく帝都で会ったラバルカーンの声だった。俺は扉のノブを回し、部屋へと足を踏み入れる。部屋の中は想像以上に狭く、大きな机が部屋の大部分を占めていた。そんな小部屋の奥にラバルカーンは座っていた。
「よく来てくれた」
ラバルカーンが声を出すと同時に立ち上がる。場に不慣れな俺は暫く目を泳がせながら周囲を見渡していた。
「まずは腰を掛けてくれ」
ラバルカーンに扉の前にある椅子に腰かけるように促され、俺は言われるがまま目の前の椅子に腰かけた。椅子に座ってなおも落ち着かない俺は何もない質素な部屋を見渡す。すると、ラバルカーンが再び口を開く。
「落ち着かないようだな、アーゼス君」
「ん?」
名前を呼ばれ、俺は考え込んだ。俺はこの男に名乗っただろうか。そう首をかしげていると、ラバルカーンが椅子に座って話を始める。
「私はアラビル王国の元隠密頭だ。君のことは大体知っている。もちろん守護者ヴァレオルの息子であることも」
「俺に会おうとしたのも守護者ヴァレオルの息子だからということか」
守護者の息子と言う肩書以外何もない俺にわざわざ接触してきたことにずっと疑問を抱いていたが、全て知った上でということならば、多少は理解できた。しかし、そんな俺に話をしようなどと一体何の意味があるのだろうか。
「なぜ守護者の息子でしかない俺をわざわざ呼びつけて話そうと思ったんだ? 俺があんたの役に立てるとは思えないが」
「別に何かの役に立ってもらおうとは思っていない。ただ、後の守護者となる君は真実を知っておくべきだろう」
後の守護者という呼ばれ方に少しばかり照れ臭くなり、暫く頭をかいていたが、ふと疑問に思ったことがある。現在の守護者である親父に対してだ。
「俺はまだ守護者じゃない。いつ守護者になるかもわからない。だったら今の守護者である親父にこそ話すべきことなんじゃないのか?」
「その理由は本題を話してからにしよう」
俺は固唾を呑んでラバルカーンの話に耳を傾けた。
「まず六年前の皇帝暗殺の件だが、皇帝を暗殺したのは元アラビル王国の近衛騎士アジーラという男だ」
「アラビル王国の近衛騎士ってやっぱりあんた達の仕業じゃないか! って、アジーラっていう名はどこかで聞いたような……」
俺は暫く腕を組んで考え込んだ。ラバルカーンも俺が思い出すまで待っているように俺を見つめる。しばらく考えていると士官学校でその名を耳にしたことを思い出し、思わず声を上げた。
「そうだ! アラビル王国との戦争を前に祖国を裏切って国王を捕らえ、今や帝国七烈将に名を連ねている……」
「そう。アジーラはルゼロア皇帝を殺しておきながら、帝国に鞍替えしたのだ」
「冗談だろ? 帝国にとって一番の仇が国内にいて、しかも要職についているなんて」
あまりにも笑えない冗談だった。アラビル王国を滅ぼしたのは皇帝を暗殺したための報復とされている。なのにその皇帝を暗殺した本人が帝国に仕えているのだ。
「奴はあくまで実行犯で計画した人間は別だと思われるが、いずれにしても罪を国に被せ、己自身はその罪から逃れて将軍の立場にいるのだからとてつもなく狡猾なことだ」
机の上で両手を組んでいたラバルカーンが手を震わせているのが見えた。彼がアジーラにとてつもない憎悪の念を抱いていることは至極当然だろう。
「じゃあ十二年前の事件もアジーラが?」
「いや、先ほども言ったが、アジーラは実行犯に過ぎない。アジーラを利用した人物こそが十二年前の事件を引き起こし、皇帝を唆して今戦争を巻き起こしている人物だと私は推測している」
話を聞いただけでもアジーラという男の異常性は伝わってくるが、そんな男さえ利用し、十二年前から戦争を起こそうと画策していた者がいるというのは、実に恐ろしいことだ。
「で、肝心の主犯は一体誰なんだ」
「残念ながら誰かは特定できていないのだ」
母親を死に追いやった犯人の名がついに聞けると思っていた俺はラバルカーンの一言に俺はひどく落ち込んだ。
「だが、ある程度の予測はついている」
ラバルカーンの次の一言に俺は思わず立ち上がり、目の前の机を叩いた。
「それは一体!?」
「十二年前に帝都で催された祭りには様々な国の要職達が集っていた。私も隠密頭として、遠くから祭りを眺めていたのだが、あの時起きた爆発は、とても外部の人間や部外者が仕掛けられるようなものではなかった」
ラバルカーンの話を瞬きもせずに聞いていた俺は、少しばかり頭が混乱しながらも、ラバルカーンが次に口にする言葉を自然と頭で考えてしまっていた。
「それって、つまり……」
「帝国の人間が仕掛けたということだ」
話の途中で推測できたことではあったが、俺は思わず呆然とし、力が抜けて再び椅子に腰かける。
「もちろん100%断定できない。以前から帝国と交流があって仕掛けた者がいるという可能性もある。だが、帝国内部の人間が国の王族達を一気に葬るために仕組んだものだと考えた方が自然だ」
衝撃的な話に俺は暫く魂が抜けていたが、ふと我が元どった時に一つの疑問点が浮かんだ。
「帝国の誰かが仕組んだというなら、なぜ母さんが死ななくちゃいけなかった? 母さん以外にも帝都内で多くの被害者が出たんだ! そんな犠牲を払う必要があったのか!?」
俺は心の内を叫んだ。そんな激昂する俺に対してラバルカーンは冷静に言葉を返してきた。
「おそらく君の母上を含め帝国の人間にまで被害が及んだのは予想外だったはずだ。あの事件が王族を狙ったものだとするならば、結果的に見れば失敗だからだ」
十二年前の事件で亡くなった人物として代表されるのはシュファール皇国の皇王。そして、インペール聖王国の女王ぐらいだ。俺にとっては母の死が最大の衝撃ではあったが、世間的には王族に死者が出たことが一大事件として取り上げられた要因だ。
だが、ラバルカーンが言う王族を狙ったものだとするならば、当時存在する五か国のうち、被害が出た王族は二名しかいないのは少ないと言えるのかもしれない。それにその六年後に皇帝が暗殺されたことを考えれば、皇帝も最初から標的だった可能性が高く、十二年前の爆発が失敗だったという裏付けとも言えた。
しかし、そんな裏話など俺には関係なく、やり場のない怒りが噴出した。俺は幾度となく、力いっぱい机を叩いていたが、先ほどの疑問が頭に浮かび手を止めた。