倭陵の剣士
俺は視界が遮られるほどの砂塵が舞う廃墟の中を黙々と突き進んでいた。船で大海を望んでいた時と同じで初めての光景だが、その時とは違って何の高揚もなかった。そんな中、ただただ無心で廃墟を進んでいると、前方から人影が姿を現す。
「出迎えでも寄越してくれたか」
そう期待していたが、人影は得物を振り抜き近づいてくる。俺はすかさず腰に差している剣に手を当て警戒する。その直後、人影は砂塵の先から物凄い勢いで迫り、俺に向かって斬りかかってくる。咄嗟に剣を抜いた俺は間一髪で男の一撃を抑えると、必死の形相で男と顔を合わせた。
「お前は何者だ?」
男は必死で抑え込んでいる俺の苦しそうな表情を見て、急に得物を鞘に納め、背を向ける。
「守護者の息子と聞いたが、この程度か」
男が背中を見せたことで、俺は初めて襲ってきた男の全身を目にした。そこで俺は男が身に着けている衣服と普段燕が着ている衣服が酷似していることに気づいた。燕は帝国の将軍になっても倭陵国の装束である和服を愛用している。この男が来ている衣服も紛れもなく和服だった。
「もしかして、あんたは燕と知り合いか?」
そう言葉にすると、男は急に振り返って再び俺に詰め寄ってきた。
「燕とは如何なる関係か」
過剰な反応に驚いたものの、それ故に燕とはただならぬ関係であることは容易に想像できた。
「ただの同居人かな?」
問われた俺は男と視線を避けながら答えた。燕は居候という形で同居しており、俺にとって姉のような関係で剣術の師ではあるのだが、実際の関係を伝えると再び斬りつけられる可能性があったからだ。
俺の答えに対して男は興味を失ったのか、再び背を向けて遠ざかっていった。
「ついてくるがいい」
男は一言告げ、吹き抜ける砂塵へと消えていく。結局この男が何者なのかわからなかったが、燕と深い関わりのある人物であることは間違いない。そう思いながら俺は見失わないうちに慌てて男の後ろをついていくことにした。
黙々と廃墟を進んでいく男についていくも、どうしても燕との関係性が気になり、風の音にかき消されないように勇気を振り絞って後ろから男に声をかけた。
「あんたは倭陵国の人間だろ? どうして倭陵の人間がこんなところにいる?」
男は一度足を止め、顔だけを横に向けて一言声を発した。
「燕から拙者のことを聞かされておらぬのか」
燕からは知り合いがいるとしか聞かされていない。そもそも知り合いが倭陵の人間であることすら想像していなかった。なぜなら、軍に所属している燕以外の倭陵の人間は倭陵の島から出ることが許されていないからだ。
「拙者の名は鴇。国を追われた者だ」
鴇という名に特に覚えはないが、国を追われたという言葉を聞いて、俺はある程度この男が何者か察した。燕の出身である倭陵国はルゼロア帝国に降伏した後に帝国に不満を持つものが現れ、反乱が起きるところだったという。その際、燕はその反乱を未然に防いだといわれる。つまり、この鴇という男は反乱を起こそうとし、燕によって国を追われたのだ。それなら、先ほどの燕の名前を口にした時の過剰な反応も合点がいくのだ。
暫く鴇の後ろをついていくと、王宮の跡と思しき瓦礫の中へと入っていく。それから迷宮のように入り組んだ回廊を進んでいくと、地下への入口らしき階段の前で鴇が立ち止まる。
「ここが残党のアジトだ」
ただでさえ寄り付かないこの砂漠の廃墟でこれほどまでに入り組んだ回廊の先にあるアジトなど、誰にも知られることはないだろう。しかし、こんな場所まで帝国の人間である俺を招待しようというのは謎でしかなかった。とはいえ、今の俺にはそんな話はどうでもよく、あのラバルカーンという男から十二年前の出来事について聞くことしか頭になかった。
地下への階段を降り、扉を開けると武装した兵士達によって取り囲まれた。
「客人だ。通してくれぬか」
鴇の一言で周囲の兵士達は不服そうな表情をしつつも道を開ける。彼らにとってルゼロア帝国は敵であり、軍属でもない俺も例外ではない。客人という扱いとはいえ、俺はいきなり刺されてしまうかもしれないという恐怖感を覚えながら、黙って鴇についていく。
「安心するがいい。彼らはそなたを討つつもりはない。まぁ、恨みの対象ではあるかもしれぬがな」
横目で俺を見た鴇が急に言葉を放った。兵士達はただならぬ殺気を放ってはいたが、俺に向けたものではないらしい。ここはまもなく戦場になるのだ。彼らはその戦争を前に昂っているのだろう。
「攻められることが分かっていながら、ここにいる者達は逃げようとはしないのか」
せっかく口を開いた鴇に些細な事でも話そうと思い、俺は話を振った。
「逃げ場などどこにあるというのだ。もはや我々に残された道は戦うことだけだ」
理由はどうあれ存在が知れた以上、逃げ場などあるはずもなかった。そして、戦ったところで勝ち目があるわけもなく、彼らは逃げて死ぬか、戦って死ぬかの二択しかないのだ。だが、俺は第三者的立場から、三つ目の選択肢を投げかけた。
「潔く降伏すれば命は助けてもらえるかもしれないぞ」
「笑わせるな。降伏など一番ありえぬ選択肢だ。ここにいる者達は皆、帝国を憎んでいる。降伏するぐらいなら死を選ぶだろう。無論拙者もな」
ここに命が惜しい人間などいるはずもなかった。今まで苦労を知らずに生きてきた俺と苦しみの中を生き抜いてきた彼らとでは思考がまるで違うのだ。そう話をしていると、通路にある扉の前で鴇が立ち止まる。
「入るがいい」
そう一言告げると、鴇は来た通路を戻っていく。
「あんたは同席しないのか?」
「拙者は戦に備える」
鴇はそのまま立ち去り、俺は扉の前で一人深呼吸した。この扉の先には帝都で会った男、ラバルカーンがいる。彼から十二年前の事件の話が聞けると思うと自然と緊張する。十二年前の事件は色々と謎が多く、当時六歳だった俺は、悲鳴を上げて爆炎から逃れる人々の映像しか頭に残っていないのだ。