廃都シルアール
「ウォレル港到着!」
船員の声を聞き、俺は飛び跳ねるようにしてベッドから起き上がり、船室を出る。船室の外には壁に寄りかかっていた燕が腕を組んで待っていた。
「急いで出発するわよ」
そういうと、燕は俺の腕を掴んで船を降りようと走り出す。
「な、何だよ。急にもうちょっとゆっくりさせてくれてもいいだろ」
「あなた、あれから暫く海を眺めてたでしょ」
燕に見透かされ、何も言い返せないでいると、燕が深刻そうな表情で話を続ける。
「先ほどヴァレオル様から船に通信が入って討伐隊の船が帝都から出港したそうよ」
話を聞いた俺は事態を一瞬にして飲み込み、本気で走りだす。船を降りた俺と燕はそのまま港を走り抜ける。そこで俺は一つの疑問を燕にぶつけた。
「この港、全然人がいないな」
帝都の港と違ってこのウォレル港には人気がまったくなかった。帝都から出たことがない俺にとってはスラム以上に寂れた場所だと感じた。
「アラビル王国と国交を結んでいた時はよく人が往来していたそうだけれど、六年前の戦争でがらっと変わったわね」
「すべては戦争のせいか。六年前に皇帝が殺されていなければ、まだ平和が続いたんだろうか」
俺がボソッとつぶやくと、不自然に背後を気にしながら燕が答える。
「皇帝の死が原因というのなら、アラビル王国の罪は大きいわね」
「その話は違うらしいぞ」
俺は帝都で会ったアラビル王国の残党ラバルカーンの話を燕に聞かせることにした。
「皇帝を殺害したのがアラビル王国じゃないというのなら、誰が殺したというの?」
「だから、俺はそれを聞くためにシルアールに向かってるんじゃないか!」
走りながら必死に話した後の燕の返しに苛立ち、思わず俺は声を荒げた。
「そ、そうね。でも、なぜそんな大事な話をあなたに話したのかしらね」
話の内容ばかりに気を取られて、燕に聞かれるまでその理由について考えが及ばなかった。
「あの男の話し方、明らかに俺に対してだったからな」
「まぁ、全て会えばわかることね。さて、ここからは砂漠越えね」
会話に夢中で今どこを走っていたのか気づかなかったが、俺の前方には一面に広がる砂漠が待ち受けていた。
「これがアラビル砂漠……」
アラビル王国は砂漠の国だというのは知ってはいたものの、今回の目的地であるシルアールに向かうのに砂漠を越えなくてはいけないことはすっかり忘れていた。
「これ、越えるんだよな?」
「ええ。でも安心しなさい。アラビル砂漠は広大だけれど、シルアール自体は砂漠の北側にある。ここから南下する分には大した距離ではないわ。ほら、ここからでもうっすらと見えるでしょう」
燕が指さす向こう側を目を凝らして見つめると、砂漠の先にうっすらと建物群が見えた。俺はそれを見てホッとした。
「さぁ、行くわよ」
そう言うと、燕は前方に広がる広大な砂漠をものともせず、駆け抜け始めた。俺はそんな燕の後ろを必死に追いかけるのだった。
日が落ち始めた頃、俺と燕は廃墟を目の当たりに足を止めた。俺は息を切らしていたが、燕は表情崩さず、廃墟と化しているアラビル王国の都を見つめていた。
「ここがアラビル王国の首都シルアール……。初めて訪れたけれど、想像以上の凄惨さね。この有様を見た今なら倭陵が歩んだ道は決して間違いではなかったと確信できるわ」
燕の出身である倭陵国はルゼロア帝国の宣戦布告を受けて、真っ先に降伏の意を表明しており、帝国の従属国として今も存続している。もし、帝国と争っていれば倭陵の地がどうなっていたかは想像に難しくない。
燕と同じく、この廃墟を呆然と見ていた俺は一つの疑問が生じた。
「こんな場所に人が住めるのか?」
「誰もがそう思うでしょうね。それ故、隠れるにはうってつけかもしれないわね」
理由もなく砂漠を越えた先にあるこの地に足を運ぶ者などおそらく存在しない。アラビル王国が滅んで六年、残党の存在が明るみに出なかったのはそういうことだろう。
「さぁ、あなたは日が暮れないうちにさっさとそのラバルカーンって人に会いに行きなさい」
燕が俺の背中を押し出した。
「燕は一緒に来ないのか? 知り合いを助け出すんだろ?」
急に押し出された俺は振り返り、燕を見つめる。
「私は帝国の将軍。一緒に行動していてはあなたの邪魔になるでしょうから、後で追いかけるわ」
確かにアラビル王国の残党と会いに行くのに帝国将軍である燕がいては大事な話が聞けなくなってしまうかもしれない。燕にしては妙な気配りと感じつつ、俺は単身で砂塵が吹き荒れる廃墟の中へと足を踏み入れるのだった。