残党討伐令
爆発現場からユラと一緒に戻ってきた俺は屋敷の玄関で一足の草履に目を向けた。
「ん、燕が戻ってきているのか」
「こんな時間に帰ってきてるなんて珍しいね。何かあったのかな?」
ユラが疑問に思うのも当然だ。燕はうちの居候ながら帝国七烈将と呼ばれるルゼロア帝国の要職を務めている軍人で、本来ならこの時間は軍議の真っ最中だろう。
「きっと親父の部屋にいるはずだ。どうせ俺も親父に相談事があるし、ちょうどいい」
「相談事って?」
ユラが不思議そうに俺の顔を見つめてくるが、俺はユラの頭を軽く叩いて屋敷に入った。
「もう! 無視しないでよ!」
執拗にユラに服を引っ張られながらも、屋敷の廊下を進んでいく。先にある父の部屋からはわずかに燕の声が聞こえるが、俺は気にせず扉を開けて部屋に入った。部屋がいきなり開いたことで室内にいた燕が俺に詰め寄ってくる。
「あなたね。大事な話の最中にいきなり部屋に入ってこないでもらえる?」
「悪いが、俺も親父に大事な話があるんだ」
そう言って俺は燕を横切って椅子に座っている父ヴァレオルと向かい合った。
「俺をシルアールまで行かせてくれ」
しかし、俺の言葉に反応したのは向かいにいる父ではなく、後ろにいる燕だった。
「シルアールに行くって、あなたも例の話を聞いたの?」
「例の話って何だ?」
唐突な返しに思わず俺は振り返って聞き返すと燕はすぐに答えた。
「アラビル王国の残党討伐作戦のことよ」
「は? 何だよそれ!」
先ほどアラビル王国の残党と会っていた俺にとってはあまりにも衝撃的な話だったが、俺以上に衝撃を受けたのか、燕の傍にいたユラは口を半開きにして呆然としていた。
「違ったのならいいわ」
俺が知らないことを知ってか、今更発言を無かったことにしようとする燕だったが、ユラが急に動き出して燕の体を揺さぶり始める。
「その話、どういうこと!?」
「えぇと、それは……」
困った顔をした燕がユラから視線を背ける中、今まで黙っていたヴァレオルが口を開く。
「今になってアラビル王国の残党が生きていることが発覚し、その討伐部隊が編成されたそうだ」
「ちょっと、ヴァレオル様! それは軍の極秘情報なんですが!」
「軍から遠ざけられているわしに話した時点でそなたに責める資格はあるまい。そもそも、お前が口走った以上、ユラに隠し通すことはできんだろう」
父が冷静に言い返すと、燕は口ごもる。威勢の良かった燕がぐうの音も出なくなり、俺は思わず吹き出した。
「で、あなたはなぜシルアールに行きたいと?」
嘲笑が聞こえたのか場の空気を変えようと燕が質問してくる。
「さっきそのアラビル王国の残党に会って、真相を知りたければシルアールに来いって言われたのさ」
「それどういうこと? アタシ聞いてないよ!?」
当然のようにユラが俺に視線を送ってくる。
「悪い。親父がいる時に一緒に話そうと思ったんだ」
俺の言葉を聞いてユラが不貞腐れる。
「真相って何の話?」
「色々だよ。とにかく、俺はもう一度あいつと会って話を聞かなくちゃならない」
燕の質問をサラッと受け流し、俺は親父に顔を近づけた。親父は神妙な面持ちで口を開く。
「よかろう。わしの船を使うがよい。燕もそれに同行する形でよいな」
「はい、もちろんです!」
燕が喜んでいる中、俺は冷めた表情で燕を見つめる。
「何で燕もついてくるんだ?」
「私もシルアールに用があって、ヴァレオル様から船を借りに来たのよ」
「燕は軍人なんだから軍船を使えばいいだろ。なんでわざわざ親父から船を借りるんだよ」
純粋に感じた疑問ではあったが、燕と一緒に行くと面倒なことに巻き込まれそうな予感がしたことから発した言葉だった。
「さっき言ったアラビル王国の残党討伐作戦である程度察してくれない?」
棘のある言い方で返された俺は理由について考え込む。普通に考えればその残党討伐作戦に加わるための移動手段と考えるべきだ。だが、そういうことならばそれこそ軍船を利用すればいいという話になる。つまり、軍船を利用できない事情が絡んでると俺は考えた。
「まさか、その討伐作戦を止めようとしているとか?」
俺の推測に対して燕が答える前に、ユラが反応して再び燕の体を揺さぶり始める。
「その話本当なの!?」
「ユラに期待させるようなこと言わないでもらえる? そもそも大事な話だから、そういうことは触れないでって意味だったのだけれど」
燕がうんざりした表情で俺を睨みつけてくる。どうやら見当外れなことを言ってしまったらしい。
「とにかく、今は説明している暇はないの。行くわよ」
そう言うと、燕は半ば強引に俺の腕を引っ張る。俺は引っ張られつつも寂しげな表情をするユラを見つめながら、部屋を後にした。