始まりの狼煙
俺の名はアーゼス。ルゼロア帝国の守護者、……の息子だ。
守護者というのは遥か昔に戦争を鎮めるために神が授けた物凄い力を持っている人間のことをいうらしい。この大陸には三人存在し、俺もいずれはその力を受け継ぐことになっている。とはいえ、今の守護者である親父が健在である以上、まだまだ先の話だ。そんな俺は親父を越える守護者となるべく、昨年まで士官学校に通いながら、日々鍛錬に励んできた。しかし、軍に遠ざけられている親父のせいで学校卒業後は軍に所属することもできず、毎日真昼間までベッドで寝そべっている堕落した生活を過ごしている。
いつものように太陽が真上に昇る頃、俺はベッドから起き上がり、カーテンを開けて窓から顔を覗かせる。眩しい太陽に照らされながら帝都の景色を眺めていると、窓の下から声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、おはよう! 今日もいい天気だね!」
妹のユラの声だ。いつも元気で今の天気のように何一つ曇もなく太陽のように明るく、こんな怠惰な生活を送っている俺に対して何一つ嫌味も言わない天使のような娘だ。とはいえ、ユラは六年前に滅んだアラビル王国の生まれで俺とは血が繋がっておらず、アラビル王国特有の褐色肌をしている。風貌は天使とは程遠いが、褐色肌をした天使がいてもいいだろう。そんな妹に癒されていると、大きな轟音が帝都中に鳴り響いた。
「今の音は何!?」
ユラが庭でしどろもどろしている中、俺は窓から帝都を改めて見渡す。すると、遠くで無数の黒煙が立ち昇っていることに気づいた。普段は怠けている俺でも緊急事態だと察し、慌てて部屋を出て階段を駆け降りる。
「何が起きたの?」
「よくわからんが、帝都内で爆発が起きたみたいだ。ちょっと様子を見てくる」
そうユラに返事をすると俺はそのまま外へと飛び出し、外から煙の位置を確認した。確認している間も次々と轟音と共に黒煙が立ち昇る。しかし、こんな異常な状況でも周囲は静かだった。それもそのはず、今いる地区は裕福な者のみが住んでおり、煙が立ち昇っている帝都の端にあるスラムのような僻地とは無縁だったからだ。
「スラムで起きたんじゃ。兵士が動くことはなさそうだな」
このルゼロア帝国は富裕層に住む上流貴族達に支えられており、スラムに住まう貧民層は人権すら与えられていない存在だ。そんな人権すらない者達のために軍が動くことは絶対にありえないのだ。
「ちょっと探ってみるか」
暇を持て余している俺にとっては、都合のいい暇つぶしだった。しかし、俺には気がかりなこともあった。帝都内での爆発事件となれば、嫌でも十二年前の凄惨な事件を思い出す。あの事件も今と同じような爆発によって多くの人命が失われた。その被害者の中には俺の母も含まれているのだ。しかし、今もその事件の真相は謎に包まれており、今回の爆発と何か関係があるかもしれない。そう考えながら道を走っていると、ユラが追いかけてくる。
「お兄ちゃん、置いてかないでよ!」
「ユラの足なら簡単に追いついてこれるんだし、別にいいだろ」
「まぁ、そうなんだけどね。じゃ先に行ってるから!」
そう言って手を振るとユラはあっという間に俺を抜き去っていく。ユラは隠密が多いと言われるアラビル王国の出身だけあって、足の速さなら大陸一と言っても過言ではないほどの脚力の持ち主だった。
必死にユラを追いかけ、煙が立ち昇っていた場所につくと、スラムの住民達が集まっていた。息を切らしながら俺は密集する住民達をかき分けて現場を直接確認してみると、そこはただの空き家だった。
「こんな空き家が爆発元か? 特に被害者はいなさそうだが、一体何が目的で……」
既に鎮火している空き家を隈なく調べたものの、大した情報を得られなかった。俺はただの子供のいたずらだと思い、その場を立ち去ろうとした。その時、俺の目の前にフードを深く被った男が立ちはだかった。
「ちょっといいかい?」
怪しげな風貌とは裏腹に優しく声をかけてきた男。明らかに不審者ではあるが、スラムでは当たり前のように存在するため、怪しげな風貌には不思議に思わなかった。
「誰だあんたは?」
「その空き家を爆破した者だ」
「なっ……」
男はいきなり自白を始めた。唐突な発言に俺は戸惑ったが、ひとまずこんな場所で爆発を起こした動機を尋ねた。
「なぜ、こんなスラムの地で爆発を起こしたのか理由を聞かせてくれ」
「君とこうやって話をするためだ」
「は? ふざけてるのか!?」
思わぬ返答に俺は声を荒げ、男の胸ぐらを掴んだ。すると、周辺の人々が俺の声に反応し、一斉にこちらに視線を向ける。気まずくなった俺は思わず咳払いをした。
「ここは目に付く、そこの脇道に行かないか?」
注目を浴びたことで一刻もこの場を離れたいと思った俺は素直に男の提案を受け入れ、男の後をついていくことにした。
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