第21話〜猫耳少女の不運(中)
少し半端になってしまったので、上中下の3話で投稿します。
◇◇◇
「うそ……」
そこには集落があった、はずだった。
しかしそこには集落だったものが生々しく転がり、積み重なっているだけ。
今はもう瓦礫しか残っていないその場所を見て、ルナは呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
遠目にも集落跡には人影は見えなかった。
所々から上がる煙は、火を消す間も無かったからか。
集落から離れていたほんの数時間で、ルナは帰るべき住処を失ってしまったのだった。
◇◇◇
◇◇◇
◇◇◇
ガタガタと揺れの酷い荷台で、ルナはこれまでの出来事を思い返していた。
捕えられてから、いったい何日経っただろうか。
何度か村や町に寄って、見世物にされたり、売りに出されたこともある。
しかし労働力にもならず、年齢よりも幼く見えるルナを買おうとする者はいなかった。
どこの奴隷商でも買い取られず、檻の中に入れられて再び揺られる毎日。
もっと大きな街であればルナを買い取ろうとする店もあったかもしれないが、規模の小さな非合法売人では伝もなく、他の同業者の縄張りもあった。
苛立ちを隠そうともしない売人は何度もルナを鞭で打った。
◇◇◇
日に一度だけ与えられる僅かばかりの水と食料、そして御者たちの休憩で馬車が止まる以外はずっと揺られている。
大声で泣いたり抵抗しようものならば檻の外から鞭で叩かれる。
新しく檻にいれられた少女たちも数日もあれば学ぶ。
もう声を殺してすすり泣くことすらなく、諦めの表情を浮かべて膝を抱えているのみ。
ルナもまた集落の生き残りを、いや、姉を探して森で彷徨っている所を捕えられ、何度も鞭で打たれるうちに抵抗は諦めてしまった。
成人しても人族の子供ほどの大きさまでしか大きくならない黒猫族の中でも、特に小さなルナならば檻の隙間から出られるかもと試してみたが、ギリギリ通ることは出来なかった。
「おねえちゃん……」
抵抗を諦め、数日も経てばもはや不安すらも感じられなくなった。
ルナの頭に浮かぶのは狩りに出ていた姉のことだけ。
集落にいなかったならば、きっと姉は無事だったに違いない。
そう頭では分かっていても、どうしても跡形もなくなってしまい、煙を上げる集落の残骸が頭に浮かんでくる。
◇◇◇
「…………?」
ルナは遠くから聴こえる音に気が付いた。
今は休憩中で、馬車は止まっている。
馬車は数台道の端に並んで止められ、今は少し長めの休憩時間だった。
だから地面の中を泳ぐように進むソレの存在に気がつくことができたのだ。
匂いから、そこが森の中だということは分かっていた。
(たいへん!)
他の人には聞こえていないようだ。
人族は獣人族よりも耳が聴こえないことは知っていた。
だから地面を掘り進むワームたちの存在に気付くのに時間がかかり、よく奇襲を受けるのだ。
こんな逃げ場のない檻の中では殺されてしまう。
◇◇◇
音は、ワームは段々と近付いてくる。
人の足音、話し声。
獲物を探す際、ワームは地上に頭だけ出して振動を探知する。
そして大まかな位置が分かるとゆっくりと地面を掘って進んでいくのだ。
すぐ近くまで来て掘り進む音が止まった時、それはワームが獲物に向かって飛び出す瞬間。
地面を掘り進んでいるその時はまだ大きな音を立てなければ、距離を取るなり、隠れるなりすることができる、そうルナは教わった。
音を探知することに集中してその場から動かなければ、ワームの鋭敏な感覚は呼吸する音やちょっとした物音すら聞き漏らすことはない。
このままではルナたちはワームに食べられてしまう。
仮に馬車が動き出しても、人の足音とは違って振動の大きさで、掘り進むワームにも聞き取られてしまう。
「あ、あの!ここから出して!」
ルナはすぐに御者台に座っている男に声をかけた。
幌に開けられた、監視のための隙間から御者の男の目が覗のぞく。
「ああ?なんだお前、いきなり」
「あぶないの!だからここあけて!」
まだ幼いルナは詳しくワームについて語ることが出来なかった。
焦るあまり、危険が迫っているから逃げなければいけないということを要領を得ない言葉で精一杯伝える事しか出来なかった。
当然、男にルナの危機感が伝わるわけもない。
「うるせぇ!黙っとけ!」
ビシッ!
「あぅ…」
隙間から差し込まれた男の腕が、持っていた鞭を振るう。
鞭は直接ルナには当たらなかったものの、檻の一部に当たって鋭い音を立てた。
鞭の痛みを身体に覚え込まされているルナはそれだけで身が竦み、声も出せなくなる。
「ふん」
隙間はふたをされ、その場は沈黙に支配された。
しかしルナの耳には遠くから地面の下を進んでくるワームの掘り進む音が聞こえている。
ルナはうずくまり、震えることしかできなかった。




