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Flancia - ひなたの錬金術師 ~ 巨乳眼鏡なおっとりお姉さんとツンデレ少年召使いのイチャイチャ相談屋デイズ ~  作者: 稲庭風
召使少年と怪盗『深夜のたぬき(ミッドナイト・ラクーンドッグ)』
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(9)フェレスの戦い

 いよいよだ。フェレスはそう思いながら目を閉じて一つ深呼吸した。

 グラハム弁護士に委任状へのサインをさせたあと、資料が必要だと気付いたカリーナと法廷の隣にある司法局へ向かう途中でかわした会話をフェレスは静かに思い返す。


 判決を下すのは陪審員だが、陪審員だけを味方につけようとしてもうまくいかない。陪審員は街の住人でもある。傍聴人もそうだ。自分の信念と良心と正義に従うというのが陪審員の建前だが、傍聴人が納得する話をまったく無視した評定をするのは難しい。彼らにもしがらみというものがあるからだ。


 場を味方につけること。

 話の流れを掴むこと。

 それは、かつて父に指南されたことでもあった。


 ぽん、とカリーナに背を叩かれて、フェレスは目を開くと弁護人席の机の上へ身を乗り出す。


「検事が提示した被告人の罪状は三つだ。ひとつ、重さをごまかす魔法符による詐欺の罪。ひとつ、法で禁じられている魔法拘束具強制解除の魔法を研究した罪。ひとつ、貴族の屋敷に忍び込んで……」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 フェレスが話し始めると、裁判長が驚いた顔で彼を制止した。一度話を止め、フェレスは顔を上げると壇上の裁判長を見上げて問う。


「なんだろうか、裁判長」

「あなたではありません、フェレス弁護人助手。カリーナ弁護士、あなたが発言するのではないのですか?」

「裁判長、今日の審理については、私は主に彼に発言させることにしている。確かに彼は法律家の資格を持ってはいないが、知識は十分に学ばせたし、熱意もある。私もここで監督しているし、何も問題はない」

「し、しかし……」

「このことについては被告人も納得している。何なら確かめてみるといい。検事殿の都合でひどく拘束されているが、首を振るぐらいはできるだろう」


 言ってカリーナがフランシアを指さすと、法廷中の視線が彼女に集まった。その過剰ともいえる拘束を目にして、傍聴客の雰囲気がまた動き始める。そちらを気にしながら、裁判長は法廷の控え席で衛兵四人に囲まれているフランシアに訊ねた。


「カリーナ弁護士はああ言っていますが、被告人、あなたの弁護を主だって務めるのがフェレス氏で、あなたは本当によろしいのですか?」

「……」


 問われたフランシアはゆっくりと、だがはっきりと肯定の意を込めてうなずいた。ふむう、ともう一度唸ってから、裁判長は同じく一つうなずく。


「わかりました。被告人も納得しているようですし、それが弁護側の方針だというのならいいでしょう。失礼しました、続きをどうぞ」

「ありがとう。では改めて、検事の提示した被告人の罪状は、重さをごまかす魔法符による詐欺の罪、法で禁じられている魔法拘束具強制解除の魔法を研究した罪、貴族の屋敷に忍び込んで金品を盗み出した罪。以上三つで間違いないか」

「その通り」


 フェレスの問いに、クロードは短く答えてうなずいた。ぱらりと資料を手に取り、フェレスは彼の顔を正面から睨みつける。


「では、ひとつずつ解決していこう。まず『重さをごまかす魔法符による詐欺』の件だ。被告人は金に困って事件を起こし、詐欺行為がばれそうになったので、罪を擦り付けると同時に名声を得るために自分でそれを解決したというのがクロード検事の主張だ」

「違うとでも?」

「被告人が金に困っていたというのは、どこから出てきた話だ?」

「ふん、これだから素人は。盗み出した宝物の換金に失敗した、という話を聞いていなかったのかね?」


 フェレスを小馬鹿にするように、クロードは肩をすくめて笑った。だが、フェレスは真顔を保ったままで彼に淡々と問い返す。


「被告人は、それで直ちに困窮するような経済状況だったのか?」

「それは私の知るところではない」

「では質問を変えよう。被告人がしていた研究というのは、どれぐらいの資金が必要なものだったんだ?」

「それについても、私の知るところではないな」

「……最初に戻るが、仮に被告人が宝物を盗み出し、その換金に失敗したとしたのだとしよう。それで、被告人は本当に金に困ったのか?」


「しつこいね弁護人。だから被告人は詐欺事件を起こしたのだよ。いい加減理解したまえ」

「クロード検事、それでは因果が逆だ。今のあなたの発言を要約してみようか。被告人が事件を起こしたのは金に困っていたからだ。被告人の経済状況については何も知らないが、金に困っていたことは事件を起こしたことから明らかだ。……何の説明にもなっていない!」


 フェレスが言い放つと、傍聴客が大きくざわめいた。少しおいて、裁判長が木槌をひとつ打ち鳴らす。


「静粛に! いかがですか、クロード検事」

「動機については、被告人をこの状態にせざるを得ず、尋問ができなかったためにいささかの推測が入ったことは認めよう。だが、この被告人が詐欺を働き、自作自演で解決したという事実は動かん。事件の謎をいとも簡単に暴けたことこそが、この被告人が事件の首魁であるという何よりの証拠だ!」


 予定通りグラハムが相手なら、このようなことは問題にもならなかったものを、と内心では苛立ちながら、クロード検事は見得を切る。だが、フェレスはそれを涼しい顔で受け流した。とん、と指で一つ机を叩くと、彼はあきれたように、だがはっきりと言う。


「不明瞭だな」

「……何がかね」

「事件の謎とはなんだったのか説明してくれ、クロード検事」

「もちろん、問題の魔法符の仕掛けのことだ。報告書によれば、詐欺に使われたこの魔法符の魔法回路はそれほど難しいものではないが、それが透明なインクで描かれていたことが発覚を難しくしたのだという。それこそが事件の謎だったのだよ」

「……なるほど、頼んでおいてよかった。裁判長、弁護側は証人を呼ばせてもらう。クロード検事の言う事件の謎が解き明かされた現場に居合わせた人物だ」



-◆◆◆◆◆-



 係官に呼び出されたエディは、通路から外が見えた途端、その光景に言葉を失った。

 視界をひたすらに埋め尽くす人、人、人、圧倒的な数の人。

 世の中に人間ってこんなにいるのか、と彼はぽかんと口を開けて傍聴席を見上げる。


「早く来なさい!」

「あ。す、すいません!」


 係官に声を掛けられて緊張しながら法廷に出ると、一段高い場所にいる威厳のありそうな老人が目に入った。反対側を見ると、そこには上等そうな青い服でおしゃれをした褐色の肌の友人の姿。

 かっこいいじゃん、とエディの口元に笑みが浮かんで、心に少し余裕が生まれる。

 だが、証言台までやってきた彼は、そこにうずくまっているフランシアの姿を見つけると、一瞬状況が呑み込めずにぽかんとしたあと、慌てて彼女に駆け寄ろうとした。

 しかしその瞬間、エディの目の前に衛兵が槍を交差させて突き出し、彼は驚いて後ろへひっくり返る。

 そして身を起こすと、エディは一段高い場所にいる友人に向かって叫んだ。


「フェレス! 何だよこれ、どういうことだよ! 早くフランシア先生を助けろよ!」

「いま助けようとしている最中だ、エディ。言わないでくれ。見ると冷静さを失いそうだから、敢えて意識の外に置いてるんだ」

「何言ってんだよ! こんなのありえねえだろ! なんでフランシア先生が……」


 よく響く木槌の音が、エディの叫びをそこで途切れさせた。それを鳴らした裁判長のほうをきっと睨むと、彼は証言台に駆け寄る。


「あんたかよ、先生にあんなことしてるの! ふっざけんなよ! うちの店の恩人だぞ!」

「エディ!」


 フェレスが彼の名を読んで、真顔で首を横に振る。不承不承ながらも、そこで言葉を止めるエディ。そこで裁判長はもう一度木槌を鳴らすと、彼を見下ろして言った。


「その拘束については、我々も本意ではありません。もし彼女にとががないのであれば、すぐにでも自由にして差し上げたいところです。そのために、我々はあなたに証言を求めます。まずは証人、名前と職業を」

「……エドワード・ホープ。職業は……ホープ食料品店の店員かな。手伝いだけど」


 ぶすっとした顔でエディが答えると、裁判長は一つうなずいた。そして彼は少し考えると、証言台の前にいるエディにまた問いかける。


「食料品店という単語は先ほど出ましたな。ホープ食料品店というのはカナベル村にあり、先日詐欺被害を受けた店で間違いありませんか?」

「そうだよ。それをなんとかしてくれたのがフランシア先生だ。わかったらもう放してあげてくれよ!」

「今この法廷では、その詐欺を働いたのが被告人フランシアではないかという疑いについて審議しているのです。エドワードさん」

「はぁ? だからフランシア先生は解決してくれた人だって! 何言ってるんだよ!?」

「あなたの主張はわかりました。ともかく、求められている証言をお願いします」

「求められている証言って何だよ……」


 困惑顔のエディは、弁護人席のフェレスを見上げる。ざわめく傍聴客の声を無視して、フェレスは彼を見つめて言った。


「例の詐欺荷札の仕組みを見つけた時のことを話してくれ」

「……みんなでトマト煮食った時の話?」

「そう、それだ」

「……わかったよ」


 ため息交じりの返事をすると、エディは証言台から裁判長を見上げた。裁判長が鷹揚に一つうなずくと、彼はその時のことを思い返しながらぽつりぽつりと話し始める。


「えーっと、あん時はみんなで俺が作った魚のトマト煮を食べたんだけど、そのあとシュミット先生がうちの店で使ってるやつじゃないかって、拾った例の荷札を渡してくれたんだ」

「例の荷札というのは、詐欺に使われていた魔法符のことですね。シュミット先生というのは?」

「うちの村の教会の……牧師? 神父? なんかそういう人」

「我が国では司祭と言いますね。失礼、それで?」

「俺、その日……だったかな。ちょっとはっきり覚えてないけど、詐欺商人の護衛のおっさんに『うちの荷札を見つけたら教えてくれ』って言われてて、じゃあ俺から返しとこうかなと思って受け取ったんだけど、その時なんか荷札にナメクジが這ったあとみたいなキラキラしたのがついてるのを見つけたんだ」

「な……!」


 そこまでエディが話した時、クロードは自席で驚きの声をあげそうになり、無理やりそれを飲み込んだ。資料では、事件は錬金術師がひとりで解決していたことになっていたのだ。どうせグラハムが相手だと思って追加調査を怠ったことが裏目に出た。

 おのれ、と、クロードは姿を見せなかったグラハムにまたも静かに怒りをぶつける。


「な、何だよオッサン。変な声出して」

「気にしなくていい。続けてくれエディ」

「待ちたまえ、こんな子供の証言が信用できるのかね? 私が見たくだんの事件の資料には彼のことなど一言も出てこなかったぞ。それに彼はどう見ても弁護士の友人ではないか。共謀して嘘の証言をさせているとしか思えん」

「何言ってんだ! そんなことするわけねえだろ!」

「繰り返すが、君は事件の資料に登場しなかった。その時点で君は関係者ではないのだよ。そもそも本件について発言する権利など――」


 ひときわ強く、木槌が打ち鳴らされた。甲高い声でわめきたてていたクロードがぐっと言葉を詰まらせる。ざわつく傍聴客を静めるためにもう二度木槌を鳴らすと、裁判長はそっとそれを机に置いて法廷を見渡す。


「クロード検事、不規則発言は慎んでください。証言はまだ途中です」

「しかし、裁判長……」

「確かに、この証人と弁護人は知り合いのようです。また、この証人と被告人も知り合いのようですね。しかし、私には彼の証言が嘘や作り話とは思えません。彼はここまでの審理を聞いていませんでした。例え事前に打ち合わせしていたとしても、そんなに都合よく被告人に有利な証言ができるでしょうか」


 その反論に、クロードは不愉快そうに重い溜息をつきながら黙り込んだ。裁判長は視線をエディに戻すと、ゆっくりとうなずいて続きを促す。


「失礼、エドワードさん。続きをお願いいたします」

「続きって言われても、あとはもう……。その見つけたキラキラをフランシア先生に教えて、フランシア先生がその仕組みを調べてくれた。……で、終わりかな」

「要点だけ確認します。では、その魔法符の透明なインクの仕組みを見破ったのはエドワードさんなのですね」

「まあ、最初に見つけたのは俺かな」

「わかりました。エドワードさん、ありがとうございました」

「終わり? ……そうか。なんかすげえ満員だけど、俺も見てってもいい?」

「いいでしょう。係官、適当な場所に証人の彼のための席を」


 裁判長が命じると、係官の一人が傍聴席から椅子を持ってきて弁護席の前に置いた。そこへエディが腰かけると、フェレスは改めてクロードをじろりと睨む。


「さて、クロード検事。あなたの言う事件の謎を暴いたのは被告人ではないという証言がなされたが、反証はあるだろうか。ないのなら、被告人が事件の首魁であるという何よりの証拠は失われたことになるな」

「……素人は、これだから困る」


 だが、クロードはフェレスのその言葉に不敵に笑ってそう返した。真顔を保っていたフェレスの眉が微かに動くと、クロードは検事席を叩いて細い体を前へ乗り出す。


「事件の首魁の捜し方というのはひとつではないのだよ、素人弁護人くん。お前はそのうちの番外的なひとつをたまたま否定できたに過ぎない。本来、事件の首魁を探す時には、その事件において誰が一番得をしたのかで考えるのだ」

「では、クロード検事はその事件において被告人が一番得をしたと?」

「当然だ。まず、被告人は現在首魁とされている商人の男に罪を擦り付けることに成功し……」


 瞬間、フェレスが机を平手で強く叩いた。思わずそのすぐそばに座っていたエディが首をすくめるのと同時に、フェレスは静かに言う。


「異議あり。事件解決後のことまでその損得の勘定に含むのなら、世の中の解決済みの事件の多くの首魁は犯人を捕らえた衛兵になってしまうのでは?」

「今回の被告人の犯行は、自作自演で事件を解決して名声を得るところまでが計画だ。その異議はあたらないと考える!」


 クロードが素早く切り返すと、二人の視線は裁判長に向かう。ふむう、と、一声唸った後、裁判長は表情を引き締めて二人を見回した。


「どちらにも理がありますが、今回はクロード検事の意見を引き続き聞くこととします。どうぞ」

「ありがとうございます。まず、被告人は現在首魁とされている商人の男に罪を擦り付けることに成功し、金銭を得て、名声を得た。食料品店は被害者であるから、被害を受け、回復はされたものの特に得たものはない。現在首魁とされている商人については、多少の金銭は得ただろうが逮捕、投獄された。被告人が最も多くの利を得ていることは明白である!」


 クロードの主張が終わると、傍聴客たちがまたしても口々に自分の意見をさえずり始めた。少しおいてフェレスはすっと右手を上げ、傍聴客のざわめきが少し収まったところで口を開く。


「クロード検事はいま名声を得るところまでが計画だと述べたが、では名声を得ることが被告人の目的だったということか?」

「もちろん最終的な目的は金銭だ。被告人の計画がずさんだったために詐欺ではさほどの額は得られなかったようだが、名声を得れば収入は向上するからな」

「参考までに、その詐欺行為によって週あたりではどの程度の収入を得られていたのか伺えるだろうか」

「それは私の知るところではない」

「……待ってくれ、クロード検事。あなたこそ調査がずさんすぎるのではないか? あなたは被告人が金銭目的だと言いながら、貯蓄の額も、支出の具合も、収入状況も何も把握していない。いったい何を調査したんだ?」

「確かに我々はすべてを把握するには至っていないが、例えば家宅捜索によって被告人の自宅から四千枚以上もの銀貨を発見している。これは、一介の田舎錬金術師風情が稼ぎ出せる金額ではない! 明らかに被告人は犯罪に手を染めている。それこそが詐欺であり、宝物の窃盗だ!」


 傍聴人のざわめきが大きく膨らんだ。銀貨で四千枚と言えば一年何もせずとも暮らしていけるだけの金額である。確かに、それほどの貯金を平民が持っていることはまれだった。やっぱり何かやってたんだ、あの温泉村でそんなに貯金作れないよね、という言葉が漏れ聞こえる中、裁判長が木槌を打ち鳴らす。


「静粛に! 傍聴人は静粛に! 弁護人、被告人のこの経済状況について、何か合理的な説明はできますか」

「……そうだな」


 呟きながら、フェレスは法廷の隅で拘束されているフランシアのほうへ視線を投げた。視線を受けたフランシアが、ゆっくりとひとつうなずく。説明していい、と彼女が言ったのだと解釈したフェレスは、クロード検事にまた視線を向けた。


「クロード検事は芳香石鹸というものを知っているだろうか」

「弁護人、急に何を言っているのかね?」

「いいから答えてくれ。芳香石鹸を知っているか?」

「馬鹿にしてもらっては困る。最近、貴族のご婦人方に人気の商品だな。なんでも数が少なくてなかなか手に入らないとか。……それで? それがどうした」

「それを作っているのは、その被告人だ」


 一瞬の沈黙。そして、クロードは裏返った声で哄笑した。


「何を馬鹿な! このような田舎錬金術師がそのようなものを作れるわけがない! いくら状況が苦しいと言っても、出まかせもいい加減にしたまえ、弁護人!」

「僕は嘘などついていないし、状況が苦しいのはそちらだろう」

「ほう、では証拠を見せてもらおうか。証言でもいいぞ。ただし、今度はお友達の食料品店の子供などという証人はやめてくれたまえよ。あまりに信ぴょう性に欠ける」

「なんだとこのヤロー! 俺が嘘ついてるって言うのかよ!」


 弁護席の前に座っていたエディがクロードの挑発に煽られ、椅子を蹴って立ち上がった。ふん、とそれを鼻で笑って、クロードはフェレスに指を突き付ける。


「さあ、素人弁護人くん! 何か証拠はあるのだろうね。発言したからには、君にはそれを提示する責任があるぞ!」

「道ぃ開けろぉぉおおーっ!!」


 その時、若い男の声が法廷を貫いた。傍聴席いっぱいに詰めかけた人々が、それに恐れをなしたかのようにざあっと二つに割れる。何事かと振り向くクロードとカリーナ。

 そして傍聴席にできた道を優雅な足取りで抜け、小柄な人物が姿を現した。輝く金の髪、目にも鮮やかな赤いドレス、切れ長の青い瞳と整った顔立ち。その姿を目にしたクロードは、彼女に恭しく一礼する。


「これは、プリシラ様に置かれましてはご機嫌麗しく……」

「傍聴人の皆様、道を譲っていただいてありがとうございます。お久しぶりです、クロード・ジャネス検事。どうしても話しておかねばならないことがあり、参上いたしました」

「恐れながら、プリシラ様。現在はご覧いただける通り審理中でございます。申し訳ないのですが、ご用件は審理終了の後にお願いできませんかな」

「その審理に関することです、クロード検事。先程の弁護人の話、このわたくしが事実であると証言します」

「は……?」


 プリシラの言葉に、クロードは呆けたような顔で彼女を見返した。数拍置いてプリシラはすっと右手を掲げると、ぺちんと傍聴席の手すりをしたたかに打ち、凛として宣言する。


「このわたくし、クラッセリング辺境伯アンドリューの孫にして、サンズウォールの長リチャードの娘であるプリシラ・マクミランが証言します。いま市場にて人気の芳香石鹸は、そこにいる被告人こと錬金術師フランシアの手によって作られています!」


 おおおおお、と傍聴客がまたしても大きくどよめく。慌てて何か叫んでいるクロードの声も届かぬほどのざわめきに、何度も木槌を打ち鳴らす裁判長。


「静粛に! 静粛に! 傍聴人は静粛に願います! 静粛に!」


 傍聴客が落ち着くまでにはしばらくの時を要したが、その間も、プリシラは凛として立ったまま身じろぎのひとつも見せなかった。体の前で重ねた両手、その一方は手すりを打ったせいで若干赤くなっていたが、それを気取らせぬ堂々としたたたずまいだった。

 やがて、クロードが青い顔で傍聴席の最前に立っているプリシラに問いかける。


「プ、プリシラ様。今のお話は……」

「クロード検事、わたくしに同じ話を三度繰り返せとおっしゃるのかしら。それとも、わたくしが虚偽を述べていると?」

「い、いや、滅相もございません! プ、プリシラ様はこの錬金術師に騙されておられるのです! こんな田舎の……」

「田舎のものでもよいものはよいし、優れているものは優れています。わたくしはその者と直接取引をしていますし、作るところを見せてもらったこともあります。彼女から買った石鹸はお爺様やお母様、お友達にも贈りました。わたくしはどのように騙されているのですか?」

「……そ、それはその。何か、魔法であるとか……」


 しどろもどろに言葉を返すクロード。またしても予定外だ。マクミラン家のメイドから行動を共にしたことは聞いていたが、こんな行動に出るほど関係が深いとは知らなかった。中途半端な状況提供をしおって、と歯噛みするクロードを見ながら、プリシラは沈鬱な表情でゆっくりと首を横に振る。


「わたくしはそこの錬金術師から、この話は口外しないで欲しいと頼まれていました。彼女は有名になってしまうことを恐れていたからです。このような事態ゆえ仕方なくお話いたしましたが、約束を守れなかったことを申し訳なく、残念に思います。……わたくしからは以上です、裁判長。正式な手続きを無視しての証言、失礼いたしました」

「いえ、プリシラ様。貴重な証言をありがとうございます。……さて、双方何かありますかな?」


 裁判長が訊ねると、フェレスがまっすぐに手を挙げた。裁判長がうなずくとフェレスは静かにその手を下ろし、端正な顔を引き締めて発言を始める。


「ただいまのプリシラ様の証言によって、二つのことが証明された。ひとつ、その被告人は銀貨四千枚程度を持っていても何ら不思議ではないこと。ひとつ、被告人は名声を望むどころか、それを得たくないと考えていたこと。……以上を踏まえてクロード検事に伺うが、被告人は本当にそのような事件を起こしたのか?」

「……事件が起こったことは事実であり、この事件には正体不明の錬金術師が中心的な人物として関わっていることがわかっている。我々としては、この正体不明の錬金術こそ被告人であると確信している」


 感情を押し殺したような声で、クロードはフェレスの問いに答えた。あくまでも、間違いであると認めるつもりはないというようなその返答に、フェレスの視線が尖る。


「確信は結構だが、先ほどからあなたの言ったことといえば『金に困っていたに違いない』『首魁だから謎を暴けたに決まっている』『こんな金を持っているはずがない』……どれもこれも、あなたの思ったことばかりだ。証拠も証言も、ひとつたりとも提示していない」


 クロードを睨みつけながら、フェレスは言葉を続けた。この素人のガキが、とクロードは胸中で苦虫を噛み潰す。だまし討ちでちょっと優位に立ったぐらいで勝った気でいるのか、いつまでもこのままで行けると思うな。

 睨み返す視線にそんな苛立ちをこめるクロードの前で、フェレスはさらに続けた。


「僕は認定された法律家ではないし、もともとこの国の民ですらないが、少なくとも僕が学んだ範囲では、この国の裁判では証拠と証言をもとに、陪審員が罪の有無を決めることになっていたはずだ。僕はそのことに敬意を抱いていた。それがどうだ。検事がそう思ったというだけでこの錬金術師は有無を言わさず捕縛され、ご覧のように家畜にも劣る扱いを受けている。……神聖帝国の民、このサンズウォールの民たる聴衆の方々に問う! 神聖なる法廷に立つ検事が、己の勝手な考えだけでこのような仕打ちを行うやからで、明日あなたの隣人が気に食わないからと言ってその者を偽りの罪に問いかねない輩でよいのか!!」


 一瞬置いて、傍聴客がこれまでに最高の盛り上がりを見せた。ほとんど誰もがクロードを非難し、強く足を踏み鳴らす。何度も木槌を打ち鳴らし、それを抑えようとする裁判長。弁護人席の机から離れ、背後の壁に背を預けていたカリーナは、それを眺めながら口元に笑みを浮かべていた。


「少年、なかなかやるものだな」

「……まだこれからだ」


 かわされる短いやり取り。数分してやっと傍聴客が落ち着くと、裁判長はひとつ強く木槌を打ち鳴らして言った。


「フェレス弁護人助手! 先ほどのあなたの発言は検事に対する侮辱でしかありません。本法廷はあなたが検事をののしるための場ではない! もう少し口を慎むように!」

「……わかりました。失礼した、クロード検事」


 言って、大仰に頭を下げるフェレス。だが、顔を上げて再びクロードを睨んだ彼の目には、反省の色などかけらも見えなかった。その視線を受け、せいぜい今のうちに無駄に吠えておけばいい、とクロードは歯ぎしりする。だが、そのクロードに裁判長がさらに追い打ちをかけた。


「そしてクロード検事。私は今フェレス弁護人助手に注意を与えましたが、本件について言えば彼が今言ったことは的外れではありません。我々は皇帝陛下の名に於いて罪の如何いかんを裁く任を与えられています。罪人にはしかるべき罰を与えねばならない。しかし、罪人でないものに罰を与えることは断じてまかりなりません! 我々が正しくそれを行っていることを示すことこそ、この法廷の目的です。あなたのこの度の調査は、民の我々に対する信用を揺るがし、治安を脅かしかねない! 猛省するように!」

「……はっ」


 短く低い声で答えたクロードが深く頭を下げる。俯いたまま顔をしかめ、怒りに震えていた。少しの後、なんとかそれを押し殺したクロードが顔を上げると、裁判長がひとつ木槌を打つ。


「よろしい。ではここで一区切りとして、再び評定を行います。陪審員諸君は己の信念と正義と良心に従い、現在の評定を述べてください。なお、その際に理由を述べるかどうかは個人の自由です。また、この評定は『深夜のたぬき』事件に関するものであって、この詐欺案件に関するものでないことには留意願います。では裁判長席の前、私から見て右端に座っている男性から」

「有罪!」

「有罪」

「……有罪」

「……む、無罪……」

「有罪です」


 一票を取り返した。フェレスは弁護人席の机の陰で、ぐっと強く拳を握りしめる。

 そして評定が終わると同時に、裁判長が木槌を鳴らした。


「現在の評定は有罪四、無罪一。私の見解としては、本件について検察側から提示された嫌疑はいずれも根拠が薄弱であり、被告人の犯罪を立証するに足るものではありませんでした。これが本件の単体審理であれば、評決の前に証拠不十分により却下するところです。ただし本件は主訴ではなく補足的な案件であるため、これが直ちに被告人を無罪とすることはありません。検察側、弁護側は引き続きの論議を願います」


 あと二票。彼女を救うための戦いは、まだ始まったばかりだった。

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