ライバル その2
間宮館に行くと、彼がいつもの席で待っていた。
あれから1時間近く経っている。
「ごめんなさい…。美紀ちゃんが帰って来るのが遅くて…」
私がそう言いかけるも、彼は「大丈夫だよ」と言って席に座るように言った。
私は、言われるままに向かいの席に座る。
そして、コーヒーを注文した。
しばらく間が空く。
彼はどこから話そうかと迷っているようだった。
だから、私から聞きたい事を聞くことにした。
「あの…一つ聞いていい?」
私の言葉に彼はびくりと反応して私を見る。
その様子は悪い事をして見つかった男の子のように見えた。
なんかそれで少しほっとする。
「あの…彼女が言ってたんですけど…あなたと彼女は、結婚の約束してますか?」
私の言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったような驚いた表情で彼が一瞬固まる。
それでわかってしまった。
あ…これはないなと…。
多分、彼の性格なら、もし事実ならこんな表情はしないだろう。
何も知らないところからいきなり出てきた為、こんな表情になってしまったということがわかる。
「もしかして…真奈美ちゃんが言ってたの?」
その言葉に私は頷く。
彼はしばらく考え込み、思い出したのだろうか、苦笑を浮かべて言う。
「小学校の時の話を…まだ覚えてたのか…」
その表情には懐かしさがにじみ出ていた。
「えっと…どういうことなのか聞いてもいい?」
私がそう聞くと、かれはゆっくりと話し始めた。
彼女…鍋島真奈美は、彼の母親の妹の子、つまりは従兄弟と言うやつで、小さいころはよく遊んだ仲らしかった。
実際、真奈美の家族は共働きの為、彼の母親がよく面倒を見てたそうだ。
実際、小学生くらいまでは、月曜日から金曜日までは彼の家ですごし、土日のみ家で家族と過ごすといった生活を続けていたらしい。
その結果、彼の事をお兄ちゃんと慕い、小学三年生のころの夢は彼のお嫁さんになることだったそうだ。
しかし、小学五年生のとき、親の都合でこの街を離れてしまったらしい。
そして、高校になりやっとこっちに戻ってきたころには彼は県外のアパートで大学生として一人暮らし…。
卒業したら戻ってくるのかと期待したら、結局県外の会社に就職してこっちに戻ってくる気配はない。
だから、諦めていたそうだ。
しかし、彼はこっちに戻ってきた。
それを知った彼女は、彼の家に通い始めたそうだ。
空いてしまった時間を埋めるように…。
しかし、彼曰く…「彼女の事は妹としか思えなくて、彼女がそんなつもりだったと思っていなかった」という。
まぁ、気がついたら気がついたで修羅場は間違いなかったわけで…。
ちなみに、何でそんなに詳しいかと言うと、彼の母親である弘子さんが聞き出して、その上、よせばいいのに「やめときなさい。もうすごく素敵な彼女がいるんだから。昨日だって帰って来なかったし…」とか言ってしまったらしい。
弘子さんっ…何言ってるんですかっ。もう言わなきゃいいのに…。
まぁ、『素敵な彼女』と言ってくれたのはすごくうれしいんだけど…。
そして、カーッとなった真奈美は、私に突撃、仕事から返ってきて一旦家に帰った彼がその話を聞いて慌ててお店に来たというのがさっきの真相だった。
全ての話を聞いて、私は彼女が少し可哀想になってきた。
小さな頃の約束を大事に育てて、やっと思いを遂げられると思ったら…私のようなまったく予想外の女に鳶が油揚げを浚うかのように持っていかれたのだ。
これがドラマとか小説なら、間違いなく話が進むと彼女が主人公の恋人になって、私は捨てられる運命とかになりそうな気がするが、これはドラマでも小説でもない。
というか、そんな話になんか絶対にさせない。
彼は私のものだ。
誰も譲ったりしない。
絶対に…。
だから、私は笑顔を浮かべて彼に聞いた。
「本当に、彼女の事は妹としか思ってませんよね?」
真剣な表情で僕の話を聞いていたつぐみさんだったが、話し終わるとにっこりと僕を見て笑った。
いつもの笑顔のはずだった。
そのはずだったのに……。
ゾクリと背中に冷や汗が流れる。
何でだ?!
そんな僕にお構いなく、つぐみさんは僕に聞いた。
「本当に、彼女の事は妹としか思ってませんよね?」
「もちろんだよ…」
なんか少しでも返事が遅かったらやばい気がしたから速攻で答えた。
「ならいいです。これではっきりしました。あの人は私の敵です」
なんかはっきりと敵認定するつぐみさん。
えっと…なんかすごく怖いんですけど…。
「確かに可哀想な気がしますが、気がするだけで、私達の幸せをぶち壊そうとする敵でしかありません。だから、私に協力してくれますね?」
僕は頷くだけだった。
つぐみさん…なんかキャラ違うんですが…。
その後、つぐみさんをお店まで送る。
で、急に店番を頼むことになった美紀ちゃんにお土産として買った間宮館の手作りケーキを手渡した。
「ほい、美紀ちゃん、急にごめんね」
ケーキを受け取りつつ、くすくす笑う美紀ちゃん。
「聞いたわよぉ、修羅場だったんだってぇ…」
「ちょっと待て、誰から聞いた?」
思わずそう聞くと、美紀ちゃんが僕の後ろを指差す。
もちろん、僕の後ろにいるのはつぐみさんだ。
申し訳なさそうな顔で「ごめんなさい…動転して誤魔化せなかったの…」と言われる。
まぁ、あの状況なら…仕方ないのかなぁ…。
僕がそんな事を思っていると、くいっと袖を引かれる。
つぐみさんだ。
恥ずかしそうに下を見てもじもじしている。
「あのね、よかったら晩御飯…食べていかない?」
「あ、いいの?」
僕の言葉につぐみさんはこくんとうなづく。
そして、すーっと顔を耳に近づけて囁く。
「よかったら…今日も泊まって行って…」
真っ赤になって僕を見つめるつぐみさん。
「えっ…と…その…」
なんて言ったらいいのか迷う僕に、その様子をケーキの入った箱を持ったまま呆れ顔で見ていた美紀ちゃんが言う。
「女に恥をかかせないの。本当に、もう…しっかりしてよ」
しまった。
美紀ちゃんがいる事を忘れていた。
慌てて美紀ちゃんの方を向いて聞く。
「美紀ちゃんはいいの?」
僕の質問に、ため息を吐いて答える。
「いいも悪いも、二人とも恋人同士でしょ…。それなら文句は言わないわ」
少し頬が赤いのは、何を想像したんだろうか。
ともかく、そういうことなら…。
そう思って返事をする前に釘をさされた。
「あまりうるさくしないでよ?」
僕が頷くと美紀ちゃんはケーキを持って奥に引っ込んでいった。
そして、僕はつぐみさんの方に向き直る。
「と言う訳で…今夜もお世話になります、つぐみさん」
「はい」
短く返事をすると僕に抱きついてくる。
それを受け止めてゆっくりとキスをした。
それは今夜の始まりの合図のようだった。




