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4 SSランクオーク

「うぉおおおおおおお!」


 モージュが雄叫びを上げて注意を引きつけると、掲げた剣を一気に振り下ろす。


 剣から光が迸り放たれると、地面を切り裂き、土を巻き上げながら、大柄なオークへと向かっていく。直線上にある岩は木っ端微塵になっていく。


 小柄なオークは狙いが定められているわけではなく、回避を試みる個体も出てきた。だが、間に合わずに巻き込まれて吹っ飛んでいくものもある。


 そして刃が狙いどおりに豚の肉体を両断するかと思われた瞬間、


「ブモォオオオオ!」


 ひときわ大柄なオークが両腕を交差させながら、真っ向から受け止める。


 衝撃を殺しきることができずに、光に押し出されながら後退していく。踏ん張りが効かず、地面は抉れて、足を引きずった二本のラインがどこまでも伸びていく。


 もうもうと上がる土煙にオークの姿は隠されていった。


「どうなった!?」


 リベルはアマネとともに転生者たちのところに向かいながら、その様子を眺める。


「まだだ! 気を抜くなよ!」


 モージュが叫び、土煙の中を睨みつける。

 一陣の風が吹き、ゆっくりと煙が晴れていく。


 そこにいたのは五体満足のオーク。腕には刃によってつけられた一文字の傷跡。

 牙を剥き出しにしながら、怒りに震え、傷ついた腕をゆっくりと下げていく。と、同時。


 モージュ目がけて、勢いよく走り出した。


「来るか!」


 オークが体当たりするのを、モージュはギリギリまで引きつけて回避すると、豚の肉体はその先にあった岩にぶち当たって、粉々にしてしまう。


 あんなのを食らったら、ひとたまりもないだろう。


 リベルは転生者たちの近くにいるオークを見る。こちらはあの個体と比べると小柄だが、かなりの力を秘めているのは確かだ。


 ろくに魔力が使えない今、組みつかれたら致命的だ。


 だが――。


(ならば、掴まれなければいい)


 すべて回避すればいいだけのこと。

 リベルは剣を抜くと、目標を狙い定める。


 襲われている転生者たちは五人。大柄なオークがモージュと戦っている今、さほど苦戦はしていないようだ。


 しかし、戦う方法を見つけてはいなかった。


「くそ! 宝剣タートルストーンが壊れちまった!」

「俺の斧も効かねえ! あいつら、どうなってるんだ!」

「鎧もボロボロだ! これ以上食らったら……」


 どうにもならない状況に、慌てふためくしかない。


 SSランク以上だけあって、戦意がくじけてはいない。けれど、反対に力がありすぎたからこそ、攻撃が効かない状況には不慣れであった。


(奇襲しよう、方法は……)


 とリベルが考えていると、アマネが視線を向けてくる。


「あたしが炎を撃つから、怯んだところを援護してくれる?」

「さっきもだが……魔法、使えるのか?」

「一応ね。前と比べると、魔法とも言えないものなんだけど」


 おそらく、魔力を扱うのに長けているのだろう。


 あるいは、リベルが魔力に関して繊細ではないだけか。彼は魔力で肉体や剣を強化することはあったが、そちらは必要なだけ鍛え、多くは剣技を磨いてきたのだ。


 だからこそ、魔力が使えずとも、ここの魔物と渡り合えているとも言える。


「さあ、準備はいい?」

「いつでも行ける」

「頼りになるね! 行くよ!」


 アマネは剣の切っ先をオークに向けると、魔力をひねり出す。

 炎が渦巻きながら生じ、細長く尾を引きながら向かっていく。そして転生者を見ながら鼻息を荒くしていた豚頭に命中。


「ブモォ!?」


 頭が炎に包まれて、思わず両手を使って顔を庇い始める。

 威力はさほど高くはない。それゆえに怯ませるのが精一杯だ。


 けれど、一瞬で十分。すでにリベルは剣の間合いに捉えていた。


「せぇい!」


 剣を振るうと、刃が敵の足を抉っていく。

 弾力のある手応えが、プツンと途切れる。足の腱は断ち切られていた。


(……いきなり首を狙わず正解だったな)


 相手の強度を考えると、剣で首を両断することはできないだろう。骨があるため、そこで引っかかってしまう可能性が高い。


 なにより、そこまで深く切りつけられるかどうか。


(だが、やりようはある)


 痛みに仰け反り、踏ん張ろうとするオークであったが、うまく体を維持することができなくなる。


 その隙を見逃すリベルではなかった。


「とどめだ」


 剣が一閃。

 オークの首を切り裂き、血を噴き出させる。


 さらに反対側に回り込み、切り返してもう一度。

 左右に深い切り込みを入れられたオークは、周囲を真っ赤に染めながら倒れていく。


 首の骨を切れずとも、これなら致命傷になる。


 リベルは距離を取ると、転生者たちに視線を向ける。彼らはこちらに注目していた。


「あ、あんたらはいったい……!?」

「俺はあんたと同じく、転生者だ。敵の数が多い。加勢してくれ」


 リベルは鉄剣を投げ渡す。

 転生者の大柄な男はそれを手に取ってみるが、顔をしかめた。


「こんな安物で切れるわけねえだろ! 俺の斧だって効かなかったんだぞ!」

「Sランク世界では、元の世界の装備なんて役には立たない。こいつはSランク世界の剣だ。魔物も切れる」

「そんな言葉に騙されるかよ!」


 男は大柄な肉体に似合わず猜疑心が強いらしく、信じてはくれない。

 物わかりの悪さにリベルは苛立ちを覚え、つい言葉を荒らげた。


「いい加減にしろ。時間がないんだ。言うとおりにしてくれ」

「はっ! てめえみたいなガキの言うことが聞けるか。できるもんなら力尽くでやってみろよ」


 男は嘲弄しながら、リベルを見下ろしてくる。


「ならば試してみるか? お前の豪華な鎧を切ってみせれば理解できるか?」

「やる気か、てめえ!」


 男は斧を構える。すでにボロボロになって、刃もほとんど残っていない。

 三人の転生者は、リベルと男の間で視線を行き来させていた。


 どちらについたほうが得か、考えていたのだろう。打算的なところがあってこそ、生き延びられることもある。無謀さだけでは戦い続けられない。


 なかば一触即発の空気になるが、


「へえ。そーいうことか。面白いじゃねえか」


 どこか子供っぽい声が聞こえ緊張が和らいだ。


 リベルよりも歳上に見える男は、先ほどからリベルと男のほうを見ずに、剣を眺めていた。彼は仕草や声のせいで見た目以上に幼く感じられる。


 身なりはSSランク以上とは思えない簡素なものだ。布の衣服に革のベルト、頭にはバンダナ。


 一見すると、ただの旅人にしか見えない格好だが、決してそれらは安物ではない。


 おそらく、なにかしらの魔術的な効果を秘めた代物だ。しかし、今はなんの効果も発揮していない。Sランク世界に持ってきたから、力を失ったのだろう。


 その男は剣で自分の装備を軽く切ってみせる。


「なるほど、なるほど。俺様の装備があっさりやられちまうから、妙だとは思ったんだが、そういうことね。ははあ、わかったぞ」

「おいティール、なにがわかったって言うんだ」

「ふっ……この世界の……すべてさ!」

「ふざけたこと言ってると、その首引っこ抜くぞ!」

「ひぃ! ま、魔力が俺たちの装備には影響してねえんだ。だから簡単にぶっ壊れる。この鉄剣には少しだけだが、魔力が絡みついてる!」


 ティールと呼ばれた男が言うので、リベルは目を凝らしてみる。

 だが、鉄剣はただの鉄剣にしか見えなかった。


 男も同様らしく、ティールを疑っている。


「なんにも見えねえぞ」

「俺様を疑うって言うのかよ! 俺様はSSランクの大盗賊、ティール様だぞ!」


 ドーン、と胸を張って宣言するティール。

 もちろん、ここにいる者たちはおそらく別の異世界から転生してきたため、そんな名など知りはしない。


 リベルはそんなやり取りにすっかり呆れたので、剣をオークに向ける。敵はすでに体勢を立て直しており、これ以上話をする余裕もない。


「戦えないならいい。俺がやるだけだ」

「んだと!? そこまで言われて、SSランク剛戦士のガイル様が黙っていられるか! 貸せ!」


 ガイルはティールの手から鉄剣を奪い取ると、リベルの隣に来て構える。


 剣は普段、使っていないのだろう、構えはあまり慣れていない。しかし、それでも様になっているのは、さすがSSランクと言ったところか。


 リベルは笑いかける。


「かっこいいじゃないか」

「はん。お前みたいなガキとは貫禄が違うんだよ!」


 オークが迫ると、ガイルは雄叫びを上げながら切りかかる。

 押し倒そうとするオーク目がけて剣を叩きつけると、


「てめえに力で負けるわけねえだろ!」


 強引に敵の腕を断ち切り、殴り飛ばす。


(……初めから、武器もなしで素手で戦えばよかったんじゃないか?)


 これほど力があれば、斧を使わずとも戦えただろう。見た目どおり、あまり賢くはないのかもしれない。


 オークに馬乗りになるガイルを横目に見つつ、リベルは別の個体を狙う。


「リベルくん、援護するよ!」

「炎か?」

「あー……それは打ち止め。ちょっと疲れちゃった」


 舌を出して笑うアマネ。

 実際のところは、慣れていないことなど含めて魔力の消費が大きく、多用できないということなのだろう。


「でも、ちゃんと活躍するから見ててよね」


 アマネは敵に向かうと、剣を幾度となく振るう。

 動きはあまりにも鮮やか。一撃は重くないが、手数がかなり多い。普段はもっと軽い武器を使っているのかもしれない。


 次々とオークに傷が増えていく。


「ブモ! ブモォオ!」


 オークが怒りに顔を染め、アマネに迫る。

 彼女は余裕綽々といった顔をしていたが、


「援護、感謝する」


 眼前でオークの首が飛ぶ。


「あー! いいところだったのに!」

「本当に、いい状況を作ってくれた。アマネはうまいな」

「えへへ、そう? ありがと」


 アマネはぱたぱたと赤い尻尾を揺らす。


 お世辞抜きで、リベルはそう思う。彼女に合わせるのはかなりやりやすかった。


「さあ、まだ敵が残ってるよ!」


 アマネが告げ、リベルも敵を見る。

 が――


 ズゴォン!


 大きな音が戦場を横切っていく。そちらに目を向ければ、モージュが5Sオークを仕留めていた。


「ブヒッ! ブモモ!」


 オークどもは倒れた親玉を見るなり、短い尻尾を巻いて逃げ出した。


「……これで戦いは終わりか」


 リベルは剣を鞘に収める。

 五人の転生者たちは、安堵の息をついた。


「これでようやく休めるのね」

「ったく。いきなりこれだから、とんでもねえ場所だ」


 モージュはそんな彼らに声をかける。


「ようこそSランク世界へ。君たちの冒険に幸あらんことを!」


 最初から魔物に襲われる状況になった者たちに対し、やけに明るい声だ。


 時間がない、と言いつつも、さほど急いでいるように見えなかったのは、これがこの世界の日常だからかもしれない。


 あるいは、自分でこの程度の危機をなんとかできなければ、生きていくこともできないのか。


 なんにせよ、リベルたち転生者はひとまず、この世界で最初の困難を乗り越えたのだ。情報を得て整理する時間も取れるだろう。


「これから街に案内する。ついてきてくれ!」


 モージュが歩き出し、転生者七人が続く。

 冒険は始まったばかりである。


「街! 楽しみだね!」

「ああ」


 Sランクの街はどんなものか。

 リベルはまだ見ぬそこに、想像を膨らませるのだった。

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