3 SSランク炎巫女
「リベルくん! 無事か!?」
声のしたほうに視線を向ければ、森の中に、簡素な鎧を身につけた男がいた。
鎧には装飾など一切なく、最低限の機能を備えたものだ。一見すると安物にも見えるが、男の振るまいは決して未熟者のそれではない。戦い続けてきた者の風格があった。
見た目は壮年くらいでしっかりした顔つきをしているが、こちらの寿命が不明のため、歳は推測できない。
「ミレイの部下か!?」
「ああ! 迎えに来た! すぐに行く!」
彼は石を勢いよく投げると、リベルのいる四階に飛び乗ろうとしているゴブリンにぶち当てていく。
そして石がゴブリンに触れると、その衝撃で木っ端微塵にするのだが……
ドン! バゴン!
ゴブリンを打ち砕いてなお威力は落ちず、廃墟に当たるとすさまじい衝撃とともに崩していく。
「なんてやり方だ……」
リベルは揺れを感じながら姿勢を維持していたが、やがて廃墟が傾いていくと、これ以上は滞在してもいられないと判断する。
なにより、やるべきことが決まったなら、じっとしていられる質ではなかった。
「迎えに来てもらうまでもない。こいつらを蹴散らしてそっちに向かう!」
あの男は止まることなく腕を振り続けており、いくつもの石が飛来する中、リベルは廃墟から一気に飛び降りると、地面に着地する。
地面を蹴り上げて、転がっていたがれきを撃ち出し、遠巻きに眺めていたゴブリンを怯ませると、その隙に駆け出した。
距離を詰めるなり、棍棒を一振り。
「おらぁ!」
「グゲッ!?」
力任せの一撃は、ゴブリンの頭を叩き割った。
一体が倒れたときには、すでに別の個体が迫っている。倒しても倒しても、次から次へと狙うべき敵が現れる。
Sランクゴブリンは協調して彼を仕留めようとしていた。
「いいじゃないか、Sランク世界!」
求めていたのはこれだ。すなわち、自分の力を発揮できる場所!
満足のいく戦いとは言いがたいが、自然と期待は膨らむ。
剣がないのが物足りないが、いずれ環境は整ってくるだろう。そうなったとき、再び彼の冒険譚が始まる。
「さあ、かかってこい!」
リベルが構えると、一体のゴブリンが燃え上がった。
「グゲェ!?」
慌てて地面を転がり火を消そうとする小鬼を見つつ、彼は炎が来たところに視線を向ける。放ったのはゴブリンではなく、一人の少女であった。
彼女は片手剣を二振り手にしており、鮮やかな赤毛が印象的だ。同じ赤色の狐の耳と尻尾が生えている。
(こっちには狐が多いのか?)
こちらで出会った女性が二人とも狐なのだから、そう思うのも無理はない。もっとも、偶然の可能性もあるが。
少女はリベルを見て、相好を崩した。
「勇ましいのもいいけど、今は脱出が先だからね!」
「なかなか面白いところだったんだが……」
「時間がないらしいよ」
ならば仕方がない。
リベルは襲いかかってきたゴブリンを棍棒で打ちのめすと、少女が敵の攻撃をいなしながら視線を向けてくる。
「君……SSランクの蛮族?」
「いや、SSSランクの剣聖だ。聖剣が折れたから、棍棒を使っているだけだから」
「すごいね! じゃあ、これ使うといいよ!」
投げ渡してきた一振りの剣を受け取ると、リベルは早速構える。
見た目は非常に安っぽい鉄剣だ。しかし、持ってみると重心のバランスがよく、非常に整っている。日に輝く刃はなめらかであった。
これならば、敵をも切れよう。
「……さあ、ここからが本番だ!」
リベルは攻めてくるゴブリンを見据えると、思い切り踏み込んだ。
驚く顔が間近になる。そのときには間合いに捉えていた。
剣が一閃。小鬼の首が飛ぶ。
返ってくるのは確かな手応え。湧き上がるのは戦いの実感。
(これだ……! 俺が求めていたのは!)
「いいぞ、さあ! もっとだ!」
リベルはゴブリンに猛然と襲いかかり、剣の餌食にしていく。
刃が煌めけば血がしぶき、翻ればまた首が飛ぶ。
こうなると、一方的であった。彼は現状、魔力が使えないこともあり、身体能力の差はそこまででもない。
だが、技術は計り知れないほどの差がある。もはやゴブリンには反撃の余地などなかった。
「ゴブッ! ブッブー!」
敵が号令を出すなり一斉に逃げ始めると、リベルはそれ以上追わずに、少女から受け取った鞘に剣を収めた。
そして先の男もやってくる。
「リベルくん。……君、この世界に来ても驚かないんだね」
「驚いているさ。少し話は聞いたが、予想以上だ」
「ここに来る人は、最初は魔力が使えなかったり、敵の強さを読み違えたり、狼狽えることが多いんだけど……あ、言い遅れたけど、俺はモージュと言うよ。9Sランク冒険者で、異世界から来る転生者たちを案内する仕事をしているんだ。今日は君たち二人のほかに、五人迎えに行く予定になってる」
これが時間がないと言っていた理由か。
「早速だけど、ついてきてもらっていいかな?」
そう言われ、リベルはつい廃墟に視線を向けた。
ゴブリンどもは立てこもり、こちらを睨みつけてきている。
あれは放置していてもいいのかと尋ねようと思ったが、モージュはその前に彼の意図に気がつくと、剣を大上段に構えた。そこに光が纏わりついていく。
「はあッ!!」
裂帛の気合いとともに剣が振り下ろされる。
すさまじい衝撃が生まれると、その原因たる光の刃が遺跡へと向かっていく。
大地を切り裂きながら進み、遺跡にぶち当たると、ゴブリンともども跡形もなく吹き飛ばしてしまった。
リベルが廃墟にいるから、この力を使っていなかったのだろう。
(……今のが魔力か?)
わかったような、わからないような。
もっと、はっきり感じ取れたならいいのだが……。
「これで後顧の憂いはなくなったかな?」
「とんでもない威力だな」
「そんなことないよ。俺はまだ9Sランクだし、上なんていくらでもいる。……びっくりした?」
「ああ。こんな世界があるとはな。……楽しみだ」
臆することなく、リベルは笑う。
モージュは困ったような顔をせずにはいられなかった。
と、それまで傍観していた少女が、二人の背中をぐいぐいと押してくる。
「次に行くんでしょ? 早く行こうよ」
「っと、そうだった。走るけど、ついてこられるかい?」
「ああ。赤子よりは早いだろうから、期待してくれ」
「君、SSSランクだろう? そんな冗談を言うなんて」
「こっちの基準がわからないんだ。化け物ばかりなんじゃないのか?」
「ああ。そういうことね」
モージュは「走りながら調整する」と言い残して動き出す。
リベルは少女とともに、そのあとを追う。
森の中に入ると、そこでもゴブリンに遭遇するが、モージュが片っ端から切り倒してしまうため、二人がやることはない。
「……えっと、リベルくん? だっけ?」
「ああ。リベルだ」
「あたしはアマネ! よろしくね!」
「よろしく頼む。アマネもこちらに来たばかりか?」
「そうだよ。さっきの剣も、モージュさんにもらったばかりなんだ。それにしても、こっちは強い魔物がわんさかいるね。あたし、前の世界だとそこそこ腕に自信があったんだけどなー」
「今でも、自信はあるんじゃないか?」
リベルは先ほどの少女の動きを思い出す。
ゴブリンを切り裂くときに迷いはなかった。自分ができることに、確かな自信がある証拠だ。
「ま、これでもSSランク炎巫女だったからね」
「炎巫女……?」
「そうだよ。知らない? 炎の魔法と剣を駆使して戦うんだけど」
「聞いたことがないな。もしかすると、SSランクの者を様々な異世界から呼んできているのかもしれない」
「二人とも、おしゃべりはそこまでだ。残りの転生者たちを見つけたぞ」
モージュが示す先には、凹地がある。
多数の岩が転がっており、その影に隠れる者たちがいた。
彼らは逃げ回っている。
追っているのは、人と同じくらいの背丈を持つ二足歩行の豚、オーク。肉体は脂肪と筋肉で膨れ上がり、人よりも大きく見える。
「ブモォオオオオオ!」
叫びはリベルのところまでよく届く。
数頭のオークは岩を引っこ抜いて投げたり、突進したり、転生者たちを攻め立てている。
このままだと、倒されるのも時間の問題だろう。反撃に転じる気配はない。
モージュはその様子を少し眺めていた。
リベルは焦れったくなると、思うままに尋ねる。
「助けに行くんじゃないのか?」
「そうしたいんだけどね……あのオークどもはSSランク。そして一番大柄なのはたぶん、5Sランクくらい。戦えない人を何人も連れて逃げるのは難しいな」
「それなら、俺とアマネでオークを引き受ける」
「いきなりだけど、大丈夫かい?」
「もちろんだ」
「ちょっと、あたしはまだなにも言ってないんだけど」
「じゃあ逃げるか?」
「冗談言わないで。あんな豚相手に恐れをなして、尻尾を巻いて逃げるなんて、かっこ悪いじゃない」
アマネはおどけつつ、赤い尻尾をくるんと巻いて見せる。
ならば策は決まった。
リベルは剣に手をかけ、モージュは一番大柄なオークを睨んだ。
「俺があの5Sランクのでかいやつを引き受けるから、その間に二人は転生者たちを助けて武器を渡してくれ」
モージュが二振りの剣を渡してくるので、アマネとリベルはそれぞれ受け取った。
「さあ、行こう」
「あいつらが倒れる前にな」
「頑張ろうね!」
三人は坂を下り、一気に凹地へと駆け下りていく。
向かう先にはオークども。そして逃げ惑う転生者たち。
「こっちだ! オーク!」
モージュが声を張り上げ、勇ましく飛び込んだ。