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2 Sランク異世界


 その地に降り立った瞬間、これまでと違う土の臭いが鼻をついた。異世界の空気は違和感を覚えさせる。


 目の前にある石造りの壁はあちこちにヒビが入り、ひどいところでは柱と柱の間がまるごとなくなって、外が見えていた。


 広がっているのは緑色。どれも見たことがない植物だ。


(これは放置された遺跡か? ……いや、廃墟か)


 もはや調度品など一つも残ってはいないが、建物自体は人が生活するための作りになっている。


 ぐるりと室内を見渡せば、天上も床も、あちこち苔生していた。


 壊れているとはいえ壁があるため、全貌が把握できるわけではないが、壁の隙間から覗き見て推測した限りでは、部屋数は十に満たないほどだろう。


 足元にはがれきが転がっており、扉はなく、とても人が住んでいる環境とは思えない。

 だが、真新しい食物の残りかすが散らかっており、なにかが今もここで飲み食いをしていることが窺える。


 盗賊がいるのか、はたまた――。


 彼が思案する中、コツン、コツンと二つの足音が聞こえてくる。


(何者だ)


 咄嗟に壁に隠れ、ごくわずかな隙間から、接近してくる者の正体を垣間見る。

 そこにいたのは――


(ゴブリンか)


 小鬼の魔物だ。最弱の魔物と言われているが、ミレイの説明によれば、こちらの魔物ではSランクでも手こずるほどの相手だとか。


 緑色の肉体を持ち、表面にはイボのような突起がある。上半身に比べて下半身はやや貧弱で、腰回りには布を巻きつけていた。


 手には棍棒。たいした武器ではない。


(まさか、こいつが迎え……ということはないだろうな)


 二体のそれらは視線を動かしながら、侵入者を捜している。その目には明らかに敵意がこもっていた。


 リベルは剣に手をかけて具合を確かめるが……


(魔力が使えないか)


 この地に来たときから違和感があったが、その正体は魔力のせいか。


 魔力そのものが、彼のいた世界とは異なっている。

 ミレイの口ぶりからすれば、成長できるようだったから、この魔力を利用できないことはないのだろうが、その予想が外れることだってあろう。


 ともあれ、今はそれどころではない。

 ゴブリンはもうすぐそこまで来ている。


 正確な位置は把握されていないが、こちらの気配は確かに感じ取られていた。見つかるのも時間の問題だ。


(やるしかない)


 リベルは戦う覚悟を決める。

 こんな緊張感は久しぶりだった。


 息を整え、ゴブリンの接近を待つ。その時間はやけに長く感じられた。

 足音が入り口に差しかかった瞬間、彼は飛びかかり剣を掲げる。


(食らえ!)


 部屋に入ってきたばかりの小鬼の頭へと刃は向かっていく。そして断ち切るかと思いきや――


 キィン!


 激しい音とともに、聖剣が砕け散った。


「なっ……!」


 これまでどの魔物も切り裂いてきた剣が、衝撃に耐えきれずに折れてしまったのだ。

 いったいなぜ。


 その疑問が浮かんだときには、剣を腕で受け止めていたゴブリンがギロリと睨みつけてきている。


「グギャアアアア!」


 咆哮とともに飛びかかってきたゴブリン。

 リベルは咄嗟に横に回避すると、目標を見失った敵の棍棒が壁を打った。


 ズゴォオオン!


 石の壁は粉砕され、隣の部屋と一続きになる。ぱらぱらと舞い上がる砂埃の中、ゴブリンはすぐに彼の姿を探し始める。


「なんて力だ……!」


 これがSランク世界の魔物。さらなる強きものども……!


 攻撃はそれだけではない。


 もう一体のゴブリンは軽く腕を振ると、魔力が変化し炎が生じる。人をも軽く呑み込んでしまいそうな大きさのそれは一瞬にして現れると、勢いよく放たれた。


「くっ……!」


 リベルは地面を転がり、さっと伏せる。

 ギリギリで回避するも、焼け焦げるような熱が全身に浴びせられる。


 そして炎が通り過ぎたあとには、真っ黒に変質した壁がある。一部は溶けており、外からの風が吹き込んできて、熱せられた彼の顔を撫でていく。


(こいつが当たったら、骨も残らないかもしれないな)


 敵の実力は計り知れない。まだ奥の手があるかもしれないのだ。

 なにより剣はすでに砕けてしまい、どの攻撃が効くのかもわからなかった。


 であれば、取る方法は一つ。


「こいつを食らえ!」


 リベルはがれきを拾い上げると、勢いよく投擲する。

 ゴブリンは反応するも躱しきれずに顔面で受け止めると、「グゲ……」と情けない声を上げながら、倒れていく。


 その隙に彼は走り出していた。


「じゃあな!」


 炎で溶けた壁の向こうに飛び込むと、すぐさま逃亡ルートを探し出す。


 いかにSSSランクになったとはいえ、引き時くらいはわきまえている。そうでなければ、ここまで実力をつける前に死んでいただろう。素早い撤退判断も実力があるからこそだ。


 複数のルートに見当をつけながら、背後から追ってくるゴブリンの様子を窺う。

 敵は奇声を上げながら、迫ってきている。


「逃してくれる気はないらしいな……!」


 まったく、ミレイの部下が案内しに来ると聞いていたのに、どうなってるのか。


 愚痴の一つも言いたくなるリベルであったが、反面、この状況を楽しんでもいた。こんな魔物に追われた経験など、いつ以来か。


 彼は耳を澄ませ視線を動かし、やがて物音を聞きつける。そして跳躍した直後、直下の地面が割れた。


「グゲエァアアアア!」


 床を粉砕しながら階下から飛び出したのはゴブリン。


 無数のがれきを浴びながら、リベルは空中でそのうちの一つを手に取ると、体を捻って勢いをつけるなり、勢いよく投擲する。


 空を切る音が奏でられ、ゴブリンの額をしたたかに打つ。


「グギャ!?」


 仰け反り、今度は先ほどと反対に落下していく小鬼を見ながらリベルは納得する。


「やはり、元の世界の装備では強度が足りないということか」


 この世界に満ちる魔力の影響なのか仕組みはわからないが、敵の強度があまりにも高すぎるわけではなく、元の世界の物質が脆くなっていると見るのが妥当なところだ。


 身につけていた鎧は、竜の牙すらも防ぐ代物であったが、先の衝撃でボロボロになっている。


 リベルはそれらの装備を投げ捨てると、尖ったがれきを持ち、迫ってくるゴブリンを見据える。


 もはや過去の栄光には縋れない。

 あるのはこの世界で生きていく術。たとえそれが不格好であろうとも。


「グギャアアア!」

「お前はSランクの魔物かもしれないが――」


 ゴブリンが棍棒を振りかぶると、リベルは一足で懐に入り込んだ。

 慌てて棍棒を振り下ろそうとするのに対し、さっとゴブリンの動きを読んでがれきの先端を持っていく。


 ズブッ。音を立てて切っ先が小鬼の腕に食い込んでいく。


「ギャア!」


 手が緩んだ瞬間、リベルは素早く手を伸ばすと相手の腕を捻り、棍棒を奪い取る。

 技術であれば、引けは取らなかった。


「生憎と俺はSSSランクなんだ。さあ、お返しだ!」


 奪い取った棍棒を勢いよく振り下ろす。


 全力で叩きつけると、返ってくるのは重い手応え。それが和らぐとともに、ゴブリンの頭蓋骨が破壊された。


 倒し方さえわかれば、もう格下の敵でしかない。


 そしてバキバキと音を立て、地面が砕けていく。


(この廃墟、脆くなっているようだ……!)


 小鬼が落下していくのを見るなり、リベルはぱっと距離を取る。

 危うく、崩落に巻き込まれるところだった。


 もう一体の小鬼に視線を向けるも、すでに逃げ出している。たった一体で向かってくる気はないようだ。


(ならば好都合)


 この隙に逃げようと思ったリベルは壁際に向かっていく。そこは壁が大きく抉り取られて、外が丸見えになっているのだ。


 外を見て付近の状況を把握しようとしたのだが――


「どうなってるんだ、こりゃ」


 青空の下にはどこまでも広がる森。ここは四階くらいの高さがあり、見晴らしはいいというのに、街や塔など人がいそうなところは見つからない。


 そしてこの廃墟の周囲には、大量のゴブリンどもがいた。


 脱出しようにも、どこに行けばいいのかわからない。迂闊に移動すれば、もっと強い魔物に遭遇する可能性もある。


「どうするか……」


 ここのゴブリンどもをすべて仕留めながら待機するのと、脱出するのとどちらのリスクが低いか。


 リベルが考えている間にも、彼に気がついた地上のゴブリンが集まってくる。廃墟周囲から、次々と迫ってくるのだ。


 その上、廃墟に到達すると、階段など使わず、外壁が破壊されたところを足場にしながら、飛び移って上がってくる。


 やがて彼と同じ高さに到達する個体が現れる。


「来るか……!」


 棍棒を構えたリベルであったが、襲いかかろうとしてくるゴブリンがすさまじい勢いで目の前から消えた。そして暴風が吹き荒れる。


「なにが――」


 疑問を言い終わる前に、上がる声があった。



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