10 14Sランクカエル
木々の合間から飛び出した男は――
「やべえやべえ! あいつはやべえって!」
SSランク大盗賊ティールである。
彼が慌てているのはいつものことだが、今回は本当にヤバそうだ。
水しぶきを上げながら、浅い沼地をせっせと駆ける彼のあとから、ガイルなど転生者三人が続いている。
リベルはその様子を見ながら警戒を強める。
「一人足りないな」
その理由はすぐに明らかになる。
彼らを追って出てきたのは、巨大なカエル。フロッグエッグに姿は似ているが、大きさは比べるべくもない。
「珍しい種類がいると聞いてはいたが……」
「大きすぎるね」
果たしてその強さはどれくらいか。
リベルが見極めようとした瞬間。
巨大なカエルの肉体が青白く輝き始める。その全身に纏っているのは――
「魔力か! なんて密な!」
「リベルくん! 来るよ!」
「ゲロロオオオオ!」
カエルが転生者たち目がけて跳躍。
彼らは一斉に逃げ始めた。
「急げ! 離れろぉおおおお!」
叫びとともに、全力で足を動かす。
だが、巨体から距離を取るには、あまりにも時間が短かった。
ズゴォオオオン!
巨大カエルは地面にぶち当たってすさまじい衝撃をもたらした。
大地が割れ水しぶきが上がり、周囲一帯が荒れ果てた。
「うわあああああ!」
彼らの絶叫を耳にしながら、リベルは顔を腕で覆う。
衝撃は彼のところまで影響を及ぼしていた。
勢いよく飛んできた泥の塊や折れた枝、そしてフロッグエッグなどをなんとかしのぎながらも、耐えきれずに飛ばされていく。
地面を転がり、泥まみれになりつつも立ち上がると、すぐさま状況を確認。
アマネの姿を探すも、近くにある泥から赤い尻尾が飛び出しているばかり。
「おい、アマネ! 無事か!」
すぐさま駆け寄り、尻尾を引っ張る。
ズボッ!
「ひゃん! なにするの!」
泥の中から救出されたアマネは、体をぷるぷると震わせて泥を撒き散らし、腕で顔を拭う。
「よかった、無事みたいだな」
「乙女の尊厳はボロボロだけどね。もうちょっと、優しく救助してくれてもいいんだけど」
「すまん、非常事態なんだ」
「ま、いいわ。泥でお肌がつるつるになることでも期待してる。そうでもないと、やってられないって」
アマネは剣を構え、敵を見据える。
「で、あれどうするの?」
「倒せると思うか?」
「難しいと思う」
「それなら、やるしかないな」
「どういう思考?」
「可能性がゼロじゃないなら、戦うしかないだろ」
「無謀なのね」
言いつつ、アマネも退く気はないようだ。
と、そうしていると、二人のところにティールが駆けてくる。
「お前ら、手伝えよ! あの化け物を振り切って逃げるんだ!」
「……だってさ。どうする?」
「あいつが逃げているのを追っている隙に、回り込もう」
「りょーかい」
「おい、お前ら! 聞こえてるぞ! 俺様は囮じゃねえよ!!」
叫ぶティールであるが、敵はそんなのおかまいなしである。
ぴょんぴょんと追いかけると、あっという間に距離が縮まっていく。
「散開するぞ!」
ガイルが叫び、転生者たちは一斉に散らばり始める。
巨大カエルが目をぎょろぎょろと動かして、その姿を追っていき――やがてガイルへと狙いを定めた。
ぐっと体を丸め、それから一気に伸ばす。同時に、長い舌が解き放たれた。
それはガイルを突き飛ばすと、先端がぐるぐると巻きついて、彼を拘束していく。
「くそっ! この化け物め!」
ガイルは全力で大斧を振り下ろす。
的に束縛された安定しない体勢ながらも、力のこもった一撃だ。
しかし刃は、ぬめりを帯びた舌の上を滑るばかりであった。体表には濃密な魔力が纏わりついていて、切り傷一つなかった。
「こいつ――うわああああああ!」
巨大カエルは大男の重さをものともせず、一気に舌を引っ張り戻していく。
ガイルの体が宙に浮かび――
「俺はSSランク剛戦士のガイルだぞ! 俺が、SSランクの俺がぁああああああ――」
叫びはプツンと途切れた。
カエルの口の中に、その姿は消えていた。
「ゲロゲロ」
足一本だけ、口の中から飛び出していたが、何度か咀嚼するうちに中に引きずり込まれていく。
その姿を見ながら転生者たちが逃げる中、リベルとアマネは駆けていた。
――敵のところへと。
まだ、気づかれてはいない。
彼らは倒木の間を駆け抜け、巨大カエルの足元に到着。
一度視線を交わすと、リベルは剣を抜いた。
途端、彼の手に血が浮かび上がり、魔力とともに血が刃に纏わりついていく。
魔力を感じ取った敵が振り返るも――
「遅い!」
赤い軌跡が弧を描く。
刃は狙いどおりにカエルの足を切り裂くも、
「ちっ……切れないか!」
途中で勢いが落ちてしまう。
そしてカエルが振り返り、ほんの少し足がかすった瞬間、彼の肉体は突き飛ばされた。
「ぐはっ……!」
「リベルくん!」
彼が離れて行くも、アマネは自分のことで手一杯。
カエルがのそのそと、彼女へと近づいていたから。
「このっ……!」
手をかざし、勢いよく魔力を解き放つ。
生じた炎は敵を焼くが、ほんのわずか動きを鈍らせたに過ぎない。
敵が一歩踏み出すと、衝撃だけでアマネは吹き飛ばされていった。
とはいえ、うまく方向だけは調節しており、起き上がったリベルのところに向かっており、彼もすぐに受け止める。
「あんな相手、どうするの……?」
アマネが尋ねている間にも、カエルが迫ってくる。
泥が吹き飛び、辺りはすでにぐちゃぐちゃになっていた。
「おそらく、あいつは10Sランク以上。魔力の使い方を理解している」
「ホント、桁違いね」
「そして、魔力が使えなければ、俺たちはあいつを倒しようがない」
歴然たる差が存在している。
ランクが一桁上がるということは、それほど大きな力を得ると言うこと。
相手を無遠慮に、無慈悲に、無為に、踏み潰すことができるということ。
その、脅威が近づいてくる。
話をしている間にも、カエルは距離を縮め――勢いよく飛び込んできた。
「離れろ!」
二人が動くのと同時、敵の魔力が迫るのが強く感じられる。
ドォン!
激しい音を立てながら、泥が舞い上がる。
薄汚れてボロボロになりながら、突き飛ばされたばかりのリベルは這い上がる。
全身のあちこちから血が流れている。吸血剣の影響も小さくない。
「このままじゃ勝てないよ」
「ああ。わかってる」
「どうするの?」
「決まっている。魔力が使えなければ倒せないんだ。それなら――」
二人目がけて、巨大カエルが舌を伸ばしてきた。
咄嗟に離れるアマネ。そしてリベルは――その場で、納剣状態の吸血剣の柄を握りしめる。
どんどん敵の舌が迫ってくる。
「リベルくん!」
もはや逃げることなど間に合いはしない。
「俺も魔力を使えばいいだけだ」
そして剣の間合いに入った。
瞬間、リベルは動く。
「見切った!」
抜剣と当時に、すさまじい光が迸る。解き放たれた衝撃は大地に亀裂をもたらし、空気を断ち切り、ありとあらゆる邪魔者を吹き飛ばしていく。
そして敵の叫びが響く。
「ゲロロォオオオ!」
舌の先端が千切れ飛び、狙いをはずれて、彼の背後にあった倒木をぶっ飛ばす。
リベルはその場で構えながら、のたうち回る敵を見据える。赤く赤く、ゆらゆらと濃い魔力が彼から立ち上っていた。
「あれほどお手本を見せてくれたんだ。覚えるには十分すぎる」
彼は剣を敵に突きつける。
「さあ、ここから勝負といこうじゃないか」




