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1 SSSランク冒険者

 切り立った崖を横目に見ながら、岩場を進んでいく人影があった。


 荒廃したこの土地にあるのは、巨大な魔獣が刻んだ爪痕や竜の足跡、戦いに敗れて食い散らかされた獣の骨ばかり。


 とても人が赴くような場所ではない。実際に、ここ三百年、足を踏み入れた者はいなかった。


 そんな場所にやってきた男は、吹きつける砂に目を細めつつ、向かう先を見つめる。


「……本当に、ここにあるのか?」


 思わず呟いてしまうのも、無理はない。

 彼が求めているのは、決して掴むことのできない幻想かもしれないのだから。


 この男、リベルは冒険者である。


 農家の四男として生まれ、平凡な生活をしていたが、この戦乱の時代だ。自然と魔物との戦いに巻き込まれることになる。


 傭兵、騎士、冒険者……様々な職を転々とし、いくつもの戦いを経ながら名を上げていくのは、なかば運命的とも言える流れだった。


 望んで戦いに行ったわけではない。

 だが、彼には才能があった。ほかの誰に勝るとも劣らない圧倒的な天稟が秘められていたのだ。


 やがてその技術の高さから、剣聖と呼ばれるようになったリベルであるが、気がつくと彼に匹敵する実力者はいなくなっていた。


 たった一人だけ、並外れた力を持っている状況になったのだ。


 各国最強の剣士も、世界最高峰の魔術師も、もはや彼には手が出せない。

 ともに戦い続けた仲間たちですら、力の差が広がってきた。


 真っ先に、冒険者ギルドが動いた。


 彼が冒険者ギルドに所属していることを周知するために、前代未聞の若さで、SSSランク冒険者に認定。


 SSSランク冒険者となった者は、三百年前に存在した大英雄ザッハを除くと、彼しかいない。


 そうなると、誰もがリベルの存在を危険視し始める。


 彼を怒らせたならば国が滅ぶかも知れない。その力を掌握できたなら、世界の中心に立つこともできるだろう。


 すでに強力な魔物もことごとくリベルが滅ぼしてしまった。敵はいない。人類はこぞって、彼を利用するために動き始めていた。


 だから潮時か、とも思ってしまった。


「世界は俺の存在が疎ましいらしいな」


 ため息をつく彼の前には、いつしか現れた大きな存在がある。


 血走った目で見下ろしてくるのは巨竜。人を丸呑みできる大きさがあった。


 鱗はギラギラと輝く赤色。そしてなによりも目を引くのが、光沢を持つ血の色をした牙だ。今は唾液にまみれながら、リベルを噛み切る瞬間を待ちわびている。


 赤牙竜。

 かつてたった一頭で大国を滅ぼしたこともある、最強の竜種の一つだった。


 その凶悪な敵意が向けられている。

 歴戦の兵士であっても震え上がらずにいられない威圧感が解き放たれている。


 しかしリベルは眉一つ動かさなかった。


「グルゥオオオオオオオ!」


 竜が咆哮と砂埃を上げながら迫ってくる。

 人などぺしゃんこに潰してしまうだろう力強さで地面を踏み鳴らしながら、牙を剥き出しにしてくる。


 そして彼我の距離が近くなった。

 リベルは慣れた手つきで剣を抜く。


 数多の戦いをともに切り抜けてきた聖剣には刃こぼれ一つなく、美しい剣身が輝いていた。


「――弱い」


 刃が直後閃いた。

 魔力が込められた剣は発光し、美しい軌跡を残す。


 一瞬の後、剣は鞘に収まり、竜の首は落ちている。リベルは何事もなかったかのように、歩き続けていた。


 背後からは、赤牙竜が倒れる音が聞こえる。


 もはやどんな魔物が来ようとも、彼を捉えることすらできやしない。


(強くなりすぎたんだ)


 少しも感情を動かさずに、幾度と魔物を切り倒しながら進んできたリベルであるが、岩場を抜けると、思わず息を呑んだ。


 見えてきた。ありもしないとばかり思っていた幻の土地が。

 わずかな希望を夢見て、縋った未来が。


 三百年前の大英雄ザッハ最後の場所と言われている遺跡が、木々の中に鎮座していた。まるでその遺跡を避けているかのように、ぽっかりと開けた空間となっている。


 とても放置されているとは思えない、汚れ一つない金属光沢のある扉は、大人の身の丈の倍はあろう。


 なぜか、


(俺は待っていたのか)


 と感じる。

 リベルは目を凝らし、扉をためつすがめつ眺める。


(この先に――なにがある)


 SSSランクの大英雄ザッハはなにを願い、なんのために来たのか。

 ただ隠遁するためか。それとも、明確な目的があったのか。


 いずれにせよ、多少なりとも、同じくSSSランク冒険者となったリベルがこれからのことを考える一助にはなってくれるだろう。


 なにもかも、進めばわかることだ。


 彼は扉に手をかけると、音を立てることなく自動で開き始める。


 招かれている。そう思いながらも、リベルは歩を進める。


(……クルルが知ったら、不用心だって怒るかもしれないな)


 パーティを組んでいた少女の姿を思いながら、リベルは苦笑いする。


(いや、そもそも、黙ってここに来たんだから、今頃カンカンに怒ってるか)


 置き手紙くらいは残したが、さすがにここまで追ってはこないだろう。ザッハが最後に選んだ土地だけあって、ここの魔物は地上で一番強いと言われていたから。


 これほど気楽に訪れることができるのは、リベルがSSSランク冒険者だからこそだ。


 未知の場所に足を踏み入れているというのに、我ながら呑気なことばかり考えていると、リベルは思う。


 だが、それほどまでに、彼は戦いに高揚感を覚えることがなくなっていた。

 圧倒的すぎる戦いはつまらない。まだ子供の遊戯のほうがマシだった。


 背後でドアが閉まる音を聞きながら歩き続けていたリベルであったが、突如、光景が変化した。


(なんだ……!?)


 咄嗟に剣の柄に手をかけ、目を動かして周囲を窺う。

 前後左右、ありとあらゆる場所が真っ白になっている。


 なにもない場所にあるのはリベル、そしてたった一人の少女であった。


 少女の美しい黄金色の髪からは狐の耳が出ており、腰の辺りからはふさふさの尻尾が生えている。


 かつてともに戦った仲間の少女クルルシアは狐の要素を持つ銀狐族であったが、それとは若干見た目が異なる。


 なによりも、この少女の衣服は見たこともない材質でできていた。ローブに近いが、揺れるとわずかに色味が変わる。


 幻想的な雰囲気を演出するのに一役買っていた。


 だが、リベルはこの状況に疑問を覚えるよりも、


(強い)


 ただ少女の計り知れぬ実力に気を取られていた。


 一見すると立ち居振る舞いは、常人のそれと大差ない。しかし、秘められた魔力は彼の上を行くだろう。その底は見えてこなかった。


 枯れかけた闘志に火が宿る。

 ――まだ自分の上がいた。


 剣を握る手が震える。自然と口角が上がる。


 彼女であれば、この狂おしいほどの渇望をも満たしてくれるかもしれない。


「ぜひお手合わせ願いたい。あなたほどの強者は初めて見た」


 真っ先に口から出てきたのはそんな言葉だった。

 一方、リベルを見ていた少女は愛らしい笑みを浮かべた。


「やだあ、そんなことないですよ。こんなにか弱く、可愛いじゃないですかっ」


 尻尾をふりふりと揺らし、わざとらしい仕草をする。

 なんとも拍子抜けしてしまうが、おどける姿にすら隙が見当たらない。


 やはり、油断のならない相手だ。

 リベルが警戒を強める中、少女は真顔に戻る。


「おほん。失礼しました。ようこそ選ばれし者よ。まずは話をしましょう。私はミレイと申します」

「いきなり無礼を働いて申し訳ない。思わず舞い上がってしまった」

「ふふっ……それでこそリベルさん――最年少でSSSランクになった冒険者です」

「俺を知っているようだが……目的はなんだ?」

「あら、訪ねてきたのはあなたのほうではありませんか」


 そう言われると、リベルも言葉に詰まる。

 ミレイは悪戯っぽい顔をしながら、ウィンクする。


「ふふ、意地悪はこれくらいにしましょうか。ここはSランクを超越した者――SSランク、あるいはSSSランクの方のみが入れる空間です。あなたはそこに辿り着きました」


「それでSSSランクと判断したわけか」


「もちろん、それもありますが、あなたのことはよく知っているのです。……時間があまりありませんので、それよりもあなたの興味がある話をしましょう。強者のいる世界に興味はありませんか?」


 ミレイが問いかける。


 リベルは考えるまでもなかった。先ほどから込み上げた闘志は行き場を失い、今も胸の中で渦巻いている。


「あなたのような者がいる世界か」


「はい。通称、Sランク世界。そこはSランクを超越した者たちの楽園。リベルさんがいた世界ではSSSランクまでしか成長することはできませんが、そちらではその上のSSSSランク、はたまた10Sランク、100Sランク、1000Sランクとまだ見ぬ領域が待ち受けています」


「あなたのランクはいくつなんだ?」

「内緒です。あなたが力をつけてから、ご自身の目で見極めてくださいねっ」

「その口ぶりだと、俺はSランク世界に行けるのか」

「察しがいいですね」


 ミレイは満足そうに笑う。


「あなたには二つの選択肢があります」


 人差し指を立て、ゆっくりと継げる。


「まずはSランク世界に転生する選択です。技術を限界まで高めた者たちが、さらなる高みを目指す世界です」


 リベルは息を呑む。

 さらなる強さが得られるなど、考えたこともなかった。そうする必要を感じない日々が続いてきたから。


 ミレイは彼を見つつ、滔々と告げる。


「あなたの世界で超一流と言われる者たちですら、スタート地点にしか立てない場所。そちらで雑魚と呼ばれているゴブリンですら、Sランク世界の個体相手には苦戦するでしょう」


「……もし、ゴブリンでなく強い竜ならば」

「存在を認識する前に消滅させられている可能性が高いでしょうね」


 ごく当たり前のようにミレイが言う。


 しかし、リベルが抱いたのは恐怖でも緊張でもない。さながら、少年が初めて剣を手にしたときのような、幼い好奇心が膨れ上がっていく。


「……もう一つの選択は?」

「ここを立ち去る選択です。その際、この出来事に関する記憶を失うことになります」


 かつての大英雄ザッハは、この地で命を落としたわけではなかったのだろう。新たな世界へと旅立ったのだ。


 リベルはゴクリと喉を鳴らした。


「Sランク世界に行こう」

「最初からやり直すことになりますが、よろしいのですか?」

「望むところだ」

「……やはり、私が見込んだ方です」

「どうすればいい?」

「申し訳ないのですが、時間がないため手短に説明します」

「構わない。もう心は決まっている」


 なにが来ようとも、もはや止められるはずがなかった。


 今までの経験が生きてこなくなることに対する惜しさはない。


 ただただ、これから再び来たるであろう冒険への好奇心と、一度は失われかけてしまった高みへの探究心、そしてなによりも興奮があった。


(強者どもがいる。血湧き肉躍る戦いがある!)


 たとえ命を落とそうとも、行かねば気が済まない。すでに知ってしまったなら、その頂点を見ずに人生を終えることなどできるはずもなかった。


「一度Sランク世界に行くと、容易には戻ってこられません。向こうに到着し次第、私の部下たちが迎えに行く手筈になっていますので、説明に従ってください」


「わかった。……そうだ。手合わせの件は」

「いずれ、私のところまで上がってきてください。そのとき、約束を果たしましょう」

「楽しみにしていよう」


 リベルが納得すると、ミレイも微笑み尻尾を揺らす。


 やがて彼女が軽く手を振ると、楕円形に切り取られた空間が生じる。その向こうには、見知らぬ大地が広がっていた。


「この先がSランク世界です」

「世話になった」

「いえいえ。……最後に、餞別を贈りましょう。あなたは最年少でSSSランクになりましたから、それに合わせてSランク世界の寿命と肉体を」


 ミレイが手をかざすと、リベルの体が若返っていく。

 元々、SSSランクにしては圧倒的な若さであったため、今ではすっかり少年といった有様だ。


「思った以上に幼くなってしまいましたね……」


 最年少というのは、リベルの世界だけの話ではなく、ミレイの世界においての話かもしれない。彼女の基準からも、大きくかけ離れているようだから。


 しかし小柄な肉体に反して力はみなぎり、幼い非力さとは無縁であった。


「ありがとう。礼を言う」

「では、またいつか会いに来てくださいね」

「ああ。行ってくる」


 リベルは歩き出し、楕円形の空間に向かっていく。刻一刻と、その向こうに見える光景は変わり続けていた。


 これからもう一度、新たな人生が始まる。さらなる上を目指し、全身から興奮を迸らせながら、彼は進んでいく。


「さあ、やるぞ」


 SSSランク冒険者は、Sランク異世界へと足を踏み入れた。





 リベルがいなくなった空間で、たった一人残されたミレイはもう一度呟く。


「……また、会いましょうね」


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