プロローグ
目覚めると世界は灰色だった。
音もなく、自分の肉体を感じることもなく、瞬きもできない……
それなのに落ち着いていられるのは、この感覚を過去に二度体験しているから。それは軍に所属していて戦死しかけたときだった。
どうやら、またトラブルに巻き込まれたらしい。
『皆様、当機は不測のトラブルにみまわれたと判断されました。そのため乗客の皆様および乗員はマインド・アップロードされ……』
型通りの説明が続く間に自分の記憶に心を向けた。準備時間が短いほど記憶は断片化しやすい。
あんのじょう、入隊の時期から記憶が曖昧になり大学以降は穴だらけだ。
妻と子がいたのは確か――確かだと思うが顔さえ思い出せない。
『そのため救助を待つ間の仮想空間での生活中に記憶の収集をして頂く必要があります。全員に同じ世界で活動していただくため、アンケートを取り……』
電脳内に収納された人格は放置されると希薄化し消滅してしまうので擬似的な肉体感覚をもたせて活動させなければいけない。
また今回のように複数の人格が混在する場合は架空のアバターでないとリアルに戻った時なにかと差し障りが生じる。そのためある種ゲーム的な世界観が選択されることが多かった。
集計の結果、まあ仕方がないのかもしれないが、剣と魔法の世界が選ばれた。
キャラクターを選ぶときは記憶欠損が多いほど選択肢が少なくなるようだ。
それほどの間をおかず自分のアバターと思われるものが空間に浮かぶ。
ポインターを思考で操作し確認したステータスは。種族、人。職業、農民。性別、女。残念なことに名前以外変更不可であった。