続 乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢が、婚約者をヒロインから――あ、やばい、BL物だこれ。
前作を読んでいただいた方が分かりやすいです。
どうしてBLもののキャッチコピーって、あんなに引き付けるものがあるんでしょうね。
あのセンスが欲しいです。
公爵令嬢のロザリアには悩みがあった。彼女には、前世の記憶が備わっている。その前世の記憶によれば、今いるこの世界は、ある乙女ゲームの世界とまったく同一なのだ。
このゲームのヒロインは自分ではない。彼女はいわゆる、プレイヤーの目的達成を妨害する、お邪魔キャラだった。いわゆる悪役令嬢。
しかしただの乙女ゲームならば、彼女がこれほど悩むことは無かったかもしれない。そう、この世界には一つ問題があったのだ。
その問題とは何か。それはこの作品のヒロインを見れば、すぐに理解できる事だった。
「そういえばロザリア、クリスが君を晩餐に招待したいと言っていたよ」
ロザリアの兄、ラインハルトが言っているクリスという人物がこの世界のヒロインだ。しかしながら、ロザリアはクリスと特に仲が悪いとか、いじめていると言うわけでは無かった。むしろ逆である。
「お前たちは婚約者どうしなんだから、誰にはばかることも無い、行っておいで」
クリスはロザリアの婚約者だ。そしてこの国の王子でもある。――そう、クリスは男性だ。しかし驚くべきことに、彼は、この世界におけるヒロインでもあるのだ。
この世界の元となったゲームは、一国の王子クリスを中心に繰り広げられる、男同士の性の饗宴――すなわち、18禁のBLゲームだった。題して、『狙われた王子』シリーズ。このゲームの主題は、よりにもよって婚約している王子を婚約者から略奪する、いわゆる「寝取り」であった。
ロザリアはこの世界にとって完全なる悪役だが、さりとて絶対必要な存在でもあった。何せ彼女がいなければ、「寝取り」は成立しないのだから。
それを思い出したロザリアは、このくそったれな世界に反抗するため、そして愛する王子の貞操を守るために、今日まで東奔西走してきた。
東に王子に媚薬をもる鬼畜眼鏡教師がいれば、行って叩きのめし、西に王子によって性の芽生えを覚えそうな少年がいれば、行って女の子の方がいいぞと言い、あらゆる方法で王子の立てるフラグをへし折ってきた。
「そうですね、そうしますわ。王子にお返事を出さないと――」
その甲斐あって、王子とロザリアの健全な交際は続いている。フラグさえ立たなければ、王子はその道に目覚めないのだ。
「ああ、そうだね。召使のジェルマンに届けさせよう」
「ダメです、エミリアに届けてもらいます」
「え、なぜだい? どうしてわざわざ……?」
兄の言葉を、足下に否定するロザリア。おや、何かまずいことを言ったかなと、ラインハルトは首をかしげる。メイドのエミリアより、男のジェルマンの方が、配達には適役だろうに。
「ジェルマンが、王子に手を出す可能性がありますから」
「……え?」
「ですから、郵便を届けたジェルマンが王子に会うと、フラグが立ってしまうのです」
「フラグ……? ロザリアは何を言ってるんだい? ああ、だったら私が届けてこよう。王城に寄るついでもあったことだし――」
「ダメです。お兄様まで、そんなに王子とフラグを立てたいのですか!?」
「え!? だからフラグって何?」
ラインハルトにとって、最近の妹の奇怪な言動は頭痛の種だった。事あるごとに「前世の記憶が――」と訳の分からないことを言い、突拍子もない行動にでる。
また、妹はなぜか、婚約者であるクリス王子に近づく男に対して、非常に厳しい。もしこれが、王子に女性が近づくことを嫌うのであれば、若い娘の嫉妬として、まだ苦笑して受け流すことができたかもしれない。
「はぁ、意味の分からないことを言ってないで――」
「お兄様が私の手紙を持った状態で王城に行くと、25%の確率で会話イベントが発生し、『ライ×クリ』ルートへのフラグが立ちます。さらに好感度が一定以上だと王城で一晩泊まるように引き留められ、浴場で湯浴みをする王子と遭遇する追加イベントが発生します。その時お兄様の鬼畜度が10ポイント以上蓄積されていると、王子の濡れて火照った肌に欲情したお兄様が我を忘れて王子に襲い掛かるシーン差分が見られるのです――さあ、これでも王城に行きたいとぬかすのですか!?」
「いや、襲わないよ!? あいつは私の後輩で、ただの友人だからね!?」
「ただの友人だと思っていた王子に性的な興奮を覚えている自分に気づいて、その夜はかつてないほどに燃え上がるのですね」
「何をいってんだよ! 言いがかりだよ! そもそも『鬼畜度』ってなんだよ! そんなものが私に蓄積されてるの!? 怖いんだけど!」
「はぁ、大体ロザリアは、どうしてこう未来のことを、見てきたように話すんだい?」
偏った情報が多いが、確かにロザリアの言うことはよく当たる。気味が悪いほどに。――まさか、本当に前世の記憶などというものがあるとでもいうのか。
「お兄様もご覧になります? これから起きることは、おおむねここに書かれています」
ロザリアが、手製と思しき分厚い資料をラインハルトに差し出す。表紙に丸文字で『攻略本』と書かれた本のページをめくるラインハルト。そこには様々な出来事が、日記のように書かれていた。
「これは何だい? 日記? 何々――〇月×日 皇太子と王子が街で出会う。上選択肢で鬼畜度+2 調教度+4 △月〇日 狩猟中に嵐に遭う王子。騎士団長の好感度50以上の時、森の小屋でスチルイベント 騎士団長×王子 後ろから。 ――いや、違うな、黒魔術の書か何かだな」
ラインハルトには理解できなかったが、そこに書かれた内容から漂うオーラは、日記と言うにはあまりにもおぞましいものだった。ここには将来王子が遭遇する可能性のある出来事が、ロザリアの手によって列挙されていた。
ラインハルトの言も間違っていない。この本はある意味、強力な腐敗の黒魔術によって構成されていると言える。ロザリアが元いた世界では、このような魔術書が巷に氾濫していた。
「ここの、12月なんか、皇太子に王子が妊娠させられるって書いてあるんだけど……。ロザリア、いいかい? そもそも男は妊娠しないんだ」
「はんっ。お兄様、遅れてますのね」
妹の性知識のなさを指摘したつもりのラインハルトだったが、鼻で笑われた。やれやれと両手を広げ、あきれたように首を振るロザリア。
「今日び、出産シーンの一つくらい無いと、ニーズに対応できないのです。その程度のことで驚いていたら、この業界では身が持ちませんよ?」
「業界ってなんだよ……」
「とにかく王子を狙う男性は多いので。私の研究によると、どうやら王子は生まれつき、近寄る男を鬼畜攻めにしてしまうフェロモンというか――魔力のようなものを大量に発散しているようなのです。チートですわね」
「何その能力……」
「これをお読みくだされば分かりますわ。私がまとめたものです。差し当たってこれが今、私が対処しなければならない要注意人物たちです」
そう言ってロザリアは、『攻略本』のとあるページを開いた。
どれどれと目を落とすラインハルト。そこには様々な人間のプロフィールが、つらつらと書かれていた。
――――――
★一部登場人物紹介★(byロザリィ)
ガイウス皇太子(18):
隣国の皇太子。俺様暴君系のイケメン。遊学に来た学園で王子を見初めた。王子を我が物にするため皇位につき、王国を侵略する。
王宮の天才魔導士エメリッヒ(23):
眼鏡で白衣のマッドサイエンティスト系イケメン。魔術を駆使して王子をおもちゃにしようとする。特技は触手の召喚。
貴公子ラインハルト(18):
さわやか笑顔の知的なイケメン。ロザリアの実兄。
王子を狙っている。
魔王アスモデウス(7518):
学園の地下に封印されている魔王。人類の滅亡と王子の支配をもくろんでいる。
騎士団長ルドルフ(31):
筋肉モリモリマッチョマンの変態。剣の稽古と称し、たびたび王子にボディタッチをする。やたら王子に筋肉を付けさせようとする。
当然王子を狙っている。
庭師サムソン(40):
笑顔がどう見ても不審者な、肥満気味の中年。常に汗まみれでタンクトップを着ている。
やはり王子を狙っている。
――――――
この他にも大勢の人物が列挙されている。これを見て、ラインハルトの頭痛がさらにひどくなった。もはや自分の名前が当たり前のように記されていることには、あえて突っ込むまい。
「見過ごすことのできない情報が幾つか含まれているが――。え? ガイウス皇太子ってあの? この国を侵略するの? それにこの魔王って何? そんなものが学園の地下にいるなんて、聞いてないんだけど」
「魔王は隠しキャラですから」
「そんなもんは永久に隠しとけ!!」
「まあその辺のキャラはいいのです。もう対処ずみですから。魔王は私が倒しましたし」
「ええ……、何それ……。で、ではガイウス皇太子は? まさか本当とは思えないが、帝国がこちらに攻めてくることがあるというなら、父上にも相談しないと――」
「それも問題ないです。あと数日あれば、私の訓練した特殊部隊が、帝国の首都を堕としますから」
「まじで!?」
これも前世の経験が生きたから、できたことですわねと微笑むロザリア。我が妹は、前世で一体どのような人生を送ってきたというのか。
「それにこれ――サムソンって、うちの庭師のサムソンのこと? ひどくない? ロザリアは彼に恨みでもあるのか?」
「彼は健康的なショタだったころの王子に一目惚れして以来、王子を狙っているのです。この屋敷に庭師として雇われたのも、間接的に王子に近づくためです」
「――いや、いくら何でも言い過ぎだ! そんな偏見でものを言うなんて――長年我が家に尽くしてくれている彼に対して、申し訳ないと思わないのか!」
ラインハルトが敢然と抗議する。ここまで他人を悪しざまに言うとは……。そうでなくても最近の妹の言動は度が過ぎている。ここは兄として、何としてもたしなめなければならない。
兄の剣幕に対してロザリアはひるんだ様子もなく、優雅に紅茶をすすりながら、ぱちんと指を鳴らした。
「お嬢様、お呼びですかい?」
「え、な、なんだサムソン、どこにいたんだ。え、そのぱちんって鳴らすやつ、お前たちにはそれで通じるの?」
大男がのっそりと入って来た。ラインハルトはうろたえている。
「ここで実際に、ゲストとして庭師のサムソン君に来てもらいました。サムソン君、質問です。正直に答えてください。……あなたの好みの男性は?」
「ぴちぴちの美少年ですね。10~12歳くらいが、肌に張りもあって最高です」
サムソンがさわやかな笑顔で答える。――いや、さわやかと言うのには語弊があった。この笑顔の男が公園でベンチに座っていたら、間違いなく不審者として通報されるだろう。子供を遊ばせている母親は、そろって家に逃げ帰る。そして周囲の小学校に、生徒を集団下校させるように通知が出される。
だが少なくとも、その目に偽りはない。彼の目は、真実を語っている漢の目だ。
「ちょっと待てぇい!! サムソン!! お前は何を当たり前に答えてるんだよ!? 何でお前はいきなり、自分の危険な性的嗜好について告白してるんだよ!?」
「次の質問です」
「聞けよ!!」
「王子は今年で17歳です。あなたの好みとはマッチしないようですが?」
「いやあ、そこはあれですね。怪しい魔術師から相手の歳を10~12歳にする薬を譲ってもらったので、それを使って楽しみます」
「なるほど」
うんうんと頷くロザリア。
「何納得してるんだよ! そういう薬って違法じゃないのか!? そもそもそんな薬ってあるの!?」
「まあ、別に17歳でもいけますがね」
「そんな事は聞いてねぇよ!!」
「最後の質問です。――私の兄を見て、どう思いますか?」
「だから何を質問してるんだよ!? サムソンの好みは王子なんだろ!? だったら私に興味なんかあるわ……け…………。おい、どうしたんだよサムソン。……こっち見るなよ。……何とか言えよ!」
沈黙したサムソンがじっとりとした視線で、舐め回すようにラインハルトを見る。だんだんと鼻息が荒くなり、目が血走ってきた。紅潮する肌に、首筋を流れる汗。
「――いいですねぇ。滾りますよ」
舌なめずりをするサムソン。
「はい、どうもありがとうございました。お帰りいただいて結構です」
「ウッス、お嬢様」
頭を下げて、のそのそと部屋を出ていくサムソン。
「おいちょっと待て!! 最後なんつった!!」
「『ウッス、お嬢様』ですわ」
「その前だよ!! 滾るって何!? どういう意味!? 何が滾るの!? 家の中に不審者がいた!! 誰か!! 誰か来てくれ!! 助けて!!」
「お兄様、彼を責めてはいけません。彼もニッチな嗜好を持った淑女たちのニーズが生み出したキャラクター――すなわち、ある意味で犠牲者なのです」
取り乱す兄の肩をぽんぽんとたたき、そう諭すロザリア
「その前に、このままだと私が犠牲者になるよ!!」
「ですが今はそんなことよりも、もっと優先すべき事がありますの、お兄様」
「いやー、私にとってはこれが最優先すべきことだと思うなぁ。お兄様は今、かつて無いほどの危機感を抱いているよ? ロザリア」
「とにかくこれでお分かりになりましたかしら。モブとは言え油断はなりません。この国の男は、全てクリス王子を狙っていると言っていい」
私から王子を奪おうとするものは、誰一人許しません。そうつぶやくロザリアの瞳に宿っているのは、まさに阿修羅。
「まあ、それはそれとして、私は愛しい王子様との晩餐に出かけてきますわね」
今夜は帰ってこないかもしれませんが、ご心配なく。そう言って、娘らしさを取り戻したロザリアは出て行った。
ロザリアが去った後、ラインハルトは一人部屋に取り残された。首を振ってつぶやく。
「どうしよう……。妹が分からない……。 ――ひっ、今窓の外にサムソンがいたぞ!? こっち見てなかったか!? 怖ぁ……」
自分もだいぶ妹に影響されているのかもしれない。しかし、いつから彼女はあんな風になってしまったのか。悩みながらもロザリアが置いていった『攻略本』を片付けようと、それを手に取った時、一枚の紙が滑り落ちた。お手製のチラシのようだ。
「ん? なんだこれ」
―――――
★次回予告★
『狙われた王子』シリーズ第三作は、悪役令嬢の兄ラインハルトを主人公とした番外編! 新規登場キャラ多数! イベント総数300以上! 総受けになったラインハルトが、国中の男たちに調教される!
普段はさわやかな顔が、快楽に歪み懇願する!
「サムソン様……どうか入れてください」
―――――
「……なんだこれ」
こうご期待。
オチが思いつかなかったです。