第六話 竜頭げきしゅ
草野風さんと背高さんは、その翌日の朝、洋洋村を後に帰って行った。
僕は、蜜柑の間の新たなパズルに挑戦している。
部屋に戻る度に、壁やテーブルに置かれた謎解きが変わるが、常に蜜柑は問いに使われており、考えていると窓にビンズイが飛んで来て、ツイツイ鳴くので、管理人さんから草の実を貰い窓枠に捲き、紅悠さんのやっていた様に指先で整列させた。
木の形に板がくり抜かれ、丸い木のチップが並ぶ。
それを取ると、その下に数式が書かれていた。
「杉算」とあり、ピラミッド状に数が並ぶ。先頭には、「1=1」二段目 には、「1+2=3」
ピラミッドは広がり、七段目、
答えが28になるまで式が書かれていた。
一から百までと自然に足して行く。
一段足せば良いわけだ。
僕は、ピラミッドの段の積み方は、土整さん他、三人が抱えていた丸太である事。ぼくは、そう考えた。
そして、木枝を裏返しにすると
「3²+4²=5²」
次に数の自乗の式が並ぶ。
「10²+11²+12²=13²+14²」
倍数を考え足して行くが、五段目でおかしくなった。
「七段目の式をコタエヨ。」
公式などは頭に浮かばず、ひたすら掛けて足す。
段と数字の数を掛け、数え、なんとか七段目の答えを解いた。
そうなのだ、数が段になり、増えていくのは水田なんだ、きっと。
部屋に散らばる計算だらけの紙の上に寝転んで、
イチ・ニ・サン、
と三角形を空に書いた。
二つ合わせれば四角形。二つの角を自乗すれば角度は同じ。ぴったりと狂いは無い。右と左の式の答えは同じだ。
正確に物を創る為に必要な計算と、目付花絵文字を半分にし、何番目に洋洋絵文字があるのかを当てた文字遊び。
だとすると、、、、、、。
僕は、鞄からあの箱を出し、水門へ向かう事に。
梯子を降りると、管理人さんが出てきたが「紙に書かれた式を渡して下さい。」と言うので、再び部屋に取りに戻る。
「九万四千ニ百二十ですね。
正解です。」
「あの、水門近くに、甘臓さんがいると聞きましたが、どの辺りですか?」
「まっすぐ進んで下さい。円形広場の中心を通って、そのまま直進し、円形を割って進んで下さい。まっすぐね。
それと、二千五百円ね。」
もし、正解していなかったら、僕はどうなっていたのだろうか?
蜜柑の間に居残って、蜜柑三昧なんて事もありえない。
それでは、ヤギ部屋と同じだ、、、、。
同じ?なのか、いや違う。
自分に問い掛けながら直進し、
走って行くと、絵イスの周りでまた数人アクロバテックな彼女達。
柔軟なステップと変拍子で
不思議なテンポ。
僕は、それに合わせ、
三拍子。
リズムのイメージを頭に保ち、そのまま林へ進んで行ったのだった。
浅葱さんに出会ったのは、林の中、木を打つ音の方へ走り、
甘臓さんだとクマゲラを見つけ、木に止まる姿を眺めていた時だった。
太刀を振り、木剣の練習をしている。
すり足で空を切り、風を起こす。
鋭い眼差しで、目には見えない空を切っていた。
「分割っ分割っ、突き振り、かざす。軸を、知りて、伸ばせよ、割れよ。」
浅葱さんは、河童では無く、目の周りが真っ赤に染められた、キジの面を付けていた。深緑色に胴着に、紺色のほっかむりをしている。
「ケーンと、素手で、組み合わせを頼もう、ハッハッ、片足コンパス 。」浅葱さんは、ザ-ッと円を足で回転し描くと
「君も円を描いて下さい。」
中心に剣を置き、直径を測り、どれだけ正確な円が描けたか比べてみた。
「私の勝ち。君は右利きですね。左側の柔軟性と、背面飛びが必要ですよ。」
そう言うと、僕を後ろ合わせに背に担ぎ、腕を組んだまま、林の中を走り始めた。「いきなり何をするんですか!?」
「軸の調節です。あなたの向かう先はどちら?」「荷車を造っている甘臓さんの所へ。水門の近くと聞いたんですが、円形広場の中心を通って行けと言われまして。」「どなたに?」「管理人さんです。」「剣術は?」「知りません。」「剣士でも無く、私と腕比べとは、
度胸試しか、甘臓の所へ参る前に、
手合わせをさせと、頼まれましたか。」
浅葱さんは、背から僕を下ろすと
「黄金比に近づきましたよ。
君は、左右のバランスが悪い。上下は美しいですけどね。」
それで僕は、左右に水の入った桶を担がされ、林の奥に置かれた細い平均台の上を
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一滴もこぼせば、他人の肥やし
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頭ひねって、水が出る
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明日の水は、今の水
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などと貼られた木々の間を歩き
「五感頂点、アイディアあれど、五体動かば、地に行けず。」
浅葱さんは、甘臓さんの所へ案内しながら、剣の道へのその一と、時に風を切り、構え、草をバサッと一刀両断。
「剣突をくわすのは、最期なれど、腫物にさわるなよ。」
「時に道を作り、進もうぞ、ケーン。」
と、道なき道の荒れ野原を、剣で切り倒しながら歩いて行った。
「毒を刈り、毒を知れば、毒に負けずと。甘臓に会いて、君は終われるのか!」その時、荒れ野原が岩になり、辺り一面オレンジ色に光り群がる、恐ろしい程の数の鹿が走って来た。
「角で向かわれ、君はこの剣を使いし、鹿を倒すも、蝸牛角上の争いと、大世界を知らずして、小当山頭首になるが、果たして、己の定めか!?
目指し、目がけたる事か?!後悔先に立たず、向かえ撃てよ。」
物凄いスピードで、岩石を蹴り上げ鹿が走る。
一匹の鹿が空に高く飛び、一瞬、一歩先に河童の顔と剛駿さんが目に映った。
「ケーン、ケーン、、、、、、、、。」
キジの鳴き声が空高く響く。
浅葱さんは
「甘臓は、すぐそこにおりますよ。ご自由に。」
僕はその時、目の前にいる甘臓さんの所には行かず、キジの浅葱さんと、一匹の鹿を木で担ぎ、林の中を歩いて行ったのだった。
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「鷹場」と呼ばれる林の中の一角に辿り着くまで、一体どれだけの時間が経っていたのかは、僕ははっきりと憶えていない。重い鹿を担ぎ、肩と足は二倍に膨らみ、疲れ果て、もうろうとしていた。
鷹場は長屋になっていて、四、五軒の家がくっつく様に建てられていた。
間口の広い中央の家の前に浅葱さんと鹿を運ぶと、子熊が出て来た。
「いらすかな?富木菟さん、たのもうかぁ。」
子熊は大きな鹿を見ると、小走りで外へ飛び出して行った。
部屋の奥からも、子熊が二、三とこちらを見ている、、、、。
僕は、鹿を捕まえた事と、重さの限界で、体の震えが止まらず、子熊に呼ばれると、後ずさりして
「ケリッケリッ」
と訳の解らない言葉を口ずさんでいた。
「もう少しですよ。きちんと支えるように。現実的な判断力を持って下さい。鹿をよく見る、固定された記憶のリズムを崩す!
ホロニックが強いと、情と感性でまどわされますから。腹に力を入れ、大きく見よ!」
「これは大仕事だ、さぁどうぞ、木台に寝かせて下さい。」
「日暮れ花はございますか?」
富木菟さんは、大きな布を広げ、その上の鹿を縄でくくった。そして、子熊が水の入った桶に灰を入れ、練り始めた。
そのペーストを鹿に塗りたくると、富木菟さんは、剃刀で鹿の毛を刈っていったのだった。
「死んでない?」
「木剣で、気を失わせ、日暮れ花を被せていましたから、今は寝ているだけです。」
丸刈りにされた鹿に触れてみると、肌は温かかった。鷹場の子供達は、熊鷹テンピンさんの子供達で、皆お手製の七つ道具を肩に掛け、珍しい品々を見せてくれた。
一つは、野兎の真珠と呼ばれ、ある日突然、体から出した物らしい。
次に、海ほおずきの化石と言って、丸い木の実を持っていた。
でんでん虫の殻、菊の花だんご。山葡萄の枝蔓で編んだカゴを持ち、ハヤブサの口ばしを指の先に付け、小さな干し葡萄を、僕に食べろと差し出した。
何故か外国のコインを一枚持っていて、山から掘り出した金だが、使う物では無いと、大事そうに首に下げてある袋に終った。
熊鷹テンピンさんと富木菟さんは、刈り取った鹿の毛を洗い終えると
「浅葱の冴え技で、ケガも無く、山へ帰りましたよ。
機場へ、はせ参上致しますが、瑞枝子は、このお話しを引き受けたと。驚きましたね。」
「草染め場におる者も、喜びますでしょう。ただ、草の流れが変調するのを毛嫌いする者も。
瑞枝子がこの作にかかれば、洋洋の芸杯と、染め場の空気も動き、美の魂魄と、再び以前にも勝る感嘆の声が聞かれるでしょう。」
「テンピンは、柿色の首巻きを気に入って、肌身離さずと、ボロ宝布、汗拭いの洒落商人、明日は峻厳の山へ走り、術品福品当たり品、らんるまとうも、ランチ操して、キャプテン怪童七つ道具の、立て看板、振り上げると揚げ巻ヒットで取越し苦労が多いもの。あまりの在庫は何処へやら、棚下ろしのたたき売り!たまには、私の、太刀捌きで、綺麗さっぱり、小口に別け売り、子熊にべべでも新調したれよ。」
浅葱さんは、木剣を振り、また剣の稽古をしながら話していた。
テンピンさんの横にいた子熊は、それを聞くと、頭の上に巻いていた髪を解き、毛先を揃えると綺麗に結び直した。
「浅葱は、切れ味良いが、浪士侍でアチャラカ大袈裟な事を言い過ぎますから。鷹場も鷹場で、はやぶさには越されまいと、四方へ飛び、この品々を毎度、毎度と感謝して下さる客人は、大勢おりますからな。
まだまだレンズは濁っていませんよ。浩然の気を養う為にも瑞枝子には氈鹿織りを伝承し、鷹場の私共、この長屋安気、一昔以前の活気を戻しつつ、天機を随従して参りたいと。」
富木菟さんは、小柄な人で、フサフサとした頭に、長い耳の付いたフクロウだ。
ほっぺたがぷっくりとした愛嬌のある顔立ちで、くりっと丸い瞳が柔らかく笑っている。頭の上のフサフサ耳を繕いながら野太い声で話す。
「ぼろ着て奉公、ぼろ着て奉公と富木菟さん、洒落なのか、穴開きの継ぎはぎが次々増えて、初めの型とは違う装束になっていますよ。」
テンピンさんは、黒黒とした髪を短く逆出て、中央には前面に尖った帽子を乗せていた。
子熊はとにかく重ねられた衣装を毛羽立ち着込み、ボロ儲けの悪だくみは、世に多ければ余り散る。俺の見つけた天物は、人々が願っている物なんだと、小さな白い塊を見せた。
「蜜蜂の巣から、蜂蜜、蜜鑞が取れましてね。燈りを創る事も出来、身体にも良い。」
大きな木箱の蓋を開けると、四角く切り分けられた蜜鑞が、転がっていた。
一塊取ると
「これで、ざっと二千五百円。」
海ほおずきの化石と言っていた丸い木の実が串に刺さった木枠のそろばんを持ち、子熊は僕に営業して来たが、葦編み帽から葦を一本引っこ抜くと、
自分の頭に結び、「ろうそく屋が儲かるのは、夜と決まったわけじゃない。俺が頭に山を下れば、葉っぱと混ぜて虫除け剤。照る照る坊主のてらてらで、パリジェンヌの油絵の具とエアーメールにスタンプ押して、ヨーロッパへ飛び跳ね向かえば、カトリーヌ・ドゥヌーブも大喜びの、満員御礼蚤の市。ジャンは俺にこう言った。
《鳥は少しずつ自分の巣を作る。》
それでは蜂の奴らも、せっせと我が家をこしらえてるのに、お前はなんてひどい奴なのさ、いえいえ、俺もこつこつと、新居を作って引っ越し屋、蜜蜂蜜月喜んで、俺にお礼の花団子。花守、ガボット天然花壇。ついでに滑らか花オイル。《ムッシュ蜜蜂、私の城へ参りませんか?》
と蜜鑞ケーキの三段重ね、俺は花スミレの蝶ネクタイに金糸の刺繍をほどこして、スグリのマントをひる返し、さっそうとお届け致しますれば、
城が大変輝きましたと食事をどうぞご一緒に。
俺は揺れるフランボワーズに、モディリアーニを見た。」
子熊は、海ほおずきのそろばんを、小粋に弾き蜜鑞を空にかざした。
「蜜鑞熱もほどほどに、照葉狂言はおよしなさい。ひねこびれていては、笑われますよ。夢の中を翔るのもいいですが、まずは、この鹿毛をお届けする事が先。」
富木菟さんは、子熊から蜜鑞を《ミツロウ》取ると、鹿毛の袋詰め作業へ連れて行った。
子熊達は、広げてある鹿毛を量り、それを一枚大きな紙に包み、空気を入れ膨らませると張ってあるヒモでくるっと口を閉じ、風船玉を作っている。
手際の良い流れ作業で、
完成すると最後に
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鷹富浅
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と彫られた木のスタンプを押し、束ねた。
「さて、急がねば。富木菟と私で参りましょう。浅葱は休まれた方が良い。」「子熊を連れて行っては、どうか!そろそろ染め場の風、所を得た者の姿など、知るのも良いぞ!」「そうですな、残部も多少なりとも見て頂きたいですし、連れて行きますか。」
「私は、木剣の手入れと、鷹場におりましょう。」
浅葱さんは、子熊達と長屋に向かい、荷をいくつか配ると、毛羽立った衣服を脱がせ、柿色のマントを羽織らせた。
子熊達は、それぞれに荷を身体に結び付け
「純絹のシャツ一つ。」
「フェアリーマネーで、アイスクリーム。」
「ピコットスカートに草入り水晶。」
「俺の金貨を見せてやれば、良い事があるだろう。大丈夫。七つ道具を忘れるな、鷹場の商品として、渡された品、気に召される様、心を込めて歌うのだ。」「お金は貰うの?」「もちろんだ。遊びではないのだぞ。商人として誇りを持ち行くのだからな。」
リーダーと思われる、そろばん子熊を先頭に、皆で話し合いを終えると、
準備は整った。
「君も行かれますか?」
「えっ?あ、、、、、染め場へ、ですよね。僕は、、、、。」
「鹿を追う者は、山を見ず、と。」
「河童に会いに、、、、いや、甘臓さんです。剛駿さんの出発に間に合えば、いいんですが。」
「出発?」
僕は、草野風さんの桔梗公演と剛駿さんの石像の事を話した。
「それは、それは。百花、百万人と大勢の人間が集まりますではないですか!」「何日の何曜で?」
「いや、詳しくは、、、、、確か二十日後と、、、、、。」
「良い話を聞きましたな。鷹っ飛び、超発動!我らも喜産し、ぐるっと黄金の矢を掲げさせて頂きますよ。」
富木菟さん、熊鷹さんと子熊達は、その後、沢山の荷を背負い、地を高く蹴り上げると、林の間の木に掴まり、風船を上げながら、滑る様に飛び、染め場へと送り消えて行った。
僕は、甘臓さんの所へ向かう為、一人、浅葱さんから渡された、林地図を頼りに細い道を走った。
僕の足音が林の中を響かせる。
延延と続く一本道だ。
走って行くと、第一ポイント。太くなった道が二手に別れている。そこに、洋洋絵文字が現れた。
「心音」
ココロだ。
僕は左折し、再び走った。
次に、少し空間のある場へ出た。
第二ポイントだ。
そこには、絵文字が二つ
「生地」だ。
右手の先にいくつか新芽が植えられている林道があり、僕はそこへ走った。
次にはいくつも道が広がっている場に、二つの洋洋絵文字。辺りはどこも同じ道だ。
第三ポイントで文字をなぞり「空楽」と気付き上を見上げると、高く木枝に
「ハチミズ休憩所コチラヘ」と看板が掛けてあった。
僕はその看板の指す方向へ、走って行った。
林地図の第三ポイントには、四角い箱が建っていて、入り口には、パチンコのレバーが付いており、それを弾くと天井へビー玉が流れ、音が鳴り始めた。
三拍子だ。
そして、壁の奥には大きな一枚の絵。
細かに花の絵が描かれている。
短調なリズムは、落ちたビー玉がガラス板に当たり澄んだ音が響いているのだ。
「ウカビヨミトキナニガミエルカ。
コウサシ、ヘイコウヲタモテ。」
絵の正面にはイスが一脚。アームの先に、水風船がいくつか乗っていた。
それを針で刺し割ってみると、中からは水まんじゅうが出て来た。
透きとおった皮から花が見える。八枚の花びらの下には、こしあんが入っていた。丸い小皿と四角い小皿が置いてあり、丸い小皿に入れれば水まんじゅうは丸く、四角い小皿に入れれば、水まんじゅうは、四角くなった。
つるんと一口で食べ、僕は暫く、正面の絵を眺めていた。
目が中心に寄り、何故か花の絵が動き出す。頭の中が真っ白になりその絵の先、遠い先を見つめていた。
イチ、ニ、サン、ヒ-フ-ミ。
三拍子が鳴り、再び花の絵に目を向けると、絵から何か透明の形が浮かび上がって来た。
僕に迫って来るその形は「鼻」だ。鼻?
花で鼻。とはおかしなものだ。
思わず自分の鼻を指し、
ヒ-フ-ミ-と三拍子。
これは、、、、、、、「自分だ。」
ビー玉の三拍子の音が止み、イスから立ち上がり出ようとするが、ドアが開かない。
振り返り箱の辺りを確認すると、天井は斜めに傾き、部屋全体が三角形になっていた。
天井なのか、壁が下がって来たのか、元々なのか、?
絵も、イスも、そのままの状態だ。
ふと、床の隅を見ると長い二股に矢の付いたかぶら矢が置いてあった。
行司さんの持っていた物と同じだ。
斜めになっている壁の中心には、二つの穴が開いていて、僕はかぶら矢を取ると、矢の先を穴に当て、思いきり上に押し上げた。
すると、斜に傾いていた壁が凹み、上へ押し上がり部屋が四角く広がっていった。
「カチッ」
壁に収まると、また天井に穴が開いていているのを見つけ、その周りには二つの丸。
すーっと静かにこちらを見つめる大きな目が現れて、さわさわと穴からは光りが差し込んできた。
光の当たる先には、七本の拍子木が並び、僕はイスの上に立つと、天井にある目に、拍子木をはめ込んでみた。
すると今度は四拍子。
余った一本の拍子木を持ち、再びドアに向かう。
四角い拍子木を取っ手の鍵穴に差し込み、
イチ、ニ、サン、シ、
ドアは、開いた。
開いた先には
=============
甘臓臣道ここにあり
=============
と立て看板。
林地図の第4ポイントは、まだ先だが、僕は探すべく臣道を走って行った。
林の中には凸凹と枕木が埋められており、軽快に飛び跳ね先を急いだ。
が、四拍子、四拍子、四拍子、三拍子?
、、、、無い。
次は二拍子、とテンポが変わり、ズレてきた。
不規則に並べられた枕木を跳ねて、跳ねて、跳ね進む。
道の先には急な階段があり、そこへ上がって行くと、その場所は広々と見晴しの良いなだらかな斜面の高台で、左右には林が見える。
前方には草が伸び、進んで歩くがチクチクと衣服にトゲの付いた葉がくっついてきた。払っても取れず、草を掻き分け歩く。
着いた場所には「めだかもトトノウチ。」とあり、広大な山々の景色が広がっていた。
このフレーズは、洋洋に着いた時の落語家さんの言葉だ。
美しい景色を眺めるが、甘臓さんはおらず、何か林の中動いているモノが見え、思わず
「甘臓さーん」
と大声を出していた。
階段へ戻ると下方にはハチミズ休憩所の建物が見え、その屋根には
「身」の絵文字が描かれていたのだった。
枕木が不規則になっていた所に、良く見るともう一つ道があった。
下ばかり向き、枕木ばかりに目が寄っていたようだ。
「鼻」が見え、自分は今この、矢の道へ。
甘臓臣道とは、油断大敵雨あられ、迷う者は路を問わずだ。気は抜けない。僕は林地図を見直した。
かぶら矢だろうか。いや、大きな槍だ。
槍が道の両側にあり、道幅も広く、図太い枕木が並ぶ。
林地図に印された横線は、この枕木の事だろう。
この林地図のポイントは、全部で四ケ所あるので、この矢は甘臓さんの所という事になるが、この地図には曖昧なポイントが印されているだけで、円形広場も水時計も無く、枕木の横線と、林、そして蛇口が印されているだけだ。
蛇口とは?
可笑しな印だが、僕は疑いもせず、甘臓さんの所だと確信した。
もうすぐだ。
しかし、槍が立ち並び、威嚇されているのか、熱帯植物のような大きく咲いた百合の花。毒々しい色合いの草の実と、時折大きな声で鳴く野鳥に、動き体温が上がった自分の身体で、何処か別の南の島国に来ているかの錯覚を起こしていた。
「こっちこーい、こっちこーい。」
何かが呼んでいる。
そして、
「相撲、相撲スモール、残った、ヨーイ。ナッツクリーム!ソバ、ソバ、ソバ、ソバ、!」
行司さん?からくり煎の人だろうか、、、、?
その時、足元に一匹のミミズ。
二匹、三匹、四匹と、だだだだっと僕の身体に飛び付いてきた。
虫酸が走るどころでは無い。
払い除け飛び避けるが、ミミズは増える一方だ。身体にまとわり付き、離れない。
ミミズで身体中を覆われ、足も取られ、身動きが取れなくなってきた。
「コッチコーイ。コッチコーイ。」
何なんだ!?これは。
呼び声の方へ振り向くと、巨大なプロペラが林の奥から現れて、地鳴りが響き、木はうねり、轟音と共に強風が吹き荒れた。
僕は、必至に槍にしがみ付く。暴風の嵐で、木枝や土が吹き上がり、バサバサと黒い大量の鳥がこちらに向かい飛んで来るのだ。
「うわぁぁぁぁ。」
頭をすれすれに鳥は飛び過ぎ、爆風が止むと、身体に付いたミミズは後方に散らばり、飛び落ちたミミズを、沢山の鳥達が食べていた。
鳥は、小振りな黒白の羽を広げ、軽快に啄むと、再びさぁーっと空へ飛んで行った。
辺りが静かになると「コッチコーイ。」
またあの鳴き声だ。林の中の茂みを小走りで何かが横切り、チョロチョロ走っては止まり「コッチコーイ。」
さっきの疾風で、雲は流れ、強い光が差し込んで来た。
ボサボサになった葦編み帽と髪を直し、地図を頼りに歩き出す。
「コッチコイのうりうり坊主、かまいたちでパカッとジューシー、猛進ちみちみ、鼻づまり。」
少し進む度に、声が聞こえる。
「コッチコイの上手い、上手い。スズメさん運んで来たヨ。」
何なんだ!これは。チョロチョロ遠くを走っていた影が、近くなるが、素早く林の木々を横切り、姿がなかなか見えない。
「コッチコーイ。さらばえるぞ、コワイコワイ。」
進もうとするのだが、空高く伸びた林の木々に反響した声が僕の行く手を遮り、見えないのに、木の葉の数程、何かがいそうな気配がするのだ。
「コッチコーイのテンテケ、早い者勝ち、戦え、卵ピラミッド。カプリス聞いたら、おあいこよい子。」
枕木道に並ぶ槍が一本倒れており、刃の指す方に何か葉が山に積まれているのを見つけ、僕は、恐る恐る近づいた。
すると、そこには葉では無く、蛇が一匹木枝に刺さり、苦しそうにもがいており、蛇の身体はよじれ固まり、鋭い牙を出していた。
ジリジリと牙を鳴らし、身体の皮も剥げ痛々しい。
「コッチコーイ。ムクツケシ者のゆく足ドチラか、美貌持ちてゆく足キマルか、ススメススメてちみちみちみ。」
蛇に睨まれた蛙では無いが、足が固まり動かない。しかし、恐ろしい蛇も、あまりに苦しそうで、僕までもが苦しくなってきた。これは、助け出そうと思い、切って槍を持ち近づいた。
「グッ」
槍が重く、上手く蛇に当たらない。
では、刺さっている木板を動かそうと狙いを定め、渾身の力を振り絞り、木の幹めがけ突き上げた!
ぐるんぐるんと蛇は解け、足元をニョロッと一周素早く動くとその下からは、わらわらと小さな、まん丸いコジュケイが何羽と出て、落ち葉を散らし、林の奥へ帰って行った。
散らされた葉の跡に、木車が一台、蛇が箱の横でとぐろを巻いている。
中を覗くと、大きなスイカが入っていた。
これを持って行けという事だろうか、、、、?
僕は、木車を引き、再び枕木道を歩いて行った。
ガタゴトと木車を引き、進んで行くと、前方上にはミツバチの巣があった。
巣からは、黄金色のはち蜜が眩しく光る。
僕は木の葉を丸め、それを口に含ませてみた。甘く濃厚な香りは、懐かしくもあり、まさしく花の蜜。花粉はち蜜だ。木の葉の匙で、流れ出る蜂蜜を掬っては、蜂の集めた花の蜜を、思うがまま無邪気に食べる。
これは、子熊達が喜びそうだなと思い出すと、顔もほころび、気持ちも和らいだ。その蜂蜜を食べた途端、押されるように前へ前へと身体が進み、気が付くとどでかい石門をくぐって、うねうねうねり周り歩くと、ポッカリと空閑地。
轟々《ゴウゴウ》広々としたスペースに着いた。
作業場なのか、工場なのか、奥には幅広い土台に、大型の洗濯バサミが吊るされ、てこの付いた箱棚や、短いレールが敷かれている。
僕の背丈程のトンカチに、丸く削られた木玉、と、、、、、、、、、
これは巨大なケン玉!?
壮大なスケールの道具達。
摩訶不思議な仕掛けや巨大形に度胆を抜かし、
恐る恐る歩いて行くと、その巨大道具に人が寄り掛かるように仰向けで倒れているのが見えた。
大きなカラダで、
丈の長い羽織に、蚊食い鳥が転がっている、、、、。
その人は、、、、、、剛駿さんだ!
剛駿さんを見つけ、
僕は慌てて声を掛けるが、
全く倒れたまま動かない。
「虹を歩いて、酒船漕いで、酒の肴に大根かじっているもんでね。刺し身はどうだと。たらふく食べたねぇ。ここいらは、酒屋へ三里、豆腐屋ニ里で、しょうがぁないねぇ。ずーっと寝ちまってるよ。」
はっきりとした顔付きで、目鼻口と大きく、長いヒゲが印象的な河童。
その人は甘臓さんだった。
「消毒するかと、酒を用意しといたが、木車引いてスイカのお持たせでは、すだまに呼ばれ助けられたか。スイカも食ってないのに、臣道越えとは大したもんだ。」
「こんなに大きなスイカを僕一人ではとても、、、、。蜜蜂の巣を見つけ蜂蜜を食べたら少し力が出てき、気が付いたらここに辿り着いて、、、、。剛駿さんは、大丈夫なんですか?」
「戦者、蜜蜂に黄金の矢を授かる。、、、、、か、、。」
「少しですが、蜂蜜もどうぞ。鷹場の浅葱さんから地図を渡され、それを頼りにポイントを走り、洋洋絵解きに、蛇と。」
「まぁようこそ。駆けつけ一杯飲みねぇよ。剛駿は、思案投げ首で目が回ったんだろうよ。石扱って石薬もいいが、上手いもんかっ込んで、酒で灰汁抜き、起きりゃぁさっぱり、生き返ってるさぁ。」
「どうも、僕は、剛駿さんの出発に間に合えば、、、と。良かった、、。」
僕は、甘臓さんの作ったと思われる移動式布団に剛駿さんを寝かせ、作業場を歩いた。そこには伸縮自由な仕掛けの組み台に車輪が付き、さらには建物が乗っている。円盤状に被った屋根を、レバーで上げると、厚く織られた布が蛇腹に伸びて、壁が広がった。
そこへ、剛駿さんを運び、観音開きに扉を開け、手前に台を引き降ろし、その建物に寝かせた。移動用の変わった家だ。
車にでも引かせれば、動くのだろうか?
「君は浅葱に会い、鷹場で働いたのかね?甘臓は気違いの飲んだくれで、どでかきゃ家宝で、あべこべガチャ目だ。バランスがどうのと一刀両断!
キジの赤目と、自慢の羽で目利き侍は口やかましいからねぇ。」
「鹿です。鹿運びをしましたが、僕は、石像を桔梗へと、その手伝いをさせて貰おうとこちらへ」「余計な事だね。君が手伝うまでも無いけどね。歩芸パレードに見物客がついたかねぇ。」
「そんなつもりでは、、、、。三千日ですよ!僕は農夫百態も拝見し、公演での成功を願ってるんです。」
「甘臓木車、背負い枕って、こっちも道楽じゃねぇからな。」
甘臓さんは、大きな創作をしているだけに、肩は厳つき、衣服はTシャツにダボついたパンツと身軽だが、話し方から酔っぱらっているのかいないのか。聞いているのかいないのか、そっけなく良く解らない人だ。
「行事が、水時計に持って来いだぁ、ド肝を抜かせだ、ラスト一周ってぇ、早鐘打ちならして来たが、剛駿も意気天を突き過ぎては、桔梗に辿り着く前に、だるま山に落とされるとも限らねぇ。」
甘臓さんは、そう言うと、フラフラと作業場へ歩いて行き
「門出洋洋、舞う石像か、現れし剛駿、嬉嬉と行け。」
目の前に置かれた巨大なぜんまい、そしてねじ巻き、それらを動かす為の車輪には石がねじ巻き、それらも動かす為の車輪には石が埋められ反発しては、回転するのだ。
剛駿さんが石像を背負いつつも、前方に取り付けられた、二本のストックで段や登り坂も楽に進める巨大ぜんまいの付いた大型荷車。しかし、車輪に石が付き重く無いのだろうか?
「磁石を少し。プラスマイナスだよ。」
これは、、、、、、、、、、、、、。
虎だ、、、、、、、、、、、、。
はっと頭の中に、あのステージが蘇って来た。
甘臓さんがまさか虎?
これは凄い事なのだ。
剛駿さんの門出と、皆の気持ちが繋がっている。
「剛駿が、洋洋を発つ時にと、ねぇ。」
甘臓さんは、僕に荷車を見せると、円形にとぐろを巻いた幅広く削られた木の大皿にスイカを乗せ三日月型に切り分けた。
「臣道突破を、まずは祝うか。お前が蛇に噛まれてりゃぁ、剛駿も門出が後回しになる所だったからな。」
美味しそうにスイカを食べ、僕にも食べろと差し出すと、寿命が伸びて、こちとら大助かりって、お前は食ったらこれを持って行けと、二本のストックを手渡された。
「蜂、蜂って蜂にも刺されりゃ、食いっぱぐれの水太り、ウリ坊主をヌタで和え、俺の新車が救急走りする所よぉ。」
僕が何気なく走って来た甘臓臣道とは、危険過ぎる、、、、、。
自分の身を案じ、ほっとしてスイカを噛っていると、
「ほーっ。ほーっ。カンカンカン!如何でございますか?ご準備、整えられましたか?」行司さんが、鐘を打ち現れた。
「石像も洋洋布に包まれ、待ち受けておりますぞ。」
「ねじ巻き河童が、ホドから離れて来ないもんでねぇ。」「ほーっ。ほっー。言継さん、スイカとは、肝煎りされておりますな。甘臓も、千なり荷車では、重々しいですぞ。さて、剛駿は?」
「甘臓荷車を見て、洋洋入り時の水時計創り話に花が咲いてねぇ、剛駿も水母の行列じゃぁ時は告げぬがぁ、底に彫った心根を力の限り彫り刻めれば地下水路から砂金も出るがぁ 。って、とにもかくにも、洋洋に数多く一番とも作を残しているんだからねぇ、少しは、芋助芋煮だってぇ 、飯屋で売れているんだろうから、俺の荷車、花舞台で、一夜限りの即興彫刻、そんな話も出ましたがねぇ、笑い酔いどれ、夢の中てぇところですよぉ、ねぇ。」
「ほーっほーっ。蛭子講の儲け話しに花が咲きましたか。蛇の道はへびですなぁ。まま、酒もホドホド、気を上げ、高く参りましょう。」
と、そこで、剛駿さんを起こしに行ったが、全く起きず。
鐘を鳴らしまくり、行司さんがストックを握り出す始末で、甘臓さんと僕で剛駿さんが寝ている家ごと荷車にくくり付けると、大慌てでねじを巻き、洗濯バサミで家をロープで挟み込む。
巨大ケン玉世界一周、大カナズチで打ち上がり、中心にどっしり刺さると、下にあった土台が上がり、家はレールにセッティング。
累卵の危うさですぞと、うろたえ騒ぐ行司さんをなだめ、甘臓さんが変わりにストックを動かし、円形広場へ運んで行ったのだった。




