第五話 おじぎ鳥とかささぎ
「蜜柑の間」管理室のおばさんは、確かにそう言っていた。
ステージをバックに直進すると、あの建物がある。もう一つは、「古楽の間」
草野風さんと背高さんは泊まっているのだろうか。
下から上を見上げると、草野風さんが付けていた染め布がドアに結ばれていた。
僕は、少しほっとして、ゆっくりと梯子を登って行った。
部屋には、朝には無かった小さなテーブル、その上には蝋燭と燭台、マッチ箱、そして蜜柑が置いてあり、
僕は葦編み帽を外し、荷物を下ろすと、衣装のヒモを緩め、ヒザを床に。
そのまま体の力が抜けてきて床に貼り付くと、僕は考える暇も無く眠った。
まだ、薄暗い空の中、僕はふと目を覚ました。
窓が少し開いていて、外はまだ静かだ。テーブルの上のマッチ箱から一本取り出し、蝋燭に火を燈し、蜜柑を食べた。
部屋の中は、殺風景かと思いきや、壁には、蜜柑の絵が一つ二つと描かれた木板が枠の中にバラバラに並べらた物が飾られてあり、その向かいの壁には、花枝の花びらに洋洋絵文字が描かれた絵が飾られていた。
その下に数枚カードが吊るしてあり、一枚づつに「水」「林」「月」など、漢字が描かれていた。
花枝の絵には
「洋洋絵文字千字文字創リシ、千思万考、一ツ撰ビシ、一文字当テヨ 。」
一文字当テヨ。と言う事は、絵文字当てクイズだ。
すると、あの蜜柑の木板は?板は全部で十六枚。
バラバラなのも何か変だ。木枠の中には、一枚だけ、扉が描かれていた。
扉には、「整頓」と小さく記してあり、僕は、枠を持ち壁から外すと床に置いた。
扉の絵を一枚取り、蜜柑の木板を上、横、下へとスライドさせて、蜜柑の数づつ順になる様スライドし続けた。スライドさせながらも、洋洋絵文字クイズが気になる。
パンフレットを出して、早く確認してみたいのだが、どう見ても文字数が多い。蝋燭の燈だけでは、花びらの中の文字もはっきりとは読めないのだ。
蜜柑を数えながら、十四枚目を並ばせた。
あと一つ。
また列をずらし最後の一枚、蜜柑の木板を1から15まで順に並び終えると、ドアがノックされた。
管理人さんだ。
「ご準備、して下さい。それと、二千五百円ね。集合致しましたら出発しますので。」「出発?」「オハヨウゴザイマス。ええ、下で持ってますので。」
「オハヨウゴザイマス。」
絵文字パンフレットを出すまでも無く、僕は衣装整え、燈を吹き消そうと急いだ
が、テーブルの上にあるマッチ箱にヒジを付き、頭をかしげる人の絵が描かれていたのに気が付くと、大きく深呼吸し、今日一日の充実を願い蝋燭を吹き消した。
梯子を下り、管理人室の前へ行くが、まだ誰もいない。
管理人室のドアを叩くと、おばさんが出て来て、もう来たのかと早支度に驚いている感じだったが、
「身支度はされていますが、お身体調子整えて下さい。水田まで参るそうですので、汁子を飲んで頂こうとご用意しています。」
僕は、二千五百円払い、竹小屋に歩いて行き、水路林に立っていた。
水田までの道のりは、何か体力的に覚悟がいるのかと少し不安になり、体を解した。
「どーぞぉ、どーぞぉ。」
おばさんが呼んでいる。
管理室前に戻ると、背高さん、草野風さん、河童が二人、薄暗い空の下、四人集まっていた。河童は、大きな台車を引き、背にはカゴ、収穫の準備万全といった所だ。
「水時計まで行かれましたら、案内人が参りますので。
昨日、鳶が多く飛んでいましたから、晴れでしょうが、蟻も多く出て来ますので、ちょいを掛けられませんようにご注意して下さいね。」
「俺は、蓑を着て来てきちまったなぁ、夕鳶じゃぁ、笠を脱げよぉ。」
「卯多彦さん?」
「ゴンタが、いたかぁ。」
「夕鳶でも笠は被っておりなさい。又、昨日の様に雨が降るかも解りませんよ。」
「あのぉ雨には、面食らぁたぁ、火ホドも消えて、飯がおしゃかになる所よぉ、木車ぁ走り使っとぉってぇ、俺さぁ頭に皿乗せたぁさぁ、懐も潤おわね河童で、天恵でも頂かねぇと、懐刀あっても力が足りねえじゃ情けねぇ。」
「雨が降ったって、、、、昨日は晴れでしたよね。
加薬飯の時だって、晴れて、、、、。」
「おとっついだぁべそれぇ、二日ぁ前だぞ、ゴンタぁ。」
「二日前!?」
「言継さんですよ、卯多彦。身支度もおぼっつかない様では、木車引けませんからね。炎を眺め過ぎて、過熱した火薬玉に見えておるのではありませんか?アカトキで薄暗くも、興奮していては、
まだ何も見えておりません。」
「おはようございます。昨日の豪雨でだるま山に霧雲が懸って、瀧が登っていましたよ。」
「マストに帆を上げましたかな。落ち着いて参りましょう。」
草野風さん、背高さんも穏やかだ。
僕が二日間眠っていたのは、どうも本当の事らしい。
卯多彦さんの面倒を見ているのは、重ねた木箱を持つのを見ると、芽姿さんだろう。
管理人のおばさんは、木椀を盆に並べ
「米を半殺しにしてね、急いでこしらえましたから、粒が当たるけど、
どぉーぞぉ、小豆汁子で目が覚めますから。」
と、かぼちゃや、芋まで入っている甘いお汁粉を配った。
「まずは、水時計まで行きますか。」
草野風さん、背高さん、僕と、後ろには河童が、ガタゴトと台車を引き、歩いて行く。
「果てしなき、洋洋水路ですな。水に恵まれ途絶える事無く、言継さん眠りに就くも、泉湧き、時を流し歩む。
私も川上では、一竿の風月と、沢で楽しておりましたが、青年に 押され、久しく足がこちらに向きましたな。」
「言継さん、呼び水になったんですね。私も心沸き立ちますよ。」
僕が草野風さんを呼んだなんて、とんでも無い。
「僕は、洋洋村までの道のりを伺っただけで、まさかご一緒に、いや、
氈鹿の巾着が素晴らしい物であった事、この地に来て、洋洋が橋懸かりになっているのを僕の方が感謝したい位です。」
「まぁ、宵寝、朝起き、長者の基。水田へのご案内人は、シノノメで姿を現した水鳥でしょうか。」
「東の空が白み始める頃ですな。」
「おぉ、さんさん輝きをぉ、太陽が来たかぁ。」
「有り難、アリガタァ。」
空は澄み、夜は明けて来た。水時計の飛沫が時を告げ、水滴も草木を光らせる。
「はい、いらっしゃいましたな。ご案内人、お待ちです。」
草野風さんは、手を上げると
「新美でありますか?深く登られ、驚かれたのではないですか。」
歩いて行くと、体の大きさに驚く。この人は、チーズを配っていたおじさんだ。それと、その横にはサポーターを足に捲き、がっちりとした靴を履く、丸太を担いでいた四人組も立っていた。
「お早うございます。美観に学びし感激致しております。
私、山の上からこちらに来ましたのは初でございますが、案内人は実は、この四人衆。山高い場で牧人として暮らしていましたが、誠に素晴らしい。」
「放縦な農村生活とは良く言ったものですが、畑におられる者達も大変手を掛けて世話をしてくれていますのでな。」
「小事は大事と、草野風さん言っていましたからね。どうも、お早うございます。さぁ、行きましょう。
朝採りでお分け出来る葉物も有りますから。」
「水時計に並んでねぇ、つぅ事は、水ぃ郷へぇ俺も行くのかぁ?」
「そうですよ、卯多彦。木車はこの場に置き、本日は私達もご一緒に参るのです。」
河童は籠を背負い、僕も靴ヒモ、腰ヒモと縛り直した。
「ご準備、宜しいですね、大空が近く感じるかもしれませんよ。」
四人の後に就いて、僕らは再び水畑に続く水路林へ進んで行った。
剛駿さんの農夫百態は、思い深く、
紅悠さんのおとぎの国は、不思議が溢れ、野リス達もリンゴ園が終わりに近づくとこれ以上進む事無く、花絨毯の端に並ぶと、見送っていた。
空は白み、林はふと時が止まった。
美しく高々と並んだ木々を過ぎ、水路は広がると、一面、蒼蒼とした葉が密集している。
「水が、綺麗で居心地が良さそうですね、この野草達は。少し食べてみてもいいですか?」
背高さんは、長い足を岩にかけ
「クレソン!ですね。奥の方にはまだ他にも有りそうですが、何ですか?」
「どうぞ。群生していますので、山葵です、奥のは。」
「水畑にしましてね。元々少しでしたが、試行錯誤の末、ここまで増えました。」
六款さんが話していた、クレソンの群生場だ。
「オオマツゥヨイグサァ、だったらよぉ、俺も育て摘みますから、花で和えて召し上がったらぁ。」
「木彫り職と花料理も修行中で、つぼみ和えではないのですか。美しい水畑でとんでもない事ばかり言わず、
木彫りの腕を磨きなされ。」
「強い生命力ですよ。荒れ地でも、水が豊富にあっても、逆に人の手にも上手く順応するのか。」
「野草の逞しさと、人の知恵でしょうな。」
さらさらと、水の流れる音が遠遠と続き、セリやシソ、三つ葉、パセリなど、馴染みの草が整っては、生え、丸太の一人が
「行き帰りの疲労回復、ヤマユリ、ヤブカンゾウも山地に入れば、ガマズミも実を付け、スイカズラの不老長寿と、ウワズミザクラでぐっすり眠れますよ。」
「そちらは蒸留酒に浸けまして、薬酒せぇーんもん、まぁ、イタドリの根っこで落ち着いて、畑もすっきりしますから。土整さん、ぐるぐる回って有機体、銀河で昼寝しないで下さいよ。」
「わぁくせいのぉ、土星さんなら、外側回って俺、天王星だぁ。」
「天王山に登るわけではありませんので。道によって賢きと言いますが、道草食うのも、身になりますよ。」
「土整さんが酔い舞いて、迷い牛を助けた事もございましたから。
まぁ 、酒に十の徳ありと、私も皆様と、縁を持たせて頂きまして、こちらに出向かわせて貰いまし、大変感謝しております。
毎日、牧場ばかりに目をやって、牛か人間かわからん事になっていた所でして。終日、牧草食べているわけではありませんがね。」
と言って、大きな牧場さんは、大きな声で笑った。
「乳牛のモモヨは、自由の翼を持っているのですよ、きっと。」
「モモヨが姿を現したお陰で、田を耕す助っ人が来てくれる様になり、私共も感謝していますから。」
「馬鍬付けて牛を牽いたら、土筆さん、牛歩と思いきや、以前よりもハイスピード、メガトン級の男力で、良い土が仕上がっております。」
土整さんと土筆さん、他二人も、腰に太巻きを付けているのは、田畑の仕事の為だったのだ。
牛との繋がりで牧場さんはここ洋洋に来るきっかけになり、僕は僕なりのきっかけ。
背高さんだってそうだ。皆の鉱物への憧れか、行司さんの釣りのおかげか。
なかなか面白い事だな、と、この先の水田を期待した。
水々しい青菜の群生水路を進み、道は少し穏やかな傾斜になって来た。
静かな川も岩が大きく水深いのか、流れも強くなり、僕達が坂を登って行くと、川は枝葉に覆われ、遠くに見えなくなっていった。
「暫く登り坂を歩きますので、枝を使って下さい。」
四人は背中から棒を出すと、四段階に伸ばし、僕らに一枚づつ杖を手渡してくれた。
「転ばぬ先の杖と、ご用意が宜しいですな。堰で入らねば河で取るか。 重い鉈を振り、木枝を使い登りに行った我、遥かな進歩と申しましょう。」
「何をおっしゃいますか。草野風さんコロンブスの卵ですよ。一つお話し致しますが、例えば桜木さん、
ご存じ、あちらのヤマモモの木は、草野風さんが見つけ増やされたのですよ。」
「そうでありましたか!紅色彩やかで甘い香りは、私のデカダンスとなりまして。心の回復薬。どうりで美しい木だと思いました。親猿の番人が飛びかかる訳です。いや、申し訳ない。」
「自然の産物ですから。この奥深い山全て、そうでございます。桜木さんも、お一人で、ヤマモモ場までこられて、山の都の目は肥えているのではないですか。山に住まれ、山好きは、山草、果実と食の保存、貯蔵が得意ですから、ヤマモモに気が行くのも当然の事ですよ。」
牧場主の桜木さんは、巨漢の剛駿さんよりも一回り大きな体つきなのだが、歩く度に、アンズの木や、山サクランボ、コブシと、自生しつつ育て上げられた木々を見つけては
「始まりを見て、又、感心感激致します。山男ですから、どうも木の実ばかりに目が行ってしまいますが。
山育ちの性でどうしようも無いですな、私も。」
と草野風さんと話す姿から、桜木さんは、とても生真面目で素朴な人なのだと感じた。
「チーズご馳走様でした。僕、今度牧場に伺わせて下さい。チーズ美味しかったです。本当に。」
「毎日、牛に囲まれ暮らし、久々の会合でしたがこの期は、草野風さんのお創りになった好期か、花好きの畑に花が集まりますでしょうか。どうぞ、歓迎致します。」
「私は、何もしておりませんよ。言継さんのご意志ですからな。」
「呼び水になったり、汲まれたり、若々しさは、潤い散水、水飲み鳥がいてくれたら、助かりますからね。」
河童の二人は
「魚心あれば。」
「水ぅごころぉ。」
「緑の力、植物は、全て与えてくれますしね。」
「芽を出し、花が咲き、実を付け、枯れても、さまざまな形で、私達を逆に育ててくれていますよ。」
「しかし、水がありませんとね、雨が降り、海が出来、土の力で川が出来、植物や私達、生き物は、さまざまな恵を授かっているわけです。」
「包まれてます。」
「陽月さん、天を指して飛び回る、雲雀がお好きで、空を見上げては、日がさ雨かさ月がさ日がさ。」
「何だか、鉱物扱ってますのは、栄養不足になりそうですね。」
「大ぃーー好物は、俺の自慢の加薬飯ぃーーー。」
「ミネラル十分ございます。鉱物性栄養素。カルシウム、岩塩だって不可欠です。土や水にだって、勿論です。」
「砂漠のばらは、結晶での美しさかな。」
「トパーズを磨くも、螢石の原石は、熱すれば自ら輝きますしね。」
「滑石は、体を清める石鹸とも。石も出て参りましたな。昔掘っておりましたら。」
「それは、化石では無いですか。」
「化石!?」
「藻華さん、その話をお聞きして、耕すどころか採掘なさろうとしていましたからね。」
とにかく案内人の、土整さん、土筆さん、陽月さん、藻華さんは、ニ本の枝を大きく振り、山道を登りながら、掛け合いの問答をしているみたいだった。
太陽の日射しが草葉に反射し、眩しくなって来ると、先頭を歩いていた土整さんが
「朝霧が多く出ますと、足元滑りますので、登りましたら立ち止まり、皆様、まずは、ごゆっくり眺めて見て下さい。」
日も登らない早朝から歩き始め、とうとう、水田に到着した。
木々が弓形にアーチ状になった緑門をくぐり、杖を使い山道を登り切ると、そこには山肌に岩や石が突き出し、半円形の大きなポケットが所々、空中に浮かんで見える。
遠く、急な斜面は、絶壁になっていて、そこの岩々は、細かな花を咲かせ岩のプレートが受け皿なのか、何と言うか
▽▽▽▽▽▽
僕にはポケットに見えた。
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その岩を盛り、包む様に緑が生い茂り、斜面から水が滝になり、飛沫を上げ流れ出ていた。
流水口からは、水煙りが立ち、霧にも包まれ、そのポケットが浮かんで見えるのだ。
そして、前方正面には、緑のポケットに水が注がれ、一つ一つが水田になっていた。
山の斜面を使い、水路が四方八方に流れ、小さな区画に分けられている。
「空気が美味しくてこれは絶景ですね。」
背高さんは、両手を広げ、その目の前に広がる景色を見ると
「シャンペンツリーですよ!葡萄畑では無いですが、こんなに美しく整った水田は見た事が無い。
この、地形に上手く沿っているのが、見事です。」と、大きく深呼吸していた。
シャンペンツリーと言われれば、カップにも例えられるが、どちらかと言えば房だろう。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽△△△△△△△△△△△
標高何mなのか、この高々とした、水田の頂上からは太陽の日差しも強いが、遠く岩山の空には、月もぽっかり。
薄々と存在感を現し、地上から見るよりもとても近くに感じた。
僕は蜜柑の間にあった「水」 「林」 「月」のカード、そして壁に掛けられた花枝の千文字の描かれた絵を思い出し、もう一度、じっくりと水田を見渡した。
一つ一つの区画が小さいので、上から眺めると、かなりの急斜面で、下の方まで続く畦道は遠目では滑らかだが、緑があるにしても岩が出て、僕の立つ場所はかなり険しい。
基盤の目ように均等に区切られているのでは無く、本当に地形に沿い突き出るようにポケットが、
いやこれは、
「、、、、、花びらが広がっている。
花みたいだ。」
僕は思わず声に出した。
「花合わせされますかな。テフマフトコロ、水差しナガレ、円円と穂はカウベをタレル。」
草野風さんは笑っていた。
「広がりましたよ。素晴らしく。」
「流れを辿ると解ります。」
土整さんと土筆さんは、美しく整った水田を眺めると、杖で辺りをアレとコレ、などと言いながら指した。
「オタァマァジャクシィにモリアオガエル、ノンベンダラリと、こんな所におりましたがぁ。
ドンデディゴディゴ、ノディゴディゴ。急がぁばぁ回れぇい。」
「そんな呑気に見えましても、マガモ、コガモもプカプカしながら仕事をしているのですから、卯多彦もカエルワシ掴み、畝で騒げば、コナギと共に引っこ抜かれますぞぃ。」
「俺はヒゲクジラぁ。」
「滝口の絶壁に花が盛られていますが、自然に?」
「ツルハシで登り、流水口を創る際に出来た場所ですが、鳥が種を運んだのでしょうな。」
「草野風さんの神通力ではないですか。畦に草やわらを積み、まずは土と第一に鍬を持ち、起こされたのです。」
「自負心で、ございますかな。山での生活での。」
「白鷺が飛んで来るようになりましたよ、あちらの水路には。」
「陽月さん、とにかく鳥がお好きで網を張るか張らざるか案山子に稲穂を持たせまして、危うく雀に二万粒の米を食べられそうになった事もございます。」
「そこで陽月さん頭を抱え、取りました策として、天然ミスト、水滴砲でございまして、水時計さながらお手製の噴射水鉄砲で野鳥避け、もう一つあちらにございます巨大水鳥水飲み鳥。人手も足りず、干上がっても大変ですぞとクチバシと尾っぽを長く伸ばし、喉が渇けば水を
飲み、尾まで潤せば田畑までもと百姓の万能、とても器用なお人なんですよ。」
陽月さんが創作した巨大水飲み鳥とは、尾が渇くと水路で水を飲み、体中に水を含ませると静かに立って、水路から離れた田畑に尾っぽから水を流すという仕組みになっている。
これは昔僕の家にも置いてあったおじぎ鳥の巨大な物だ。
高台から滝が水路になり、枝になり、花が咲く様に区切られた水畑は、遥か遠い昔、まだ僕がこの世に生まれる以前から、静かにこの場所が人の手によって創られたのだ。
緑の色深さと、見慣れない岩肌の光景は、江戸時代、いやもっと古い時代にタイムスリップしてしまつたのではないかと、自分の鼻をつねった。
「奥に広がる山と山。その山々に囲まれ包まれこの場所に立つと、私は熱い達成感とその次への何か挑戦意欲が沸き上がりましてね。」
「藻華さん、下流から山懐に入る時には雉子を追いかけ木にぶつかり、転んだ弾みで土穴貯蔵に尻持ちをつかれた事もありましたから、登りにはかなり気合い入れられてます。」
「山に躓かずして垤に躓くと。」
「季節、季節に一つ一つと。」
「私が貯蔵されては、たまりませんよ。」
「熟成小屋で寝かされるのは、チーズでございますか。私も牧場でホルスタインばかりですから、この美しい風景を見ると積み重ねられ考えられております所はなかなか考え深い。」
四人衆、草野風さんは桜木さんと共にニ、三段下へ歩いて行き、僕は背高さん河童らと滝口へ寄って行った。
「この滝の源は、水時計からの水路だと思いますが不思議な事に、ここはかなりの高台ですよ。」
「川もぉ、登ってんぞぉ、水時計は、恐るべしだぁ。」
「そんな事あるんですか?」
「私共も存じません。」
「山からの清水という事も考えられますよ。」
僕は、草野風さんがこの水田において何か伝えたい事、洋洋千字文の中あんなに沢山あったが、、、、、
そうだ!あるのだ!
水を掴み、月を探し、林を見た。
「雨だ。」
「降ってねぇけど。」
「では清水かと?」
「いや、あっ雲?だ。」
「雲?」
「天水も、神だのみですから、水路を創られたのでしょうね。」
皆の話をよそに、僕は花絵文字はこの場にある事に気が付いた。
「辿って少し下りてみましょう。」
背高さんが流れに沿って歩き始めた。左手のニ、三段先に草野風さん達の姿が見える。
「慎重に歩きましょう。転がり下に辿り着いても、磨かれませんからね。」
一段下は、弓なりに仕切られた水田がある。回りをこんもりと草草が結び合い、強く踏み固められた水田は良く見ると、岩や石も積まれている。
石の重い質感と苔は、年月を感じた。
「石杯に、シャンペンですよ。」
「乾杯なぁらぁ、木杯をお使い下さいませ。」
小さく区切られた水田だが、稲はそれ程の量には感じない、あまり密集していないのか、ゆとりがあるのか狭い所でそう感じるのか。
水が、とても良く澄み渡って、反射して光る波紋が、落ち着いていた。
「おじいさんなんでしょうか、この石積み。」
「草野風さんの、信念では。」
「かてぇ岩だなぁ、これは。」
その先に歩き、畦はまた弓なりに、横へ下へと続く。
「どうぞ、こちらへ。」
土整さんが手を振り、来るようにと声をかけて来た。
その場所には、土が広がり盛られており、作物は何も無い。
水路も木板で仕切られ、方向を変えている。
「つちつちと、培う土は、土と成る。」
「山懐を見下ろして、山モモを一籠取り家に帰るも、また一年。そこへ行けばまた食せると、月日を待っておるのも、くいぜを守る様なものですからな。」
「藻華さん、木に当たりましたがぁ、私達は、守株シュッシュと致しながら、日々頭をひねっております。」
「この場では、土を肥やしておるのですよ。良い作物を育てるには、
一種、二肥、三作り。」
山懐の上から下へ広がる水田は、所々に土が山に盛られ弓状に流れる水路に守られている。
「成長し、眠リ、根を伸ばし、日を浴び、肥えて、と、人間と同じですよ。」
「心もありますしね。上手い土に水、きちんと手を掛けてあげれば、とっても素直に育ちまして、美味しくなるんですよ。」
「ほぉったらかしじゃぁ、枯れてしまうだろぉ。」
「まぁ、甘やかしてもいけません。サポートをね、支え、整える。」
「段違いで、土に躓き、藻華さんもみ殻もみ合って、フーリガンになっていた事もありましたが。」
「こちらも頭が、ガチガチですと、肩に力が入ってしまいますし、自然にも私の心が移るんでしょうね。
収穫も少なければ、心配にもなる訳で。原因究明とムシロを被り葦の髄から天井覗き、でダメだ。
ならば海を探れと大海原へとぉ、潜水艦まで乗り込むかい、あれやこれやと論を交わす、なんて事も致す訳です。」
「もの事の根本を、お考えになると、言う事でしょうな。」
稲一本にも心がある。そんな風に話す四人は、この仕事にとても誇りを持ち、生き生きと大地に立ち、質実とした生活を送っているのだろう。
僕は、その四人の心意気というか、気合い、、、、気持ち、、、、気い、、、、気勢、、、、。
丸太を担ぐ程なんだから、とても大きな意気込み、、、、、、、。
「気だ。」
そうだ、気の流れだ。
川に米あり、洋洋絵文字は、「気」だったんだ!
土を整え気を見つけると。
この水田が伝え、見せていた事は、スライド蜜柑と、千字文。
そして、皆の情熱なのだ。
山懐と、草野風さん、バスでのここまでの出会い、あの瞬間が繋がった。
「ひとつ、ご覧頂きたい物がございます。」
草野風さんはそう言うと、布袋から淡い水色の石を取り出した。
「大分前ですが、掘っておりましたら、いくつか石が出て参りましてな。」
「アクアマリンですね。これは。緑桂石、はたまた石英か。」
「珍しい物ではと、残しておりましたが。」
「宝がぁ出たのかぁ、こりゃぁノルカフゾルカァ大地授かり物でございますよ。」
「授かり物と喜ぶも、思い違えばこの地を去って行った者もおりますがな。」
「鉱石が出るのなら栄えますでしょうに。乳牛にも飾らせて頂きたい所ですが。」
「理想郷に住まい、自我の念と創造の地に、誇り、意気陽陽と石を輝かせるも、時が消え去り、身も心も移り行く。」
「採石場という場では無いですしね、ここは。」
「食を作られたのですよ。」
「職かぁ?宝石屋かぁ。」
「我々の時分は、食思強くも食も少なし。」
「そこで草野風さん、新境地から山までも創造の地に致したという訳です。今この地、山懐の水田までも。」
「山に舞い踊らされていたかもしれませんがな。」
草野風さんは、洋洋先人だ。
草野風さんが、この地を切り開いたのだ。
僕がこの地に辿り着いた事も気に掛けてくれていた。この人のごつごつとした腕が、全て物語っている。
去る者、来る者、住まう者。
きっと、園星さんも洋洋なのだ、洋洋先人なのだ。
この地に来た者、洋洋村の人々、皆、生活をしながらも、僕の心の気を案じてくれている。
「言継さん、縁は異なもの味なもの、不思議で変わり者ばかりですが、洋洋であり、洋洋で無くと、日々切磋琢磨しております。言霊のさきおう国、思想と創造力、一、壷中の天地ここに現さば、と、与える事もあり、与えられる事もあり、いつでも歓迎しております。」
「めんない千鳥して、遊んでいませんからね。」
「よーく、ご覧になって、このご縁、心気に一つ、ほんの一つですよ。残しておいてくださればね。」
「草野風さん、そのアクアマリン、私に預からせて貰えませんか?」
背高さんは石を一つ手に取り、日差しに翳した。
「ローズやクォーツアメジスト、まぁ水晶ですが、そういった石もございましたでしょうか。せっかくですから形にしたいですよね。私に任せて頂けませんか?流れ流れ眠っていたのですからね。」
「そうですか、何やら首に飾り物では、老人の木登りと冷やかされそうですが、身に付けておるのも宜しいと聞きますからな。」
「やらせて頂けますね。」
「では、これに。」
草野風さんは、ズボンのポケットから懐中時計を出し、背高さんに見せた。
「時の相棒でしてな。
長く使っておりますが、まだまだ現役といった代物です。」
「石が、付いていたのですね。」
その懐中時計の表面には、元々石が付いていたらしく、ぽっかりと中央に窪みが残っていた。
「時計を落とし、探し掘るうちに石を見付けましてな。」
「草野風さんが、懐中時計を出すと、鳥が鳴きまして。今日はもうお帰りですかって。」
「あーんころ餅でぇ、尻叩かれたかぁ、宝を掘り出したとは、幸せもんだぁ。」
「卯多彦は、木掘り専門でございましょう。その職に着く事も幸せな事なのですよ。」
洋洋村の奥深く、岩壁の水田、水煙り、霧立ち上る厳しくも優しい水郷は皆の支えである。
「収穫時には、また少し賑やかになりますが、どうも、偏屈なくせ者ばかり集合してしまいます。」
この水田そのものも宝。食の宝石だ
こだわりのある洋洋村の食事に改めて感謝した。
「成り行きて掴み多くあった実りに思い出すのもまた懐かしくもあり、 新しくも感じ誠に縁とは可笑しなものですな。」
「私も、その時にはお呼び立て下さい。足腰は丈夫でございますから。」
桜木さんは、大きな体を起こし牧場へ帰って行った。
河童は、米の入った袋を土整さんから受け取ると背負っていた籠に入れ、四人の案内人と共に僕らは元来た水畑へ下った。
「草野風さんは、石に花咲かせたかと思わせる程、未知のパワーをお持ちな方ですから、楽しみです。
今回の桔梗公演。」
草野風さんは不思議な人だ。水田を眺めている姿は何か達成感に満ち溢れていた様子だったが、僕が最初に尋ねて行った時は、それこそ道案内の人であり、茶人の会に招かれて来た時と今とでは何か違う。
この人の表情がそうなのだ。
子供のような目の輝きと、落ち着いた口調で微笑んだり、驚いたり、独特の雰囲気のある人だ。
「刈って、行きますか。」
水畑に着くと、陽月さん、藻華さん素早い動きで、シャキシャキ水菜の束を作り上げると、河童の背カゴに山積み乗せた。
「ご苦労様です。本日は、水畑アラカルト、水時計まで参りました時には、また宜しくお願い致します。」
四人の案内人は、道具や杖をコンパクトにまとめると、再び山へ登って行った。
▲△▲△▲△
遠くで野リスが跳ねている。
甘い香りと花絨毯。片手を上げ直立し、ポンピングしながら紅悠さんが待っていた。
「パト-スパトロール!かーいろうマウンテーン!洋洋水郷カら、お帰りなさい。ワタクシ感謝致してオリマス。
あわやアップルジャァグラァ-、円形広場のサイクルピエロ、やややそれデモぉ
満足ゥ、サウスポー。
山賊ではご ざ イ ませぇん。
カゴの水菜を置いてきナァッテナ、コチラニ十分ご用意アリマス。
ツリーハウスでお持て成しさぁせて頂きマァス。」
「紅悠さん、つかまえましたよ、僕。」
「ご用ぉ意ーとはぁ、紅悠リンゴのフルコースかぁ?」
「イイエ、管理室ヨリ届いてオリマス。五段重ねのミルフィ-ユ、中味は食べてのオ楽シミ。」
河童らは、荷物を置くと、疲れも見せずさっとツリーハウスへ。
その後を背高さん、草野風さん。僕は、初めての冒険小屋に胸踊らせながらも、洋洋パズルの1ピースを探すべく、注意深く上がって行った。
ツリーハウスの中は、外よりも広く感じられた。
中央に大木が突き出しているが、その木を支えにテーブルがある。
部屋の壁には、取っ手が多く引き出しかと思いきや、ジョイントしてテーブルになったり、ベンチ風のイスを半分に開けると、帆が張られ、簡易ベッドにもなる。
さらに壁の上に付いた取っ手を引くと、テーブルの上にぴたりと重なり寝床にもなるらしい。
棚も所々に付いていて、四角にキューブの引き出し箱が、幾つも並んでいた。ベランダがツリーハウスの周りを囲み、ハンモックも吊るしてあった。
そこに揺られているのは、まさに鳥気分になるだろう。
大木にも四角い引き出しが四つ。フックも天井から等間隔で付けられており、袋がぶら下がる。
その網袋には、紅悠さんのリンゴ。
チップスや果実など瓶に詰められ、上の棚にずらっと整列されていた。
網の張られた箱が外にあり、そこの引き出しにも網が張ってある。
所々の取っ手は、小さなドアで、下の隅にまで付けられて、ネズミの入り口みたいだが、壁に付けられた数々のドアや引き出しは、別世界への入り口という訳でも無いだろうが、収納があまりにも多く、何が何処に入っているのか忘れてしまう位の数なのだ。
体こそ入らないが、小さくも無く、大きくも無く、不思議なサイズのドアだ。
「ゴ面倒デスカ?面倒臭いナドトハおっしゃラズ、アップルフレーバーでございマショ 。
コチラを引くとこうなっておりマァス。」
紅悠さんは、テキパキと楽しそうに引き出しを開け、料理を出してくれた。
「後方、下カら三番目、そちらノ引き出しから、ナイフ&フォークをお願イシマス。」
「空っぽのぉ瓶しかねぇがぁ。」
「ソチラノ隣でゴザいマス。」
「幸男サん、グラスを。」
僕の目上には、グラスの戸棚があり、所狭しと並んでいた。
「ナフキンを掛けませントネ。」
テーブルの上には、鮮やかな色の料理が運ばれ、あっという間に、昼ご飯の用意は整えられた。
「本日のミルフィーユ、ど ウ ぞ お召し上ガリオ。」
目の前の木箱には、まず最上段、サーモンピンクに緑のツブツブ、赤のツブツブ、黄色のツブツブ。
コンソメゼリーが輝いて、中央にはフワットムースが乗せられてとても綺麗だ。
その下は何だろう。バターライスにハーブが香り、その下からは、蒸し魚が挟まれて、その又下にはすっぱいパスタ。キノコと根菜、新鮮野菜でさっぱりサラダだ。
そして、一番下の段には、ジューシーで歯ごたえのある鳥ひき肉のうずら卵入りと、全てがぎゅっと濃縮され、ひし形に固められている。
「これは、これは、手の込んだ一品でございますな。」
「挟めばぁミルフィーユってぇ、加薬飯も間に入れれば同じさぁ。」
「全体のバランスも、お考えなさい。卯多彦も腹に入れれば同じでは ありませんからね。」
「もってぇねぇって、俺がぁ、皮捨てるとぉ、拾うだろぉ。」
「大事にする気持ちが解れば良いのですよ。」
「物の少なき時代におると、捨てる物を探す方が大変でございましたがな。」
「人間、いろんな引き出しを持っている方が、羨ましいですからね。」
「俺の炊いた飯には、何でも合うぞぉい。」
「以外な所に、以外な物は、互いの気持ちが合えば、楽しいですけど。」
「見つからなぁいと怒ってしまわないで下さいね。重ねて 重ねてたぁーぉれぇるぅぞぉ。
リアルジェンガは ツリーハウスでお楽しみを。ございますから、アブト式ぃ。」
「きっちりと木を組み、丁寧な技で、洋洋もこの方の工芸技で尊家が建てられ、村の顔にもなっておられるのではないですかな。」
♫
「忍者屋敷と忍びの術でも使っていますか?頭の体操いちにのさん。洋洋の顔は、円形広場へ続く道かな、
からくり三昧・骨休みのあーずま屋ってぇ、あのお方のご演出かぁ、
ドラマツルギー、勇者の剣を掲げれば、扉は開くぅ合い言葉ぁ。♪」
「からくり塔で、お会いしました。修復作業中で、忙しい所、僕、声を掛けたんですが、、、、、。
怒らせてしまって、合い言葉知らなかったから。」
「合い言葉はございませんよ。ややこしいかな はずみです。」
「つってぇ、引き出しをぉ、出せよぉ、リンゴぉ。」
「幸男さんのお姿にも、引き出しはありますが ↓ ↓ 瑞枝子様のご演出でしょうね。」
洋洋村で気付いた事。洋洋村は、創作の村だ。皆、それぞれが作り上げ、それぞれが見せ、必要の民として、生活し、伝承し、守っている。
僕も何か創作の意を掻き立てられるが、パズルが気になり、そんな気にはなれない。
早く引き出しを開きたいのだ。聞きさえすれば、、、、僕だって。
「風靡に草の冠とは、言継さんも気に入られましたかな。」
「氈鹿織の再現を願いますがね、彼女達には。」
♪
「保存・乾燥ぉ コンパクトォ- 大きくはぁ大きいなりに、小っちゃくはぁ角を合わせて下さいませね。その、プロセェスがぁ大事なぁのですっ、ご家庭お大事になさってね。こちら私達からのお土産です。」
紅悠さんは、リンゴの絵の描かれた木箱を扉から出すと、籠に入れ、皆に配った。
「ダブルさくさく ダブルハ ッ ピー。 またのご来店、お待ちしております。」
紅悠さんは
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タダイマ絵画セイサクチュウ
野リスヨけナッツボール
ゴヒツヨウのサイ
おコエヲオカケ
クダさい
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描かれた看板を指しながら、ジャグリングし、僕達を見送った。
「りんごの家はぁ、甘いからぁおっかしぃなぁ。」
卯多彦さんは、りんごをかじり、ご機嫌で先頭を歩く。
「いつもならの水時計まで、参りましょうね。なかなか食料調達も大変なご苦労でしたが、この度は虹を拝めさせて頂き河童の木彫り職の励みになりました。」
「俺がぁ、勇者の剣をぉ授けてやろうかぁ。」
「お持ちなんですか?」
「彫るのさぁ。」
「火ホドに怯懦しておるのなら、ご自分で持ちなされ。」
「木は燃えるからよお。」
「農夫百態とこの水路を歩きますのは、石臼芸より茶臼芸せよと思わされますかな。」
剛駿さんの石像の数は、剛駿さんの持つ引き出しか、いや、数々の農夫の姿を一、表現しているに過ぎない。
僕は、この作品に出会った事で大切な事を教えて貰った。
水時計の底の彫刻と重ね合わせてみても 同じ思いだ。
「洋洋村の食事は、とても美味しいですよね、僕、こんなにしっかり食べたのは久々というか。歩いているせいか食欲も出ますね。」
「ゴンタは何を食ってんだぁ?」
「水車が回り、今までも沢山の方々が洋洋にこられましたが、時に上手い上手いと古楽で寝転がれ、身体を支えられず梯子から降りられなくなるお客さまも数数おられたのですが、
皆様、洋洋の食事は大変美味しいと、良くお誉め頂いておるのですよ。」
「転がってぇ帰るんじゃぁ、ヲコヲコっとお。」
卯多彦さんは、後ろ向きで歩き、石像のポーズをまねると笑った。
僕は振り返り、背高さんを見ると、どことなく全体的に、ふっくらとしているように感じた。
○◯○◯
「お待ちぃーしてぇおりましたがぅわ、どうもぉご苦労様でぇございます。」
「ほーっほーっ。うとそうそうと、羽つるべで石瓶は水が溢れる所までになりましたぞ。」
行司さんは、陣笠を被り、大きな団扇を掲げ、剛駿さんが、肩から背中、ヒジやヒザに厚い布を巻き付け、水時計で僕らを待っていた。
そして、草野風さんに頼まれたあの石像も置かれている。
「がぐぅわぁ、勇魚風呂でぇ、邪気を落とし、ワシは千人力じゃがぁ。
からくりに石こぎ、すり鉢を持って行ってやった所、興奮しおってぇ、長袖振り乱れてぇおったわぁ。」
「ほーっほーっ。大玉の剛駿鉢ですから、焼き煎もはかどりますぞ。だるま山を背に、石像運びと勇ましく、桔梗へ出陣、私も痴がましいですが、共に橋を渡り歩こうと、陣羽織りに鞘を背負いまして応戦させて頂きます。」
「行司さまぁ、石像担ぎぃとは、タクラウ火ぃしておりませんか。腰抜かすぞぉ。」
「木車もございますし、お二人ではご無理かと。」
「ほーっほーっ。私も、剛駿の魂作が洋洋から出て行く事に奮迅しまして、年甲斐も無くはしゃげております。」
「しかし、かぶら矢など背にしょいて、何に使うおつもりですか?」
「血迷ったぁかぁ、危ねぇ後陣さまだぁ。」
「ほーっほーっ。これは、石矢に見えますが、杖でございますよ。ご安心を。」
「担ぐぅのぉは、ワシ一人でぇ十分だがぁ。」
「なんでもこれは大変ですよ、牛飼いの桜木さんでもいてくれたら。」
背高さんは、石像を抱え込むが、びくともしなかった。
「運搬術も、新機軸が必要ですかな。魂作が砕け、ただの岩石になっては、彫りの艱苦も無駄骨になりますからな。」
「艱難なんじを玉にす、と。」
「僕も、運ぶのを手伝わせて下さい。僕これでも引っ越し屋でアルバイトしていましたから。」
力自慢している訳でも無いが、思わずとんでも無い事を言っていた。
「ぐわぁははは、リンゴを売りに行くのとはぁ、訳が違うからのぉ。」
「ほーっほーっ。言継さんは、ご軽捷なお方ですが、ここは剛駿の気の済む様に。」
僕では力不足だと言う事は、自分でも解っていたが、ここ洋洋には、車も走っておらず、足は、自分の足でしか無いのだ。
「私共が、荷車お造りしましょうか。河童も数名おりますし、火ホドから離れた木車造りの甘臓にお話しして参ります。少し、お時間下さりませんか?」
河童の芽姿さんは、水時計に置いてあった木車に卯多彦さんを乗せ、押して見せた。
「網でぇ、結んでおいてくれぇば、寝とってもぉ落ちねえからなぁ。」
「ほーっほーっ。時をお持ちなのは、草野風様。ここは河童の木道、技工と剛駿歩芸の共作とみなして、幕を上げるのをしばし待って頂きたい。」
「幕開きは二十日後ですので、時をお使い下さってもご結構。ご準備整いしだい、お願い致しますが歩芸となりますと、私もこちらで見届けたくなりますな。」
「ほーっほーっ。剛駿も洋洋村からそちらへ出向くのは、三千日程ぶりでございます。」
「腹ぁ二十日、眼ぇ十日ぁだからぁよぉ、桔梗に今から行けばぁ慣れっだろう。」
「河童が運ぶのではございませんよ。お力添えをする為にも、荷車をまず完成させなければならぬのですからね。」
「俺も、見てぇなぁ。」
「卯多彦は、今だにそんな事を。まだ続けていなければ、身に付きませんよ。」
「ほーっほーっ。我が上の星は見えぬと言いますからな。」
三千日もの間、剛駿さんは洋洋から出ていないなんて、、、、、、便利な生活をしている今の僕では、とてもマネ出来ない事だ。
「岩石と彫刻と、三千日とは、羨ましくも思いますよ。」
「ぽつぽつ三年波八年、創造の地、洋洋の今を知り、嬉しい限りですな。甲斐あってこの形になってきたかと。洋洋の人々、洋洋を知る人々、楽にお待ちしております。」
「時のご都合ぉ下さりぃ、日の出が待ちどぉしいわぁ。河童ぁ、頼まれたぁぞぉ、甘臓の所へ行くがぁ何処におるかのぉ。」
「はい、参りましょう。火ホドから離れましたので、今は水門の近くにおられるかと。まずは、木車で食料を運びますので、ご一緒にいらして下さい。卯多彦は火床を焚くのですよ。」
「俺はぁやっとこさぁ、肩の荷が下りたかぁ。ナをこしらえておくとするかぁ。」
「水門にかささぎが飛んでおりましたな。」
「かささぎの橋ですか。桔梗への。」
「ほーっほーっ。三千日では、ちと長いですぞ。」
かささぎの橋は、天の川に渡される空想の橋だ。
かささぎ鳥が翼を広げ、橋を架けるのだ。
三千日に一度では、たまったもんじゃない。
洋洋の厳しさは、忍耐力が強くなければ超えられない。
「私共は、明朝、洋洋を発ちます。剛駿どの、待っておりますからな。」
草野風さんと背高さんは、剛駿さんを熱く見守り、水時計に立っていた。
「ほーっほーっ。言継さん、洋洋水田まで登られ、心に何を思われましたかな。」
行司さんは、羽織りの袖の袂から、洋洋花絵文字を広げ、僕に見せた。
千字文の中から探し出すのは、容易では無い。
「見つけましたら、まだ言わず、心に思っていて下さい。」
「楽しい版画ですね。」
「ほーっほーっ。目付絵文字でございますよ。イロハニホヘト。この中にございますか?」
「いいえ。」
「では、花にございますか?」
僕自身まだ探せず。
「ほーっ。では、チリヌルヲワカ、、、、エヒモセス。」
まだ出ないけど、もしやこの絵文字、、、、
「ほーっ。葉には?」
「葉です。」
「見つけましたぞ!右側の枝にございますか?」
「いいえ。」
「ほーっ。では左側。上から三番目の枝。」
「はい。」
「もしや、《気》では?」
「そうです!当たりました。」
「大当たりですな。」
「ほーっほーっ。草野風さまの心も通じましたぞ。」
「気の流れに時を読む。古き洋洋の時代の移り変わりを知らずと生き、気流をまた少し見つけましたのが、己でもおかしい事ですがな。絵解きし、創りし心を読む。洋洋目付け絵文字、稲穂の数程ございますが行司どのは、お早いですな。」
「新鮮ですよ、こういった物も、今では。
次ぎ、私も心に思いますから、当てて下さい。」
剛駿さんの石像の前で、暫く、僕らは洋洋目付絵文字を《ヨウヨウメツケエモジ》、繰り返し遊んだ。




