第三話 ベルレベル
「だいぶ化けたなあ。あはははは。」
雲路さんは笑いながら、五本目と思われる水路林へ歩いて行った。
「まだ薄暗いからな。明けて鳥も目覚めれば、だな。空を見上げてみるといい。さ、どうぞ。鍵は持っているだろう。」
着いた場所は、管理室前の高床式住居だった。
僕は、床に座り山蒼茶を一口飲むと、チーズを食べ、窓から洋洋村を一望し、自分の位置を確かめた。
振り子時計塔で渡された木のブロックから滑車を出したが、何に使う物なのか?
足掛かりになるのではと冊子を広げてみようかと思ったが、太陽の下でと言われたのを思い出し、我慢した。
大の字に寝転がり、透明の箱に何を入れれば良いか、暫く考え、あの建物での出来事を思い出していた。
少し休み、目を閉じていると、朝日が差し込んできた。
/
ザバッ・・ザバッ・・
僕は、眠っていたのだろうか?
鳥がパターン、パターンと響き渡る音と共に、勢い良くバタバタと羽をはたたき、鳴きながら鳥が飛んで行く音で目を覚ました。
窓から空を見上げると何色もの空道が各方向に続き、とても綺麗だ。
音は、円形の僕が来た建物から聞こえる。
水路林は、まだ三本残っているし、今日行われる髪結い茶人の会もいつ何処でなのか。
行司さんと走り、落語や、素描、勇魚に剛駿さん、染め場に刷り処と洋洋村の人々達。
さまざまな情報が、頭の中で交差して、まだパズルは半分以上も完成していない。
荷物をまとめると、梯子を降り管理室へ向かった。
//
「おはようございます。」
ブザーは鳴らさず、戸をドンドン叩き、何度も声を掛けた。
「はーい、はーい。こちらですよ。」
トンボ眼鏡のおばさんが、タオルを肩に掛け、顔を拭いながら歩いて来た。
「ご出発ですか?」
「いや、あの、、、、。」
何を聞けばいいのか忘れてしまった。
「顔をお洗いになられるなら、水路横、竹小屋がございますので、あちらでどうぞ。」
きっちりと切り揃えられた竹小屋には、洗い所とトイレ。
洗い所は大きく切られた石版の上を水がゆっくり、さらさらと流れ、下に受け皿となる丸く、くり抜かれた石が置いてあり、水が溜まっていた。
僕は、その石版の水で顔を洗い、あけびも洗い、食べた。
それは土臭い山の味がした。
そして、山のおじさんのタオルで顔を拭うと、身なりを整えて、外へ出た。
おばさんは、
「一泊二千五百円ね。」
と言ってハガキにスタンプを押し、僕に渡した。
二千五百円ちょうど払い、ハガキを見ると、あの勇魚の絵ハガキだった。
「さぁさぁ、お支度出来ました。皆様召し上がってますよ。いってらっしゃい。円形広場はご存じでしょう。林を抜け、丘の上、丸い建物がございます。」
僕は、鍵を渡し、最初に辿り着いた場所へ。
朝日が眩しく林の隙間から差し込んで来る。林を抜けると、円形広場には物凄い人山が出来ていた。
次ぎから次ぎへ、人が建物裏から歩いて来る。
中では、数名が忙しく蕎麦を打っていた。湯気が立ち、パターンと鳴り響いていたのは水車が廻り蕎麦の実を挽く音だった。
円形建物横には水路があり、水車があったのだ。
円形建物の窓へ向かうと、木板には小さな蕎麦猪口、小ざる、箸と並んでおり、そこへ手際よく、つやつや光る打立ての蕎麦をきゅっとざるに乗せる。
「洋洋蕎麦はなかなか召し上がれませんので。
薫り高い湧き水のごとく、貴重なお味ですよ。」
と言って蕎麦団子を小皿に乗せた。
そして、にっこり笑って力こぶを見せ
「かっぱの小ざるにかっぱ箸、かっぱ盆には、蕎麦が合う。」と、詠みはじめた。
良く見ると、頭にはかっぱの面をちょこんと被った男の人。
「詠歌相撲の?」
はっはっはっと笑うと
「蕎麦湯は、やかんにご用意あります。
あちらで腰掛けて、お召し上がりを。」
円形広場には長イスが沢山並び、あの絵イスもあった。
蕎麦は、爽やかで気分もすっきりする。
蕎麦湯も次ぎからへ次ぎへと注がれて、僕はさっと飲み、蕎麦猪口の底を見た。
その蕎麦猪口の底には二重丸があった。
水車場に六本目の水路。
あと二本。
僕が気付かずあるとすれば、、、素描の彼等の建物だ。
すると、残りは勇魚窯だろうか、、、。
円形広場は丘になっており、絵イスの先に僕が見た落語を演っていたと思われる箱がある。
蕎麦処に閉じ込められていたのに、人々はその建物横の大きな枠から次々と流れて来る。
そして、あの落語を演じていた箱の中に進み、消え行ってしまう人達もいたのだ。
光が反射して、箱の先が良く見えないが、大勢の人が溢れている。
その中に一人、とても大きな背丈の人が僕の前を通り過ぎた。
僕は、追ってみるが、やはり箱の中に消えて行った。
゜。゜。゜
□
▲
その間に人山は大きくなり、僕の座っていたあの高いイスに一人足を掴み、二人、三人掴み蟻が餌に群がるかのように、山のごとく固まり、高いイスに腰掛けている者を引きずり降ろしては、登り、踏み、手を握り助け起こし、逆さになると飛び離れ、広がり散り集まる。
と、
「あーががががぁー」バチン。
▼▲
声と同時に手足叩き、
音と動きが周りのざわめきと共に止まる。
静かになると、丘の上から丸く編まれた竹の玉がいくつも広場に転がって、イスに群がっていた人が
「人間、人間、人間、人間」
と言いながら、一人竹の玉を頭から被る。
群がっていた他の人々も、少しずつイスから離れ
「人間、人間、人間、人間」
と輪唱して行った。
♀♀♀♀▲△
そして、竹の玉を両腕に付け、足に付け走る。
「そのエネルギーの源は、この青い空を己の物に、広がる海を全て抱え、
さらには無限の宇宙を手に入れ、
願う無限の欲望か!」
「無限に欲する事があるのならば、大地を踏み私は創造致します。」
「創造とは?」
「人間、人間」
輪唱は続き、広場を駆け巡る。▲▶︎▼◀︎▲
箱の横から老人が現れ、真っ白い髪が腰まで伸び、太い木の枝を杖にして、ゆっくり歩いて来た。
その老人の白髪を、くるくるっと薄緑色の古布で髪を束ねると、老人は太い木の枝を横に倒し、付いていたヒモを首から下げて
「タタタンタタタタッ」
リズムを打鳴らす。〓 〓
老人の後ろからシャカシャカと音の鳴る木の実が、いくつもいくつも回転しては、横に放り投げられて行く。
〓 〓
その後方、人が大勢走って来ては
「宿木で、ヒョンな事では新芽は育つか。」
「ブンブンブンと、面々《メンメン》の蜂を払えば大木になろううと。」
走りながら木の実を割って、一粒食べると、割った殻を両手で持ち、打ち鳴らす。
人、人、人
人と交差しながら走り続け、顔を向き合わせると、一人が木の板を被り、もう一人がその板に顔を描く○
「年輪は描かずとも、明日の月日が見れれば、私は嬉しぶ。」
走ってきた人が木板の面を外した。
〓 〓 〓
「創造性、感性の心根は、一体何処にあるのか。」
「月に尋ね、空を仰いでも、迷夢の夜雲が流れるだけだが。」
「創造性を今、ここに身体震わせる程の感動を。」
◯ ◯ ◯ ﹆﹆﹆﹆
木の実の玉が次々転がり、それを割り、拾い、食べる。
白髪の老人の隣に横一列に並び人垣が広がり、その後ろからも、人が波になって現れる。
丘の斜面に駆け上がり、地に張り付く。
駆け上がるが、後退して行く者。
殻を打つ音と、
拍子木を打ち鳴らす者、
拍子木を合わせ持ち、
「言霊を、地に現すは、火水の仲か。」
高いイスには、又、人が座り、蟻山が出来ている。
絵イスに腰掛け、木の実を食べる人や、拍子木を打ち、創作している者。
「狂奔するは、望みを繋ぐと、悲嘆では無いだろう。」
「わっわっほっほっ」
と走り回る。
太い丸太が人垣の奥から持ち上がり、角の突き出た大きな人が、どしんと現れ出た。
拳を上げて、右に左に体を揺すり、太刀を振り、腕を回すと、
「大木を手に入れ、創造するならば、百、二百の太刀を作り、必要の民に差し出そう。」
皆は「わっわっ、ほっほっ」
拳を上げ、
「錘軌大臣、疫病を払えば、神木の刀になろうかと。」
†
角の突き出た丘の上の人が飛び、衣服が剥がれると、その下の男の人は、横に置かれた丸太に足を掛け、長いスティックで叩く。
そして音が鳴り始めた。
「私が大木を手に入れたなら、この身体とこの音で、万の民を喜ばせよう。」
大地に響くリズムで、皆は踊り、腕を回す。
〓 ⁂ 〓 ⁂ 〓 ⁂
その男の人は、丸坊主の雲路さんだった。
軽快なリズムで体全体を動かし、丸太からは音が溢れてくる。女性が数名バク転し、足を高く上げ回転、と踊る。
僕にデザートを運んでくれた人達だ。
雲路さんの隣に、ステックを持った男の人が二人。蠢き、弾き、刻む。
叩き始めると、リズムは身体に乗って不思議なメロディーを流す。
〓♫〓♪〓♪‥‥‥‥‥‥‥
太陽が高く上がり、眩しく熱く燃え輝いている。
僕は、パンフレットの表紙を光にかざして見た。
◉
和紙の凹凸と漉き込まれた所には、
漢字で
「己身」
とあった。
中に描かれた絵文字は、謎だらけで、
古代の絵巻物のようだ。
∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ⁂
見ると、雲路さんは、染められた布地が巻き付いた衣装で薄衣を羽織っている。
瑞枝子さんが仕立てたのだろうか。
リズムに合わせて踊っている女性は、肩や腰に巻いてあった布地を日光に勢い良く広げると、
「衣一つも、鎧になれば、心気の力も沸き上がり、黄金色の矢もその手の中に。」
と、声を上げた。
身震いする程のリズムで、広場は拍子木や殻を打ち、飛び跳ね、舞う人々の音とともに反響して動くが、
僕には
だんだん映像が
コマ送りされているように見えて来た。
動いているのに止まっているのだ。
雲路さんの横に並んで演奏している二人の男の人達は、丸太に上がるとステックを高く投げた。
それを他の男の人が受け取ると、
地面に刺し
「この土を手にし、産物を己で創造しすれば、万の民に生を授ける。」
丸太から二人降り、互いに手を合わせ、足を上げ引き頭を動かし、
くっつけるなど、
同じ動作をし始めて、、、、
これは、、、、、、、
パントマイムだ。
下を向き、肩を撫で下ろすと泣き、反り返り、
後ろ背中合わせになると、走って行って美しい光る玉を持ち合わせ、ヒモに通す。
一人は布地を広げ、
踊る女性に飾り付けた。
「鉱石を掘り起こせば、愛心を誓い生を授ける。」
もう一人は絵イスに腰掛け、拍子木を合わせている人の所に行く。
それぞれがペアになり、
右へ左へ。
「鉱石を掘り出せば、思考して巨万の武具を創ろうと。」
その間に燃える炎の松明を持った人が立ち、
皆、拍子木を重ね、正方形に積み上げると
「城を建て、木々と共に住まえば、安らぎ、
宝珠も授かり、鳥も集まろう。」
「良禽は木を選んで進むならば、雨も降らし、水路を創り、自ら持すり、水神になり仕える。」
大きな水車の歯車を転がし叫んだ。
「己の瞳を鏡に映し、二枚の鏡で挟めば、
永遠の環が得られるが、
創造の現在の力で民に。」
「限りある天物!」
一斉に集まると大きな円盤鍋を持ち運び、
台の上に乗せ、紙のキューブを放り込むと、
松明で火を付けた。
水時計の音が鳴り響き、雲路さんの不思議なリズムが大きく膨らむと、
太陽の光に向かって鳥も羽ばたき、
広場は熱く輝いた。
互いに拍手で抱擁すると、深くおじぎをして、息を整えている。
大きく声をだし、身体で表現し、走っていたのだ。
僕は皆のエネルギーに感動し、自分も肩に力が入っていたのか、
大きく息を吐き出した。
こんなに大勢の人々が、走り演じていたのを見たのは、初めてだった。
〓∴ 〓∵ 〓△ 〓∴ 〓∵
円盤鍋からは、湯気が立ち上がり、あの髪結い茶人が、柄杓を持ち、湯をやかんに注ぐと、長板に茶碗がずらっと並べられ、一人一人にお茶を振る舞っている。
大きな笠を頭に被り着物の上には半纏を着ていた。
「私達も頂きましょう。」
刷り場のパンフレットの人が声を掛けて来た。
「絵解き出来ました?」
絵文字を指すと
「こちらもどうぞ。」
と言って丸いチップの厚紙を貰った。
「面子にも使えますけど。」
と笑う。その面子にも、あの絵文字が。
これは僕にも解りました。
「 」です。
「きっと、時が経てば気が付きますから、冊子も太陽にかざして見えたのと同じで、気持ちも前向きに明るく輝けば見えますよ。」
茶人の所に行くと、大きなやかんから、濃い茶緑色のお茶を茶碗に注いでいる。二つ並べられた幾何学模様の素焼き壷に、茶葉や木の実が入っていた。
それをブレンドしては、お湯で流し蒸らすと、その茶緑色のお茶が出てくるのだ。
葉を燻す匂いと、発酵し、ほのかに甘い香りも漂って、緑豊かな森林を散策しているかのようだ。
日射しも心地よく、皆公演をやり終えた安堵感で、広場は活気に満ちていた。
茶人は僕に気付くと
「言霊の千枝だと、天物を象徴する姿は、一つの環ですから。
語り部に出会うのもそういう事です。
さ、どうぞ、器も語りますよ。」
僕はお茶を受け取り、口に寄せた。
すっきりとしたお茶だが、味は無い。
甘苦い後味が、ほのかにするだけで、
味はあまり無かった。
喉越しが良く、ごくごく飲むと、足や背中、身体全体が軽くなった。
器は、すとっと手に馴染む。
あの勇魚窯だ。
暗く、良く見えなかったが、
絵文字が描かれていたのだ。
一つ、二つと、他の器にも、絵文字が組み合わされている。
雲路さんの演奏にも、何か意味があるのだろう。
ただ、茶人が昨晩、勇魚窯で、この茶器を選んでいたのだ。
僕は振り返り、丘を見上げ、
円形広場入り口を眺めた。
▲□▲
「古拙とニュールック。不平等の怒りの鉾先は何処へ向けてか。」
突然後ろから大きな声。
ラッパの様な物で語り始めている。
あの落語をしていた箱に、きつねがスーツ姿で立ち叫んでいた。
「天物を見極めよ。
個我知るは、誰某を知り、古雅を好むと。土を無くし、胡狭になれと誰某を知らず、創造するは、個我を知らずに等しいか!」
ラッパは、花の形をしている。
「ベルレベル。ベルレベル。日常的な流行の位置付けに、不必要だと排除されつつあるものとは?
発明を喜び進歩するは、誰の為なのか?文明の力で排除崩壊、古き皮袋に盛る事は、アンバランスとコンサイス。
必要を確認し、安全信用とコマーシャルリズムの回転木馬は、古拙を否定し、爪を切らせるか!」
桔梗なのだ。
きっと。
メガホン桔梗だ。
きつねは、メガホン桔梗を振り、
その場で腕を振り足を上げ、行進すると止まり、メガホン桔梗を斜め上に仰け反り
「一部分、一部分。」
反対に体を反らせ
「己の満足と世の満足を満たすは、
同メモリの大宇宙。
見切り発車で波に乗れと。上手くいったらお慰み。大海原を櫂で漕ぐが、一艘、ニ艘両雄並び立たず、千辛万苦乗り越え、進み立つ者は勝者だと、
人面獣心現わるか。
発展と変化を全てに求めるは、先人古式の知恵古伝、
ニュールックとは言いがたく
群盲象を評しとるだと、部分部分の利便性、部分部分の見かけと時間、互いを知らずは感性麻痺の過剰無情。」
きつねは、行進を止めると、シェーをした。
そして、
「資源とは!必要性の資源とは?人間の欲望と満足、価値の差別化を知り、創造するは何か!
己の力で立ち、身を鍛え、働くは動くと、己を知れば見える資源そこにあり。」
メガホン桔梗を望遠鏡に持ち、辺りを遠くまで見渡すと、
きつねは、三回礼をして、
箱の奥へ消えて行った。
▽ ▽ ▽
「花豆のおはぎをどうぞ。お茶もまだありますから。」
まるまるとした顔の女の子が、まるまるとした白茶けたおはぎを、
持って来てくれた。
大きな花豆が中央に、米を白餡が包み、ずっしりと重い。
米は醤油味が付いていて、ごまや木の実、豆など歯ごたえのある具が沢山入っていた。
白餡も、味噌と塩と甘味があり、お菓子というよりは、おにぎりと言った方が良い。細長いごぼうの漬け物が塩辛く、とても美味しい。
「白衆太さんの講談は、驚きましたか。こちらのおはぎ、あの方が作られたのですよ。」
「きつねの。」
茶人のお茶を飲み、看板とバスの彼がきつね?
では、丸太の人物は一体誰だ?
夜中に走り、粒を捲いていたのもきつねだ。
「小才楽しく皆を驚かせ、凝り性のある方で洋洋の孤塁を守る勢いで、このような演がある時は、講談されるのです。」
洋洋へ向かうバスの中、同じスーツ姿で走る人物もいたが、あの人もきつね?
まさにきつねに包まれている状態だ。
詠歌相撲のきつねは、少しアクロバテックだったが。
講談も、はっきりとまだ僕には理解出来ない。シェーの意味は何だったのか。
温故知新と創作への意欲。
エネルギーになる資源の力。
僕の欲望は何だろう。いや、人々の欲望か。
アルバイトに明け暮れて、コンビニ飯。
別に、日常の流行などは追っていない。
僕はただ、知りたいんだ。
部分部分と行進して、資源、資源と立ち止まる。
「己身」の己を、全て今の自分に重ねて見る事は出来ない。
洋洋の人々が古き良き時代を守り抜いているのは、きつねが力強く語っていた事だと僕にも感じとられたが、それぞれがきつねならば、
きつねは一体何者なのか。
きつねは、七人いるのだ。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
林の枝葉が揺れ、風がすっと通り過ぎた。
日射しは柔らかくなり、広場はくっきりと目に映る。
と、箱の入り口には行司さんが現れ、もう一人、後ろには、あのおじいさん、草野風さんがいる。
その横には背の高い男の人も。
皆、茶人の所に行くと、お茶を飲み話しをしている。
茶人は、前後ろと、半纏を見せ、脱ぐと彼等に渡した。
着物姿で襷がけの茶人は、まだ忙しそうにお茶を振るまい、公演のパンフレットを手に、出演者達はポーズを取ったり、腕を回し表現していた。
拍子木を小さく打ち、広場には再びリズムが鳴り続く。
背高の人はうなずくと、円形建物の丘を走り、辺りを眺めていた。
/
「ほーっほーっ。彼が。そうでしたか。こちらに。」
行司さんと草野風さんが、僕の方に来た。
「洋洋にご無事で。
草蔓も足にお巻になり、そのお姿。軽装で華奢では肝を消されているのではと。
天工にまどわされず、いらっしゃいましたか。
なかなかご慧敏で。
私も、 あの様な素晴らしい巾着を拝見させて頂いたものですから、何か古風新風と感じ足掛かりになるのではと。
年月も経ちますが久遠に輝いている品々や人々や古伝らで、龍巻が起こりうる気配もありますな。」
草野風さんのおじいさんは、にこやかに話した。
「ほーっほーっ。この氈鹿織は、どなたに?」
「バスの運転手さんに渡すようにと言われたのです。」
「ほーっ。今となっては、大変貴重な品。
洋洋にも残っておりません。
天物を授かり縫い箱と染め上がりと、この絹織りと、年月の味わい深さ、神韻縹渺、素晴らしい仕上がり。一心不乱に創作された形が、全て映されてます。お見事ですな。」
「瑞枝子様、こちらに。」
瑞枝子さんは、薄紅色の上着に、薄肌色の巻パンツ姿で、お盆に数枚布地を並べ、こちらに来た。
「最近織り上げた作でございます。」
と、草野風さんに差し出した。
「花染めされて、草木の色も良く、心落ち着きます。」
「露草や、刈安、桑などで染め上げました。」
「ほーっほーっ。紫紺の羽織りもお持ちになられるかと。ささ、こちらの氈鹿織りを、ご覧あれ。」
瑞枝子さんは、そっと手に取ると、ため息をついた。
「月日が経たれても、このお仕立て上がりと、美しいお色。禁色七色お使いになられておりますが、金銀縫箔に氈鹿の毛も使い、この細かな織り。古めかしさが重みを感じ、洋洋天地開闢と、遠い昔にこの地で創られた物でございますね。石に立つ矢で、糸の一本一本に魂込められ、長い時を経て、道具から創られていましたが。当時もこの巾着までで、精一杯だったと聞いております。
確か、玉も付けられていたはずですが。」
「知らずと、玉は、やはり消えていきますな。」
「ほーっほーっ。お仕立てよりも、宝に目がくらむのが浮世の性。
正し完成されたならば、この時代、再び万の民が憧れ、欲するのでは。
玉の魅力だけではございませんぞ。」
「しかし、鉱石は、やはり、私では扱いかねます。」
瑞枝子さんは、巾着を手の平に置き、光の下、織りを観察し、良く見ている。
禁色七色と言っていたが、色は焼け、全体的にくすんだ古布にしか見えない。
草野風さんは、茶人の半纏を広げ、羽織り、布地を巻くと
「氈鹿織りにこだわらず、清遊にここは創られてみては如何かな。」
「ほーっほーっ。半天学問とおっしゃって、はて、なかなか生真面目なお方ですから、又、そう言ったお話でもございませんので。」
「では、私がお頼みしますが宜しいかな。禁色七色に金銀縫箔、玉はこちらにお持ち致しておりますので。」
草野風さんは、丘を見上げると手を振り、背高の人が建物から箱を持ち、下りて来た。
そして、瑞枝子さんに箱の中味を見せると、中には、赤、緑、青と、三色の石の玉があった。
「ほーっほーっ。なんとっこれは誠でしたか。」
「この様な巾着を喜ばれる方がいらっしゃるもので、創って頂けるなら、石はお持ちします。」
背高の人は、ポケットから、布に包まれた物を出すと、手に広げ、金銀と、小さな塊をいくつか出し、箱に置いた。
「ほーっほーっ。こちらの鋼玉も素晴らしいですな。自然の成りゆきとは思えませんが、磨かれたのですね。」
背高の人は
「一つでも構いませんよ。気に入って頂けたらと、お持ちしたまでで。」
「まず私はお頼み致しました。
巾着はやはり、洋洋の古人の品。大八州を伝承しつつ、瑞枝子さんの思うが香妙し、創作して頂きたい。」
草野風さんは、巾着を確認して、背高の人と見ている。
彼女は、箱の鋼玉を眺め
「こちら鋼玉はとても味わいのある姿で、原石の美しさも、もちろんありますが、荒さが落とされ、川を転がる自然の中の自然を創られたと、円円と、この可愛らしいと言っては失礼ですが、、、。可愛らしいですね。」と、笑った。
円円とした鋼玉は、言われてみれば、派手さは無い。
ギラギラと光り輝いている訳でも無く、箱に座っているのだ。
背高さんが瀧の粋人?
宝石商か?いや、こだわって研摩されている姿を見ると、ジュエリー関係のアーティスト?
僕は、指輪など、まだ触れた事も無く、宝石なども勿論、実際に近くで見る事など無かった。
鋼玉の魅力とは、こんなに人の心を動かすものかと。
宝物を見つけたような気持ちになり、僕も嬉しくなった。
巾着を眺め、行司さんの顔を見てうなずくと、瑞枝子さんは、了解し、
巾着を箱に入れ、林へ戻って行った。
//
「良い風が吹くのではないでしょうか。」
「ほーっほーっ。龍巻でございますか、草野風様。素晴らしい鋼玉ですな。
瑞枝子様も、石を使っての作、お知恵も使われる事でしょう。」
「ただ、私は氈鹿織りを再現して頂けたらと願いますが。」
「なんと、天物は、、、、、。」
と行司さんは、そわそわし始めた。
「香妙しく創作して頂ければ満足です。石も笑って頂けましたから。」
背高さんも笑っていた。
「飾り職をして貰うつもりは無いんですよ。互いに技を出し、より良い物に仕上がれば氈鹿織られた古人も洋洋も喜ばれるでしょう。私の他、居流れて、お求めされたいと願う方々いらっしゃるとの事。
ここは瑞枝子様も力まず、清遊にと創られても、と、言う訳です。」
草野風さんは、瑞枝子さんの傑作を知っていたのだろうか。糸を紡ぎ、草花で染め、それを織り、縫う。
といった、染め場での作業は、とてつもなく長い。
完成は、待ち遠しいが、瑞枝子さんは限りある天物の中で、己と戦い創作している様だった。
行司さんも、石は勧めていたが、
氈鹿織りの再現にうろたえていたのは、何故だろう。
洋洋に伝わり、洋洋で創作する事は、特別な何かがある様に感じた。
そこへ、
「おおおおおー、よいせぇっ」
と、唸りを上げ、石像を担いだ剛駿さんがやって来た。
「本日、山師が来られているとの事を聞いたがぁ、誠の話かぁ。」
茶人のお茶を持ち、剛駿さんの所へ。
剛駿さんは飲み干すと、石像を円盤鍋の横に置き、茶人とこちらに歩いて来た。
「何も石像をお持ちになられなくても。」
「話は早い方が良い。」
剛駿さんは、茶人にさっと頭を結われ、先に丸い布で出来た玉の付いた笠を乗せられている。
「洋洋の千枝となり、水豊かな水村で、私も古くから本能、魂と人間の野心、その者の持つ力を表現したいと石を彫っております。山師に一度、ご挨拶をと。」ごぼっ。
剛駿さんは、少しむせている。
「剛駿でございます。彫刻師でして。農夫百態百千石と長く創作、巨漢の身を巧みに使い、洋洋の柱となる男でありまして。鉱石に話しが通づるお方であればと。本日石像もあちらに。」
茶人は茶の場に案内するが
「ほーっほーっ。剛駿様らしからぬお姿で、拗けがましいですぞ。先程、素晴らしい鋼玉をお持ち下さり
瀧の粋人様も洋洋古伝の織り、大変お誉め頂いて、涓滴岩をもうがつと、農夫百態、お見せ致したら宜しいではないですか!」
「まずは、拝見させて頂きますよ。」
草野風さんと、背高さん、僕も、茶の場に足を運んだ。
「洋洋この地も和楽に風枝を鳴らさず。正しくも、天外に飛び去る事もあるのですな。」
そこには、手を差し伸べたくなる様な、お盆を持った子供の像が立っていた。
草野風さんは
「農夫百態も創られておるのならば、一度そちらも拝見しましょう。」
「山師であるなら頼みがあるのだがぁ。岩石彫り、岩頭に立つも見えるのは、山々の木々。手に掴むは、自然の恵と泉でございまして、洋洋の沸き水も貴重な品。
千年に一度、闇の空から光る天空石が流れ落ちたという伝説をご存じだろうか。ワシは洋洋の泉しか差し出せんが、天空石をお持ちならば譲って頂きたいと願っておるんだがぁ。
なんとか、ご用意して頂けませんかのぉ。」
「天空石など幻の話。それを手にし彫ったとて、どうなさるおつもりですか。」
茶人は何を言い出すのかと、少し怒っている。
「ほーっほーっ。薬玉の香り包まれ、剛駿さまも、酔いどられたか、天まで昇る雲雀、はたまたヘリコン山に登られるおつもりか!石の上にも三年と鉱床に座り鍛練され、まだ九牛の一毛だと、ご自身でも思考を凝らしておる所では無いですか。」
「凝っては思案に余るとも申しますから。」
草野風さんは、子供の像を一周り。
天空石とは、どんな石なのだろうか。
剛駿さんの笠に乗る薬玉と言われる丸い玉は、細やかな糸で鳥の絵柄があり、花草の香り強く、鼻にツンとくる。
少し、お酒っぽい匂いも。
茶人は
「大地の恵も受けず、天空石とは、物珍しく幻を手にし、何を現すおつもりか。」
「天物に変わりはないがぁ、この地、洋洋の開闢に、よばい星が振り落ちたなら、文句もあるまい。」
「ほーっほーっ。己と石と向かい合い、これまでの作にひょがいな事をなさっても、やり玉にあげられるだけですぞ。洋洋に天空石など、盲目の浮木。大欲は無欲に似たりと、ならば、ご自身で創られれば良いではないですか。」
「蚊食い虫がぁ、探し出すかぁ。クククク、何を大袈裟な、行司どのも、茶人も、騒がしいのぉ。ワシが石板に戯れ絵を描いたなら、鬼神になり変わり、天誅じゃと岩を打ち砕きかねんのぉ。」
剛駿さんは、行司さんの羽衣を一枚取ると、自分の首に巻いた。
「千に一度の、天空石ですか、、、、。」
背高さんは、遠くの山を見つめていた。
▲▲▲▲△△△△
「風神、雷神、天恵と思えば、天変地異となり変わり、民衆が求めるは、煮炊きの囲炉裏の山城と、移り変わる季節服。三度の食事と身体鍛え、暇潰しの争いは、墓穴を掘り出す自暴自棄。ゆとりの心のフィールドに、一体、何を求めるのか!」
小さな太鼓を片手に持ち、きつねが再び箱から現れ、とんつくとんつく太鼓を叩くと、円形広場をぐるっと一周走り、箱へ。太鼓を持っているので、メガホン桔梗が、ヒモできちんと外れない様、口に取り付けてある。
「その余力のエネルギー。天恵の無駄を無くすは知恵パズル。学ばざるは無力だと、知らぬが仏と創造するが、一ピースの情報駒では、必要宝の持ちぐされ。
美景を眺め、美しく映し、美の術は、己独自の値打ち財貨とアイディアリズム。
必要性と神秘性へ、希望の綱を辿って掴め。」
きつねは叫びながら言葉の合間に太鼓を打ち鳴らし、またシェーをした。
「時代スタイル、メーキャップ。」
「彼我の美育に名品名物、モダニズムの否定するは、逆境の嘆きか!」
「天壌無窮と安穏に敵無し、飢え知らず。ならば、天空開闢と地を離れ、理と知肥やすも嘆きになるか!」
「その再生の支えとは?!故故し洋洋暁光を焼き付けたなら、美の象徴を現し、進め。皆よろこんぶ。」
きつねは、太鼓を腕に回すとやはり三回礼をして、箱の奥に入っていった。
▲□▲
「ごほっ、ごほっ。失礼。シェーですね。ここは皆さんこういった感じで。
君もほら。」
背高さんが、シェーをした。 訳が解らず、僕もシェー。
鳥が数羽、風に流れて、山高く飛んで行った。
〓
チリチリリン。チリチリリン。
林の奥から着物姿で化粧をした男性達が、自転車を漕いで来た。
しかも三台並んで。
十二単とまではいかないが、かなり重ねて着込み、蓋の付いた籠を斜め掛けにして、後ろには、リンゴボーイも乗っている。
「はーやーしーのなーかーのー。トラーイ。トラーイアングル♪」
リンゴをくるくる回し、
二台目の後ろの人は指揮をしながら、
三台目の後ろの人は
「林の中から、お待たせ致しました。ぱりぱりさくさく、もう止まらない。洋洋焼き立ておせんべい、ああら、あらあら幻か、まほろばかぁープンプンプン怒っておりませぇんったらメーリケーン粉。羽のはばたき手を叩き、お・せ・ん・べ焼けたかな、洋洋の泉、星のかーずーほーどー、リーンリン、リーンリン、お時間参りましたぁわんさか時計からくり煎、本日のーいち押し、リンゴなり、ダブルさくさくぅダブルハッピー。ダイヤモンドがココロにー、愉しみの時は、もっと!もっとあーるーかーらー。コンポーに花を添えて見るも美しーくあり、つばめ住むもさくさくありーの岩つばめ、高速ジェット、やんちゃさまぁお待ち下さい。お・せ・ん・べ・焼き上がりお持ち致しました、お召し上がり下さいませ。」
と、リンゴボーイと輪唱し、自転車を箱の前に止めると、又、数人着物の人々が現れる。
そして、サドル後方から板が広がり、箱に幕が垂れた。
自転車の後方には、扉の付いた木枠が取り付けられる。
下げていた、籠の蓋を開けると、又、蓋の付いた木箱が数個入っていた。
小さいトングと小さいヘラ。
パカパカと忙しく蓋を開けると、さまざまなクリームがこんもりと。
甘い香りが漂う。ぎっしり並んだおせんべいをトングで挟むと、紙に置き、クリームを一塗して、もう一枚重ねる。
人が大勢集まって来た。
昨夜、食べた物よりも一周りおせんべいは大きい。後方に起こした扉の木枠は、花蔓などが彫られ年代物の人形がニ体、木枠に下げられた。着物を着たからくり人形は、小さな男の子と女の子で、その人形も、又、人形を抱いている。
その小さな人形は、壷を抱えていて、その壷が開くと、音が流れてきた。音に合わせ、人形の口も動き、話し始める。
「いらっしゃいませ。からくり煎でございます。何枚食べてもさんびゃくえん。売り切れましたらご愛嬌ー。」
と、言って、彼らは、木の丸いプレートをトランプの様に手に広げ、
「バタークリーム!バーニラクリーム!ナッツクリーム!」
「本日のお勧めは、りんご乗せりんごクリームご賞味あれ。」
ささっと木のプレートを開いては閉じ、集まって来た人々で、次ぎから次ぎへと売れて行った。
「始まる前に、ささ、私達も。」
茶人に付いて、僕らも購入。木のプレートを見せ、僕はお勧めリンゴクリーム。皆もリンゴを食べていた。
さくっと一口。上手い。このさくさく感は凄い。りんごもさくさく。
本当にダブルさくさくだ。
「あっははは、美味しいですね、これ。」
背高さんは、さくさく平らげると、次のクリームを注文。籠の真横に立ち、次ぎから次ぎへと食べている。
僕も次ぎにと、動こうとすると、木枠の扉がすーっと開き、時計が出てきた。
「カーチーコーチー、カーチーコーチー。」
時計の針が一秒づつ動き、文字盤の上にある四角い穴から丸い玉が見える。
文字盤が動くと、回転して微生物になり、魚、動物、猿人類と、進化が現され、人間に。
「おぎゃぁと泣けば、よしよしと。えんえん泣けば、はいはいと。わーわー泣けばうんうんと。よよよと泣けばそうそうと。おいおい泣けばまったくだよと、
にーんげーん、ココロ量りがございますが。カーチーコーチィ。」
時計の針が早く回り、カチッと止まりガチャッと文字盤が手前に開くと、そこから、まゆげの垂れ下がった少年が時計丸枠から顔を出した。
「おれのー昨日は何処へ行ったかぁ、昨日が無くなっちまったなぁあー。」
時計枠から上半身から上がにゅっと出て、実際の顔から一回り小さく顔が描かれていた。
「そいじゃぁ、明日を探しておくとするかぁい。」
と言って下に引っ込むと、髪をおだんごにした婦人が出て来て、
「遣いにたのーみしたいのですが、何処へほっついて、でっち小僧が、またまたぁおりませんたら、きっと無駄足、あげ足、危なぁぁい勇み足。羅針ばーん懐に、夕方日暮れのお米は担いで帰ってくーるーとぉ、
風呂の桶でも洗って待つかぁい。」
団子の婦人は、右へ左へ頭を持ち上げ手をかざし、くるっと回ると下へ降りて行った。
と、横から顔が出て
「小僧、こぞー、この米俵を一俵隣へ運んでくれたら、今日の帰りに十合やろうぞぉ。」
「へいへいへいへい、ありがとやーんす。」
「明朝、二俵で米五合。」
「俺の明日が見つかったぁぁい。」
懐の羅針盤を持ち、ニカッと笑うと文字盤が閉まり
「カチーコーチ、おかずはいらんかなぁ。」
文字盤が開くと、
「おれの昨日は無くなったぁぁぁ。」
「ちょーいと、朝日が見えてぇきました。魚をついでに釣ってぇおいでぇ頼みましたよ。」
とととととっと。
「魚を腰にぶら下げてぇ、米二俵じゃぁしゃれが気かねぇ、乙にしておくれよぉ。」
「おーおー、そいじゃぁ、夕暮れ二俵の朝一俵、米五合の朝十合。帰りに味噌を持っていきなぁ。」
「へへへのへって、こりゃぁ有り難やぁ。」
「あらあら、小僧さぁぁん、その魚と交換しとくれ、味噌をやるからいいだろう。」
また横から別の婦人が。
「へいへいへいへい。味噌頂きましたからには、どうぞ。どうぞぉ、お召し上がりを。」
とととのとっと。
「おれの魚がなくなったぁぁい、釣って帰りぁなぁ元の木阿弥、おいおいおーい。」
「カーチーコーチー。」
文字盤が閉まり、すぐ開くと
「小僧さん、起きて下さい夕暮れ時よぁおお。」「おれの昨日が。」
「一体何匹釣れたーんだぁ、からっけつじぁ一匹やらぁ。代りに船を押してくれるかぁ。」
「船を押してぇ一匹かい?もっと押すからニ匹くれーい。」
「船を押すのは一回だ、小僧はとっとと家帰れ。」
「へへへのへ、まだ家には帰らねぇ、おれには俵の仕事があるーさぁ。」
「どーもおはようございます。俵は一俵お運びしました。十合頂き、魚もありぁあ、まったく申し分ありませぇん。」
「挨拶が違うじゃないかぁい?明日も一俵頼んだよ。」
「おれの明日、米一俵?、こんなに上手い話は無いやい。」
「こりゃあ随分、りっぱな魚だ、米は合わせて十五合。味噌も頂いてくるなんて、なかなかお前もやるじゃぁないか。」
「そいじゃ味噌屋を始めるかいな。おれの魚が無くなったぁーい。」
「時は金なりぃ人情けぇ。」
カチーコチーカチーコチー。
「知恵の輪はずすも時次第かぁ知恵しだぁい。朝三暮四に満足せーずー にーぃ、何をお喜びしておりますやらぁ。
寝る子は育つぅが、空気飯ぃ、腹が減ったと時数調整ぃ、足してぇ足しておくんなさぁい。おほほ、ワシは漁師じゃ文句があるかぁ。ノンノンッ親方ぁらーしんばぁん長けりゃ、風見鳥ぃ、茹で玉子の目玉焼きぃー、満腹かぁい?まだのまだなら、大航海ぃ、お待ちしています。わんさか時計のからくり煎〜、お・せ・ん・べ・焼き上がりましたぁ。」
時計塔にいたと思われる着物姿の人達が、幕が上がると大勢現れ、またそれぞれの籠を下げ、からくり煎が販売された。
「からくりぃー、おう、からくりぃー。茶番狂言も暇なしじゃのぉ。ワシも、貰っとくぞぉ。」
剛駿さんは籠を抱え、ばりばり食べると
「水潤い溢れる洋洋水時計も、四方の海になったかのぉ。」
「ああらあらあらこんにちは。海の物とも山の物ともつかぬのでは、困りますからねぇ。」
「ぐぁはははあ、水畑の実りあってこそかぁ。」
「剛駿さまぁ、岩壁で戦われて鉱泉飲むとぉは、お体に毒にぃ、知ってか知らずぅかぁ私どもも心配しております。」
「天恵じゃがぁ。」
「ほーっほーっ。水時計を創られ、時をお忘れになりましたか。」
「聞こえておる。蚊食い鳥もおるしのぉ。」
「まぁまぁ、ご自分にも水路を創らぁれては。私どもは石こぎ、すり鉢、お頼み申します。
わんさか塔に山の幸ありぃ、穴ぐら住まいもぉ好きずき、寝鳥かぁ道楽かぁ。」
「ほーっほーっ。天空石とは申さずに、剛駿鉢とは、これまたお高くつきますぞ。」
「なんとぉ天空石ぃ。天眼通でもお持ちですかぁとぉ、羽がはえればぁ巨像も泣くかな、きたかきたきたお時間参りましたぁ、私どもはこれにて失礼。」
「かっぱぁのいーしうすぅ、みーず時計ぃ、農夫ひぁくたい心にあれば、ぱりぱりからくり剛駿鉢もお持ち下さぁい、はいはいはいのわんさか時計、からくり煎、いつでもお持ち致しますぅ、穴ぐらまでも参ります。天空石っご注文はぁいりましたぁ。」
からくり煎の人々は、手を振り礼をすると、幕を引き、箱へ入って行った。
「ほーっほーっ。と、では私どもも、参りましょう。」
まさかと思ったが、残された三台の自転車に、剛駿さん、背高さん、僕、後ろには、行司さん、草野風さん、なぜかリンゴボーイが乗り、円形広場の水車へ進むと、その先の水路を走って行った。
水が勢い良く流れ、パタパタと水車は回る。
建物の扉は全て閉まり、何処にも入り口が見当たらなかった。
皆は何処から、、、、
いや、僕も何処から入ってきたのだ?
水路林を走り抜けて行くのが、鉄橋からトンネルへ入って行った、あの時の感じに似ていた。
パーンッと鳴った音が水車の回転音と重なり、美しく並んだ過ぎ行く林が、トンネル内のライトと同じ間隔なのだ。
空高く伸びる林の中に包まれながら、僕は自転車を漕いだ。
﹅﹅﹅﹅
水時計に着くと、自転車を降り、田畑に続く水路林へ。
皆、剛駿さんの後に続き歩いて行った。
リンゴボーイは相変わらずリンゴを回転させ、一口かじっては回し、水路林で飛び跳ね、足や手を上手に使ってはジャグリングしている。
「洋洋の泉、星の数程と、水豊かなこの地に、なんともこれは、茶人が百千石とおっしゃったのは誠ですなぁ。ほぉう。」
草野風さんは、まず石像の数に驚いていた。
「勇ましい姿ですね、雄雄しくもあり、人間的だ。
大らかで、迫力もある。
あまり普段目にしないポーズもまた面白いですね。農夫であり、自身であり、心ですか?
農業という一つの職に対する深い熱というか、剛駿さんの念も感じますね。」
背高さんは、さくさくっと歩き、さまざまな石像を見て歩く。
水路林にずらっと置かれた農夫百態は、剛駿さんの生き甲斐なのかもしれない。
僕はもちろん担ぐ事も、彫る事もで きないし、ただ圧倒されていた。
「いいですね。この作品が僕は好きだなぁ、なんとなく嬉しくなりますね。」
と、手を繋ぎ空を見上げる二体の像の前で止まった。
「行雲流水と自然の中で生活している者でなければ、表現出来ない表情ですな。」
背高さんも、草野風さんも好意的に石像を見て歩く。
厳つ《イカ》い風貌で、巨漢の剛駿さんだが農夫百態と言われるこの作品や、洋洋村での人々に頼られ、守られているのを見ると、とても真面目で優しい人なのだろう。
一体、一体彫っては担ぎ、豪快な剛駿さんが作品に表現され、その思いがダイレクトに伝わってくるのだ。
僕もなんとかして、成功してほしいと、心が熱くなった。
剛駿さんは、かなり道の奥まで歩き、進んで行くと振り返り両手を挙げ、大きな声で話し始めた。
「さまざまな人間、風の姿はぁ、時に己の鏡になるがぁ、この千枝に何を受けたか。血となり肉となり身の知となり、骨となり、創造させ創造するとぉ、農夫の苦節、誇り、洋洋が一つ洋洋であるからこそ、創造の大地としてだぁ、育て成り行く天真爛漫。
ワシのこの造形美現、農夫百態であります。」
草野風さんはうなずき感心して
「壮健である事も感謝されているのですね。」
と、木枝に包まれるようにして、屈み込む農夫の姿を見ていた。
「しかし、農夫百態、この奥深い水路に、何故置かれているのでしょうか?」
背高さんが、不思議そうにつぶやいた。
「水田があるんです。洋洋の水畑で、そこの続く水路だと聞きました。
凄い迫力ですよね。なんだか、勿体無いと言うか、、、、。水時計にも彫刻があるんですよ。僕は、ちょうど水が引いた時に見る事が出来たんですけど、石像も担げ!
なんて、ははは。
この作品も豪快で、本当に素晴らしいですよね。」
と、感動を伝えたその作は、仁王立ちで棒を持ち、こちらを強く睨みつけ、何かと戦う農夫の姿だった。
良く見ていなかった訳では無いが、逆にこちらを見透かされているようなこの像の真正面で、僕は思わず後ずさりをした。
「直球投げるのも受けるのも、構えが必要ですよね。水畑に続く水路では、なおさら深みが増しましたよ。」
背高さんは、水路の先を見ていた。
○○○
◯◯
◯
◯
◯
リンゴボーイが、リンゴを一つ。
さっと返すと二つ、三つ。
僕らにもそれを手渡すと
♪
♪よーこーそ、いらっしゃいました。果て無き土地をさーまよーいさがーし手にするはぁー
桃かはたまたりんごーかぁ。洋洋水郷ぉ〜仙郷へー、ターイームートォラァべェルゥ♪
それでは私がご案内させて頂きまぁす。♪
リンゴボーイは剛駿さんにお辞儀をして、後ろ歩きでステップを踏みながら、水路林を進んで行く。
林の道は少し幅が狭くなり、木枝が頭に掛かってくるほどだ。
林の中には小鳥が沢山いて、全く逃げる様子は無い。
すーっと今度は道幅が広くなり、林の左右には所々に赤い実のなっている木が何本も立っていた。
♪
「元気を食べて、元気をくれる、いちにっさん、いちにっさん、
♪はーやーしーのなーかーのートラーイアングル。
りんご食べれば雀も踊ーる
欣喜じゃぁ くぅ やぁ くう、身体も軽く、シュッシュと出して、ポッポと走れば、でごいち良い地と、牛も踏ん張る。
美味しいでーすか?美味しいでーす♪
りんごの事なら、ワタクシ紅悠倫太郎になんなりと、お申し付け下さい。」
♪
絵に描いたようなりんご畑が現れて、勇ましい農夫百態から一転、童話の世界に迷い込んだみたいだ。
小さな色とりどりの花絨毯に小鳥も飛び交い、林の奥には蔦に紫色や黄色に光る実も成っていた。
太陽が水路を輝かせ、果物の良い香りで、リラックスしてきた。
小さな野リスが花絨毯からこちらを見ている。
警戒心も無く、さらにもう一匹。
揃うと、りんごの木枝に登っては交互に枝に飛び移り、僕達を確認している。
そして、足元をちょろちょろ走り回り、通行を妨げてきた。
「許可ヲ頂きませんとね。」
リンゴボーイは、ジャグリング。
野リスが僕の肩によじ登り、結んであった袋をかじる。
するっとほどけた鞄から、思わずそば団子を取り出して、野リスに差し出してみた。
野リスはそば団子を両手で抱え、鼻をクンクンいわせると、口にくわえ、花絨毯まで走って行った。
もう一匹はまだ足元から離れない。
剛駿さんの頭に登り、薬玉の匂いを嗅ぐと、ぎょっと反り、下に落ちてしまった。驚いたのか、気絶しているようだ。
「わははは。茶人も余計な事をしおってぇ。」
剛駿さんは、リンゴボーイからジャグリングしていた丸い玉を取ると、野リスのしっぽを掴み持ち上げて、
玉を野リスの鼻に押し付けた。
野リスは、ぱっと目を覚まし、
逆さのまま両手で掴むと、
花絨毯へ走って行った。
リンゴボーイは、残りの玉を野リスに投げると、
「ハイ。オーケー頂きました↓可愛くて、とても懐いておりますが、まれに耳をカジッてくる時も、ア リ マ スので、風靡に楽しんで下さいね。」
野リスに投げた丸い玉には、木の実などがぎっしり固められ、ナッツボールといったところか。
リスがそば団子を食べるなんて、聞いた事がないが、花絨毯の草影から、数匹野リスが集まると、木枝にわらわら飛び登り、僕らの事を眺めながら、団子やナッツボールをかじっていた。
ここで生産されているりんごは、
木に実っている状態からピカピカに磨かれており、りんごのガラス玉だ。
「あれ?」
・・’’・.・・本当に',ガラス玉だ。
「ほーっほーっ。影武者に出会いましたな。どうぞ、お取り下さい。」
ポキッと枝から折り、掴むと、
ずっしりと重く、
さらに甘い香りがした・・,,・・
「りんご飴でございますか。これは楽し。」
草野風さんは、懐かしそうに楽しんでいるが、なんだか子供扱いされている気がして、僕は少し負に落ちなかった。
しかし、甘い飴が身体の疲れを癒し、本日、三つ目のリンゴは、しゃりしゃり瑞々《ミズミズ》しくエネルギーが補給されていく。
♪
「♪リーンーゴー三昧ぃリンゴパーイ♪ リンゴ何かとぉたぁぁぁずぅねぇぇたらぁ、
洋洋リンゴに聞いてみな。
いやはや・,“”・・」
と、紅悠輪太郎さんは、リンゴに型抜きされた、リンゴカードを皆に配った。それには、
==========================
♪♪♪♪++++++++ 紅悠倫太郎
ドコにでも参ります ♪♪♪♪+++++
==========================
リンゴ元気の歌い文句に、洋洋林檎と林檎の絵が描かれていた。
「紅悠味も出てきたのぉ、ぐぁははは。」
「慮外千万おユルシヲ」
「ほーっほーっ。良いではないですか。皆、楽しんでおりますぞ。
りんご紅悠、絵描きの輪太郎、新作ございましたら拝見させて頂きましょう。」
彼について歩くと、林の中にはツリーハウスが建っていた。
大きな木と木を上手く使い小さな小屋がある。
下にも、もう一軒。
梯子や、ロープでツリーハウスと繋がり、とても大きなドアがあった。
板が何層にも打ち付けてあり、継ぎ足してあるのか、そういうデザインなのか、家が膨らみ丸みを帯びている。
壁からも所々に草花が咲いていて、鳥の巣も作られ、窓が上下と無造作に何ヶ所もあった。・,,・’’・
「ここのぉ、アトリエの外壁も食い物みたいになってきたなぁ。」
「ほーっほーっ。りんごも実りそうですな。」
「リンゴもモチロンございますが、どウぞ、中におハイリクダサイ。」
紅悠輪太郎さんは、大きなドアの鍵穴に、大きな鍵を入れ、ドアを開けた。
家の中は、外壁の賑やかさとはうって変わり、いくつかのカンバスと筆、画材しか無い。
部屋の奥に布の掛かった大きなカンバスが一点。これが作品なのだろうと期待した。
〓〓〓
〓 〓
〓〓〓
ささっと、布を取ると、
動物が楽器を演奏している絵が描かれていた○
色鮮やかでインパクトがあり、賑やかな抽象画だ○
「楽しい絵ですね。こちらにある他の絵も見ていいですか?」
背高さんは、立て掛けてある絵を数枚見に行った。
「食事が楽しくなる絵ですね。こちらも。」
と、不思議な形の食器にフルーツや野菜が描かれていた。
他にも、あの野リスが正装して食事をし、歌っている絵や、花絨毯のような人物像の絵など、どれも面白い。
「愉快な絵ですな。」
草野風さんが言うと
「からくり煎のカタガタほど、ユーモリストでもナ・イ・で・す・け・ど。」
紅悠輪太郎さんは、筆を回し、カタカタと、からくり煎のまねをして、笑った。
アトリエの窓を数カ所開け、明るい日射しと草花の良い香りが入ってくる。置いてある絵画も並べ、壁に掛けると、ちょっとしたギャラリーだ。
窓枠に細かな粒を捲くと小鳥が沢山飛んで来た。一列に横になり、啄んでいる。
「こちらの絵画のテーマは?なんというか、天物を身近に持つ者の強さを感じますな。」
「ソウデスネ。洋洋での暮らしの中デモ、この林で他の生き物達と触れ合うコトデ厳しさも日々感じますが、タダそれだけでは無いんデス○
僕なりの楽しさというか、
こうなんデスヨネ○
補 足 しーまーすぅとぉ。」
紅悠輪太郎さんは、シェーをした。
「あの、そのシェーって一体 何の意味があるんですか?」
「ン?は。は。は。これ、洋洋では、ナチュラルポォーズ。楽譜のキゴウにアル㌃でショウ」
「ああ。シェーじゃ無かったんですねぇ。」
「ああぁ。」
背高さんと僕は、また二人でシェーをすると、笑った。
「ナチュラルかぁ。」
僕は少し納得したのだが、自然にと考えさせられると、岩にぶつかっている剛駿さんや、草木を扱う瑞枝子さんの精神力、趣きのある姿をストレートに受け、何だかとてつも無く、大きくて大変で、とても僕には、まねの出来ない事なのではないかと、ここに来て改めて強く感じた。
◯ ⚪︎。
◯⚪︎。
◇㌧㌧ヤギ部屋がアトリエに運び込まれリンゴボーイと畑でジャグリング。
僕も日の当たる大木にツリーハウスを建てた。
野リスも懐き、焼き立てのおせんべいをほおばる。
水路林に寝転んで、本を読み、リンゴ畑のお手伝い。
暫くすると、花絨毯にはテーブルが運び込まれ・・,
そうだ! 皆で楽しく食事なんてどうだろうか。
本も貸してあげれるし、剛駿さんだって穴ぐら暮らしなら、僕なりのサポートとして喜んでくれるのでは無いだろうか。
うん。これは、以外に出来るのでは?
岩は担げないが、収穫したリンゴ や、瑞枝子さんの衣装、刷り場のパンフレットなど、引っ越し屋のアルバイト経験もあるし、この洋洋の自然の中でなびき、従い、案外楽しく暮らせるのではないかと。草花の香り包まれ↓↓顔もほころんだ。
⚪︎◯
チ、チ、チ。コーシコーシ、カーラカーラ、チチチチ。
小鳥も囀り、なかなか良い環境かもしれない。小鳥達も歓迎ムードか、僕の頭や腕に乗り、チチチチ鳴くと餌や種を運んでくる。
花絨毯でナチュラルに立ち、空を見上げていると、花や草蔓も成長し、膝の高さまで伸びてきた。
僕を支えにぐんぐん伸びると、体や頭の先まで巻き付いて、
僕の体も太り、大きく膨らむと、
↓↓僕は一本の木になっていた。
⁑
腕の先からりんごが実り、それをリンゴボーイが収穫する。
リンゴが一つ実ると、体が木になり枝になり、
顔からも芽が生えてくる。
僕は必至に体を揺らすが、まったく身動きが 取れない。
喉が渇き、激しくもがく。
鳥達は、僕に気が付かず、枝になった腕に止まっては鳴く。
チチチコーシコーシ><>< ... .... .... ...
喉が渇いているんだよ。
早く水を○○○○○○水を。
体中の水分が少なくなり、気を失いそうになった,・,・
’','・.. .. ’’、... ,。’ , , ,
しかし、僕は水時計の底にあった女神が子供を抱き抱える姿の彫刻、
親馬と子馬、
親鳥と雛鳥が寄り添い、
全てから守り抜いている姿を思い出し、
ゆっくりと、目を大きく開いた。
..... ..........
カーラカーラチチチ、コーシコーシ。
「ハイ。ドウゾ。お水デスヨ。」
「はっ」
と気付くと、僕はナチュラルポーズのまま、
数羽の小鳥に止まられアトリエに立っていた。
「コんナ感じでどうでショウか?」
正面にはリンゴボーイが筆を持ち、カンバスに絵を描いていた。
カンバスには、大きなりんごを頭の上で片手を持ち上げ、小さなリンゴを抱え込み、
人の走る姿が描かれている。
「バランスいいですよね。軸がしっかりしてますよ。」
「ほーっほーっ。瑞枝子さまの支えもあってか、草蔓も功を奏して、上手く作品も仕上がりましたな。」
「僕?ですか?この絵の人物。」
一体どれ位、僕はナチュラルポーズのまま、アトリエに立っていたのだろうか、、、、。
固まっていた体勢を戻し手足を下ろすと、鳥達が僕の周りを忙しく飛び、耳元で鳴き始めた。
何を慌てているのだ。何か、僕に伝えようとしている。足がしびれていたのか、思わず前のめりになり踏ん張る。絵を見上げ、僕は、ふと、バスから見えたあのゼッケンの文字を思い出した。
「天籟歌鳥聴」
そして、丸太の様な物を肩で運んでいた人物。目が合った彼は「僕だ」
「ドウシマシタ・カ?やはり長くポーズを撮って頂いてイタノデ、
疲れマシ タネ。」
「いや、あの、大丈夫です。」
「行司さんと走られてる姿は、なかなか林を守り、毒気を払う鐘馗神か、はたまた、伝来届ける精霊か。
「月夜ノ下、雲の流レと共に美シク、林に溶け込ンデいましたノデこの様な↓姿に描カセテ頂きマシタガ。」
リンゴボーイと紅悠輪太郎。彼は僕を何だと思っているのか。
絵の感想を言おうとしたが、言葉に詰まり声が出ない。
ドアが開き、剛駿さん、草野風さん、背高さんが、入って来た。
「拝見させて頂きましたよ、ツリーハウス。折り畳み式の家具、テーブル一つでイスにもなり、寝転がる事も出来るなんて、アイディアものですよ。」
「大したものですな。木目も美しく、窓枠や、柱に収納と、細工も素晴らしい。」
「おう、あー、ツリーハウスはぁ、紅悠輪太郎氏の創られたものでは、ございませんがぁ、今は、わんさか時計塔の修復をしております。」
「ほーっほーっ。お時間ございましたら、ご紹介を。」
「ワタクシ●リンゴ狂かとモ思われ
ガチデスガこれでも絵描きデスノデ
宜しくお願いシマス。」
「称号に、りんが付いては、同じじゃがぁ。ぐぁははは。」
「ほーっ。才芸多くも、ムダもその者なのですから、紅悠輪太郎の今をご覧頂くのは、剛駿どのも同じ事ですぞ。」
背高さんは、エサを掴むと、窓にいた小鳥を手に乗せ
「自分の巣があっても、こうやって飛んで来る。欲張っている訳では、無いんですよね。
洋洋で過ごし、自然と友に走って行くと。彼のこの絵からも、そこの所は伝わって来ますよ。」
「これもまた、りんごも彼も誇張されておりますが、愉快ですなぁ。」
ナチュラルポーズから林の中をリンゴ抱えて走る僕。背高さんが客観的に捉えているので、考えているうちに、僕も僕に見え無くなってきた。
リンゴを育てながら絵を描いているというのも、大変な苦労だ。
このアトリエや花絨毯が異空間を創り出し、彼なりの世界観で、それを打ち消し描いているのだ。
僕がポーズを撮り、彼は僕では無い僕を描く。
↓↓↓↓では、僕は?
大きなリンゴが何処となく光って見え、僕はカンバスに近付き両手で掴んだ。
「ぐぁははは、絵に描いた餅じゃぁ食えんのぉ。」
「ほーっほーっ。りんご満載ですぞ。土地も肥えれば可能かな。ほーっ 。
剛駿どのも口が過ぎますぞ。
ならば競作されますか?
この時も授かり物ぞと思えばですぞ。」
行司さんは、はりきった様子でアトリエで創作意欲を掻き立てるが、競作という事は、まさか、、、、
モデルが僕?
それは困った。僕は今、この絵から解いている所なのに。
僕はそんな、、、、。
「行司どのぉ、山師も来られておる所に何を言うがぁ、ワシの農夫百態で洋洋を感じて貰い、有り難く思っておる。」
「ならば、天空石などとは、おっしゃらずに。
私は、今、そのものの作、極めて続けられ、集大成として一つ、洋洋の地に残しておきたいのです。」
「行司どのの方が、遥かに大きくお考えされているのですな。
一つご提案なのですが、先程の農夫百態の作から、私はとても気に入った石像がございましてな、
ご無理でなければ一度、お持ち頂きたい。
実は、集まりがございまして、お話をすれば解る者もおられると聞いておりますが。」
「なんとっ。誠でございますかっ、剛駿、良いお話ではないですか。」
行司さんは、巨漢の剛駿さんの手を握り、目を輝かせている。
「その集まりと言うのは、私の娘が踊りをやっておりましてな。
その定期公演で飾らせて頂きたいとお願い致したいのですが。
水路林で拝見しまして、二体手を繋ぎ、空を見つめる石像が、今回の公演の一つ、現れ、と合いましてな。
剛駿さん、洋洋の地の思い詰まる作、一つ、お力添えをして頂けませんか。」
刷り場でのポスター、
草野風さんの娘さん、
桔梗坂町での定期公演、
踊る彼女のシルエット、
やはりあのポスターは、彼女だったのだ。
僕は、最初のパズルの一ピースが、少しづつ集まって来たのを感じ、
心踊らせた。
「あーごぉ提案、感謝ぁ致します。ワシの石像が踊りの表現の支えになるとは、嬉しくもありますがぁ、現れと合うと言うがぁ、農夫舞踏、洋洋新劇と、この地にも古くから己の千枝を体で表現しております。
茶人の会もそうじゃがぁ。もう一つ、このワシに山師のお考えを話てぇ頂きたい。」
「はい。私、草野風と申しますが、本日の茶人の会、楽しませて頂きました。
洋洋の風月にこだわられ、洋洋醇風美俗も太陽の下、光り輝き、洋洋大河にそびえ立つ、人間万朶を表現なすったと。
大変素晴らしい。
私としては、レーゾン・デートルと、存在でございます。存在理由の現れと申しますか、今回、剛駿どのの溢れる生命力を強く感じましてな。農夫の姿である一つの価値と、それを創られた彫刻家としての剛駿どの、大変深く感銘を受けました。その、レーゾン・デートルを現したいのです。
解って頂けましたか?
存在の現れとして、私、娘と全てにおいて舞い、踊り、表現し、公演を続けておるのです。」
「あなた様は、もしや、、、、、。」
行司さんは、草野風さんの話を聞くと、
さっきまで浮かれた様子だったのに、何か考え込んでいる。
「ぐおっ、しかし、ワシの石像一体では、、、、。」
「農夫百態、洋洋創造の大地として。剛駿どのの造形美現として、私も十分理解しました。私の現れには石像一体からの力、寛厳、芸術感覚、自然の中での人間のレーゾン・デートルその身美を現したいのです。」
「どうあるべきなのか、、、。どうありたいのか。私もぜひ見てみたいですね、剛駿さんの石像と舞踏を。」
背高さんも穴ぐら暮らしで彫刻を創作している剛駿さんの気持ちを何ら感じているようだ。
「ぐぉほぉ、お話しぃ、わかり申した。洋洋奥の水路、ワシの農夫百態もぉ、一つ己の価値としてこの良き好機、
草野風様の現れに、ご賛同させてぇ頂きます。」
「承諾していただけましたか。有り難うございます。心奮い立ちますな。」
「ウェット&ドラーイ、という訳では無いですが、石像も彩られ、剛駿さんのエ ス プ リ新天地へ。
ワタクシも半農絵描きナガラ大変嬉しく思 イマス。」
紅悠輪太郎さんは、窓の外にエサを振り投げ、小鳥達を羽ばたかせた。
背高さんは、上着を脱ぐと、付けていた腕輪をはずし、差し込んでくる日に照らし、話す。
「天空石が天からの授かり物として、人を魅了するのも、出会いなんじゃないですかね。
このルビーも闇で育ち、岩そのままの美しさもあります。磨き上げ創作する事は、私も同じです。
華麗な装飾美と、森厳美の寂と、洋洋の自然。
リアリズムである所に、
イメージを創り創作表現として残す。
それは大地が変わっても、言霊ともとれると思うのです。
洋洋を感じたからこそ、今回、草野風さんのご提案は、本当に素晴らしい。
この石の輝きに、何を思うか。
疑問がひずみ、攻撃や争いが起るのは悲しい事です。憧れを抱き、その情意の術を現しする事は、他の目からの憧れに変わる事もあります。
私は、とても楽しませて頂きましたので
紅悠輪太郎さんのアトリエに、この腕輪を置いて行きます。
それと、 りんごも使い、絵を描いて下さいませんか?
紅悠輪太郎さんが描く世界観に出会えた事も、一つ、天の巡り合わせかもしれませんしね。」
背高さんは、彼に腕輪にある、ルビーの輝きを見せ
「ユーモアのある白昼夢を見た様です。お願いできますか?」
紅悠輪太郎さんは、少し驚きながらも、右手、左手から筆を出すパフォーマンスを見せ
「ワタクシ、リンゴ紅悠、絵描きの輪太郎、花絨毯で野リス達も紅玉の美しさに心踊らせーる事でしょう+++++ワタクシの世界観を気に入って頂き嬉しく思います。+ + + + + + + + + + + + + +
この出合いに感謝してお承り致します。」
と、背高さんから腕輪を受け取った。
「コノ洋洋に伝わル風説がゴザイマシタ。理想郷を創ルべく、この僻村に集マり、古川に水絶える事ノ無クト、己ノ創造美にコダワリ、礎を築き上げ、行雲流水、自然ヲ友とし、水豊かな水郷、洋洋村を作り上げてキタノデス。全てが順調に進ンで行った訳では無い。
タダその者達は、創作創造、互いノ表現に集中、全身全霊をカケテ、打ち込ンでいければと嘱望シ、己に賭けてイマシタ。ソノ、洋洋ト生き、村で生活シテ 行く中で、一つの転機が訪れたト・・・」
「ほーっほーっ。そこまでで、ございます。
剛駿どの、紅悠輪太郎、玉磨かざれば光なし、お二人の創造の力は、届いたのですぞ。洋洋古伝、古詩を心に、なお一層、励まされて下さります様、私もこの出会い、流星の塵を掴んだかと。洋洋風聞に伝わる報謝花の雲、お二人の創作、
天馬に乗り行けて、空も微笑んでおりますぞ。私、行司も感謝の礼をさせて頂きます。」
行司さんは、とても感激し、草野風さんの手を握ると、手の平を見つめて
「魚道でお話し出来まして、大変有り難うございました。花伝書をお持ち致しますので、ご覧頂きたい。」
と、力強く、礼をした。
○○○○○○○
「こちらにいらっしゃいましたか。」
外で人の声がする。開いていた窓から、トンボメガネを掛けた、管理室のおばさんが顔を出した。
「片田舎の円村で、大した物はございませんが、洋洋加薬飯、召し上がって行って下さい、
円形広場で日暮れ、夕暮れ、太陽と月が互いに輝きを見せ、広場の山影もお楽しみ頂けます。あなた様は、広場から右手、蜜柑の間、そちら様は、左手、古楽の間で、お休み下さい。」
二度び木の鍵を渡され
「行司殿、ご案内を。」
呼び出すと、リンゴボーイと一緒に外のツリーハウスへ。
紅悠さんは、軽軽と登ると、ロープから屋根へ渡り、何か取っている。蓋を開け、ビンを数本持ち、箱に入れると箱ごとヒモに掛けた。
梯子を渡り、箱とロープから下ろす。
「手製のシードルです。ワタクシ△こちらも自慢ノ品。
後程、お持ち致シマス。」
「ほーっほーっ。花も実もあると、この好機は、まさに天馬空を行くか。悠悠閑閑、輪太郎、出会いの杯とさせて頂きましょう。」
僕は、、、、、、もう一度あの絵を眺めた。
「絵解き、するがぁ、ワシに映るはこのままでは、洋洋瓦判じゃぁ、
がぁぐぁがぁ、話しも利鈍あるがぁ、
勇ましくも進めよ、洋洋加薬飯、一度食べれば、お前の目にも映る。」
「勇往邁進と、この洋洋に来たのですからな。」
この絵の意味する所は、僕だってそのまま真に受けている訳では無い。
ただ、自分は、丸一日走りに走って洋洋にいる。こんな事はしていないし、客観的に見たって、僕じゃ無い。こんな大きなリンゴだって、、、
ある訳が、無いじゃないか。と、、、、、、、、、、。
考え始めた途端、 足が鉛みたいに重くなって来た。
「さぁ、では円形広場に行きましょうか。」
背高さんも、草野風さんも、剛駿さんも、皆、広いドアへ向かい外へ出て行く。
ちょっと、、、、、、、待って、、、
体が重くて、、、、僕は、動けない。
紅悠さんは、外から窓も閉め始める。
僕は、手を必至に動かし、前へ体を動かした。
すると、窓の隙き間から、鳥が一羽飛び込んで来た。と、同時に
「言継です。僕、言継幸男っていいます。」
ドアに向かっていた三人、窓から紅悠さん、行司さんも振り返り、
「ほーっほーっようこそ洋洋へいらっしゃいました。さぁ円形広場へ参りましょう。」
「言継ぅ幸男さん、ようこそぉ剛駿でございます。がぁはは。」
チチチチと鳥が僕の肩に止まると、ふっと体の力が抜け、僕もドアから皆に続いて外へ出た。
﹅﹅﹅
カラカラと自転車に乗り、水時計まで走るが、紅悠さんがシードルを抱えているので、かなりペダルが重くなった。
水時計で、少し待つようにと行司さんは言うと、草野風さん、背高さん、三人で、刷り場へ歩いて行った。
「行司どのもぉ、ワシらの事、感極まり、涙ぐんでおったのぉ、、、、 、。」
水時計が四回水砲を上げ、時を知らせた。
/////
‖‖‖‖‖
‖‖‖‖‖
「あ、六款さん。」
林の奥から男性が束ねた木を、引き車に乗せ、歩いて来た。
「風呂を焚くのでございますかぁ、六款さん。」
「おー剛駿、熱い勇魚風呂に入って行きなさい。紅悠とそちらも。加薬飯を食べる前に、風呂で邪気も垢も落としなさい。かながきを入れておきますから。」
「有り難うございます。僕、言継幸男と申します。」
「そうですか。洋洋村へいらっしゃいましたか。ご一緒にどうぞ。」
「刷リ場にいかれてマスカラ、マダお時間大丈夫デスヨ。自転車を置いて参りマショウ。」
紅悠さんは、シードルを持ち上げ
♪
「♪五臓六腑にぃしみわたぁるぅ、琥珀リンゴの泡酒でゴザイマス♪
お召し上がりヲ。」
弾んだ調子で、引き車に乗せ、掴むと、林に歩いて行った。
「ぐぅぁはは、人三化七では、驚かれるからのぉ、綺麗さぁっぱりとぉ、勇魚風呂の湯に浸らせて頂きぃます。」
「岩風呂とは、また湯も違いますから。日々邁進されて身体も岩の様になっていては、今後の創作活動、魂の緒も繋げませんよ。」
林の中には水路があり、この道は、また何処かへ続いている。
不揃いに立っている材木の柵が、水路道に続き、その上には焼き物の行燈が飾られていた。
足元は板が打ち込まれたデッキになっており、小さな白い草花が、所々に咲いていた。
林の木が今までよりも太く、どっしりとそびえ立つ。
左手に太い大木が一本、網が巻かれており、湯のみと皿が置いてあった。
もしや、と思ったが、大木を過ぎると巨大なあの勇魚が現れ、
僕達をお風呂に案内してきた六款さんとは、勇魚窯の主だったのだ。
闇夜で荒々しくも感じた勇魚窯は、広々と整頓されており、焼き物達が並んでいた下には木箱が連なる。
小屋の横には「勇魚工房」と描かれた建物もあった。
その建物の奥に、お風呂はあり、紅悠さんは木車を運ぶと・・,,・・’’・
「はい、ワタクシとサチオさん、勇魚風呂のまずは火ノ番、勇魚風呂焚、三助カァァァ、
剛駿サン、碧瑠璃の艶やかさ、洋洋と、お身体創作の苦ヲ癒して下さい。」
「碧瑠璃でもあればぁ、ワシも柱になれるがぁ、うおぁははは。紅悠ぅ、熱い風呂を頼む。六款さん、お世話にぃ、なります。」
紅悠さんと僕は、引き車から束ねた木を小型の鉞で薪を作ったり、薪を焼べたりと、身体休まる事無く、無我夢中で勇魚風呂の湯を焚いた。
湯煙立ち、強い香草の匂いもしてきた・’,,・・,,・・
・’'',‘
ざばぁぁーっと勢い良く湯を流す音が聞こえ、しばらくすると剛駿さんは長い羽織に褌姿でゲタを履き、薬玉の笠に衣類を入れ勇魚風呂から出てきた。
「ワシはぁ、六款さんの小屋で休ませて貰うぞぉ。」
搗きたての餅のような笑顔で、湯気を体から立ち上がらせ、行ってしまった。
「紅悠、勇魚風呂入らせテ頂キマス。幸男さん薪は十分ありますノデ 勇魚風呂の番お願い致シマス。」
僕は、切った薪を山積みに重ね、風呂を焚く準備を整えた。
滝の汗が流れ、着ていた衣装のヒモを緩めると葦編み帽を外し、タオルを巻いた。薪を焼べていると、六款さんが、話し掛けて来た。
「剛駿は、私の小屋で眠ってしまいましたよ。相変わらずの事ですが。
言継さん、今時、薪で焚く風呂も珍しいかな。と、熱い風呂の薬草、薬湯は身体の調子を整えてくれます。
時に身を解し、放つのも大事ですよ。」
六款さんは、薪を焼べ足し、灰を除け火を炊きあがらせる。
「これも、気の流れを掴むんです。解りますかね。」
焚き火の調子で薪を焼べていたが、六款さんの焼べ方とは、やはり違うみたいだ。
僕は炎を見つめ
「園星さんのお婆さんに、洋洋村の事を教えて頂いたんです。絵ハガキを、あの勇魚の絵ハガキを僕が見つけて、、、、。
ケガをさせてしまったんですよ。僕が、余計な事しちゃって。火事騒ぎの時なんですが、家の近所に園星さんが越して来て、それで、その火事の後に絵ハガキを届けて、洋洋村へ行ってみなさいと教えて貰って、、、、、。」
吹き出す汗を拭いながら、僕は思わずお婆さんの事を話していた。
六款さんは、薪を焼べる手を止め、僕を驚いた顔で見ると
「園星さんですか?
そうでしたか、、、、、。園星さんは、ご無事で? 」
「はい、あ、あの、火事は別の家なんですが、、、、、僕が助けようとして手を引いたら、、、、転んでしまって。」
引っ越し屋のアルバイトの事、本の事、近所の話など、六款さんは、
お婆さんと知り合いだったのだと嬉しくなり、僕は洋洋に来るまでの話をした。
⁂〓⁂
「良イお湯加減で、湯あみ、お先にサセテ頂きマシタ。
♪羽も生エタカ、身体軽ーく、ワタクシ、空に羽ばたく瑠璃ビタキ、フィービームーンか駒鳥かァ。
ドウゾ、幸男サン、勇魚風呂で心根解放されてクダサイ。火の番ハ、ワタクシにお任せヲ。」
紅悠さんは髪を綺麗に、櫛で整え、何処と無く顔もきりっと引き締まっていた。
僕は六款さんに、あの絵ハガキの事を聞きたかったのだが、紅悠さんのリズムに押され、勇魚風呂へ入る。
﹆
引き戸を開けると、小さな引き出しが沢山付いたタンスが置いてあり、その上に草や葉が焼き皿の上に並べられていた。
脱衣所は狭く、僕はまず、草蔓を足から巻取り、靴を脱いだ。
足がむくみ、足首も蔦の跡が付き、赤くなっている。
衣装を脱ぐと、腰回りがくびれ、肩が張り、姿勢が良く、逆三角形に鍛えられた身体つきで、、、、、、
、、、、これはまるで、鎧を外した兵士だ。
壁の横に掛けてある鏡で自分の顔を見たら、頬が痩け、煤で目は涙目、鼻の穴は黒く燻され、汗まみれに汚れていた。
﹆衣装はここに掛ける事﹆
札が棒にあり、そこへ掛けると、その下にはお香が立っていて、笹も吊るしてあった。
勇魚風呂に入ると、湯気が立ち、草の強い香りで薬湯と言っていたのが解る。
大きなタワシやへちま、柄付きのブラシに麻のタオル。
桶で湯を汲み、
僕はまっ黒く汚れた顔と体の汚れを落とすと湯に浸かった。
﹆
最初は熱く感じたお湯は肌に刺激があったが、しばらくすると馴染み、お湯は体を包んでくる。
湯から手を上げると、そのお湯は、するんと何かを持って落ちる。
天井の窓が開いているので息苦しさも無く、
熱くなってはブラシで洗い、何回か湯に入り、と、くり返した。
風呂の隅に小さな勇魚の器があり、その中に水が流れ出ている。
柄杓で水を汲み、飲むと少し塩気があるのか、不思議な味がした。
﹆顔や体に貼るも良し、揉んで擦るも良し、湯に浮かべるも良し﹆
横に葉っぱがざるに入れられてあるので、一枚取り足首に当てた。
湯に浸し、温かく柔らかな葉はちょっとした湿布なのだろう。
肩にも乗せて湯に浸かると体の疲れが取れてきた。
半円の器には丸い石がいくつか置かれ、下からも熱いお湯が出ていた。
﹆丸石に横になるのも良し、丸石を腹に乗せるも良し﹆
僕は、熱い丸石を並べ足を乗せた。
見ると、足の浮腫は無くなり、元通りになっている。
走り硬くなった身体はお湯で揉み解かれ、本当に羽が生えたように軽い。
しかし、僕は、何故あんなに走ったのだろうか。
夢見心地で走った訳では無い。全て起った事なのだ。
勇魚風呂に今いる事を実感して、僕は急いで脱衣所へ出た。
大きなタオルが衣装の上に下げてあったので
そのタオルを頭から背へ被る。
タオルも温かく草花の香り。
身支度をし、髪も整え、僕は外へ出た。
すーっと林から風が吹き、鼻から空気を思いっきり吸い込み顔を上げると、目の前の巨大勇魚が、さらに大きくそびえ立っていた。
◆
◆◆◆
▲
「ヒルガオの香りホノカに、温まりマシタカ?
タオル、ワタクシ置いて参りマシたが。」
紅悠さんが扇子で仰ぎ、冷えた器で水を持って来てくれた。
「有り難うございます。」
「ヒルガオの葉は虫刺されにヨーシと、されてイマース。腫れモノにはユキノシタ。
丸石もご利用サレレバこの通ーリ。ね、勇魚風呂の熱い湯は、若返りぃーかぁ、長距離ランナー、身体磨かれ丈夫にナリマス。」
巨大勇魚は、日を浴びると岩山のごとく険しく、厳しい表情で存在感重く。
六款さんの優しい柔らかな対応とは一変して、何か、創造に対しての内面、皆の言う心根と言うものが放たれ、勇魚は洋洋の柱か、または六款さんそのものなのか。
僕はもう一度、勇魚の所へ歩いて行った。
◆ ◆
▲▲▲▲
▲ ▲
▲ ▲ ▲ ▲
近寄って見れば、またその大きさに驚く。下から上を眺めて勇魚を二回ノックした。
「焼き物なのですよ。堅く焼いてあります。岩と間違える方もいますがね。」
六款さんが器に何か持って現れた。
「クレソンを油で炒めただけですけど、どうぞ。」
箸を取り一口食べる。歯ごたえが良く、クレソンの辛みが爽やかだ。
「洋洋村には、群生してましてね。クレソンだけでは無いですが。苦味と辛みが美味しいでしょう。加薬飯の前にこれで腹も空きますよ。」
「あの、お風呂有難うございました。大きいですね、この勇魚。
月夜で見るのとは、迫力も違いますが、僕は絵ハガキを見て、、、、。」
「木箱に収めてありましたなぁ、風も強く夜鳥も鳴いていましたが。」
「園星さんのお知り合いなんですね。」
「まぁそうですが、言継さんは、何故、洋洋村に来たのですか?」
「あ、園星さんに勧められて、僕は、話しましたけど、火事で家も燃えそうになり、、、、。」
「それで?」
「いや、頂いた本に興味を持ちました。と、言うか、見つけた絵ハガキを、とても喜んで貰えて、凄く嬉しそうだったので、園星さん。」
「頂いた本というのは?」
「焼き物の本と、美術本に、何冊かあるんですが、あと、おかずの本も。それと、踊りや旅の本なんかもあって。」
「言継さんを動かしたもの、洋洋村まで来られたのは、それですか。」
「いや、それは、、、、。」
「おかずの本、というのは愉快ですね、自炊されるには役立つでしょう。洋洋は野草も豊富、茶人の会もご覧になられ、窯元におられるのですから、不思議な導きで、話を聞いて驚きましたよ。
まれに、この地に怪童来たれりと騒ぎ立て、浮身をやつして共に歩むも、土が合わずか、侃侃諤諤と争いさらうと、碌碌疲れ果て、元の木阿弥、
己の骨を削り、鏤骨彫心と嘆きわめくが、洋洋村の風神は、百折不撓を吹き流す空気のある村なのだよと、変わり者が多いですよ。
言継さんが新風を巻き起こすのか解りませんが、剛駿や紅悠も来られて大変喜んでおりますよ。」
「新風を巻き起こすなど、僕は、そんなつもりでは、、、、。」
妙なプレッシャーが僕に伸し掛かる。
羽が生えたと思ったら、もう閉じて行くのか。考えてみたら、園星さんに貰った本と重なる事ばかりだが、、、、
村全体が僕の本棚という訳でもあるはずも無く、、、、、。
からくり煎だって、
初めて食べた物だったが、まさか、、。
少し気持ちが動揺して、焦りが出て来た。
「園星さんの絵ハガキに描かれた絵は、この勇魚ですか?」
僕は焦った弾みで一番気になっていた事を聞いてしまった。
また一つ、二つと謎が増えて行く。プレッシャーも強まり、思いが耐えられなくなったのだ。
「四、五十年前では、古地図を見つけたかと思ったのではないですかね。」
自分がまだ生まれる前の話なのだと、僕は理解し、六款さんの描いたデッサンであり、この洋洋村に完成されている事実、
改めて物凄いパワーを感じて、勇魚に手を置いた。
「この地もあの地もと、走る旅鳥に、この勇魚は聞くかも知れませんが、言継さんが月夜で撰り抜きされた器をご覧になりますか?こちらに来て下さい。」
林の間に置かれた木箱の蓋を開けると、三つの器が並んでいた。
一つは行司さんの撰んだ器だ。
そのうちの二点は、やはり茶人が振る舞っていた絵文字の茶器だった。
一点だけ、深い焦茶色の古びた器が置いてある。六款さんは、蓋を持ち、器を取るのを待っている。僕は、古びた器を持ち上げ、重みと丸みで闇夜に叫び、山の奥で埋まっていたあの時の器だと確信した。
そうだ、この器には何事にも動じない踏ん張りがあるのだ。
「もう一点、
僕が撰んだ器があります。」
暗く絵文字など気憶には無い。
僕は目を閉じ、手に収まった器を取った。
「掘り出し物でもありましたかね。面白い物を撰んだものだ。随分昔に焼いた器でね。デッキの奥の箱の辺りでしょう。
洋洋絵文字茶器は、考・動・実。残りの一点はどなたが?」
「行司さんが撰ばれた器です。」
「ああ。こっちは、喜・産・創。
行司軍配も希望が叶いますか。
どうぞ、お持ち下さい。」
洋洋絵文字茶器と言われるこの器は、その描かれている文字から茶人の会で走り身体全体で表現していたあの人達の言霊だ。
一つ一つ組み合わせは違うが、僕が手にした、考・動・実の三つからも、今までと、これからを、と僕の頭の中で何か少し変化してきている事に気付いた。
「謎謎を己で作るが、鍵を忘れては、出られませんよ。
言継さんが、今この地にいる事は、精一杯走って来たからでしょう。」
六款さんは、古い器を取り
「鍵にしては、大きいが、飲むには使えると。なかなかですね。」
「僕は勇魚が見たかったんです。」
「絵ハガキを見て、洋洋村まで来たとは、言継さんも、変わり者ですね。
まぁ、どうぞ、こちらの器を差し上げますよ。」
「、、、、、、本当にあるなんて。」




