第二話 洋洋パズル
ガードレールをまたいで、車を2、3台見送ると、もうバスは見えなくなっていた。
焦げ臭ささが漂って、空を見上げたら、草むらからのろしが上がっている。
橙色に輝いていたのは何か燃やしていたようだ。
車が5、6台収まる程の駐車場には、芝生が敷き詰めてあり、トレーラーハウスが一台停まっていた。
町で上映されるのか、映画か舞台のポスターがここにも所狭しと貼ってあり、後ろの少し下がった場所は、果樹が択山植えられ、段々畑の入り口にしては、妙に頑丈な鉄柱と鉄扉が建っていた。
駐車場の四隅にも長い鉄のポールがあり、鳥除けの網が丸められている。
他、板張りの家が数軒あり、良く見る田舎町の無人販売所なのだろうと、
教えられたお宅へ向かった。
狭い入り口に入り、三段下ると、木枠の引き戸の玄関になっていて、表札を見ると
「草野風」
呼び鈴をならしたが、返事が無い。
もう一度押してみた。
すると、引き戸のガラス越しから人影が。
「はい。」
戸が少し開いて、十七、八歳の女の子。
この女の子に尋ねてみるのも、どうかと思い
「ご両親いらっしゃいますか?」と、、、、、。
誰かわかりそうな、
「おじいちゃん、おばあちゃんとか。」
「何でしょうか?
今、皆、留守なんですが。」
女の子は面倒臭そうに戸を閉めようとするので、
「洋洋村、知ってますか?」
僕は忙しく尋ねてみた。
女の子は、すました顔で僕を見ている。
「これです。この巾着。
洋洋村までの行き方を、こちらのお宅で聞くようにとバスの運転手さんにっ」
と、話も終わらないうちに女の子は、
「今、皆、留守なんで、又、後で来て下さい。」
ピシャッ・・・・。
戸を閉められてしまった。
***
*
***
狭い玄関先で待っているのも怪しいので、ガードレールの道路脇に暫く寄り掛かって僕は少し待つ事にした。
日も暮れかけ空に小さな鳥が、影絵を描き、動いて飛んで行く。
ニ、三羽重なっていたのが魚に見えて、電線が釣り竿だ。
トレーラーハウスが気になり、駐車場へ。
終点からここへ来る途中、店らしきモノは何も無い。
おばあさんに渡された、洋洋村までのメモを広げて
「行けばわかりますから。」
そのフレーズに気が緩んでいた自分を責めている訳でも無いが、小さな怒りと、弾みで、勝手に意気込んでいた恥ずかしさとで、力が抜けてきた。
「バスで洋洋村へ。」
ここまでしかメモには無い。
とりあえず待つ事にしようかと、ポケットから本を取り出そうとすると、
奥の草むらから二人のおじさん達が近付いて来て、僕に話しかけて来た。
「草野風さん宅に尋ねて来たのはそちらさん?」
「あ、はい。」
「今、留守だっていうから、こちらに来て下さい。火も炊いてるから。」
と、僕を呼んだ。
「蚊をね、蚊やり火立ててたんだけど、魚も焼いてるから、食べなさいよ。」
夕暮れ時の薄暗い中、
煙りの立っている草むらへ、
僕は二人の後を追いかけて行った。
土管が並んでいる片隅で、茶箱に数名腰掛けていて、二重丸の書いたTシャツに、二重丸の書いてあるエプロンを巻いて、地下足袋、腕にはサポーター。
「そこの川でね、釣れるんですよ、どうぞ。飯もあるから。」
茶碗によそい、
「茶飯だからね、麦も入ってる。」「遠慮しないでどうぞ。」
「はい、お茶。」
と、手際よく持て成してくれた。
「山女はなかなか珍しいでしょ。」「私は茶畑やってるもんでね。」
「こちらは、山持ってるから。山姫、山姫。」
籠からアケビを出すと、タオルで包み僕に差し出した。
おじさん達は皆、それぞれの仕事を終えて「ご苦労様。」「お疲れさま。」
声を掛け合って、一日の労を労っている。
「草野風さんから連絡貰ったのよ。」
「何だか、夜る遅くなるからとか言ってたけど。」
「はい、これ。」
鼠色の丸い固まりを見せると、袋にしまい
「そば団子ね。」
と、渡された。
そして、茶箱に板を乗せると、巨大なチーズを運んできてナイフで切り、一枚づつ配る人。
どっしりと大きな影が近づいてきた。
「ごほんっ、えー私は、牧場経営をしておりまして、今日の会合で寄らせて頂いたんですが、山の上なもので、なかなかこちらに伺う事が出来ず、薪割りばかりしていたら、肩を痛めましてね。自慢のチーズなんで、食べてみて下さいね。」
口髭をさすり、肩を叩いていた。
その人は、牛でも軽々持ち上げそうな大男で、腕は太もも並み。
チーズの出来具合いを確かめて、香りを嗅いだり、払ったり、皆に牧場での話をしている。
山鯨の薫製は、山もものシロップ漬けを入れた赤ワインに合うという。
その山ももを収穫するのは、
山猿との戦いだと。
猪の背中にしがみ付いた子猿に、睨まれて、山ももを投げたが、背負っていた籠の中に親猿が入り込み、髪をちぎられたと。
これは山仕事での勲章だなと、皆は笑った。
僕はチーズを一口かじると、そば団子の袋にしまい、
揺れる炎を眺めていたら、
あの日の火事騒ぎが頭を過った。
・
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・
・
日曜日の午前十一時、商店街では、ちょっとしたイベントがあり、僕の住んでいる町内では防災訓練が行われていた。近くの小学校が避難所になっていて、消化器の扱い方や、地震対策などの講議や、防災グッズの販売など、何日か前から、ちらしや、貼り紙などで告知していたので知っていた。
行くつもりは無く、近所のコンビニへ買い物に行った帰り、おばあさんを見かけ、声をかけようかとしたが、僕には気付かない様子で家に入って行ってしまった。町内のイベントには行かないんだな、と気にかけたが、食事をしようと僕も家へ帰った。
僕の部屋は、家族や友達に「ヤギ部屋」だ「猫部屋」だと、とにかく本が多く、狭い部屋で生活している為、そう呼ばれている。
食事も済んで、暫く、本を読んでいたが、賑やかな町内のざわめきを聞きながら、僕は昼寝をしていた。
すると、ふと、人々の声が段々大きな騒ぎ声に変わり、サイレン音もでかく近付いて来るのに気付いた。
外を見ると、前の家が燃えている。
慌てた。
とにかく焦って、かばんや紙袋に本を詰め込む。
まだだ。
消防車も到着して、本当にまずい。
一旦何処かへ運び出し、また戻ってくればいいと、両手一杯荷物を持って外へ出た。
表側では拡声器や、マイクで注意を呼び掛けている。人ゴミを掻き分け、離れた所に荷物を置き、戻ろうとするが、消防士さんに止められ、家に戻る事が出来ない。
向いの家の1階から火が強く出てきた。その少し裏手にあのおばあさんの家がある。僕の部屋は2階だし、まだ時間もあるだろうと、すり抜けるようにまた戻った。
急いで駆け上がり、気に入っている物を近くにあるバック等、手当たり次第詰め込んで全力で走る。
すると、あのおばあさんが口を押さえながら道路脇きに逃げて来たのが見えた。
「こっちです。早く!」
僕は、手を引き連れて行こうとするが、強く手を引き過ぎておばあさんは転んでしまった。
僕は、、、、、違う、、、
一体、これはどうした事なんだ。
消防士さんが数名来て、おばあさんを抱えると、安全な場所に座らせた。
「大丈夫だから!
君も早く避難して下さい!」
目の覚める程の力強い声で僕に指示を出し、消防士は、炎に立ち向かって行く。
僕は、詰め込めるだけ運び出した大量の書籍を抱え、人ゴミから少し離れた所で呆然と立ちすくみ、吹き出す炎と熱、
避難指示の飛び交う声に圧倒され、
燃える炎に怯えていた。
・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・・梯子が重なって行く。重々しい枕木梯子がずしんと響く。
そのまた上に、ずしんと重なり、
炎が切れると、また火が踊る。
ずしんと乗って、人昇り、
梯子に逆さになっている。
二人昇り、片手で飛ぶと、
炎から火花が舞い上がる。
枕木梯子は、重なり終えると、
空からだるまが乗っかって、
杵で梯子をうちつくと、
横回転で飛んで行く。
全ての梯子が打たれると、
僕の目の前には、巨大なだるまがどっしりと身構えていた・・・・・・。
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
向いの家は全燃した。
僕の家は1階の壁が少し焦げただけで無事だったが、おばあさんは足を痛めてしまった。
山積み本のヤギ部屋で、独り情けなく座り、処分品で持ち帰ったあの箱を整理すると、古い美術全集が2冊、家庭画報、道路地図、旅ガイド、焼き物雑誌、おかずの本と演劇批評。
本をめくると、一枚の絵ハガキが挟んだままになっていた。
⚪︎◯
暗闇の中、一匹の野良猫が茶箱に座り、手紙を書いている。
後ろに僕がいるのに気が付くと、ニヤッと笑い、草むらに消えて行った。
⚪︎◯
・・・・・・
蚊やリ火も消えて、持て成してくれたおじさん達も、皆引き上げたらしく、誰も居ない。
僕は、土管に寄り掛かりながら寝てしまっていた。
さっき猫のいた茶箱には、鉄瓶が置いてあり、
「山倉茶」と書かれた紙が一枚。
僕は水筒にお茶を入れると、
明かりの見えるバス通りに戻り、
再び草野風さん宅に向かった。
・
・
*
・
・
呼び鈴を鳴らすと
「はい。」
すぐに返事が聞こえ、おじいさんが引き戸から顔を出した。
りっぱなまゆ毛が印象的で、少し化粧をしている様にも見える。
「夜分遅くお休みの所すいませんが、洋洋村まで行きたいのです。こちらのお宅で聞くようにとバスの運転手さんに言われたもので。」
おじいさんは、ニッコリしたまま俯き加減で、外に出ると
「ご案内しますよ。」
と、歩いて行った。
家の左角を曲がると、細い道が続いていて、
「この古道が入り口ですから。
いってらっしゃい。
茶飯は頂きましたか?こちらですよ。」
と袋から鍵を取り出し、鉄扉を開けた。
「山地に入ると少し道が険しくなりますが、お気を付けて。」
半開きになった鉄扉を僕も押そうとするが、重く、全く動かなかった。
重厚な鉄扉を眺めていたら運転手さんから預かった巾着を思い出した。
ポケットから取り出すと僕は安全確認を願い、おじいさんに見せた。
「あの、巾着をお渡しする様にと。」
「これは氈鹿織ですね、素晴らしい物を有り難うございます。下り道の時には、山蔓を、枝葉も使って降りて行くと良いですよ。
月明かりで見えますからね。
沼地には入らない様、
すぐに着きます。」
僕は軽くおじぎをすると、
洋洋村へ急いだ。
〃
〃
〃
〃
1本道がしばらく続き、バス通りよりも月明かりで照らされて、道はとても明るくよく見えた。
体も足も軽快で誰かに押して貰っているかの様に、楽に走った。
夜空には隙間なく星が光り、流れる雲と、風に乗って、
5倍速、10倍速と、時の空間を走り、古道は透き通って流れる。
なんだかとても良い気分だ。
山道の草木も花も鳥の翼の様に羽ばたき、広がり舞い散る。
走りに走って、どんどん飛び走って行くと古道はだんだん狭くなり、先がぎゅっっと一瞬点になった。
●
と、同時に強い横風が吹き、僕の体は吹き飛ばされてしまった。
๑
๑
๑
山道の斜面に転がり、慌てて登るが、土が柔らかく上手く足が動かない。
枝を掴み、木の根に足を掛け、岩を押さえバランスを取る。
月明かりが枝葉を照らし、無気味な陰を映した。
いったい、いつになったら、洋洋村に辿り着くのか!
怒りと不安で心の糸が切れそうになる。
月に雲がかかり、何も映らない。
冷えた岩を掴み、
永久にこの状態が続くのはイヤだ。
期待感が冷めて空気になり、闇に吸い込まれて行きそうになるのを押さえると、足に力を入れ、
僕は登って行った。
再び古道に立ち、前方を見上げると、吹き飛ばされた場所には何も無く、行き止まりだった。
ぼー然として、ゆっくり後ろを振り返ると、右手に一本の橋がかかっているのが見えた。
風に押され調子に乗って鹿気分で走り、行き先を見失っていたのだ。
僕は、その場で少し立ち尽くし、橋の掛かる山と蚊やリ火の巨大だるまを重ね合わせ、
おばあさんの言葉を思い出すと、
又、今来た道を戻り、
歩いた。
穏やかな傾斜の坂道を登り歩くと、辺りは蔦が絡み合い、足元はごつごとした岩が飛び出し良く滑る。
こんな坂道を高速で走り抜けていたとは、自分でも驚いたが、草を掻き分けて橋を目印に慎重に歩いた。
スライスされた岸壁が埋まっている上を過ぎると、草木は背丈程になり、数本大きな木が立っている。
その横に、橋の入り口があった。
□
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風姿を整え、風月を楽しみ、
民譚に耳を傾けば、
順風に帆を揚げるかな
==========================
橋柱に文字が書かれていた。
僕の上着は、勢い良く走っていき、飛ばされ、破れ、草まみれだった。
いくつか並んでいる切り株に腰掛け、衣服の汚れを払い、お茶で少し手と顔を洗うと、高く伸びた大木の下で、休んだ。
おじさんがくれたそば団子には、砂糖が沢山まぶしてあり、中に小豆が入っている。
入り口を見失った蔦の中から丈夫そうな蔦を引き抜くと、足首から靴全体をがっちり結び、滑り止めにした。
鉄瓶の山倉茶はほろ苦い。
水筒をベルトに通し、団子の袋をくくり付けると、
僕は橋の先に階段がある事を確認し、
橋を渡った。
〓〓〓
長い、長い階段を登って行くと、丘の山の上に出て、長い長い1本道を登ったり降りたり、登ったり降りたり。
降りた所でじゃり道に出て、でこぼこでこぼこ進んで行くと砂利が減って土の道に。
綺麗に均した土の上を歩いて行くと、だんだん細い砂の道に。
歩くと「きゅっ」「きゅっ」と音がして楽しい。
その砂が板になり、ピカピカに磨かれて、パズルの様に組み合わされている。所々に穴が開いて、抜けていて、
鍵の様な形にも見えるが、、、、。
気が付くと木の壁になっていて、ドアや取っ手、引き戸などがあり
(ニンジャ屋敷か?)
取っ手を引っ張ると、後ろから大きな壁が落ちてきて、戻れなくなってしまった。
前にも進めず出口を探す。
引き戸を開くと大きなカメに沸き水が溜まっている。
その水をごくごく飲んで、
柄杓で顔を洗い、もう一度。
カメの中を覗くと水面に何かが映っていた。
自分の顔。∵
じーっと眺めて、顔を上げると、正面にも鏡が。
磨かれた石の壁に自分の顔が映っていた。
見上げると、2、3本の花が置いてあり、その一つを取って、匂いを嗅ぐと、すやすやと眠ってしまった。
Z z zzzz、、、、、、、
目が覚めると、まだ同じ場所。
さっきの花は萎んでしまっている。
暫く座って良く辺りを見ると、自分のいた所は、円形の木のテーブルになっていて、その木のテーブルから下り、大きな引き臼の回転板さながら、そこを回すと、天井のプロペラが回り、明るくなってきた。
壁の窓が開いて、光が差し込んでくる。
外からは、何やら笑い声や、話し声が聞こえてきた、、、、、、、、
「こんにちは。」
思いきって声をかける。
「ごめんください。」
聞こえない。
窓から手を振るが、まったく気が付かない様子。
いくつもある窓から、広々とした林を眺めるが、
笑い声の聞こえる窓に吸い込まれて行った、、、、、。
その窓から外を見ると、落語が始まっていた。
「 」
「夜来でございますが、こんにちは。
まだか、まだかって、私だってくるくる可愛い目をしていると良く、文人さんやら楽人さんやら風家さんやら芸人さん商人さん少々《ショウショウ》将星さん大黒さん大入道さんから言われましてね。
目高でしょってね。
「めだかも魚のうち」ってね。
猩猩さんやら悪太郎さんには、ただ可愛い目をしてるって事でお待ちして頂いてる方々なにかといらっしゃいますが。
こう、一生懸命走ってね。そこいらじゅうの柿もぎって、汗かいて、大袋に一杯積めて持って行ったって
グ-タラ兵衛かって。
瓢箪に皮張ってテンテコやって、
それじゃ大きいのって、味噌樽に皮張ってバチ持って走って、今度はなんだったら山の谷に皮張ってって。
落っこちないようにって猟師引いて来られて大目玉になってきましてね。
目高ですよって、
小生、少子ですから。
〜〜〜〜
顔の表情が激しく変わり、ジェスチャーも大きい。
扇子をキセルの様にして良く笑う。
扇子は美しい紙で出来ていて、持ち手の部分に金が付いている。
足袋もピシッと固く光沢があり、大きな座布団は細やかな刺繍。
何人も話しているかのように声も変わり、最初は何を言っているのか良く解らない。
とにかく身なりが良く着物をきっちりと着て、声も大きい。
〜〜〜〜
「まだかぁーい?」
って、勝手に陣取って陣中見舞いして来られましても、私を山がらとお間違えではありませんか?
「ちょっとは、お手をお貸しください~な~。」
なんて頼んだ所で、
「あ~小歌、小歌じゃ」「もっと歌え」
と、楽人さんやら五十人集めて木箱を一つ、二つ、三つ、四つ、と積み上げまして、聞いてやるから冗語じゃだめだと、五日、六日と歌いましたが、ドンタク、ドンタクッて1週間。
警鐘ですよ。
カーン、カーンと鳴らしましたら、始まったかいって、客を千人連れてきまして、負けじ魂でやはらに歌いました。
「上弦を見て歩く芸道に、目白が稲穂をくわえて寄れば、歌人啾啾鳴き召しかかえり。
鯨波の田園響き寄れば、富士の山程、高く広がり。」
少しは頓才だったかいって。
〜〜〜
しかし、何を言っているのか良く解らない。話を聞いていると、だんだん咄家さんの扇子が古くさびれ、新品の着物が、地味で着慣れた着物に。
声のトーンも落ち着いて、時折笑うが、かなり癖があり、
なんだかだんだん不思議と、
年を取ってきた様にも感じられる。
〜〜
「それで、こう、握り飯、懐に入れてね、
山下りの海登り。
荒波超えて、大まぐろ。
蒼蒼とした沖に浮かんで、山に戻れば、旨い、旨いと喜んで、
握れ、握れと雀さん。
お前は百まで踊ってなさい。と富士絹羽織りを頂きまして、襷をかけて、
大波超えて、
「大漁~、大漁~~~~~~。」
まだなのかいって、
壮大な山々は大船になりましてね。ドカンドカンと戦艦じゃあるまいし、火薬玉の大花火打ち上げて、大喜びで出迎えて、千客万来。
お陰さまで沢山の方に乗って頂きまして、打ち上げられる戦地の中を走り走って、桶を担いで、大胸張ってお持ちしましたら、空堀に転がり落ち、私もからめとられまして。
笑止千万でありましたが、から身だけでは申し訳無いと、から虫必死に引き抜きました。
皆様、
「まぐろはご無事ですよ。」「おあしの袋でも織りますから。」
と。
あなたも地固めなさりなさいっ
て、足にぐるぐる縄を巻き付けられまして、足を棒にしてお疲れでしょうと、陣太鼓の鳴り響く中、よいせよいせと担がれて、大ゴマ回して目が回り、風靡に川へ泳ぎに入り、筒状花を吹き流し、黄昏れ顔でおりましたら、腹の皮をよじられて、笑い転げて、ああ面白い。
私達が泳ぎますから、あなたはこちらにお座りなさい。と。
歌を歌ってお話しなさい。
淙淙眺めて、顔をぬぐって見ましたら、皆様方も目高でした。
「あーははははは。あー面白いねえ。」
一番後ろで、大笑いしていた、がっちりとした体の丸坊主の男の人が近付いて来て、「ぎょろっ。」と目をむいた顔で暫く僕の事を見ていたが、にっこり笑って、
「さっき、あそこで寝ていたろう。日暮れ花を嗅いだんだな。面白かったかい?さほど疲れてはいなそうだが、なんか作ってそうだなあ。
絵書きか?いや、その手じゃ花でも生けてそうだが、ここに辿り着いたんだから、心があるねぇ。芯がある。テクシーてくてくと歩いて見るのも楽しいだろう。
しかし、まだまだ、ムテンナヒトって感じだなあ。」
丸坊主のその人は、大きな手で、外の取っ手を掴むと窓ごと前に壁が開いて傾いて開いた。
その前には、大勢の人々がいて、皆それぞれ、さまざまな扇子を持ち、着物の様なモノを着ている。
落語を楽しむ為だったのか、着替え始める人もいた。
イスも不規則に並んでいるが、どれも不思議な形で、懐かしさもあった。
が、浮いている?!
グリーンの芝生の上に浮かんで見えた、いくつかのイス。
皆そこに座ろうとはせず、そこの回りでただ話したり、歌を歌っていたり、体を動かしたり、着替えていたり。
アクロバティックな事をしているグループもいる。
甘く美味しそうな柔らかな匂いが漂って、寝そべって皆の様子を眺めていた。
じーっと。
すると、とっても長細~い、美しい透明な大きなグラスに何層にも重なったデザートがたっぷり。アクロバテックな事をしていた髪を結った女の子が僕の所に運んでくれて、
「どうぞ、召し上がって下さい。」
∀
寝そべったまま、取り敢えずそれを受け取るが、グラスが大きく、食べる事ができない。
体を起こしてスプーンを入れようとするが、座っていては入らない。
もう、立ち上がって食べるしか無いが、これもどうも、格好が悪い、、、。
四苦八苦していると、ふわっと体を持ち上げられ、肩車されて、僕の両脇を抱え込み、さっき見えたイスの上に座らされた。前の燭台がグラスを置くのに丁度良い。
長いスプーンで、たっぷりかかったクリームを一口。
美味しい。
その下の層には、栗のクリーム。その下には、、、、、その下には、何がなんだか良く解らないが、とにかく美味しい。
下の方へ、下の方へと、どんどん食べ進んで行くと、胃がどんどん膨らんで、
腹をさすると音が鳴る。
腹をたたくと音が鳴る。
腹の皮を伸ばすと音が鳴る。
なんだか可笑しく、楽しくなって足でリズムを取り始めた。
「腹鼓みを打ってるんなら、さっさと化けたらどうなんだい?」
声を掛けられ、最後の一口。一番底に辿り着くと「うっ」すっぱい。
目が覚めるようなすっぱさで、気がつくと、浮かんで見えたイスは、僕が座っているイスが本物で。
周りに並んでいたイスは、全て絵だった。
「がはははは」
さっきの丸坊主の男の人が下から眺めていた。
「なかなか面白い楽曲じゃないか。」
イスの足をつたって下へ降りると、丸坊主さんは空を見て、
「さてと、日暮れ前に動かなきゃなあ。誰かに案内して貰うといいんだが。私でも良いが、、、、、。」
その時、薄緑色の訪問着を着て、髪を大きく結った目の細い小柄な婦人が、ヘッドフォンを頭に乗せ、遠くから物凄い勢いで大きな自転車をこいで来た。
二人乗りの自転車で、後方には、大きなラジカセを胸に抱えてこいでいる。
ヘッドフォンを付けているのに爆音で
音は全て漏れている。
外れたコードを弄りながら、
「あたしについてくる?」
にたっと笑った彼女の歯が、ピアノの鍵盤になっていた。
指で弾いてメロディーを出すと、後方に乗っていたラジカセボーイが、幾つも幾つもリンゴを投げて回転、回転。
物凄い数のリンゴ。 ○◯○◯
リンゴがどんどん出て来て、僕にもどうぞと差し出した。
そのリンゴを受け取ると、さーっと、また大きな自転車をこいで行ってしまった。
「では、私がご案内しましょう。」
丸坊主の彼の名は雲路さん。
「鳥の足に岩絵の具を結んで、空を飛ばせたら、空道に色が付いて、甘いお菓子が降ってくるってさ。
オレの頭にはちょうど帽子になっていいがな。がはははは。」
歩いていると、次に忙しく土を彫っては、運んでる人がいる。所々に掘り起こし、穴は沢山開いている。
その穴に色の付いた液体を流し込んでる人もいた。
土を運んだ人はそれを練り捏ねて、捏ね終えると、その土の周りを持って、丘の奥の林の中へ走って行ってしまった。
林の中の木は、空にも届きそうになる程伸びている。ただの雑木林ではない。
何か計算されて植えられているようだ。
二軒の高床式住居が左右にあり、奥には平家が建っていた。
小さく
「管理室」
と看板が貼ってあった。
丸いブザーを鳴らすが、返事は無い。
ドアを叩いて声をかけると、中からボサボサ頭のおばさんが出て来た。
にっこり笑うと、トンボ眼鏡を掛け、僕を眺めると、
木で出来た鍵を渡された。
?
良く磨かれた梯子を登ると、とても景色が良い。林の様子が一望出来て、
なんだか楽しそうだ。
大きく深呼吸して手を伸ばすと、林が伸びて、床ごと上に高く上がってきた。
さっきよりも建物が高くなっている!
突然雨が降り始め、屋根が開くと、部屋中水浸しになり、水が溜まって来た。
梯子も届かない程高く伸びているので、下に降りる事も出来ず、全身ずぶ濡れで逃げ場が無い。
顔まで水嵩が増して、沈みそうになった時、くるくるザザッ-と水が回り、渦が出て来て、僕は水に押され、開いたドアと同時に外へ体ごと流れ出た!
開いたドアが長い板になり、滑り降りて行く。
そして、水だと思っていたら、
紙吹雪。
大量の紙吹雪。 ___________________________________________
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
紙吹雪の中に潜って行って掻き分けて、横を見ると、ライトが眩しく輝いて、上から降って来る紙吹雪と、
その先には、なんと、ステージが。
ステージの中央には、きつねのお面を被った人と河童のお面を被った人が相撲を取りながら掛け合いをしていた。
行司は右に行ったり左に行ったり、どちらに軍配をあげるのか。
相撲を取っては、何やら歌い、取り組んだと思ったらそのまま回転しはじめて、組み手を解くと、もうひとりが歌う。
歌というか詠んでいる。
「さうざうしならばと、草露を差し出す時あれば、ホドの肴とホドの飯。
河童でよければ暖めましょう。」
河童が歌う。
次いで、
「さうざうしならばと、踊りもあれば、御輿を担いであげましょう。
かずら物で笑話を楽しみ、朝まで共に
おりましょう。」
きつねが歌った。
「あーそうだね。」「あーよいしょ。」
紙吹雪の舞う中、空っぽのお椀を手に取って踊り、飲んでもいないのに千鳥足で、照明のある光りの方向に仰け反りながら進んで行き、バク転をしたかと思うと、四つん這いになり、きつねの面が虎に変わっていた。
ヨロヨロと歩き回ってそばにあった赤い木の実をもぎり、高く投げたかと思うとまたもぎり、受け取ってはまたもぎり、落ちてきた実が頭に当たり、もぎり取っては食べているが、不味いのか、体を震えさせ始め、虎は老人の様になってしまった。
もう一方の河童の面の人は、内股でヒョコヒョコ歩いていたかと思うと、腹を抱えて笑い出し、千鳥足の虎の面を外そうとするが、虎は素早く河童を抱えて、体に巻き付くと、勢い良く河童をぽんっと森の奥に飛ばして投げ込んでしまった。
中央に行司がすーっと現れて
「きつねトラァ-、きつねトラァー。」と、叫ぶと、きつねに軍配を上げた。
暗闇の森の中のステージには、まだ紙吹雪がヒラヒラと舞っているが、
あの照明は、一体何処から照らされているのか。
光りの奥を眺めていると、山の上の高台に、大きなプロペラが回っていて、その棟の先から光りがこちらに向けられていた。
そして、その棟全体が、ばぁーっと強く光り輝くと、目に焼き付いた光の残像で、
「あなたも、勝負してみますか?」
声をかけて来た行司の目の前に花が咲いて見えた。
紙吹雪だらけの僕をみると、
「あー、まだ化けて無い、化けて無い。ほーっほーっほーっ。」
と、奇妙な声を上げている。
「化けるって何に?」
行司は
「さあ、こちらへ、さあこちらへ。」
僕の手を掴むと、勢い良く走り始めた!
早い!
さっき道案内された林の入り口に着き、美しく並んだ林の中をとにかく勢い良く走り抜けて行く。
ふと見ると、さっきの河童がいた。
トントンコンコンと大木にまたがって木を彫っている。
「ほーっ、ほっー、ほっー。」
まだ、僕の手を引いて、
行司が走る、走る。
並んだ切り株からは、中で揺れる明かりが漏れて、足を照らしてくれる。
「虫も残します。」
行司さんは、とにかく早い。
走る度、僕の体に付いていた紙吹雪も風に飛ばされて取れて来たが、走りながら後ろを振り向くと、長いリボンをくるくる回しながら紙をくっつけて歩いている髪の長い女の子がいた。
十字に組まれた竹に細い糸が巻き付いて、その竹に紙吹雪が付いていく。
次第に透き間が埋まって一枚の紙盤になった。
何度か表面をならして確認すると、彼女は僕とは反対の方へ走って行ってしまった。
「虫取り紙ですかね。」
行司は走る。
走り進んで行くと、森の緑に混じって、人が立っている。
15、6人の人々が木々の間に立って白粉を持ち化粧をしていた。
そこを走り去ると、次ぎに木のブロックが積んであり、それを、一つ一つ組み合わせている人がいる。
妙に長い定規を持って、ブロックの長さをしっかり測っていた。
僕がそこを通り過ぎると、いきなり
「はい。」
と木のブロックを渡された。
ブロックには引き出しが付いていて、そこを開けると小さな木製の滑車が入っていた。
積まれたブロックの正面には扉があり、中に入ると真鍮の重りが1本ぶら下がっている。
行司がその重りの輪を叩くと「ブォ-ン」と鳴り響いて、思わず耳を塞いだが、大きい音によろけて、その勢いで重りに寄りかかると、その重りは右に左に揺れ始め、カチコチカチコチ音を刻み始めた。
「ほーっ、ほーっ、ほーっ、はい、こちらへ。」
手を引かれながら上を見上げると、巨大なぜんまいが動きだし、外へ出た途端「ボーン、ボーン」と鐘を鳴らした。
そこに建っていたのは、十階建て程の大きな振り子時計だった。
時間を知らせると、さっき化粧をしていた人達が二階の扉から押し出て来て
「おせんべ焼けたかな?」
と横に広がり手を叩きながら、からくり人形のように踊っている。
何枚にも重ねた着物を着ていて、体は動かしにくそうだ。
何度か叩きあっていくうちに、速度が遅くなり、動きも小さくなってきた。
だんだん動きが止まって行った人から順に、元の場所に戻って行った。
「おせんべいが焼けたようですね。」
一緒に見ていた行司が笑って言うと、
また「ほーっ、ほーっ、ほーっ」
僕の手を引き走り出す。
すっかり日が暮れた闇の中なのに、僕が気が付き目を向けると、その部分だけが明るくなっている。
とにかく行司さんは走るのが早く、ついていくのが精一杯なのだが、自分も全く疲れないのが不思議だった。
続いて、その闇の中で光っている場所に走って行くと、
「飛びますよ。」
丸い光の輪をジャンプして行く。
光りの輪は一、ニ、三、四、五、と計十ケ所あり、とても綺麗だ。
「願い事を唱えながら走り、光を吹き消すと、ほんの少し未来が見えます。
ほーっ、ほーっ、
あなただけに見える、未来ですけど。」
素早く飛んで行くので、到底消す事は出来ない。トーン、トーンと飛び跳ねて着くと、目の前には、二階建ての建物が。
そして、正面玄関横の階段から上へ登り、二階に。
ドアを開けると、丸イスが一つと角に棚が並び、バケツやノートが置かれていた。
その先にテラスがあり、
テーブルと丸イスも数多く並んでいた。
「そちらでお待ち下さい。」
行司さんは、なにやら奥で支度をしている。
今来た光の輪を眺めていると、人が動いているのが見えた。
光と光りの間で、一人、女性が踊っていた、、、、、、、。
「花のね。花譜から音を作っているんですよ。ああやって踊りながら、 楽譜にするんです。」
振り向くと、大きな紙の前に髪の長い男の人が立ち、絵を描いていた。
「こちらへどうぞ。」
大皿にたっぷりスープが入り、魚介類が溢れている。
次ぎにも一mもある巨大な皿に綺麗に切られた魚が並んでいた。
薄く焼かれた丸いおせんべいが、長い缶にズラッと。
「ほーっ、ほーっ焼き立て、焼き立て。」
男の人はパテを塗ると、ばりばりほうばっている。
この人は、バスに乗車してきた人だ!
僕に気付いただろうか?
すると、あの踊っている女性は一緒だった彼女だ!
「冷めないうちにスープをどうぞ。」
行司さんに勧められ、席に着くと、男の人も僕の目の前の席に座り
「どうぞ。」
そう言うと、まず皿からはみ出している蟹をバキッと折るとがぶり。
沢山入っている具を寄せるとスプーンで黙黙と平らげていく。
僕もまねをして食べた。
「どう?」「美味しいです。」「この絵の事。」「あっ、まだ良く見ては、。」
「あれは?」
と指差し「まだ、食べていないので。」ばりばり言わせると、
「聞こえた?」「焼き立てですね。」「リズム。聞こえるでしょ。」
「ん?」
耳を澄ませると、かすかに高音で乾いた トタトタトタ、ポポポポポ。
この音なのかと良く解らなかったが、「トタトタ、ポポポ。」
口づさむと、頷きながら「うん、そうそう」
∵
大皿から魚を数枚取り分けると彼は、「君も光の輪で音を作ってみたら?」
と言ってきた。
「・・・・いや、僕は音符書けないし。」「魚も並べたっていいんだよ。」プレートに、ハーブや、ソースをさっとかけると、くるっと巻いて、
「目に見えたトーンを、記憶して、空に写して見ればいい。
林の中の木の上に、鳥の巣があるのがわかりますか?」
「深緑色の固まりが」
「茶色いけどね。
肉眼でいつも見る目のサイズと、ほら、このおせんべいとこのおせんべい違うよ。虫眼鏡つかわないでしょ。日常的に。」
おせんべいにパテを塗ると、二枚で挟み、僕に食べるよう差し出した。
ばりばりばりっと、とても軽く薄いので、口から半分落ちてしまった。
男の人は、少しも溢さず、ばりばり食べている。
「調和しているものと不調和しているものをこの十センチの箱の中に入れるとしたら、君は何を入れる?」
透明な箱を手に取ると、テーブルの中央に置いた。
「それ、あげますから。考えてみて。」
彼は、一通り食べ終えると、絵を描きに行った。
行司さんが来ると
「ほーっ、ほーっ。さあどうぞ。こちらも召し上がって下さいね。」
カラフルなハーブに包まれた魚は、とても美味しい。
プチプチと、シャキシャキ。
新鮮な野菜のグラデーションは、パッと明るく弾ける。
「このおせんべいの上に、野菜を並べても、ダメですよねぇ。」
「ほーっ、ほーっ何が入りますか。」
ボーン、ボーンと鐘が鳴る。
彼のようにおせんべいにパテを塗って挟み、こぼさないようにとするが、
一カケラ落ちる。
考えながら、もう一つ。
バラバラ。
持ち方を変え、手の平で押し込むが、
口の両側からはみ出してしまう。
「なかなかね。うん。」
ばりばりばりっと行司さんも、上手い。ばりばり、さくさくやりながら、箱の中味を考えるが、良い答えが浮かばない。
水と油なんてドレッシングを今作っても。「違うよな-。」
ばりばりさくさく呑気に悩んでいると、タンタンタンッと階段を上がる音が。
厚手のフードコートを着た女性が入って来て、入り口のイスに座ると、物凄い勢いで、ノートに書き込んでいる。足と体でリズムを取りどんどんぺージをめくっていった。
「音を出してみますか?
ほーっほーっ。」
棚の扉を開くと、鍵盤が。
さっと彼女はイスを持って移動すると、
トーントーントーンと弾き、
曲を、弾き始めた。
?♬≠♩♭♬♯
°♪?♬♬♬♬?♪???♪?#♪♪♭♬°♫♫≠?♬♪
?♬≠♩♭♬♯°.♪?♬♬♬♬?♪???♪?#♪♪♭♬°♫♫≠?♬♪
………
.........
..........
.................
くり返し、くり返し流れる音は、静かな柔らかい音だった。
林の中の風の音と、葉が揺れる音に乗って、
一つ一つの音が草木の中の音だった。
花の音を聞いたのは、初めてだ。
「ほーっ、ほーっ。採譜出来ました?音に羽が生えて飛んでいましたよ。
とても良い曲ですね。」
「今日は、月明かりが綺麗で、凄く風に乗れたのよ。」
と、嬉しそうに、符面を眺めていた。
僕に気がつくだろうか。
彼同様、彼女はテーブルに着くと、大きな蟹をバキッと折って、スープを飲んでいる。
少し気まずくなって、テラスの奥へ移動すると、彼の絵が目に入って来た。
三m程の大きな紙に広い林の中踊る彼女が描かれている。
この絵からも彼女の曲が流れてきそうだ。
線が細く生々しく、生きている。
遠く林の中で動いていた形が、目の前で現実に起り、あまりにも自然で、
あまりにも星月夜で、あたりまえの光景だったもの。
瞬時に目に焼き付いたこの絵を見て、僕は、そこから動きたくなくなった。
⚪︎
「闇夜が深くなると、お化けが出る。」彼が耳もとでボソッと言った。
「わっ」
と後ずさりして僕は尻持ちをついた。
「ほーっほーっ。夜嵐の妖怪は、小心翼翼吹き飛ばしますよ。風靡にいれば、意外に大丈夫なんです。その中で純粋であればいいのではないですか。」
「母船に引かれる船は、安心だろうけど。」
「ほーっほーっ。心を強く胆勇に。」
そう言うと三人共、奥の部屋に行ってしまった。
彼の絵を暫く眺めていると強風が吹いてきた!
イーゼルが倒れないよう抑え、絵を持ち運ぼうと慌てていると、何枚にも列になった白い凧が夜空に飛んで来た。
長い帯の部分には、紙風船のボンボリも揺られ、円を描くと球体になり高く上がって行く。
緩やかに飛んでいた凧は上へ上へと高く、あまりにも高く上がると、狂気を感じた。
バタバタと紙が波打ち、破れてしまうのではないかと。両手を大きく広げながら凧を見ていた。
突然、パンッと音がすると、小さな紙風船が、凧から溢れ、吹かれて行く。
白い衣装を着て、指先から肩まで覆ったごっつりとした手袋を身に付け、太い糸巻きを抱え持ち、地面に足を踏み締めて、ふんばる。
糸巻きを自在に動かし、暴れる狂気凧を操って、綺麗に気流に乗せている姿は、とても力強い。
風も静まると、凧は林の中へ消えて行った。
押さえていた絵から手を離し、なんだか、僕は、少し皆がうらやましく思えた。
「ほーっほーっ。月にむら雲、花に風。ささ、どーぞ、行きましょう。」
さっきの風で、光りの輪は一部消え、僕は彼女の踊っていた、あの絵の、あの場所を横目に、行司さんと走った。
「自然に、自然と立ち向かう事は困難ですね。あなたの頭の中で暖めればばいい。ほーっほーっ。
べーっと舌を伸ばしても梓にのぼせませんしね。瞳の奥に焼き付けておいて下さればいいんですよ。」
はいっトトトトト
とデッキの上を小走りし、進むと、
巨大な石の固まりがドンッとそびえたっていた。
その横には小屋があり、
煙りが立っている。
この巨大な物、何か見憶えがある。
「ほーっほーっ力強く、言葉は無くとも、勇魚のごとく堂々と。」
「絵ハガキに描かれた物だ!」
僕はおばあさんを思い出した。
「こちらをご存じ?」
行司さんは、勇魚を見つめ、考えている。
「思考回路をね。風に聞かず、一歩、一歩。
先程の素描。こちらの勇魚。見集つむのも大事です。」
小屋に続く道には大量の焼き皿や茶碗が並び、片面に黒く焦げ付いた丸い玉、割れた玉が無造作にあるが。
「ほーっほーっ。どうぞ、お通りを。」
しかし、近くに見える小屋になかなか近付けない。
行司さんも、
そう言ったっきり動かない。
行くべきか、行かざるべきか。
巨大な勇魚が背後から迫ってくる。
すると、あの髪を大きく結った小柄な婦人が
「これが良いかしら、あれが良いかしら。」
と並んである焼き物を選んでいる。
僕を見つけると、おじぎをして手招きをしてきた。
籠を腰に掛け、器を手に取ると、仕舞っている。
「ほーっほーっ。あの列からご選択ですか、あなたも選り抜きなさいますか?」
勇魚の横を通り、幅広く置かれた端に並ぶ器の前に立つと
「こちらに並ぶ器から、気に入った器を一つどうぞ選んで下さい。」
この場所だけでもかなりの数があるのに、一つ選べと言われると、どれにしようか迷ってしまう。
あの婦人は、籠に入っている器を僕に見せると、肩をすぼめて
「憂ひがあるのよね。ちょっと。こちらは、静かな色よ。水郷を思うわ。
溢れ出てくる。労作よ全部。」
その並びから一つ、自分の選んだ器を僕に渡した。
手の平に収まり、すとっとした表情だ。
「ね。」
と言うと、さっと列に戻してしまった。
「ほーっほーっ。いらっしゃいます?
お忙しいですね。明け方になりますか、到着は?」
「公演は、太陽の熱を浴びての日のあるうちだけと聞きまして、いつもの倍の方々が集まるそうです。」
「ほーっほーっ。人間万朶を表現なさる。」
「町とはまた違うでしょうから、否でも一度、洋洋で、と。」
行司さんも、いくつか器を選んでは籠に入れ、一つ手に取ると、気に入ったらしく、カメに入った水で良く洗うと、林の間にある木箱に仕舞った。
夜露で冷えた器は、ぱっと見ても暗く悲壮感が漂っていたが、よく目を研ぎ澄まして手に取ると、やはり手にすとっと馴染み、大きさと形が合い、器が、、、、笑っていた。
「この器にします。」
「では、拝見しましょう。はい。ご自分らしく、良いではないですか。」
又、カメの水で洗うと、木箱に仕舞った。
「ここの勇魚窯も慰楽で来てますけど、内観するのも、ややありまあす。」
「ほっ。」
籠を引き上げて腰を上げると、
「では、八幡のやぶしらずにならない様、太陽の下でお待ちしています。」
静まり返った勇魚の焼き物達は、僕を待っているのか、怖がらせているのか、また少し重い空気が溢れてきたが、僕は小屋の入り口にゆっくり歩いて行った。
ドアを叩く。
返事は無い。
もう一度。
居ない。
窓から少し中を見るが、暗く、棚には、やはり焼き物が沢山並んでいた。
振り返り勇魚の前に戻るが、行司さんもいない。
辺りを見るが静かだ。
勇魚をくぐってみた。
勇魚の中央で上を眺めると、月が、高い林の木の先からこちらを観察している。
目と目を向き合って、巨大な勇魚を掴む。
こんな巨大魚は、僕には到底捕らえる事など出来ない。走りに走って洋洋で勇魚の中に入る事になるなんて、想像もできていなかった。
そして僕は、さっきいた婦人とは今度は逆に、並んでいる焼き物の方へ移動した。
見ると重く堅い器が欠け、ヒビも入り、土で汚れたままになっていた。厚く固められた皿や、器は、乱雑に重ねられ、無用の残骸の様な有り様だ。
その中で、月明かりに照らされ、時空を超え、うめき、叫んでいる。
遠く大地の底から、腕を伸ばし、もがき苦しみ、泣きわめき、しがみつき、僕にのしかかってくる。
その一帯が黒い嵐となり、渦を巻き、地鳴りが響き、僕は飲み込まれそうになった。
体が動く事も出来ず、必死にその場で土を掘り、身を守ろうとするが、
地鳴りは、大きく響き、さらに体ごと掴まれ、ぐぅおぉっと、引きずり込まれる。
「うわあああああ。」
ザザザ-っと風が吹き、鳥がバタバタ僕の体に向かって飛んで来た。
うずくまり、身を屈め、静まるのをまった。
隙間なく置かれた膨大な量の器は、深い山の奥で、人知れず埋まっており、どんなに歳月が経っているのか、誰が作っているのか、絵ハガキを一目頼りにしても、僕は何も知らない。
掘った土の中からも器が見え、僕は手に取った。
ずっしりと重くまるみを帯びた焼き物だ。
心が段々落ち着き、僕が、今までなんとなく通り過ぎていた日々は、まだ百事も知らず、黒い嵐の中ふんばっていた力強さと、執念を感じ、土を払い勇魚の前に戻った。
「お決まりになりましたか?」
行司さんが林の奥から現れた。
うなづきながら、小さな帚で僕についた
汚れを払うと、カメの水で洗った。
「ほーっほーっ。これは、清らかな中でも、とても強靱さがありますね。あなたの胸間も聞こえてきますよ。
勇魚の主は、お休みの様ですので、ささ、こちらに参りましょう。」
「あの勇魚はどうやって?」
「ここの主が作られたのですよ。あなたが選ばれた器。その思いを感じとって下さい。木箱の中お預かり致しますからね。」
偶然見つけた絵ハガキを、おばあさんに届けに行き、手渡した時、一瞬彼女の表情が変わった事を思い出した。
驚きと懐かしさ、凛然とした顔立ちで、日常の空気が動き、グルグルグルッと時計合わせを始めた。
「どこでこれを?」
視線を僕に向け、さらに遠くを眺めていた瞳は、とても澄んでいた。
これだったのだと、自分の中で少し小さな達成感が沸いたのだが、行司さんの走るスピードはさらに加速し、おばあさんと勇魚の事を、考える暇もなく走った。
//////////////
林と林の間、同じく二人組みが走って来た。
きつねと河童だ。
きつねは先の尖った陣笠を被り、スーツ姿で袋を握っている。河童は桶と柄杓を手に持つと、ザバザバッと水を掛け走り、沢山の水を撒いている。
きつねは、袋に穴を開けると、小さな粒をバラ撒いた。
粒は水を吸うと膨らみ、辺り一面、白茶気てきた。
その上を又、河童が水を撒き、一通り膨らむと、板に乗せ、
二人は頭で持ち上げると、林の奥へ走って行った。
////
荒々《アラアラ》しい勇魚窯から走り、足元の走る足音が‘パーン、パーン’と響く。
道は硬く均した土になり、恵比須様のお面が門柱にぶら下がっていた。行司さんは、それを付け、また走る。
走って行くと次ぎには、細かく編まれた輪っかが下げてあり、行司さんはそれを取ると、僕の頭に乗せあごヒモを結んだ。
「葦で編まれた金環帽です。目を凝らし、瞳が輝けば頭に馴染み、そうでなければ広がります。」
と、正面には小さな水面があった。
だが、辺りは林のまま何も変わらない。
僕は、呼吸を整え、まず先に乾きまくった喉を潤わせようと、水面に行き、水を飲んだ。
すると、すーっと水嵩が減り、
パーン、パーン、パーン、パーンと
四回水柱が上がり、
一気に水が引いて行った。
その水面の底には、人物像が掘られ、小鳥、馬などの動物の彫刻があった。
「ほっーほーっ。水時計です。時間ごとに水が別れ、流れて行きます。」
全ての水が流れ出ると、再び底から水が沸き、元の水嵩に。
。◯⚪︎。◯⚪︎。
バンッドンッバンッバンッ。
突然、水面に人陰が映り、ぬっと巨漢が現れた。
バシャバシャっと顔を洗うと、
背負っていた石像を水の中に放り込み、ポケットからコウモリを出すと空に飛ばせた。
そして右、左、と丈の長い羽織を広げると、
バサバサと沢山の黒いコウモリが何羽も飛んで行った。
〃〃
「お前に石像をやろう。欲しければ持って行け。」
幾らなんでも、こんなに重いものは持上げられない。熊と間違える程の巨漢だ。
「毛氈ごけも、蚊食い鳥も、旅商いしてるかぁ。空でも穴蔵、道の片隅、道楽放浪とは訳が違う。洋洋飽食暖衣して、独活の大木、柱にゃならぬ。巨漢に石像担げてもぉ、持ち帰りの客なぞ一人もおらん。」
おはははクククと、妙な笑いを浮かべ、石像をブラシで洗うと、ザバァ-ッと抱え、水面に起こした。
「ほーっほーっ。髀肉の嘆は、競作後の詠歌相撲でなされば良いではないですか。赤いわしで口を切っても、恵比須様は来られませんよ。」
「恵比須行司がいるではないか。うぉははははぁ。」
首に巻いてあった干し大根をかじると、僕に差し出した。
僕の葦編み帽は広がるとずり落ち、首に掛かった。
同じじゃ、同志じゃと、笑いながら干し大根をかじると、行司に顔を近付けて
「本日、髪結い茶人の集まりがあると聞いたがぁ、誠の話か。穴蔵ぼんくらっちゃあ、風の向きも解らずじまいで、せっかく山師も来られるとの事、ご挨拶もさせて頂きたいと思いましてな。」
「ほーっほーっ。宜しいではないですか。髪結い茶人もご準備されている様ですし、杓子定規でもありますまい。」
「髪結い茶人は、私の獣顔にご興味ありそうだがな。」
と言うと、乱れた髪を手で掴み、僕の被っている葦編み帽からヒョイと一本引き抜くと頭に乗せ、髪を束ねた。
水面に立つ石像は、険しく力強い表情で鍛えられた肉体が表現されていて、気勢を上げている。
「ほーっほーっ。山坂登り下りと歩かれて、剛駿様も大地の音が聞こえているのですね。
こちらの石像は、また水路林に置かれては如何ですか。」
水時計の周りには八つに分かれた水路があった。
剛駿さんは、ガッと石像を抱えると
「お前もこい。」
僕を呼び水路林へ歩いて行った。
そこには、長い鍬を担ぎ、手を前後と力み、見栄を切った姿で立つ石像が一体と、腰を曲げ力強く立ち両手を広げ、今にも動きだしそうな石像など、道なりに何体も置いてあった。
ドンッと担いでいた石像を下ろすと
「この水路は水田、田畑に続いている。
わかるか?
農夫百態を表しているが、そうたやすい事じゃない。
豊穣を願い働くが、己の存在意識を前に威容を誇っている姿なんだよ。
感謝しなくちゃな。空と戦って地団駄を踏みたくなる時もあるだろう。当たり前に食す日常にお前は問いた事があるか?鳥より案山子っちゃぁ参ったもんだが、この巨漢が一番の獣よけだ。どうだ、お前、石担ぐか!」
剛駿さんは、石像を持ち上げ、持て!と言うが、腰に力が入らない。
「担ぎ歩くが勇者ではないがのぉ。」
水路沿いに、しっかり設置すると
「水時計の底には、大地の声を聴き、知恵が授かるように水の心根が映る。
あの像を見たのならば、何かを感ずるはずだ。いつか役に立つ時が来るだろう。」
剛駿さんは干し大根をかじり、水路林へ歩いて行った。
「ほーっほーっ。農夫百態は、とても生き生きとした姿で力強いです。
思う念力岩をも通す。
礼する意もあるのでしょうね。
全てで、八本の水路がありますが、七本目行きましょう。」
行司さんは、くるっと方向を変えると、またまた水時計に戻り、
七本目の水路に走った。
/
林の木に布がピンッと張られ、次ぎの木に。
折れ曲がり、又、次ぎの木に巻き付けられて、水路に布の壁が出来ている。
進んで行くと、ズラ-ッと長い色鮮やかな糸が束になっていた。
デンデン太鼓が風車に揺られ、デデデンデデデン音を立て、朱色、橙、桜色、赤紫と赤茶色、
糸束の先には炎が見える。
湯気がさらさら立ち上り、草木の香りも漂った。
炎の影で、朱色が映える。
水路横から水が流れ、大きな桶に水が溜まっている。板をニ枚手に持って、髪を二つに結び、布をまとった女の人が四、五人糸を洗っていた。
ジャバジャバと、板で水を掬っては、板で糸を押し、炎の横では、半円形の円盤鍋で草をざるから掴み入れ、幅広い杓文字で煮込んでいる。
「ほーっほーっ。糸を染色しています。お忙しいですから、ご挨拶までに。
あちらには糸の紡ぎ処もございます。」
腰を屈め糸をくぐると、前髪をV字に切り込み、橙色の襟巻きを重ね、白い半袖シャツに巻き込まれたパンツ姿、上目遣いでこちらに歩いて来た。
∮ ∬
「草木の色も彩やかに、好で香でと主張もあるが、行司様も相変わらずのご衣装で、いつこちらにいらすかと、お待ちしておりましたが、お連れの方も、これまた差し障りの無いご格好で、丁度良い所へ来られましたね。」
「ほーっほーっ。時も随分立ちましたが、ご用意して頂けた。
恥ずかしながら、魚道があると聞きまして、そちらへ釣りに行き、空談ばかりしておりましたら、なんと、龍の大山の粋人がいるとの風説が。
お会い出来るかと釣り三昧で。
しかし、洋洋に来て頂けたら皆様方もお望みが増えるのではと。」
「夢のようなお話ですが、今は機織り場も忙しく織女達も少ないものですから、仕立て人、刺繍人もお話を聞くかどうか。
洋洋、一つ一つ手を掛けて作っております。山を超え草花紫根やら砂金まで、死ぬ思いで天物をお持ち下さる鷹目の行商人達も年を取り、私共も離れがたく、、、、心待ちして頂いている芸才多い方々もいらっしゃいますから。」
「ほーっほーっ。しかし、もう少し軽捷になられても。
風流に時をお守りになられるのは、大変骨を折られている事でしょう。
洋洋深く、華麗に、森厳に、皆様過ごされてますからね。
ところで、本日の髪結い茶人の会には?」
「はい。私と数名、交代交代伺うつもりで、天外の奇想な会だと期待しております。
さあ、行司様、お話は後に。
ご衣装合わせてみて下さいな。そちらの方もご一緒に。」
と、枝から長く垂れ下がった、黄色、薄黄緑と染められた布をくぐると、良く磨かれた一枚板に、衣装が数点寝かされてあった。
「ほーっほーっ、。これは。」
「はい。いつも走られている行司様ですから、絹の摺り衣で羽織りを作らせて頂きました。山の露草、他、花や木皮を織り交ぜて、深い色合いに仕上がったと。」
「金糸の刺繍ではないですか!」
「はい。袴は動きやすくと少々形を変えてありますが、ぜひ一度、こちらを着て頂きたいと。
お連れの方には、刺し子半纏を作務衣形の上着に仕立てたものですが、こちらの生地で差し縫いしましたもんぺぇと、丈が短くなっておりますが、袴、前垂れもございます。」
江戸時代か?と、、、、、。
僕も袴を?
動揺しているうちに、木板の横から布を引き、
「ほーっほーっ。お着替え下さいな。私は、直垂でしょうな。しかし、見事斬新なお仕立てで、
さあ、さあ、そちらも、ささ、ささ。」
行司さんは、素早く着替えると
「羽衣もございますか?」
と注文し、数枚重ねると鏡の前に立ち整えている。生地は、かなり頑丈に縫われ、硬く重い。
もんぺぇに足を通し、腰ヒモで縛ってみると、少し力が入ってきた。
シャツをしまい、ショートパンツ丈の袴を穿き、前垂れでくくり付けると、ひと周り体が大きくなり、上着で横腹一周巻き結び付けると、背が伸びてきた。
「いかがで?」
行司さんは、僕を見ると
「紺青に染められ、刺し子の華色も若若しくお似合いですよ。根情入れと、仕上げられたのでしょう。ほーっほーっ。」
「すみませんが、着方はこれで良いのでしょうか?」
「ほーっほーっ。」
にっこり笑い、染め物の婦人と行司さんが、何か相談している。二人共 感心したり、他の衣装を選んでたりと、熱っぽく語っていた。
僕は鏡の前に行き、多少、象ってみたが、何故、僕までが、この衣装を着ているのか?
あの婦人の眼力でファッションに信頼感が湧いて来たとも言えるが、興味本位でこの格好をする程、僕はお洒落に、冒険心は無いのだが。
洋洋の空気と人柄、村中に染まり、今まで客観的にしか見ていなかった感情が少し薄れ、何か心が熱く動いてきた。
姿勢を正し、胸にも力が入るが、どこか、まだ飲み込まれているのだ。
そこへ、ピンッと冷たい空気が。
「川風から凍り付く、この張り詰めた草花の香りは、花氷でも置かれ ているのですか?」
「ほーっほーっ。なかなかの心付きで。」
「草摺りされた前垂れなど身に付ければ、動きながらも、癒されますな。」
「ほーっ、ほーっ。」
「ん?」
僕は今、一体何を言っていたのか。
何故か話し口調が変わり、言葉がついで出る。
「葦の編み帽に、こちらの織布を巻かれてはどうですか?」
緑色にまゆ毛を描いた、顔のふっくらした女性が、全身緑のグラデーションに包まれた衣装で現れた。
「編み帽に、こちらの織布を巻いたら、翠玉が飾られたようで、お心映されますね。」
「翠玉など、もったいないですが、有り難うございます。雲をかすみと洋洋に来た訳ではありませんので、
紺青まとって、瞳を凝らし、慮りたいと思います。」
自分でも、少し訳が解らない。
その女性は、山と一体化のカメレオン状態で、とにかくグリーンがお好みらしく、ヨモギ色に染められた布に、葉を包み、玉を作ると、大きく振り回し、いくつか並べられた籠に投げ入れた。
次ぎにも、色濃い草を包み投げ入れ、草団子が色別になっていく。
緑色のまゆに、白い肌で、その他担当されている色彩で、他の女性もまゆの色が違っていた。
草団子を運ぶ人々は、皆おかっぱ頭できっちり。
ヘルメットなのか、髪なのか。
乳母車を押し、中には人形が寝ている。
その人形は、ざる籠を持ち、草団子を乗せられるのを待っている。
重くなると、背もたれが上がり、寝ていた人形の目がパチッと開くと、人形は重みで揺れ始め、はしゃいで いる子供の様にガタがタと車ごと円盤鍋に押されて行った。
「ほーっ、ほーっ。初冠を付けられましたな。
まま、茶人に髪を結って頂きましょう。
碧玉も心動かされる貴重な石ですが、翠玉も輝きますな。龍の大山の粋人であれば、石を調達して頂けるかとのお話でございます。」
橙染めの婦人は、
「自然の天物も争いの元に。子は宝と、私達は忘れぬよう、染め場で 戦っておりますので。
鉱石は心を迷わせ、時には憎み、時には力を奪われる事も。」
「ほーっ、ほーっ。瑞枝子様も、あれだけの作を創られて、心、気抜けされましたか?天衣無縫の傑作と誰もが憧れ、この染め場におる者も。
もう少し強欲に、ご自身の為、作品をお考えになっても良いではないですか。
洋洋の水路林は、十分潤いを与え、時を守って下さっています。
創作されるのには良い機会かと。」
パーン、パーン、パーン、パーン、パーン、パーン、、、、、。
五回水時計が時を知らせる。
籠に入れた僕の洋服を、緑色の彼女が布にカバンごと大きく包み込みと彼女は、僕を見つめて
願うよう話し始めた。
「瑞枝子様は、とても耽美主義のあるお方ですが、花も先散り、季節を感じ、なんでもない空間に感性を見い出す事は、一つの価値なのではと。
もちろん翠玉も美しいです。創作という、大きな枠で表現されれば全て、という事では無い訳ですが、私達に力を貸してくれているのです。
ですから、龍の粋人様のお話が本当ならば、ぜひ洋洋へ、この染め場に来て貰いたいのですが 。」
と、彼女は僕の荷物を胸に抱き、深いため息をつくと差し出した。
僕は頷き、彼女から包まれた荷物を受け取ると、肩から背中へしっかりと結び付けた。
「繊細でいて趣きもあり、面倒見のある方ですね。この衣装で羽替して、地に足がついた感がします。」
「ほーっ、ほーっ。花相撲、ご参加されますか。
では、6本目参りましょう。」
行司さんは、いつものように早いが、少し時間は遅く流れる。
僕の体は、がっちり引き締まり、飛び跳ねているが、一歩一歩がしっかり響いて走るのも楽だ。
布の壁を走り過ぎて、水時計に戻り次ぎへ。
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"ドタン、バタンッ"、、、、、、、
と、いきなりドアがたて続けに建っていて、その中に入った。
大きな作業台が、ズラ-ッと並び、大勢の人がいる。
紙を持ち、静かに運ぶ。
緊張した雰囲気の中、木と木の間に紙を挟むと、上から丸い馬楝でこすっている。
それをそっとめくり、次ぎの台へ。
紙が美しかった。
皆、とても慎重に運んでいる。
息を殺し、数人で版の上にきちっと置くと、ズレないように押さえ、力を入れる。
どんぐりが山積みで、黒い液体が硯のような入れ物に。
柄の長い刷毛があり、毛先もったりと膨らみ、不思議なつやがあった。
この人達は、黒いとんがり帽を被り、手首も背中もぎゅっと締めた服を着、、、、、
黒子の衣装か?
又は、忍者にも見えるが、、、、、。
目の下から顔を覆う布も付け、息がかから無いよう、静かに動いている。
「ほーっ、ほーっ。こちらでは、版画を制作されているのですよ。それと、あちらでは、大きな宣伝紙です。」
と、洋洋村への道順を教えてくれた草野風さん宅、隣の駐車場に貼ってあったポスターが。
大きな看板を昔ながらの手描きで制作している人もいる。
早業で、大小の筆を自在に操り、迷路状に古い町並みが描かれている。色鮮やかでありながら、渋い。
古臭い籠は、昔の怪獣映画を思い出させる。
ただ、細やかな花が咲き、奥行きのある風景は未来も感じさせるのだ。
表情は、生々しく、切れ長の目、
細かい指先で透明感もあり、インパクトは強い。
このサイズで、この絵は、看板というよりは、芸術なのでは?
絵を描いている人は、白い長袖Tシャツに、ゆるいもんぺぇ姿で、僕達には気づかず、黙々と描いている。
その作品主役の人物は、バスに乗り込んだ男の人に似ている。
「桔梗の重恩とアカデミック」
タイトルが、なびいた髪の横にあり、ふと、僕の衣装と丸太を担いでいた人達と重なった。
目の合った彼は彼だ。
「気が付かれました?印象というものは、偶然なのか。強烈さよりも、ご自分の中でも創っていますね。きっと。
溶け込んだ効果と、強く与えられた効果もその時では、大して変わらない事もあります。
よおく、胸を貼って。見集む。」
ミーハーだ。と感じている訳では無いが、身近さがきっかけを作ってくれているのも事実だ。興味というものが、元々感心があったにせよ、他の効果で心を動かされているものを感じると、悔しさが込み上げてくる時がある。
僕は、本を読みあさり、自分の中では、ある程度の物への価値や知識、面白さや、信頼できる事など、自分の中に原動力はあると思っているのだ。好奇心が芽生え、確心していく段階に、もちろん世の中流れも入っているのは事実だが。
苛立ちが、胸の奥に立ち上がり、冷めた瞳に心が映る。
波打ち際をひたすら走り、日本一周している訳では無いんだ!僕はヤギじゃない!僕にだってあるんだ!
しかし、行司さんに言われ、恥じた。
一枚づつ刷られていく作業は、華やかさは無いが、早業で着々と進行されて行く。
「ほーっ、ほーっ。大きな桔梗です。」
そこには、人間が桔梗を形取った絵柄で、
美しい桔梗が沢山描かれていた、、、。
これはいったい、、、。
そして、そのポスターが重ねられた奥でも、また別のグループがシルクスクリーンで制作していた。
木枠を運び、こちらも数人で集まっては作業しているが、今度は動きがシンプルコンパクト。
流れるように次ぎから次ぎへ隣の台へ。
最初に刷られた物からは、何の絵なのか解らないが、次ぎ次ぎと模様が重ねられ、一つの作品になって行く。
地図のようにも見えるが、、、、。
さまざまな図柄でポップだ。
薄手の紙にさくさくと。刷り上げて飾ると いうよりは、実用品なのかもしれないと。
あれっ?何か、似たような物をどこかで、、、、。
と、僕はおばあさんのメモを取り出した。広げて見ると、色見は少し違うが、これでは無いだろうか?
「ほーっ、ほーっ。これもまた、なかなかの風の便りか、古伝、可愛らしいお持たせで。拝見させて頂きます。」
行司さんは皆の所へこの包み紙を広げると、
「海を渡りか、陸地を超えてか。洋洋の趣き伝わり、このような形でこちらに届いてくるとは、嬉しい便りですな。
有り難うございます。洋洋風月を友とし、ここにおられた者でございますよ。」
この一枚の包み紙で、刷り場は少し柔らいだ。
部屋の隅に鉄製の籠があり、ポスターが少量大事に置かれている。
このポスターは、やはり大きな桔梗。
女性の踊るシルエットに枝葉が別れ、駐車場にあったものに違い無い。
先に行こうと近付こうとするが、何故かすーっと遮られた。
「これは、茶人の会。」
長い前掛けを付け、手袋姿の男の人が背後から声を掛けてくる。
「ほーっほーっ。お忙しいですな。本日、瓦判の発行でもおありかな。」
「今日の今日とは、御勘弁を。
厳しい所で、日暮れ時までと言われると、なかなか。」
「ほーっ、ほーっ。おやりになられる所かと。」
「記念に。と考えている案はありますが。」
十字に結ばされた紙の束を両手で持ち、二人、人がこちらに来た。
どさっと置き、
「本日のパンフレット。手刷りの冊子になっています。良い仕上がりですよ。」
表紙を見るが、何も描かれて無い。
白い和紙で、良く見ると凸凹がある。
「晴れですよ。晴れ。やりました。良かった。太陽にね。透かして見て頂くと解りますから。
どうぞ。ご一冊お持ち下さい。」
と、手渡された。
厚くしっかりとした和紙は、柔らかく、暖かみがある。
中には、絵文字が描かれていた。
出演者と思われる名簿だが、この印には何か意味があるのだろうか?
楽器を打ち鳴らした絵柄や、叫ぶ姿、岩を持ち上げるなどさまざまな姿のシルエットに、最後のページには、こうあった。
〜
「言霊のさきおう国、思想と創造力、
一、壷中の天地ここに現わさば」
〜
「ほーっ、ほーっ。あちらを。」
版画を制作している奥にガラス棚があり、かなり古くボロボロに痛んだ紙が飾られていた。
その紙にも同じ言葉が描かれている。
「音にも?
だいぶ年月も経って古色されていますね。」
「伝えられている古詩なんです。」
と、横から人が現れた。
紙製の三角巾に、何度も紙が重ねられた厚いシートを腰にブラ下げ、色見本なのか、筆を何本も持ち色試しをしている。
紙のキューブを一つ持つと、ピラミッド型に積まれた山の上に置いた。
「使用済みの紙魂です。ここでは、エネルギーにもなりますから。」
与えられた効果は、心を動かす原動力のサポーター。
時を記憶する写真とは違うのだろう。
素描を思い出し僕は重ねた。
興味と必要性、そんなに感情を合理的には出来ない。
誘われるままに、茶人の会には行くだろう。
飾られた古紙と紙のピラミッドを眺めて、全ての時間の長さと、僕が今ここにいる瞬間を強く感じた。
「ほーっほーっ。
一枚のさまざまな紙面の力とここの空気に押され、気落ちされましたか。
この冊子、楽しみですな。
こちらの方々も、もちろん茶人の会には来られますから。楽しんで下さいね。」
「あの、桔梗のポスターは、洋洋村で公演されたものではないんですか?」
忙しそうに、冊子をまとめ、どんどん刷り上がっていく中で、あのポスターは流れを感じない。
「定期公演です。桔梗坂町での。」
横で冊子を包んでいる人が言った。
あの強烈な看板も気になったが、詳しく聞くのを少し躊躇してしまった。
「私達は、情報を情報として伝えているわけでは無いんですよ。」
広い空間で、版画スペース、ポスタースペース、看板スペースとが一つになり、なんとも言えぬ雰囲気なのだ。
鋭い視線で定規を持ち、丁寧に文字を描く。
筆を持ち、スーッと描く。
息を殺し集中して刷る。
僕は、少しバランスが崩れそうになるが、
「ほーっほーっ。お気楽に。
伝承を守り抜く姿や、自我を強く持つ者。
ここまでも少し見集めた事柄。
ご自身で良くお解りになられてます。」
「勇魚が、、、、、、、。」
目の前には、あの勇魚の絵ハガキと同じ図柄の版画が飾られていた。
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行司さんと、水時計に戻ると、
「面白かったかい?」
ガハハハハ。
丸坊主の雲路さんが現れた。
「夜も明けてきましたなあ。
行司様とは、ここまでで、
私がご案内しましょう。」
「ほーっほーっ。
ひとひ、ひとひも早いものですな。
太陽が天高く上がられた時、冊子をご覧下さいね。私はまた黄昏時に参りましょう。」
行司さんは、羽衣を風に乗せて、鳥の様に林の中へ走り抜けて行った。




