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星神様と眷属達  作者: キサラギ ソラ
第1章 神殺し
8/30

1ー7 悠真の苦悩

 本館に戻って来た俺たちは、一階のダイニングの隣りにある洗面所で一緒に歯を磨く。おざわ荘では、朝に浴場の洗面台まで行って身支度するのも面倒なので、本館に洗面所が設置されている。しかし夜は風呂上がりにそのまま浴場の方で全部やる人が多い。

 今日はソフィアが男湯に入ってしまったので、誰かにバレないよう早く男湯から離れたくて、本館の洗面所を利用することにしたというわけだ。


 こんな緊張感を味わうのは今日限りにして欲しいね。


 その後水分補給をして、ソフィアに念の為トイレの場所を教えてから別れた。

 俺はトイレで用をたして寝る準備を完全に終えて二階の自分の部屋に戻った。

 ……戻ったのだが、ここで一つ問題が起きた。

 別に問題といっても大したことじゃない。ただ眠れなかっただけだ。


 九時半を回ったばかりで、高校生が眠る時間としては少々早すぎる時間。しかも今日は色々なことがあったせいで、心が興奮状態になっていたのも原因の一つだろう。

 さっきから俺の頭の中は風呂でのソフィアで埋め尽くされていて、眠くなるどころか目が冴えていく一方だった。


(ちくしょ~、全然眠れねぇ~……)


 眠れない苛立ちを誤魔化すように溜め息をつく。

 眠れないなら何かすればいいだけの話なのだが、あいにくと俺には特に何もしたいことがなかった。

 そこで俺は、眠れないなら何かを考えて眠気が来るのを待つことにした。


 最初は本当に他愛ないことを考えた。

 明日の学校のこと。休み明けテストのこと。おざわ荘のサイト紹介についてなど。

 そうして思考を巡らす内に、ソフィアのことを考え始めた。


「……神殺し……か」


 ソフィアの願いを受け入れたら、俺は二度も神を殺さないといけなくなる。

 それを考えて俺が感じたのは、恐怖ではなく不安だった。


(もし俺が星神になったとして、その後も何も変わることのない日常を送れるのか?)


 その疑問に対して俺は、絶対無理だと答えを出した。

 神が実在するというのなら、なぜその存在が一般的に知られていないのか。それはおそらく秘匿しようとしている存在がいるに違いない。

 俺は知ってしまっている。

 魔力や魔物が実在することと、それを世間に秘密にしようと活動する加奈子先輩のような人達のことを。

 だとすれば、星神の実在を知りながら隠している者達がいても不思議ではない。


(もしこの推測が正しい場合、星神になったとき、相手が接触して来る可能性がある。そうなったら、おざわ荘の皆はどうなる?絶対安全だと言い切れるか?無理だ。そんなちっぽけな希望に縋り付くぐらいなら、最悪を想定して動いた方がいい。絶対、皆が傷つくなんてことは、あってはならないのだから……)


 皆が傷つく可能性を捨て去りたいなら、最も手っ取り早い方法はソフィアの願いを受け入れないことだ。

 だというのに、それを躊躇う自分がいる。

 ソフィアの願いを叶えてやりたい気持ちがあるのも否定出来ないが、それ以上に大きな理由があった。


 それは、彼女に協力すれば神という強大な『力』を持つ存在になれるということ。


 これが頭から離れず、すぐに断るという決断が出来ないでいた。


「……ちょっと気分転換でもして、頭を冷やそう」


 俺は部屋を出た。

 暗い廊下を進み階段を下りる。そして左の廊下を進み洗面所、ダイニングを素通りして別館に繋がる渡り廊下に出た。

 渡り廊下に出てすぐの場所、廊下の左側に扉があり、その先に小さな階段がある。

 俺は別館ではなく、その階段を上った。

 階段を上った先にあるのは、何も干されていない洗濯竿だけのあるベランダだ。

 このベランダは、おざわ荘内の俺のお気に入りスポットの一つなのである。


 俺は寝転がって夜空を見上げる。

 多くの星が美しく輝いていて、見ているだけで心が少し軽くなった気がした。

 時間を忘れて星空を見続けていると、階段から足音が聞こえ、俺は上半身を起こした。

 振り返ってみるとそこには、ちょうど上がって来たばかりの美奈穂がいた。


「……悠真」

「よう、美奈穂。どうした?こんな時間に」


 美奈穂は俺がここにいることに驚いているようだった。

 俺が声を掛けると、すぐにいつもの調子に戻ったようだが、それでも何となく、少し堅い印象を感じた。


 美奈穂は俺から一人分スペースを空けた右横に座った。

 これが今の俺達にとっての、近すぎず遠すぎずなちょうど良い距離感だった。


 俺は無言で美奈穂の横顔を見ていると、彼女の目尻が赤くなっているのを発見した。


「……なあ、美奈穂。お前、泣いてたのか?」


 言ってから後悔した。今のは見ない振りをすべきだったかも、と。

 だが美奈穂はそんなことを気にした様子はなく、俺の方を見て「ちょっとね……」と苦笑いした。

 そして美奈穂は、ゆっくり涙のわけを語り出した。


「……私、さっきね……聞いたんだ。ソフィアから、悠真が彼女に助けを求められているのを……」

「…………ぇ?」

「全部聞いたの。彼女に協力すると悠真、二回も神様を殺すことになるんでしょ?……それを聞いて私、どうして悠真がそんな危険なことをって、泣いちゃったの。えへへ……」


 明るく話そうとする美奈穂だったが、声音は硬く、笑顔も無理して作っているようだった。

 だが俺はそのことには触れず、ただ一言、


「ありがとう。心配してくれて」


 と、感謝の気持ちを伝えた。

 すると美奈穂は、今度は自然な笑顔で頷いてくれて、俺も釣られて微笑んだ。

 それからはしばらく星を眺めていたのだが、唐突に美奈穂が話しかけてきた。


「悠真がここにいるってことは、やっぱり悩んでいたってことでしょ?」


 言い当てられてドキッとした。

 頷いてみせると美奈穂は、「やっぱりね」と呆れたように言って笑った。


「あなたが悩んでいる理由、当ててみましょうか?……そうね、悠真はソフィアの国を救うかどうかよりも、神様になるかどうかで悩んでいるでしょ」

「――ッ!?」


 まさかそこまで正確に当てられるとは思っていなかった俺は、思わず美奈穂の顔をまじまじと見てしまった。

 美奈穂は見つめられるのが恥ずかしいのか、そっぽを向いて顔を隠した。


「悠真がこうして悩むなんて、おざわ荘の誰かが絡んだときだもの。いっつも即断即決って感じなのに。どうせ、神様になったら私達に危害が及ぶかもとか考えてたんでしょ」

「……すげーな、美奈穂は。まさにその通りだよ」


 美奈穂の慧眼さに降参だと両手を上げる。


「悠真が私達の心配をしてくれるのは嬉しい。だけど、私達だってあなたに傷つかれるのは嫌だってことを忘れないで」

「……うん」


 美奈穂の優しさに思わず泣いてしまいそうになったが、ぐっと堪える。

 そして俺は、美奈穂に悩んでいたことを話し始めた。


「俺は、美奈穂の言う通り、星神になるかどうか悩んでた。ソフィアには悪いけどな」

「ソフィアが聞いたらどう思うかな?」

「言わないでくれよ?……とにかく俺は悩んでたんだよ。皆に危害が及ぶ可能性をなくすか、星神になって、可能性そのものをねじ伏せるかを」

「……悠真、昔から望んでたよね。大切なものを全部守れるようになりたいって」

「ああ、そうだ。だからソフィアからこの話を聞いて、渡りに船だと思ったよ」

「……だけど私達のことを考えると迂闊な判断はできないと。もしかして悠真、受けるつもりなの?」

「はは、どうだろ?」


 俺が曖昧に返すと、美奈穂は真剣な表情で詰め寄って来た。


「悠真、私は、あなたに危険なことはして欲しくないの。だけど、悠真が真剣に悩んで決めたことなら、私は受け入れる。だからちゃんと考えてね」

「ああ、わかってる」


 俺は頷きながら、安堵と少しばかりの不安の混じった表情をする美奈穂を見て、心の中で感謝の言葉を告げた。

 俺に危険なことをして欲しくないと思いつつも、同時にソフィアの国が救われて欲しいとも思っているはずで、矛盾する想いに苦しんでいるのだと俺にはわかった。

 美奈穂は心根の優しい女の子だから、俺が傷つくなら見ず知らずの国が滅んでも良いと考えられるはずないのだから。俺とは違って。

 ではなぜソフィアのことより俺の心配をして、助けないという選択肢を俺に与えようとするのか。なぜ自分が悪役に見えてしまうような言動をするのか。


 それは全て、俺のため。


 美奈穂の言った言葉通り、俺にしっかり考えさせ、後になってその選択を後悔しないようにするために、彼女はあえて汚れ役になってまで俺が間違えないよう止めてくれる。


 これほど嬉しくてありがたい存在を、俺は彼女以外に知らない。

 だから感謝するのだ。

 ありがとう、と。



 □□



 あれからしばらく星を眺めた後、俺達はそれぞれ自室へと戻った。今度は眠ることが出来たので、それだけは良かったと言えるだろう。

 しかし結論の出せなかった俺は、翌日も悩み続けることになった。

 この日は休み明けテストがあったのだが、ずっと上の空だった俺のテスト結果は悲惨なものとなっていることだろう。


 今夜も夕食後に質問タイムとなった。

 そこでソフィアは自分がここへ来た目的を明らかにする。

 騒然とする中でも毅然とした態度で話し続ける彼女の姿を見て、俺はあることを思いついた。


「ソフィアって、明後日何か用事ある?」

「いえ、特にありませんが」

「だったら俺と一緒に出掛けないか?」

「お出掛けですか?」

「ああ。もし何か足りない物があるなら一緒に買いに行くのもいいしさ」

「そういうことでしたら、是非。一緒に買い物、楽しみです!」


 ソフィアは嬉しそうに笑う。

 俺はそれを見て微笑んだが、皆が妙に静かなことに気付いて周りを見回した。するとそこにはありえないものを見たような表情でこちらを見る皆の姿が。


「「「「ゆ、ゆゆ悠真(ユウ兄)が女の子をデートに誘った(だと)っ!!?」」」」


 そんな失礼な台詞を叫んだのは、美奈穂、サラ、紺野先輩、亮太の四人だった。叫ばなかった母さんと加奈子先輩も、口には出さなかったものの同じようなことを思っているのが表情から丸わかりだった。

 皆のあんまりな反応に、俺は軽く怒りを覚えた。


「……おい、どういう意味だよその反応は。そんなに俺が女の子を誘うのが意外か!」

「「「「「「うん!」」」」」」

「全員で全力肯定するなよっ!!」


 母さんと加奈子先輩にまで肯定されてしまい、何だか泣きたくなった。


「……みんな、いったい俺をどんな風に見てんだよ」

「……いや、だって……悠真が女の子を誘うなんて初めてでしょ?」

「いやいや、美奈穂とたまに買い出しとかで一緒に出掛けるだろ?」

「あれはデートと言わないから」

「うぐぅ!」


 そこで俺はハッとして叫んだ。


「ってこれはデートじゃねぇえええええっ!!!」


 一緒に買い物に行くだけだ。デートではない、はずだ。だというのに、


「「「「「「いや、デートでしょ(だろ)!」」」」」」


 と返されてしまった。んなバカな。


「……まあ、ほいほい女の子をデートに誘う悠真なんて、見たくないけど」

「何か言ったか?美奈穂」

「な、何も言ってないよ?」

「そうか?まあいいけど」


 皆の評価にショックを受けていたこととデートだと断言されたことに気を取られていた俺は、美奈穂がボソッと呟いた言葉を聞き取れなかった。

 何を言ったのか気になったけど、何だか聞いてはいけないような気配を彼女から感じとって、踏み込まないことにした。


「なあ、悠真。何で急にデートに誘ったんだ?」

「何でと言われても……さっき足りない物があるならって言ったろ?」


 質問する亮太に俺は疑問で返した。


「そうだけどさ、何か別に理由があるんじゃねえの?お前がたったそれだけの理由で誘うなんて思えん。むしろ有り得ないだろ?それに買い物ならお前とじゃなく女性陣の誰かでもいいし、俺でもいいじゃん?それにわざわざ土曜日に行かなくても明日行くという選択でもいいわけだろ?」

「……別に、お前には関係ないだろ。俺がソフィアと出掛けたいと思った。学校が休みなら時間あるし、そっちの方がいい。ただそう考えただけだ」


 そうかあ?とまだ疑う亮太はスルーすることにした。

 今の会話で俺の狙いに気付いたらしい母さんが生優しい目を向けているし、美奈穂は複雑そうな表情をしていたから、これ以上この会話を続けたくなかったのだ。


 俺がソフィアを誘った理由は2つある。

 一つは今言った通り買い物した方がいいと思ったから。

 そしてもう一つは、彼女を見極めることにある。

 つまりは一緒に出掛けることで彼女のことをもっと知りたいというわけである。


 これには、『眷属契約』のことも関係している。

 ソフィアは言った。『眷属契約』を成功させるには仲良くなければいけないと。

 しかし俺はいまだ彼女に協力する決心がついていないのだ。

 そこで考えたのが仲良くなりつつ、俺の心を決めようというものである。


 俺は困っている人なら誰でも助けてやるような殊勝な人間ではない。だが、親しい者の頼みなら無条件で躊躇いなくオーケーできる人間ではある。そんな性格だからこそ、俺は彼女が親しい者の一人になれることを期待した。

 ソフィアと仲良くなることが出来れば、俺は彼女の頼みを断らなくなる。


(俺にお前を助けさせたいなら、お前の価値を示してくれ、ソフィア。俺が何としてもお前を助けたいと思えるぐらい……)


 俺はソフィアを見た。彼女は俺の視線に気付いてこちらを見る。


「買い物、楽しみだな」

「はいっ!」


 今回のお出掛けーーデートは俺にとって、決断の為に必要な最後の一歩なのだった。

デートとかただの建て前。悠真の選択は既に決まっているようなものですねw


それと、悠真はこの後におざわ荘のことについての提案と相談をアイリスにしてるんですよ。来年の春はどうなるのでしょう(わくわく♪)

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