1ー5 ソフィアの目的、そして願い(1)
ソフィアと目が合う。
どうやら俺もソフィアも状況を理解出来ずにいるようだった。
俺は視線を下に動かしていく。
彼女はタオルで隠しておらず、そのきめ細やかな白い肌を惜しげもなく晒している。メリハリのある出るところはしっかり出て、引っ込むところは引っ込んだ素晴らしい体。まさに眼福とはこのことだ。
段々と思考が状況に追いついてくる。
ソフィアは耳まで赤くなって、俺は嫌な汗が止まらない。
(マズい、マズいマズいマズいーー!!)
理性が警告を鳴らしているが、俺の体は固まったままで、視線もソフィアから離すことができない。
ソフィアの腕が上下の恥部を覆い、俺の視線を釘付けにした双丘の上の桃色が隠される。
ソフィアが息を吸い込む。
俺は咄嗟に彼女に向かって走り、悲鳴を上げられるのを阻止しようとした。・・・・・・してしまった。
「ちょ、ストップ!--って、おわっ!?」
「ーーえ?きゃあ!」
俺は足を滑らせた。
そしてそのままソフィアを押し倒す形で、温泉へとダイブしてしまう。
口からガポガポと音を上げ、俺はお湯の中をもがいた。
ちょっとパニックになっていた。だからだろうか。咄嗟に掴んだ『ソレ』の正体に気付くのが遅れたのは。
ふにゅ。
とても素晴らしい弾力を手のひらに感じ、俺は確かめるように数回揉む。
泡が少なくなり薄目を開いた直後、驚きのあまり目を見開いた。
「ーーぶはぁっ!!」
すぐに顔を上げ空気を吸い込むと、出来るだけソフィアの裸体を見ないように彼女を引き上げた。
そして湯船から出て離れる。
「けほっ、けほっ・・・・・・ユーマ様?」
「ごめんなさい。わざとではないんです。悲鳴上げられそうになって、勝手に体が動いたんです。どんな罰でもお受けしますから皆には言わないでください」
「わかりました!許しますからもう顔を上げてください!」
咽せるソフィアから少し離れた場所で土下座して許しを請う。
ソフィアは「ごめんなさい、許してください」と謝り続ける俺を、慌てて許した。
「あ、ありがとうソフィア・・・・・・あ」
「どうしたのですか?って、~~~~ッ!!」
安堵の溜め息を吐き、言われたとおり顔を上げると、艶めかしい肌色が見えてしまった。
固まった俺を不思議そうに見るソフィアだったが、下を見ることで自分の格好を思い出してすぐに隠した。
「ご、ごめん!もう俺出てくからっ!」
「へ?あっ、待ってくださいユーマ様!」
「・・・・・・ソフィア?」
出て行こうと踵を返す俺を、ソフィアは引き留める。
俺は戸惑いながら、なるべくソフィアの裸を見ないよう気をつけて振り返る。
ソフィアの続きの言葉に、俺は驚愕した。
「ゆ、ユーマ様がわ、わたしのために出て行く必要は、ありません。どうぞお気になさらないでお入り、く、くださいませ・・・・・・」
もじもじと恥ずかしいのを我慢するソフィアの姿に、頭がクラクラして首を縦に振りそうになるが、俺は欲望をねじ伏せ拒否した。
「いや、俺は後でいいからさ。ソフィアはゆっくり入っておいでよ」
「ユーマ様こそ。そのようなお姿では風邪を引いてしまいますよ」
「でも・・・・・・」
「そ、それとも、ユーマ様はわたしと一緒に入るのは、嫌ですか?」
「嫌じゃない!嫌じゃないけど・・・・・・その・・・・・・」
上目遣いで見つめられ、たじろいでしまう。
まるで理性を刈り取る兵器のようで、凄まじい破壊力を持った可愛さであった。
俺がたじろいだ隙を見逃さず、ソフィアは一気に勝負に出る。
男を惑わす蠱惑的な色香を漂わせ、陶然とした表情で迫るソフィアに、俺は思わずゴクリと喉を鳴らす。
「一緒に入りましょう、ユーマ様。わたしがここに来た目的を、お話ししたいのです」
それが決め手だった。
結局俺は抵抗しきれず陥落。一緒に風呂に入ることになってしまった。
決してソフィアの色気にやられたわけではない。目的が気になっただけだ。本当だぞ!
それと、ソフィアにはちゃんとタオル巻いてもらわないと、本当に俺の理性が死ぬよ・・・・・・。
□□
「・・・・・・よぃしょ・・・・・・よぃしょ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゴシゴシと布で擦る音と、ソフィアの可愛らしいかけ声が浴室に響く。
片や必死に男の背中を洗う美少女。片や能面のような表情で冷や汗をかいて、美少女に背中を洗われている男。
普通男なら羨ましいシチュエーションだと思うだろう。
だが、俺は今の状況に内心頭を抱えていた。
素直に喜べないのだ。
もし誰かに見られでもしたら、俺は吊し上げられ社会的に死にかねない。
おざわ荘の皆は、たとえ仲がよくても不埒な真似をした者に容赦がないのだ。見つかったら終わりである。昔の覗き魔先輩達や、亮太も色々大変な目に遭っていた。そのときの状況を詳しく説明するのが憚られるような目に、だ。
「ユーマ様気持ちいいですか?」
どうして俺は一緒に入ると了承してしまったのだろう。ソフィアの目的が知りたいなら、後で部屋に行って聞けばよかったのに。
ソフィアにタオルを巻いて貰った後、俺が体を洗い出すと「背中を流させてください」とか言い出すし、断ってもやはりというか押し切られるし。
「ユーマ様?」
そもそもソフィアは何でちょくちょく色っぽく俺を誘惑してくるんだよ。あんなのに抵抗出来る訳ないだろ。
「あの~・・・・・・」
今日は調子を乱されてばっかだ。
まさか美奈穂以外でドキドキするとは。
・・・・・・今朝のサラのアレはノーカンだ。妹相手でも、あれは仕方ない、はず。
「大丈夫ですかユーマ様?」
「へ、うわあっ!?」
「きゃっ!」
ソフィアが俺の目の前に回って来て驚いてしまい、釣られてソフィアも驚き尻餅をついてしまう。
「ごめんソフィア、大丈夫?」
「はい。ユーマ様こそ大丈夫ですか?呼んでも返事がありませんでしたが」
「悪い。考え事しててぼーっとしてた」
「そうですか。よかった」
心配そうにするソフィアに大丈夫だと答えると、彼女は顔をほころばせて、俺の背中に戻りごしごしと再開する。
俺は自分が情けなくなった。
「あの、気持ちいいですか?」
「ん、あぁ、いい感じだ」
今度はちゃんと返事をする。
何となく、顔を見ずともソフィアが嬉しそうにしているのが伝わってきた気がした。
そんなソフィアに対して、俺はある疑問を抱いた。
(何で、ソフィアは普通に他人に奉仕出来るんだろう?王女だよね?)
甲斐甲斐しく世話を焼くなんて、王族として育てられる者の行動だとは思えない。たとえ異世界だとしてもだ。
「ユーマ様お背中流しますね」
ソフィアが桶で背中の泡を洗い流した。
「頭は自分で洗ーー」
「では次は頭を洗わせていただきますね」
「ア、ハイ」
辞退することも出来ず、なされるがまま頭を洗われた。
細い指がこそばゆく感じたが、それ以上に気持ち良くて何だか全てどうでも良くなってしまいそうになった。
他の人に洗われるのって自分で洗うより気持ちいいけど、ここまで気持ちいいのは初めてであった。
「では温泉に浸かりましょうーー」
「ちょっと待ってソフィア」
「何ですか?」
「どうせなら露天風呂に入ろう。ウチの自慢なんだ」
ソフィアはすぐに露天風呂に興味を抱いたため、俺達は露天風呂に向かった。
「うわぁ~~~~っ!凄いです!凄いですよユーマ様!お空を見えるお風呂ってこんなに綺麗なんですね!それに凄く広いです!」
ソフィアは露天風呂を見た瞬間目をキラキラ輝かせ興奮し始めた。感嘆の声を上げるソフィアを見て俺は満足気に微笑んだ。
自慢の物を気に入って貰えて、嬉しくならないわけがない。
ひとしきりソフィアが興奮し終えてから温泉に入った。
「ふぅ~気持ちいぃですぅ~・・・・・・」
「そうだなぁ~・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
背中合わせで温泉の真ん中で浸かる俺達。少し後ろに行こうとすれば、肌が触れ合ってしまう距離だった。
どこか気まずい沈黙がしばし流れる。俺は沈黙に耐えきれず話題を探した。
「あー・・・・・・そういえば、何でソフィアは男湯にいたんだ?」
「・・・・・・やはりここは男性のお風呂、なのですね」
「うん」
俺はソフィアが男湯にいた理由を尋ねる。ソフィアは少し戸惑った様子だったが、たどたどしく話し始める。
「わたしはユーマ様が外に出て行った後、アイリス様と共に着替えやカーテンなどの足りない物を部屋に運んでいました。それが終わってアイリス様にお風呂に誘われたのですが、アイリス様が用事を思い出したから先に行っていてくれと言われました」
「母さんはちゃんと案内しなかったのか?」
「その、『一階の、さっきご飯食べた場所とは反対側の廊下の突き当たりにあるから』とだけ・・・・・・」
「母さんのせいか!」
そんな説明でわかる訳ねえだろ!せめて赤い布の場所とだけ言っておいてくれ!
親の不手際を謝り、ソフィアに話の続きを促す。
「言われたとおり突き当たりに来たわたしは扉が二つあって悩みました」
「だと思った。それで?」
「とりあえず赤い布の方から開けようとしたら開かなかったので、隣の青い布の方を開けようとしたのです。そしたら開いたので、こちらが正しいのだと思い入りました。うぅ、軽率な行動をした自分が恥ずかしいです」
文化の違いで青い布が男湯だと知らなかったということのようだ。俺は少しソフィアに同情した。
「文字は読めなかったのか?『男』って書いてあったろ?」
「あれは男と読むのですね。知りませんでした」
「文字はわからないのか。それじゃあソフィアは日本語はどれくらいわかるの?」
「わかりませんよ?」
「え?でも日本語話してるじゃん」
「これは『翻訳の魔術』の指輪のおかげです」
右手の人差し指に嵌まった、不思議な模様が彫られた指輪を見せてくれる。
ソフィア曰わく、翻訳の魔術とは、自分の言葉が自動的に相手の最も理解の深い言語で伝え、同じように相手の言語を自分も理解できるようになるというものらしい。
だからソフィアは日本語を話していたわけではなく、ずっと母国語を話していた訳だ。
それと、指輪の力は会話のみに及ぶので、文字がわかるようになるわけではないのだとか。
ソフィアの話を聞いて大体の事情を察することができた。
おざわ荘の浴場の鍵は少々特殊仕様で、住人で、しかも性別まで判断して自動開閉する仕組みになっているのだ。(もちろんサラの発明品の一つである)
これは事前に住人であると認証登録しておかないと絶対開かない。ソフィアは俺達が登録のことを忘れていたせいで、住人と判断されず入れなかったのだ。
では、なぜ男湯には入れたのか。
それは俺が浴場に入ったときの『鍵のスイッチ』が関係している。認証装置が起動していると出入りする人物を制限してしまうのだが、常に起動しているのは女湯だけなのだ。
男湯はそこまでする必要はないという俺と亮太二人の判断で、認証装置の起動を手動で行う『スイッチ方式』にしているのだ。
それにより女湯には認証装置によって拒まれ、男湯の方は亮太が出た後で誰もいなかったため鍵のスイッチがオンになっておらず、ソフィアでも入れたという訳である。
鍵のスイッチなど知らないソフィアはそのまま入ってしまいーー俺は登録されているからスイッチは関係なく、鍵が掛かってても入れるーー俺と遭遇することになったというわけだ。
これは色々な要素が絡み合った結果生まれた不幸(俺には幸運?)な事故だ。
もし母さんが一緒なら男湯に入ることなどなかっただろう。というか誰かと共にいればこんなことには絶対ならない。
亮太が既に部屋に戻っていたのは、不幸中の幸いだった。もし鉢合わせしていれば、どんな暴走をしたか想像できーーしたくない。
後でさり気なく皆に聞いた結果導き出した皆の行動記録だが、これを聞き終えた後俺は、ソフィアの悲鳴を阻止して本当に良かったと思った。
俺と加奈子先輩が稽古をしていた約二十分程の間の皆の行動はこうだ。
亮太はさっさと風呂を済ませ部屋に戻っていたらしい。予想通りだった。
紺野先輩とサラはミケと一緒に風呂に。話からソフィアが来る頃も入っていたようだが、さすがにミケが出たがって俺達が戻ってくるまでの短い間に出たとのこと。このときには既にソフィアが入っていたのだが、それに気付いた様子はなかった。
美奈穂は食器を洗い終えた後、サラ達が出る少し前に入ったらしい。つまりもしソフィアが悲鳴を上げていれば聞かれた可能性があったということだ。俺のナイスプレーである。(←最低)
母さんはソフィアが話した通りだ。加奈子先輩と共に入ったらしい。ただ、やはり女湯にソフィアがいないことを訝しんでいたようで、皆の行動を尋ね回る俺にニヤニヤしながら含みのある目を向けてきた。気付かれていたのかもしれない。
取りあえず、母さんはともかく他の皆にバレなくて良かったと心底思った。バレた後のことを想像しただけでーーゾッとする。
明日も投稿予定です。
会ったその日の内に風呂場でイチャコラと・・・。書き終わってから思ったんだ。これ、何てリア充?ってね。