第八十八話・二人の時間
嵩都「第八十八話だ」
プレア「ねぇ、嵩都」
嵩都「ああ、そうだったな」
プレア「実は……お腹に子供がいるの」
嵩都「ゴフ!? 待て待て! 何の話だ!」
プレア「冗談……だよ?」
嵩都「今の一瞬の間は何か聞いても良いかな?」
プレア「それは本遍を見てからのお楽しみだよ」
嵩都「……(視線を逸らす)」
ムスペルヘイムに戻ってきた。
空には夜の帳が降りていて少々暗い。
転移したのは一応俺の私室となっているが一度も使ったことがなかった部屋だ。
入り、部屋の照明を付ける。照明は何処でも同じように魔力を通した電気が使われている。
そして今、この部屋には俺とプレア以外いない。
念のためいつもの魔法を一通りかけて全ての妨害を防ぐようにする。
プレアには洗面所に行かせて着替えさせる。
仮面を取り、衣装をストレージに入れて着流しに着替えて椅子に腰かけた。
置いてあった紅茶を淹れつつプレアを待つ。
着替えていつものチュニック姿になったプレアの表情は少し暗く見える。
「……どうした?」
「ううん、やっと明後日で終わるんだなって思って……」
「……そうだな」
「こんなに滞りなく進んだのはやっぱり嵩都のおかげだよ」
空元気と言えば良いのだろうか、プレアは無理に笑っている気がする。
その理由は分かっていたが、俺は何も言えない。
「上手く……行くかな?」
この計画の最後の責任はどうしてもプレア一人に背負わせてしまうことになる。
しかも計画自体はプログラムされたものだから、もし神が居なかったら、もし物語を破壊出来なかったら――そういう不安はいくつもあるだろう。
俺は不用意に大丈夫、きっと上手く行くなんて言う言葉はかけられない。
仕事をしている人なら分かるだろう。絶対なんていう言葉はないと。
ここで何処かの主人公のように格好良い言葉を吐ければ良いが……思いつかない。
だから、俺は黙ってしまっていた。
椅子から立ち上がり、俺はただ無言でプレアを抱きしめた。
これが何の救いにもならないと分かっていてもこうするしかなかった。
「……嵩都」
プレアが俺の名を呟いた。少しだけ涙をはらんでいる声だ。
「もし、これが終わったらボクたち、どうしようか? 嵩都は何処か行きたい所ある?」
「……そうだなぁ……せっかく夏だから海に行きたいな。皆で海行って、泳いで、飲んで食って騒いで花火して……料理対決もいいな」
こっちでも地球でも良い。どっちの海が綺麗かというと多分こっちに軍配が上がるだろう。多分人数的にも……。
「そうだね。楽しそうだね」
「――プレア」
「嵩都が応援してくれるなら頑張れる気がする……よ」
震えているのが分かる。少しだけ嗚咽が混じる。
プレアは少しだけ泣き、落ち着くと椅子に座った。
「ねえ、今日は一緒に居ていい?」
紅茶を飲みながらプレアが唐突にそう言ってくる。
「今日も、だろ」
苦笑いしながら答えるとプレアは少し頬を赤くした。
「ううん。今日は、嵩都とずっと一緒に……愛し合いたい」
「ゴフォッ!?」
シチュエーション的にはそんな雰囲気だったが思いっきり咽た。
まさかそんなことを本当に言う人がいると思ってなかった。
こぼした紅茶は水魔法で吸い取り火魔法で蒸発させる。
「ちょっと、大丈夫!? ボク、そんな変なこと言った?」
プレアが背中をさすりながら落ち着かせてくれる。
「い、いや、至って問題ない。ちょっと驚いただけだ。今まで言わなかったからな」
「もう……気づいてくれてもいいじゃん……」
少し小声で拗ねた。そっぽ向くと尚可愛さが増した。
……いや、気が付かなったわけじゃない。そこまで鈍感でもないし。
ただ……そういうのは本人の口から言ってくれないと勘違いだったら怖いし……。
それ以前にそういうことするのはどうしても覚悟が決まらなくて――。
今思ったが、完全にヘタレ思考じゃないか?
そんなモヤモヤする感情を置いて話が再開する。
「……ね、嵩都が居なくなってからボクたち何処に修行しに行ったと思う?」
「ネーティスだろ?」
「うん……そうなんだけどね。確かに修行はしたよ。毎日倒れかけるまで魔力を使ったりして……。だけどね、両隣の部屋が亮平たちと博太たちだったんだよ……」
ああ、何となく分かった。
「毎晩そういう声を聞かされる身にもなってよ……」
「な、なるほど。それで触発されて?」
「それもあるけど、先に確認しておくよ。嵩都はボクじゃ興奮しない?」
――――何を言いだすかと思えば……。
「……――――する。いや、毎夜毎夜キスされて一緒に寝て興奮しないわけないだろ!? 毎晩どんだけムラムラしていたか知らんわけではあるまい!?」
思い返すだけで身じろぎしそうな夜の思い出がフラッシュした。
「そ、そう? なら、大丈夫だね」
プレアはそう言って紅茶を飲み終わり、チュニックに手をかけた。
それに驚いた俺は静止を促す。
「いやいやいやいや!! 今から!?」
「うん。だって明日から嵩都いないから今日しかないよね?」
「いや、まあ、計画的にはそうだけど……」
そこでプレアは分かったというように手を叩いた。
「あ、そっか。そうなんだね」
――――非常に嫌な予感がする。
「……一応聞くが何がだ?」
「嵩都って、奥手なんだね!」
奥……手……確かにこれだけ渋るのは俺がそうだからなのだろう。
プレアが中途半端に脱げている服のまま俺の腕をとって寝床に引き込んだ。
プレアに押し倒される形になり、着流しの帯を奪い取られる。
「ほらほら、脱いで脱いで。それとも脱がしてほしい?」
やべぇ。プレアさん、酒も飲んでないのに夜のテンションに入った。
抵抗する間もなく強引に着流しを奪われた。
そして僅か一瞬の攻防の末に奪い取られて寝床の中央に位置取られた。
「大丈夫だよ。最初はゆっくりとやるからね……」
「い、いや、あの、俺が――」
「今が使い時だね。首輪一回分を使用するからされるがままにされて」
俺からやろうか、と言い終わる前にプレアが頬を染めて言った。
そして俺の体は純朴になり動かなくなる。まさかあの伏線を使うとは――。
否応なく俺の心臓は加速する。前例がないくらい高鳴っている。
不意に喉が鳴る。普通なら気にならないような事も大きく聞こえる。
ああ……遂に、遂に俺も童貞を捨てる時が来たのか。
俺たちの関係はまた一つ先へと進んだ。
朝。見事な晴天。清々しい朝!
昨夜はお楽しみだったぜ!
――あ、ちなみに四天王たちは俺たちの関係をもう知ってるから問題ないぞ。
さて、軽く体をお湯で流し、髪を乾かしつつ筑笹たちの元へ向かう。
プレアはまだ寝ているから起こさないように扉を固く締める。
無許可で開けたら半殺し魔法が発動する仕組みにしておいた。処刑はその後だ。
――勘違いしたら困るので言っておくと、まだ食い足りず筑笹を襲いに行くのではなく、サフィティーナさんと共に先に開放することを言いに行くのだ。
先に筑笹の元を訪れ、着替えを待っている間にサフィティーナさんの所に向かい、筑笹の着替えが終わったようなので転移して筑笹を迎えに行く。
場所が真逆なので転移しないとかったるい。
「ん? 嵩都、何か変わったか? なんというか男らしくなったというべきか……」
「……まあな」
そう見えるのならそうなのだろう。そしてサフィティーナさんにも同じことを言われた。
「それで、朝早くにどのような要件でしょうか?」
サフィティーナに問われ、一拍入れてから彼女たちに告げる。
「まず、今日の昼過ぎに貴方たちをアジェンド城に送ろうと考えています。理由は時間場の都合で解放するのが遅くになってしまいそうだからです。何なら先に行って亮平たちと合流し、俺の正体をばらしても構わない」
「……どういうことだ? それだとお前の計画が破綻しないか?」
むしろ筑笹にそう心配される方が不思議でならない。
「それについては問題ない。勇者という華がない終わりは見栄えがないからな。止めたければ止めてみるが良い」
「大した自信だな」
「ふっ……さて、どうする?」
筑笹は少し考え、サフィティーナを見て、サフィティーナも筑笹を見て頷いた。
「私たちは止めはしない」
「……意外だな。正義感に燃えてくれると思ったのだが」
「馬鹿なことを言うな。少し考えれば分かる話だ。嵩都たちは世界を救うために行動し、更にわざわざ死んだ人を生き返らせる補填までして、その上でお前はプレアさんを犠牲にするんだろ? 救われるのを何故止める必要がある? いや、プレアさんを犠牲にしないという点では止めた方が良いのか? 」
「それは出来ないな。俺を止めればプレアは自害する。俺たちにはそれだけの覚悟がある。……亮平たちを説得してくれるのなら大歓迎だがな」
説得は、はっきり言って面倒くさい。だが、いつかはばれる話だ。
出来れば出来るだけ被害が少ないうちにやってしまいたい。
「――亮平たちは知らないのか……。仕方ない、今回は協力するとしよう」
「サフィティーナさんはそれでよいのですか?」
「これからを考えればよい取引材料になるでしょう。アネルーテには申し訳ないですが……勿論、無償蘇生の条件付きですが」
親公認で殺害出来るのって何か変な気分だ。
「アルドメラには黙っておいた方が良いでしょうね」
俺と筑笹は頷く。親馬鹿で暴走されてはかなわない。
「お二人共、ありがとうございます。では、準備が整ったらリンクしてください」
「分かった」
「分かりました」
二人を置いて俺は部屋を出て私室に戻った。
「あ、嵩都! 何処に行っていたの?」
戻るとプレアは起きていた。布団は既に侍女が持って行ったようだ。
「プレア。筑笹とサフィティーナさんが協力してくれるそうだ」
「―――ああ、そういうことかぁ。抜け目ないね」
これだけで分かってくれるのはプレアだけだろう。
「そうか? まあ、とにかく二人も連れて行くぞ」
「分かったよ」
クキュルル――――
そこでプレアのお腹が鳴った。
「その前に朝食にしようか」
「ごめんね……」
着流しから邪神の衣に着替え、プレアの手を引いて、ついでに筑笹たちにも朝食を勧め、四人でいただいた。
プレアとサフィティーナさんが最初はギグシャクしていたがプレアが先に謝るとサフィティーナさんは大人の対応で……とは言い難かったが、緊張は取れた。
しばらく会話すればサフィティーナさん曰く、昔通りの関係に戻れたらしい。
プレアにも先ほどの話の続きをして納得してもらった。
小一時間ほどして俺たちは身支度を整え、東の棟最上階に集まっていた。
「それでは、良いですか?」
「いいよ!」
「いつでも」
「どうぞ」
三人の返答を聞き、俺は頷く。
「四天王よ。邪神と共に城を任せる。明日、待っているぞ」
「御心のままに」
総代してカルラッハが礼をする。
その後に続いて邪神、フェイグラッド、ウリクレア、ヴェスリーラが礼をする。
「では、参ろう。転移」
「って、無詠唱!?」
最後の最後で筑笹が驚いてシリアス空気が台無しになった。
嵩都「次回、暴露」
プレア「ボクたち、結婚します!」
嵩都「いやもうしてるから」




