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勇邪の物語  作者: グラたん
第一章ロンプロウム編
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外伝・筑笹鹿耶

筑笹「さて、話そうか」


~筑笹鹿耶

 

 私こと筑笹鹿耶が昔の話をしよう。



 私はごく平凡な家庭に生まれている。

 ああ、ちなみにだが前の名前は倉橋美結だ。

 この名前はあの人から貰った大事な名前だからな。

 私も、親の言う事には従う、泣くなと言われたら泣かない、手伝ってと言われれば手伝う、それが当たり前だと思っていた。

 そう思い始めたのは一歳を超えた辺りだろうか?

 全ては手遅れの後に気付いた話だが、常人は五歳くらいから意識を持ち始めるそうだ。その点、私はきっと早過ぎたのだろうな。

 当時は自覚というものはなかった。



「良い子ねぇ」



 褒めて貰えるのが嬉しかった。



「良く出来たな」



 子供にとってはきっと何にも得難い報酬だったのだろう。

 きっと私はやり過ぎたのだろう。

 最初は何をしても褒められた。

 やがて、文字を憶えた。

 憶えること自体は簡単だ。読みも書きもすぐに出来た。

 次は歩行だ。あんよの過程をすっ飛ばしていきなり立てた。

 走った。転ぶことはなかった。

 物を片付けることを憶えた。両親のダメな所が分かってきた。

 包丁の使い方を憶えた。母よりも先に料理が上達していった。

 裁縫を憶えた。店に売り出しても恥ずかしくないレベルの物を作れるようになった。

 ――何もかもが簡単だった。本当にこれで良いのかと何度も自問自答した。



「すごいなぁ」



 だが、その言葉を私は信じた。

 両親の言葉がずっと正しい物だと信じていたから。

 






 少し大きくなり、幼稚園という場所に来た。

 面接というやつだろう。目の前には園長先生が居た。



「お友達は作れそうかい?」

「はい」



 その時に最善だと思ったのは二言だけだ。

 内心ではどんな質問が来ようとも、予め予測していた問題と答えを言おうと思っていたが、園長先生からの質問は私を落胆させるものばかりだった。

 だけど、当時の私は何か理由があってこんな馬鹿な素振りを見せているのだろうと思考した。

 幼稚園に入った。

 入園式に立ち会った時に最初に思ったのは、何て程度の低い者たち、だ。

 騒ぎ、泣き、怯え、怒る。

 何が彼らをそんなに掻き立てるのか理解不能だった。

 





 幼稚園生活が始まった。

 そこには様々な子供がいた。

 暴力的な子供、堪え性の無い子供、独占的な子供、明るい子供、そそっかしい子供、大人しい子供、泣き虫な子供。数を上げればきっと切りがない。

 私は本が好きだ。あの頃に読んでいた中では『悪の教典』という小説が好きだった。

 内容は確か、格好良い教師が実は冷徹な殺人鬼だったという話だったな。

 例えると嵩都が良く当てはまりそうだ。

 それに、私は本の真実を読みとることが出来る。

 作者の意図もそうだが、童話などの本来の姿を見てしまえる。

 何故こんなことが出来るのかは分からないが、当時は本を深く読みとるための力程度にしか思っていなかった。



 ある時、私の持って来ていた本の一冊がバラバラに引き裂かれた。

 発端はなんてことない、ただの嫌がらせだ。

 当時、幼稚園の中でも特に粗暴な子供だったと思う。

 きっとその子は私が泣くのを楽しみにしていたのだろう。

 だが、私が取った行動は理性的な行動だった。

 ――何故そんなことをしたのか?

 言葉の暴力という言葉がある。

 私はその子に問い詰め、その子は逃げ出し、問い詰め、逃げ出しを繰り返した。

 なんてことはない単純な好奇心だ。

 正に、読んでいた本が心理学の本だったからかもしれない。

 結局、私はその子を大泣きさせた。そして暴力を振るわれた。

 泣き声を聞きつけて先生たちが駆けつけた。

 私はその子が泣き喚くままに殴られ続けた。

 先生が引き離し、落ち着いている私に事情を聴いてきた。

 ――彼が私の本を破り、何故その行動を起こしたのかを知りたかったから彼に尋ねたのですが、何故か彼は私の問いに答えず逃げ、そして泣いて私を殴りました。あ、それと本の方は弁償してください。暴力の方は一言謝って頂ければ法には問いませんので。

 そう、答えた。

 次の日、両親と私を殴った両親が呼び出された。

 彼の両親は子供と共に私に謝罪し、本を弁償して貰った。

 同時に、私がそんなことを言ったのかと両親が驚いた。

 きっとそれからだったはずだ。両親が私を変な物を見るような目をし始めたのは。



「気味が悪いわ」



 分からない。



「誰に似たんだか……」



 分からない。何故母たちは私を訝しんでいるのだろう。

 私は今まで両親のいう事を全て最善にこなしてきたはずだ。

 両親の期待通りに、期待以上に答えて来たはずだ。

 その件だって私は広い心で彼らを許しただけだ。

 何故なのだろう?

 私は迷宮入りした謎の様にずっと悩み続けた。








 幼稚園では先生も必要最低限以外は近寄らなくなった。

 卒園し、小学校に通うことになった。

 当然、そこでも私は何処の仲間にも入ることは出来なかった。

 分からない。

 担任に相談したこともある。

 カウンセラーの所にも行った。

 その二人は私の言っていることを納得はしてくれたが、やはり気味悪がられた。

 何故だ?

 小学校も終わり、中学校に入った。

 生徒会という存在があった。

 事務や会計、イベントなどを取り仕切る役職だそうだ。

 どうせ時間も余っているし、と思って就任した。

 最初の役職は生徒会副会長だ。

 だが、私はそこでも『失敗』した。

 私の持前の能力は他を必要としなかった。一人で全てをこなせてしまっていた。

 人はギリギリになって初めてやる人種とギリギリになってもやらない人種がいる。

 私は生徒一人一人を観察し、把握した。

 使える駒と使えない駒に存在を二分した。

 使える駒には仕事を回し、使えない駒には必要最低限の仕事を回し、やらないこと前提で話を進めて行った。

 小説や漫画とかならばこの辺りで躓くと書いてあったのだが、何事もなく円滑に進んだ。順調に、予定通りに事は運べた。

 それというのも私自身が使える駒を手塩にかけていたというのもあるだろう。

 体育祭も、文化祭も、私の思う通りに進んでいく。

 ゲームで言うならばEASYモードだ。それも敵対者のいない絶対攻略可能ルートをひたすら進んでいる。

 そこで気付く。ああ、人間は私ほど優れていないのだ、と。

 私は私を特別扱いした。親も友人も相談者も必要ない。私は私だけで生きていける、人間とは違う生き物なのだと思考した。事実、その通りだった。

 私は努力をしない。何もしなくても何でも出来てしまった。

 





「それは寂しくないかい?」



 そう言ったのは元母校の高校の校長だった。

 当時はそんなことはないと自己完結していた。

 校長はそうか、とだけその場は引き下がった。

 その後で私はその高校を根こそぎ調べた。

 ――犯罪者共の巣窟。

 それが第一印象だった。

 そんな所に行く価値もない。見学は時間の無駄だと思っていた。

 中学三年生になり、卒業した。







 高校は海外の進学校だ。

 そこでもやることは同じだ。

 恐ろしくつまらない。私は私自身に価値を見出せなくなった。

 高校一年の夏の事だ。

 私は死を見た。

 この世界は私が居れば完全統制社会に出来る。だが、私の死後はきっと閉ざされたマニュアルの世界になってしまうだろう。

 私は生きるべきではないと自己判断を下した。 

 『兎』という都市伝説がある。

 英文字の綴りは違うが、一応兎だ。

 当時の私はネットゲームにハマっていた。

 オンラインゲーム。それこそ種類ジャンル問わず片っ端からプレイしていた。

 ゲームは私が思うようには進まない。それが心地良かった。理不尽を理不尽のままにしておける。なんて素敵なことだろう。

 本もそうだ。私の意志など介入する余地もない。

 何時しか、私の私室はゲームと本で埋まっていた。



 それで、私はとあるネットゲーマーたちに恨まれていたらしく深夜に兎の仮面と兎耳を付けた彼と出会った。

 部屋は完全に閉じていたはずだし、セキュリティも万全だった。

 私は不思議と目を覚まし、椅子にもたれかかっていた。

 そうすると兎は二本の指を立てた。



「二択だ。お前の命は今、5万ドルだ。それ以上の額を出し、依頼者を殺せと俺に依頼するならお前は助かる。否定は死だ」



 恨まれることには慣れている。だが、暗殺者、殺し屋を向けられたのは初めてだ。

 それに都市伝説で最強とまで呼ばれた彼に殺されるなら、それでも良かった。



「否だ。殺してくれ」

「……そうか」



 彼は五指を揃え、腕を後ろに引き絞った。



「お前は――そこにいるべきじゃない」



 痛みは無かった。でも、最近大きくなってきた胸の中央から血が溢れだした。



「送ろう、日本へ」



 それが聞こえた最後の言葉だった。










 次に目が覚めた時は日本の病院塔だった。



「目が覚めたかね」



 声がする方を向くとそこには高校の校長がいた。 



「彼が君を無理やり連れて来てしまったことをお詫びしよう」



 校長が頭を下げ、その後ろには兎がいた。

 校長が頭を上げ、だが、と続けた。



「君は、世間上では死んだことになっている」

「えっ?」



 耳を疑った。有り得ないと、私は今生きていると分かっていた。



「彼が君を殺したんだよ。苦しんでいた君を、ね」



 兎の方を見るが、彼は何も言わない。



「どうかな、二度目の人生を歩むというのは?」

「……私は――」



 また同じ目で見られるのが怖かった。

 また同じことの繰り返しになると思った。

 私は何でも出来るから、思い通りになり過ぎるから居場所はないと、そう思った。

 校長が立ち上がり、窓の外を見上げた。



「私の学校にはね、秘められた天才が多くいるんだ」



 校長は語り始めた。



「君の様な天才児を集め、友を作る。だが、彼らは皆、精神的に、肉体的に傷ついている。社会は彼らを受け入れることが出来ないからだ。私はそんな彼らを見守り、守ってやりたい。だけどきっと限界はくるだろう。その時に、一人、二人でも良い。私を支えてくれる人が居れば、もっと多くの子を守れると思う」



 校長は兎に近づき、仮面を外す。

 兎――朝宮嵩都は酷く人殺しに飢えた眼をしていた。



「嵩都君もその一人だ。君が想像しているより酷い過去を持っている。そして誰よりも強く、誰よりもシスコンだ」

「校長。余計なことを言わないでください」



 彼は少しだけ恥ずかしそうにそっぽ向いた。

 校長は仮面を渡し、嵩都はそれを被った。

 校長は面白そうに微笑んだ後、私に向いた。



「見て分かる通り、彼は君の思い通りなる人物じゃない。私の学校にはそんな子たちが沢山いる。そして、未だに統括者は居ない。どうかね、このゲームをクリアしたくはないかね?」



 校長は私に手を差し伸べる。救済の手だ。

 それは、私にとっての転換期だった。

 攻略難易度は『HARD』だろう。



「やって……みます」



 私がそう言うと、校長は優しく微笑んだ。



「君に名前をあげよう。そうだねぇ……」



 校長は少し視線を彷徨わせ、私の枕元に置いてあった一冊の本を見た。

 そして、ああ……、と息を吐いて視線を戻した。



「筑笹鹿耶、というのはどうかね?」



 名を貰い、私も微笑んだ。

 それは姫鹿正耶という著者の名前と筑波笹鳥物語の合わさった名前だ。







 私は一度は拒絶した高校へとやってきた。

 きっとこれは生まれて初めての挑戦だ。

 と、その横を不良らしき生徒たちが通り過ぎ、正門前を歩いている生徒たちを撤去させている。



退けぇぇぇ!!」

退け退け! 朝宮さんのお通りベブァ!」

「止めろ馬鹿共」



 私の背後から嵩都が石を指で弾いて不良を吹っ飛ばす。

 吹っ飛ばされた不良は怒るかと思いきや綺麗に二列になった不良共の端に加わり、一斉に頭を下げた。



『朝宮先輩、チィィィィッス!!!!』



 嵩都が私の肩を叩き、通り過ぎる。



「遅刻するぞ」


 嵩都はそう言い、校内に足を踏み入れていく。

 なるほど。一筋縄では行かなそうだな。面白い。

 こういう、現実で楽しいと思えるのは何時以来だろうな?



「ああ」


 

 これから起こるであろうイベントの楽しみを胸に抱き、私は校舎の敷居を跨いだ。 


筑笹「こうして私とお前は出会ったわけだ」

嵩都「そういえばそんなこともあったな」

筑笹「フッ、忘れるわけないだろう。この私を一度殺した事件だ」

嵩都「あの頃の俺は若かった……」

筑笹「何を。今もまだ若いだろうに」

嵩都「そうだな」

筑笹「ふふふ。まあいい。さて次回からは本筋に戻るぞ」

嵩都「物語もいよいよ終盤か……名残惜しいな」

筑笹「だが、私たちは生きていく。物語が終わろうとも、まだまだな」

嵩都「確かにエンディングにはまだ早いな」

筑笹「ああ。ともあれ、一区切りを付けよう。行って来い、嵩都」

嵩都「行ってくる」

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