第七十話・手を組むために
邪神「さぁ、始まるぞ。記念すべき第七十話!」
カルラッハ「ハハァ!!」
~亮平
意識は明確だ。昨夜脱獄した俺はフィーを奪還するためにハイクフォック城の大聖堂に走っていた。
変化が起きたのはアジェンド城を出た後だ。
視点が徐々に上がって行き、走る速度が速くなっていった。
ハイクフォック領に着いた時には式が始まる鐘が鳴っていた。
「ガァアアア!!」
自身のものとは思えないくらいの獣じみた咆哮を上げて大聖堂に向かった。
途中には兵士の大軍がいた。
鎌となった手を振って斬り、背中から触手を伸ばし、目から光線を出して攻撃した。
幸いにも敵の攻撃は貧弱で俺の体に傷一つつけられなかった。
大聖堂の手前まで来ると空から大軍が落ちてきた。
何事かと思って見ると空には巨大な城が浮かんでいた。
空中には二人の人影がある。女性の方が身振り手振りで宣言する。
「私たちは邪神軍――降伏なさい、邪神様は慈悲深い。無駄に命を捨ててはいけません。降伏なさい」
空中に浮かんでいる二人のうち一人が都合のいいことを抜かした。
そんな言葉が通じると思うな。降伏したって殺されるのは分かっている。
すると今度は鍛えられて筋肉が盛り上がっている男の声が響いた。
「あー、やっぱりしねぇな。もういいだろう?」
そいつが言うと女性の声は仕方ないと言って攻撃指令を出した。
――俺をどう思っているのかは知らないが攻撃しないのなら別に構う必要もないな。
俺は急いで大聖堂に向かった。
大聖堂の奥に着くと黒衣の男が空中に浮かんでいた。
その先には国王やフィー、アネルーテさんがいた。
さしあたっては進路上にいる黒衣を退けようと鎌を振るった。
――俺の鎌はたった二本の指に挟まれて動くことすらなかった。
魔法を感知し、俺は飛びずさる。
直感が告げている。こいつはヤバい。力を手に入れた俺でも勝てないと分かる。
そこへ漆黒の――なんか精神高ぶるようなカッコいい機体が四機いた。
そして俺に向けて砲撃してきた。別にこの程度なら躱すまでもない。
だが、その隙に一機がフィーに向かって駆けだした。
どこのどいつだが知らないがフィーに手を出すようなら許さん。
俺はその機体に向けて駆け出し、鎌を振るった。
それと同時だろうか。黒衣が発動したと思われる魔法陣が空中に浮かぶ。
俺の直下にはフィーたちがいる。俺が避ければ当たってしまうだろう。
アネルーテ様は防ごうと魔法防御魔法を展開する。
流石は元魔王なだけあって強吾な防壁だ。しかし、黒衣の魔力の方が圧倒的に上回っている。あの魔法一斉飽和攻撃を食らえば消し飛ぶのは容易に想像できる。
俺はその場でフィーたちを庇い、この身に魔法を受けた。
雷撃魔法のようだ。全身に痺れるような痛みが走った。
俺はフィーたちを守るように立ちはだかり、黒衣を睨んだ。
「ふむ、流石は化け物。その姿になろうとも人の精神を残すか。そうだろう、ハーヴェスト・ホープ……いや、田中亮平の成れの果てよ!!」
ハーヴェスト・ホープ? それが今の俺の名前なのか?
背後から絶句している気配がする。
「り、亮平? リンなの?」
フィーがそういうが答えることも出来ない。出てくる声は魔物の吐息だからだ。
「そうだ! こいつは余に願い、その姿を手に入れた人類の裏切り者だ!」
「――そんな証拠でもあるというの!」
フィーが勢いづいて反論するが、おそらくそれは藪だろう。
現に黒衣が不気味に笑い、フィーを睥睨していた。
「ククク、証拠? 見たければ特と見るが良い!」
黒衣が俺に手を向けると突然全身を焼かれるような痛みが走った。
「ガッ、グアアア!!」
俺自身が小さくなっているようだ。溶けている感覚もある。
ようやく終わった時、俺は牢獄に入っていたままの姿だった。
俺は背を向けたまま、黒衣を睨む。
「嘘……」
もう、言い訳できないな。
「ごめん、フィー。俺はもう人間じゃない」
フィーがよろめいて尻もちを付く。アネルーテさんが傍に言って支える。
「ふははは! 悲しいなぁ! 実に悲しい結末だ! 彼はお前を守りたいがために人を止め、勇者を捨て、 人類を裏切り、化け物と成り果てた! 実に滑稽だな!」
「黙れ!」
俺は聞くに堪えない言葉を遮ろうと黒衣を睨む。
「黙らぬさ! どうだ、勇者を捨ててまで手に入れた余の力は!」
フィーが口に手を当てて涙を流している。
余の力――そうか、あいつはこの間牢獄に現れた黒衣か!
「見るが良い。これが、その唯一不変たる証拠よ。参れ、聖剣エクスカリバー!!」
黒衣が手を掲げると凄まじい光の奔流と共にエクスカリバーが現れる。
俺が持っていた時よりも段違いの力を感じる。
「良い、良いぞ! 余の手になじむようだ。邪神たる余を主と認めたようだな!」
邪神!? あいつは邪神だったのか――だとしたら俺はとんでもないことを……いや、もう良いんだ。人類なんか。そうだ、俺はフィーを守れれば良いんだ。
「だからこそ、俺は負けるわけには行かない! 俺は……フィーを愛しているから!」
両手を大鎌化して邪神に突きつけて叫ぶ。
「ほう、ならばその愛の力を打ち砕いてくれよう!」
邪神が言い終わると同時にキーンと耳障りな音が鳴る。
「それは亮平の武器だ。返してもらうぞ、邪神とやら!」
外部スピーカーから大音量で大典の声が流れる。
ゾゴゴと重機を動かしているかのような重々しい音が鳴る。
「ふむ、何者かな?」
「覚えておけ! この機体、サンディスペラを操る工芸型勇者が一人でありST工房の麒麟児、佐藤大典様とは俺のことよ!!」
同時に俺たちの正面に金色の機械が現れた。
「……あっそ」
実にそっけなく返されてハーヴェスト・ホープ化した俺と同じくらいの大きさを誇る機体がずっこけた。
黄金の機体は足が四足で背中は鋭い棘が尖っている。額からは一本の角、顔はバイザーになっていて、顎にはクラッシャーがついているようだ。
全身がトゲトゲした印象が強いな。それでも男心をくすぐるカッコ良さだ。
アームはからは二本の大型ナイフがむき出しでついている。
「ふん! まあいい。まずはこれでも食らえ!」
アームの下部についている大口径を邪神に向ける。
そして超電磁砲と思われる電撃が邪神に直撃した。
「ほほう、中々の攻撃だな。しかし」
だが、その超電磁砲がみるみるエクスカリバーに吸収されていく。
「サンダー・アブソーブ。エクスカリバーには雷・光攻撃吸収の効果がある。これがある限り、余にそれは効かぬ」
「ならば――行け!」
サンディスペラの背に積まれた装甲が開き、中からビットが飛び出した。
そしてビットのレーザーが次々に邪神を襲った。
「フハハハハハ、そのような攻撃が通じると思ったか!」
モノともしない。普通ならレーザーが当たった時点で貫通するか焼けるかするが邪神に当たると弾ける。弾かれる。
「な、なんだと……」
筑笹の声がスピーカーから漏れて呻き声が聞こえる。確かに驚愕するだろう。
「佐藤! 自分だけずるいぞ!」
「そっちかよ!!」
大典が思わず突っ込んでいた。
「さて、お遊びはこの辺にしておこうか。重力生成、圧迫――」
邪神が言葉にしただけで自身の体が重くなった。
「ぐっ、か、体が、重い……」
「くそっ、機体が動かねぇ!」
「解呪!」
背後から声がする。アネルーテさんが場の力を払ってくれたようだ。
「ほう、余の力に抗えるか。第七の贄よ」
贄? 第七? 何のことだ?
「な、何のことよ!」
「知らぬか。ククッ、己が運命も知らぬ迷い子が。知らぬまま露と消えるのも嫌だろう。ならば教えてやろう。余は寛大で公平で慈悲深いからな」
嘘つけッ!! こんなことをしておいてよくもぬけぬけと言える。
とりあえず教えてくれるなら聞いておこう。重要な情報そうだからな。
「まずは余たちの目的を教えておこう。それは魔界の神、魔神を復活させることだ。そして復活に必要な贄、それが固有魔法を持つ者……つまりお前だ」
「こ、固有魔法……だと?」
「そうだ。神オーディンを始めとする尋常ならざる力の持ち主のことだ」
オーディン? それってまさか――。
「邪神! まさかオーディンの爺さんを――ッ!」
「殺したのは余では無いが神オーディンは既に現世に在らず。それを知らずに信仰を捧げる矮小な生物はなんと滑稽なことか! ハハハハハハッ!!!」
「貴様ぁぁあああ!!」
僅かな時間だったが忘れもしない。あの爺さんが殺られていいはずがない!
「……さて、そんなことよりもお前たち勇者が先に攻撃した性で本題が進まなかったな。勇者たちよ、余と交渉せぬか?」
交渉だと……。この期に及んでそんなことがよくも――!
「聞こうじゃないか」
それに応じたのは筑笹だ。機体のコックピットから姿を現して固有武装と思われる本を持っている。
「お前たちは軍国とやらに宣戦布告されているのだろう?」
「ああ。そうだな」
邪神にそう言われて筑笹は頷く。ってか、なんで邪神はこっちの事情に詳しいんだ?
「次なる贄はその軍国にいる。よって、余と協力せぬか? 感情論を捨てた利害のみならば悪い取引ではあるまい」
冷静に考えれば確かに邪神の力は心強いだろう。
軍国と後に戦うことになればその贄は戦う上で実に邪魔な戦力となろう。
しかし世間はどうとらえるか想像に難くない。
「何をふさげたことを抜かすか! 私は絶対に手を組まぬぞ!」
アルドメラ王が邪神に向かって喚いている。
「貴様如きには聞いていない。余は勇者と交渉している。さて、返答は如何に?」
「答える前に聞きたい。魔神を復活させてお前たちは何をするつもりだ」
「ふむ…………魔王連合軍ならば人間共を滅ぼすまでだ」
「魔王連合軍ならば? なら、お前自身の利益はどこにある!」
「それは答えられぬな。ただ、余は魔神を復活させることに利益がある。それ以後は知ったことではない」
「ならば、神オーディン以外の贄は誰だ。今は何人目だ」
「ほほう。そなたは実に面白い慧眼を持っているな。公平の元に答えよう。贄、固有魔法所持者は神オーディン、魔獣ハウルベアー、魔帝サフィティーナ、青龍レムニア、王子ペル。今は五人。つまり、もう間もなく終わることだ」
「なっ――。ということは、魔帝様はお前が殺したのか!」
「如何にも。全ては世界の延命のため。たった八人で済むなら安い犠牲だとは思わんか? ああ、それと慈悲の元に終わり次第生き返らせようぞ。間違っても死霊や死人にはならん。何せ余が生き返らせるのだからな」
「おのれ、おのれぇぇえええ!!」
そんな言葉ももう筑笹には聞こえていないようだ。機体に乗り込んだ。
勇者の中で最も忠誠が厚く、魔帝様の寵愛を受けていたのは筑笹だ。
殺害した本人がそこにいるのに冷静になれるわけがない。
「待て、筑笹!」
大典が背後から筑笹の機体を羽交い絞めにして食い止める。
「離せ! こいつが、こいつが魔帝様を!!」
「落ち着け! 冷静に考えろ! 嘘か本当かこいつには蘇生手段がある。もしかしたら魔帝様が生き返るかもしれないんだぞ!」
大典の言葉にしばらく反発した後、筑笹は機体の動きを止める。
「……邪神よ。もし、本当ならば実践してみせろ」
大典が筑笹を離して邪神に問いかける。
「良かろう。しかし今、魔帝を生き返らせると計画が潰れるかもしれぬ故代わりを生き返らせて証拠としよう」
邪神が空中から地上に降り立ち、アルドメラ王の前に行く。
「ぬう――何をする気だ!」
「どけ。貴様に用はない」
「ぬぐっ――」
邪神がアルドメラ王を一瞥すると王は膝から崩れ落ちた。
今、何をしたんだ? ハッ、まさか邪眼か!? ありえそうだ。
その先には王冠を被った王っぽい奴がいた。
「さて、括目せよ」
邪神が両手を左右に広げると足元に大きな魔法陣がいくつも描かれた。
邪神の目の前にはいくつもの肉片や遺髪が残されている。
「幾億数多の精霊に命ずる。魂の力、魄の力を繋ぎ合わせ、余の魔力を媒介とし、天地明神黄泉の彼方よりここで死んだ者たちを甦らせよ!」
邪神が叫ぶと辺り一面に白い花が咲いた。
そして辺りに巻き散った肉片が消え、数人の人影が光に包まれて出現した。
光が弾けるとそこには衛兵と思われる奴らと歴戦の戦士と思われる奴がいた。
「なっ……ペ、ペル! お前なんだな!?」
「あれ、親父? 俺は爆破して死んだはずじゃ――」
親子らしい。そんな感動の再開をぶち壊すように邪神が遮った。
「さて、これで分かっただろう? そろそろ返答を貰おうか」
邪神が筑笹たちに問う。
「……分かった。だが、信用するならもう一つ条件を飲んでほしい」
落ち着きを取り戻した筑笹が邪神に言う。
「亮平のエクスカリバーと亮平の姿を元に戻せ」
筑笹……。
「二つだな。良いだろう。エクスカリバーは返しておくがその能力は田中亮平が愛する女のために望んだ力。元は余の力とは言え余でもどうにもできぬ強力な呪詛が混じっている。よって、取り除くことは不可能だ」
「なんとかならないのか!」
筑笹が叫ぶが、これはあくまでも俺の問題だ。
「筑笹、良いんだ。これは俺が選んだ選択なんだ」
「……そうか。だが、私はお前を見限ったりはしないぞ。例えお前が化け物になったとしても軽蔑は絶対にしない!」
「俺だってそうだぜ!」
「俺もだ」
「ああ、当然だ!」
「うん。仲間だもの」
大典、猛、武久、加奈子がその後に続く。
「お前等……ありがとう」
へへっと微かにそこらかしこから笑いが出てくる。
「茶番はもう良いかな? これで余の言葉を一時信用してもらえるな?」
またしても空気を読まない邪神が言う。
「良いだろう。軍国を攻撃する日程は後日改めて会談しよう」
筑笹がまとめようとすると邪神はわずかに首を傾げた。
「何を言っている? 誰が攻撃するなどど言った。余はあくまで六人目の固有魔法を封じることだ。軍国そのものに興味はない」
「――つまり、潜入して極秘裏に殺害するのを手伝えと?」
「如何にも。益なし戦いは望まぬ」
これだけハイクフォックを攻撃している癖に良く言う。
いや、攻撃したということは何か益があったのだろう。
「そうか。分かった。だが、終わったら必ず魔帝様を蘇生しろよ!」
邪神はエクスカリバーを俺の前に突き立てる。
「二言はない。日程は一週間後にそちらに伺い、そこで決めよう。さらばだ」
要件を伝えるだけ伝えて邪神は去って行った。
「リン……」
そういえばこっちの問題が残っていたな。
俺は邪神が残していったエクスカリバーを地面に刺して立ち上がり外に去ろうとする。
俺は化け物だ。フィーの傍にはもういられない。筑笹たちが見捨てなくてもフィーは普通のお姫様だ。
――――化け物なんか好きにはなれないだろう。
「おい、お前……田中亮平と言ったな」
俺の前にさっき蘇生したばかりの戦士が立ちはだかった。
「だったらなんだよ」
「俺は姫さんの婚約者、この国の王子ペル・ソウィ・ハイクフォックだ。お前のことは姫さんから聞いているぜ。好きなんだろ、彼女のことがよ」
王子だったか。ということはあのおっさんが国王か。
「そうだ。今更偽る必要もない。だが、俺は化け物だ。だから――」
俺はフィーの傍には居られない。そう言う前に王子とやらは遮った。
「だからどうした」
ペルと名乗る王子は戦場であった敵のように睨んだ。
「俺は相打ち同然でようやく敵を倒せる弱者だ。だが、お前なら彼女を守れるだろ! そのために沢山の物を犠牲にして力を求め、手に入れたんだろうが! そんな力を持っているのに彼女から背を向けるなんて許さねぇぞ! 逃げてんじゃねぇよ!」
――ブチっと俺の頭の血管がまとめて切れた。
こいつは何も知らない。俺がどんだけ悩んだか知らないくせに!
「ざけんじゃねぇ! 豆腐メンタルなめんなゴラァ! 俺はこうみえても暴言に弱いんだぞ! もっと言葉を選べ責任転嫁の腐れ野郎が! あいつに力を貰っちまったからこそいるわけにいかねぇんだよ! 俺とフィーがくっついて見ろ。民衆がなんて騒ぐが分かるだろうが!」
「ハッ、どっちがだこの野郎! こっちは婚約解消してんだ! てめぇがいなくなったら彼女はどうなんだオラァ!」
「黙れ! てめぇが責任とれ!」
「ふざけんな! お前が取れ!」
責任転嫁合戦をしていると外野から呆れの声が上がる。
「なんと醜い……」
「私、そんなに魅力ないのかしら……?」
フィーが落ち込んだ。励まさなくては!
『それはない!!』
声が被って舌打ち交じりにメンチを切り合う。
「ぐあっ!」
そこへ誰かが上空から落ちてきた。
「……の野郎ッ!」
嵩都だ。俺たちは揃って上空を見上げた。
そこには仮面を被った死神が笑っていた。
筑笹「亮平は全てを捨て、化け物に成り果てた。ただ愛すべき人を守るため、それだけのために人類を裏切り闇へと落ちていく」
筑笹「希望を刈り取る化け物、ハーヴェスト・ホープ。それが、私たちの討伐対象の名前だった」
筑笹「正体を知った私たちは愕然としつつも、かつての友人に刃を向ける」
筑笹「大典、後書きはこれで良いのか?」
大典「思いっきり誤解がある後書きだな……」
筑笹「次回、亮平勇者やめるってよ」
大典「嘘は止めろ。次回、黒い伏線」




