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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
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真光戦争10

グラたん「10話です!」


 前線基地に戻るとそこでは将校による緊急会議が始まっていた。

「一体どうしたんだ?」

 波崎が尋ねるとその内の一人が波崎たちに気付いた。

「ああ、波崎さん。メランニスの撃退お疲れ様です」

「ああ……」

「それで、現在東京区ではかなり危険な問題が発生しています」 

 彼が波崎たちに見せたのは一枚の文章だ。

 そこには『東京区においての召喚の失敗』及び『東京区皇居が召喚した魔物に占領された』と書かれていた。

「……」

 これでは目の前の戦い所ではない。

「これに対し、暗号文を解読したスファーダ真教の軍が我々にこれを送ってきました」

 もう一枚書類を渡される。

 『何か大変なことになってるみたいね。日本を明け渡してくれるなら私の領土ってことで助けてあげるけど、どうする? 回答はお早めに~』

 波崎が最初に思ったのは、選択肢が無いということだった。

 東京区には日本の政府や貴族、各省が集結しているということだ。

 そこを占拠されてしまったのでは誰も指示を出すことは出来ないということだ。

「そこで我々は徹底抗戦か降伏かを迫られている所でして……」 

 結局の所、日本人は優柔不断だ。

 どちらかを選んだとして、誰か責任を取れるのか、誰か意見を出せ、ということで揉めていた。

「条件付きで降伏だ」

 その点、波崎は今の状況を五秒で打破した。

「波崎さん、一介の教師である貴方がそれを決めるのは――」

 そこへ徹底抗戦派の一人が波崎に諫言しようとした。

 その言葉よりも強い口調で波崎は対抗した。

「手を間違えるな! 今、我々がやるべきことは交戦ではなく共闘だ!」

 波崎の言葉は正しく、前も後ろも敵であり補給もままならないのが現状だった。

「それともお前たちは両軍を相手にして勝利できる策を持っているのか」

 答えは痛いほどの沈黙であり、この場では否定を表していた。

「答えは決まったか?」

 基地の窓を見るとそこにはメランニスがいつの間にか座っていた。

「貴様――」

「ああ。我々はスファーダ真教に降伏するが、同時に東京区奪還及び魔物殲滅の共闘を其方に申しこむ」

「うん、貴方ならそう言うと思ってこっちはもう準備万端です」

 メランニスがポーチから出したのは一枚の調書だった。

 そこには波崎と全く同じ考えの事柄が書いてあった。

「ふむ、向こうにも出来る奴がいるみたいだな」

「あ、これはラウェルカの文章だから」

 ラミュエルの言葉にメランニスは訂正を入れる。

「だろうな」

 姉妹だけあり、優秀な妹の考えそうなことだとラミュエルは思った。

 波崎はその調書をひったくり、壁に押し付けて調書にサインした。

「これで良いな?」

「はい。では江の島全体の武装解除とスファーダ真教の受け入れをお願いしようかな」

「難民も入れるのか?」

「勿論。ずっと海の上じゃ可哀想だからね。食料はスーパー等に売れ残っているか賞味期限が近いものから渡してほしい」

 要するに、日本は食料を無駄に作り過ぎているから要らない箇所を無料で提供しろと言っていた。

「仕方あるまい」

 波崎はそれを受け入れ、メランニスは笑みを作って窓を飛び降りた。

「全員に最低限の武装だけさせ、受け入れ態勢を作れ!」

 この場で波崎に逆らう者はいなかった。

 逆らえばその後を逆らった物が継がなくてはならないことを思いつく程度には彼らは頭が回った。

 数時間して江の島全域にスファーダ真教と難民たちが着陸した。

 波崎の指示で難民たちに優先的に物資が配給され、海岸付近に彼らを待機させた。

 同時に鎌倉、伊豆、千葉などの防衛線も最高戦力の整っていた江の島が降伏したのを聞いて、次へと準備を進めていた。

 そうしてある程度状況が落ち着きを見せた所で、波崎たちは前線基地の会議室でラウェルカたちと会っていた。

「また会ったね」

「先程はどうも」

 ラウェルカの背後にはメランニスとつい先ほど合流したシーダ、それとスファーダ真教の将たちがいた。

 対して波崎たちの方には波崎を筆頭として銀次たち四人と自衛隊の将が揃っていた。

「それじゃ、早速東京区攻略に入ろうか」

 ラウェルカの言葉に合わせてシーダとメランニスが長机に地図を広げた。 

「具体的な状況を教えてくれるかな?」

 ラウェルカは波崎を見て、今ある情報全てを知っている波崎は頷いた。

「敵は東京区皇居を中心に出現し、その周囲及び城壁を守るように布陣している」

「この敵って人間なのかな?」

 波崎がマークを付けた箇所を見るに、配置がやけに防衛的な布陣になっていた。

 ただの魔物にこんな知恵があるとは思えなかった。

「確実な詳細は無い。しかし敵の親玉の画像は衛星写真から写せている」

 波崎が出したのは少々画像が荒い、皇居のテラスに座っている少女の写真だ。

「この娘?」

「感知系統の魔法と衛星からの情報を照合した結果、この少女を中心に瘴気が発生していることが分かった」

「あんまり強そうには見えないけど……」

「私にもそう見える。しかし――」

 波崎が出したもう一枚の拡大写真には皇居をたむろするおぞましい数の魔物がいた。

「わぁお。これって数は万超えするかな?」

「推定では七万。だが地下鉄やシェルター分を含めると十万に届くと思われる」

「じゅーまん」

 ラウェルカの可愛い驚き方に波崎はどうにも毒気を抜かれる。

「そして此方は確定情報だが、日本全域はスファーダ真教に降伏し、その戦力全てを東京区奪還に向けている」

 ラミュエルが関東を囲むように黒い石を置いていく。

「東北と西の部隊が明日には関東を包囲し、周囲に溢れ出た魔物を対処するが、一番手薄なのはここ、南の神奈川だ」

「つまりこっちは私たちに守らせようってことね」

「そういうことだ。頼めるか?」

「勿論。シーダ、トゥーロ、お願い」

『了解です』

 ラウェルカの指示を受けて二人が退出しようとする。

「あ、シーダ」

「何でしょう?」

 ラウェルカがシーダを引き留める。

「私はメランニスと一緒について行くから、もしもの時はシーダがまとめてね」

 これはラウェルカとシーダの間で何度も揉めた問題だが、万が一の時は、ということでシーダは引き受けていた。

 最も最強の守護者であるメランニスが傍にいるなら万が一は無いだろうとシーダは思っている。

「分かりました」

 シーダは適当な敬礼して退出した。

 そのやり取りについて波崎は幾ばか疑問を覚えたが、自分の関与するところではないと判断して何も言わなかった。

「続きをして頂戴」

 波崎は頷く。

「包囲後、東北、西、南による同時攻撃を行い、敵の戦力を分散。突破し、城壁の攻城に移る。無論、地下の殲滅戦も同時進行に行う。地下の制圧後、我々は地下経路を通って東京区に侵入。山手線各所から地上に上がり、皇居を目指す」

「上空はどうするの?」

「上空については現地にて魔導機関銃を組み立て、城壁の上を狙う。爆撃も既に決行されたが――」

 波崎が見せた写真には東京区の上空を覆うように薄緑色の防御膜が張られていた。

「全ての攻撃を無効化する防御魔法が起動している。これも発生源はこの少女だ」

「むむむ……手強いねぇ。もしかしたら地下にもこの膜があるかもよ?」

「それは今確認させている。しかし、これだけの力を持つ少女であればわざわざこんな防御陣形を敷かず、我々の背後を撃てると私は思った。つまり、この少女はまだ完全に力を発揮していない。もしくは馴染めていない」

「馴染む?」

「この少女は天皇家の御息女だ。もしかすれば天皇家は生贄の召喚儀式をしたのかもしれないな」

 生贄召喚――それは召喚魔法の中でも禁忌とされており、人間の生贄を必須とし、確実に失敗するという欠陥だらけの魔法である。

 数百年前、神を召喚できないかという試みがなされ、この魔法を開発したという。

 しかし結果はどれも失敗に終わり、中には国一つが滅ぶほどの失敗があった。

 南アフリカや中国の一部などがその最もたる例だ。

「で、でもそれって――」

 ラウェルカの懸念通り、波崎は頷く。

「成功してしまったのかもしれないな」

 最悪の結果を残して。

「あの気配は恐らく邪神スルトの一部だろう」

 そこへ校長が会議室の中へ入って来た。

「校長先生、それはまさか……」

 銀次たちにはその心当たりがあった。

 それは前に校長が話していた話だった。

「校長は何か知っているのですか?」 

 波崎は校長に尋ねる。

「うむ。要点だけ説明すれば、恐らく天皇家は欠片を使ったのだろう」

「欠片、ですか?」

「全ての始まりの地、原初の世界だったか。そこにいた邪神を封印し、更に十の欠片にした一つであろう」

「アルジアとは違うのですか?」

「アルジアはあくまでも獣の世界。信じられないかもしれないが、この世には境界世界という場所がある。タイムパラドックス、次元移動、平行世界、隣接世界――まあ、それらを最初に向かって辿った先にある世界だ」

 人間、突然平行世界があると言われてハイそうですか、と頷ける者は少ない。

「要するに死後の世界があるって思えば良い」

 頷ける者はいない。

「ええっと、つまり校長先生はその欠片の一つがこの世界にある。で、使われたっておっしゃられたいのですよね?」

 マーラの何となくの理解に校長は頷いた。

「うむ」

「……いまいち良く分からないが、校長の話は信じても良いのですね?」

 波崎の言葉にも頷く。

「私としてもこの世界が滅ぶのは避けたい。知り得ている情報を教えよう」

 校長、ガイアは遙か昔の衝撃が強すぎる記憶を引き出していく。

 かつての戦とその概要、戦力と性格などをガイアは話していくが、あまりにも現実味のないそれら全ては銀次たちに疑惑を持たせた。

「それ、本当ですか?」

「本当だとも。最も、元の十分の一ともなれば何処かで際限はある」

「この絶対防御は一定の貫通力があれば突破可能なのですね?」

「うむ」

「とはいえラスボス自身が手強いとなると……」

「無論、私も出る」

 銀次たちがオオッと驚く。

「校長はこの絶対防御を突破することが出来ますか?」

「フッ、私が何百年鍛えていると思っているのだ? 今の私には造作もない」

 その自信に銀次たちは安心感すら覚えていた。

「ならば、予定通り地下制圧後、校長を先頭に最短距離で突破する。君たちもそれで良いか?」

「オッケー」

「ラウェルカが宜しければそれで構いません」

「決まりだな。突入部隊の編制をするぞ」

 こうして、最終決戦の準備は整っていく。


 作戦決行は最速で二日後。

 明日の朝には選抜した三万の兵と共に移動し、東京区の入り口の一つであり、皇居に最も近い東京駅付近に待機することになった。

 なので、夜はスファーダ真教との共同作戦のために最低限の親睦を深めることになった。

 ホテルの中にラウェルカたちを招き、スファーダ真教の祝勝会兼親睦会が始まった。

「白色白色白色白色白色――!」

「ッ!! うぎゃぁぁぁああああ!!」

 同時にメランニスにとっては地獄の鬼ごっこが始まった。

 捕まればどうなるか分からない恐怖があった。

 それを見て銀次たちは苦笑いする。

 ふと、銀次は思う。

 最初、白色たちと出会った頃は全く立場が逆だった。

 自身がマーラに追いかけ回され――……。

 銀次はあの時の仕返しと、メランニスの足を引っ掛けた。

 フェイラに集中し過ぎたためか、メランニスは簡単に引っかかって柔らかい絨毯に伏した。

「白色ぉぉ――!」

 その背中にフェイラが飛び乗っかる。

 それはもう狂気的な程に幸せそうな表情をして。

「が……ぁぁ……」

 昼間に自分たちを追い詰めた奴とは思えない程、メランニスの顔は恐怖に歪んでいた。

「う、裏切り者……」

「さて、何のことやら」

 銀次はとぼけ、マーラは口元を抑えた。

 メランニスはこの光景に何処か懐かしさを憶えていた。

 この瞬間だけはあの時の五人に戻れた気がした。


 次の日の朝。

 未だにメランニスはフェイラに掴まっていた。

 ラミュエルは一応ラウェルカに断りを入れていた。

 『シロイロミン』の補給だ、と。

 根堀り葉掘り弱点を聞かされ、ラウェルカはニヤリと笑った。

 ラウェルカにしてみればラミュエルは自分の姉であり、敵味方はほとんど関係が無かった。

 同時に、またこうなりたかったとも思っていた。

 色々と願いが叶って、ラウェルカは幸せそうにラミュエルの肩に頭を預けた。

 大型車に揺られ、約三時間。

 銀次たちは東京駅へと来ていた。

 地下の制圧作戦は六割方進み、八割方制圧できれば突撃することになっている。 

 目の前には日本の全軍が城壁を超えんと攻撃を仕掛けている。

 対するのは魔力で作られた飛竜や虎などの肉食獣だ。

 倒しても倒してもその数は際限を見せない。

「全員、もう間もなく出撃する。準備を整えろ」

 波崎の指示により、各々が準備を整える。

 そして東京駅の地下へと向かった。

 地下鉄に入ると中では未だ自衛隊員たちが機銃を構えている。

 その中を進んでいく。

「やはりか」

 ある程度進むとそこには緑の膜が展開されていた。

 波崎は自身の拳で何度か叩いてみるが、返って来るのはダイヤモンドよりも固い手応え。

 校長がパワードスーツを着用し、両手の斧を最上段に構える。

「ぬぇい!!」

 渾身の気合いと共に繰り出された斬撃が膜に当たり、火花を散らした。

 そして膜が大きく斬り裂かれた。

「突入だ!」

 波崎を先頭にメランニス、銀次が先行。その後にマーラ、フェイラ、ラウェルカ、ラミュエルが続く。殿には校長のガイアが付き、斬り裂いた膜を再生させまいと自衛隊員たちが防弾盾や鉄機材で妨害していく。

「グルルルル」

 走って少し経つとそこらから魔物が襲い掛かってきた。

「ふんっ!」

 それらを波崎が大剣を振り回して暴力的に散らしていく。

 撃ち漏らしは銀次とメランニスが担当している。

 地下から上がると目の前には皇居が佇んでいる。

 しかしそこを守護する魔物は先程までの雑魚よりも強い。

「グリフォンにサラマンダー……どれも成体だな」

 およそ五十。島国一つを一日で潰せる戦力だ。

「雑魚が」

 最も、彼らの前では吹けば飛ぶような存在だった。

 東門を抜け、皇居の中央広場へとやってきた。     

 魔物の姿はなく、ここだけが別世界のようにも感じられた。

 しかし皇居の本殿三階に目を向けると明らかに格の違う気配がしていた。

「……あれか」

 白いバルコニーで静かに紅茶を飲んでいる少女がいる。

 少女は紅茶を飲み終わると席を立ち、フワリと空中に浮いた。

 空中を移動し、ゆっくりと銀次たちの前に降りたった。

「これが……邪神っ」

 マーラは同年代にも見える少女から不相応の威圧を感じていた。

 少女はマーラたちを見て、少し笑った。

「今、余は機嫌が良い。大人しく去るというのなら見逃してやろう」

「残念だがそれは出来ん。お前の性で色々被害を被っているのだからな」

 波崎の拒絶に少女はまだ笑みを浮かべている。

「それは彼らとの戦争に負けたことか?」

 少女が指差すのはラウェルカだ。

「ああ、そうだ」

「ふふっ、可笑しなことだ。被害と言いつつもこうして手を取り合っているではないか」

「ああそうとも。お前を倒して東京区を奪還するためにな」

「奪還がお前たちの望みか」

「そうだ」

 少女は少し悩み、波崎を見た。

「ふむ、ではこの場所を返す代わりに余を放置するというのはどうだ? 無論、魔物は全て消そう」

 少女は最初に交渉を切り出した。

「なに……」

 最初から話す気などなかった波崎はその提案に驚く。

 波崎がイメージしていたのは超好戦的で会話の成り立たない狂神だった。

 そも、校長から話を聞く限りではそうイメージせざるを得なかった。

「何が目的だ?」

 波崎は問いを返していた。

 それは予想していた少女はもう少し深く笑った。

「余の目的は、余の本体を取り返すこと。封印されし余の肉体を、十に切り刻まれた力を取り戻し、彼奴等を皆殺しにすることだ」

 その『彼奴等』は誰を指し示すのか分からなかったが、余程憎いのだと思った。

「……それが目的ならば魔物を繰り出す必要はなかったのではないか?」

 波崎が言いたいのは、魔物など出さず大人しく力を集めれば良かったではないかということだ。

「それは無理だ。余の力は生物の『負』感情を依代にしている。嘆き、憎しみ、怒ること。ここが日本であるのなら人間はたくさんいる。本来ならば余が直々に手を下しても良かったのだが、ククク……この世界は戦乱であった。これほど余の力を集める時代はあるまい? ここら周辺に力を留めたのは世界の大半が崇拝する其方を殺し、負の感情を表にさせることだ」

 少女は微笑みながらラウェルカを指差す。

 それを遮るようにメランニスが立ちはだかる。

「つまり、お前はラウェルカを殺すということだな」

「そうだ。余の為の贄、素晴らしき糧。しかし殺さなくても余は力を得られる。だからこそ交渉をしているのだ」

 その言葉に波崎は大剣を構えた。

 銀次も、ラミュエルも得物を構える。

「ならば交渉は決裂だ。今は殺さずとも、後にお前が気を変えないとも限らない」

 気が付かれたか、と少女は嬉しそうに一回クルリと回った。

「それも良かろう。十分の一とはいえ、其方等を相手にするのに不足はない」

 少女の体から黒い魔力が目に見えて溢れ出す。

「ああ、名乗り沿寝ていたな。余は邪神スルト。憶え逝くがよい」

 気持ちの悪い感覚と倦怠感に銀次は僅かに体が前のめりになる。

「出し惜しみはしない」

 最初に重圧を跳ね除けて動いたのはメランニスだった。

 ラウェルカを守る、その一心だけを残して彼は化け物へと身を変えた。

「くひゅひゅ」

「ほう、これはまた面白い」

 メランニスが腕を振るい、少女に向けて振り下ろす。

 少女の居た箇所を正確に叩きつけ、地割れを引き起こした。

 フワリとスカートがなびき、メランニスのブレードの上に少女が舞い降りた。

「まだまだだな」

「むがっ」

 メランニスの顔が左右に割れる。

 顔の中央には大きな赤い眼球。それ以外には赤茶色の罅が入っている。

「ほう」

 チュインという音と共に発射されたのは赤茶色の熱線。

 少女は避けることもなく熱線が直撃した。                     

「今のは中々だったぞ。さて、その礼をくれてやろう」

 少女の拳に黒い魔力が集まる。

 それをメランニスに突き立てた。

「ぎぃぃ……っ!」

 メランニスの巨体が吹き飛び、壁に激突する。

 その左右から銀次と波崎が最速で大剣を薙ぎ、正面からラミュエルとラウェルカが銃の引き金を引き、その後ろからフェイラとマーラの火炎魔法が発射された。

「ハハハハハハ」

 避けるまでもないのか、その全てが直撃し、少女の衣服だけが裂かれる。

 肉体には傷一つ付いていない。

 波崎は舌打ちをして、銀次と同じタイミングで下がる。

「うがぁ!」

 起き上がったメランニスが両手を交差させ、少女にぶつかると同時に腕を左右に払った。

 少女はいとも簡単に吹き飛ばされ、空中で一回転して着地した。

 その着地を狙って上空に飛び上がったメランニスが降下し、大振りに振った両手を少女に叩きつけた。

「かひゃひゃひゃひゃ!」

 奇声と共にメランニスが両手、両足、背中の棘、二本の尻尾を最大限に使い、避けようのない攻撃が少女に降りかかる。

「メランニス! 避けて!!」

 それに気付いたのはラウェルカだった。

 メランニスの上空には見たことのない大規模な魔法陣が展開されていた。

 メランニスはラウェルカの声に気付いて上空を見上げ、避けようとする。

 しかし、それよりも速く魔法陣から極大の紫電が降り注いだ。

「ぐぎゃぁぁぁぁああああああああああああああ!!」

 それはメランニスはおろか少女をも巻き込んで直撃した。

 あまりにも魔法力の桁が違う攻撃に銀次たちは目を向いた。

 ましてやそれがたった一人の黒ドレスの少女が行ったとは思いたくなかった。

 黒ドレスの少女は空中からゆっくりと舞い降り、全身が焼け焦げ、ブレードや装甲に罅が入ったメランニスを退けてその下にいる少女を見た。

「――――」

 黒ドレスの少女は何かの言葉を発した。

 すると、少女の胸元から薄紫色の欠片が出て、黒ドレスの少女はそれを抜き取った。

 銀次と波崎は何をしているのか、と確認するためにそこへ駆け寄った。

 二人が見たのは、黒ドレスの少女がその欠片を大事そうに握りしめている所だった。

 そして黒ドレスの少女の足元に魔法陣が展開され、彼女の姿が消える。

「転移魔法か……」

 校長の魔法陣を何度か見た程度ではあったが、銀次はそれに思い至った。

「しかし何者だったんだ?」

 魔法攻撃をほぼ受け付けないメランニスを一撃で瀕死に追い込み、絶対的と思われていた邪神の欠片を葬った少女。

「彼女は欠片を集める者、だったな」

 校長の言葉に銀次は振り返る。

「欠片を? 一体、何のために?」

「それは勿論、邪神を復活させるためだ」

 その言葉に銀次は驚く。

 しかしその先の言葉を先読みしていたように校長が制した。

「安心して良い。その復活の件は問題ない。別世界で解決されている」

「そ、そうですか」

 いまいち納得はしかねるが、校長が言うのならそうなのだろうと思った。

「でも、これで終わったんですよね?」

「そうだな。勝鬨を上げるとしよう」


 それから半日後、魔物が完全に消え去ったのを確認したシーダたちが東京区に侵攻。

 皇居内部に向かうとそこは過激な戦闘痕があり、メランニスの破片と思われる物質がいくつも落ちていた。

 しかし討伐に向かったラウェルカたちの遺体は見つからなかった。

 更に一週間をかけて東京区及び日本全域を探したが発見できず。

 シーダはラウェルカの遺言に従い、スファーダ真教をまとめ上げた。

 これは後世に『消えた英雄事件』として永遠と謎を残すことになる。

 

 一年後。

 スファーダ真教は地球全てを支配し、一大宗教国家を作り上げた。

 思想は平和そのものであり、争いは次第に無くなって行った。

 校長や波崎、銀次たちのいなくなったミカエル学園では新任の校長としてリーベルトが就任していた。

「さて、今日も始めましょうか」

 教卓に立ったリーベルトは語り始める。

 たった一年足らずという時間ではあったが、間違いなく語り継がれる八人の存在。

 そしてやがて忘れられていく一人の英雄。

 リーベルトは後にこれらを書き出し、学園の地下書庫に置いている。

 『真光戦争』と書かれた英雄譚が次に手に取られるのはそれから二世紀ほど後である。



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