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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
465/466

真光戦争9

グラたん「9話です!」


 

 優勝の証書と大剣は銀次の手に渡り、大会は幕を閉じた。

 それから一週間後、銀次を筆頭にマーラ、フェイラ、ラミュエル、波崎、そしてミカエル学園の全員が最初の防衛地点である江の島へと向かっていた。

 宇宙の衛星からの情報と現地の魔法師による探知魔法の情報の結果、スファーダ真教はもうすぐそこにまで迫って来ていた。 

 太平洋や日本海には中国、韓国、北朝鮮、インドネシア、オーストリア、ロシアの亡命者たちがいる。

 全て、スファーダ真教から逃げて来た者たちだ。

 しかし日本に彼らを受け入れられる地域も食料もない。

 日本政府が取った手段は海上自衛隊の配置と国境侵犯による射殺だった。

 海の中には肉食のサメが居て、亡命者たちは行くも帰るも死となった。

 それでも日本へ上陸しようとする輩は何百といて、自衛隊はその対処に追われていた。

 場所は変わり、江の島防衛拠点。

 江の島から先は太平洋となっていて、遠くには海上自衛隊と難民が幾重にもいる。

 こちら側にサメはいない。そのため、海中には死人が溜まり、海は赤さを日々増していた。

「何で人間同士で殺し合わなくちゃならないのかねぇ」

 誰かが呟く。

 防衛拠点には固定式のサブマシンガンやマイクロミサイルが配置されている。

 最前線ということもあり、物資は何処よりも多い。

 目の前に広がるのは白旗を上げた難民たち。

「撃て」

 指揮を執っているのは新山という男だった。

 彼の命令に従って、自衛隊員たちは引き金を引く。

 ブレることのない銃弾が難民たちを射殺した。

 この光景は日本人だけでなく世界からも非難されている。

 しかし、現場の人間にはどうすることも出来なかった。

 難民の後ろにはスファーダ真教がいる。無論、難民の何割かはどうせ死ぬなら、とスファーダ真教に自主的に協力して死んで行っていた。

「さて、今日も駆逐するぞ!」

 そんな中でこの新山という男はそれを口にした。

 彼は人類の中でもダメな人間に分類される。

 ニートや引きこもりよりも救えない、極端すぎるほど外人を嫌い、日本人すらも見下すような人間である。

 そんな人間に権力を持たせたらどうなるか。ご覧のありさまだ。

 指揮は碌に出来ず、今日も被害は拡大していた。

「ちっ」

 誰もが舌打ちする。

 そして誰もが思う。良く、今までこんな上司で耐えて来た、と。

「ウワハッハハ! 外人には死を! スファーダ真教を滅せよ!」

「滅しよう」

 背後から一発の銃声音がした。

「――――ぁ?」 

 銃弾は正確に新山の頭部を撃ち抜き、その背後から大剣が付き出された。

 僅かな衝撃と共に新山は防衛拠点の高台から身を投げ出した。

「――流れ弾だ」

「そしてただの自殺だ」

 背後にいたのはラミュエルと銀次だ。

 自軍の拠点を制圧し終えた銀次たちは臨時的に指揮を波崎に預け、戦線に加わった。

「うおおおおおおおお!!」 

 銀次が大剣を振りかぶり、水面に叩きつける。

 次元武器であるこの大剣はその凄まじい切れ味で海面を割った。

 そして人の乗ったボートや船を叩き切った。

 大剣のモードを変形させ、二丁のビームライフルが剣先を超えて突き出した。

「ライフルモード。出力60%。ディスチャージ」

 銃口の先には魔法陣が出現した。

 ビームとはいえ、元は魔導兵器。使うには相応の時間と詠唱が必要だった。

 現在は60%未満限定だが、別のカートリッジを使うことによって極端な短縮に成功していた。

「使うぜ、マーラ」

 銀次が手に持っている小型の箱はマーラが開発した魔力凝縮のケース。

 そこにはマーラが四日間かけて溜めた魔力が籠っていた。    

 60%×5発。それが今使える最大回数だった。

 その内の一つを大剣の縦長になっている鍔の中に入れる。

 この大剣自体も波崎やリーベルト、校長の力を借りて色々改良されていたのだ。

 全ては銀次のために、銀次が扱いやすいように調整されていた。

 銀次は砲門を海岸の右端に照準する。

「バースト!」

 短縮コマンドを発音すると砲門から赤い熱線が放出された。

 重い反動が返ってくるが銀次は足を踏ん張り、そのまま左に薙いでいく。

「ぬ、おおおおおお!!」

 まるで巨大な光の剣のように、スファーダ真教の船を上下に切り分けた。

 当然、そんなことをすれば船の燃料が着火し、彼らの船は海上で大爆発を引き起こした。

 その一撃でスファーダ真教は壊滅。

 その日の迎撃は終わりを告げた。

 あまりにもあっけない幕引きに自衛隊員はおろか生徒たちも驚いていた。

 鍔からはガチャンという機械音と共に使い終わったケースが排出された。

 銀次は加熱されたケースを手に取り、ホッカイロ代わりにポケットに仕舞った。

 そして振り返って大剣を天高く突き上げる。

「俺たちの勝利だ!」

 銀次の宣言に一拍遅れて歓声が上がる。

 その後、正式に銀自たちは江の島戦線に入り、指揮は代行で波崎が務めることになった。

 自衛隊員たちも『あの野郎よりは』と頷いた。


 それから三日後、一週間後、十日後、二十日後と四度の襲撃があったがいずれも銀次たちが退けて見せた。

 日本ではそんな銀次を前線の最高戦力と認定し、必死に迎撃するミカエル学園を称えた。

 二月の中旬。未だ肌寒い時期のことである。

「む~」

 コタツに入りながらその報告を聞いたラウェルカは非常にむくれていた。

 今や世界の三分の二を納める支配者。それが彼女である。

 しかし、その報告を聞いたとしてもシーダや他の幹部たちは中国とロシアへの最前線で戦っており呼び戻すことは出来ない。

「ですから、え、援軍をお願いできないかと思いまして……」

 ご立腹の彼女は足をジタバタさせている。

 だが、少ししてラウェルカは良い事を思いついた。

「分かった。じゃあ私がいく」

「ありがとうございま――え?」

 思わず聞き返してしまうほど、報告していた彼は驚いた。

 そしてすぐさま首を横に振るった。

「い、いえ! ラウェルカ様が出撃なされなくても兵士を頂ければそれでよろしいのですが……」

「もう決めたの! 確か江の島には鳩サブレがあったわよね?」

「鎌倉だ」

 ラウェルカの言葉を訂正したのはメランニスだった。

「メランニス」

「ラウェルカ様が行くなら俺も行く」

「オッケー。それじゃ、飛行機の手配してね」

「え、ええっ!?」

 あまりの破天荒に彼は目を白黒させた。

 しかし、この場に彼女止める者はいない。

 いるのはラウェルカに変わって世間を統治するシスターや教皇だけだ。

 そして彼ら彼女らは主であるラウェルカに逆らうことは無い。

 つまり、彼は大人しく飛行機を手配するしかなかった。

 

「さ、さみぃ……」

 同刻。日本には雪が降り注いでいた。

 近年稀に見る程の大雪である。

「ガタガタガタガタ」

「ガタガタうっさいわね!」

 バシン、と後頭部をマーラ叩かれる。

「いてぇ……寒いから痛さ3倍〇王拳」

 四度目以降、攻略困難と見たスファーダ真教はそれ以降攻めてこないで銀次たちとにらみ合いを続けていた。

 そんな中で今日、銀次たち四人は政府からの指示を聞くため鎌倉へとやって来ていた。

 当然、電車は止まっているのでラミュエルがチェーンを取り付けた大型車を運転して来ていた。

 今いるのは鎌倉の前線にある基地の会議室。

 電力も無駄に使える程無い。

 何もかもが足りていないのが日本という国だった。

 唯一手と体を温めているのがフェイラが出している火魔法と温かい紅茶である。

「待たせたな」

 そこへガチガチと歯を震えさせる男性がきた。

 スーツに分厚いコートを着ている。

 簡単な挨拶を交わし、本題に入る。

「では本題に入るとしよう。佐山銀二、君は次元武器を所持して伊豆の基地へ向かえ」

 そのあまりにも簡単な命令に銀次は不信感を憶えた。

「いや、それは無理っす。いくら江の島前線が勝利しているからと言っても俺が抜けたらかなり劣勢になりますよ」

 事実、前線では銀次と波崎が奮戦しているが江の島戦線の領域は広い。

 どちらか片方が抜けた時点で大きな穴が出来る。

 せめて次元武器を波崎に預けられれば話はまた少し違っていたかもしれない。

 そして背後には何を捨ててでも絶対に守らなければいけないフェイラとマーラがいる。銀次の中で、異動というのは認められなかった。

「これは防衛省の命令だ」

「無理っす」

「拒否権は認められない」

「一応聞いておきますけど、俺が抜けた穴には誰が入るんですか?」

 それを聞いて彼は溜息を吐いた。

「君は分かっていないのかもしれないがね、今の日本にそんな余裕はない」

 その言葉を聞いて銀次も溜息を付いた。

 せめて波崎クラス、もしくは校長並の戦闘力がなければ江の島を守ることは難しい。

「それじゃあ尚更無理っす」

「拒否権は認められないと言ったはずだ」

「じゃあ、あんた等は江の島の前線が崩壊しても良いって言うんですね」

「そうは言っていない」

「言っていなくてもそうなりますよ。せめて波崎先生に次元武器を預けられるなら話は違いますよ? でもその次元武器も持って行けって実際ミカエル学園に死ねって言っているような物ですよ?」

「だが、こちらも命令なんだ」

「そう言われても無理なものは無理です」

「では君は伊豆前線が崩壊するのを黙って見ているというのか?」

「それをどうにかするのがそっちの仕事でしょう」

「……どうにも平行線だな」

「そっすね」

「仕方ない。妥協案として次元武器を波崎教師に託す条件で上に掛け合ってみる」

「分かりました」

 せめてそれならば波崎一人でもなんとか持ちこたえられるだろうと銀次は思う。

 会議は一時休憩となり、銀次とマーラはラミュエルとフェイラが待機している茶屋へと向かった。

 前線とは言え、観光地でもある鎌倉には未だ大勢の一般人と観光客がいる。

 国内旅行とは言えど、心の無聊を慰めるくらいにはなる。

「おー! ここが鳩サブレの店なのね!」

「はい」

 ちょうどフェイラたちがいる店にも兄妹と思われる観光客が入って行った。

「いや待ておいコラそこのお前ら」

 銀次は彼女たちを見るやその肩を掴んだ。

「ちょっと銀次! 何してるの!」

 いくら何でも他人様に向かってそれはない、と銀次を止めようとする。

「ん?」

「何かな?」

「何かな? じゃねぇよ。何で敵のお前等が優雅に鎌倉観光しているんだ」

 見間違えようもない。

「ああ、君は沖縄で会った銀次君だったね」

「空港で見かけた人!」

「おう、憶えていてくれてありがとよ」

「何? 知り合い、って白――!?」

 銀次は他の人の迷惑になると考えてマーラの口を塞ぐ。

「違う。この人はメランニス。あの漆黒さん」

 マーラは数秒間錯乱し、数秒間マジマジと見つめ、大人しくなった。

「そ、そうよね。――それにしてもそっくりね」

「初めまして、メランニスだ」

「私はラウェルカ、スファーダ真教の教祖よ」

「ラスボス!?」

「だからさっきからそう言っているだろ」 

「どうしたの?」

「なんだ、銀次にマーラも騒がしいぞ……」

 騒ぎに気付いたフェイラとラミュエルが銀次たちの所へやってきた。

「ほ、ほう……これはまた……」

「あっ、お姉ちゃん。六年振りくらいね」

『お姉ちゃん!?』

 銀次とマーラの声が店内に響いた。

 ――いや、でもラミュエルとラウェルカ、名前に青い瞳。髪の色は違ってもどことなく似ている……。

「ラウェルカ、久しいな」

「うん、そうね」

 そしてフェイラはメランニスを見やる。

「白色?」

「違う。俺はメランニスだ」

「白色!」

「いや、だから――」

 瞬間、銀次はこの二人を引き合わせるべきでなく、ハワイの時はそれで正解だったと思い知らされる。

 フェイラはメランニスに抱き着き、しっかりとホールドする。

「白色白色白色白色白色白色白色白色白色白色白色白色……」

 呪詛のように名前を連呼するフェイラをメランニスは内心で少し引いた。

「俺はメランニスだ」

「ううん、白色は白色で白色の白色です」

 ――怖ェ。

 メランニスは正直にそう思った。        

 対してフェイラは顔を赤く染めてグリグリグリグリグリグリと頬を擦り当て、ギリギリギリギリギリギリとメランニスを絶対に離さないというように抱きしめた。

 後に銀次はこれを『白色症候群』と名付けた。

「骨っ、骨が嫌な音を立てて――」

「フェイラ、そこらへんにして置きなさい」

 流石に見かねたマーラがフェイラを引き離す。

「白色ぉー」

 何処か虚ろな目でフェイラがメランニスに手を伸ばす。

「ひぃっ」

 メランニスはフェイラを恐れた。

 分からなくはない、と銀次とラミュエルが頷いた。

「ともかく、敵地にノコノコと観光しに来たんだ。帰れると思うな」

 ラミュエルがラウェルカに銃を向ける。

「おばちゃん、ここからここまでの鳩サブレ全部頂戴」

 しかしラウェルカは全く気にしないで少し怯えている店のおばちゃんに注文していた。

「は、はい」

 ちなみにラウェルカが指差したのは可愛い小型の鳩サブレだった。

 鳩サブレを受け取り、メランニスが代金を払う。

「……」

 全く警戒心の無い二人にラミュエルは毒気を抜かれる。

 同時に、こういう妹だったと思い返していた。

「それじゃ、またね~」

「失礼」

「いやいや、逃がすわけないだろ」

 その扉前に銀次が立ち塞がる。         

「ポリポリ……」

 それを少し困ったように鳩サブレを一枚食べながらラウェルカはメランニスを見上げた。

 それに対してメランニスは堂々と銀次の前に立った。

 そして遂に戦闘の火蓋が切られる――。

「銀次君、見逃してくれ」

 そうはならなかった。

「阿保抜かせ。敵の大将見つけて逃がす馬鹿がいるか」

「鳩サブレ一パック差し上げますから」

「あのな、これで買収されたら俺が殺されるわ」

「だったら俺たちの方に来るか?」

「いやいや、それは色々不味いだろ」

 銀次はふと相手のペースに乗せられていると思い直す。

「ラウェルカ、メランニス。投降してくれ」

「残念ながらそれは無理だ」

「メランニス、俺はお前のこと嫌いじゃない。無用な被害を出す前に下ってくれ」

 銀次が指差す方向には『白色ぉー、白色ぉー』とゾンビのようにもがくフェイラがいる。それを見てメランニスは恐怖する。

「くっ――いや、ここで屈するわけにはいかない!」

 何とか恐怖心を押さえつけ、ラウェルカを抱える。

「ふぇ?」

「強行突破する。鳩サブレを落とさないように気をつけて」

「うぃ」

 それを聞いてマーラが死体フェイラを解き放つ。

 メランニスは稀に見る程戦慄し、フェイラとは反対側の壁に走り出した。

「弁償はする! 銀次君がっ!!」

 そう言ってメランニスが壁を蹴り破る。

「白色ォォ――! 行かないでぇぇ!!」

「ぎゃぁぁああああああ!!」

 メランニスは必死の形相で店を飛び出し、屋根に飛び乗る。

「行かないで――――ッ!!」

 銀次は泣き叫ぶフェイラの後頭部に手套を落として気絶させる。

 その隙にラミュエルがおばちゃんに謝り、マーラは波崎に電話していた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」

 全速力で江の島海岸に待機している母艦に戻ってきたメランニスは呼吸を整えていた。

 いつもはクールにしているメランニスが汗だくで顔色を悪くしていれば、兵士たちも何があったのかと心配にもなる。

「うまー」

 その中でラウェルカの可愛い声だけが上がっていた。


 その後、再度会議は始まったが会話は平行線。

 使者の男性が上に掛け合ったのだが、防衛省は承諾しなかった。

 結局、銀次たちは命令を全面拒否して江の島に戻って来た。   

「なるほどな」

 鎌倉で起きた事全てを波崎と校長に伝えていた。

「メランニスが出て来たか……」

 その一報は日本を恐怖に陥れた。

 たかが小さな島国一つ。メランニスが本気になればこの国は明日にでも滅ぶだろう。

 同時にスファーダ真教の援軍が太平洋側に現れたことにより、防衛省は混沌としていた。

 更に悪い事に二時間前、中国が制圧されたとの情報が入った。

 そうなると、あと数日以内には韓国も北朝鮮も台湾も制圧されるだろう。

 そうなればスファーダ真教の更なる援軍が日本海側からも進軍し、恐怖に飲まれた難民たちが暴動を始める。

 もはや、打つ手はないように思えた。


 場所は変わり、皇居の中庭。

 大規模な魔法陣が東京区全体を覆い、大規模召喚の準備が整っていた。

 中庭の中心にいるのは天皇とその妻、子供たち。

 そして真なる中心にあるのは一つの小さな薄紫色の欠片。

 その欠片には膨大な魔力が詰まっており、総理大臣の家が長年家宝として持っていたものであるが、今代の総理大臣が国の為、自身の家の発言力を強めるためと割り切って今回の召喚に提供したのである。

 召喚儀式が始まる。

 同時に辺りが揺れ始め、雪空には紫色の暗雲が立ち込めていた。

「な、なんだ!?」   

 薄紫色の欠片が音もなく天皇の目の前に浮かび上がり、禍々しい光を放っていた。

『ククク……余を目覚めさせてくれたこと、礼を言うぞ人間』

 何処からともなく全てを威圧させる声が聞こえてくる。

「な、何者だ!」

『憶え逝け、余の名は邪神スルト。破壊と殺戮を繰り返し、光の神を殺せし神なり。時空の全てを破壊し、多大なる世界に滅びをもたらす』

 天皇は一歩、二歩と欠片を恐れて下がる。

『ククク……これは余の感謝の気持ちだ。光栄に思うが良い』

 欠片は紫の閃光を一閃し、天皇の娘の心臓に飛び込んだ。

 彼女は意識を失って倒れる。

 そして、眼を覚ました。

「志那?」

 天皇は自分の娘に駆け寄って声をかける。

「ククク……」

 少女の口から不気味な笑い声が迸る。

「良き体だ。十に分けられし一つの余の力を受け止める素体、ククク……ハハハハハハハハハハハハ!!」

 少女は空中に浮かびあがり、辺り一面に魔法陣を展開する。

 辺り一面に炎の巨人、氷の巨人だけではなく、創成された魔物が放出される。

「あぁ……」

 天皇は後悔した。

 これは復活させてはいけない物だったと。

 辺り一面に広がるのは瘴気。天皇の体は徐々に毒される。

「あ……」

 気が付いた時にはもう既に死人となっていた。

 意識のある死人。自分の意志で体は動かず、たった一人の少女の命令で動く操り人形になっていた。

 ――誰か、止めてくれ!

 その叫びは無慈悲にもそれを空から見ていた黒衣の少女だけに届けられる。


「一つ、見つけた」


 黒衣の少女が手を翳すと到底一人だけでは成し得ないような魔法陣が出現し、次いで巨大な雷撃が落ちて皇居とその周辺、および邪神は消滅した。

 黒衣の少女は地上に降り、黒焦げた少女の元に降り、その手に薄紫色の欠片を手に取って満足気に拳を握りしめ、何処かへと去っていった。



 江の島では再び戦いが始まった。

 必勝の剣であるメランニスが前線に来て、更には滅多にお目にかかることがない教祖まで来ている。

 否応なくスファーダ真教の指揮は格段に上がっていた。

 対して江の島戦線はメランニスの登場により指揮がガタ落ちになっていた。

 そしてそのメランニスが日本の英雄、白色そっくりともなればやる気はより落ちる。

 その結果、戦場は明らかに劣勢になっていた。

「……一人の男がここまで戦況に影響を出させるとはな」

 拠点で指示を出し続けている波崎がぼやく。

 他人かもしれないとはいえ、見た目は元教え子。

 戦いたくないと思ってしまうのも仕方がないと言えた。

「急報! 江の島水族館付近にメランニスが出現!」

 そこへ最も来てほしくない一報が無線から聞こえた。

「分かった。その場にいる全員で足止めしろ」

 最低限の事を伝え、波崎は銀次、フェイラ、マーラ、ラミュエルへの無線を開いた。

 この中で一番遠いのは銀次であり、次にマーラ、フェイラ、ラミュエルである。

 フェイラは特に不安要素なのでラミュエルに託していた。

「四人共聞こえているな」

『聞こえてますけど、どうしたんですか』

『何でしょうか?』

『あまり余裕が無いので手短にお願いします』

『波崎先生、こっちも手一杯だからあまり無茶なこと言わないでくださいね』

 マーラの泣き言に、波崎は追い打ちをかける。

「メランニスが出現した。四人共、現場を即時殲滅もしくは撃退して江の島水族館に集合せよ」

『げぇ……』

「私が先に先行する。私が死ぬ前に来い」

『了解』

『分かりました』

『分かりましたわ』

『白色……』

「ラミュエル。分かっているとは思うが、フェイラに『シロイロミン』を投与しておけ」

『了解』

 無線が切れる。

 『シロイロミン』とはフェイラの『白色症候群』に対応できる唯一の特効薬である。

 鎌倉の一件以来、フェイラはまた精神崩壊を起こすかと思いきや、逆に安定し始めたのだ。

 フェイラはそれまで忘れていた白色の記憶と記録を全て引っ張り出し、求愛し始めたのである。

 要するに『シロイロミン』とは白色、メランニスに関する写真や記録のことである。

 ――しかし、それに困ったのは銀次たちだ。

 今までならばメランニスを討伐しても良かったのだが、フェイラがメランニスを『白色』として見立てているのならば、もしメランニスを殺害した場合フェイラは今度こそ死に至る崩壊を引き起こすだろう。

 それほどまでにフェイラは重症なのだ。

 つまり、波崎たちは死闘の末に殺さないでメランニスを捕獲する必要がある。 

「クソゲー……」

 波崎はそう呟いて愛剣の柄を掴む。

「後は任せた」

『はい!!』

 同僚たちの声を聴いて波崎は外に飛び出した。


 走り、走り、走った先にメランニスはいた。

 両腕をブレードに変え、周りには生徒たちがおびただしい血を流していた。

 波崎は激昂するのを何とか抑え、砂場に飛び降りる。

「メランニス……だったな」

「はい。何処かで会ったことが?」

「ホノルルの空港でな」

「……ああ、銀次君と一緒にいたお姉さんか」

「ほう、化け物時でも記憶があるのか」

「あとで憤死したくなるけどね」

「今死ね」

「手厳しい。もしかしてここら辺の人たちを倒したからか?」

 メランニスが血まみれで倒れている生徒たちを見る。

「そうだな。皆、私の生徒だ」

「先生だったか。なら、ご安心を。今の俺なら、十分に手加減出来ているから」

「う……」

「ぐう……」

 ――まだ息があるのか。

 波崎は少し安堵した。

「助けたいのならどうぞ。その間に俺は先に進むけどな」

「安心しろ、救護隊ならもう来た」

 波崎が背後に指差すとそこには自衛隊の衛生班が来ていた。

 メランニスは彼らを見て、生徒たちを助けて良いよ、と手を出す。

「救護を」

 波崎の言葉に押され、自衛隊員たちが警戒しながらも動く。

「っと! 間に合ったみたいだな!」

「開戦寸前だったみたいだがな」

「フェイラ、行くわよ!」

「はい!」

 メランニスは道路に泊まった大型車から出て来た四人を見て、特にフェイラを見て顔を引き攣らせる。

 波崎はその様子に首を傾げた。

「先生、そいつ、フェイラのことが苦手なんですよ」

 余計な事を! とメランニスがマーラを見る。

「ほう」

 それは良い事を聞いたと波崎が笑む。 

 そして両者が得物を構え、陣形を作る。

 前衛に銀次と波崎、中衛にラミュエル、後衛にフェイラとマーラ。

 最大にして最高の布陣と言える。

 その完成度が高く実用的な布陣にメランニスは表情を消した。

「手強い。ちょっと本気で行こう」

 メランニスの肩、胴、足に装甲が作られる。

 腰からは一本の尻尾を出して両手のブレードを構える。

「行くぞ!!」

 波崎の言葉に全員が動いた。

 銀次と波崎が左右から挟み込み、大剣を下段から振り上げる。

 メランニスは両手をクロスさせ、一気に振り降ろす。

 金属音が鳴り、火花が散る。

 メランニスの尻尾が大きく振られ、銀次たちとの距離を離す。

 タン、タンと二発の銃声音がする。

 メランニスは首を素早く動かし、その銃弾を噛み砕く。

「ッ!」

 あまり類を見ない対処法にラミュエルが驚く。

 メランニスが右手をラミュエルに向けて振るう。

 メランニスにしてみれば牽制の剣圧を飛ばしただけなのだが、ラミュエルは右に飛んだ。剣圧は砂浜を叩き割り、防壁の壁を斬った。 

「なんて奴だ」

 銀次は呟き、大剣を振り下ろした。

 回避され、尻尾の打突が襲い掛かる。

 ――しかも手数が一回分多い。

 尻尾は主に攻撃した方に反撃を返している。

 二人が同時に攻撃すれば回転して引き離す。

 単調な動きではあるが、厄介だ。

 銀次たちが一度距離を取るとそこにフェイラたちの氷魔法が降り注いだ。

 メランニスは腕を交差し、上空に向けて剣圧を飛ばした。

 それだけで氷は全て粉砕され、砂浜を湿らせた。

「いやはや……手堅く攻めにくい」

 メランニスが腕を下ろす。

 ブレードを収納し、代わりに鉤爪を作り出した。

 両手を地面につけ、背後にいるフェイラたちを見やる。

「銀次!」

「分かってます!」

 メランニスの狙いにいち早く気付いた波崎がフェイラたちの元へ駆け寄る。

 メランニスの肩甲骨から羽のような六対の棘が現れる。

「行きますよー」

 メランニスは勢いよく砂浜を蹴り、棘を両翼に伸ばす。

「くっ――」

 波崎は間に合わないと直感する。

 ラミュエルも銃を構え、銀次も大剣を投げ飛ばそうとする。

 それよりも速く、メランニスが二人を両翼で跳ね飛ばした。

 フェイラとマーラが宙高くに飛び、波崎とラミュエルが二人の落下を受け止める。

 それを狙ってメランニスは波崎に向かって尻尾を伸ばした。

「ウラァ!!」

 銀次は瞬時に大剣をビームモードに切り替え、貴重な一発を使用した。

「うっ――!」

 赤と黄色の粒子弾丸がメランニスを吹き飛ばす。

 尻尾も狙いが逸れ、砂浜に突き刺さる。

 波崎とラミュエルが無事に二人を抱えるのを見て銀次は安堵する。

「やるな……」

 メランニスを見ると、今の一発で左腕が吹き飛び、斬撃を受け付けなかった装甲も破損していた。

「ふぅっ」

 ズリュッという気持ちの悪い音と共に左腕が生える。

 装甲もミシミシという音が鳴って再生していく。

「植物かよ……」

「その例えは酷いな」

 しかし確かに戻り方が植物のそれなのだ。

「くっ――波崎先生、すみません」

 一瞬の気絶からマーラが気を取り戻す。

「ラミュエル、ありがとうございます」

「構わない。しかし、その手が使えるとなると厄介だな」

 どうするか、とラミュエルが考えていると海の方から警報が鳴った。

「警報?」

 メランニスが海の方を見やる。

 そして母艦からは緊急の停船命令が出ていた。

 同時に陸の方からも警報が鳴っていた。

「……一体何が起きたんだ?」

「何はともあれ、今日はここまでだな」

 メランニスが銀次たちを見て一礼し、すぐに海の方へと駆けていく。

 メランニスが去るのを見て、波崎たちも大剣を砂浜に突き立てた。

「くっそ」

 波崎が小さく吐き捨てた。

 自分と銀次が居ながら勝てなかった。その上、マーラとフェイラにも傷を負わせてしまった。

 もし、あのまま戦っていればどうなっていたか波崎にも先が見えなかった。

「とりあえず、一旦戻りましょう」

 ラミュエルの言葉に全員が頷いた。

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