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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
463/466

真光戦争7

グラたん「7話です!」


 そうして、時間は四日後の夕刻へと差し迫った。

「よし、行くぞー」

「おー」

「おー」

 波崎の気の抜けた掛け声にマーラとフェイラが拳を上げた。

 移動には成田行きの直通バスを貸し切りで学園から出発させる。

 空港に到着する頃には辺りは暗くなり、月が昇っていた。

 荷物を預け、搭乗時間になるまでフェイラたちは空港を見て回る。

 夕食を食べ、本や雑貨を見て、時間つぶしに購入する。

 やがて飛行機に搭乗する時間になり、搭乗ゲートへと向かった。

 飛行機内部に入るといくつかの部屋がある。

 普通のエコノミーやビジネスクラスならば椅子とサービスだけだが、マーラたちが予約したのはファーストクラスの一つの大部屋だ。

 部屋の中に入るとベッドが六つあり、中央には縦長のテーブルが置いてある。

 入り口付近にはクローゼットとスリッパもあり、ティーポットと紅茶が置いてある。

 まるで何処かの旅館のような部屋だ、と銀次は思う。

「でさ、何で俺も同じ部屋なわけ?」

 それはともかくとして、銀次が真っ先に思い当たったのはそれだ。

 銀次とて年頃の男子である。女子三人と女性一人の部屋で一緒に寝るなど論外である。

「あら、一人が良かったの?」

 対してマーラは不快感無くそう答えていた。

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

「マーラ、銀次が言いたいのは男性である自分が皆と一緒だと興奮して夜が眠れないということだろう」

 全く持って図星を突かれた銀次の顔が引きつる。

「ああ、それ? 安心して良いわよ。あんたにそんな甲斐性が無いことくらい分かってるから」

「んなっ――」

 銀次は反論しかけ、しかし反論の言葉が出ずに口だけがパクパク動いていた。

「それに、そんなことしたら外に捨てるから」

 マーラが飛行機の外を指差す。

 そんなことされたら間違いなく死ぬ、と銀次は思った。

「どうしてもっていうなら廊下で寝なさい」

「……部屋でお願いします」

 ――どうせ寝るなら温かいベッドが良い。

『間もなく発進致します。席に座り、シートベルトを締めてお待ちください』

 アナウンスが入り、銀次たちは手荷物を自身のベッドに置いた。

 椅子に座り、シートベルトを締めて待機する。

 少しして、飛行機が動き始める。

 滑走路に乗り、少しずつ加速していく。

 そして離陸していく。

 僅かにGがかかり、体が重く感じる。

 完全に離陸すると体も元に戻り、シートベルトを外した。

 サービスの飲み物も各自に行き渡り、部屋の鍵を閉める。

「さて……やるわよ!」

 マーラが取り出したのはトランプだ。

「トランプか。何をするんだ?」

「大富豪っていうゲームよ。ルールは知っているかしら?」

 マーラが皆を見ると、銀次と波崎は知っていて、フェイラとラミュエルは知らないようだった。

「それじゃ、ルールを説明するわね」

 大富豪というゲームを簡単に説明すると、初めにカードを切り、全員に札を全て配る。最弱のカードは3であり、最強がJOKER。

 並びは3、4、5……10、J、Q、K、A、2、JOKERとなる。

 自身の最弱札から出していき、一番最初に手札が無くなった人の勝利だ。

 ただし、最後に2とJOKERを残してはいけない。

 また、二枚出し、三枚出しの場合はそれを同じ数の枚数を出さなければいけない。

 例えば4を三枚出したとすれば次の人は5以上の数の札を三枚出す必要がある。 

 無ければパスと宣言し、その次の人へ手番を回す。

 そこまででとりあえず説明を終える。     

「最初の数回はルールを確認しながらゆっくりやるわよ」

 マーラがそう言いつつ、手際よくカードを配っていく。

「そうそう。カードは数字順に並べると分かりやすいわ」

 配られたカードを持ち、マーラは数字順にカードを並び替える。

「順番は席を時計回りよ」

 席は廊下側の左下から銀次、マーラ、波崎、フェイラ、ラミュエルの順になっている。

「俺が最後かよ!?」

「そうよ。理想的でしょ?」

 銀次がわざと負ける配置としては、と言外に伝える。

 どうしても最初の一回、二回は初心者が敗北してしまう。

 そうすると空気が悪くなったり次に続かなくなることがある。

 マーラはそれを避けるために悪い見本を銀次にやらせようとしていた。

 銀次もそれなりに悟り、溜息を吐いた。

 召喚獣と主の関係であれば、何も言わなくてもそれなりに理解出来てしまうのだ。

 しばらくしてカードを揃え終えたフェイラたちを見てマーラが3を出した。

 その後に続いて波崎が4を出す。

「次は6でも良いのですか?」

「大丈夫よ」

 フェイラが6を一枚出す。

 それを見てラミュエルが9を出した。

 銀次が10を出し、マーラがKを出す。

 そうして波崎が2を出した。

「えっと……」

 フェイラが少し困ったようにマーラを見た。

「この場合はJOKER以外に手は無いわ。最も、出す、出さないは自由よ」

「では止めておこう」

 波崎がわざわざ口に出した。

「もう一人は良いの? 出さないなら流すわよ?」

 もう一度見て、フェイラはカードを横に流した。

「次に出せるのは最後にカード出した人、だったな」

「はい」

 波崎が確認するようにマーラを見て、マーラは頷く。

 波崎は4を二枚出す。

「この場合、フェイラは5以上の数を二枚だす必要がある」

「分かりました」

 フェイラが出したのは7と8。

 ああ、やはりか、と銀次が苦笑いする。

「違うわ、フェイラ。この場合はこうするのよ」

 マーラが自分の持っている10のカードを二枚出してみせる。

「分かりました。……では、パスしますね」

 フェイラの宣言により、ラミュエルに順番が回った。

 思ったよりも呑み込みが早く、マーラは説明の手間が省けていた。

 ラミュエルはJを二枚出す。

「ぐっ――、パスだ」

「パスよ」

 銀次に続き、マーラもパスをする。

「パスだ」

「パスします」

 フェイラの二度目の宣言を聞いて、マーラが場にあるカードを流した。

「これで私の番だな」

 マーラが頷き、ラミュエルは3を出した。

 それからゲームは続き、ニ十分後に一段落を見せた。

「ぐああああ!!」

 銀次は頭を抱えた。

 銀次の手元に残っているのは7。

 対するのはフェイラの9のカード。

 ――銀次は素で負けていた。

 これにはマーラたちも驚いていた。     

「ルールは飲み込めたみたいね。それじゃあ、次行くわよ」

 ゲームはまだ続く。


 

 朝になり、窓の外を見るとハワイ諸島が見えて来た。

 アナウンスも流れ、銀次たちは荷物を纏め始めた。

 ホノルルに着いた後、トランクケースを銀次が持ち、外に出た。

 勿論、周りを見渡して白色の有無を確認する。

 ――流石にそう簡単には見つからないか。

 流石に夏ということもあり、一歩外は灼熱の地獄のようだった。

 マーラたちは事前に手配していたバスに乗ってホテルへと向かう。

 今回予約したのは海岸の傍にあるホテルだ。 

 三十五階建てというハワイの中でも有数の高級ホテルである。

 チェックインを済ませた後、銀次たちは目の前に広がる浜辺へ向かった。

 海は青というよりは翠色をしている。

 透き通るような水の中には僅かに魚が住んでいる。

 プライベートビーチということもあって客は少ない。

「任せたわよ」

「へーい」

 銀次は一人浜辺に取り残され、マーラたちが浜辺に設置されている厳重警戒の更衣室へと入っていく。

 この辺り一帯にはマーラたち専用のSPが潜んでいる。

 ――せめて手伝ってほしかった。

 銀次は浜辺の一角にテントを広げ、パラソル付きのテーブルを広げる。

 SPのおかげで盗難の心配は無いとはいえ、銀次は何処か落ち着かなかった。

 海。女子と海。

 つまりは水着と絶対領域。

 銀次は期待していない。例えばサンオイル、日焼け止めを背中に塗るイベントとか、海に水着が流されるイベントとか……。

 銀次は、決して期待していなかった。

 ふと、何もない隣を見てしまう。

 ――本当なら、あいつもここにいたのにな。

 銀次はそこに白色の幻影を見ていた。

 ふと、その先にいる団体に目がいく。

 約10人前後の男女グループだ。

 子供に、大人に、人種の違う人間たちが集まっていた。

「国際的だなぁ……」

 言語の違いとか絶対大変だろうな、と銀次は思う。

「待たせたわね」

 視線を外して振り返るとそこにはパレオタイプの水色の水着を着たマーラが居た。       

「お待たせしました」

 フェイラはタンクトップ型のピンク色の水着だ。

 その背後にいるラミュエルは肌をあまり見せないようにラッシュガードを着込んでいる。

「見惚れて声も出ないか、童貞坊や」

 そういう波崎は布面積が少なく、良く鍛えられた腹筋を見せつけていた。

「ぅおーう」

 赤面することも忘れ、銀次は一人で得役していた。

「さあ、遊ぶわよ!」

 銀次に感想を期待していなかったマーラは浮き輪を片手に海へと走り出す。

「おー」

「うむ」

 フェイラとマーラも続いて走り出す。

 その中に波崎がいないのを見て、銀次はパラソルの下、長ベンチに

横たわっていた。

「先生は良いんですか?」

「ふっ、子供じゃあるまいし、そこまではしゃぐ気もない」

 そう言いつつも泳いでいるマーラたちを若干羨ましそうに見ていた。

「ああ、泳げないんっすね」

 それを察して銀次が地雷を踏み抜いた。

 波崎は無言で立ち上がり、マーラたちから少し離れた砂浜に立った。

 そして銀次を手招きする。

「な――」

 何ですか、と言いかけて、波崎は銀次の足を引っ掛けて灼熱の砂浜に転ばせた。

 転んだ足を掴み、波崎は無言で回転していく。

「ま、ま、待って――」

 命乞いをする前に、銀次ははるか彼方の沖まで投げ飛ばされた。

 遠くで水飛沫が立ち上がった。     

 そして波崎は海の中へと入り、銀次の元へと泳いで行った。

 銀次を捕獲して浜辺に打ち上げる。

「ガッホッ! 泳げるなら口で言ってください……」

「どうせ信じないだろうと思った」

 銀次の恨みがましそうな視線を知らぬ顔する。

「さて、私はもうひと泳ぎしてくるがお前はどうする?」

 銀次は瞬時にイベントフラグが発生したのを予感した。

「行きます」

「そうか」

 銀次は何も期待しないで海へと入って行った。


 ザザーン、ザザーン。

「ボボボボボボボボボ」

 銀次は海の底で足が吊っていた。

 波崎は溜息を付いて銀次を救出した。

「全く、世話が焼ける」

 波崎は銀次の吊った足を掴み、海から上がると銀次を浜辺に放り投げた。

「準備運動しないからだ、馬鹿め」

「すぴましぇん……」

「そこでしばらく肌を焼いていろ」

 波崎はそれだけ言い残し、海へと入って行った。

 銀次は仰向けになり、足を延ばしていた。

 チリチリと肌が焼けていく。

 日焼け止めの効果がないのを実感している。

 ボムッ、ボムッとボールが飛んでくる。

 銀次は起き上がり、ボールを受け止めた。

「すまない」

 流調な日本語が聞こえてくる。

「ああ――」

 銀次は顔を上げ、彼を見上げた。

 そして、銀次はあっけに取られた。

「どうした?」

 彼は首を僅かに傾げた。

「――白色?」

 銀次は足が吊っているのも忘れて立ち上がる。

 黒い髪と瞳、良く知っている顔つきに声。

「お前……っ! やっぱり!」

 銀次は彼に詰め寄る。

 対して彼は数歩下がる。

「ま、待ってくれ。それは人違いじゃないのか?」

「そんなわけ――」

 あるか、と言いかけ、彼に左腕があることに気が付く。

 ――人違い?

 本当に生きているのだとしたら、今の白色には左腕が無い上に両足が吹き飛んでいてもおかしくはない。それに爆発したのだから火傷跡があるはずだ。

 その全てが彼にはない。

 急激に頭が冷えていくのを感じた。

 銀次は数歩下がり、頭を下げた。

「す、すまん!」

「いや、良いよ。多分、君が間違えたのって詩波白色っていう日本の英雄だろ? よく似ているから間違われるんだ」

 それにしては似過ぎていると銀次は思った。

「俺はメランニス。数週間前から彼らとハワイに滞在している。まだ数日はいるからまた何処かで出会うかもな」

「そっか。俺は銀次だ」  

 銀次は彼、メランニスにボールを渡す。

 メランニスは笑顔でボールを受け取り、彼らの元へ戻って行った。

 そして、思い出したように足がまた吊った。    


 パラソルベンチで休んでいる間、銀次はメランニスの事を考えていた。

 可能性は色々思い浮かぶ。

 最も濃厚なのが、別世界からきた白色の兄弟だという可能性だった。

「だとしても、英名は無いわな」

 メランニス。どう考えても日本人の名前じゃない。

 日本人ではあるだろう。生まれてから外国で過ごしていたのかもしれない。

 銀次は考えを振り払う。

 ――やっぱ、死んだことにしよう。

 白色を面影を彼に乗せてしまうのは自己勝手な気がしたからだ。

 銀次は起き上がり、マーラたちの方へと駆け寄った。


 一日全てを使い切って遊んだマーラたちはホテルへと戻っていた。

 本来ならば午後はショッピングするつもりだったが、予想以上に遊んでしまっていた。

 ――ちょっと勿体なかったかしら?

 個室のシャワーを浴びながらマーラは思う。

 そして途中から様子がおかしかった銀次のことを思い出す。

 銀次の様子は今尚おかしい。

 話せと言っても頑なに話そうとしない。

「ったく、何よ……」

 ――話してくれても良いじゃない!

 内心で吐き捨てる。

 シャワーを止め、タオルを頭に乗せる。

 体をふき終わり、ネグリンジェを羽織る。

 そのまま私室へと向かった。

 私室は一人一部屋あり、銀次とも離れている。

 ベッドに横たわり、眼を閉じる。

「何よ……」

 それだけ呟き、少しずつ眠りに落ちていく。

 

 次の日は昨日出来なかったショッピングをすることにした。

 ハワイはリゾート地でもあり、人口密度が高い。

 各所には氷魔法で作られた氷が置いて在り、風魔法による冷風が流れ続けている。

 銀次は昨日ほどではないにしてもふと気が付くと何処か心あらずだった。

 マーラは怒りよりも心配していた。

 その度に銀次は大丈夫だ、と答える。

 フェイラたちは銀次の様子に気が付いていない。

 常に近くにいるマーラだから気付けていた。

 チリンと風鈴の音が鳴る。

 何処から鳴ったのかは分からない。

「マーラ、そろそろ昼食にしようか」

 銀次がマーラの方を見て、マーラは頷いて駆け寄る。


 

 四泊五日という長くて短い時間はすぐに過ぎた。

「もう終わっちまったのかぁ……」

 ホテルの椅子で銀次が愚痴る。

 あれ以来メランニスの姿は見ていない。

 三日も経てば頭から抜け落ち、銀次は元通りに楽しんでいた。

 楽しい時間というのはいつもすぐ終わってしまう。

「子供ね……」 

 そう言いながら、マーラも少しだけ哀愁を漂わせていた。

「時間よ、行きましょ」

「……おう」

 銀次は立ち上がり、マーラと共に部屋を出た。      

 空港まで行くと搭乗時間はすぐに来た。

 少し早足に乗り込む。

 今回もまた部屋を一つ借りている。

 ――それから三十分が経過した。

 飛行機は依然として動かない。

「長いな」

 波崎がそう呟き、窓の外を見る。

 ちょうど物陰が動いた。

 ――人か? 

 波崎はそれを注視する。

 手には対人ライフルを持っており、来ているのは防弾アーマー。

 それも対魔法加工がしてある物だ。

 波崎は視線を外し、皆を見た。

「どうしたんですか?」

 波崎の表情が険しいことに気が付いたフェイラが問う。

「テロだ」

 波崎が簡潔に述べると銀次たちの表情が引き締まった。

「各自、戦闘準備に入れ。もし飛行機が離陸するようならその前に脱出をする」

 波崎が防弾加工してある室内の壁を叩く。

「ラミュエルはここでマーラとフェイラを何が何でも守れ。銀次は私と共に迎撃だ」

『了解』

 頷き、戦闘態勢を整える。

 五分後、部屋を出た銀次たちは機首へと向かう。

「何時になったら出るんだ!」

「もう三十分以上経ってるぞ!」

 そこにはスチュワーデスに事情説明を求める人たちが群がっていた。

「と、当機は未だ待機とのことです。席にてお待ち下さい」

「何故待機なんだ! 説明しろ!」

「テロだ」

 波崎が小型の拳銃とナイフで武装しているのを見て、彼らは驚く。

「て、テロ?」

「先程窓の外を見たが、テロリストと思われる連中が物陰から走っていた。恐らくこの空港一帯が占拠されているのではないか?」

 波崎が鋭くスチュワーデスを見ると、彼女は視線を下げた。

 もはや隠し立てしても無意味と悟り、頷いた。

「はい。残念ながら」

「そ、そんな……」

 死という可能性を見せつけられ、先程まで強気でまくしたてていた男性たちが黙る。

「登場ゲートが未だ繋がっているのも奴等の指示だろう」

「はい」

「ヒッ――」

 男性の内、一人が機内の後方へ逃げようとする。

「銀次」

 波崎がそれを言う前に、銀次は男性の腹に拳を叩き込んだ。

「ごはっ――」

 男性は目を見開き、ぐりんと目玉がひっくり返った。

「これ以上騒ぎを大きくし、不安を寄せることはしなくない。全員、黙ってそこの部屋に入れ」

 これ以上ないほどに波崎が威圧し、男性たちは黙って空き部屋に入っていく。

 鍵を外側から閉め、波崎はスチュワーデスに鍵を渡した。

「お前はここでこいつ等を見張ってろ」

「は、はい」  

「私とこいつで外の様子を見てくる。何、多少なりと実践を齧った程度の連中に遅れはとらん」

 そんなことは誰も聞いていない、と銀次は思った。

「いくぞ」

「はい」

 波崎に呼ばれ、銀次は追従した。

 搭乗ゲートはつながったままであり、波崎は扉を開けて外に出た。

 空港内に戻ってきた。

「ケキャキャキャキャ!!」

 そこには漆黒の化物がいた。

 バババババ、と銃撃音がする。

「ひぃ、ヒィ――」

 無様に泣き晒している姿はテロリストだ。  

 銃弾が化け物に当たる。当たって全て弾かれる。

 化け物は狂気の笑みを浮かべ続けながらその鋭い四本の爪でテロリストの胴体を裂いた。

 ドゥンとバズーカ砲の音がする。

 その弾は化け物に当たり、爆炎を巻き起こす。

「グレイトッ!」

 テロリストが拳を握りしめる。

「けひゃ」

 化け物が、舌なめずりをしながら振り向いた。

 そして背中から突き出ている長い棘が伸び、テロリストたちを串刺しにしていく。

 一方的な蹂躙。

 空港内はテロリストの血で染まり、人質の血でも染まっていた。

 化け物の全長は五m程度。顔はのっぺりとしていて、顎は細長く、口元は常に笑みを浮かべている。

 後頭部には長い七本の角があり、顔の中央には一本の縦線が入っている。

 腕は長く、骨のような物質が浮き出ている。

 そして両腕から肘にかけて長いブレードが生えている。

 爪は四本あり、黒く鋭く尖っている。

 両肩にはブレードがあり、右の背中には四本の羽のような棘がある。

 胴体には黒い外套を羽織っているが、纏えているのはその半分。

 残る半分からはムカデの足みたいな骨が生えていて体を覆っている。

 太ももから足にかけては筋肉質であり、肉の色は黒い。

 足の爪は二本あり、踵には逆爪が立っている。

 胴体から下には二本に分裂した尾があり、先端には矢じりのような巨大な棘がある。

 全てが黒光りしていて、化け物だ。

「ひぎゃあ!」

 背中の棘の一本がテロリストを捕まえた。

 自身の目の前に持っていき、テロリストは腕を掴まれる。

「クケ、ほら、ナイてよ?」

 テロリストの右腕を弄ぶ。

 クリクリと遊んでいると、ブチッという音がした。

「ぐああああああああああああああああああああああ!!」

 テロリストの腕が千切れた。

「あはっ、イイこえねぇ」

 次は左手を遊ぶ。

「ひゃぎゃあああああああああああああああああ!!!!」

「ぷちぷち、プリン」

 そして指で頭を左右から挟み、プチンという音を立て、頭部が飛び散った。

「こわれたったぁ~、ねぇ?」

 首を左九十度回転させ、銀次たちを見た。

 寒気が止まらない。

 あまりにも異常すぎる光景を見て、銀次と波崎は戦慄した。

 見れば今のが最後の玩具テロリストであり、残っているのは銀次しかいなかった。

「そこまでよ」

 最大の警戒の中で放たれたのは一人の少女の言葉だった。

 茶髪で十台前半の幼い顔立ち、瞳は青く、髪の毛はセミロングになっている。

 服はライトスファーダを思わせるような薄い黄色のワンピースドレス。

 足はヒールでは無く、動きやすいブーツを履いていた。

「エえぇ……」

 化け物はまるで玩具を取り上げられた子供のように唸った。

「彼女たちはダメよ。先にセレモニーしましょう?」

「ハぁい」

 化け物は大人しくいうことを聞き、人の姿へと変わっていく。

 少女は一度此方を笑顔で見た。

 その背後には屈強そうな男性や外人と思われる女性たちがいる。

 彼らは銀次たちを一瞥し、去って行った。

 完全にいなくなったのを見て、銀次は膝から崩れ落ちた。

 まるで思い出したかのように冷や汗が全身から噴き出て、断続的に寒気が襲う。

「ハ、ハ、ハッ……」

 息さえも止まっていて、急激に呼吸が苦しくなる。

 波崎でさえも数歩よろけた。

 数分後、呼吸が戻って来た銀次は呟く。

「なんだ、ありゃぁ……」

 あんな生物がこの世に存在するのか、と疑問にさえ思った。

「シャレにならん……」

 珍しく波崎が弱音を吐いた。

 二人して覚束ない足取りで機内へと進んでいく。

「あ――」

 スチュワーデスは二人が戻って来たのを見て、状況を聞こうとして、その顔色の悪さを見て、止まった。

「――テロリストは全滅していた。彼らが解放軍なら、もうすぐ次の指示が出るだろう」

 あまりにも弱々しい波崎の言葉を聞き、彼女は僅かに頷いた。

 それに構わず波崎と銀次は自室へと向かった。

 自室に入った二人はベッドに倒れ込んだ。

「ちょ、ちょっと!?」

「先生まで、何があったんですか?」

 普段の威厳ある波崎の姿しか知らないラミュエルたちはその変貌ぶりに驚いていた。

 そこへ、キィンと放送の始まる音が聞こえた。

「今、説明があるはずだ……」

 波崎は額に腕を当て、眼を隠した。

『あ、あ――。テステス』

 機内、空港内、ハワイ中、そして世界に向けて放送が流れた。

『ハロー、世界の皆さん』

 それは少女の声だった。

 恐らくあの笑顔を向けた少女だろうと銀次は推測を付ける。

『私はラウェルカ。スファーダ真教の創始者ですっ!』 

 とても元気の良い言葉が聞こえてくる。

『まず、ハワイの空港にいたテロりんたちは成敗したから安心してね? 一時間くらいしたら今ある便は飛ぶからちょぉっと待っていてね』

 その代わり、それ以降の便は全滅だ。

『でね、私たちの目的は世界征服なのでぇす!』

 その言葉に銀次、マーラ、フェイラ、ラミュエル、そして波崎も固まった。

『まずはアメリカ大陸を制圧しちゃうよ! 一週間くらいで!』

 誰も何も言わない。言えない。

 ――あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて。

『その先駆けとして、ここ、ハワイ諸島を私の領地にしまーす! イエイ!』

 少女はきっとブイサインを決めているだろう。

『以上! 私たちの世界に対する宣戦布告でしたぁ~』

 放送が終わる。

 場は、とても静かだった。

 

 一時間弱が経って、飛行機は発進した。

 誰も何も言わない、静かな空の旅だ。

「……何だったのかしら?」

 それなりに時間が経過した後で、マーラが皆に聞いた。

「悪ふざけ……と受け取れたら良かったんだけどな」

 銀次が独り言のように呟いた。

「どういうことよ?」

 銀次は一拍置き、天井を見ながら先の光景を伝えた。


 銀次たちが日本に帰還して数日後、アメリカ合衆国はスファーダ真教公国と改名した。

 それは世界中に報道され、同時にアメリカがスファーダ真教に敗北したことを告げていた。

 西暦3227年7月26日。

 世界はスファーダ真教公国を敵と認め、交戦を開始。

 第九次世界大戦の始まった日でもあった。


 ――

 時間は巻き戻って四月。

 ラウェルカたちスファーダ真教は日本政府が手にしている天使の書と魔族の書を手に入れようと、式典のある東京区へとやってきていた。

 天魔の書が保管されているのは皇居の三階。

 厳重体制の上、赤外線と金庫に守られている奥地だ。

 日本のスファーダ教の過激派の中にはラミュエルの頃から紛れ込んでいる部下がいる。

 名をシーダという。

 シーダはラウェルカの命を受け、スパイ活動に勤しんでいた。

 ラミュエルの場所が崩壊してからは裏切った過激派に付き、その行方を追っていた。

 そして日本政府に渡ったという情報を受け、実行に移そうとしていた。

 シーダは同時にアメリカの独立遊軍部隊という特殊部隊も兼任していた。

 式典が崩壊すると同時に彼は皇居へと忍び込んだ。

 流石にセキュリティは厳しく、突破には時間がかかった。

 しかし、シーダは天魔の書を手にした。

 シーダは定時になると過激派からアメリカの一兵へと身を変え、離脱を図った。

「くっそぉぉぉおおおおおおおおお!!」

 何処からかそんな雄たけびと爆発音が響いた。

 離脱したシーダは軍用の飛行機に乗り、アメリカに帰還していた。

 聞くところによれば日本はアメリカ、ロシア、フランス、ブラジル等々と極秘裏に同盟関係を結んでいて、式典に合わせて襲撃させていた。

 その目的がたった一人の少女だとは、誰ぞ知ることもなかった。

 首都ワシントンに戻ったシーダは天魔の書のレプリカを国に提出していた。

 提出を終えて廊下を歩いていると同僚が彼を誘っていた。

 同僚に誘われて実験室の方へ行くと、そこには半生半死の少年がいた。

 どうして日本人の少年が実験室の中に繋がれているのか、とシーダは問う。

 すると同僚は答えた。

「上官命令で半殺しにしてでも連れて来いってさ、あの英雄様をよ」

 同僚が見せたのは白色の告別式だった。

 確かに彼は日本では英雄扱いされていた。

 シーダは白色を哀れんだ。

 これから行われるのは非道な人体実験だ。

 元々、白色に投与されるはずだったのはアメリカの頭のネジが飛んだ軍医が制作した人体強化薬だ。

 人工的に肉体を強化するというドーピング剤だ。

 近年、DC菌というアメリカで見つかった万能薬を作れるかもしれないと言われている細菌がある。

 偶々、それを持っていたアメリカ兵が別の兵士と悪ふざけをしてDC菌を生成している試験管の中に落としてしまった。

 軍医はそれを見て、その試験管を投与してみることにした。

 てっきり怒られると思っていたアメリカ兵たちは逆に寒気を覚えた。

 そして、彼はそれを白色に飲ませた。

 不運は終わらない。

 実験室の隣は召喚士たちの議論場になっていて、自身等の理論を確かめるため召喚魔法を唱えていた。

 それが、シーダが懐に隠し持っていた天魔の書が呼応してしまった。

 シーダは自身が光っていることに気付き、本物の二冊を取り出した。

 天魔の書は光り続け、実験室の強化ガラスをすり抜けて白色の上に浮遊していた。

 そして召喚魔法が発動し、天魔の書はより一層強く、黒く輝いた。

 魔法陣は白色の体を包んだ。

 天魔の書は壊れ、溢れ出た瘴気が白色の体を包んでいく。

 ――しばらくして光が収まる。

 シーダが最初に見たのはお面のような顔だった。

「ァー」

 次の瞬間、何かが強化ガラスや壁を突き抜けて行った。

「ァーハァー」

 何かの機械音のような声が上がる。

 ガラスが割れ、建物に罅が入る。

 ガラスが粉々に砕け、五mを超える化け物による一方的な蹂躙が始まった。

「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッ!!」 

 不気味な笑い声が辺り一面に木霊する。

 全てを捨て、シーダはその場から逃げ出した。

 結果的に、ではあるがその選択は正解だったと言える。

 ワシントンの落盤事件。

 それは壊れた化け物による災害だった。

 アメリカの政府はそれを隠蔽し、軍を派遣した。

 チェロキー森林大炎上。

 マイアミ襲撃事件。

 バハマ諸島、世界地図から消える。

 第二次キューバ危機。

 メリダ海岸大炎上。

 メキシコシティに巨大生物現る。

 ロサンゼルス襲撃事件。

 ――これらがたった一週間の間で起きた事件であり、同一人物の犯行だと誰が思うだろう。

 銃でも、剣でも、バズーカ砲でも、ガトリング砲でも、戦車砲でも、ミサイルでも、大規模な合成魔法でも、果ては水爆を立て続けに受けても、ほぼダメージを受け付けない災害。

 アメリカ政府は本格的に化け物を災害に指定した。

 それでも、スファーダ真教に落とされるまで面子を保っていられたのは疲れ果てた白色を逃げ帰ったシーダたちがやっとの思いで捕獲し、サンフランシスコにある基地へ連れ帰ったからだ。

 基地に着く頃には白色は元の人間の姿へと戻っていた。

 DC菌の再生により、腕も、足も、ただれていた皮膚も修復していた。

「いや、ヤバイでしょ」

 最初に白色を見たラウェルカが言った言葉がそれだった。

 それを聞いたのか、白色は目を覚ました。

 当然、シーダたちは最大限の警戒をする。

 それを無視するかのようにラウェルカが白色の手を取って笑顔を向けた。

「ね、あなた名前は?」

「……?」

 白色は首を傾げた。

「ラウェルカ様、彼は日本人ですから日本語の方が確実かと思われます」

 さりげなくシーダが口にするとラウェルカは頷いて言い直す。

「あ、あー。あの、ワタシはラウェルカ。ここは私の基地。あなた、名前は?」

 今一つ片言ではあったが、彼はそれを理解した。

「――俺は、誰?」

 その言葉にラウェルカは驚いた。

「ありゃ、記憶がぶっ飛んでるのかな?」

 それは面倒くさいことになった、とラウェルカは思う。

「記憶喪失かぁ……」

「記憶、喪失?」

「そだよ。名前が思い出せないならしょーがない。私が付けてあげよう!」

 ラウェルカは彼をじっくり見つめ、その瞳の色で思いつく。

「ブラック……そうね、黒色メランニスはどう?」

 安直である。

「メランニス?」

「そ、記憶が無いなら私に仕えなさい。世界を征服するために、ね」

「分かった」

 彼、メランニスは頷いた。

 ラウェルカは満足げに頷き、シーダは苦笑いした。

 この日、スファーダ真教は世界を滅ぼす力を手に入れた。


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