表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
459/466

真光戦争3

グラたん「3話です!」


 場所は変わり、デパート内部。

「眼が覚めたか」

 気絶した白色は朧気な意識の中、少し高い声の主を見る。

 金色の髪、青の瞳。一目で外人だと分かる容姿をしている。

 若く、将来も有望そうな青年だ。

 白色は意識が戻り、彼の顔を認識する。

「まずは君に敬意を表そう。この腐敗した社会の中で君は一途の思念をやり遂げた」

「……ここは……」

「君にとっては残念ながらデパート内部だ」

 白色はその言葉を聞いて完全に覚醒する。

「フェイラ……ッ」

 起き上がろうとする白色を青年はそっと抑えた。

「彼女には逃げられたよ。君の性でね」

 白色は青年の言葉を聞いて力が抜けた。

「状況を説明しよう。君はデパート内部に戻され、我々の人質となっている。そして君は両の足を負傷している。動かない方が身のためだ」

 白色は足に目を向けると両足が固定されていることに気付く。

 同時に人質は一か所に集められているが、飲み物や菓子などを配ってる。

「なんでそこまでする?」 

 白色は疑問を覚えた。

 何故テロリストの彼らがここまでするのか、と。

 ただのテロであれば自分の足など放置しておけば良いのに、と。

「もう報道はしているが、我々は君たちに危害を加えるつもりはない。武装している私たちが言っても説得力はないけどね。人質と言っても威嚇射撃や逃走者を撃つだけで実際に殺したことはないんだ。スファーダ教で殺しはご法度だからね」

「……スファーダ教?」

 白色の疑問的な声に青年は驚いた。

「スファーダ教を知らないのかい? このご時世で?」

 白色は頷く。

 青年はそれにまた驚く。

「ライトスファーダはいくら君でも知っているよね?」

 青年の言葉に白色は頷く。

「私たちはそのライトスファーダを崇める信徒だ」

 白色は授業で習ったばかりの事柄を思い出す。

 ――確かライトスファーダというのは261年前に現れた災厄。数百万という人間を殺した未曾有の災害。その姿は人型で少女のような光の姿だったという。

「ライトスファーダは災厄と呼ばれている。だが、それは間違いだ。我々は知っている。ライトスファーダは自ら人間を殺していないのだ」

「……どういうことだ? それじゃまるで――」

 白色の言葉に続けるように青年は言う。

「そうだ。政府が事実を改変している」

「証拠はあるのか?」

 白色がそういうと青年は懐から一冊の教本を取り出した。

 そしてその中から一説を白色に見せた。

「これは260年前に書かれた教本の写しだ。世界各地にも同じような本があるが、これはその一冊。政府はこの写しを全て焼き払うためスファーダ教を敵に仕立て上げている」

 もしそれが本当なら、と白色は考える。

 そしてその一説を注視する。

 『光の少女はただそこにいるだけで世界に影響を及ぼした』

 『少女は資源を生み出し、人々に豊を与えた』

 『欲深い人間たちは光の少女をわが物にせんと少女を攫い、幽閉した』

 『少女は衰弱した』

 『強欲な人間たちはより多くの資源を貪り、少女は日に日に死に近づいた』

 『欲は他国にも知れ渡った』

 『人間はそれを良しとせず、我が物だけにしようとした』

 『程なく戦争が始まった』

 『少女に与えられたのは人間の欲と憎しみだけ』

 『戦争は長く続いたが無限の資源を手にした人間たちは勝利をし続けた』

 『憎しみは憎しみを呼び、悲しみを作り、怒りを作った』

 青年は悲しそうな目で次の章を開いた。

 『やがて少女は限界を迎えた』  

 『少女の生み出した資源は全て灰に変わった』

 『人間は怒り、少女を殺そうとした』

 『少女は何もしなかった』

 『何もせず、人間は人間を殺し合った』

 『少女は何もしていない』

 『人間は少女が殺したと情報を与えられ、少女に牙を剥いた』

 『少女は地上を彷徨った』

 『彷徨い、元の場所へ帰る道を見つけた』

 『少女は振り返る』

 『そこには怒り狂い、憎しみで自身を見つめる人間がいた』

 『少女は悲しそうにそれらを見ていた』

 『一人の青年は真実を知った』

 『少女を元の世界に返してあげようと道へと逃がした』

 『少女は青年に希望を見つけた』

 『だが青年は人間でしかなかった』

 『青年は少女と対峙し、少女を帰り道に押し込んだ』

 『少女は見つけた希望を失い、絶叫した』

 『声は誰も届かず、少女は消え去った』

「これが261年前の真実だ」

「これが……」

 白色は二度目の常識が覆された。

「政府がこれを焼き捨てようとした目的は分からない。何故、この話を開示しようとしたのかも不明だ。だからこそ私たちは守らねばならない」

「希望、か」

「そうだ。本来なら、発言の権利があるならば私たちとてこのようなテロリズムなどしない。だが、こうでもしなければ私たちは発言の権利すらないのだ」

 権利がない。それは白色にも分かってしまうことだった。

「今回、この作戦が成功すれば私たちの発言は世界へと爪痕を残す。私たちが捕縛されても希望の種は残る」

「自分を犠牲にしてでも種を残そうとするのか」 

「そうだ。だからこそ君の行動は私たちに称賛される行為だった」

 白色は納得する。

「なあ、一つ良いか?」

「何かな?」

「スファーダ教は皆、お前たちみたいな奴等なのか?」

 青年は少し残念そうに首を振った。

「いや、違う。スファーダ教は主に貧民や平民、傭兵が信仰する宗教で穏健派と過激派に分かれている。私たちは比較的穏健派だと思っている」

「だろうな」

「リーダー! 連絡が来ました!」

 そこへテロリストの一人が青年に声をかけた。

「分かった!」

 青年は移動しようとして一度止まる。

「言い忘れていたことがあった」

 青年は白色を見て僅かに頭を下げた。

「先程君を撃ったのは私だ。すまなかった」

 そう言い、青年は駆けだした。

「良い腕しているな」

 白色は駆けていく青年にそう返していた。


 青年はテロリストたちの元へ来ていた。

「それで解答は?」

「それが――」

 中継を見てみると防衛大臣の姿が映っていた。

『テロリスト共はあの邪悪なるスファーダ教です! 人質と言いながらも要求を飲んだ後で殺すことでしょう!』

 中継画面の右端に小さな画面が映される。

『ご覧ください! これが奴等の実態です!』

 そこにはデパートの屋上が映し出されていた。

 屋上には数人の人質と人質を落とそうとしている光景が映されていた。

「そんな馬鹿な! 誰か、今すぐ確認を取ってくれ!」

「はい!」

 青年の指示に従って数名が屋上の階段へと駆けだした。

 画面の中では人質が屋上から突き落とされようとしていた。

『奴等は卑劣です! このような卑怯な手段を使っているのです!』

 あと数歩も歩けば人質は落下するだろう。

 そこへ別のテロリストが現れ、彼らを撃っている。

「リーダー! 確認取れました!」  

 無線から通信が入る。

「此方も今の映像を見ている。事実だったのか?」

「はい。彼らも無事です」

「そいつらを捕らえ、引き摺って来い」

「了解!」

 通信が切れ、青年は安堵する。

 画面を見るとキャスターたちが議論している。

『仲間割れですかね?』

『同じテロリスト同士で、ですか?』

『スファーダ教と言っても過激派と穏健派がいますからね』

『どっちにしても危険なのは変わらないでしょう』

「……過激派か」

 青年が呟くと彼らも頷く。

「まさか政府は過激派と手を組んだのか?」

「それこそまさかです。ですが、完全にあり得ないとも言えません」

「……ともかく出方を見るしかない」

「それは不味いと思うぞ」

「なに?」

 発言したのは白色だ。

「人質が何を――」

「こんな人質とも呼べない扱いして置いてよく言う」

「ぐっ――」

「良い。それで君は何が不味いというんだ?」

「外を見て見ろ」

 白色の言葉を受け取り、窓の外を見る。

「――っ」

「リーダー?」

 少し不安そうに彼らは声をかける。

「確かに不味い事になったな」

 外には対防弾重動鎧グレードアーマーを装備した自衛隊がいる。

 手には防弾盾シールド十経口小型銃スタンライフルを持っていた。

 そして上空にはガトリング砲を装備したヘリが数台待ち構えていた。

「普通、過激派ならもっと強行に事を進め、人質が数十人死んでいておかしくない状況だ。つまり政府は穏健派のやり方を知っているんだ」

「我々が誰一人殺さないから強行突破して人質を解放しようとしているのか?」

「そうだ。そして恐らく既に逃走経路は潰されているだろう」

 テロリストたちの表情が一気に優れない物へと変わっていく。

「り、リーダー! 奴等が侵入してきました!」

 そして窓を見張っていた一人が声を上げた。

「ッ! 仕方ない。現時点で人質は全て解放! 我々は血路を開く!」

 青年の言葉に従い、彼らは動き出す。

「もっといい方法がある」

 同時に白色はそう言っていた。

 青年は白色を見る。

 白色は自信を持って彼らに作戦を告げた。 


 結局居ても立っても居られなくなったフェイラたちは事件の現場に来ていた。

 見物人や人質の親、子供もそこにいた。

 現在は自衛隊が救出作戦を展開し、デパート内部に入っていた。

『人質を解放しろ!』

『お前たちは包囲されているぞ!』

 定番とも言える言葉を並べているのは警察だ。

「ん、おい、あれ!」

 誰かが指を差す方向に視線が集まる。

 正面の入り口が開かれていく。

 自衛隊は移動し、包囲陣形を取る。

 中から出て来たのは人質と武装したテロリストたち。

 人質は背中に銃口を突きつけられていた。

「白色……」

 フェイラはその最奥から車椅子に乗って出てくる白色を注視していた。

 同時にフェイラは口元を抑えていた。

 白色の頭に拳銃を突きつけられていたからだ。

「あいつ……ッ」

 マーラが短杖を向けようとして銀次が抑え込む。

 そして人質を分けて白色と一人のテロリストが前に出た。

 同時に自衛隊の隊長も前に出た。

「貴様がテロリストの親玉か」

 隊長が防弾盾を構えながら交渉へと移る。

「そうだ」

「大人しく人質を解放し、投降したまえ。君たちが穏健派なのは既に調べが付いている」

「だから?」

「投降しない場合、我々は強行奪還も止むを得ないと考えている」

「なるほど。ならば、我々は現時点で過激派になろう」

「何っ?」

 青年は白色の頭に拳銃を強く突きつける。

「我々の要求は二つ。一つはスファーダ教に対しての偏見を改めて欲しい。二つ、我々を全員見逃せ」

「冗談も大概にするんだな」

「そう思うか?」

 隊長は気にせず手を振り上げ、隊員たちが一斉に構える。

「最後の警告だ。人質を全員解放し、投降しろ」

「此方も警告だ。一がダメでも二を頷け。もしくは人権を寄越せ」

「話にならんな」

 隊長が手を振り下ろす。

 同時に青年は引き金を引いた。

「白色――――ッ!!」

 フェイラの悲鳴と共に銃声音が響き、白色の頭部が散血した。

 白色は吐血し、力なく項垂れた。

 フェイラはそれを見て、膝から崩れ落ちた。

「なっ! 馬鹿な!」

 そこらから悲鳴が上がる。

「次はそこの女だ」

 青年は幼い少女に銃口を向ける。

「ヒッ!」

「ま、待て! 今、上とかけあ――」

 再度銃声が鳴り、少女の胸から血が溢れだす。

 少女はうつ伏せに倒れ、地面を血で濡らした。

「次はそこの男だ」

「待て! 二つ目の要求は呑む! 全員道を開けろ!」

 隊長がすぐさま命令を出す。

「た、隊長!」

「人命優先だ!」

「しかしそんな命令は――」

「命令なんぞ待ってたら数十人の死体が出来上がるぞ! さっさと道を開けろ! これは命令だ!」

 隊長の命令に従い、隊員たちが左右に分かれていく。

「行け」

 青年は部下に命令を出し、少しずつ退却を始める。

 隊長はその逃亡を見ていることしか出来なかった。

「来い」

「きゃっ!」

 青年は別の一人を人質に取る。

「何をしている!」

「我々が完全に逃げ切るまで人質は取らせて貰う」

「くっ――他の人質を優先しろ!」

 隊長の命令に従い、隊員たちがゆっくりと動き、半円を描くようにお互いが移動していく。

 フェイラたちも動き、白色の元へ駆ける。

 青年は一度白色を見て、視線を戻す。

 テロリストたちは地下へと続く道へと逃げていく。

「やはり貧民街の奴等か……」

 しかし、と隊長は考える。

「バックに誰かがいると見た方が良さそうだな」

 拳銃にサブマシンガン、軽装動鎧。ただの貧民街の者では手に入れることも出来ない装備品だ。

 青年は一気に逃げ切れるところまで来ると少女を手放した。

 そして煙幕筒を投げる。

 隊員たちは盾を前面に出しながら移動し、少女を保護する。

 煙幕が晴れた時、そこにテロリストの姿はなかった。

「ちっ」

 隊長は舌打ちと共に被害状況を確認する。

「ちぃ」

 もう一度浅く舌打ちする。

 撃たれたはずの二人の内、心臓を撃たれた少女の姿がない。

「うわあああああああああああ!!」

 フェイラは白色の遺体に泣きついていた。

 マーラは幾分か落ち着いて白色の脈を取るが、首を振った。

「痛い」

 死体が喋った。

 酷く泣いていたフェイラは体を大きく振るわせて飛び退いた。

「し、白色?」

「嘘でしょ……確かに脈は無かったはずよ」

 さしものことに銀次もマーラも驚いている。

 実の所、これが白色の作戦でもあった。

 血糊はアクリル絵の具の赤と黒を混ぜた物。

 脈が無かったのは頭部にスタンバレットを直接打ち込まれて感電していたからだ。

「し、白色ぉ――!」

 フェイラはまた泣きながら白色に抱き着いた。

「ど、どうして生きてるのよ!」

 マーラの言葉に白色は横たわったまま答える。

「あいつ等、やっぱり穏健派だ」

「完全にしてやられたということか」

 隊長もそれに気付いて白色たちの元へ来ていた。

「作戦については黙っていろ、と脅されていました」

「そうか。くそっ」

 隊長が嫌そうに吐き捨てる。

「とにかく無事で良かった。もう間もなく救急車が来るだろう」

「はい」

 遠くから救急車が来ている音が鳴り響いていた。


「ああ、くそっ!」

 アジトに戻った彼らはサブマシンガンを捨て置いて座り込んだ。

「あいつの作戦が無かったらマジでヤバかったぞ!」

「今度こそ死ぬかと思った」

「……そうだな」

 金の長髪を揺らめかせながら青年――否、彼女は防弾兜を外した。

「お嬢、帰ったんですかい」

 奥から現れたのは数人の男性たち。

「ああ。作戦は残念ながら失敗だ」

「いや、被害ゼロで帰還出来たのはでかい。作戦はあっても命がなけりゃ意味がねぇ」

「そうだな。プラン2と3はどうだった?」

「こっちは成功です」

「プラン3も成功しました」

「プラン4は?」

「こっちは失敗だ。自衛隊が重火器持ってきやがった」

「被害は?」

「三人が負傷、四人死んだ」

「くっ」

「四つ中二つ。上出来だ」

「だが……」

「皆納得の上でやってんだ。今更うじうじなさんな」

 彼女は奥歯を噛み締め、頷く。

「お嬢は俺たちの希望なんだ。次の作戦も期待してるぜ」

「お嬢のためなら俺も頑張れる」

「次の指示、待ってるから」

 彼らはそう言って解散していく。

 自分の部屋に戻った彼女は拳を強く壁に打ち付ける。

 地下に隠れ住む彼らにとって土は身近なものだ。

 殴りつけても殴りつけてもそこにある。

「ギリー、ウミルデ、隼人、宗次。すまない」

 壁に額を打ち付けて彼女は泣いた。

 少しの後、彼女の眼に涙は無かった。

 彼女の思考は前に向く。

 寝床に横になり、彼女は彼女たちを逃がすために策を建ててくれた彼を思い浮かべた。

 そしてふと気が付く。

「そう言えば、お互いに名乗って無かったな」

 名前も知らない相手を助けた。不思議だ、と彼女は思う。

「皆、あいつみたいな奴なら良いのにな……」

 何処までも遠く、彼を思い浮かべる。

 手を伸ばし、彼の勇士を思い返す。

「あの少女が羨ましい」

 一度取り逃がし、入り口で彼に駆け寄って行った少女。

 あれがもし自分ならどれだけ幸運だっただろう。

「羨ましい……」

 誰にも届かない声は虚空に響いて行った。 



 事件から二日後の学内は色々な意味で騒然としていた。

 フェイラへの陰口は当然として、もう一つは校庭で走っている銀次だ。

「ぬおだりゃぁあああああああああ!!」

 上半身真裸で走っていればそれは目立つ。

「はぁ……」

 学内でもマーラの溜息の回数はかなりの数に上る。

 それというのもこの間の事件を機に銀次は波崎に本格的な実戦訓練を頼み込んでいたのだ。当然ながら波崎は不気味な笑みを浮かべ、軍事用のメニューを持ち出して銀次にやらせていた。

 マンツーマンということもあり銀次が弱音を吐けばその背を波崎が容赦なく叩いて叱咤する。銀次が自らそうしてくれと言おうが言うまいが関係ないと言っておく。

 しかし人間という生物は向上心が出れば出る程その成長は目を見張る。努力が全て報われるとは限らないが、肉体的戦闘的なことに関していえば努力した分だけ報われる。

 たった数日で目に見えるほど劇的な変化はないが、銀次のやる気に火が付いたのは間違いなく白色の存在と先の事件だろうと波崎は考える。

「お願いします!」                

 銀次の訓練に休み時間は無い。そんあものを必要としないと言わんばかりに猛特訓に励んでいる。

 波崎が教えられるのは体術と剣術だ。ナイフの基礎的な動作から剣、刀、そして己が最も得意とする大剣だ。銀次の体格は良いため通常の直剣よりも大剣を教えようと波崎は考えていた。

 銀次は慣れない大剣を下段に構える。大剣の構えは基礎的に上段、正中、下段の三つだがその中でも隙が少ない下段を銀次は選んでいた。波崎も基本的には下段からの攻撃に始まることが多いため自身のスタイルを銀次に教え込んでいた。

 波崎は教えることが楽しかった。通常のカリキュラムでは直剣や細剣が多く、大剣を教える生徒は居ない。理由の一つとして戦闘は召喚獣に任せることが多く、自身等は後方から魔法攻撃や回復、支援を行う方が多いからだ。軍でも主に槍や遠距離武器が多く、純粋な近接戦闘型は居ない。そのため波崎の教えはより一層荒々しく、その笑みは銀次に死の恐怖を覚えさせていた。

 訓練は全て試合だ。基礎的な動作以外は必死に自分で習得するしかない。波崎は銀次を叩き潰すつもりで大剣を振るい、吹き飛ばす。

「どうした! これが耐えられねば死ぬだけだぞ!」

 叱咤激励。もし銀次が戦場に立つのであれば死なないだけの技量を身に着けさせる必要がある。付け焼刃は要らないし、小手先の技術など毛頭教えるつもりは無い。

 波崎が教えるのは遠心力を利用した必殺の一撃と相手の攻撃を見極めて避け、防ぎ、斬る動作だけだ。特に大剣を扱うならば前線に立つのは必然であり、単純な力比べ、足腰の強さ、大剣を振るう速度で負ければ即死に繋がる。

「ぐっ!」

 吹き飛ばされた銀次はすぐに体勢を立て直して波崎の追撃に備える。

「そらっ!」

 波崎の攻撃は容赦がない。銀次は反射的に大剣を盾代わりにして波崎の薙ぎ払いを受けるがそれでも足腰の踏ん張りが効かずに吹き飛ばされる。

「ぐはっ! まだまだぁぁあああ!!」

 銀次も気持ちは負けていない。何度吹き飛ばされようとも立ち上がり、すぐに攻勢に出る。波崎から見れば銀次の大剣を振るう筋力も速度も足りていない。

 しかし避けることだけはせず、正面から受け止めて弾き、銀次の顔面に強烈な薙ぎ払いのカウンターを叩き込んだ。

「ぶっ――」

 銀次はまた吹き飛ばされて地面を転がる。

「あいつまたやってるよ」

「よく飽きないね」

「ドMか?」

 校舎からはそんな笑い声が聞こえてくるが、銀次は集中を乱すことは無い。他のことに気を取られているほど波崎は甘い相手ではないのは何度も吹き飛ばされている内に分かっていた。だからこそ銀次は波崎だけを見て大剣を構える。

「はぁ……」

 そんな銀次たちを見て、マーラは少し嬉しそうな溜息を吐いた。


 放課後、マーラは図書室へと来ていた。

 図書室には魔導に関する本から文学小説まで幅広く置いてあるがそれらを読む者は余程勉強熱心な者以外はいない。もしくは静かに本を読んでいたい者に限られる。

「よし、やるわよ」

「はい」

 マーラとフェイラは先の事件以来、放課後は図書室に来ていた。

 銀次だけ頑張らせておくのは主人としても唾棄すべきことであり、マーラは努力する必要性を十分に理解していた。しかしフェイラを誘ってはいなかった。マーラが努力するのは銀次の飼い主であり威厳を保つためであり、フェイラのことはまた別の問題だったのだが、フェイラも自らだけ逃げたことを悔いていたため、せめて何か白色のためになればと図書室で魔法の勉学に励んでいたのだ。

 マーラはそれを見て放置するほど人でなしではない。フェイラのやる気があるのであれば教えるし、共にライバルとして勉学に励む方がより良い効果を発揮することを知っていた。

 マーラが読んでいるのは高等魔法の本と魔法をより早く実践的に使えるようになる教本だ。それを視つつ、ノートに書き留めていく。魔法の基本は書き取りと詠唱であり、詠唱を憶えられなければ使う事すら出来ない。しかし魔法にも適性があるためどんなに努力しても使うことの出来ない属性というものは存在する。

 マーラは元から素質があるため一通りの魔法は使える。その中でも火と土は得意な方だ。苦手なのは回復系の魔法だが、銀次が前線にでれば確実に必要となるため最低でも中級、可能であれば上級の回復を習得しておきたかった。

 当然ながら上級の詠唱は長い上に魔力の消費が激しい。そもそも中等部で習うのは中級までであり、高等部で得意な系統の上級を習得する。苦手な属性はそのままということの方が多く、また習得する必要性はあまりない。それは世の中には自分が苦手とする属性を得意とする者がいるため適材適所と考えているからだ。

 変わり、フェイラはどの系統も苦手だ。召喚士も魔法師も致命的に向いていないと言って良い。白色を召喚した召喚式ですら自身の魔力をほぼ全て使ったほどだ。そのため今のフェイラに必要なのは魔力の大幅な増強と中級魔法の習得だ。マーラと比較すると数十段も劣ってしまう所業だが、その度に白色のあの惨状を思い出しては気を引き締めて体内の魔力を限界まで酷使する。

 魔力は生まれつきが大きく、持っている者と持たざる者に分かれる。現在のマーラの魔力がBであり、フェイラはE。あまりにもかけ離れているがフェイラは努力を止めない。

 夕暮れになり、二人は寮へと向かう。白色は未だ入院中のためフェイラは一人だ。白色が居ない時に戻ってしまったように静かな部屋でフェイラは教本を開く。他人の数倍以上の努力をしなければ上にはいけない、白色は強いが無敵ではない。不甲斐ない自分に何度も言い聞かせて叱咤し、魔力を練り、空にしていく。

 いつしか気絶するまでそれは続いて朝になれば少し気だるい体を起こして授業へと向かっていく。その点、フェイラと銀次の不器用さは似ているためマーラは学内でフェイラを見る度に自身の練習も兼ねて回復魔法をかけるというサイクルが出来上がっていた。


 

 一週間後。

 骨折が治った白色はようやく退院許可を得ていた。

 その隣には未だ心配しているフェイラの姿。

 その後ろにはお見舞いに来ていたマーラと銀次がいた。

 本来なら数日で退院だったのだが、一週間も掛かってしまったのは事情聴取と発熱の影響だ。

 そして今日、退院祝いということで学食パーティーをすることになっていた。

 学園に戻ると現場にいた野次馬やその他の生徒たちが白色の元に駆け寄って来た。

 何で生きているのか。

 テロリストに何をされていたのかを聞かれていた。

 白色は自分が見たことをそのまま伝えたが、微妙な顔をされていた。

 簡単なパーティーが終わり、白色とフェイラは部屋へと戻っていた。

「おお……」

 部屋に入るとそこには大量の木材が廊下にまで放置されていた。

 部屋の内部はそれなりに修理されていたがそろそろ床が抜けるだろう。

「で、その修理に銀次が付き合うということね」

「俺だけかよ」

 マーラの言葉に銀次は嫌そうな表情になる。

「あら、私、箸より重い物持ったことないわ」

「その短杖の方が重いけどな」

 と、余計なことを言い、頭部を叩かれる。

「痛ぇ!」

「ほら、さっさと直しなさい!」

「へいへい」

 銀次は溜息を付いて釘と金槌を持つ。

 白色が復活したため、予定していた部屋の大がかりな修繕を四人は決行していた。

 最初は床を直すため今ある家具を全て外に出す。

 当然、四人という大人数が入ったため床は陥没した。

「それにしても不思議だよな」

 寝台を運んでいると唐突に銀次がそんなことを言った。

「何が?」                

「出会った頃あいつ、フェイラのこと嫌っていただろ」

「ああ、なるほど」

「失礼ね!」

 それが中まで聞こえたのかマーラが顔を覗かせる。  

「あんたたちが無駄に仲が良いからこっちもそれなりの付き合いをしているだけよ!」

「その『それなり』で部屋の修繕まで手伝うかね……」

「無駄口より手を動かしなさい!」

 マーラの手から鞭が飛んでくる。

「おい! 箸より重い物持ってんじゃねぇか!」

「うっさいわね! それはそれ、これはこれよ!」

 暴論だ、と二人は思った。

 会話も程々に家具が全て出し終わる。

 それから部屋を覗いてみるとこれはまた酷い有り様だった。

「何かさ、良く今まで持ったってくらい酷いな」

 床の損傷は特に酷く、下の地面が見えていた。

 その床板さえも取り払い、硬い地面のみが出ていた。 

「それじゃ、やるぜ」

 最初にやろうとしているのは土を柔らかくし、土壌を作ることだ。

「ザペル、ガア、ナジラ、エント、ア、モア!」

 銀次が土魔法を詠唱し、発動させる。

「あ、馬鹿――」

 当然、数回しか使った事がないため細かいコントロールを銀次が出来るわけがなく――要するに土魔法が壁を突き抜け、支えを失ったあばら家はあっという間に崩壊した。

「なんでスコップで掘らなかったんだ」

「魔法の方が楽だと思ったんだよ……」

 白色と銀次はその砕けたあばら家の木材を全て撤去することになっていた。

 その作業だけで陽が沈んでいく。

「私、そろそろ戻るわね」

 マーラの言葉にフェイラが空を見上げる。

 白色たちも一度手を止めて夕日を見ていた。

「あ……」

 そしてフェイラがただの木材に成り果てた家を見る。

「マーラ。せめてフェイラは中で寝かせてやってくれないか?」 

 マーラは仕方ないというように肩をすくめた。

「ったく、しょうがないわね。ウチの馬鹿の性だからしばらく私の部屋で面倒見てあげるわ」

「ありがとうございます」

「えっ、待て。俺は?」

「そこ」

 指差されたのは固い地面と木材の山。

「マジかよ!?」

「自分でやったんだから自分で責任取りなさい。それとも、フェイラをそこで寝かせる気?」

「うぐっ」

 それは男の矜持が決して許さず、銀次は甘んじて頷いた。

「じゃ、行くわよ」

「はい」

 そして残ったのは白色と銀次。

「さて、やるか」

「……おう」

 さっさと作らないと自分の身が持たないと悟り、銀次は黙々と手を動かした。   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ