真光戦争2
グラたん「2話目です!」
外に出るともう夕方になっていた。
フェイラたちは寮への帰路に着いていた。
正確には寮から少し離れた木材のみで作られたあばら家だ。
中に入ると廊下がみしっ、みしっと嫌な音を立てている。
それはベニヤ板の性だ。
間違いなく素人の腕で作られたものであり、精一杯の努力は見える。
「やっぱり俺は外で寝る」
「うう……」
それはフェイラの部屋でも起きていた。
こんな部屋で寝られるか、というわけではなく二人で寝るのは無理だろうという白色の見解だ。
二人入れば間違いなく床が抜ける。
抜けても良いとフェイラは散々渋ったが、白色の説得に押し切られていた。
白色は廊下に藁を敷き、一枚の布を纏う。
「贅沢だ……」
白色にとって寝るというのはいつも命掛けだ。
元の世界に置いて白色の寝床というのは存在しない。
最も安全な家からは放逐され、戦争に身を投じていた。
その世界ではホームレスが溢れかえっている。
就職難という言葉だけでは言い表せられないほどだ。
そもそも家に住むということ自体、金持ちということに他ならない。
つまりは極端な資本社会。それが白色のいた世界だ。
白色は決して馬鹿ではない。むしろ頭が良く、何事もそつなくこなせる。
白色は養子だ。何でも出来る故に家からは嫌われていた。
家の一歩外に出ればそこはホームレスの墓場。彼らは毎日場所取り合戦をしている。
いや、家というよりは城壁の外と言った方が正しいのかもしれない。
だから、安全で露水凌げる場所というのは贅沢に相当する。
次の日。金曜日は通常授業がある日だ。
召喚獣の中でも人間である白色と銀次は別室で学園の基礎知識を教わることになっていた。
「へぇ……つまり召喚されたら二度と元の世界には帰れない上に向こう側からのお呼び出しにも答えられない、と」
銀次の重苦しい答えに答えたのはグラマー体型の女史、波崎奏那。
「そうだ。残念だったな」
「今後永久にあいつの召喚獣かよ……」
げんなりという言葉を体現したかのように項垂れる。
「次に召喚獣のランクだ。最初は各自の主のランクがそのまま適用される」
「……それは例えば主がランクⅭでも召喚獣がEやFもしくはAやBになる可能性があるということですか?」
「主よりランクが高い召喚獣というのは割りと珍しい話だ。最も、獣と違ってお前たちは努力次第でいくらでも強くなれる。元来人間はそういう生き物だからな」
「いやぁ……どう考えてもコイツはA以上だろ……」
銀次の訝しむ視線が白色に刺さる。
「さてな。正確な基準が分からないから何とも」
「大まかな測定は出来るぞ。やってみるか?」
波崎が取り出したのは腕に巻き付けるタイプの計測器だ。
机には別の出力機がある。
「出際良いですね」
「どうせそういうだろうと昨日思ったからな」
流石教師と二人は頷いた。
「それでどっちからやる?」
「じゃ、俺から」
白色の後じゃ嫌だからという理由が無いわけじゃなかった。
銀次の腕に端末を巻き付ける。
「始めるぞ」
スイッチを入れ、数十秒待つと出力機からレシートのような紙が出て来た。
「ふむ……」
「ど、どうだったんですか?」
「ほれ」
波崎から紙を受け取り、内容を見る。
筋力値F
肉体値E
敏捷値E
知力値C
実力値F
魔力値F
期待値S
筋力値というのはそのまま自身の筋力を意味する。
肉体値は体力、スタミナを統合した値。
敏捷値は走る速さ、瞬発力等を統合した値。
知力値は学力、思考力、カリスマ性等が含まれる。
実力値はそれらをどれだけ引き出せるかということだ。
「死ぬまで努力しろということだな」
「くぅ……分かっていたとは言え、悔しい」
「ちなみにだが最高値はS、最低値がFだ。幸いにもお前は努力すればSレベルの実力を得られる」
「マジですか!?」
「この機械はわりと当たる。次は白色だ」
白色は腕に端末を巻き付ける。
そして同様にスイッチを入れると紙が出力された。
「ほう、これはまた……」
波崎から紙を受け取る。
筋力値C
肉体値C
敏捷値B
知力値C
実力値C
魔力値F
期待値S
「ちなみに白色は今どの程度なんですか?」
「そうだな……強引に当てはめるならCレベルということになるが、実際の戦闘力はもっと上になりそうだな」
「へぇぇ……」
銀次が羨ましそうに白色を見る。
「ま、日頃から鍛錬することだ。さて、概ねの説明が終わった所で実践訓練と行こう」
「……えっ?」
「主のために戦う召喚獣が弱くては意味がない。なに、幸い二人の伸びしろは十分にある。今日から毎日倒れてもしばいてやろう」
波崎が不気味な笑いと共に木刀を持って立ち上がる。
「い、い、嫌だぁぁあああぁ!!」
この日、銀次の悲鳴が校内に轟いたという。
体育館の一角に来た白色たちは軽い準備運動の後、波崎から木刀を渡される。
「まずは小手調べからだ。二人まとめて掛かって来い」
それを挑発と受け取ってか、先に動いたのは白色だ。
「シッ」
「ほう、中々に良い突きだ。だが、甘い」
波崎が白色の突きに合わせるように突きを放ち、先端が合わさって弾かれる。
「なっ――!」
「そらっ」
波崎が距離を詰め、下段から剣を振るう。
白色は弾かれたままの右腕を強引に振り下ろす。
ガンっと鈍い音が響く。
「ほーう」
鍔迫り合いになった状態から白色が剣を地面に突き立て、地面を蹴って波崎に飛び蹴りをする。
波崎はそれを見てしゃがんで躱す。
お互いが一度距離を取る。
「中々良い攻撃だ。それでこそ鍛えがいがある」
「そりゃどうも」
白色が次はお前だ、と銀次に目線を送る。
銀次は今の攻防を見た後で少し気後れしていた。
「安心しろ銀次。お前に白色ほど期待してない」
「だっしゃぁぁ!!」
波崎の言葉に沸騰した銀次は気合いと共に木刀を薙ぐ形で振るう。
波崎はそれを余裕で躱す。
そして薙ぎ終わった後の止まった瞬間を狙って木刀を蹴る。
「あっ……」
銀次の木刀が宙高く舞い、落下する。
波崎は呆けた銀次の喉元に木刀を突き立てる。
「と、今のお前はこんなもんだ」
木刀を納め、二人を見る。
「今ので大体お前等に足りない物が分かった。まず銀次、お前は学園を外周して来い。初日だから10周くらいで良いぞ」
「げぇ!?」
この学園の敷地はおよそ5km前後だ。
つまり単純に50km。坂があることを含めれば苦痛はもう少し多いだろう。
「次に白色、お前はひたすら型の練習と素振りだ」
教材の中から取り出したのは一冊の本だ。
白色はそれを受け取り、開く。
実に350ページもある重版。
「各素振り千回の後、一の型の訓練に入れ」
「その間波崎先生はどうするのですか?」
「私か? 私は当然銀次の目付だ。毎年のことだが外周は意外と休める場所が多くて困る」
「げえぇぇ」
あからさまに嫌そうな表情をする銀次。
「ほら、日が暮れる前に終わらせないと門限過ぎるぞ」
「ちくしょー!!」
銀次が涙目で駆けていく。
波崎は苦笑いしながらその後を追った。
「……やるか」
白色は静かになったアリーナで永遠と素振りを始めた。
そんな地獄のような生活が始まって数日が過ぎた。
明日は金曜日。明日を乗り切れば土曜、日曜と休日が続く。
この学園は単位制の学校であり、一年次は進級に100単位を必要とする。
授業が月から金まであり六限、つまり一学期で25単位。
4~7月までが一学期、9~11月までが二学期、1~3月までが三学期となっている。8月の夏休みと12月の冬休みで25単位を取得すれば100に届く。
単位は授業だけでなく、依頼でも取得できる。
1日1単位。夏、冬休みを満喫しようと思うのならば土曜、日曜を使ってでも終わらせてしまうのが最善と言える。
「つまり、フェイラは土曜は依頼を受け、日曜は休んだり買い物したい、ということだな」
白色のまとめにフェイラは頷いた。
「日曜日は部屋の修理に充てたいです」
「分かった。とはいえ……」
問題は明日の金曜日である。
明日は授業参観という名目で親の視察会が行われる。
自身の子が現在どのクラスにいるのか、どのような召喚獣を手にしたのか、召喚獣の能力値はどの程度なのか、人間関係は上手く作れているのか、が試される。
「だ、大丈夫です。多分……」
やはり自信なさげにフェイラが言う。
Fクラス、人間の使い魔、ぼっちという三大汚点。
将来的なことを考えるならば王族、公爵、伯爵の御子息、御息女に取り入っておくのは貴族社会では当然のこと。
フェイラは男爵家の三女。上には二人の姉と兄が一人いる。
「それでいて『煌麗証』を取得する必要がある、と」
フェイラは泣きそうになりながら頷く。
煌麗証というのは貴族の名誉の中でも最もステータスになる勲章である。
より具体的は学園で主席になった者に贈られる証だ。
これを取得したということは秀才であり、王族に嫁いでも何の問題もないほど優秀だということになる。
故に男爵家の三女が取れるような代物では決してない。
「だが、煌麗証もしくはそれに近い証を取らないと実家に強制的に戻された上で婚約させられるということだったな」
フェイラが涙目で頷く。
無理だ、と言ってしまうのは簡単だろう。
だがそんなことを言えばフェイラが泣いてしまうのは確実。
「やってみるしかないだろう」
努力が全て報われるとは限らない。
同年代、同世代の子供たちが皆それを取るために努力している現状だ。
自分の将来がかかっているとなれば尚更手は抜けない。
彼ら以上にやるしかないと白色は考えている。
フェイラも小さく頷いた。
まずは明日。明日を何とか凌がなければいけない。
白色は廊下に出て、藁に寝転がった。
「俺がしっかりしないと……」
フェイラは気が弱く、それでいて能力値も弱い。
Fクラスというのが頷けてしまうほど最弱だ。
学園底辺と言い換えても良い。
「俺がやらないと……」
フェイラの将来は白色自身の将来にもなっている。
フェイラが取り立てられなければ白色の将来も暗い。
差し当たっては人脈が必要だ。
マーラや銀次たちとは仲良くやっていける。それは確信している。
だが、それだけではこの先生き残れない。
何か強い後ろ盾が必要だ。
……そうは考えても今は何も思い浮かばない。
白色は考える内に眠りに落ちていた。
――白色の朝は早い。
起きて駆け布団を畳み、フェイラの部屋へ入り、着替えを用意する。
フェイラが起きる前に洗濯と授業の準備を終え、部屋を出る。
木刀を持って外に出ると僅かに陽が出ている。
時間にして一時間ほど素振りとランニングをし、近くの水場で汗を流す。
さっぱりした後はフェイラの部屋に戻り、フェイラの支度を手伝う。
本来ならばそんなことをするまでもなくフェイラは一人で全てをこなせる。
だが、貴族ともなれば従者にさせなければいけないことが出来てくる。
これはそのための訓練だと白色は自分に言い聞かせる。
フェイラの体型はそう悪くない。平均的と言っても良い肉付きをしている。
赤毛の混じった茶髪が揺れる。
髪はショートカットのためまとめ上げる必要がない。
制服に着替えた後は学食へと移動する。
学食も毎日違う献立になっている。
金曜日の朝は白米、味噌汁、鮭、卵焼き、和え物と和食になっている。
また、納豆や海苔などの付け合わせもある。
今日の夕食が和洋折衷のパーティーともあり、敢えて和食にしているのだろう。
「うう……」
フェイラは卵焼きが苦手だ。
甘い卵焼きならまだしも、学食のおばちゃんたちが作る卵焼きは出汁巻きだ。
白色は苦手でも食べた方が良いとフェイラに言っている。
本当に、どうしても食べられない時だけ白色が食べている。
「ぐっ……」
その点、白色は和え物が苦手だ。
胡瓜、ワカメ、シラスを酢で和えた物だ。
酸っぱい物が苦手というわけではなく、ワカメのぬるぬるとした触感とシラスが最高に合わないだけだ。
フェイラは卵焼きを一口食べ、白色も一摘まみ食べる。
そしてお互いギブアンドテイク精神で食べ物を交換する。
これは助け合いだ、と白色は心から思っている。
「おい! ちょっとは食えって!」
一方で隣は醜い。
「うるさいわね! 苦手で嫌いなの! あんたが食べなさい!」
「俺だって苦手だ!」
揉めているのは和え物の胡瓜だ。
お互いが嫌う食べ物だとここまで喧嘩するようだ。
フェイラと白色は無言でその胡瓜を自分の所に持っていく。
「すまん……」
「お、お礼なんて言わないんだからね!」
そんな対照的な返事に白色は苦笑いする。
朝食を終えた後、四人は講義堂へ向かう。
授業参観ということもあり、親、兄弟にも分かりやすいように魔法の授業やグループワークが行われる。
講義堂内部ではクラス順に分かれている。
Aクラスは最前列の最も見やすい位置に、Bクラスはその周りに座り、C、D、Eクラスは各自の判断で座る。
そしてフェイラと白色のFクラスは……。
「立ってろということか」
見れば席は開いていない。
「俺もかよ……」
マーラとフェイラが席に座り、その背後に白色と銀次が立っていた。
銀次のレディーファースト精神がフェイラを置くことが出来なかったからだろう。
フェイラは申し訳なさそうに縮こまっている。
ちなみにマーラとフェイラが座っているのはBクラス用の席だ。
C以下とは違い、クッションが敷いてある。
飛行機で言うならばファーストクラスの椅子だ。
余談だがAクラスの席は黒皮張りになっているためすぐに分かる。
背後からは貴族の親や兄弟が入場してくる。
「あ、マーラ姉様!」
その内の一人、年齢にして小学生くらいの女の子が駆けてくる。
白色と銀次は空気を読んで道を開ける。
「ラウ。それに父様に母様も」
少女の後ろには温暖そうな男性とそれ以上に柔らかそうな雰囲気を纏った母がいた。
何故こんな娘が生まれた、と銀次は思った。
「おお、見なさい母さん。マーラに友達が出来ている」
「ああ、あのマーラが……今日はなんと素晴らしい日なのでしょう!」
「し、失礼ね! 私だって友達くらい作れるわよ!」
ジロリ、とマーラの視線がフェイラに向く。
視線が『友達でしょ?』と問いかけている。
「は、はい。ま、マーラさんとは仲良くさせていただいております……」
マーラが銀次と白色を睨む。
「えっと、初めまして。マーラお嬢様に召喚させられた銀次と申します」
「俺はフェイラ様の召喚獣、白色と申します」
二人の挨拶を聞いてマーラが非常に満足そうに頷く。
「ほう、君が……。マーラが苦労をかけるね……」
何か共感するものがあったのかマーラの父が銀次の手を握った。
「い、いえ、滅相もありません……多分」
「マーラは昔から気性が荒くてね、誰に似たのやら……」
「オホン。あなた、そこに居ては他の方のお邪魔になりますわ」
マーラの母が近くの椅子を確保していた。
「あ、ああ。そうだな」
何かこの人も苦労しているんだろうなぁ、と二人は思う。
「そろそろ授業を始めます」
先生の声が聞こえ、白色たちも正面を向く。
最初は魔法の定義についての初歩的な授業だ。
時間が経つに連れ、少し高度な内容へと入っていく。
この世界で言う魔法というのは主に精霊の力を借りた精霊魔法に相当する。
そもそも人間という種族自体あまり魔力を持っていない。
そのため、精霊が気に入るか否かで魔法の使用可能、不可能が決まる。
精霊と言っても目に見えることはない。
見えたとすればそれは余程強力な個体ということになる。
召喚獣は概ねその例に相当する。
召喚獣という生物自体が特殊な個体だと言える。
戦力的にいうならば召喚獣は銃で武装した兵士千人に相当する力を持っている。
強力な個体は一万、十万人分とも言われるほどだ。
話を戻そう。
この世界に置ける魔法は三種類。
召喚魔法、四行、治癒。
召喚魔法は先に説明した通り。
四行は火、水、風、土の四つに分かれている。
四行の段階は十段と幅が広く、現時点での最高位は六段とされている。
四行の内、一つ使えれば魔法兵見習い。二つで魔法兵士の資格が得られ、三つで魔法教師の資格が付く。四つ全てを扱えるならば王宮専属になることも夢ではない。
ただし仮に四つ全てを扱えてもそれらすべてが一段階のみしか使えないのであれば魔法兵士と同列に扱われてしまう。
逆に一つでも第六段階を使えるならば王宮専属にもなれる。
未だに正解と言える正解がないのが現状だ。
治癒は文字通り癒しの力。
分類は傷を治す力、異常を直す力、大病を直す力に分けられる。
だが、治癒魔法の使い手は非常に貴重で使えると分かれば国家が保護することになっている。
何故か治癒魔法が使える者は全員女性。
だからか聖女などと皆から呼ばれている。
「そういうわけなので、数人ほど自分の魔法を使って見せてください」
「やるわ」
真っ先に立ち上がったのはマーラだ。
「では、お願いします。マーラさん」
「あんたも行くわよ」
「えええ……」
フェイラは腕を掴まれ、無理やり立ち上がらされた。
「あんたたちも行くわよ」
「俺、魔法使った事ないぜ」
「俺もだ」
「ウダウダ言わない。使えないなら恥を掻きなさい」
「ひでぇ……」
三人を引きずりながらマーラが壇上に上がる。
そしてマーラが先頭に立って短い杖を掲げ、魔法を詠唱し始める。
「ローム、アベル、ハイゼ、ラ、ペラ、アルズ」
謎の単語を詠唱すると杖の先から炎が現れる。
「マーラさんが見せてくれたのは第一段階の火魔法です」
先生が注釈をしてくれる。
その間に背後で銀次たちは悩んでいた。
「……フェイラは何か魔法が使えるのか?」
「わ、私は土と水なら……できます」
「じゃ、大丈夫だ。問題は俺たちだな」
「次はフェイラさん、お願いします」
「は、はい」
フェイラとマーラが入れ替わる。
「そう言えばあんたたちは何の魔法が使えるの?」
「知るか。魔法なんて使った事ねぇよ」
マーラの言葉に銀次が返す。
「じゃあこれ見て詠唱しなさい」
そう言ってマーラが取り出したのはカンペだ。
カナ文字で書かれていて分かりやすい。
「第一段階の火魔法と水魔法よ。ダメならこっちね」
恐らく風と土と思われる魔法の詠唱が書かれている。
「杖は貸してあげるわ」
ローブの中から新しい二本の短杖を取り出し、二人に渡す。
とても用意周到なマーラに銀次が驚く。
「お前……まさか……」
ふと銀次がマーラの家族を見る。
それを見て白色も納得した。
「そうよ。せっかく父様たちが来ているのだから格好くらいつけさせてよね」
少しだけ照れながら言う様は少し可愛いと二人は思った。
「これは土の魔法です。四行の詠唱の中では簡単な部類に入りますので覚えやすいですよ。さて、次は銀次君と白色君です」
「や、やるぞ」
銀次が緊張しながら杖を握る。
「おう」
主と、生徒全員と、貴族様方の前だ。恥を掻くわけにはいかない。
「オース、リペア、アント、ラゼ、クセ、リジア!」
銀次が気合いを入れて土魔法の詠唱に入る。
「ザペル、ガア、ナジラ、エント、ア、モア!」
同時に白色も水魔法の詠唱に入る。
詠唱する前は不思議と緊張していたのに、詠唱し始めると二人ともに不思議な程心が落ち着いていた。
脳内に次の詠唱が浮かぶ。
「ラーシ、ロッケル、アシュ、オレイア、ガズ」
成功を確信したマーラが銀次を見て驚く。
カンペにはその第二段階の詠唱を書いていなかった。
「リジム、アーゼ、ムスレ、パーニ、アベント」
白色の詠唱も次へと進む。
「ラス、ラザ、アム、セイパーレ」
「オクストニ、アチプルニ」
「ガパ、シテ、レレオ」
「クアント、クアレタ、ガメス」
「オーゼ、アナグムラ、レイジ、トパス」
「レーペント、アドバンタ」
二人の詠唱が一つに重なっていく。
「ガレイジ、ドメスドレア!!」
最後の区を告げると共に二人の魔法が重なる。
第五段階の詠唱を終えると共に最大出力の魔法陣が展開する。
魔法陣は一つに重なり、一つの魔法陣へと変化した。
全く見たことのない魔法陣に戸惑う生徒も少なくない。
「こ、これはまさか、合成魔法!? 馬鹿な、余程相性が良くない限りは不可能のはず!」
「二人とも止めなさい!」
マーラの必死の声は二人の耳に届かない。
魔法が完成する。
――その日、大講義堂の壇上に巨大な樹が生えた。
「馬鹿ね」
「白色……」
二人が起きたのは授業が全て終わった夕方だ。
「う……」
「すまん……」
窓からでも見えるその惨状に二人は深く頭を下げた。
あの後、大講義堂は完全に使えなくなり、白色たちはそのまま気絶。
大樹の根元に囚われた生徒を助けるべく二年、三年生のみならず教師が総出で征伐にかかったそうだ。
魔法で作った樹とはいえ、資源不足の日本では大量の資金へと変貌する。
マーラとフェイラは学園側から今回の騒動の責任の御咎めが無かった。
フェイラはその大樹の一部を自分の部屋の修理に割り当てたいと願い出て、受諾されていた。
「で、俺たちが起きたから校長も来たのか」
「そういうことじゃ」
校長と呼ばれたのは長い白鬚のお爺さん。
どちらかというと好々爺のような風貌をしている。
「第五段階を詠唱し、それを合成してみせたのじゃ。被害はまあさて置き、そんな優秀な召喚獣と召喚士たちを放っておくわけなかろうて」
そりゃそうだなと二人は納得する。
「しっかし不思議だよな。出会ってそう日数経ってない俺たちがいきなりそんな魔法を使えたなんてよ」
「全ては必然。俺たちには魔法の才能があったということだ」
「そう言ってるわりには喜び過ぎて拳が震えてるぞ」
銀次の言う通り、白色は魔法というファンタジーな産物を使えた喜びに心から震えあがっていた。
「何にせよ、この学園には存在しない木魔法の使い手が生まれたのじゃ。二人には追って位高き証と主である二人にも証を取らせよう」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「最も、四人に触発されて皆やる気を出したようじゃがな」
先程から窓の外で召喚獣対決が行われているのはその性だろう。
ホッホッホと笑った後、校長は酷く真面目な表情になる。
雰囲気の変化を感じ取った二人が少し身構える。
「さて……四人共、物は相談なのじゃが、学園の資金集めに貢献してはくれんかの?」
「……はっ?」
一体何を言いだすんだと銀次は首を傾げた。
「いやぁ、実は今年度は色々行事があってのぅ……恥ずかしながら資金が全く足りないのじゃ。そこで、二人には月一で良いからあの大樹を作ってはくれぬか?」
「いや、どう考えてもまぐれだろ」
「作れたらで良いんじゃ。何なら何か一つ望みを叶えてやろうぞ」
「……出来たら、な。白色、一応明日もう一度やってみようぜ」
「そうだな」
学園に貢献できるということは証を獲得しやすくなるということだ。
それはつまりフェイラにとっても環境改善になる。
「では、頼んだぞ」
ホッホッホと校長が去って行く。
「さて、あんたたち。被害状況は良くないけど、今日はよくやってくれたわ。特に銀次。いつもウダウダ言ってるわりには頑張ったわね」
「おう、もっと褒めろ」
「調子に乗るな!」
銀次の頭に杖が落ちる。
「痛ぇ!」
「白色、大丈夫ですか?」
「少し頭がクラクラするだけだ。問題ない」
「一人で歩けないなら肩を貸しますよ?」
「そこまでじゃない、大丈夫」
白色が病室のベッドから起き上がる。
そしてそっとカーテンを閉める。
電気に照らされて二人のシルエットだけが映る。
「ああ、もう! 動くな!」
「ぐぁ! そこは……止めてくれ!」
どうやらお楽しみの最中だと思い、白色たちは病室を去った。
夕食を食べてから部屋に戻るとフェイラは寝床に倒れた。
白色はいつも通り廊下の藁に横たわった。
眠気が襲う。
明日は早朝から銀次と共に合成魔法の実験だ。
もう一度できるかどうかはわからないが、出来るのならばフェイラたちの助けになるだろう。
そう言えば、何故あそこまで銀次と相性が良かったのだろうと白色は不思議に思いながら眠りに付いた。
土曜日。
早朝に白色は銀次と共に合成魔法を使用してみたが失敗。
やはりまぐれだったと結論付けられた。
解散した白色は一度部屋へと戻り、準備を整えた。
そして白色とフェイラはデパートへとやってきていた。
今日の依頼内容は私服警備。
このデパートはセキュリティが整っているため事件は滅多に起こらない。
フェイラはデパートの依頼を引き受け、白色と共に大型デパート内部を見回っていた。
一日程度では到底見終わらないようなデパートだ。
「どうしたものか……」
だが今日だけで既に三件の万引きを捕獲していた。
「まるで手柄を挙げろと神が言っているみたいだ」
「本当、そうですね」
フェイラも驚くほどの事件数だ。
「ひったくりー!」
前方から声が上がり、前に荷物を抱えて走る子供がいる。
その背後からはスリの子供。
白色はそっと足を掛ける。
「ぶっ!」
「ケンタ!」
子供は白色の足にかかり、転んで顔を打ち付ける。
その隙に他の警備員が子供を捕獲する。
そしてその子供の名前を叫んだ奴も逮捕された。
「で、お前もだ」
「ひっ!」
怯えたような声を出し、フェイラを背後から襲おうとしていた子供を白色は容赦なく蹴り飛ばした。
数回跳ね飛び、子供は動かなくなる。
「白色、やり過ぎです」
白色はそれを見て、確かに迂闊だったと思い直す。
「すまん」
「二人とも、ご苦労さん。すぐで悪いけど事情聴取に付き合ってくれ」
依頼人が白色たちにそう言い、白色たちは頷いた。
子供たちをデパート内の裏方に持っていき、とある一室で取り調べが始まった。
警察も呼ばれているが到着まではまだ時間がかかるだろう。
「それで概ね予想は付いているが、お前たちは何でこんなことをしたんだ?」
デパートの強面部長が子供たちに詰め寄る。
子供たちは話す気がないのか黙っている。
子供たちの恰好は平民以下の貧民と呼ばれる孤児たちだ。
人権はないに等しく、スリや窃盗をして生きていくしかない者たちだ。
「まあ、どの道警察に引き渡して終わりだ」
部長の言葉に子供たちが怯える。
子供と言えども人権が無ければ何をされるか分からない。
鉱山奴隷として売られるか、風俗に売られるかのどちらかが主流だ。
「白色……」
フェイラが白色を見るが、白色は首を振るう。
「残念だが俺たちが奴等を擁護したところで何も変わりはしない。あいつらはそういう風に育ってしまったんだ。そして捕まった。言い方は悪いが、運がない上に自業自得だ」
とはいえ、白色も少し同情している。
一つ間違えば同じことになっていたのかもしれない、と思った。
やがて警察が来て、子供たちは連れていかれた。
その後、白色たちは業務に戻ったがそれ以上の事件は起こらなかった。
白色たちはフードコートに来て、少し遅めの昼食を取っていた。
「……マジか」
「はい」
フェイラがチョイスした店はカレー店。
白色は普通のカレーを注文したが、フェイラは激辛のカレーを注文していた。
フェイラは席を確保し、白色がカレーを持って来た。
そして白色は激辛を食べているフェイラを訝しんでいた。
「どうかしましたか?」
「……辛くないのか?」
「美味しいですよ」
微妙に会話が噛み合ってない。
「食べてみます?」
フェイラが一口分をスプーンに乗せて白色に向ける。
白色は二つの懸念を瞬時に感じた。
――これは間接キスに当たるんじゃないか?
――この見るからに辛そうなカレーを食べて大丈夫なのか?
白色は少し躊躇った後、答えた。
「い、いただきます」
結局、欲望に負けたのだ。
口に含むと、白色はすぐさま飲み込み、水を何度も飲み干した。
「か、辛い……」
喉を焼くような辛さ。
額や首からは滝のように流れ出る汗。
もはや痛いとさえ感じている舌。
食べ物じゃない、と白色は感じた。
その様子を見てフェイラは少しおかしそうに笑った。
「あ、そういえば白色にこれをあげます」
少ししてフェイラが思い出したように鞄の中から一枚のハンカチを取り出した。
「ハンカチ?」
「少し遅くなってしまいましたけれど、白色と出会えた贈り物です」
差し出され、白色は両手で受け取った。
そのハンカチの右下には黄色の糸で刺繍が施されていた。
「手作り?」
「はい。頑張って縫いました」
意外と手先が器用なんだな、と白色は思う。
「ありがとう。大事に使うよ」
白色の言葉にフェイラは微笑んだ。
昼食も食べ終わり、見回りを再開しようかと思った時だった。
奥の方からガチャガチャと騒がしい音が聞こえてくる。
白色はその方を不快そうに向けた。
そして驚愕する。
「動くな!」
「動けば撃つぞ!」
テロリストだ。
武装はサブマシンガンと量産型の軽装動鎧。
「うわあああああ!」
だが、非常事態に一般人は弱い。
テロリストたちに容赦はない。
何十ともしれない銃声音が響く。
白色はすぐさまフェイラの腕を掴んで伏せた。
その頭上を銃弾が飛んでいく。
「抵抗するな! 我々は親愛なるスファーダ教の徒!」
「我々はこの腐敗した社会を正すために来ている!」
「貴様等は大人しく人質になりたまえ! 大人しくしていれば危害は加えない!」
人数はざっと三十。
――抵抗したところで五、六人を倒すのが精一杯だ。
「白色……」
フェイラが白色を見上げる。
白色の決断は早い。窓の位置を確認し、フェイラを抱え上げた。
「貴様!」
同時にテロリストの数人が気付く。
白色は全力を持って駆け抜ける。
その数歩後を銃弾が撃ち抜く。
「窓から逃げる気だ!」
「任せろ」
テロリストの一人、スナイパーがライフルを腰溜めに撃つ。
「ガッ――」
弾は正確に白色の脚部を撃ち抜いていた。
白色は激痛の中、もう一歩を踏み出した。
撃ち抜かれた部分が圧迫し、血が噴き出す。
白色は不完全な体勢のまま上空に飛び出した。
「ひゅぅ」
スナイパーはそんな白色を称賛した。
白色は落下し、無事だった方の足も犠牲にして着地する。
完全に反動を押し殺せずフェイラを腕から零す。
「きゃっ!」
フェイラも地面を転がる。
「ぐっあ…………」
白色は足の激痛に悶える。
「白色!」
「フェイラ……逃げろ! 学園まで逃げてくれ!!」
「そんな! 白色はどうなるのですか!」
「俺は自分で何とかできる! 早く行け! フェイラ!!」
白色が痛みを堪え、叫び、睨む。
「白色――」
「行け!!」
フェイラはその叫びを聞き、覚束ない足取りと共に走り出す。
その後ろ姿を見ながら白色は思い出したように激痛を覚えた。
「いたぞ!」
「お前たちはもう一人を追え!」
テロリストの別動隊が駐車場から出てくる。
白色は最後の理性を促してナイフをテロリストの足元に飛ばす。
「ぬっ!」
「わっ!」
「貴様ッ!」
銃口を向けられる。
「馬鹿! 奴は生かして捕らえるように命令されただろ!」
別のテロリストがそれを止める。
「一人だけでも上々だ。人質は十分にあるんだ」
「――ちっ」
テロリストたちは白色の元に来る。
「こいつ……気絶してやがる」
白色はナイフを投げたまま、動かなくなっていた。
学園までがむしゃらに走ってきたフェイラは校門前で息を切らせていた。
「フェイラ?」
そこにいたのは銀次とマーラ。
「あんた、どうしたのよ?」
「ってか白色と一緒じゃないのか? 喧嘩でもしたのか?」
銀次の軽口にマーラが頬を抓る。
「痛ででで!」
「どう考えてもそんな感じじゃないわ。フェイラ、何があったの?」
フェイラはその声に縋る。
「白色が…………テロリストに……」
「あいつが、捕まったのか?」
銀次の言葉にフェイラは頷く。
「まずは息を整えなさい。銀次、フェイラをラウンジに連れて行って」
「あ、ああ」
マーラは腕輪を起動し、最新の情報を閲覧する。
そして警察と自衛隊が既に動いていることを見て自分のすべきことはないと判断する。
ラウンジには何十人という生徒と先生が集まっていた。
彼らが見る方向には数台の大型ディスプレイがある。
「なになに?」
「何があったの?」
「デパートがテロリストに占拠されたってさ」
「こわーい」
まるで他人事のように生徒の興味を引いている。
そこから少し離れた位置にマーラたちは座っていた。
そして呼吸が整ったフェイラから話を聞いていた。
「何ですって!?」
マーラの叫びに全員の注目が集まる。
そしてマーラがディスプレイを見ると、そこには人質の映像が映されていた。
追って、生徒たちもディスプレイを見る。
そこには倒れている白色の姿があった。
『これは見せしめだ! 逃げようとするならこいつと同じ運命を辿るぞ!』
銃口を向けられた人質が怯える。
「あいつ、足が……」
「あれ、あいつフェイラの召喚獣じゃね?」
「うわ、可哀想……」
その姿は彼らの幾分かの同情を買った。
「おい、何処行く気だよ!」
「決まってるでしょ!」
同時マーラを必死に抑える銀次の姿があった。
「言ってどうするんだ! 俺たちがどうにか出来る問題じゃない!」
「じゃあ見殺しにするっていうの! あんたの友達でしょう!」
「俺だって今すぐ助けに行きたい! だからっつっても無理だ! 武装も力も何もかも足りてねぇ俺じゃどうにもならねぇんだよ!!」
そして生徒たちは気付く。
「なぁ、あいつもしかして自分の召喚獣を囮にしたんじゃないか?」
誰かがフェイラを見てそう呟いた。
「確かになんであいつだけ無事なんだ?」
「酷い」
「ないわー」
「最底辺も遂にクズに落ちたか」
誰もがフェイラを責めるような視線で追い詰める。
フェイラの脳裏には自分を犠牲にしてまで助けた白色の姿が映っていた。
「それはないだろう」
それを否定したのはフェイラの担任であるリーベルトだ。
「フェイラさんはそんなことを出来る子じゃない」
「じゃあ、あいつは何で一人だけ助かっているんですか?」
リーベルトはディスプレイを見上げた。
「恐らく、白色君が自らを犠牲にしたのだろう。見たまえ。彼の右足、それも腱を正確に撃ち抜いている。どう見ても背後から撃たれたと言える」
確かにそうだ、と彼らは納得する。
「そして片足で窓から飛び降りた……違うかい?」
リーベルトはフェイラを見て、フェイラは頷いた。
「フェイラさんは簡単に人を見捨てられるような性格じゃない。それは担任である私が保証しよう」
リーベルトはフェイラの傍に行き、背後からその両肩に手を置く。
「教師権限で、これ以上彼女に対する暴言は処罰の対象とする」
リーベルトが力強い言葉で生徒たちを黙らせる。
「先生……ありがとうございます……」
「今はフェイラさんの方が心配だ。だが、私とて何かが出来るわけじゃない。成り行きを見守ろう」
「はい……」
そうするしかないとフェイラは分かっていた。
そのやり取りを見ていたマーラも肩を震わせながらも席に座る。
銀次もそれを見てディスプレイを睨む。
だが、誰もがどうすることも出来ないもどかしさだけが残っていた。
――俺がもっと強ければ……。
――私に力があれば……。
――私が戦えたなら白色は……。
三人が三人共に口惜しい思いを抱える。
今はただ、画面を見続けるしかなかった。




