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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
457/466

真光戦争1

グラたん「銀次たちの世界の話です!」


 ここは地球と呼ばれる場所。

 この惑星では今、一つの災厄に見舞われていた。

 ライトスファーダと呼ばれる光の敵。

 ライトスファーダは小さな少女だ。それに対して向けられているのは敵意と憎しみ。

「行けぇ!」

「旋回だ!」

 彼は人間と呼ばれる種族。かつてこの地球を欲しいがままに牛耳ていた種族である。

 彼らが扱っているのは召喚獣と呼ばれる架空であった生き物。

 この召喚獣たちはアルジアと呼ばれる別の世界、異世界から契約召喚されてきていた。

 アルジアにも人間がいる。地球はアルジアと同盟を組み、地球はアルジアが使役することの出来ない魔物を召喚獣として使役し、アルジアは害にしかならない魔物を引き取ってくれることを条件に同盟を締結した。

 そして今。彼女、ライトスファーダは地球からの攻撃を受けていた。

 誰も知る由は無い。ライトスファーダは何も悪くないということを。

「Lu.aonnyhi,oije」

 彼女はその攻撃を物ともしていない。

 効いていない、という言葉が一番合うだろう。

「行くぜぇぇ!!」

 だから、彼女を撃退するためには人柱が必要だ。

「イシビ――!」

「うおおおお!!」

 彼はグリフォンと共に突撃をかけた。

 手に持っているのはライトスファーダに唯一効く、正確にはライトスファーダと繋がっている門を封じる魔石。

 彼を行かせようと他の召喚士たちは全力を尽くしてライトスファーダを守る障壁を取り払っていく。

 彼女はそれを悲しそうな瞳で見続けていた。

 彼女を守っているのは薄い青色の防御膜だ。防御膜からは幾重ものレーザーが発射され、その数発が彼、イシビの体を貫いた。

「ぐっ――まだまだぁ――!!」

 イシビが猛攻の末、その手に持っている魔石を門に投げ込むとキィンと儚い音がした。そしてイシビはグリフォンと共にライトスファーダを門の中へと押し込んでいく。

「ekonkyaiiiiiiiii!!」

 ライトスファーダが苦しそうな悲鳴を上げ、門へと吸い込まれた。

 門は少しずつ凝縮し、やがて消えていった。

 イシビは消え去った門を見て、地面に伏した。

「イシビ!」

 その背後から駆け寄る女性がいる。彼女はカノン。イシビの教え子の一人であり、恋人だ。

「か、カノンか……」

 カノンが駆けつけるとイシビは召喚獣グリフォンと共に地に倒れていた。

 体を貫通したレーザーは肩と心臓を穿っていて、もはや助からない傷だった。

「イシビさん!」

「教官!」

 その後に続いてイシビの知人、教え子たちが一斉に駆けつけてくる。

「がはっ……」

 イシビは口から血を溢れさせる。体も既に限界が来ていた。

「救護班! 早く手当を!」

 カノンの声が響くが、イシビはそれを手で制した。

「無駄だ……、心臓が……もう機能してねぇ……」

 それでもイシビが生きていられるのは類稀な程の魔力を持っていたからだ。

 それが数十秒の奇跡を起こしていた。

「そんな……イシビ!」

「わりぃな……お前等にも……無理させた」

「そんなことありません!」

「教官と一緒に戦えて、俺……俺ェ……!」

「……俺だって……最後の最後にこんな大役任して……くれて……」

 イシビの声が少しずつ小さくなっていく。

「イシビ!」

「おい……お前等、命令だ……。…………ライトを……恨むな……」

 言い終わると同時くらいか、手の力が抜け冷たい地面に落ちた。

「イシビ?」

「おい、イシビ!」

「イシビさん!」

 イシビが息を引き取るとカノンたちは泣きじゃくった。

 イシビという存在は彼女たちにとって中心的存在であり、カノンにとっては全てだった。

 これは約261年前の記録。

 天光戦争と呼ばれる敵対する別世界との戦い。

 実在したと言われる地球が史上最大規模で被った異世界戦争の話。

 それを書き綴った物が『光の教本』と呼ばれることになるのは一年後の話。


『英雄イシビはライトスファーダと共に空へ還った』

『私たちはライトスファーダを憎まない。彼女は何も悪くなかったのだ』

『私たちはこれを後世に伝えるべき書に残す』

    ~出典 光の教本・カノン・マレイツア~




 そしてこれはその261年後の話。

 人々が天光戦争を忘れ、平和を満喫し、世界各地が己が権力を最も高くしようとしていた時代。かつては戦争の道具として扱われた召喚獣も今では最も平和と言われている日本でペット扱いとなっていた。そして時代が逆行したかの如く、貴族という文化が生まれていた。

 貴族の通う専用の学院、ミカエル学院。

 今日、そこでは中等部一年生による契約召喚魔法の儀式が執り行われていた。ミカエル学園に在籍する生徒はおよそ3000人程度で日本の中でも一、二を争うほど大きな学園の一つだ。

「アルジアの魔物よ。我の声に答えよ。我、アミュステラは我の呼び声に答えし者と契約し、汝は我のしもべとして契約せよ。偉大なる召喚士イシビよ、我が元に賢しき獣を呼び給え!」

 とある少女が声を上げ、天高く杖を掲げると地上に魔法陣が現れた。魔法陣は二分し、二十cm上空、左右、斜め、前後に分かれて球体を構築した。辺りの空気を取り込み、眩い光が放たれる。

「グルル」

 生徒全員が目を開けるとそこには犬程度の大きさの狼がいた。

「おお、フェンリル種のフェアールか!」

「流石アミュステラ様だ!」

「オホホホ! ざっとこんなものですわ! 貴方の名前はそうね……バゥクにしましょう。良いですわね、バゥク」

「グルル」

 バゥクは小さく頷く。彼女は満足そうに頷き、後列に並んだ。

「次はフェイラさんだね。さあ、やってみなさい」

 老教師に呼ばれたのは茶髪の小柄な少女。どこかおどおどしていて見る人によっては苛立ちさえ覚えるような様子だ。

「は、はい……」

 彼女はどこか申し訳なさそうに前へ出る。その理由は明白で、要するに落ちこぼれの学生なのだ。同時に虐めの対象にもなっていることから彼女への評価低い。

「おい、見ろよ」

「次は平民上がりのフェイラか」

「貴族の恥さらしめ」

「静粛に」

 老教師の言葉に全員が素知らぬ顔で黙る。この老教師はフェイラの担任であると同時に学内でも人気の高い魔法学の教師として知られている。

「さあ」

「は、はい……」

 フェイラは大きく息を吸い、吐く。

「早くやれよノロマ」

 誰かがそう言った。老教師が睨みを利かせると完全に静かになる。

 これが老教師でなければ野次が多数飛んでいてもおかしくはない。

「魔の物よ。私の声に……答えてください。私、フェイラと契約してくれる方、答えてください。契約してください。私の元に賢しき獣を呼んでください……」

 最後の最後まで自信なさげに呟きにも似た言葉で詠唱を紡ぎ、老教師はそれを微笑ましく見つめ、頑張れと視線が応援している。

 地上に魔法陣が展開され、球体が展開された。球体には魔法陣が描かれており、光り輝いた。そして中から人型の生物が姿を現した。

「うおぁあああああ!?」

 ドサッと地面に倒れる音と共に土煙が上がった。召喚獣が召喚されれば魔法陣は空中に霧散して終了し、召喚が終わる。

 土煙が少しずつ晴れていくとそこから身長が少し高い男性の声がした。

「ぐっ……な、なんだ…………」

 恰好は女子生徒の全員が眼をそむけ、フェイラも少し恥ずかしそうに顔を赤らめる湯上りの腰巻姿だ。黒髪と黒目で黄色の肌という日本人特有の色をしているのが彼であり、フェイラが召喚したのは人間であることを意味していた。

「に、人間?」

「なんで裸で……」

 周りの生徒からも騒めきの声が聞こえる。人間が召喚獣として召喚される例は無くはない。しかしそれらは全て奴隷として召喚されることの方が多いため、貴族の間で人間召喚はあまり良くない事例として認知されている。

「あ、あの……ごめんなさい……」

「ん?」

 真っ先に彼に謝ったのはフェイラだ。だが、状況を掴めていない彼は首を傾げた。

「誰だ、お前?」

「は、はい?」

「それにここは何処だ? 見た事の無い場所だ」

「あ、あの、それは説明しますからこっちに来てください……」

「あ、ああ」

 フェイラの後に続き、彼は脇に逸れる。召喚の儀式はフェイラでは終わりではない。まだ一人残っているのだ。

「最後はマーラさんですね」

「ふん、見てなさいよ!」

 マーラと呼ばれたよく手入れされた赤茶色のロングヘアの髪と瞳を持つ小柄で勝気そうな少女は杖を高く掲げた。

「魔物よ。下僕共よ! 我の声に答えよ! 我、マーラ・アビティア・ローベルが命ずる。我の呼び声に答えし者よ、汝は我の下僕として契約せよ! 偉大なる召喚士イシビ、さっさと呼びなさい!」

 強気もここまで行くといっそ暴言冒涜に等しい。

 その理由の一つとしてマーラは学内でも五指に入るほどの魔力総量を持っている。この学園内では魔力総量と質によってクラス分けがなされるため上位クラスにいることは自らの自信と驕りへと繋がる。しかしマーラは魔力総量こそ多いが質はそうでもないため中の上という位置に収まっている。

 球体状の魔法陣が浮かびあがって光り輝き、その中から人型の生物が召喚された。

「ぐほぁ!」

 先程と同じように土煙と悲鳴がが上がり、土煙が収まるとジャージ姿の少年の姿が現れて、ものすごく嫌そうな表情でマーラが呟いた。

「げー、フェイラと同じ系統ぅ……」

 魔力が多ければアルジアにおいても上位種族である飛竜や鬼などが召喚されやすい。最底辺と同じ召喚獣というのはマーラとしても絶対的に避けたい事柄だったのだが、どういうわけかフェイラと同じ召喚獣が召喚されてしまっていた。

「いってぇ……」

「ちょっとあんた!」

「あん?」

 自分への怒り心頭のマーラはその首根っこを掴み、首輪を付ける。いきなりの首輪に彼は驚き、上ずった声を上げる。

「な、なんだこりゃあ!」

「あんたは今日からあたしの奴隷よ!」

 いきなり変な所へ飛ばされた上に奴隷宣言をされれば大抵の人間は激怒するだろう。彼も例外ではなくマーラに掴みかかった。

「はぁ!? い、いきなり何言ってんだ!」

「さっさと来なさい!」

 グイッと首輪を引かれても彼は抵抗した。いくらマーラと言っても青年と言っても差し支えない彼との力比べで勝てはしない。

「ざけんな! いきなりわけわかんねぇ事言いやがって!」

「ああもう、面倒くさい!」

 これを逆切れというのだが、マーラは彼の顔面に向けて爆破魔法を撃つ。

「ぐはっ!」

 爆発音と共に彼の顔面が焼け焦げる。人に魔法を、特に爆破系統の魔法を顔面に向けて撃つなどやってはならない事柄の一つであり、老教師も止めに入ろうとするとマーラの逆切れている視線に一瞬怯んだ。

「一々逆うんじゃないわよ! 奴隷の癖に!」

 魔法防御を展開していれば彼はまだ意識があっただろう。しかし異世界から、それも魔法などという空想の産物をいきなり直撃されれば意識は飛ぶ。それに加えて爆破魔法であるため顔面は酷い火傷を負っていた。

 その様子を見て生徒たちも彼に同情した。

「あいつ可哀想にな……」

「マーラも見た目だけは可愛いのに性格があれじゃぁな……」

「聞こえてるわよ!」

「ひぃ!」

 マーラが首輪を引きずって後列に並ぶ。そしてちょうどマーラのいる位置から連続して雷が飛び交っていた。

「うわ……肉体に家紋刻んでやがるぜ……」

「いくらローベルの伯爵令嬢でもあれはね……」

「あのドSがまた堪らねぇんだよな……」

 約一名おかしいのが混ざっているが割愛。しかし奴隷紋を刻まないだけマシかもしれないと生徒たちは思う。

 召喚の儀式が終わり、老教師が手を叩いて自身に視線を集中させる。

「以上で今年度の召喚儀式を終了する。明日一日は休日のため、パートナーと共によくよく会話を交わしておくように」

「はーい」

 集中していない生徒特有の間延びした返事が返ってくる。老教師はもう慣れたものでそれらを見て校長に報告に向かった。

 今日の授業はそれで終わりであり、生徒たちは各々の召喚獣と一緒に解散していく。 

「で、これってどういうこと?」

 そんな中でフェイラに召喚された彼、詩波白色はフェイラに説明を求めていた。

「まず、その、勝手に召喚してしまいました。ごめんなさい」

「えっと、召喚っていうのは? というか君は誰?」

「わ、私はフェイラと言います。召喚というのは私たち貴族……が、将来の一生を共に生きる物を呼び出すための儀式……だったのですが、どういうことか私は貴方を呼んでしましました……」

 今にも泣きそうなフェイラに白色は困惑する。この手の少女に経験が無いのも拍車がかかっていて内心は少々パニックに陥っていた。

「そ、そうなのか……あ、俺は詩波白色。よろしく」

「よ、よろしくお願いします……。それで、その、私と契約してくれませんか?」

「契約? いや、でも俺帰らないと……」

「うっ……やっぱりそうですよね……」

 この世界にも勇者記や転生記という小説がある。

 例にも漏れずフェイラはそれを愛読し、召喚された人は十中八九そう言うことを知っていた。だが、泣き出しそうなフェイラを見て白色は慌てる。ここで泣かれたら白色に変な噂が流れるのは確実だし、そうなった時の対処方を白色は知らない。

 同時に冷静な脳裏で考える。これは、チャンスなのではないか、と。

 ――そうだ。あの口五月蠅い義父義母義兄弟姉妹共と金輪際永久に別れられると考えればこの状況は実に最高のシチュエーション。クソみたいな家の門限と今困っている彼女、どちらかを選ぶなど比べるまでもない。それに、目の前には超絶美少女。あんな不細工共よりは……。

 魔法の詠唱の様に早口で小さく呟いて白色は顔を上げた。

「良いぜ。君と契約しよう」

 間違いなくあっちよりはバラ色人生だと白色は打算する。それに誰かに仕える召喚獣として生きるのも騎士的な感じがして悪くはないと考える。

「ほ、本当に良いのですか? 帰れないかもしれないのですよ?」

「全然構わないさ」

「本当に本当に本当に良いのですか? 私、いじめられてますよ? 落ちこぼれですよ? 色々ダメな子で三日くらいで愛想尽かされますよ?」

「尚オッケー!」

 ダメな子ほど可愛いという言葉は裏切らない、と白色は思う。事実、今のフェイラは白色の保護欲を無性に掻き立てていた。

「それじゃ、契約して貰えますか?」

 彼女が手を出すと白色は少し戸惑う。

「どうすれば良い?」

「手を……握ってください」

「んっ……」

 白色は言われた通りにフェイラの手を握ると、フェイラの方から魔力が流れてくるのを感じていた。

「な、なんだ?」

「これは、魔力というものです」

 白色は初めて見る黄色の流体に驚く。魔力というものを知らないのであれば当然の反応だ。やがて黄色の物体が霧散し、白色の体内に吸収されていく。

「お、終わり、です」

「これで契約完了なのか?」

「はい。……その、これから色々お願いします」

「あ、ああ。よろしく」

 何度目ともしれない挨拶に白色も頭を下げる。苦労することは多いだろう。それでも白色は今後の事を考えると気持ちが高揚してきていた。

「あら、フェイラ」

 だが、それも数十秒の間でしかなかった。声のする方に目を向ければそこには怪鳥を従えた少女がいた。

「リジィ……」

「リジィ様、でしょう。落ちこぼれ」

 白色は彼女の態度に苛立ちを憶えた。仮にも見た感じは同じ生徒であるのにフェイラを貶めたことに白色は怒り、立ち上がりかけた。

 しかしフェイラはすぐに手で制して怯えながらも問いかけた。

「何の、用ですか?」

「あなたの無様な召喚獣を見に来たのよ。まあそれにして腰巻だけの召喚獣なんてまるでオークね! あはははは!」

 ――うわ、典型的な奴だ。

 白色は内心で本当にこんなことを言う馬鹿がいるのかと驚いた。白色の世界にも同様の種類の人間はいるが表だって下位の人間を侮蔑する貴族はいない。それは自らを貶める行為であり時間の無駄でしかないと貴族たちが思っていたからだ。

「用はそれだけ、ですか?」

「ええそうよ。あなたにはお似合いですわ!」

 そこへ高笑いしながら二人の少女が現れた。これも同じ種族の感じがすると白色は感じていたが事実その通りになった。

「あらあらリジィさん、貴方もこのゴミを見に来たのかしら?」 

「まあゴミなんて可哀想ですわ。せいぜい生ゴミですわ!」

 オーホッホッホと高笑いする声に今度こそ白色の目が座った。隣を見ればフェイラが泣きかけていて顔を良く見れば何時も泣いているような泣き跡が見れた。それが余計に白色を苛立たせ、これからは自分がフェイラを守るのだと決意を固めて立ち上がった。

 そんな白色の想いと怒りの表情を彼女たちは気付かない。それどころかより一層侮蔑を重ねてきた。

「あらぁ、半裸のオークが何かしら?」

「人の言葉をしゃべれるのかしら?」

「無理難題ですわよ」

 白色の血管が遂にブチ切れて拳を握り固めた時、彼女たちの真横から何かが飛んできた。それは半裸の青年であり、涙を真横に流しながら悲鳴を上げていた。

「ァァァァァァ――――べぶぅぁッ!!」

「きゃぁあああ!!」

 突然の乱入者に白色は怒りを忘れて驚愕した。見れば半裸に剥かれて背中には何かの紋章を焼きつけられていた彼が彼女たちを下敷きにしていた。

 更にその真横からマーラがその剥き出しになった脂肪の腹に膝蹴りを決めて踏んづけて首輪の鎖を握り直した。

「やっと捕まえたわよ!」

「俺は銀次だと何度言えば分かる! このドS魔女!」

「誰がドSよ!」

 それはともかく、と白色は思い言葉にする。

「おい、あんたたち」

「なんだ!」

「なによ!」

「……まず退いてやれよ」 

 白色の憐みを含んだ言葉と指にマーラたちは視線を向け、ちっ、とあからさまな舌打ちをして先にマーラが退いた。 

「あんたもさっさと退きなさいよ!」

 だが、銀次はうつ伏せのまま動こうとしない。その理由は酷く単純なものだった。

「はっ! ヤダね! この黄金の右手を離すものか!」

 白色は、銀次のその右手が鷲掴みにしている箇所を見て顎に手を当てて唸った。

「このラッキースケベ」

「その点、お前らには感謝してるぜ!」

 男同士何か通じ合う物があるのか、二人は親指を立てて分かり合えた。

 しかしそれはある意味で地雷であり、白色の背後でフェイラが自身の絶壁にも等しい胸に手を当てて小さく呻き、銀次が下敷きにしている彼女たちが如何にゲスであろうとも同じ女性であることに変わりはないため額に青筋を浮かべつつマーラは銀次に杖を突きつけて叫んだ。

「最低!」

 マーラが持っている杖から突風が奔り、銀次の背中に直撃して強引に吹き飛ばした。

「うぼぅぁっ!」

 ビリッと何かが破ける音と共に銀次が浮き上がり顔面から地面に着地した。そして白色はその箇所を見て、左手を固めた。

「ちっ、余計なことばかりして!」

 マーラが銀次の首に首輪を付けて引き摺り、数歩歩いたところで少し考える素振りを見せて白色たちの方を向いた。

「……あんたたちも来なさい。そこにいると面倒なことになるわ」

「は、はい」

 フェイラの後に続いて白色も歩いて行く。マーラにしても、フェイラたちを放置しておくと後々面倒なことになりそうだからその芽は早めに摘んでおきたい心積りがあった。

 そしてそこに放置されたのは色々大変なことになった少女と召喚獣が三匹。

「うほぉ……いやいやいやいや」

「おいおい何見てんだよ。助けないと……ぐふふ」

「うはぁ……へへへ……」

「お前等厭らしいな。貴族として恥じを知れ! 全くもってけしからん、けしからんなぁ……ごくり」

「どの口が言うんだよ、ぐへへ」

 背後から野郎共の色々な声が聞こえる。その声は呆れであったり怒りであったりするが表情とまったく一致していない。彼らは白色たちに向けて親指を立て、白色もそれに気付き、親指を立てた。


 マーラたちが向かったのは寮と呼ばれている大きな塔の建物だ。学年別に分かれており、ここは一年生用の寮だ。一階は事務室や応接室になっていて、二階から部屋になっている。寮の中は完全個室制であり配属されているクラスによって待遇が変わっている。Aクラスならば最上階である六階、Bクラスは五階といったように階層で分別されている。設備も上に行くにつれてより豪華になっているが、二階でも2DKという広さと生活に必要な最低限の設備はおいてあるためそこまで問題はない。

 マーラは学園内ではBという中堅上位クラスに居座っているため当然寮も五階だ。移動には階段と浮遊式魔導エレベータがあるが、大抵はエレベータで移動することが多く、階段を使う時は非常時かサボりたい時にしか使わない。

「入りなさい」

 マーラに促されて中へ入ると……マーラの部屋は近年の女子らしいと言えないほど雑多返している。掃除はされてないから汚く、赤い絨毯は煤け、天井には蜘蛛の巣が張っている。床には下着や制服が散らばっていてとても女子の部屋とは思えない。

 ――最悪だ。それが白色と銀次の第一印象だった。

「置いとくわね」

 そしてより最悪なのは汚れきったコップに紅茶を注いだことだ。

「あ、ありがとうございます」

 フェイラはなんてことなさそうに飲んでいるが白色たちが見ても衛生上よろしくないのは間違いない。

「マジか」

「マジですか」

 男二人はこの女子力の低さに唖然としていた。

 ああ、そうそう。とマーラが元々の事を思い出して右手に杖を持った。

「で、さっきの続きやるわよ」

「ざっけんな! 異世界召喚されていきなり奴隷紋刻まれかけてんだぞ! 抵抗するだろうが!」

「家紋だって言ってるでしょうが! まあ内容的には間違って無いわ。なにしろ、この私の奴隷になれるのよ? 光栄以外の何物でもないわ」

「ふざけんな! 俺を地球に返せ!」

「あんた馬鹿なの? ここが地球よ。あと煩いから黙りなさい」

「はぁ? どう見ても異世界だろうが!」

「そうだな」

 それには白色も頷いた。元の住んでいた地球とは違い過ぎて色々と混乱しているため出来ることならより詳しい説明が欲しい所だが、そんなことはマーラがあずかり知らないところだ。そしてマーラは癇癪を起した。

「あーもう、面倒くさいわね! そんなことどうでも良いから刻むわよ! そこのあんたも手伝いなさい」

 確か貴族の命令に逆らったら首が飛んだりするんだっけ、と白色は思い出す。

「へーい」

「おまっ! 裏切り者ぉ!」

 と言いつつも白色は銀次の首輪を外す。白色としても目の前の青年が嫌がっているのに強引に家紋を刻むというのはどうなのか、と疑問に思っていた。

「ちょっと、何してるのよ!」

「いや、どう考えても奴隷はないわー」

「おお、親友よ!」

 銀次が白色に泣きつこうとして白色はそれを躱す。避けられたため銀次はバランスを崩してそのまま煤けた絨毯にダイブした。

「ここが奴隷国家っていうならそれも止む無しだと思うけどさ、どう見てもそうは思えないんだよな」

 というかその時点で俺は逃げるが、と白色は思う。

「ど、奴隷国家ですって! 国を侮辱するつもり!?」

「違うならこいつを奴隷扱いするのは止めて貰いたいな。同じ人間……的な物にしても」

「おい!? 俺は人間だぁー!」

 銀次の心の叫びも虚しく虚空に消えた。

「ちっ。フェイラの召喚獣の癖に頭が回るのね」

「で、どうなんだ?」

「……分かったわよ。奴隷は止めてあげる。感謝しなさい」

「へいへいありがとごぜぇやす」

 銀次が心底嫌そうに感謝へりくだる。白色は意外そうな表情を作り、肩を竦めた。

「なんだ、お前奴隷が良かったのか?」

「ちゃうわ! お前には超感謝してるからな!? マジで!」

「だよな。俺は詩波白色、よろしくな」

「俺は佐山銀二だ。よろしくな、相棒!」

「おう」

「馬鹿……。とにかく、先に契約手続きするわよ! 馬鹿二号、取り押さえなさい!」

「へーい」

 白色が気の抜けた返事と共に銀次を寝床に倒す。一応、銀次の人権は保障されたみたいなので白色も悪ふざけをすることにした。

「ぶっ!」

「よくやったわ!」

 その上にマーラが飛びのり、右手を揃えて天高く上げた。バッチィンと耳を塞ぎたくなる音が鳴った。マーラの掌には焼き印の魔法が待機していたため、銀次の背中に掌が叩きつけられると同時に焼きが銀次の背中を綺麗に焼いて家紋が刻まれた。これをしておくことによって仮に銀次が行方不明になってもマーラの家の者であることが分かり、帰還しやすくなる。ただし焼き印は召喚獣への負担が凄まじいため現在では滅多に使われない。

「うぎゃぁぁ!!」

「よっと」

 それを成した当人は素知らぬ顔で飛び降りた。

「あ、もう帰っていいわよ」

「はい……お大事に……」

 フェイラが立ち上がり、彼女に礼する。

 後半の言葉は銀次にかけられたものだった。

「じゃぁな」

 フェイラの後に続いて白色も退出した。

 廊下を歩いていると悲鳴に似た声が上がった。


 フェイラはランクF。つまり最低レベルの召喚士である。

「ここ、です」

 当然待遇もたかが知れている。

 部屋の扉を開けると中は何度も修理したようなベニヤ板が張られている。

 屋根の一角は開いていてその下には竹やりが置いてある。

 みずぼらしいの一言に尽きる。

 だが、先程の部屋の中よりは整頓されていて綺麗だと白色は思った。

「すっげぇ豪華な部屋だ……」

「えっ?」

 白色の言葉にフェイラは驚く。

 この部屋の何処か豪華なのだ、と。

 先のマーラの部屋を見て何を言っているのか、と思った。

「埃一つない。その上ゴミ一つ落ちてない。ベッドがある……」

「あ、あの……」

 大丈夫か、と声をかけようとすると白色は我に返った。

「あ、悪い……。まずはどうするんだ?」

「え、えっと、召喚獣登録は終わっているので、その、白色の服とか必要品を買いに行こうと思っていました」

「分かった。何が必要なのかは分からないからフェイラに任せるよ」 

「はい」

 部屋のハンガーにかけてあった少し煤けたローブを手に取った。

 そしてそれに袖を通す。

「お待たせしました」

 白色は頷いてその後に続いた。

 廊下からまた悲鳴が聞こえた。

 やってきたのは学園の大型雑貨屋だ。

 そこには必需品から日用品、お菓子まで売っている。

「あら、フェイラちゃん。いらっしゃい」

 店員のおばさんに声をかけられた。

「あらま、フェイラちゃんが遂に男を連れて来た!」

「なんですって!」

 その声につられて休憩中のおばさんたちが集まってきた。

「わお、なんてワイルドな男の子かしらねぇ」

「違います……白色は、召喚獣」

「あらそう? じゃ、服とか筆記用具とか色々必要ね。安くしとくわよ」

「お願いします」

 おばさんたちは大して驚いていない。

 銀次の例もあるし珍しくないのか、と白色は考えるが実の所、おばさんたちの方がいつ来ても良い様に心構えをしていたからである。

 白色はおばさんたちに連れられて奥の部屋へと向かう。

「そういえばフェイラちゃんは例の噂、聞いたかい?」

「噂?」

「何でもロシアとドイツがまた戦争しようって話でさ、日本にもロシアから援軍要請が来てるって話よ。やんなっちゃうわよね」

「戦争ですか……」

「ま、噂よ噂」

 しばらく雑談していると、着替え終わった白色が戻ってきた。

「あんれまぁ、見違えたねぇ」

「そうですか?」

 白色の恰好は白のワイシャツに黒のローブもどき。腰には解体ナイフを帯刀していた。

「ちょっとおばさんたちも張り切っちゃったからいつもの三割安くしとくよ!」

 その三割が白色の疲労だとフェイラは察した。

「ありがとうございます」

 フェイラは機嫌良く頷いて2750円を支払った。

 白色は疲労した恨めしい目でその2750円を見つけた。

「あ、そうそう今日は天気良いからこれ持っていきなさい」

 渡されたのは手作りのサンドイッチとウーロン茶。

「えっ……と」

「作ったのは良いけどちょっと食べきれなくてね、貰ってくれるかい?」

 フェイラは小さく頷いた。

「そりゃ良かった! またどうぞ!」

 おばさんはハッハッハと豪快に笑って二人を送り出した。

 その舞台裏で白色が色々仕込まれていたことをフェイラは知る由もない。

 二人が向かったのは少し寂れた高台の庭園だ。

 雑草が多いがそれ以上に野放しにされて混雑した華が多い。

 庭園の中央には小さなハウスがあり、テーブルと椅子が置いてある。

 白色は席の埃を軽く払い、座る。

 フェイラも座り、二人揃って無言でサンドイッチを食べ始める。

「うっ……」

 少ししてフェイラがサンドイッチを喉に詰まらせた。

「大丈夫か?」

 白色がお茶を開けて差し出す。

「うん……」

 受け取り、ゴクゴクと勢いよく飲み干していく。

「ありがと」

 白色は照れくさそうにそっぽ向く。

 それを遠目から見ているのはマーラたち。

「仲は良さそうね」

「……」

「しかもさりげなく気が利いてる」

「……」

「何であんたなのかしらね」

「うっせぇ」

 ペシンと鞭の叩く音が響く。

「なんだ?」

 白色が辺りを見回し、マーラは草陰に縮む。

 白色は何もないことを確認し、席に座った。

「見つけたわよ!」

 白色的には何もないことを確認していた。

「さっきは良くもやってくれたわね!」

「決闘よ! 覚悟しなさい」

 キャンキャン吠える女子たちには目もくれず、フェイラたちは食事を終えた。

「次は、学園内を案内するね」

「頼む」

 フェイラたちが目もくれず立ち上がる。

「ちょっと、無視しないでよ!」

「ベベ、やっちゃいなさい!」

 ベベと呼ばれたサラマンダーの幼体が白色に向かって火を吐こうと口を開ける。

 その下顎を掠めるようにナイフが飛んできた。

 サラマンダーの幼体は驚き、あらぬ方向へ火球を飛ばした。

「きゃぁぁあああ!!」

 その火球は見事にご主人様に直撃し、燃やした。

「きゃー!」

「だ、だれか消化して頂だ――ごぼぼ」

 その頭上に大量の水が落ちる。

「貸し一で良いわよ」

「うわ、良い笑顔」

 銀次の言葉にマーラが睨みを利かせる。

 銀次はそっぽ向いて白色を見る。

「あいつ、振り向きもしないでナイフを正確に飛ばしやがったぞ……」

「ちょっとマーラさん! 何してくれましたの!」

「何って、助けてあげたのよ。お礼を言うのを許してあげるわ」

「何て高飛車で恩着せがましい……っ!」               

「全くその通りだ」

 銀次が頷くとマーラの手から鞭が飛んでくる。

 銀次は頭部を少し後ろに下げて躱す。

 そしてマーラの靴の裏が顔面に炸裂した。

「純白ぅ――」

 銀次がその言葉を残して倒れる。

 一方、フェイラたちは校舎の中に入り、白色はフェイラから説明を受けていた。

「ここが教室です。授業のほとんどはここでします」

 案内されたのは何かの実験室みたいな部屋だ。

 外の看板にはFと書かれたクラス札がある。

「おや、フェイラさん。彼を案内してるかい?」

 教室の扉を開けたのは先程の老教師。

「は、はい。えっと、此方はリーベルト先生です。私の担当の先生で全学年の歴史担当をしています」

「初めまして。私はリーベルト・クエットという」

「俺は詩波白色です」

「白色君だね、憶えておこう。フェイラさんは何かと問題に絡まれやすいから気をつけてあげてほしい」

「せ、先生……」

 余計なこと言わないでくださいというように俯く。

「おっと、すまないね。さて、私もそろそろ職員会議に行かねばならない。失礼するよ」

「はい。お気をつけて」

「ハハハ」

 笑い声を上げてリーベルトが去って行く。

「気を付ける? 何を?」

 白色の疑問にフェイラは少し視線を逸らしながら答える。

「しょ、職員会議というのは先生同士が自分の利益を得るために他の先生と貶め、蹴落とし、自らの利益を高めるために行われる先生同士のクラス分けみたいなものなのです」

「へ、へぇ……」

 そんな職員室は嫌だ、と白色は心から思った。

 次にやってきたのは体育館だ。

 体育館の中は異空間みたいになっていて外見にそぐわないほどいくつものアリーナがある。更には会議室や視聴覚室、売店まである。

 それは学園の校舎内部も似たような物だ。

 アリーナの一つに入ると中ではマーラたちが喧嘩していた。

「あれ、銀次たちだ」

 マーラたちと相対しているのは先程の貴族の少女たち。

「六対二か……」

 いくら幼体の召喚獣だと言っても銀次は人間。不利なのは変わらない。

「白色は、戦いたいですか?」

 フェイラが心配そうに白色を見上げる。

「それはフェイラが決めることだ。俺はフェイラの召喚獣だからな」

 そう言われてフェイラは少し悩む。

 数瞬躊躇った後、フェイラは顔を上げた。

「戦って……くれますか?」 

「無論!」

 白色はその場から跳躍してアリーナに降りたった。

「し、白色ぉー!」

 涙目になりながらも逃げ回っていた銀次が白色に駆け寄った。

「待たせたな、相棒」

「何カッコイイ事言ってんだよ! つーか死ぬ! 死ぬかと思った! 登場のタイミング図ってただろ!」

「フッ、安心しろ。お前たちは俺が守る!」

「それ死亡フラグだからな!」

 白色の横に逃げるのを止めた銀次が立つ。

「あらあら、貴族の決闘に横やりを入れるなんて……お馬鹿さんねぇ」

「全くですわ」

「オーホッホッホ」

「御託は良いから掛かって来い」

 白色が右手で挑発すると三人組の額から何かが切れる音がした。

「はぁ、はぁ」

「あら、フェイラ。何しに来たの?」

「はぁ、はぁ」

「助けなら要らないわよ。それとも召喚獣が勝手にやったの?」

「はぁ、はぁ」

「あんた、体力無いわね」

 呼吸を整えるだけで精一杯のフェイラはその問い全てに答えることが出来なかった。

「まあ、来てくれたことには感謝しておくわ。どうせ銀次だけじゃどうにもならなかったでしょうし」

 マーラは手元にある機器を弄り、フェイラたちの名前を自陣の名簿に入れる。

「ヒドラ! やっておしまい!」

 貴族の召喚獣の一匹が動く。

 ヒドラ種は蛇のような細い体をし、二足歩行する生物だ。

 その口には火炎を溜め、白色たちに吐こうとしていた。

「銀次」

「えっ?」

 白色が銀次の手にナイフを持たせる。

「貸しておく」

「いや、白色さん? 俺、戦闘経験ないんですけど」

「人間というのは命が危険に晒されれば何が何でも生き残ろうとする。多分な」

「つ、つまり火事場の馬鹿力を出すしかないと……」

「そういうことだ。俺は水の奴とゴリラを相手する。銀次はアレを死ぬ気で倒せ」  

「お、俺一人!?」

「じゃ、変わるか?」

「……いえ、お願いします」

 白色はナイフを二本構えて走り出す。

「やってやるぜ、畜生!!」

 背後では銀次が雄たけびを上げてヒドラに突撃する。

「ニンフ! ウォータブラスト!」

 ニンフが右手を白色に突き出し、水の大砲を発射する。

 白色は大きく斜め前に前進して避ける。

 ニンフが連続で発射し、白色は全て躱して距離を詰めた。

 白色のナイフがニンフに迫る。

「ニンフ、避けなさい!」

 ニンフ、水の精霊と言えども実体があるため、避けなければ致命傷を食らう。

 逆手持ちの右ナイフがニンフの首を削る。

 次いで左ナイフが腕、足を削る。

 白色が持っているナイフはギザギザした鋸のような刃をしている。

 鍔迫り合いや純粋な近接戦闘は苦手だが、相手を苦しめるのに特化している。

 そのナイフがニンフの腕に刺さり、素早く引き抜く。

 当然、鋸刃が内部から肉を食らっていく。

 左、右、左と次々にナイフを突き込んでは素早く引き抜いて行く。

 やがて、自身の纏う水にすら自身の血が侵食して来た。

 ニンフ種は纏っている水が全て汚れると戦闘不能になってしまう性質がある。

 白色はそれを知らないが、力尽きて倒れるニンフを見て次へと標的を定めた。

「ドッグ! 食らいつきなさい!」

「ガウ!」

 ドッグと呼ばれた文字通りの犬は主人の命に従い、白色へと向かっていく。

 犬種は動きが素早く、人間では対応しきれないことが良くある。

 だからこそ白色は先制を取るために持っているナイフを投げる。

 一刀目は犬自身に向かって、二刀目は犬が避けて着地する足元に投げた。

「避けなさい!」

 主人が命ずるよりも早くドッグは避け、そして白色の予想通りに動いた。

「ギャウ!?」

 足元に刺さったナイフに驚き、ドッグは怯む。

 白色は跳躍し、ドッグの背中に飛び乗り新たに出した二本をドッグの首に突き立てた。

 ナイフはドッグの首皮と毛を地面に括りつける。

「ドッグ! 何しているの! 動きなさい!」

「動けば首が飛ぶぞ」

 ドッグは本能的に白色の言葉が真実であると察し、地面に大人しく伏した。

 白色はもう目もくれず銀次の元に走りだした。

 最悪、粘って食らいついていてくれれば後は白色が止めを刺すことが出来た。

「こなくそぉぉぉ!!」

「ぎゅぇぇえええぇぇぇ!!」

 驚くべきことに銀次はヒドラを足で踏みつけ、その口を素手で掴んでいた。

 蛇種によるあることだが蛇は口を押えられるともはや何も出来ない。

 炎を吐けば自滅は免れないし、猛毒の牙も口が閉じていれば使えない。

 だが、二本の腕しか持たない銀次も千日手に陥っていた。

「よくやった!」

 白色が素早く接近し、ヒドラの全身に切り傷を付ける。

「ぎゅぁぁ!」

 痛みというのはどの種族も嫌うものだ。

 ヒドラはあまりの激痛に気を失った。

「はぁはぁ…………やった、のか?」

「銀次、それは生存フラグだ」

「しまった……」

 だが、その軽口とは裏腹にヒドラたちが起き上がる気配はもうない。

「終わりみたいね」

 マーラがアリーナに設置されていた自動勝敗システムを見てそう言った。

 アラームが鳴り、正式に試合終了となった。

「よっしゃ!」

「やったな」

 銀次と白色がハイタッチを交わす。

「嘘よ……」

「私のドッグが……」

「き、きっとあのナイフに毒か何か卑怯な仕掛けをしていたのよ!」

 それでも貴族の三人組は認めようとしない。

 それに対して白色が思い出したようにポケットを探る。

「毒か……結局使わなかったな」

 容器の中で緑色の液体が揺れる。

「なあ白色、やっぱお前すげぇな。一体何したらそんな動きが出来るんだ? つーか毒なんてよく持ってるな」

「正確には麻痺毒だ。これをナイフに付けて僅かに斬るだけで三日は起き上がれない」

「どこで手に入れたんだ?」

「何処も何も自作だ」

「……おう。実は暗殺者だったりするのか?」

「それは違う。ちょっと薬学に詳しいだけだ」

「そんなもんかねぇ」

 そんな話をしているとマーラたちが歩いてきた。

「ま、あんたにしては頑張った方じゃないの」

「てめっ、生涯の中で一番頑張ったわ! 何か褒章があっても良い位にな!」

「何言ってんのよ。このくらい日常茶飯事になるわよ」

「ざけんな! 殺す気か!」

「死なないように鍛えなさい。ああ、それと白色だったわね」

 マーラが白色に向いて少し恥ずかしそうにする。

「その、助けに来てくれてありがと。あんたたちが居なかったら負けてたかもしれないから」

「ああ、間違いなく負けてた」

 銀次の合いの手にマーラは銀次を地面に叩きつけた。

「これはフェイラが決断したことだ。お礼なら彼女にしてくれ」

「あら、そうだったの? 普段から貶している私に良く協力する気になったわね」

「わ、私は銀次君がやられそうでしたから……その、白色にお願いしただけです」

「ふぅん。ま、良いわ。そういうことにしてあげる」

 そういうことに何もその通りだと白色は思った。

「貸し一つにしてあげる。光栄に思いなさい」

「あ、ありがとうございます」

「いや、何でフェイラがお礼言ってんだよ」

 思わず白色が突っ込んでいた。

 マーラはそれを何か面白そうに笑い、銀次を引きずりながら去って行った。

「わ、私たちも行きましょう」 

 白色は頷いてフェイラの後に続いた。

「おのれ……」

「落ちこぼれのフェイラの癖に……」

「万年Fの癖に……」

「今に見てなさいよ……」

 フェイラたちが去った後、三人組はその後ろ姿を睨んでいた。

 


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