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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
453/466

Goul10

グラたん「ゴウル10話です!」


 翌朝。異様にハイなテンションになっている沢入が玄関前で荷物を片手に持ち待って行った。     

「よぉし! 行こうぜ!」  

「おう」

 旅行用にまとめた荷物を手に持って沢入と共にバスに乗り込み、野郎と素敵な二人旅。誰得だ。涼音とのラブコメの方が数千倍良い。

 だが、過ぎた日を思っても仕方がない。

 そう考えていると沢入が何を思ったのか俺の臭いを嗅いだ。

「な、なんだ?」

「お前……何故かお前から涼音さんの香りがする」

 その嗅覚に一瞬視線を逸らしかける。

「気のせいだろ」

 そう答え、お菓子を手に取って食べる。

「そうだよな」

 阿保で良かった。

 沢入もそれ以上追及することは無く、バスの旅は続いた。


 到着したのは昼前だ。

 涼音たちの姿は見当たらないな。だが、情報を嗅ぎつけた奴等は存在している。

「なんかやけに人が多いなぁ」

「何かイベントでもあるんだろうか? だが、それよりも先に荷物を置いて来よう」

「そうだな」

 沢入を促し、ホテルへと移動する。

 チェックインを終えて荷物を置いた俺たちは即座に海へと向かった。

『オオオオオオオオオオオオオ!!』

 砂浜から雄たけびが上がった。

 其方を見て見るとやはり涼音たちがいた。

 見て見ぬふりは……出来ないだろな。

「ん? あれって涼音さんたちじゃないか?」

「そうだな」

「おーい!」    

 止めてくれとは言い難い。

 沢入が手を振ると涼音たちも此方に気付いて手を振り、更に他の奴等も気付いて殺意ある視線を送ってくる。

「じゃ、あと頑張れよ」

 俺はそう言ってさっさと離れる。

「おい?」

 その周りを怖いお兄さんたちが囲んだ。

「へへへ兄ちゃん、ちょっと来てもらおうか」

「なぁに、ちょっと向こうで泳ごうか」

「断る!」

 沢入が逃げ、その後を野郎共が追い立てる。

 その隙に俺は涼音たちの方へと向かった。 

「あ、焔~」

「涼音。それに皆も来ていたのか」

「うん、来てた。……これなら一緒に来ても良かったね」

「何の因果かしらね……」

「なんでも良いよ! さ、あそぼー!」

「そうだな」

「おー!」

 バシャン、バシャンと水を叩く音に照らす太陽。白い雲はほとんどなく空の青さと海の青さが同じくらいを思わせる良い天気。

「うおおおお!!」

 そんな中で涼音は一週間の成果を全員に見せつけていた。

「涼音さん、速っ!」

 そしてその激しく動く胸に野郎共の視線が集まっていく。

 泳ぐのが終われば、俺たちを交えてのビーチバレーや砂遊び、水かけ等があり、俺も思っていたよりも夏を満喫していることに気付く。

 だが、それも唐突に終わる。

「ご、ゴウルだ!」

「人型……半ゴウルだ!」

「逃げろ!」

 砂浜の方から声が聞こえ、俺たちは飛び出そうとして一度思いとどまる。今の俺たちは無手。対ゴウル兵器MOSRがあればゴウルを倒すことも可能だがそれもなければ自殺行為だ。

「私と焔でやつらを引き付けます! その間に涼音さんたちはMOSRを!」

 シィブルの声が上がり、躊躇している時間は無いため涼音たちは頷き、海の家に置いてあるMOSRを取りに走った。多少なりと距離があってもたかが二百mも無い。服を着て戻って来ても防衛は余裕だろう。

「何故、貴方まで残ったのですか?」

 しかし俺とシィブルの他に沢入も残っていた。

「敵は七体。二人なら大丈夫だろうけど足止めなら三人の方が確実だろ?」

 沢入の言葉は的を得ているし、常識的に考えるならその通りだ。しかし――。

「別に待たなくても良いんだろう?」

 俺の潰す宣言にシィブルは不敵に笑った。

「出来るのなら」

 そう言ってシィブルは先行し、俺と沢入も走り、引き付けるが半ゴウルの狙いは俺たちでは無いのか、散開して逃げた。

 シィブルは浜辺の奥に逃げた二体を追い、俺は路上に逃げた三体、沢入は砂場で足止めに入った。

 誰からの視線も無くなったところで俺は右手に焔を纏い、半ゴウルたちを貫いた。ゴウルならともかく半ゴウルに命令権限は効かないからな。

 こちらは終わったので沢入の方に戻ろうとすると砂浜の砂が盛大に立ち上り、真っ二つになったゴウルたちが目視できた。

 なら、俺はシィブルと合流しようと考えて岩場の方へ急行した。ここから岩場にいくには森を抜ける必要があるが毒蛇とかはいないため突っ切ろうと試みる。

 森を走っていると不意に少女――いや、シィブルの姿が目に入った。急ブレーキをかけて見かけた方に急行するとそこにシィブルの姿は無く、代わりに小さな一軒家が立って居た。恐らくシィブルもこの中だろう。そして――。

 ついこの間もあった既視感に見舞われつつ、一軒家の中にあった階段を降りていく。

 俺の予想が正しければ間違いなくここも研究施設だろう。

 果たして――その仮説は当たり、中にはゴウルの素体とシィブルがいた。

「焔……」

 彼女は、ただあり得ないと首を横に振るい泣いていた。 

「私……私は……」

 シィブルが懸念することは分かっている。そう思って近寄るとシィブルの手から資料が零れ落ち……俺は息を飲んだ。

 そこに書かれていたのはただの年表だ。しかし決してシィブルが見て良いものでは無かった。


 『調整人類計画』

 人類、いや正確には日本が世界に対して主導権を握るために作り出した生態兵器。

 結果は失敗に終わり、当時の主任及び研究員は全て死亡。

 それ以降も研究は極秘に続けられ、何万という失敗を繰り返した。

 失敗作は人を食らうことからGоulグールと名付けた。

 表沙汰になってからそれは誤植の末にゴウルと呼ばれるようになった。

 2042年、強化兵士計画発足。

 2047年、大多数の失敗作を作りながらも時折強力な個体の生成に成功。

 2051年、第四次東京大震災が起こり、廃棄処分予定の失敗作の大多数が逃亡。

 2052年、表沙汰になる。

 2054年、対ゴウル強化兵士計画始動。

 2057年、半ゴウル生成。

 2060年、非人道的な計画だと表沙汰になり、計画は凍結、破棄された。

 2063年、対ゴウル兵器MOSRの開発に成功。

 2063年、調整人類計画始動。第一号、完成。

 2066年、調整人類計画において超強力個体が生成。

 2066年6月、超強力個体ゴーラストが逃亡、破壊を繰り返す。

 12月28日、討伐完了。被害は甚大。研究所は大破。研究員は全員死亡。

 2067年、二体目のゴーラストを発見。討伐隊が結成される。

 2068年、三体目のゴーラストを確認。

 4月某日、ゴウル対策本部会長、草月有が調整人類計画を発見。

 2069年、四体目のゴーラストを確認。ロシア壊滅。

 2070年、五体目のゴーラストを確認。

 2075年、十体目のゴーラストを確認。討伐に失敗。

 7月末、中華連邦領土に置いて大規模な討伐作戦が決行。対ゴウル核弾頭を搭載したミサイルを中国に向けて一斉射撃。失敗。

 11月16日、フランスに置いて第三次討伐作戦が決行。

 当時七歳だった天海涼音を戦線に投入。

 第十番目の討伐を成功させる。

 調整人類計画の段階上、ゴーラストを追加で十体生成することに決定した。

 第二十体目、『ゴールイン』を討伐することで『天海涼音』は完成する。

 以上の内容は極秘事項とする。

 統括責任者 ジュラル・ティ・ウィマー


 『強化兵士計画』

 人間を素体とした強化人間の計画。しかしG細胞はあまりにも人体に有害のため計画は水面下にて凍結。以後、調整人類計画に続く。


 『G細胞』

 G細胞とはグローリア細胞の略称。草月有から発見されたキメラ細胞であり人間の中でも遙かに賢く、並の天才を凌駕する頭脳を持つ草月有の細胞。


 『草月有』

 元天海家の長女であり、G細胞を持つ特異な個体。

 我々研究員は彼女の協力の元、様々な実験を行って来たがいずれも失敗。彼女自身もそれを負担に感じたのか2048年に自殺。しかし、当人の意志とは無関係にG細胞が彼女の体を侵食、蘇生した。その後、幾度彼女が自殺しようともG細胞は彼女を蝕み続ける。現在に至っても解決策は無し。


 

 ジュラル・ティ・ウィマー、そして草月有。この世界の全てを知っている元凶共。

 ――いや待て、天海家だと? まさか一族揃ってなんてことは……。

 ……何にせよ、ここを保留しておくわけにはいかない。俺も、シィブルも知ってしまった以上、流すしかない。

 パソコンを弄り、素体を全て焼却し、散らばった紙全てを回収する。

 それから俺はシィブルの傍に行って引き寄せた。シィブルは今回の事が余程ショックだったのか抵抗さえせずにいる。きっと押し倒しても身じろぎ一つしないだろう。

 俺は強く抱え、言葉にする。

「これはお前の罪じゃない」

 知った以上、シィブルはもう戦えない。相手は化け物ではなく人類だったもの。その刃は著しく躊躇われるだろう。

 そして自身の母親の所業。自分が今まで知らずにいた後悔。

 彼女の震える体と嗚咽からそれが感じ取れた。

 

 少しするとシィブルは落ち着いて、言葉を発した。

「後、つけてきたの?」

 つけるというよりは追いかけて来たらこんな場所があったんだが……つけたと表現しても良いだろう。

「ああ。まさかこんなところにも施設があるとは思わなかったが」 

「そう。……貴方も知っていたのね」

 シィブルの言葉は資料を全て読んだことを意味し、俺が他にも見つけたことを理解していた。ならば、と俺は思う。

 ――今ならばシィブルを味方に出来るのではないか、と。

 もしそう出来れば強力だ。上手く行けば校長から情報を得られるかもしれない。加えて今のシィブルは実の母に対して何故こんなことをしたのかと疑問を抱いている。

 正直、性根が腐っているとは思うがリスクを負ってでもシィブルという駒は欲しい。 

「シィブル、今のお前になら多分話せる」

「何を?」

「俺がゴウルだということを、だ」 

 シィブルは一瞬言葉を失いつつも小さく頷いた。 

「そ、そう……」

「……意外だな。斬り殺されるのを覚悟していたんだが」

 MOSRが無いから殺すのは無理でも殴られるくらいはあるかな、と覚悟していたのだがシィブルの反応は今までからは考え付かないほど弱々しいものだった。

「出来るわけ、ないでしょ」

「知ったからか?」

 多分藪蛇だろうと思いつつも言うと、シィブルは溜まった物を吐き出すように叫んだ。

「そうよ! ゴウルは人間だった! 私が守るはずの人間で、母に無理やり狂わされた人間だった!」

 シィブルの今の気持ちを。

「私はこんなことをした母様を許せない! 知っていて失敗して尚あんな涼しい顔をしているのが母様だと思いたくない!」

 母を疑っている気持ちを。

「私は人々を守るために戦っていた! どんなに辛くても母様の信頼に答えたいから頑張って来た! 私はゴウルを敵だと思ってた。あんなもの人間じゃないと思っていた! だから……母様を信じていたのに……!」

 シィブルの吐露が一段落終わり、俺はその全てを飲み込んだ。

 その上で俺はシィブルに手を差し伸べた。

「俺に力を貸してくれ、シィブル。二人でこの腐った世界を終わらせよう」

 ゴウルである俺に先は無い。俺がどれだけ奮迅した所で未来を作るのは人間だ。俺が見た所シィブルは比較的人間だ。

 瀬露も、沢入も、壬も、壮巳だって最後に勝利するのは人間だと信じている。それを率いていくのが涼音だと思っている。

 俺の命は長くない。最後に涼音に討たれるのならそれでも良い。

 だが、先が無いのなら俺が命をくれてやる義理は無い。先を作れる人間は必要だ。

 それが出来るのはシィブル、お前だけなんだ。

 今、俺の脳裏には一つの草案がある。成功するかどうか、それ以前に穴だらけと言っても良い。それにこの草案には俺の我儘がある。一人では到底成し得ないが、俺を知ったシィブルなら可能性はある。

 俺はシィブルがこの手を掴むのを待つ。




~シィブル~

 私はここで見た事が、起きていたことが信じられない。

 世界のためと、人々のためと思って戦って来たことは全て悪意に満ちていた。

 ゴウルは人間だ。人が人を食う。人が化け物を作る。人が生物を作る。

 そして何よりも実の母が発端だったということ。

 ――最悪過ぎて吐き気が込み上げてくる。そしてこれが事実だという証拠は目の前に嫌というほど揃っている。そうなれば、母の手で生まれた私も間違いなくゴウルだ。

 でなければ私はただの外道だ。知らなければいけない事実を知らず、のうのうとゴウルを殺し、半ゴウルを殺してきた。人々が言う化け物と呼ばれる人間たちと。

「これはお前の罪じゃない」

 不意に聞こえた言葉は焔の物だった。気付けば抱きしめられて、心情全てを悟ったように目の前にあった物は消されていた。

 私は泣いた。自分に、殺して来た人たちに、そしてこんなことをした母に。

 しばらくして泣き止み、私は焔と向かい合った。

「後、つけてきたの?」

「ああ。まさかこんなところにも施設があるとは思わなかったが」  

 その言葉は他にもあったと言っている。

「そう。……貴方も知っていたのね」

 焔は少し躊躇った後で頷いた。

「シィブル、今のお前になら多分話せる」

「何を?」

 こんなゴウルから生まれたような私に何を話すというのだろう。

「俺がゴウルだということを、だ」 

 続けられた言葉に、私は何も返せなかった。頭がまた真っ白になり、次いでまた泣きたい衝動に駆られるが何とか抑える。

「そ、そう……」

「……意外だな。斬り殺されるのを覚悟していたんだが」

 そう言われて私は今の自分がどんな状態か何も言ってないことに気付く。

「出来るわけ、ないでしょ」

「知ったからか?」

 焔は涼しい顔で問い、私は頷いて吐露した。

「――っ」

 今の気持ちを。

「――っ」

 母を疑っている気持ちを。

「――っ……!」

 そして、恐らくもう戦えないであろうことを。

 それら全てを焔は黙って聞き、私に手を差し伸べた。

「俺に力を貸してくれ、シィブル。二人でこの腐った世界を終わらせよう」

 全く前置きのない物言いに私は流石に半眼になった。

 でも焔が真面目な表情をしている。きっと本気だ。何をどうするのかはさっぱり不明だけど、こんな犠牲ばかりの世界を終わらせるのは賛成だ。

「良いわ」

 私はその手を取り、まだちょっと泣きそうな顔をいつもの私に戻しながら言う。

「その代わり、焔の知っていること全て言いなさい。自分の持てる情報は全て出すわ」

 やるからには本気と全力だ。今は焔が持っている情報が頼りだが、学園に戻れば私の権限だけでなく地下の本部を調べることだって出来る。

 隙あらば――お母さんから事情を聞き出す。

「ああ、やるぞ」

 焔が強く握り返し、その手を炎に変化させた。

 一瞬驚くが大して熱くないことに気付く。

「これが俺のゴウル――いや、ゴールインとしての力だ」

「ボヴォ!?」

 人間、急に聞いちゃいけない情報をぶっ込まれるとあり得ない声を出す。

 でも、ゴールインは無いでしょ。ラスボスと握手するなんて状況、誰が思いつくのよ。 

「……詳しい話は後で話し合いましょう。今はここを破壊して皆の元に戻りましょう」

「……そうだな」

 私の精一杯の真面目な口調に対し、焔は手を戻して離し、踵を返した。

「くっ」

 とても小さくはあったが、笑った。コイツ、笑った。

「し、死ねっ!」

 顔が、全身が沸騰するな感覚に襲われている。死ぬほど恥ずかしく、背後から焔を殴るくらいしか隠す方法が思いつかない。

 何時か絶対に特大のネタで仕返しする。絶対に変な声出させて笑い物にしてやる。

 私はそう固く誓い、焔の後を追いかけた。



~焔~

 持つ物を持って、一軒家を出ると焔が火をつけて焦がし、俺たちはビーチに戻った。

 ビーチは一部のみ解放され、戦闘箇所があった場所は警備員や回収者たちが半ゴウルの片付けを始めていた。

「おっ、二人揃って戻って来たみたいだな」

 海の家まで戻って来ると沢入たちは昼食を食べていたようだ。

「ああ、少し手間取った」

「へぇー……」

 ヤケに沢入がニヤニヤしながら食事の手を止めた。それを察した壮巳もニヤニヤしつつ、壬は無言。瀬露と涼音は分からないと首を傾げた。

「……二人とも、そのくらいに」

 葉理も分かったような顔をしてから沢入たちに注意した。

「へっへっへ……」

 沢入の意味不明な笑みに俺はシィブルに視線を向けるが……何故か睨まれた。

 その後、俺たちも昼食を済ませ、再度遊びに興じた。


 その夜は各自の部屋に別れて就寝――のはずだが、シィブルが俺の部屋を訪ねていた。正確には俺と沢入で寝るため中で話すのは危険だろう。

「おっ……シィブル……と、ほうほうほうほう……」

 中で寝間着に着替えた沢入は顎に手を当てて俺とシィブルを交互に見て頷いた後、財布と携帯とMOSRを持って立ち上がった。

「さて! 焔、俺ちょっと三時間くらい買い出し行ってくるけど何かいるものあるか?」

 沢入が急にそんなことを言いだしたので不審げに思う。

「いや、特には無いが……」

「OKお茶だな! ちょっと行って、クラァァアアアアア!! ちきしょォォォオオオ!! 末永くお幸せにリア充爆発しろやぁぁぁあああああ!!」

 涙ながらに叫び、沢入が廊下を駆け抜けていく。

「ま、待て!? 何のことだ!!」

 思わず部屋の外まで出るが沢入の姿は無く、外から叫びが聞こえて来た。

「……とりあえず誤解は後で解くとしても、中に入って良いかしら」

「……ああ」 

 結局それが最善だろうという結論に達し、シィブルを中に入れて座らせる。

「お茶で良いか?」

「ええ。……お茶があるのにお茶を買いに行くってのも変な話だけど」

「確かにそうだな」

 シィブルも何故沢入があんな狂行に及んだのか分からないようだ。

 お茶を飲み、シィブルは冷たい視線で俺を見た。

「それじゃ、本題よ。一応この部屋周辺にはジャミングを働かせているけど、監視されていないでしょうね?」

 俺は一度目を閉じて辺りを感じ、頷く。

「無いな。遠隔からの盗聴も無い」

「なら、良いわ。……まずは先に私が知っていることだけど、正直一般そこらとさして変わらないわ。こればかりは学園の方に戻らないと、ね」

 恐らくはそうだろうと俺も思考していた。俺が見つけた施設も違和感が無ければたどり着くこともなかっただろう。

「分かった。じゃあ、俺についてだな」

「ゴールイン、第二十体目のゴーラストの呼称……貴方はこれを知っていて涼音さんに近づいていたの?」

 シィブルが言いたいのは俺が生き延びるために涼音に寄っているのか、ということだろう。

「いや、俺はゴールインであることを知ってはいるが、涼音を害そうとは思っていない。そのつもりなら、今日ここに涼音は存在しない」

「涼音さんに勝てる……とでも?」

 シィブルは涼音のゴウルに対しての絶対性を知っている。いや、こんなことは一般常識だ。そこらの雑魚がどれだけ群れようが涼音は勝つ。その力も方法もある。

 だからこそ俺は頷いた。

「ただ勝つだけなら、涼音を不意打ちで殺せる。一撃それを回避しようが超近接戦闘で攻めれば涼音は防戦せざるを得ない。それが都心部なら猶更な」

 涼音はゴウルという脅威から人類を守るための武力。しかし人類がいなければ涼音は機能しない。守るべき物が存在する彼女は驚異的な強さを発揮するが、逆説的に彼女は守る戦いを強いられれば弱い。どうしても守ろうと体が動く。

「なるほどね……でも、そうしないということは――」

「そうなるな」

ゴウルは人ではない故に町に入ることが出来ない。半ゴウルは食人衝動を誤魔化せば可能。ゴールインなら、愚問だろう。

 同時に俺は涼音を殺す気はない。

「本心から言って、涼音に討たれるならそれでも良い」

 事実、その方が俺の良心的にも良いし俺が世界の残るよりも建設的だ。

「ゴールインの癖に随分と情が入っているのね」

 シィブルが皮肉気に言う。

「涼音が好きだからな」

 代わって俺が堂々と言うと何故か口をへの字に曲げた。

「……まぁ、良いわ。他は?」

「すまないが俺も情報的にはシィブルとそんなに変わりない。ゴウルが人間で、計画の失敗作であり今も各地の研究所で量産され続けているくらいだ」

「各地……他は何処にあるの?」

「一つは大阪城の地下にあったが、既に滅ぼしてある。今日の一軒家ほどの情報も無かったからな」

「……そう」

 結局、情報は足りていない。学園――敵の本拠地に戻らないと何一つ情報は入らない。

「今後の方針を立てましょうか。この一週間が終われば私たちは学園に帰還し、次いで第十八ゴーラスト戦線が開幕されるわ。無論、私たちも出撃することになるわ」

「何か良い案でもあるのか?」

 俺が問うとシィブルは思い付きだけど、と前置きをして続けた。

「思いつくのは四つ。前提として帰還後の情報収集によっては作戦の正没を変えることを念頭において」

「分かった」

 頷き、シィブルは深呼吸してから奪って来た資料を広げた。

「一つ目、元凶ジュラル・ティ・ウィマーを殺害すること。正直それ自体は簡単と言っても良いわ。お母さんの体は研究者であって戦闘員じゃない。勿論、ゴウル研究者だから私や貴方が行動不能にされることくらいは視野に入れるわ。その上で必要なのはただの人間かつ私たちに協力してくれる人」

「そんな都合の良い人物は……」

 いないだろうと見解したが、視線を逸らした先にあったのは沢入のベッドだ。

「もしくは……」

 そう言ってシィブルは草月有の資料を出した。つまり、瀬露。

「壬は真面目過ぎて論外。殺人に協力はしてくれないわ。涼音さんと葉理さんには勘づかれるわけにいかない。壮巳はこういうことは絶対に止める。瀬露もその気にさせないといけないから時間が掛かる。その点、沢入は単純細胞の塊だから、正直にぶっちゃけて真面目な表情作っておけば説得できる」

「それは……」

 いくら何でも沢入を舐めすぎている――と言いかけて普段の態度が脳裏をよぎり、割りと単純細胞な行動が多いことを思い出してしまい……すまん、沢入。君に決めた。

 シィブルも少々呆れながらも続けた。

「これは第一案。二つ目は焔と涼音さんを戦わせ、お互いに死んで貰う。正直、貴方は涼音さんを好きみたいだけど、涼音さんも似たようなものよ……。だからこそ次の世代なんて関係なしに死んだ方が楽って考えよ」

「それはダメだ」

 俺はともかくとしても涼音が死ぬのだけは避けたい。

「……正直、私としてはどっちが死んでも面倒になりそうな気はしているわ。第三案は第一案を前提とした上で、両方生き残ること。ただしこれは情報不足し過ぎているから保留。第四案は逆に人類すべてを滅ぼす方法。正直、第四案は一番楽よ? 何せ今すぐ実行しても何一つ困らない」

「却下だ。それでは何も解決していないし人類を捕食しなければゴウルも半ゴウルも生き永らえられない。いずれは死滅して終わる」

「そうなるでしょうね。つまりこれは没。そうなると現実的なのは二か三。焔が好みそうなのはその間ってところかしら?」

「そう……なるな」

 俺たちは少し黙り、提案を飲み込もうとする。

「でもね」

 とシィブルは続けた。

「私としては第三案を目指したいわ」

「……困難だろうな。ゴーラストは年ごとに出現し、涼音に討たれる。俺たちの意志なんて関係なく俺たちは起動させられる」

「それは初耳なんだけど?」

 むっ、言って無かったか。

「そうね……それが本当なら達成は困難。第二案が現実的になりそうね」

「方針的にはそれで良い。そこからは……シィブルがやってくれ」

 シィブルは呆れ、肩肘を付いて溜息を吐いた。

「そこは人任せなのね……」

 さて、とシィブルは立ち上がり拳を鳴らした。外を見れば大量にお茶やらお菓子やらを買い込んだ沢入が戻って来ていた。

「時間が経つのは早いわね」

「ああ、そうだな」

 俺たちはそのまま部屋を出て、沢入が階段を上がり切ったところで拉致し、部屋に連れて来た。

「な、なんだ!?」

 沢入の目はアイマスクを被せられ、その後頭部にシィブルがMOSRを付きつけ、俺が腕を押さえる。シィブルは俺に視線で『脅せ』と合図した。

「お前は知ってはいけないことを知った……残念だが生かしておくわけにはいかない」

 多少なりとドスを聞かせて言ってみる。

「ひぃ!?」

 沢入はパニックに陥っているのか背筋を伸ばし、硬直する。

「選択肢をやろう。我々に協力するか、ここで死ぬか、だ」

「是非とも協力させてくださーい!!」

 沢入の渾身の悲鳴を録音し、止める。シィブルがアイマスクを外し、俺も拘束を解いて机に資料を並べる。

「……ひっ……ぃ…………って、お前等かよ!?」

 沢入が恐る恐る目を開けて、見知った俺たちを見ると別の意味で絶叫した。

「沢入、机を見てくれ」

「は? 何々……人類調整計画? ゴウルが人間? 校長先生が何かの研究者? ハハハ、随分凝ってるなぁ」

 ……まあ、これが普通の反応なのだろう。信じたくないのも良く分かる。

「焔」

「分かった。沢入、見てくれ」

 俺は腕を焔に変えて沢入の眼前に突きつける。

「ん? ノォオオオ!?」

 背後でシィブルがその無様な声を録音しているが、後にしよう。

「ォォ……へ、へへへ……ず、随分と驚かすのが上手くなったな、焔?」

 腕をそっと近づけ、息を噴いて炎を飛ばす。

「どぅ熱ちゃぁぁ!?」

 反応を確認出来たので腕を戻し、俺たちも席に座る。

「はひぃ…………焔、一つ聞いて良いか?」

「なんだ?」

「それ、マジか?」

「マジだ」

「……これは?」

 沢入が書類を指差して、俺たちは頷いた。

「本当よ。だから私はお母さんを殺す。こんな……こんな非道を私は許したくない。どんな理由があれ、私……私は……!」

 突然シィブルが泣きだし、握り拳を固めて俯いた。それを見て沢入のふざけていた表情が一気に引き締まり、俺も冷徹な表情へと変えた。

「……まだ、良く分からないことは多いけどシィブルが泣いているのは本気だと思う。それにこれが事実なら、ゴウルが人間だっていうなら俺たちは今まで何をしてきたんだと、自分を疑う」

 俺も援護した方が良いかな?

「沢入、今まで黙っていたが俺はゴウルだ。お前たちの敵だ」

 そういうと沢入は目を見開いて椅子を蹴り、膝をぶつけて嫌な音が鳴った。

「い、痛ぇ……が、焔! 俺はお前を敵だなんて思ったことは一度も無いぜ!」

 蹲りながらも俺に指差し、宣言する。

「それはこれからだって変わらない! 断言してやる!」

 思っていた以上に力ある言葉に俺は驚く。そして書類一枚一枚をもう一度眺めてから沢入はシィブルと俺に向き直った。

「――俺に出来ることがあるなら言ってくれ。微力かもしれないけど、やれることはあると思う」

 すると泣いていたはずのシィブルが良い笑顔で顔を上げた。

「ええ、よろしくね」

「……あれ?」

 沢入は一瞬固まるが、もう逃げ場のないことを悟り、俺たちに協力することとなった。

 その後は沢入に俺たちが知り得ている情報を渡し、最初は疑っていたものの、徐々に目を座らせていった。その日は深夜遅くまで話し込み、俺たちは計画の草案を練った。


 学園に帰るまではこれ以上話しても良い案は出ないだろうということで一旦話は終わり、二日目を楽しむことになった。

 そして二日目の一大イベントとなる発端は俺の発言によって生み出された。

「データ収集?」

 そう、涼音の妹の自由に頼まれていたデータの収拾だ。幸いにもここには手加減無用で戦える人材がいる。

「よし、やろう!」

 最初に涼音が賛成し、瀬露も立ち上がった。

「焔、私が勝ったら明日一日は付き合って貰う」

 その意外な発言に沢入はニヤリと笑い、壮巳も察して、涼音は嫉妬した。

「あー! それなら私もそうして貰うよ!」

「負けない」

 二人ともに闘志を燃やし、次いで沢入が手を上げた。

「なら、俺が勝ったら瀬露ちゃんとデートな!」

 涼音で無いことは意外だったが、そうか。

「安心しろ。一切手は抜かない」

 と、言ったのは失敗だったと言わざるを得ない。

「むぅ……」

「焔、任せる」

 何故か涼音が頬を膨らまして、瀬露の方が喜んだ。それを見た葉理が反応して手を上げた。

「では、私が勝利したら今日の夕食は焔の奢りということで」

「ああ、それが良いわね」

「そうしよう」

「ドリンクバー込みで!」

 シィブルや壬までもがやる気になり、俺は全員に勝利する意外に懐的にも生き残る道がなくなった。


 場所は砂浜。戦場は百m四方で海も込み。ルールは一本先取で一撃を肉体に当てた方が勝ち。ただし判定があるのはMOSRによる攻撃のみ。打撃や蹴りは判定されない。武器が破損した時点で決着となった。

 順番はくじで決められ、最初に当たったのはシィブルだ。審判は瀬露が勤めている。

 お互いにMOSRを構え、合図を待つ。

「どうぞ」

 俺とシィブルの戦い方は似ている。連続攻撃からの一撃必殺。今回は一本勝負ということもあり、剣戟の応酬が多い。

 袈裟も、突きも、薙ぎも切り払いされて攻めきれない。データを取るためだから本気を出すわけにはいかないが、攻撃の手を止めれば負ける。

「あっ……!」

 何の偶然か、シィブルが砂に足を取られてしまい、その隙に俺は武器を跳ね飛ばして決着をつけた。

 シィブルは悔しそうにしていたが両手を上げた。  

「降参するわ」

 何とか勝てたことに安堵しつつ、隣から『よっしゃぁ!』と沢入の声が聞こえて来た。

 ――連戦が始まった。


 その後、沢入、壬、涼音、瀬露の順で戦い……負けた。無理だ、いくら何でも厳し過ぎた。一斉攻撃ならまだしも強敵の連戦は真面目に集中力が持たない。

 当然、敗者である俺は明日瀬露と買い物――という名のデートに連れていかれることになった。

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