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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
451/466

Goul8

グラたん「ゴウル8話です!」


 それから二日後。

 定時、校門前に集合した俺たちは荷物を詰め込み、バスに乗った。

 移動中、瀬露が後輩三人を気に掛けて色々していたようだ。

 ゴウルが襲撃するということは無く、無事に名古屋へと到着した。

 荷物を宿舎に運んだ俺たちは今回の行動範囲である名古屋城付近へと移動した。

 人口の多くが関東に集まっているためこの辺りは今や廃墟と化している。

 人が住む町は大阪の方にあるが、そこもやがて限界が来るだろう。

「それにしても……出てきませんね」

 加藤がそう言い、瀬露が頷く。

「ゴウルは単細胞じゃないから、戦力差で判断する」

 つまり、此方側の戦力と個体を鑑みて襲って来ないと言っている。

 そこで瀬露が持っている無線が鳴った。

「此方、第八班隊長、草月です」

『こ、此方第四班第四小隊! ゴウル出現! 場所は名古屋城北口!』

「了解。至急、向かいます」

 無線を切り、瀬露が此方を見た。

「……ご、ゴウルと戦闘、ですか?」

「はい。各自、移動しながら戦闘準備。これより私たちは交戦中の第三班と合流し、討伐します。隊列は現状を維持。焔、バックアップお願い」

「了解」

 MOSRを手に持ち、最後尾に付く。

 一年生たちは初の戦闘に畏怖し、足が竦んでいる。

 それでも瀬露が進むと後を追って走り出した。   

 

 名古屋城北口。

 到着すると俺たちの他に第六班の一小隊も到着し、交戦していた。

 陣形は半円。中央には負傷した一年生二人がいる。

 ゴウルは三匹。金の鯱に人の顔と足が付いていて、鋭い歯をカチカチと鳴らしている。

「交戦開始」

 瀬露が最初に飛び出し、鯱の胴を一閃する。

 鯱が瀬露の方を振り向き、その隙に第六班の三人が槍や剣で刺突する。

 俺も動き、左翼を突破しようとした鯱の横面を殴り飛ばす。

 鯱の全長は3m近い。それが軽々と宙を舞って吹き飛んだ。

「そこの一年次三人、一度中央で呼吸を整えろ。此方の一年次と合流した後、奴を囲め」

 指示を出すと気後れしていた三人が一気に中央に駆け込む。

 鯱が起き上がり、俺を睨みつける。

「ガウオォォオオオ!!」

 雄たけびを上げ、突撃してくる。

 左に避け、すれ違いざまに胴体を斬る。

 横真一文字の線が刻まれ、苦痛の表情をしながら睨んでくる。

「おおおお!」

 その背後から加藤、新海が素早く斬り込む。

 同時に二人を注目させないように足元に滑り込み、鯱の足を蹴り払う。

 足を掬われた鯱が派手に横転する。

「今だ!」

 その声で竦んでいた残りの四人が動き、倒れている鯱を囲み、滅多切りにしていく。

 その表情は殺されまいと必死に抗う人間だった。

 やがて、鯱が完全に動かなくなる。

 それでもまだ起き上がってくるのではないか、という懸念を払拭できないのか六人は鯱にMOSRを向けている。

「よくやった。次は瀬露の援護に向かう」

 俺がMOSRを瀬露が戦ってる鯱に向けると六人が一斉に其方を向く。

 瀬露はさして苦戦していない。周りの一年次とも連携しているな。

「戦法は常に横攻めだ。銃持ちは他に気を逸らさず足元に銃弾を撃て。間違っても他に当てるな。視界が狭まったなら一度下がれ」

『はい!』

 おっ、良い返事だ。倒したことで自信に繋がったか。

 返答に頷き、俺たちは援護に向かった。

 それから五分後、残りの二匹を片付けた。

 死者はゼロ。負傷者三。初戦としては上々だろう。

 北門付近で再度警戒の円陣を組み直し、休息を取った。

 瀬露は第四、第六班と打ち合わせをしている。

 一年次たちは初戦の興奮が収まらないのか何処か落ち着いていない。

 そこへ二度目となる無線通信が入った。

『此方、神奈川支部第七班! 大型ゴウル出現!』

 瀬露が無線を取り、状況を確認する。

「此方東京第八班。場所と種類は?」

『ば、場所は大阪城東門内部! 種類は赤鬼が4、小鬼が8!』

「了解!」

 無線を切り、他の隊長たちも頷く。

「よし、これより大阪城へ向かう!」

「全員起立! 敵の数が多いため少し急ぐぞ!」

 第六班を先頭に第八、第四が右翼と左翼に展開して走り出した。

 名古屋城から大阪城までの距離はそう遠くはない。

 十分程度走ると大阪城が見えてきた。

 東門へ向かって走っていると確かに巨大な赤鬼が三匹いる。

 手に持っているのは金棒か。一匹いない、既に倒したのか。

 その赤鬼の頭部を貫くように赤い線が空中に向けて発射された。

 だが、それに引きつけられるように北門、南門の方から青や黄色の鬼が駆けつけるのが見える。

 おそらく東門で戦っているのは涼音たちだな。

「あれは……」

「あの攻撃は天海さんだ!」        

 第六班の隊長がそう言うと一、二年次問わず戦意が高揚した。

 確かにビーム兵器は天海の代名詞的な攻撃だからな。

「良し、なら第六班は青鬼の足止めに入る!」

「第四班は黄色を止めるぞ! 第八班はそのまま行ってくれ!」

「分かった。気を付けて」

 第四、第六班と別れ、俺たちは東門へと向かった。

 東門へ来るとその前には大多数、恐らく六十は下らない数のゴウルが東門目掛けて歩いていた。

「なっ!」

「あ、あれ、全部ゴウル……」

「嘘でしょ……」

 先程までの威勢は何処へ行ったのか、気後れし始めた。

 そこへ、再び瀬露の無線通信が入る。

『関東全班に通達。現在大阪城にて大規模戦闘が開戦されています。予想よりも大規模のため全員現在の持ち場を破棄して大阪城へ向かってください。尚、東門には神奈川支部第一班、天海さんが単独で百を超えるゴウルと交戦中。至急、救出に向かってください。繰り返します――』

 瀬露が無線を切り、MOSRを抜刀して先駆ける。

「えっ? えっ?」

「な、なにが起こっているですか?」

 三人は戸惑い、二の足を踏む。

 これでは使えないな。

「は、はい!」

「お前たちは北門に引き返して第四班と共に青鬼の足止めを行え」

「はい! ……って、草月先輩と望月先輩はどうするんですか!」

「俺は瀬露の護衛だからな」

 そう言って獅子奮迅の剣捌きを見せて戦っている瀬露を指差す。

「い、行くんですか?」

「無論だ」

「な、なら俺も行きます! 班員ですので!」

 加藤の言葉に怯えながらも残りの二人が頷いた。 

「では、行くぞ。陣形、密集。瀬露を連れて正面突破を図る」

 走り出す。

 その後に続いて三人も走り出した。

 瀬露がいる場所へは簡単にたどり着いた。

「瀬露、突破するぞ」

「うん」

 頷くのを見て、左手にMOSRを持ち直して右手を握る。

「覇ッ!」

 そのまま虚空を殴りつける。

 音速を超えた速度で拳が空気を殴りつけ、東門に集っているゴウルに向かって圧縮された空気弾が飛んでいく。

 一瞬の後、ボンっという音と共におよそ30のゴウルが爆散した。

 ゴウルたちが俺たちを見て、一瞬動きが止まる。

 その隙を突いて俺たちは東門を駆け抜けた。

 東の門の中で一度足を止める。

 目の前に見える東門の広場には70近いゴウルの群れとそれらを狩る涼音がいた。

 涼音を見るが、まだ余力はありそうだ。

「瀬露、涼音の救援に行け」

「分かった」

「三人はここで足止めだ」

『はい!』

 瀬露が涼音の方へ向かい、俺は群がるゴウルを見る。

 数はおよそ30。その後ろに援軍らしきゴウルが40ほど。

 俺は外壁の方に向かって歩き出す。

「加藤、新海、有田。背後を任せる」

『了解!』

 三人が背後で抜刀した音を聞き、俺もMOSRを構える。

 此方の援軍が来るまで10分前後といったところか。

 いくらゴウルでも門の中を抜けるのであれば数は2~4体が限度だ。

 俺なら十分持ちこたえられる。

『ゴオオオオオオオ!』

 低重音な声を鳴らしながらゴウル共が突撃してきた。

 

 結果的に、俺たちは持ちこたえた。

 流石に空中のゴウルや城壁を昇るゴウルまではどうしようもなかったが、それでも東門前を死守することは出来た。

 味方は推定の10分よりも早く来てゴウルの殲滅を開始した。

 無論、時間が経てば有利なのはこちら側だ。

 それから半刻もしない内に防衛線は終わりを告げた。

「やー、お疲れ、焔!」

 で、東門の広場で戦っていた涼音は疲れ一つ見せていなかった。

 涼音が言うには瀬露が来たおかげでかなり楽が出来たと言っていた。  

「お疲れ、涼音。瀬露もよくやったな」

「焔もありがと」

 三人でハイタッチを交わす。

「皆もありがとー!」

 涼音が広場に座っている班員たちに声をかけていく。

 彼らは満足そうに手を振り返したり笑顔で対応する。

 しかし、そうでない者も多い。

 今回の戦いで出た犠牲者は19人。内約、東京本部11人、神奈川支部4人、千葉支部4人。負傷者は32人。その九割が一年生だった。

 だが、吉報もある。この大阪城の防衛線で中部に巣食っていたゴウルはほぼ壊滅。予定していた三日だった日程の内、明日、明後日は自由行動となった。

 休憩し、少しすると監督の教員たちがやってきて俺たちは被害を報告。前年度に比べれば被害は最小限と言っても良いほど軽いらしい。

 功労者の第一位はやはり涼音。次いで先駆けて四門を防衛した者たち。

 俺たちには後々正式に報酬が振り込まれることになった。

 涼音は一通り挨拶を終えると俺たちと合流し、バスに乗った。

 宿舎に戻る頃には陽が暮れてきていた。

 

 露天風呂に入り、夕食を食べ終えて俺は宿舎の屋上へ来ていた。

 宿舎内ではささやかなパーティーが開かれ、一年生たちは今日生き残ったことをお互いに称え、自分が戦ってどうだったか等を話合っている。

 瀬露は涼音たちと卓球をしている。   

 なら、少しの間は護衛を離れて居ても良いだろう。   

 俺は足に力を籠め、空高く飛翔した。

 今回の戦いについて俺は少し思う所があった。

 瀬露や一年生たちは何も気が付いていないようだったが。

 まず、何故ゴウルたちが大阪城を侵攻したのか。

 何故そこに涼音がいて、一人で戦うことになっていたのか。

 後者は涼音以外が全滅したということで片が付けられそうだが、実際はそうじゃない。あの時、東門には涼音以外の人間はいなかった。

 交戦した形跡もないし食われた形跡もない。

 ならば瀬露に無線を送ってきた者たちは何処へ行ったのか。

 涼音の指示で敵前逃亡した可能性も考えられるが、それならば後で涼音と合流していなければ辻褄が合わない。

 だとすれば――。

 夜中の大阪城は薄暗い。

「コォォォォォ」

 城内に降りたつと低い声を挙げてゴウルたちが俺を囲んだ。

 あれだけ殺されたのにも関わらずまだこんな数がいる。

 ……やはり、おかしい。

「コォォォォォ」

 ゴウルたちがいきたって襲い掛かってくる。

 それらを躱し、蹴り、殴っていく。

 ゴウルたちの手足が千切れ飛び、絶命していく。

 数分交戦するとゴウルたちは勝てないと見たのか、大阪城の奥へと逃げていく。

 不可解だ。逃げるのであれば町中や山の方が安全だ。何故、狭い城の中へ?

 訝しみながらも後を追う。

 大阪城の内部は荒廃していて、床や天井が朽ちている。

 しかも月や星の光が届かないため暗い。

 人差し指から火を出して辺りを明るくする。

「……」

 静かだ。耳鳴りがするほどに静かだ。

 コツ、コツ、と正面から何かが此方へ来る足音がする。

 人――いや、左半身が時計の針になっている半ゴウルだ。

「……クル」

 酷く小さな声で彼は呟き、俺に背を向けて来た道を帰りだした。

 来い、ということか。

 警戒はしながらもその後に続く。

 歩き、角を曲がり、離れにある一角へとやってきた。

 半ゴウルが壁を押すと壁が開き、階段が現れた。

 階段を降りていく。

 長い螺旋状の階段だ。時間にして五分くらい歩いた時だろうか、ようやく終着点を見せた。

「ココ」

 彼が扉を開けるとその先からは光が見えた。

 入ると、そこはまるで何かの研究施設のような場所だった。

「なんだ……ここは」

 聞こうと彼を振り返ると、カランという左半身の針音を残して彼の肉体は消え去っていた。

 服の中に光を反射する物体を見つけ、近づいてそれを手に取ってみる。

 何かのカードキーみたいだ。

 結局、彼が何故俺をここに連れて来たのかは不明だ。

 カードキーをポケットにしまい、壁沿いに歩いて見る。

 ガラスの向こうには巨大な、緑の液体の入ったポットがある。

 その中には何かがいて、人の形をしているようにも見える。

 バイオ実験? 何かの科学実験だろうか。

 少し歩くと一台の端末があった。傍にはカードキーを合わせるような端末がある。

 それに持っていたカードキーを差し込むと端末が起動した。

 ボロボロになった椅子に座り、端末に触れてみる。

「半ゴウル、ハワード。あいつの名前か?」

 起動画面と思われる場所に名前が表示された。

 画面は旧世代のタッチパネル式だ。

 触ってみると別の画面に切り替わった。

 次に出て来たのは長いロールされた名前のリストだ。

 その全てが知らない名前であり、人間の名前、日本人の名前だ。

 最後までスクロールすると青い文字で次へ、と書かれている。

 それをタッチすると画面が切り替わった。

 いくつかのフォルダーが現れ、日本語で『成果』『内容』『経過』『情報』と書かれていた。

 試しに成果を押してみる。

 するとフォルダーが最小化され、ディスプレイの下に収まった。

 端末の中央に画面が表示され、いくつのも画像が現れた。

 鬼、先ほど戦ったゴウルの画像だ。

 そのゴウルたちの名前の下には日本名の名前が書かれている。

「……まさか」

 ふと、正面に広がるポットを見つめる。

 いや、そのまさかだろう。

 画面をスクロールしても一貫として同じものばかり。

「――なるほど。そういうことか」

 なんとなくだが、分かった。

 ここはゴウルの実験場。正確には栽培とでもいうべき場所だ。

 人間、俺たちが今日ここに来たことにより何者か――もしかするとあの半ゴウル――がこの場所を突き止められたと判断してあんな大多数のゴウルをけしかけたのかもしれない。

 ……まだ情報が足りないな。

 他のフォルダーも見て見るがどれもがゴウルの作り方や経過観察の日記だ。

 他の情報はまるで無し。

 推測するにここはゴウルの養殖場ということか。

 ……もし、あの半ゴウルが最上位個体である俺に何かを託送としたのなら俺がここに連れて来られた意味も分かる。

 ――少し頭がぐちゃぐちゃする。

 ゴウルは人間だ。人間の成れ果て。それは分かっていた。

 そして、大阪城を始めとする秘匿された地下施設で繁殖していたのも分かった。

 もしこれが人間に知られれば、いやそれ以前に誰がこんな場所を作ったんだ?

 ゴウルは人間の敵だ。人間はゴウルの敵だ。半ゴウルも同じことだ。

 なら、ゴウルを作っていたのは誰だ?

 脳裏を過ぎるのは草月有の姿。

 俺や瀬露をゴウルだと知っている存在。

 彼女もゴウルだとすれば……。

 俺は端末を切り、データを全て消去する。

 立ち上がり、右手に焔を灯す。

 それを正面のポットの中にいる同胞たちに向かって放つ。

「焔奔り」

 ガラスを焼き、中に入り、炎が広がっていく。

 ガラスの穴を塞ぎ、時限式の炎を設置して俺は階段を上がっていく。

 離れを出て、空高く跳躍すると同時に大阪城の地下で時限式の炎が起動した。

 バックドラフト現象による大爆発が引き起こされ、天高く炎が舞い上がった。

 大阪城とその周辺は業火に包まれ、焼け落ちていく。

 宿舎に戻ると屋上や窓、外に生徒たちが出てきていた。

 瀬露や涼音たちも同様だ。

 そんな中で俺は部屋に戻り、眼を閉じる。

 今宵見た事を全て思い返し、脳裏で呟く。

 ――間違いなく東京本部に主犯がいる。           

 

 名古屋演習を終えて俺たちは学園へと戻って来ていた。

 次の日から授業はあり、誰もが訓練と勉学に励んでいる。

 そんな金曜日の夜、俺は部屋を抜け出して地下にある東京本部へと向かった。

 通常の学生なら立ち入り禁止だが学園第四位ともなれば違う。夜間でも入ることが出来る。

 地下の本部へはエレベータか階段で行くが、今回はエレベータを使用する。

 地下十階。最大で地下十五階まであるらしいが、学生が行き来出来るのはここまでだ。

 エレベータを降りて情報端末のある部屋へ向かう。

 部屋の中にはいくつか明かりがついていて職員が仕事をしているようだ。

 それらを無視して適当な端末を起動する。

 同時に俺の端末も起動してHFを呼び出す。

『はい、ホムラ様。今日は何用でしょうか?』

『この施設の全情報の閲覧』

『少々お待ちを……』

 少しの沈黙の後、HFからメールが来た。

『……ホムラ様、これは私でも閲覧しない方が良いと進言します』

 俺はその文章を意外そうに眺める。

 HFは常に此方の依頼以外の受け答えをしないと思っていた。

『構わない。それと、施設内の全データ権限を俺に譲渡』

『――それには相応のお時間が必要になります』

 ハッキングの天才のHFですら時間がかかるというのか……。

『構わない。どれくらいかかりそうだ?』

『およそ4か月です』

 四か月、今からだとすると七月か。

 仕方がない、それでも良いか。

『分かった。報酬は弾ませて貰おう』

『了解』

 通信が切れる。

 自分の端末を仕舞い、本部の端末を調べる。

 現在俺がアクセスできるのはLv3。学園にいる生徒の名簿や能力値くらいしか調べられないな。ゴウルについても同様で差しさわりの無い程度だ。

 ……ふと、職員からの視線を感じる。

 ――時期が来るまでは大人しくしていた方が良いか。

 適当に調べて時間を潰し、俺は本部を後にした。


 時期は六月に入った。

 学生服も夏服へと変わり、少しジメジメした日が続くようになってきた。

「洗濯物が乾かないね」

「そうだな。こう暗いと本を読むのにも適さない」

 教室内でそんな会話をしてしまうほど、最近は曇りの日が続いている。

 授業の鐘が鳴り、担任が入ってくる。

 今日の授業は数学だったか。どれにしても中学生レベルでは簡単だ。

 それだとしても真面目にノートは取り、背後で寝ている沢入への貸しを作る。 

 授業終了の鐘が鳴ると沢入は現金にも起きる。

 昼食だからだ。

「あー、言い忘れたが来週からテストだからな」

 何処からか、げぇー、という声が聞こえて来た。

 学生の鬼門、期末試験だ。

 食堂に三人で移動し、昼食を取っていると沢入が食事の手を置いた。

「どうしたの?」

 瀬露が心配そうに沢入を見るが、それは要らない心配だろう。

「焔、瀬露ちゃん、勉強会しようぜ」

 ほらな。

「特に数学と科学! な、頼む!」

「良いですよ」

「真面目に授業受けないからだ」

 俺の答えよりも一拍早く瀬露が頷いてしまった。

「よっしゃ! 焔も頼むって」

「分かった……放課後で良いな?」

「おう!」

 溜息を吐き、俺は彼女たちに連絡を取る。

 シィブルはともかく、壮巳はきっと似たような感じで悩んでいるだろうから。


「いや~、良く分かったねホムラン」

 だろうな。

 俺、瀬露、シィブル、壬は常に成績最上位を占めているが、この二人は違う。

 しかも全く同じように数学、科学、音楽が苦手と来ている。

「それで、まず何から始めるのよ?」

「まずは数学だな。特に沢入は赤点常習犯だ」

「それを言うと、壮巳も同じですね」

「ジンちゃん酷い!」

「ほ、焔、なんで俺の成績知っているんだ? 見せたことないはずだろ?」

「この間本部のデータベースでうっかり見た」

「それうっかりって言わねぇよ!?」

「ああ、なるほど」

 沢入と壮巳が抗議し、シィブルが頷いた。

「そういえばシィブルも地理が散々だったような……」

 ボソリと呟くとシィブルが過剰に反応し、俺を睨んだ。

 そうしてシィブルが教科書を取り出して二人を見た。

「沢入、壮巳」    

「はい」

「な、なんだ?」

「私たちは学園のトップです」

「はいな」

「そりゃ、分かってるけどさ」

「その私たちが赤点、平均点は許されざる事態です」   

「いやぁ、平均点は良いと思うんだけどなぁ~」

「うんうん」

「許されません。なので、今日から徹底的に勉強します」

「頑張って!」

「頑張れ!」

 馬鹿二人がサムズアップで親指を立てると、シィブルがその指にそっと抜刀したMOSRを添えた。

 二人はヒッと声を上げて手を下げる。

 その当人であるシィブルが非常に良い笑顔で俺を見た。

「焔、あなたの苦手科目は何ですか?」

「そんなものはないが――」

 丁寧な言葉とは裏腹に脛の辺りにMOSRを添えられた。

「――強いて言えば国語が苦手だ」

「瀬露さんは?」

「わ、私は特に……いえ、科学が苦手です」

「壬は確か歴史でしたよね?」

「あ、うん。はい」

「トップにはトップの矜持があります。なので、95点以下は平均点と同じです」

 ……いや、それはかなり酷い理屈だ。

「幸いにも数学と国語は私の得意科目です。お互いに教え合いましょう?」

「あ、ああ……」

「はい」

 シィブルに主権を取られ、威圧されながらも勉強会は幕を開けた。

 そして帰宅時間の五時半になるまで解放されることはなかった。

 しかし期末テストか……。真面目にやることには変わりないが、何故シィブルはあそこまでやる気をだしたのだろうか。

 やはり、俺の一言が地雷だったか?

 まあいい。何にしても瀬露の成績を落とすわけにはいかない。

 やるか。

 俺は教科書とノートを開き、瀬露たちのために試験問題を作り始めた。


 次の日も、その次の日も勉強会は遅くまで続いた。

 休日は返上され、朝の六時に全員シィブルの部屋に呼ばれて実に十四時間×2という狂気の合宿が行われた。

 模試を終えた瀬露と壬は寝袋で丸くなり、シィブルと無理矢理つき合わされている俺は沢入と壮巳の勉強に付き合うことになった。

 そんな次の日の月曜日。

 沢入と壮巳が眼に酷い隈を作りながらもテストに臨んだ。

 当然、それに付き合った俺も酷く眠い。

 何故シィブルは平気なのだろうか?

 テストが終わり、俺たちはシィブルの主導の元にシィブルの部屋に呼ばれた。

 火曜は科学と地理、水曜は数学がある。

 ここが山場だと言わんばかりにシィブルは喜び勇んで勉強を促した。

 元々出来る瀬露と壬はバックアップに回り、まさかの栄養剤を買って来た。

 ――驚愕と絶望。

 栄養剤を見た沢入たちの表情を俺は生涯忘れることはないだろう。

 

 そうして金曜日の四限。

 地獄の勉強から解放されて天国へ登れる鐘が鳴り響く。

「終わったー!」

「うえーい!」

 眼が虚ろになりながらも沢入たちは席を立ちあがってハイテンションで踊り出した。

 やがて糸が切れた人形のように倒れた。

 ようやく解放されたんだ、と俺も八徹の疲れから意識を失った。

 土曜日は瀬露と壬以外の意識は戻らず、日曜に打ち上げをすることになった。

 場所はやはりシィブルの部屋。

 勉強に集中するあまりよく見ていなかったが、シィブルの部屋はぬいぐるみや小物が多い。何と言うか、女子らしい。

「飲めやー」

「歌えやー」

 その空間もリポデルタンDを片手に騒ぐ馬鹿二人の性で台無しだ。

 部屋の片隅にはキングメイトDXなる固形食の箱やリポデルタンDのケースや瓶の入ったゴミ袋が四つほど嵩張っている。

 それで、今日の打ち上げで五袋目が出た。

 朝から晩まで騒ぎ通し、何時寝たのかも記憶にない。

 ただただ楽しかったことだけは憶えている。


 夏、七月の初頭。

 湿った暑さから乾いた暑さへと変わる。

 外はセミの鳴き声が増えてきている。

 しかしながら流石は貴族の学園。このご時世に冷房設備完備とは恐れ入った。

 一年前ならクソ熱い中、下敷きで顔を仰いでいた。

 授業は快適そのものだった。

 そんな折にHFからたった二文字のメールがあった。

『失敗』

 ただそれだけが綴られてすぐ後に次のメールが届いた。内容は失敗したための違約金の支払いだ。

 あのHFが失敗したことに俺は驚くがこれで状況は前に戻ってしまった。

 知りたいことは山の様にあるが……自力で調べるしかないか。大阪城の件もあるからな。

 クラスに入ると沢入がせわしなく俺たちを待っていた。

「焔に瀬露ちゃん、朗報があります!」

「なに?」

「夏休み。海、行こうぜ。勿論女子大歓迎!!」

 沢入がドヤ顔で親指を立てた。

「エロー」

「さいてー」

「ひくわー」

「皆酷っ!?」

 だが、その望みが叶うことは無さそうだ。

「せ、瀬露ちゃんは……どうかなぁ、なんて?」

「ごめんなさい。実は……私、シィブルさんたちともう予定があるんです」

「なっ」

「なにっ」

「なんで焔まで驚いてんだよ」

 いや、それは俺も知らなかった。

「焔、言い損ねていてごめんね」

「いや、それは構わないが……俺はもう用済みの不用品ということか……」

 自分で言って自分で傷ついた。

「ほ、焔、そんなことないよ! 焔が居てくれたほうが良いから!」

 瀬露が少し焦って言葉にした。

「そ、そうか。そうだよな、すまん」

「ううん。心配させちゃったね」

 そこへ沢入が笑みながら茶々を入れてくる。

「ひゅーひゅー、お熱いこっ――ぺげっ!」

 だが、最後まで言い切る前に回りの女子たちが沢入の胴体を掴んでジャーマンスープレックスを決めた。

 邪魔するな、と心の声が聞こえてきそうだ。

 ちょうどそこで授業の鐘が鳴った。

 一応今日で学校の授業は一旦終わり、夏休みは九月初頭まである。

 しかしそうなると俺はどうしようか。

 悶々と考えていると授業が終わり、昼食の時間になった。

 いつも通り三人で食堂へと向かう。

 食堂で昼食を取っていると先程の話を沢入が聞いて来た。

「でさ、瀬露ちゃんの予定は分かったけど焔はどうするんだよ? 護衛しなかったら超暇だろ?」

「そうだな。とは言ってもやることは特にないからな……」

「宿題とか筋トレして過ごすのか?」

「晴耕雨読もやぶさかではない――ん?」

 そんな会話をしているとメールが入って来た。

 涼音からだ。開いてみる。

『こんにちはホムラ! 夏休みなんだけど、もし予定空いているなら明日から一週間くらい付き合ってくれないかな? 八月の半ばに葉理たちと伊豆の海に行くんだけど、私泳げないんだ……。お願い! 泳ぎの練習手伝って!』

 ……意外だ。涼音の奴、泳げないのか。

 ……ん? もしかして瀬露たちって葉理たちと一緒に行くのか?

 いや、それは無いか。恐らく向こうの学園の仲間たちと行くのだろう。

「でだ、焔君。もしよければ俺と一緒に他の面子も募って一緒に海に行かないか?」

 メールを見ていると沢入がサムズアップで俺を誘って来た。

「悪い、予定が入った」

「なにぃ!?」 

 ガタンと音を立てて沢入が立ち上がると周りから視線が集まった。

 それに気付いて沢入は大人しく座った。

「……で、どんな用事なんだ?」

「それは言えないな。そう言えば沢入、海とは言ったが何時行くんだ? それによっても返答が変わるのだが」

「そりゃ勿論、八月の二週目くらいに伊豆の海で遊ぶぜ!」

 沢入がそう言うと瀬露の食事の手が止まった。

 ――ああ、間違いなく同じ場所だな。

 俺は敢えて何も見なかった振りをする。

「なら大丈夫だ」

「おっ、マジで? よっしゃ!」   

 これで合コン頂きだぜ、と沢入が勢いよく昼食を食べ始めた。

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